月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #106 駆け引き

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 先王の一年の喪が明けたと同時に取り払われた弔旗に代わって、王都のあちこちにパルス王国旗が掲げられている。
金糸で縁取られた赤の布地に王冠をかぶった金色の獅子の姿。戦いの場で常に建国王の側にいたと言う金色の獅子の伝承に基づいて作成された図柄だ。
 婚姻の儀を直前に控え、大いに沸き立つ王都。大通りに並んだ様々な露店は婚姻の儀のあとに行われるパレードをひと目見ようと全国各地から集まった人々でにぎわっている。
 そんな大通りの喧噪から離れた路地裏。その建物の一室でテーブルに肘をついて渋い顔をしている男がいる。傭兵ギルド長サイモン、その人である。

「どうしても受けてもらえないのか?」

「受けられないな」

 正面に座るヒューガは無表情。サイモンには何を考えているのか分からない。

「しかし、事態はお前が指摘した通り深刻だ。ギルドの東方支部がまるまる反旗をひるがえそうとしているのだぞ?」

「それは傭兵ギルド内部の問題だろ? 俺達には関係ない。まったく影響もないしな」

「それはそうだが……お前もまだ傭兵だろ?」

「傭兵の仕事をする必要は今のところないな。恐らくこの先もない。除名したければどうぞ」

 こう言われる事はサイモンには始めから分かっている。ヒューガに傭兵の身分など必要ない。それでも身分証としての必要性は残っているかと思ったが、それも今となってはどうでも良い事のようだ。

「全く検討の余地もなしか……」

「そもそも依頼内容に無理がある」

「無理は承知だ。だが同じような無理をお前は成し遂げただろ?」

「何のことだ?」

 無表情だったヒューガの顔に少し笑みが浮かんだ。

「エルフ奴隷の解放だ。大陸全で貴族や奴隷商人からエルフを奪い、人知れず大森林に移した。それに比べれば、簡単ではないか?」

「へえ、そんな事があったのか?」

「知らばっくれるな!」

「それって犯罪だろ? ギルド長は俺が犯罪者だって言いたいのか? それは幾らなんでも失礼だろ?」

 たとえサイモン相手であってもヒューガは認めるつもりはない。交渉の最中となれば尚更だ。

「……犯罪だって認識はあったのだな?」

「さあ? ギルド長が奪うという言葉を使ったからそうなのかと思っただけだ。もっとも俺の国では奴隷は認められないからな。所有しているほうが犯罪者だな」

「お前の国ではな。しかし何故、お前が自ら現れたのだ? ヒューガ、お前は王だろ?」

 ヒューガに依頼したのはサイモンからだが、まさか本人が、それも事前打ち合わせの段階で姿を現すとは思っていなかった。

「人手が足りないんだよ。それにパルスの様子も少し見ておきたかった。情報収集を兼ねてだ」

「軽率だと思わんのか?」

 これはサイモンの考えすぎ。奴隷解放を行ったのがヒューガであることも、大森林の王となったことも知る者は少ない。公的には、ヒューガがパルス王国をただ移動するだけであれば、何の問題もないのだ。

「俺がパルスにいても何の問題もない。指名手配されているわけでもないし、敵対している国でもない。そもそも俺が王だってことも知らないんだから、暗殺を心配する必要もないだろ?」

「まあ、そうだが。怪しんでいる者はいる」

「だとしても証拠がない。それに今更だろ? パルスは今、そんな事にかまっている余裕はないし、騒ぎ立てていた奴等もずいぶんと減ったようだ」

 奴隷商人を除けば、ヒューガがエルフの奴隷を奪った先の多くは新貴族派。その新貴族派は、イーストエンド侯爵によってどんどん追い込まれていっており、今更、奴隷の件を持ち出して騒ぐ余裕はない。

「……それで情報収集が必要なのか? よく知っているじゃないか」

「これくらいはな。特に何もしなくても……それで特別依頼の話だったな」

「……ああ」

 ヒューガが話を変えたのは明らか。その理由はサイモンにも分かっている。特に何もしなくても情報が集まる仕組みを彼は持っているのだ。
 ことは情報入手にかかわる事。ヒューガとしては他人に詳しい話をしたくないのだろう。そう思ってサイモンは特に追求することなく相槌をうった。

「問題はギルド長が言っているようなことじゃない。依頼内容そのものだ」

「どういう意味だ?」

「誰を何から救えば良いんだ?」

「それはカインが伝えたはずだ。東方同盟内のギルド職員を……何から?」

 ヒューガの問いに答えようとしたサイモンだが、途中で言葉に詰まってしまった。当たり前の答えだと思っていたが、そうではなかったのだ。

「そう。ギルド職員に何の脅威がある? ギルド職員としての仕事はそのまま。生活の保証がされれば別に逃げ出す必要はないんじゃないか?」

「それは……」

「俺の予想では、多くのギルド職員は本部から独立しようが自分が守られれば逃げ出そうなんて思わない。ギルドを去ろうなんて奇特な人間は数えるほどしかいないだろう」

「……そうかもしれないな」

 傭兵ギルドで働いているといっても、その多くは崇高な使命感に燃えてというわけではない。生きていく糧を得る為のただの仕事なのだ。上が誰に変わろうと、少しくらい組織が変わろうと報酬を得られるのであれば、それまで通りの仕事を続けるだけだ。

「救うべき人間がいない。たとえいたとしてもわずかな人数だ。わざわざ大掛かりな事をしなくても、問題はない。俺が特別依頼を受けない一番の理由はこれだ」

「なるほど。自分を基準に考えた俺が間抜けだという事か」

 ギルド長である自分にとっては大いなる危機であっても、一職員にとってはそれほどでもない。そういうことなのだとサイモンは理解した。

「間抜けとまでは言ってない。だが一職員とギルド長では考えは違う。それは事実だな」

「ふむ。話は分かった。でも、それで良いのか? お前の所の人材不足も解消しないぞ」

「求める人材が違う。今、俺たちに必要なのは建国時のドタバタを収めるのに必要な才。物事が固まった後で、決まった事をきちんと行う官僚を必要とするのは、ずっと先の話だ」

「ギルド職員は官僚か?」

「少なくとも俺はそういう印象を持っている。仕事のやり方に工夫がない。変化に対応しようという意思がない。それじゃあ、今の俺の所では役に立たない。どちらかといえば必要なのは、東方支部長とそれに同調している奴らだな。それが自己の欲望に基づくものだとしても、そいつらは変革を恐れていない。その方がずっとマシだ」

「耳に痛い事を言う」

 サイモンはヒューガの言う変化に対応しない組織の長だ。そういう組織にしたのはサイモンではないが、それを疑問に思うことなく、何も行動しなかったのは事実だ。

「この先、物事がどう動くか分からないが、動いている事に間違いはない。言ってみれば今、時代は乱世に向おうとしている。それに対応できなければ生き残れないだろ?」

「乱世か。もうそこまで来ているとお前は言うのだな?」

「俺はそう思ってる」

 傭兵王が引き起こした東方での動乱。だが争いが東方だけで収まる可能性は低い。それをヒューガは知っている。

「その乱世でお前はどう生きるのだ?」

「どう生きるかは決めてない。生き残ろうとはしているけどな」

「なるほど……分かった。特別依頼は取り下げよう」

「……もう話をぶり返したりはしないな?」

「もちろんだ」

「じゃあ、こっちから話がある」

「……何だ?」

 ヒューガから話があるという時は多くの場合、ろくな内容ではない。そう思ってサイモンに警戒心が湧いた。

「どうしても嫌だと言うギルド職員の東方同盟内からの脱出は助けよう」

「おい!?」

「その代わり、その人がギルドに戻らず、大森林に行くと言っても文句を言わないこと」

「それでは特別依頼の内容と一緒だ。そうか……報酬の上乗せか?」

 ヒューガの条件は最初から依頼に盛り込まれている。一度は断っておいて、まったく同じ条件で仕事を受けるはずがない。

「報酬の上乗せ……少し違う。これは傭兵としての仕事ではないからな」

「……聞こう」

 傭兵としてではなく大森林の王としての交渉。そういう意味だとサイモンは理解した。ただ何故そうしなければならないかは話を聞かなければ分からない。

「ギルド長はこれから婚姻披露の儀に向かうんだよな?」

「ああ、そうだ。それがどうした?」

「俺とここにいるソンブを護衛として連れて行ってくれ」

「なんだと!?」

「ちょっと探りたいことがある。その為には婚姻披露の場に行かなければならないんだ。忍び込むのも考えたけど警備が厳しそうだし。ギルド長の護衛なら問題なく通れるだろ?」

「お前という奴は……それで何をするつもりだ?」

「一つは純粋な情報収集。もうひとつは相手の出方次第だから今は言えない。暗殺とかそういう類いのものじゃないから、安心してくれ」

「当たり前だっ!!」

 暗殺者の侵入に協力したなんてことになれば、傭兵ギルドの責任問題以前にサイモンは命を失うことになる。

「怒鳴らなくても……それで返答は?」

「……大きな問題にはならないのだろうな?」

「もちろん。俺にはそのつもりはない」

「……良いだろう」
 
 通常であれば、こんな話を受けるサイモンではないが、彼はもうギルド長を退く事を決めている。ちょっとくらい問題が起きても、別にかまわない。そういう気持ちがあった。
 そして何より、ヒューガが何を行おうとしているのかを知りたかった。人手不足など口実で、ヒューガがわざわざパルス王国に来る理由は別にあるとサイモンは考えている。

「よし。じゃあ手続きを。俺達が護衛として付くに相応しい何か書類を作っておいてくれ。依頼の形かな? それとも雇用契約か。もしかして署名とか必要か? だったらもうギルドに行こう」

「……わかった。付いて来い」

 一日、護衛のふりをするだけで、契約書類まで用意しようというヒューガ。どんな小さな細工でも手を抜かない。ヒューガの細かさに感心するよりも、少し呆れたサイモンであった。

 

◆◆◆

 王城の入り口近くにある大広間。そこが婚姻披露の間として用意された場所だ。ヒューガの頼みで早めにそこを訪れたサイモンたち一行は、彼の性格もあり、あまり目立たない端の方に陣取っている。
 入り口に立っている伝承役が名を告げる中、次々と訪れる招待客たち。伝承役の声に熱心に耳を傾けている人はほとんどいない。招待客同士ではすでに多くが顔見知りなのだ。
 だが、ある招待客の訪れを告げる声が広間に響いた時、軽いどよめきとともに、大広間の人々の視線が一斉に入り口に集まった。
 マンセル王国宰相アルファス・シュトリング。東方は戦争の真っ最中。来るはずがないと思われた国からの参加者だ。

「本当に来たんだ?」

「なんだ、知っているのか?」

「会った事があるわけじゃない。ただマンセルから使者が出るようだって聞いていた。宰相ってのはどれくらい偉いんだ?」

「マンセルでは国王に次ぐ立場です。臣下の最高位となります」

 ヒューガの問いに答えたのはソンブだった。

「国のナンバー・ツーか……さて、どういう思惑だろう?」

 戦争の真っ只中、宰相が他国の宴の場に現れる。しかも東方同盟内の争いに良い印象を持っていないはずのパルス王国に。何か特別な思惑があるのだと考えるのが普通だ。

「パルスとの関係修復。普通に考えればそれしかありません」

「でも明確に敵対関係にあるわけじゃない。今、パルスと外交の場を持っても、戦争を止めろと言われるだけだろ?」

「止めるつもりなのではないでしょうか? アシャンテを支配下に収めたところで、矛を収めるというのはひとつの選択肢ではあります」

「……アシャンテを元に返せと言われたら?」

 パルス王国がはたしてマンセル王国だけに都合の良い判断を下すのか。ヒューガはそうはならないのではないかと考えた。

「そうなれば交渉は決裂です。ですが、パルスにそれを言う資格はありません。事は東方同盟内での問題ですから」

「……東方の安定がパルスの望みであれば、マンセルが戦いを終わらせることのほうを優先するか」

 パルス王国は大国であっても他国の支配国ではない。大陸全土の平和を守るなんて使命感もなく、ただ自国の利を考えるのであれば、マンセル王国にも交渉する意味はある。
 実際にそうだ。世界平和なんて概念はこの世界では当たり前のものではないのだ。

「それにマンセルが傭兵王に対する盾になってくれれば。パルスがそう思う可能性は大きいですね」

「それか……その代わりに、マンセルはパルスの後ろ盾を得る。そうなるとミネルバはどうするかな?」

「ミネルバには戦争を終わらせる力はありません。マリが引かないでしょう」

 ミネルバ王国はマリ王国を圧倒しているわけではない。マリ王国にも十分に挽回出来る、どころか逆にミネルバ王国を倒してしまう可能性だってある。他国の介入がなければ。

「それをマンセルが止める可能性は?」

「新たな同盟ですか?」

「そう。ミネルバは戦いを始めた事を後悔しているだろう? おいしい思いをするどころか散々な目に遭っているからな。マリも意地になっているけど、そこに傭兵王、マーセナリーが介入できる状態になったら? さすがに勝つのは難しいと考えるかもしれない」

「そこでマンセルが仲介にはいる……でも、それを行えばマンセルはマーセナリーを敵に回します」

 マンセル王国の仲介が成功し、あらたな同盟が結ばれればマーセナリー王国に付け入る隙はなくなる。マーセナリー王国の計画は破綻することになってしまうのだ。

「いずれ敵になる相手だ。一対一の状況になる前に、敵にしたほうが良いと考えるんじゃないかな?」

「問題はマリですね」

「マンセルだけでは駄目だろう? でもパルスの口添えがあれば」

「足りるでしょうか?」

「じゃあ、アシャンテの一部をマンセルが差し出す」

「そこまでしますか?」

 奪った土地を手放してでもマンセル王国が同盟をまとめようとするか。ソンブには疑問だった。

「いらない土地なら渡すかもな。俺なら渡す。守り易い土地を境界線にして、それ以外はどうぞ、ご自由にって感じだ」

「……なるほど。そして新たに三国で東方同盟を組み、マーセナリーに対抗する。いえ、そこまで固められたらマーセナリーも同盟に加入するかもしれません」

 残った国全てを同時に相手にして勝てるとは思えない。そうであるからマーセナリー王国は三対三の状況を作ったのだ。

「マーセナリーにはまだ攻める場所があるからな」

「レンベルク帝国ですか。あり得ますね」

「良し。だいたい整理が出来た。あとは戻ってから考えないとだな」

「はい」

「……ヒューガ……というかお前達……」

 ヒューガとソンブの会話が一区切りついたところで、ずっと黙って話を聞いているだけだったサイモンが口を開いた。

「何だ?」

「いや、王になったんだなと思ってな」

「なんだ、それ?」

「他国の情勢をここまで分析しようなんて、国でなければ必要ないだろ?」

 国王としてのヒューガの姿。それを初めて見られた気がサイモンはしていた。

「そんな事ないだろ? ギルド長だって考えないと」

「俺か?」

「東方同盟内の当面の主導権はマンセルが握る。さてそうなると東方支部はどうする? このまま傭兵王につくか、それともマンセルに鞍替えするか」

「諦めるという選択肢はなしか?」

「ないな。今は隠せていることも時間が経てばやがてバレると彼等だって分かってるだろう」

「……そうだな」

 サイモンに命じられてカインが調べた結果、異常はすぐに見つかった。仮にヒューガから教えられなくても、他の誰かが異常に気付いた可能性はあるのだ。

「ということで、ギルド長はマンセルの宰相と仲良くならなければいけない。東方支部長の邪魔をするんだな」

「俺はそういう事は苦手だ」

「そんなことを言ってるから、変な考えを持つ奴が現れるんだ。じゃあ、挨拶だけでもしてこい。そして挨拶の後に一言、東方支部がご迷惑をかけているようで申し訳ない。じきに落ち着かせますので、ご心配なく、とでも言えば良い。あとは勝手に向こうが考えてくれる」

「しかしな……」

「と言っている間に、向こうから来ちゃったぞ」

 ヒューガの言うとおり、大広間の中央を横切るようにしてマンセル王国宰相アルファス・シュトリングがこちらにやってきていた。目的はどう考えてもサイモンだ。
 周りには、マンセル王国の宰相がわざわざ挨拶に訪れるような人物は誰もいないのだから。

「初めましてですな。傭兵ギルド長殿。私はマンセル王国で宰相を務めているシュトリングと申します。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。傭兵ギルド長のサイモンだ」

 予想通りにシュトリング宰相の目的はサイモン。ただ、挨拶を行ったあとは話が進まない。シュトリングはどう切り出していいのか、という感じで、なかなか口を開けないでいる。そしてサイモンには、それを知っても上手く話のきっかけを与えてあげるような話術はない。

「傭兵ギルド長。先ほどの件を宰相殿にお伝えしてはいかがでしょうか?」

「はあ?」

 その様子に焦れたヒューガがサイモンに話をするように促したのだが、サイモンはヒューガが畏まった口調で話したことのほうに驚いている。

「東方支部が少し乱れている件です。ご迷惑をお掛けしている事のお詫びと、それもやがてケリがつくであろう事をご説明しようと話していたではないですか?」

 結局、ヒューガが全ての用件を話すことになった。

「ほう。そうですか。東方支部の件はケリがつきますか」

 やはりシュトリング宰相は知っていた、そう思ったことをおくびにも出さずにヒューガは言葉を続ける。

「マンセル王国の宰相殿のお耳にまで東方支部の不手際が届いておりましたか? それは同じギルド職員としてお恥ずかしい限りです」

「いや。落ち着くのであれば良いのだ。どんな組織でも乱れはある。それは仕方がない事だ。問題はそれにどう対処するかだな。傭兵ギルド長のお考えは?」

「うむ……」

 考えを聞かれても困る。サイモンは唸ったきり、黙り込んでしまった。そうなるとまたヒューガの出番だ。

「傭兵ギルド長、宰相殿のご意見も伺ってみてはいかがですか? 一国の宰相にこのような事をお聞きするのも失礼かもしれませんが、こんな機会はめったにある事ではありません。今回のような場合、どう対処するのが国として正しいあり方なのか。そういった視点のご意見を伺うのも有用かと思慮いたします」

「確かにそうだな。宰相殿、申し訳ないが聞かせてもらえんか?」

「……良いでしょう。組織の乱れは膿のようなもの。それを綺麗に取り除かなければなりません。そうでなければ一時的に小さくなったとしても、いずれまた大きく育ってしまうでしょう。一時の痛みを恐れて、それを中途半端なものにしては、禍根を残すだけと私は思いますな」

「なるほど」

「傷口が膿に留まらず、大きく広がって壊死を起こしているような場合は? それでも綺麗に取り除くべきなのでしょうか?」

 サイモンは話を終わらせようと考えていたのだが、ヒューガはそれを許さなかった。さらにシュトリング宰相に向かって問いを発する。

「お主……まあ良い。それでもだ。腕を失くしても生きていく事は出来る。壊死した腕を失う事を恐れて、全てを失うような事があってはならない」

「さすが宰相様。私のような小人ではなかなかそこまで思い切った考えは浮かびません」

「……うむ」

 今度はシュトリング宰相が唸る番だ。ただその意味合いはサイモンのそれとは異なる。

「傭兵ギルド長。宰相様から貴重なご意見をいただきました。かなり荒療治になる事を恐れていましたが、それでも行うべきだと宰相様は仰せです。ご意見を無視しては、傭兵ギルドの事なのに、こんな真剣にお答えいただいた宰相様に失礼にあたりますよ?」

「そうだな」

 ここにきてようやくサイモンもヒューガが何をしたかったのかが分かった。最悪の場合は、東方支部を切り離すとサイモンは決めている。だが、それを行えば東方支部管轄の国々は傭兵ギルドに強い不信感を持つだろう。そしてまたそれらの国により、切り離された後の東方支部の正統性を認めさせる理由にもなってしまう。
 だが戦後に主導権を握るであろうマンセル王国の宰相が事前にそれを認めているとなれば話は違ってくる。少なくともマンセル王国が傭兵ギルドに文句を言うことは出来ない。

「なんとも……傭兵ギルド長は良い部下をお持ちだ」

 そしてそれをシュトリング宰相も途中で気付いた。うまく嵌められたようだと。

「それほどでも」

「その部下について、お聞きしたいことがあったのです」

「……何でしょうか?」

 まさかヒューガの事を知っているのか。そうサイモンは思ったが、シュトリング宰相の視線は別にあった。

「後ろにいるもう一人の部下ですが、私の知っている人物によく似ている。名を聞きたいのですが?」

「……ソンブといいます」

 何故、ソンブの名を尋ねるのか疑問に思うサイモン。そもそもサイモン自身もソンブのことは良く知らないのだ。

「ソンブ……いつから傭兵ギルド長の下にいるのですか?」

「最近ですな」

「そうですか。どういった経緯で傭兵ギルドに?」

「この者はここにいるヒューガの副官でして、俺よりもヒューガのほうが詳しいですな」

 これ以上は自分が話していてはまずいとサイモンは感じ、話をヒューガに振ることにした。

「本人に聞いても?」

「……別にかまいません」

 ヒューガが軽く頷くのを確認して、サイモンはシュトリング宰相にこう答えた。
 それを見て、シュトリング宰相は確信する。部下と言っているが、この二人はそんなものではない。そして自分の考えはどうやら間違っていないようだと。

「では。どういった理由で傭兵ギルドにいるのかな?」

「国を捨て、さまよっているところをヒューガ殿に拾われました」

「国を捨て?」

 シュトリング宰相の顔に驚きが浮かぶ。

「はい。祖国は捨てています。今はもう私の忠誠はヒューガ殿の下にあります」

「……なるほど。しかし何故、忠誠を移したのだろう? その理由も聞かせてもらえるかな?」

「祖国に私が活きる場はありません。一方でヒューガ殿は偏見なく、私に活躍の場を与えてくれました。士は己を知る者の為に死ぬ、昔から伝わるこの言葉に習ったまでです」

「ふむ……不躾な事を聞いた。では傭兵ギルド長、私は別の方への挨拶もありますので、これで失礼します」

「あ、ああ」

 去っていくシュトリング宰相の背を見送りながら、サイモンは口を開いた。

「どういう事だ?」

「あの宰相の目的はソンブだったって事だな」

「それくらい分かっている。その理由を聞きたいのだ」

「それは俺も知らない。ソンブ?」

 シュトリング宰相とソンブの関係はヒューガも知らないのだ。

「……申し訳ございません。まさか顔を覚えられているとは思っていませんでした」

「それは会ったことがあるってことだな?」

「はい。今は戦争中とはいえ、マンセルとアシャンテは同じ東方同盟の隣国。交友は盛んでした。シュトリング宰相も何度かアシャンテを訪れた事があります。会ったのは私がまだ幼い頃でしたので、覚えているはずはないと思ったのですが甘い考えでした」

「さすがは一国の宰相ってところか。まあ、引き下がったみたいだから問題はないかな。それにこれが終われば、すぐにパルス王都を離れるし」

「はい」

 その一国の宰相が訪れた時に開かれた場。それなりの場であっただろうその場所に幼い身で出席するソンブってどんな家柄なのか。そんな疑問をヒューガは持っていたが、人の詮索をしないヒューガである。話したければ自分から話すだろうと考えて、軽く流すことにした。
 そして、ちょうどそこに最後であろう招待者の来訪を告げる声。ユーロン双王国 次兄王の到来が告げられた。

「……はずれたな」

 もしかしてネロが現れるのではないかとのヒューガの期待は裏切られた。だが、ヒューガにとってそれはおまけに過ぎない。会ったとしても、もうちょっと文句を言ってやろうくらいの気持ちでしかなかった。
 招待者が揃ったところで、婚姻の儀を終えた二人の登場を告げる声。いよいよ披露の儀が始まるのだ。
 大広間の全ての視線が正面のふたつの玉座に向かう中。じっとヒューガを見つめる視線があった。玉座のすぐ近くでアレックスとローズマリー王女の来場を待つその人。イーストエンド侯爵の内心は、人族としては異質の銀髪の髪をもつ人物の姿を捉えて穏やかではなかった。