婚約披露の儀はローズマリー王女とアレックスの登場で一気に盛り上がった……という事にはならなかった。特に国内の貴族たちはパルス王国の国政の実権が再び四エンド家に戻った事を知っている。それに対して新たな王になるはずのアレックスはどうでるか。自分はどうするべきなのか。そんな悩みを抱えて、なんとなく落ち着かない様子だ。
一時は四エンド家を凌いだと思っていた新貴族派の面々も、それが一瞬の夢物語であったともう思い知っている。アレックスを担いで盛り返そうと考える者もいるが、自分が積極的に行動に出て、四エンド家の矢面に立つのは避けたい。必然的に旗幟を鮮明にするのは、四エンド家にすり寄る人たちだけになった。
アレックスの周りにはほとんど人は寄らず、一方で四エンド家の筆頭といえるイーストエンド侯爵の下には次から次と下級貴族が挨拶に訪れている。
その様子が顕著になるにつれ、外国からの招待客にもパルス王国内の権力が完全に四エンド家のものとなったとの確信を与えた。
「ちょっと露骨すぎるな」
その様子を見たヒューガは呆れ顔だ。この場の主役はアレックスとローズマリー王女のはず。その二人が無視されている状況は、なんとなく気に入らない。
「ああ。先代の時は、ここまで露骨ではなかったな。だが仕方ないだろう。先代にはそれなりの支持基盤があった。四エンド家を中心とする有力貴族派が重要なポジションをほとんど押さえていると言っても、その声や目は無視するわけにはいかない。だが、新王候補はな」
「新貴族派はもう駄目か?」
「そもそも新貴族派というものが存在しているのかという話だ。有力貴族派だった者が寝返ったのだが、新貴族派は結局その寝返った者たちに牛耳られている。今は何派といって良いのかも分からん」
「そいつらは? 四エンド家に対抗しないのか?」
劣勢であるのなら国王となるアレックスと力を合わせるべき。それ以外に逆転出来る手はないのではないかとヒューガは思う。
「対抗しようとはしているだろう。だが、既に数人が粛清されている。気持ちはあっても力はないだろうな」
「なるほど」
負けを恐れて、戦うことを放棄している。そういう人物しかいないのだとヒューガは理解した。そうだとすれば、短期間でパルス王国の権力者が変わることはない。
「こういうことは調べてないのか?」
「パルスの派閥争いに興味はなかった。誰が権力を握ろうと変わらないと思っていたからな」
「……では何故、わざわざこんな場に来たのだ?」
そう思っているのであれば、パルス王国の権力者が誰であるかという、ヒューガ以外の来客者のほとんどが興味を持っていることを調べに来たわけではないことになる。
「ちょっと話したい事があってな」
「ここに来なければ会えない相手? お前、まさか……」
「ギルド長が思っている人物とは多分違う。ここに来るまでは誰と話していいのか分からなかったんだ」
「……話が分からん」
誰と話して良いか分からない話題なんてものは、サイモンにはまったく思い付かなかった。
「話したかったのは、パルスの国政に影響力があって且つ、俺が何者か知っている人物」
「……そんな者がいるのか?」
「いたようだ」
「何故、それが分かる?」
この場に来てからヒューガが話したのはマンセル王国の宰相だけだった。何かを調べた様子もない。
「俺の髪を見たときの反応でわかる。大抵のものはまずはギョッとする。その次は耳を見て訝しげな顔。次は同情か不満だな」
ヒューガは銀髪。銀髪はダークエルフの特徴だ。そしてパルス王国ではダークエルフは近づいてはいけない存在。そんな存在がこの場にいればパルス人は驚きに目を見張る。そして耳を見てエルフではない事に気付く。最後は人族であるのに銀髪に生まれた不幸に同情するか、銀髪というパルス王国にとって不吉な髪をそのままで、この場に現れた事への不満を感じるかのどちらかになる。
「その反応を見たくて、髪をそのままできたのか」
「そう。そしてそれ以外の反応を見せる奴がいるとしたら、そいつは俺の事を知っていると考えていいだろ?」
「そうだな。それで誰だ?」
「あの多くの人間に囲まれている男」
「……イーストエンド侯爵か」
ヒューガが指差す先にいた人物。イーストエンド侯爵の顔はサイモンも知っている。
「ああ、あれがそうなのか。それじゃあ、知ってるな」
「……何故、知っているのだ?」
「イーストエンド侯の所にはディアがいる。ディアは俺の髪の色を知ってる。それにバーバさんたちもいた時があるからな。何か話した可能性はある」
「なるほど。それはそうだな」
サイモンはヒューガとクラウディアが親しい関係にあることも知っている。クラウディアの傭兵ギルドの登録を許可したのはサイモン自身であるし、セレネからもおおよそ話を聞いているのだ。
「ただ撒き餌には気付いたようなんだが、食い付いてこない。忙しいのか、確信がないのか? それとも気にしてないのか?」
「どれもあるだろう?」
「一押しが必要か……よし、ギルド長挨拶に行こう」
「イーストエンド侯とはそれほど親しくないぞ。それにあんな人が集まっている所で出来る話なのか?」
「向かうのは、そこじゃない。もう一人、俺を知っている奴がいるからな。そこに行く」
「……さっきも言ったが、俺の立場で特定の国の王と親しくする事は出来んぞ」
傭兵ギルドは中立。どこか一国と親しい関係にあると思われることは望ましくない。もっとも、これはサイモンの生真面目な性格から来ているだけの事で、代々のギルド長はそれなりにパルス王家とは繋がりを持っていた。
「アレックスはまだ王じゃない。問題ないだろ? それに今、ギルド長が仲良くなったとしても影響はないはずだ」
サイモンがいずれ傭兵ギルド長の立場を退くつもりであることをヒューガは知っているのだ。
「……そうだな。では行くか」
「ああ、よろしく」
◆◆◆
アレックスは玉座に座って落ち着かないでいる。玉座といっても、本来の玉座からやや下がった位置に置かれた別の椅子。アレックスの立場は即位の儀が終わるまでは、あくまでもローズマリー王女の夫に過ぎないからだ。
しかも王族であるローズマリー王女とも横並びという形にはされない。夫ではあっても、あくまでも臣。一歩も二歩も下がった位置に置かれている。
アレックスの下には挨拶に訪れる者も少ない。あらかじめサウスエンド伯爵にこういう状況になることは伝えられていたが、実際にその場になってみると、やはり寂しさと不安で胸が一杯になる。
そんなアレックスの目の前に現れた男がいた。アレックスも何度かはあった事があるサイモンだ。だが、アレックスの目はそのサイモンよりも、その後ろに控えている護衛の姿をしている男に釘付けになった。
「君は……」
「アレックス殿、ご無沙汰している。傭兵ギルド長のサイモンだ」
「あっ、ああ」
ヒューガはあくまでも護衛としてサイモンに付き従う身。自らアレックスに話しかけるような真似はしない。
「まずは婚姻の儀を無事に終えられて良かった。おめでとうと言わせてもらう」
「……ありがとう。あの、後ろにいる者は?」
「ああ、俺の護衛役を務めているヒューガという。アレックス殿も面識があるはずだな?」
「やはり。何故、君がここに?」
何故、ヒューガがこの場にいるのか。アレックスには思い付く理由がない。
「……直接話していいのか?」
「かまわないですよ。今の私は無位無官の身。護衛だからといって遠慮する必要はありませんね」
「そうか。久しぶりだな。魔族領で会って以来だ」
「……そうだね。それで何故ここに?」
アレックスにとってはあまり思い出したくない記憶。すぐにまた同じ問いをヒューガに向けた。
「ギルド長の護衛。俺、傭兵だからな」
「そうかもしれないけど、こういう場の護衛はそれなりの立場のギルド職員が務めるものですよね?」
「まあ、今回は特別という事で。知らない顔じゃないしな。おめでとうと言ったほうが良いか?」
「それは嫌味を言っているのですかね?」
さきほどまでの状況を見ていればアレックスがどういう立場かすぐに分かる。ヒューガの言葉はアレックスには嫌味にしか思えなかった。
「嫌味に思うのは、そっちの気持ちによるものだろ? 俺は人の結婚は素直に祝う主義だ」
「そうか……では、ありがとうと言っておこう」
「もっとも結婚はおめでたいけど、それ以外は大変そうだ」
「そうですね。王になるといってもご覧の有様ですよ」
自嘲の笑みを浮かべるアレックス。こういう態度を見せることでしか気持ちを誤魔化すことは出来なかった。
「まあ、王なんてものは孤独な存在だからな。王になる前からそれが分かって良かったんじゃないか?」
「知ったような口を聞きますね。君に王の何がわかるのかな?」
ヒューガは自分の経験を話しているのだが、アレックスにそれが分かるはずがない。剣の腕については認めざるを得ないが、それ以外のヒューガに対する認識は以前と変わっていないのだ。
「分からなくはないけど、今はそれを話す場じゃない。とりあえず挨拶しに来ただけだからな」
「そうですか。ではその挨拶はもう終わったでしょう。この場から去ったらいかがですか?」
アレックスはヒューガに良い感情は持っていない。もともと生意気な態度で接してくるのが気に食わなかった上に、魔族領侵攻作戦の中でヒューガに軽くあしらわれてもいる。その一件が自分の評価を貶めるきっかけになったとさえ、思っているのだ。
「お前、策謀に手を染めてた割にはお子様だな? こういう時は傭兵ギルド長との親しさをアピールして、周りにどんな関係なのか悩ませるべきだろう?」
「おい。俺を策謀の道具にさせるな」
「策謀ってほどじゃない。長く話していれば、それを気にする人も集まってくる。人が集まれば、今は遠慮している人も集まってくるかもしれない。それを見れば事情を知らない人たちは、全く力がないわけではないのかと勘違いしてくれるかもしれない」
「それを策謀と言うのじゃ」
会話に割り込んできた声の主に皆の視線が集まる。白く染まった髪はその声の主の年令を感じされるものだが、まっすぐに伸びた背、鍛えられた体からは老けた雰囲気はまったく感じられない。細いやや垂れ気味の目は優しげな感じだが、ヒューガは自分を見つめるその目の奥にある厳しさに気付いた。
「……お前は?」
「お主の策謀に引っかかった者じゃ。傭兵ギルド長がめずらしく挨拶になど来ておるから何の話かと思えば、随分と面白い話をしておるな?」
「面白かったか?」
相手の険しい視線をはぐらかすようにヒューガはサイモンに向かって問いかけた。
「俺に聞くな!」
「何故怒られる? まあ、いいや。それでこの人は誰だ?」
「サウスエンド伯だ」
現れたのはサウスエンド伯爵。それを本人の目の前で尋ねることは侮辱しているも同じ。そう思われても仕方のない人物だ。
「なるほど。では俺の考えは失敗だ。そんな大物が、しかも政敵が現れたんじゃあ、アレックスの味方は近寄れない。でも、ここで旗幟を鮮明にして速攻潰されるほうが困るからな。これで正解だな」
「ヒューガ、頼むから黙ってくれんか。お前のその余計な口はいつも物事を大きくしてしまうんだぞ?」
「それ、前にも言われたな。よし、分かった。話はこれで終わりだ。じゃあ、失礼しよう」
「護衛のお前が決めるな。まあ、でもこれ以上は語るものはない。アレックス殿、それにサウスエンド伯、これで失礼する」
そそくさとその場を離れようとするサイモンとヒューガ。だがそんな真似が許されるはずがない。
「ちょっと待たんか」
サウスエンド伯の制止の声。「ほら見ろ」という意味を込めた視線をヒューガに向けた後に、サイモンは嫌そうなそぶりを隠そうともせずに、サウスエンド伯爵の方に振り返った。
「……何ですかな?」
「その男は何者じゃ?」
「護衛です」
「ただの護衛のはずがあるか。傭兵ギルド長とも対等に話しておるし、アレックスとも知り合いのようじゃ」
「ではアレックス殿に詳細を」
「ヒューガ・クロシマ。勇者と一緒に召喚された異世界人です」
「なんじゃと!?」
アレックスに話を振って、この場から離れようとしたサイモンの悪あがきは、間髪入れずに答えられことで無駄に終わった。行う前から失敗が分かっていた悪あがきだ。
「サウスエンド伯。声が大きい」
フロアに響き渡ったサウスエンド伯の驚きの声は、ただでさえ集まっていた大広間の人たちの視線をさらに増やすことになってしまった。
「いや、しかし……どういう事じゃ?」
さすがにサウスエンド伯爵も注目を集めるのはまずいと思ったようで、かなり声のトーンを落としてきた。
「この者は傭兵ギルドに加入している。だから今回、俺の護衛になった。それだけの事だ」
「……ヒューガ・クロシマはパルスにはいないはずじゃが?」
「たまたま戻ってきていたのだ。そこに丁度、この婚姻の儀が開かれていた。俺は割とこの者とは親しいのでな。知り合いの婚姻の儀をひと目見たいと言う願いを断れなかった」
「ふむ。なるほどの」
我ながら良い説明が出来た。そう思ったサイモンだったが、続くサウスエンド伯爵の台詞で、そんな気持ちは吹っ飛ぶことになる。
「その者の髪の色はどういう事じゃ? 儂は召喚の時には見ておらんが、話くらいは聞いている。その者の髪が銀髪であるなどと聞いておらんぞ?」
「それは……」
その時の事情などサイモンは知らない。
「傭兵ギルド長、儂はそのヒューガから話を聞きたいのじゃ。詳しい話をな」
そしてそうであることをサウスエンド伯爵は知っている。そうでなくてもヒューガに直接、問い質すことに変わりはないが。
「染めてた」
ヒューガも直接問われても、面倒くさいという思いはあるが、困ることはない。
「なんじゃと?」
「だから髪は黒く染めてた」
「なんでそんな真似をしたのじゃ?」
「なんでと聞かれてもな……個人的な事情としか言いようがない」
説明すれば長くなる。長く説明しても信じてもらえない。異世界での話なのだから。
「……お主、儂らを謀ったな?」
「謀った? 別に騙したつもりはない。何で俺がそんな真似をする必要がある?」
「お主の髪は銀。白銀の勇者の証となるものじゃろ?」
「俺が髪を染めていたのは召喚される前からだ」
「しかし、お主はそれを話さなかった」
「話せとは言われていない。そもそもプリンスが勇者だと認定したのはそっちの方だ。それに髪が銀髪だから勇者なのか? だったら、召喚のあとにやった魔力の測定はなんだ? 俺はそれも受けている。受けた上で、お前等は俺を勇者じゃないとしたんだろ?」
「……それはそうだが」
ヒューガを勇者ではないと判定したのはパルス王国だ。そこを突かれるとサウスエンド伯爵も反論出来なくなってしまう。
「俺は勇者じゃない。それは俺も、そちらも認めた事だ。今更、文句を言うな」
「だがな」
「まだ言わせるつもりか? では俺が勇者だったらどうするつもりだ? 前の勇者のように使い潰そうとするのか? そのあげくに裏切られると知ってたら誰が勇者なんてやるか」
「裏切りじゃと?」
「それはそっちの……まあ身内に聞け」
アレックスに聞け。そう言おうとしたヒューガだったが、彼とサウスエンド伯爵の話を聞いて、すっかり青ざめているアレックスの顔を見て、それは止めた。
ここでアレックスを追い詰めたら、彼の個人的な感情は完全にヒューガへの敵意に染まる。アレックス個人については別にかまわない。だが国王になるアレックスの感情がパルス王国の考えに影響を与えてしまうと問題だ。それではヒューガがここに来た目的とは真逆の結果になってしまう。
「……お主は何を知っている?」
「どうやら、お前の知らない事を少し知っているようだ」
「それを教える気はないのだな?」
「俺にも色々としがらみがあってな。勝手に話せることと話せないことがある」
「無理やり話させると言う手もあるのじゃぞ?」
サウスエンド伯爵にとっては軽い脅しのつもりだった。だが、ヒューガにとって脅しに軽いも重いもない。
「つまり、それはパルスが俺にとって敵になるということだな?」
ここはパルス王国の城の中。そんな場であるに関わらず、ヒューガは堂々とこの言葉を口に出した。
その言葉はサウスエンド伯爵とヒューガの会話に耳を傾けていた人たちの耳にも届いている。だがそれらの多くにとってヒューガの発言は弱者の強がりにしか聞こえてない。
それはサウスエンド伯爵にとっても同じ。少し他の人と違うのは、それをヒューガが言った瞬間に言い知れぬ圧力を感じたこと。
「……だとしたらどうだと言うのだ?」
だが、四エンド家の当主という自負、そしてそれに見合った実力がサウスエンド伯爵に、ひるませることをしなかった。
「別に。ただ事実確認をしただけだ」
「それはお主がパルスの敵になるという事にもなるのじゃぞ? 獅子は兎を殺すにも全力を尽くすと言う。それを思い知りたいのか?」
「窮鼠猫を噛むということわざもある。千里の堤も蟻の一穴なんてのもあったかな」
「窮鼠は分かるが蟻の一穴とはなんじゃ?」
「とてつもなく大きな堤防も蟻が空けた穴で崩れる事があるって話だ。そう考えると、これの方が正解だな。大国であればあるだけ、蟻の穴に気付くこともないだろう」
「……大国パルスを崩せると言うのか?」
「やってみなければ分からないと言っているだけだ」
静まり返った大広間に二人の会話の声が響く。
「お主、何者だ?」
サウスエンド伯爵もさすがにここまで堂々と言われると、ヒューガが只者ではないと感じ始めている。ヒューガの事はサウスエンド伯爵もイーストエンド侯爵から話に聞いている。虚像を恐れているだけだと楽観していた自分はもしかして間違っていたのではないか。そんな思いが胸に湧いてきた。
「さて話は終わりだ。俺はこれで帰る。ギルド長も暇になったら顔を見せるんだな。セレネに会いたいだろ?」
サウスエンド伯爵の問いを無視して、サイモンに話しかけるヒューガ。
「お前……」
「二人の関係はセレネに聞いたから。隠居のあとは二人でゆっくり……それは無理だな。働かざる者は食うべからず。それが俺の国のモットーだ」
「……ああ、そのうちな」
そんな話を聞きたいのではないと思ったサイモンであったが、ヒューガの惚けた雰囲気が怒りを隠すものである事に気付いている。ヒューガの話に会わせて返事をした。
そのまま、大広間の中央を堂々と歩くヒューガ。そのヒューガにソンブが駆け寄ってきた。
「王」
「失敗だった。別の方法を考えなくてはいけないな」
「はい。そう思いまして」
そこでヒューガはソンブの後ろに一人の人物が付いて来ているのに気付いた。マンセル王国のシュトリング宰相だ。
「いや、面白いものを見せてもらった」
「面白かったか? 俺はかなり不機嫌になった」
「第三者の立場で見ていれば十分に面白い見世物であった」
「第三者だったらな。まったく強者の驕りってやつはどうにも許せない。こんな予定じゃなかったんだけどな。それで? 宰相は何か用があるのか?」
「用があるのはそちらではないか? 我が国も大森林に接している。動きくらいは掴んでいる。その動きの中心に銀髪の男がいる事も。その男がパルスに現れた。なにか魂胆があると思うのは当然のことだ」
マンセル王国は大森林の変化に気が付いていた。それはヒューガの知らない事実だった。
「なるほど。どうやらマンセルを見損なっていたようだ。そのことをまず謝ろう。申し訳ない。それで、その言い方だと検討する余地はあるってことか?」
「事と次第による」
「それで十分だ。具体的な話はここでは出来ない。本国に会いに行ってもかまわないか?」
「それしかないだろう」
「あっ、でも俺は多分無理だな。次は絶対に外に出してもらえない」
大森林の王がパルス王国に、それも城に行く。エルフ族の多くにとってはとんでもない暴挙だ。それをヒューガは国の為に絶対に必要なことだと言って、強引に納得させたのだ。
「別の者を遣わせば良い」
「ではソンブを」
「……彼女はアシャンテの人間だが?」
「元だ。今は違う。もし、ソンブがアシャンテの利益を考えるようなら俺の下にはいられない」
「ふむ……では、かまわない」
実際はシュトリング宰相もそれほど気にしているわけではない。ただソンブがヒューガに仕えることになった経緯を知らないので、少し探りを入れてみただけだ。
「では、連絡はこちらからいれる。方法は?」
「堂々と訪ねてくれば良い。彼女の名は家の者に伝えておこう。ただ私の戻りは三か月後くらいになる」
宴の場に出て、それで帰国するわけではない。パルス王国や、少なくはあるが参列した他国の使者などと様々な交渉を行うのがシュトリング宰相の今回の目的なのだ。
「分かった。では、よろしく頼む」
「ああ。だが、それも無事にここを抜けられればの話」
ヒューガがシュトリング宰相と話をしている間に、鎧に身を固めたパルス王国の兵が数人で大広間の出口を固めていた。
「問題ない。じゃあ」
真っ直ぐにその出口に向かうヒューガ。そのすぐ後をソンブが付いて行く。二人の歩みにはまったく躊躇するものがない。そのヒューガたちが出口に近づいた所で兵の方も前に出てきた。ここまでくれば他の客に迷惑は掛からないだろうと思ったのだ。
だが、その兵たちは数歩、足を進めたところで崩れ落ちた。その間を何事もなかったかのように通り過ぎていくヒューガ。
「そやつを止めろ!」
サウスエンド伯爵の制止を指示する声が響く。その声に反応した周りの兵がヒューガに駆け寄ろうとするが、それはヒューガの目の前に現れた人物が軽く手をあげることで止められた。
「随分と派手なやり方だな?」
「本命がいつまで経っても現れないからだ。用件を果たせるかどうか。それが問題であって過程はどうでも良いからな」
「それでパルスを敵に回すことになってもか?」
「敵になられて困る事はない。こっちは外の世界に興味はないからな。敵とか味方とかは正直どうでもいい。それともパルスにこちらに攻め込む余裕があるのか? もしそう思っているなら、やはり大国の思い上がりだ」
パルス王国が、に限った話ではないが、大森林に攻め込んできた時、どうするか。これについてはずっと考え、必要な措置を施してきた。前回と同じような惨劇を繰り返さない為に。
ヒューガにとって完璧というものはないが、それでもそれなりの備えは整っている。
「それだけの力は持っていると思うがな」
「……どうだろうな? 数か月後、もしかしたら一年くらいかもしれないが、その後で同じ台詞を聞けるか楽しみだ」
その時はパルス王国に大森林を攻める余裕などなくなる。今のままではそうなるとヒューガは考えている。
「何を知っている?」
「さっきも同じような事を聞かれた。俺がそれを教える義理はない」
「義理が出来れば?」
「その時に考える。その義理の程度にもよるだろ?」
これはヒューガがイーストエンド侯爵を味方だと思っていない証。クラウディアがイーストエンド侯爵領にいるという事実は、イーストエンド侯爵自身の評価に何の影響も与えないのだ。
「……そうだな。リチャード・スコット・イーストエンド侯爵だ」
その事実はイーストエンド侯爵には少し誤算だったのだが、そんなことは口にする必要はない。
「ヒューガ・アルベリヒ・ケーニヒ。アイントラハトの王だ」
「なるほど。王を名乗るか。少し話をさせてもらえるか?」
「もちろん。俺はその為に来たんだ」