戦後処理が終わってアレックスは報告書に追われることはなくなった。近衛第一大長の職もすでに退いており、現在のアレックスは近衛大隊付という形での実質、無職。あとはただ婚姻の儀、その後に控える即位の儀を待つだけの身だ。
だがアレックスの毎日は忙しい。仕事がなくなったとみるや、サウスエンド伯爵は何の遠慮もせず、朝から晩までアレックスのもとに入り浸るようになったのだ。
「文官の仕事については理解したか?」
「はい。実務を伴わない知識だけのものですが、一通りは頭に入ったと思います」
「そうか。では、最後に大陸の状況。その懸念点を説明するかの」
「お願いします」
アレックスが即位するまでに王として必要な知識を出来るだけ叩きこむ。サウスエンド伯爵はそういった使命感に燃えている。
「真っ先に考えなければいけないのは東方の状況じゃ。報告は聞いておるか?」
「いえ、私は今、無官の身ですから」
「そういう問題ではないのじゃが……まあ良い。儂から説明しよう。東方同盟内の争いは三つに分かれておる」
無官の身とはいえ王となることが決まっているのだ。重要な情報が与えられていないことにサウスエンド伯爵は不満を持ったが、ここで文句を言ってもしかたがない。自分で一から説明することにした。
「三つですか?」
「マーセナリー王国を中心とした三国同盟と東方同盟の残り三国の争いという構図を考えては駄目じゃ。それでは今後を見誤る事になる」
「はい」
「三国同盟側は一枚岩ではない。それぞれが違う思惑で動いておる。そういう意味では傭兵王は組む相手を間違えたな。ミネルバ王国はまだ良い。マンセル王国を味方としたのは間違いじゃった」
「そうなのですか?」
他国の状況など全く知らないアレックスにとっては、サウスエンド伯爵の話は全てが新鮮だ。
「東方同盟内の争いで今後の状況を大きく左右するのはマンセルじゃ。これは、もともとの予測とは大きく違っておる。そこから話したほうが良いな。今回の争いは東方同盟全てを支配下に置こうとした傭兵王によって起こされた」
「それは知っています」
「傭兵王としても一度に五国を相手には出来ん。そこで二国を唆し、三対三の状況を作り出した。ここまでは傭兵王の思惑通りじゃ。だがこの先から傭兵王の思いどおりに進まなくなった。傭兵王は他の二国よりも戦いを早く終わらせて、他の戦いに介入しようとしていた。それにより東方同盟を滅ぼした時には、他の二国より広い領地、高い国力を持つ状況を作り出したかったのじゃ」
「……なるほど。そういう事ですか」
「だがダクセン王国制圧が遅れた。策をめぐらし、一気に王都を落とすことでそれが成ると思っていたのに、そうならなかった。次にマンセル王国の動き。マンセルは自国の相手であるアシャンテ王国を攻める前にダクセンを攻めた。この理由は分かるか?」
「……いえ、わかりません」
問いを向けられても答えられない。これは能力の問題ではなく、考えるに必要なだけの情報をアレックスはまだ得ていないのだ。
「マンセルもまた東方同盟との戦いが終わった後を考えているのじゃ。ダクセンとマンセルの国境は固められた。傭兵王がダクセンを制圧したとしても、簡単にマンセルに攻め込めないじゃろ」
「そういう事ですか」
「そして、アシャンテへの侵攻も堅実なものじゃ。決して無理はしない。占領した地を確実に自国の支配下に置いている。これの意味は?」
またサウスエンド伯爵はアレックスに問いを向けてくる。ただ話を聞いているだけではいられないのは、いつものことだ。
「……戦後の混乱を最小限にする為ですか?」
「半分正解じゃな。戦後の混乱をなくすことが目的ではなく、その先にもうひとつある」
「その先ですか……教えてください」
自分の答えが正解でなかった事にがっかりしたアレックスではあったが、それはもう慣れた。国政について自分が無知である事はとっくに自覚している。
それにサウスエンド伯爵の心遣いにも気付いている。サウスエンド伯爵は誤った答えを返しても、それを全て否定するような言い方はしない。今のように「半分は合っている」とか「そういう考えもあるが今回の場合は」といったような言い方をするのだ。
そのおかげでアレックスは自信がなくても考えを口に出来る。
「いつそこが前線になっても良いようにしているのじゃ。傭兵王はダクセン制圧が終われば、アシャンテかマリに攻め込んでくる。それがアシャンテであった場合にどうなる?」
「現在のアシャンテ国内にマンセルとマーセナリーとの国境線が出来る事になります」
「その通り。つまり次の戦いではそこが前線になるのじゃ」
そして分かりきった事をあえてアレックスに口にさせる事で、一方的な話ではなく、二人で考えているような形にしている。
「では、傭兵王はアシャンテには攻め込みませんね?」
「……それは判断が難しいところじゃ。傭兵王がマリに向かったとしよう。そうなればアシャンテ全土はマンセルのものになる。そうなるとマンセルはどうする?」
「……アシャンテにある各国との国境を固める、でしょうか?」
「正解じゃ! マンセルの戦い方からいって、まず間違いなくそれをする。その後は分かるか?」
アレックスが正解を出せば、サウスエンド伯爵は嬉しそうな顔を見せる。大人であるアレックスだが、彼のその反応を見ると子供の時のように素直に喜べるのだ。
「……それはマリの戦況によります。マリでまだ戦争が続いていればそこに介入するのではないですか?」
「続いていれば、それで正しい。じゃが、時間の経過を考えればそれはないと分かる」
「……あっ! マーセナリーとミネルバの二国に攻められてマリがそこまで保つわけがありませんね」
「正解じゃ」
「でも、それと傭兵王がアシャンテに攻め込む理由はどうつながるのですか?」
「時間の経過が更に先になる。戦いが終わった後、三国の国境で一番不安定なのは?」
「マーセナリーとミネルバの国境」
「正解じゃ。つまりそこで次の戦争が起こる可能性が高くなる。だがそうなればどうなる? マンセルは二国が疲弊するのを待ってその戦いに介入するじゃろ。万全に固めた二国分の国力を使って。傭兵王としてはマンセルに占領地をがっちり固められては困る理由があるのだ。かといってマンセルとの前線を安易に作りたくもないじゃろ。相手のほうが有利な前線をな」
マーセナリー王国としてはどちらを選んでもベストな選択とは思えない。逆にマンセル王国はどちらを選ばれても打てる手があるということだ。
「……そこまで考えているのですか?」
「もっと考えておるな。マンセルのせいで傭兵王が一時的に東方同盟の制圧を諦めるとする。そうなれば傭兵王はどこに向かう? まあ他に国はないから、これは儂が言おう。レンベルク帝国じゃ。そしてそれをした瞬間にマンセルはミネルバに侵攻する。そしてその次は?」
「……レンベルクとの戦いに傭兵王が手間取っていれば後背をつく。それで東方同盟はマンセルのものです」
「正解じゃ。さてここからが本題じゃな。パルスにとっての懸念材料は?」
「東方に強国が出来る可能性がある事です。戦後の疲弊はあったとしても、国力が戻った場合、しかもレンベルクまで組み込まれたりすれば、軍事力ではパルスに匹敵するのではないでしょうか? とくにレンベルク帝国。詳細は不明ですが、かの国の強兵ぶりは広く大陸に聞こえています。それが外に向くとなると……」
戦略についてはからっきしではあっても、アレックスも軍人。単純な軍事力の比較であれば、これくらいは語れる。
「そういう事じゃ。その脅威を軍部は分かっておらん。軍事の専門家であるはずの軍部がな。お主に言うのはなんだが、魔族なんぞより、よっぽど東方の情勢のほうが脅威じゃったのだ」
「過去形なのですか?」
「すでにパルスが介入できる時期は過ぎた。これ以降の介入は軍事介入になってしまう」
戦いが始まる前であれば後方を牽制する事でマンセル王国とミネルバ王国を止める事が出来たかもしれない。だが、今となってはマンセル王国が外交で軍を止めるはずがない。占領は順調なのだ。ミネルバ王国の場合はミネルバ王国が止めても相手のマリ王国が止まらない。傭兵王にいたっては言うに及ばずだ。
「それはもうパルスによる東方制覇ですね」
軍事介入を想定した時、アレックスの頭の中にそれが止まる場所が思い浮かばなかった。それは途中で止まれない事を意味しているのではないか。そう思ったアレックスは東方制覇と表現したのだ。
「東方の動乱を収める方法は傭兵王の息の根を止める事じゃ。だが傭兵王に辿り着くには手前のマンセル、ミネルバ、場合によってはマリでさえ、蹴散らしていかなければならない。お主の言葉は正解じゃ」
「それは出来ません」
アレックスの心の中には戦争は避けなければいけないものという強い意識がある。これはサウスエンド伯爵の教導の賜物だ。
「ではどう対応する?」
「……東方に強国が出来ても、それに負けない国にパルスをします。国を豊かにし、兵を養い、国境の防備を固める。そうすれば戦争にはなりません。仮になったとしても防ぐことが出来ます」
「……正解じゃ。戦争は最終手段。まずはそれを抜きに物事を考えねばならん。良い答えじゃったな」
「でも漠然としていて」
サウスエンド伯爵の言い方はいつものやり取りとは違っていた。アレックスが正しい答えを口にしたときは、彼を乗せる感じで「正解じゃ」という言葉が間髪入れずに発せられる。だが今はどこか噛みしめるような言い方だった。
それにアレックスは戸惑った。期待に応えられない自分にいよいよ落胆したのではないかと思ったのだ
「お主は王になる。王はそれで良いのじゃ。方向性を示し、臣下にそれを任せれば良い。儂が良い答えと言ったのはな、お主が負けないという言葉を使ったからじゃ。勝つ国ではなく負けない国とお主は言った。儂はそういった国のほうが民は幸せじゃと思う。その気持ちを忘れなければお主は良い王になれる」
だがそれは違った。サウスエンド伯爵は穏やかな笑みを浮かべながら、アレックスに向かってゆっくりと語りかけた。
「サウスエンド伯……」
自分の事を本当に思ってくれている。それはとうに気付いていたアレックスであったが、「良い王になれる」という言葉の温かみが心に染みる。
「知識のほうはまだまだじゃが、そんなものはこの先、身につければ良い。お主は王として大切な想いを身につけた。儂がこうしてお主に語るのはこれが最後だ」
「そんな!?」
「もう無理なのじゃ。お主はもうすぐ王になる。王は特定の臣だけを近づけてはいかん。全ての臣に平等でなければならんのじゃ。この先は儂は一臣下としてお主の為に働こう」
「……私にはサウスエンド伯のお力がまだまだ必要です」
「臣として忠心を持って仕える。それは約束する」
「一臣下ではなく、信頼できる一個人としてのサウスエンド伯が必要なのです!」
「……しかし、儂は」
「お願いします!」
サウスエンド伯爵が教え忘れた王の心得がひとつある。王とは孤独であるという事。そしてアレックスは既に孤独を感じている。近づいてくる者は誰もがアレックスではなく、王の称号を慕ってくる者たち。以前親しかった者の多くも、アレックスが王になるという事を見込んでのものだったと感じさせた。
もちろん全ての人がそうではない。一番の問題は、純粋に友誼を感じて付き合っていた人ほど王になるというアレックスから遠ざかってしまったという事実。自分の気持ちは他の者のように利を目当てとしたものではない。そういう気持ちが彼らにそうさせてしまったのだ。
今、アレックスの周りで心から信頼できるのはサウスエンド伯爵。それを失う事にアレックスは耐えられない。
「……少し時間をくれ。良い様になる方法を考えてみる」
「はい!」
そしてサウスエンド伯爵の優しさは、そんなアレックスを突き放すことを許さなかった。
◆◆◆
その一方でイーストエンド侯爵は自派の四エンド家の覇権を確立する為に、手を休めず働いている。イーストエンド侯爵にとってアレックスは飾り物でなくてはならない。
実際のところアレックスはこのまま王になったところで飾り物に過ぎないのだが、彼を裏で操ろうとしているエリザベートの力を削ぐ事に集中するあまり、もともと力のないアレックスにまで手が伸びている事にイーストエンド侯爵は気付いていない。
力のない者の力を削ぐことは出来ない。結果はそれをしようとした者の力をより強めるだけ。相対的な力関係の調整ではなく、絶対的な力を手にする方向に進んでいる。
サウスエンド伯爵が以前口にした専横。そんな状況に持っていく事になっているのだ。
「国軍に近衛は組み込むのは良いとして、それで国軍内に近衛の力が広まるのはまずいな」
「力無い兵だけを国軍に回せば良いのです」
「将はどうする?」
「近衛の完全廃止を取りやめるという手もあります」
「それでどうなる?」
イーストエンド侯爵の相談相手は王都のイーストエンド公爵家の家宰を任せている者。同じ家宰でも領地にいる者とは役割が違う。イーストエンド侯爵自身が王都を離れている間は、この家宰が国政の調整に関わる事になるのだ。もちろん爵位も官位もない家宰は表に出ない。あくまでも裏で、エンド家の当主や官位ある有力貴族派の面々と会って調整を行っている。イーストエンド侯爵の腹心と言える人物だ。
「それらの将をまとめて新たな近衛を作ります。仮に親衛隊とでも呼びましょうか」
「そんなものを作ってどうする? なんの役にも立たんだろ?」
「はい。ただの飾りです。そのトップを除けば。親衛隊は王を守るものですので」
「……王の側近扱いか」
「そういう立場に置きます。親衛隊長の役目として常に王の側にいる。これの意味は」
「王の監視、うまくいけば懐柔だな」
「そして余計な者を王に近づけない役目も果たします」
「誰を考えている?」
「ノースエンド伯です。伯爵の爵位は継承しましたが、あの年でいきなり大臣は無理があります。いずれはそうなるとしても一段階置いたほうがよろしいでしょう」
「ふむ。良い考えだな。伯爵に直接逆らえる近衛の将などいない。実家を比べても並ぶ者はない」
伯爵家ともなれば有力貴族派の一員。ほとんどが元ではあるが。その爵位から国政にたずさわる文官側に立っている。武官側、ましてや新貴族派の巣窟である近衛には高位爵位の者はいない。
「そうです。適任かと思います」
「そうなると奥もなんとかしたいな」
宮中には表と奥がある。表は王が政務を行う場所。そして奥は王にとっては生活する場になる。そこには王妃や側妃がいる。そのため男性は王の許しを得ることなしには何人たりとも入る事は出来ない。
唯一の例外は宮中近衛隊長だが、それも非常時以外は奥に入る事はない。奥の警護を担当するのは宮中近衛隊長指揮下にあるパルス王国で唯一の女性部隊だ。
「親衛隊を作ろうかという時に宮中近衛に手を出しては面倒です。作らなくて良い敵を作る事になります。ですから手を伸ばすとしたら女官長です」
「候補は考えているのか?」
「いることはいますが」
「誰だ?」
「先代のノースエンド伯のご妻女です」
「……偏りすぎだな。さすがにノースエンド家から二人も送り込むのはまずいだろ?」
「では、サウスエンド伯のご妻女です。年令的にはこちらのほうが相応しいのですが、はたしてサウスエンド伯、それにご妻女に受け入れていただけるか」
「それは私から話してみよう」
「お願いいたします」
「新貴族派はこれで良いな。あとは頭を潰すだけだ。女狐についても、王と引き離す策がさっきので出来た。問題は本人をどうするかだ」
「情報局長のほうからは何もありませんか?」
「情報分析の途中だ。だが、今のところはまだ核となる情報が足りないな」
「そうですか」
情報局長はほとんど四エンド家の手足のようになっている。かき集めた情報は全てイーストエンド侯爵に差し出してくる。その上、それに基づく情報分析の結果まで。
確かに王がいない今、他に報告先はないのだが、それでも熱心さが違い過ぎる。自分の縄張りを荒らされた。その気持ちが強いのであろう。
「とりあえず怪しそうな点に分析対象を絞り込んだようだ。やみくもに調べても核となる情報は出てこないと見切ったようだな。ある部分で仮説をたて、裏付けをとる方法に切り替えたと聞いている」
「それは何ですか?」
「今回の件で不思議な事がいくつかある。そのひとつは何故、あの時期にユーロンの末弟王がわずかとはいえ軍を動かしたかだ。それがあったせいで、西方も防備を固める事になった。あまりにもタイミングが合いすぎる」
「二人は繋がっていると?」
「元々繋がってはいるだろう。だが、その目的が分からん。末弟王になんの利がある?」
「妹の為にというのはあります」
「それだけの為に父王の不興を買う様な真似をしたのか?」
「末弟王に先はありません。ユーロンを継ぐのは長兄か次兄のどちらかです。不興を恐れる理由のほうがありません」
不興を買うも何もネロは父王からひどく嫌われている。何をしてもしなくてもそれはもう変わらない。
「それもそうだがな」
「まだ何か?」
「盛んに軍備を整えている。ウエストエンド侯は賢明だ。無駄な守りと分かっていても手を抜くことはしなかった。ユーロンに探りを入れていたのだ。末弟王は密かにやっているつもりなのだろうが、あそこは臣下に恵まれていない。簡単に知れたようだ。情報局がユーロンに意識を向けた事でその情報が浮き上がってきた。なぜ、末弟王はそれをしているのだと」
これが末弟王ネロにとっての最大の弱点。良い臣下というよりも臣下そのものがいないのだ。自ら動けばその動きはすぐに知れてしまう。
「末弟王だけなのですか?」
「そうだ」
「……上の兄二人を排除する為でしょうか?」
「軍では無理だ。末弟王に採る手があるとしたら、暗殺だろう。だがそれも二人を敵にしては無理だ。片方で成功しても、すぐに自分が同じ目に遭うだけだな」
「……侯は末弟王がパルスを使おうとしていると思っているのですね?」
「そうだ。末弟王だけで二人の兄には勝てん。だがパルスが支援すればそれは可能だろう。女狐はその支援をしようとしている。その為にはパルスで軍を動かせる力を持たねばならん」
「かなりあり得る話です。その裏付けを得ようとしているのですね?」
「そうだが、まさか末弟王を訊問するわけにはいかん。なかなか難しいようだ」
「……ではユーロンに調べてもらえばいかがですか?」
「どちらに転ぶか分からんぞ」
調べた結果、末弟王が何か策謀を行っていたとしてもそれを素直にパルス王国に伝えてくるとは限らない。ユーロン双王国との友好関係はあくまでも表面上のものなのだ。パルス王国内部に隙があると知れば、それを利用としようとする可能性は十分にある。エリザベートの後ろにいるのが末弟王からユーロン本国、父王に代わっては、かえって厄介な事になってしまう。
「父王に伝えればですね。ですが、攻められる立場の兄王のどちらかでは?」
「ふむ……次兄王だな。このまま行けば長兄王が父王の後を継ぐ。次兄王としては、今の状況を引っくり返したいはずだ。パルスの後ろ盾を得られると思えば……次兄王の為人をもう少し調べさせよう。自己保身の強い人物、野心のない安定志向の人物であれば、かかるかもしれん」
パルスの後ろ盾を得られれば、王座に座ることが出来るかもしれない。だがそれは自国にパルス王国の影響力を及ぼす羽目になる。国を思うのであれば、いつかパルス王国を超えるなどと思っている人物であれば、それに乗る事はない。
「仮にそういう人物であったとして、どうやって接触しますか?」
「向こうから現れる。婚姻の儀のユーロンからの参加者は次兄王だ。どうやら風向きは完全にこちらに変わったようだ。うまくいけば、新王の即位と同時に問題を一掃できるぞ」
目の前に見えている問題だけが全てではない。それをイーストエンド侯爵は忘れている。常ならば、もっと広い視野で物事を考えるはずのイーストエンド侯爵が今は何故か目の前の事柄だけに囚われている。
パルス王国は強国。ドュンケルハイト大森林の悲劇直後の危機を乗り越えてからは百年以上、大過なく過ごしている。この百年の問題といえばあくまでも国内の派閥争いのみ。イーストエンド侯爵、それ以外の多くのパルス貴族も治世の能臣であって、乱世で活きる能力を持ち合わせていないのかもしれない。
大陸はすでに乱世。その乱世はこれからまずます激しさを増していくはずだ。