月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #113 謀略の後始末

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 一万の軍勢に囲まれたユーロン双王国の末弟王ネロの館。館の主であったネロはすでにこの世の人ではなくなっているが、次兄王はそれで終わりにはしなかった。
 館の周囲を取り囲んだ軍勢から放たれた火矢。あちこちで炎が立ち上り、黒煙が空を曇らせる。火事から逃げようと館から飛び出してきた人たちに、次兄王の軍勢は問答無用で刃を向ける。それはネロの子供たちのことを密告した男爵も例外ではなかった。それどころかネロに続いて、命を失ったのは男爵だ。
 次兄王は、父王の命令に従っているだけだが、ネロが魔族と通じていたという事実が他国に漏れないように、館の人たちを皆殺しにするつもりなのだ。
 そんな中、生き残る為に懸命に抵抗を続けている人たちもいる。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 肩を大きく上下に揺らし、苦しげな呼吸の子供。ネロの子供の一人ニジだ。周囲を敵に囲まれていて、すでに体中傷だらけ。それでも彼は手に持つ剣を振り回し続けている。

「さっさと死ね! この化け物が!」

 ニジの奮戦に焦りを覚えている次兄王軍の兵士たち。子供だと思って甘くみたのが彼等の失敗。外見は普通の子供と変わらなくても、彼には魔族の血が流れている。基礎能力が違うのだ。

「焦るな! 一人ずつ、確実に殺せ!」

 戦っているのはニジだけではない。自分たちを皆殺しにしようとする次兄王の意図に気が付いた人々が、何もしないで殺されるよりはと考えて、まとまって包囲の突破を図っているのだ。
 だが突破は簡単ではない。多勢に無勢。逃げようとしている人々の数は確実に減っていっている。

「頑張れ! なんとか敵を崩せ!」

 味方の声に気合いを入れ直し、敵に立ち向かうニジたち。その勢いで敵は隊列を乱したが、突破するまでには至らない。だが、それでも良いのだ。

「……敵だ! まだ敵がいるぞ!」

 次兄王の軍勢から声があがる。館の中からもの凄い勢いで駆けてくる馬の群れに気付いたのだ。

「隊列を組み直せ!」

「盾を構えろ! 突撃を防げ!」

 次兄王の軍が発する命令。だがそれを許しては、犠牲を覚悟でここまで奮戦してきた意味がない。ニジたちは乱戦を続けようと、敵の間に割り込んでいく。
 そこに一切、足を緩めることなく突撃してきた馬群。次兄王軍の兵士たちは混乱に陥った。

「落ち着け! 左右から囲め! 包囲を崩すな!」

 馬の勢いを止めて、さらに包囲を厚くしようと図る次兄王軍。

「この! 化け物どもが!」

 その邪魔をするのはネロの子供たちだ。死を恐れることなく敵に立ち向かう彼等。体中に傷を負っていてもその勢いは止まることはない。彼等はすでに命を捨てている。自分を犠牲にして、誰かを助けようとしているのだ。
 
「数人、突破しました!」

「何をしている!? すぐに追え! 絶対に逃がすな!」

 逃がすわけにはいかない。ましてそれがネロの子供であれば尚更だ。彼等はユーロン双王国の王族であったネロが魔族と通じた生き証人になるのだから。
 すぐに追っ手が後を追う。さらに包囲を突破されたことを知った次兄王は、離れた場所に配置されていた部隊も追跡に回す。館が完全に燃え落ちるのも間近。生存者は包囲を突破した者たちと、それを助けて今も戦っている者たちで全て。そう判断した結果だ。

 

◆◆◆

 次兄王はその後も、軍勢の三分の一にあたる三千を残して、燃え尽きたあとの館の調査にあたらせた。瓦礫をどかして、地下室などの存在を探り、それを見つけるとその中を捜索させる。隠れているかもしれない生存者を見つけ出すためだ。
 それを続けること一週間。何の成果をあげることなく捜索は終わり。それでもまだ、これは野盗や流民などが住み着かないように見張ることが主目的であるが、二小隊二十名を残して、軍勢は撤収した。その後も何事もなく数日が過ぎたのだが――
 夜が更けて、この地に留まっている小隊の野営地の灯りが届かない闇の中を動く影。それは館の焼け跡を歩き、ある一カ所で足を止めた。地面に空いた穴。地下室に続く階段が伸びている。
 暗闇の中、気配を探りながら地下に続く階段を降りる影。地下に辿り着いたところで、持っていた松明に火を付け、周囲を照らす。通路の左側に並ぶいくつもの扉。その扉の中をひとつひとつ確認しながら奥に進んでいく。
 突き当たりの壁が見えてきたところで、視線を扉とは反対側に向ける。崩れている壁。舌打ちしそうになる気持ちを抑えて、さらに前に進み崩れた壁の奥を、慎重にのぞき込む。
 松明の明かりに照らされたのはいくつもの白骨化した死体。

「……生きている者はいるでござるか?」

 外にまで声が漏れないように、小声で問い掛けてみる。それに応える声はない。

「拙者は敵ではござらん。兄のニジ殿に頼まれて、ここに来た。生きている者がいるのであれば、返事をするでござる」

 声はない。だがわずかに頭の骨が動いたのをサスケは見逃さなかった。

「……拙者は敵ではない。手を伸ばすが、何もしないように」

 こう言って、ゆっくりと壁の奥に手を伸ばす。動いたように見えた頭の骨をどかすと、わずかに指のようなものが見えた。

「……無事か? ……消耗しているのか? 中に入る。危害は決して加えないので大人しくしているでござるよ」

 壁の奥に身を入れるサスケ。地面から伸びている指がはっきりと見えた。
 転がっている骨を避け、指の周りの土を避けていく。土の中から伸びている手を掴んで、ゆっくりと引きずり出すと、青白い顔をした男の子だった。

「衰弱している……他にいるでござるか? いたら手を伸ばして」

 このサスケの声に応えて、また別の手が伸びてきた。その手を引いて、外に引き上げる。それを繰り返すこと二十回。二十人の子供たちがそこに隠れていた。
 松明で奥を照らしてみる。近くに誰もいないことを確認したサスケは、大胆に土を掘り返し始めた。生き埋めにしてしまう可能性が低いと判断した結果だ。

「……思っていたよりもずっと狭いな。よくまあ、こんな場所で……まだ生き延びたとは言えないでござるな」

 子供たちは皆、かなり衰弱した様子だ。回復するかどうかは、まだ分からない。それ以前にまずはこの場所から連れて逃げなければならないのだ。

「他に、この場所以外でも隠れている者はいないでござるか? いるなら首を横に、いないなら縦に振るでござる」

 ゆっくりと子供たちの首が縦に動く。

「さて……」

 両脇に子供を抱えて立ち上がるサスケ。

「すぐに戻ってくるので大人しく待っているでござる」

 残った子供たちにこう告げて、地下室の出口に急いで向かった。

「……数は?」

 出口に近づいたところで問い掛けてきたのは外で見張っていたジュウゾウだ。

「二十」

「……多い、と言っては申し訳ないな」

 連れて逃げるには二十人は多い。だが生き残りの数としては、多いと言ってしまうのは死んでしまった人たちに申し訳ない。

「歩けそうもない。だからといって抱えて逃げるのも無理でござる」

「そうだな」

 そうなると選択肢はひとつだ。
 地下を往復して、子供たちを全員地上にあげたところで、さらに夜の闇に紛れて、次兄王の小隊が野営している近くまで子供たちを運ぶ。
 一人地面を這うように移動して野営地に近づくサスケ。見張りの姿はない。敵襲などまったく警戒していないのだ。それを確認したところで、今度はジュウゾウが矢に火をつけて立ち上がる。
 放たれた火矢は天幕に突き立ち、やがて大きな炎をあげた。それに気が付いて騒ぎ出す次兄王の兵士たち。天幕から飛び出してきた兵士に向かって、サスケが飛び道具を放つ。地に倒れる敵。さらに飛び出してきた敵に向かって、素早く剣を振るうサスケ。
 その時には火矢を放ったジュウゾウも別の天幕から出てくる敵の相手をしていた。二十人の敵を圧倒するサスケとジュウゾウ。
 そんな二人の勇姿を燃え上がる炎が照らしていた。

 

◆◆◆

 パルス王城の奥に近い一室。ローズマリー王妃の泣きじゃくる声が響いている。アレックス王は泣いているローズマリー王妃をどう慰めようかと悩み、パウエル相談役はこの事態にどう対処するべきかを悩んでいる。
 事はユーロン双王国からもたらされた。ユーロン双王国の末弟王とエリザベートが共謀し、ユーロン双王国を陥れようとしていた。それはパルス王国としての策謀かと詰問する書状だ。
 それが届くや否や、エリザベートは速やかに身柄を拘束され、王城内の一室に幽閉されている。
 パルス王国としては当然、そんなことは知らないと答えることになる。そうなれば全ての罪はエリザベートのもの。ユーロン双王国の手前もあり、処分は相当に厳しいものに為らざるを得ない。

「どうなるのでしょう?」

「まずはこれが事実かどうかですな。どうなのですか?」

「私に聞くのですか?」

「いまさら惚けなくてもよろしい。陛下もまたエリザベート様の策謀に関わりがあるのでしょう?」

「そうですね……」

 アレックス王にとってパウエル相談役はもっとも信頼出来る人物。隠し事をしてその忠誠を失ってしまうことのほうがアレックス王は恐ろしい。

「ユーロン双王国を攻めようとしたのは本当なのですかな?」

「本当ですね。魔族との戦いが済んだら、次はユーロン。確かにそう言っていました」

「何故、そんな真似をとは聞かなかったのですかな?」

「大陸制覇の為と言っていましたが、それは嘘ですね。彼女はパルスに恨みを抱いていました。パルスが覇を唱えることを望むとは思えません」

「恨み……それもそうですな。彼女に対するパルスの態度は冷淡なものじゃった」

 恨んでも仕方がない。そう思える事実があったことをパウエル相談役は知っているのだ。

「パルスを途絶えることのない争いの渦中に追いやり、滅ぼそうとしているのではないかと思いました」

「嘘! 母上がそんなことをするわけがないわ!」

 ローズマリー王妃にとってエリザベートはただの母親だ。策謀家としての姿を娘であるローズマリー王妃の前では見せていないのだ。

「ローズマリー、少し冷静に話を聞いてくれないか。今はその母上を何とか助けられないかの話をしているのですよ」

「……分かりました」

「ローズマリー様にはこの話は少しきついかもしれんの。別の部屋で休まれてはいかがじゃ?」

「……いえ、ここで聞いています。もう邪魔はしません」

 何も知らないままではいられない。真実を知ってこそ、母であるエリザベートを助ける術を考えられるのだ。

「……では話を続けようかの。そうなると少なくともユーロンを攻めようとしていたのは事実じゃな。あとは証拠の有無か」

「証拠らしい証拠はユーロンから送られてきた末弟王の誓約書です。ユーロンの無実を宣言するものですが、それが逆に策謀を行った証拠として扱われています」

 ネロの誓約書はエリザベートの謀略の証拠として扱われている。

「それだけでは弱いな」

「それが、自国の無実の証拠として提出しておきながらユーロン側は、必ずしも事実ではないかもしれないと言ってきています」

「どういう意味じゃ」

「ユーロン双王国としては関わっていないが、末弟王が絡んでいた可能性は充分にあると」

「なるほどの。罪を逃れるために嘘の証言をしたかもしれないと言っておるのか。それはあり得るかもしれんな。しかし、そう言われたからといってどうなるものでもあるまい」

「それであれば罪はユーロンにもあるのではないか。それどころか末弟王が首謀者ではないかとユーロンに対して反論しています」

「ふむ……さすがはイーストエンド侯というところか」

「はい。詰問にきた使者を逆に責めているくらいですから」

 イーストエンド侯爵の外交能力はさすがのもの。彼の頑張りによっては事態は良い方向に持って行けるのではないかとアレックス王は考えたのだが、それは大間違いだ。

「そうではない。うまく論点をすり替えたと言っておるのじゃ」

「論点ですか?」

「パルスとユーロンのどちらに責任があるかという議論は、そういった策謀があったという前提に基づいて行われている」

「……罪は既成事実とされている。有罪は確定していると?」

「そういうことじゃ」

 そういう目的でイーストエンド侯爵は動いている。ネロを罪に落としたのも、イーストエンド侯爵の意向を受けたユーロン次兄王が行ったこと。
 次兄王の使者がネロから誓約書を取るときに、エリザベートが既に罪を認めたような言い方をしていたが、そんな事実はない。エリザベートが罪を問われているのは、そのネロの誓約書によってなのだ。
 事実を確かめる術のない二人を相手に仕掛けた巧妙な罠。その目的はそれぞれの抹殺だ。

「なぜ母上はそこまで責められなければならないのじゃ?」

「……そうですな。ローズマリー王妃は知っておくべきでしょう。エリザベート様へのパルスの悪意の理由を」

「理由があるのか?」

「ありますな。少々気分を害されると思いますが最後まで聞いてくだされ」

「分かった」

「ローズマリー王妃は亡くなれたソフィア元王妃を覚えておられるか?」

 クラウディアの母親だ。

「妾は幼かったので全く覚えておらぬ」

「ソフィア様はそれは素晴らしいお方だった。臣下にも民にも慈しみの心を持って接しておられた。ローズマリー王妃も貧民区で炊き出しをされたことがありましたな?」

「行った」

「それは元々ソフィア様がやられた事だったのじゃ。それだけではない。ソフィア様は貧民区の住人になんとか自立の道を与えられないかと尽力されておった。残念ながらそれは道半ばで終わってしまったがな」

 ソフィアの尽力により進んだ物事は、バーバラのような罪に落とされた人たちの幽閉の場でもあった貧民区への過度な締め付けを取り除いたこと。だがそれが、その後に予定されていた自立への道が途絶えたことで、却って貧民区周辺を無法地帯にしてしまったのは残念なことだ。

「自立?」

「炊き出しをするだけでは、それはただの施し。ソフィア様は貧民区の者も他の民と同様に見ておられた。貧民区以外でも色々と民の為に心を配られた。とにかく慈愛に満ちたお方だったのじゃ」

「まるで聖女ですね?」

「聖女とはソフィア様にこそ相応しい呼び名じゃ。王は気付いておらないであろうが、異世界からきた女を聖女などと祭り上げたとき、ソフィア様を知る者たち相当に憤りを感じておったのじゃぞ」

「そうだったのですか」

「ソフィア様はただお優しいだけではない。王の臣下や民をないがしろにするような言動に対して、堂々と諫言する芯の強さも持っておられた」

「あの王にですか?」

 かなりの権限を有力貴族に奪われているとはいえ、前王自身は元々それなりの人物だ。たった一言で周囲を黙らせる程の威厳を持っていた。
 それが発揮されることはほとんどなかったが、その滅多に見ない姿をアレックスは見たことがあった。

「あの王にじゃ。もっとも前王はソフィア様に頭が上がらなかったからな。それでソフィア様を叱ることもなかった。それに自分が間違った判断をしても、ソフィア様がそれを止めてくれるという安心感もあったようじゃ」

「はあ、凄い方ですね?」

「前王のもっとも輝いていた時代じゃ。ソフィア様の死をもって、前王の時代はすでに終わっていたのかもしれん。終わったのはそのきっかけとなったクラウディア様の誘拐の時にか。まあ、それはともかくとして、ソフィア様は臣下の絶大な信頼を集めていた。ソフィア様の前では派閥も何もない。皆がソフィア様の望む、より良いパルスを目指していた」

「……そんな時があったのですね」

 その時代をアレックスは知らない。アレックスが知っているパルス王国の政治は、有力貴族に牛耳られた政治、そしてやる気のない王の態度がそれに拍車をかけているという最悪のものだった。

「ソフィア様は全ての臣下に愛されていた。それがある意味でエリザベート様の不幸になる。ソフィア様の唯一の問題は世継ぎを得られない事。その世継ぎの為に、エリザベート様は前王の側室となったのだが……」

「姉上が生まれた」

「そしてローズマリー様も女性じゃった。エリザベート様の存在価値はなくなった。ソフィア様が子供を産めると分かれば、次代の王はソフィア様の血筋しかあり得ない。それは前王や臣下の総意だったのじゃ」

「それでは母上が可哀そうなだけです。なぜそんな母上がこんな仕打ちを?」

 世継ぎを生むことだけがエリザベートに期待されていたこと。その期待も、ソフィア王妃がクラウディアを生んだことで失われた。そんなエリザベートに同情する声もなかったわけではない。これだけであれば。

「事はクラディア様が魔族に誘拐された時から始まるのじゃ」

「姉上が?」

「ソフィア様は目の前で大事なわが娘を奪われた事にひどく心を痛めて、誰の目にも分かるくらいに衰弱されたご様子だった。それに拍車をかけたのがエリザベート様と言われておる」

「……どういうことじゃ?」

「毎日毎日、王の娘を目の前で奪われたと責めたて、自分の娘を見せびらかし、ソフィア様の傷を深いものにしていった」

「……そういう事だったのだな」

 ローズマリー王妃はそれを覚えていた。毎日毎日、母であるエリザベートに連れられて、ソフィアと思える女性の元に通ったことを。ローズマリーには、その女性の所に行くといつも以上に母が優しくしてくれた記憶しかないのだが、それが娘を奪われた母の前で行われていたのであるとすれば、自分の母の悪意は明らかだ。

「もしかして覚えがありますのかな? やはり事実か……」

「それで母上は恨まれているのだな」

「ソフィア様は亡くなられたからの。死因がクラウディア様の誘拐が原因であるのは明らか。そしてソフィア様を死ぬまでに追い詰めたのは……」

「母上という事か……」

「そう思われておりますな。エリザベート様のその後の行動も悪かった。ソフィア様が亡くなり、クラウディア様も誘拐されたまま。エリザベート様は自分が次の王妃、そして次代の王の母親になるものとして、積極的に動き出したのじゃ」

「母上……」

 ローズマリー王妃も、母が行ったこととはいえ、眉を顰めてしまうような無神経さ。そんな行動をとった母親には失望してしまう。

「それはソフィア様の死を悼んでいた我等にとって許せるものではなかった。ローズマリー王妃には申し訳ないが、儂も、今でもエリザベート様を許しておらん」

「……そうなると母上は助からんな」

「そうでしょうな。こう言っては何ですが、それだけのことをしたのですからな。それにソフィア様はイーストエンド侯の最愛の妹。前王を恨んでいたが、その前王も亡くなった。イーストエンド侯にとっては過去を全て清算する良い機会じゃ」

「その精算の対価が母上の命なのか? それは何とかならんのか? 母上がやったことは分かった。それが酷いことであるのも。それでも妾にとって母上は母上なのだ」

 大粒の涙を流しながらそう訴えるローズマリー王妃。しかし、それに答えることはアレックス王とパウエル相談役には出来なかった。イーストエンド侯爵が中心になって進めていることであり、それに反対する勢力は全くいないと言って良い。

「アレックスは王ではないか? 王であれば母上を救うことが出来るだろ?」

「……すみません。王であるからこそ、私は私情で動いてはいけないのですよ」

「そんな……」

 アレックス王が言っていることは正しい。だが裏では、アレックス王にもエリザベートをこの機会に除きたいという気持ちがある。アレックス王とエリザベートとの関係を知られては、彼もただでは済まないかもしれない。その一方で自暴自棄になったエリザベートが全てを暴露してしまうこともアレックス王は恐れている。

「相談役。せめて命を救うだけでも何とかなりませんか?」

「……なくはないが、うまくいく可能性はかなり少ない」

「あるのですか?」

 まさかあるとは思っていなかったアレックスだった。

「まあ。しかしな……期待を持たせた結果、失敗しましたでは王妃殿下に申し訳ない」

「……可能性があるのであれば妾はそれで良い。何もしなければ母上は亡くなるだけだからの」

「では、やってみましょうかな。問題はイーストエンド侯だが……」

 この時は自信ない様子のパウエル相談役であったが、結果として試みはうまくいった。
 数日後、格子のついた馬車に乗せられてエリザベートはパルス王都をひっそりと離れて行った。もっとも、それで命が助かったのかどうかは定かではない。パウエル相談役にそれを確認する術はないのだ。