月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #99 再登場したらキャラ変していた

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 魔王軍にとって現在の戦況は優勢なのか劣勢であるのか。この判断は難しい。リリエンベルク公国侵攻作戦は開始当初こそ圧倒的に優勢であったが、今その勢いは完全に止まり、領土の奪回こそ許していないが多くの味方を失うことになっている。
 一方でゾンネンブルーメ公国侵攻作戦は順調だ。ユリアーナ率いる軍勢は次々と街や村を落とし、支配下に置いている。占領統治も悪いものではない。魔物が主力の軍勢では、イナゴのように食い荒らしていくだけ。当初そう考えられていたが、ユリアーナはほぼ完璧に近く魔物を統制している。多少の乱れは人間の兵士でも見られる程度のものだ。
 さらに占領地の住民たちと話をするのはユリアーナや彼女に従った騎士たちだ。魔人相手ではまったく信用する気になれない話でも、少なくとも耳を傾けることはする。説得を受け入れられやすいのだ。

「その結果、支配地の人間たちはすぐに生産活動を再開。収穫を得られるのもそう遠くない時期のようです」

 大魔将たちを集めた会議の場で、魔王ヨルムンガンドは報告を受けた内容を説明した。それを聞いた大魔将たちの顔は暗い。ヨルムンガンドが話した戦果に彼等の誰も関わっていないからだ。

「二公国を足せば、当初目的の収穫量に達しそうです。ゾンネンブルーメ公国侵攻に戦力を集中させたのは間違いではなかったですね」

 ゾンネンブルーメ公国から奪った支配地を足せば、リリエンベルク公国全体を支配下に収めたと同じになる。あくまでも広さとそこから得られる収穫量についてであって、軍事的に同じ成果を得たとは言えないが、それをわざわざヨルムンガンドが語ることはない。

「……恐れながら、リリエンベルク公国に注力していても同じ結果になったのではないでしょうか?」

 ヨルムンガンドの言葉に否定的な意見を述べたのは鬼王軍を率いるオグル。彼はリリエンベルク公国攻略を担当しているが、戦功をあげるどころか失敗していると言われても仕方のない状況だ。魔王の言葉であっても、それをそのまま受け入れるわけにはいかない。

「リリエンベルク公国を主戦場にしていたら、他の軍も半分になっていたかもしれない」

「それは……」

 鬼王軍を離れた魔物の数を入れれば、半分どころではない。ただわざわざ自分の失敗を大きくする訂正をオグルが行うはずがない。行う必要もない。

「ああ、半分にしたのは貴方でした。奪われたのは四分の三? それ以上?」

 ヨルムンガンドはオグルが軍勢を半分に分けたことを責めようとしているのだ。

「…………」

「……残念ながら貴方には大魔将に相応しい能力はなかったようです」

「お、お待ち下さい! 戦いはまだ終わっていません!」

 処罰を受けることを避けようとするオグルだが。

「ええ、戦いはまだ終わっていません。この先も貴方に任せていては、さらに戦力を減らすことになってしまいます」

「汚名返上の機会を……お願いします! もう一度、私にチャンスを!」

「……それで失敗すれば罪はさらに重くなりますよ?」

「……成功します。絶対にジグルスと奴に従う裏切り者を殺し、リリエンベルク公国全土を手に入れて見せます」

 「では止めます」とはオグルは言えない。現時点での処罰を確認することなく話を進めてしまった結果、オグルは命を賭して汚名返上の機会を得ることになった。周りで聞いている他の大魔将はそう受け取った。

「……分かりました。ではもう一度だけ機会を与えましょう。良い報告を期待しています」

「あ、あの……」

 機会は得られた。だがオグルの下には五千の軍勢しかいない。ジグルス率いるアイネマンシャフト王国軍よりも少ない数となってしまっているのだ。

「ノンビリしている余裕はあるのですか? 私はこれで意外と気が短いのです」

「……分かりました。すぐに戦場に戻ります」

 増援を得ることは出来なかった。もともと苦戦していた相手に減少した戦力で挑む。結果はもう見ているようなものだ。がっくりと肩を落として、この場を去って行くオグル。

「……よろしいのですか?」

 そのオグルの姿が見えなくなったところで、巨王軍を率いているヴァーリがヨルムンガンドに問い掛けた。

「その問いは、このまま彼に任せていて良いのかという意味ですか?」

「その疑問もありますが、今の問いは増援を送らなくても良いのかという意味です」

「増援については考えています。ただ送り出す軍勢を彼の下に付けるべきかとなると、そうではないと思いませんか?」

「確かに」

 オグルが率いてはせっかくの増援も意味はない。これにはヴァーリも同意だ。

「別働隊を送るべきと考えているのですが、まだ考えがまとまっていません。この中で立候補する人はいますか?」

「「「…………」」」

 ヨルムンガンドの問いに、大魔将たちは他将の様子を探る為に視線を動かすだけで、誰も言葉を発しない。リリエンベルク公国で戦うよりは、優勢に戦いを進めているゾンネンブルーメ公国の戦いを継続したい。そう考えているのだ。

「ふむ。では私のほうで考えます。皆さんも戦いに戻りなさい」

「「「はっ!」」」

 この場で増援部隊として指名されることはなかった。それにひとまずは安堵し、指示された通りに戦地に戻るために動き出す大魔将たち。
 ヨルムンガンドは一人、その場に残ったままだ。

「……もう良いですよ」

 誰もいなくなったはずの場所で一人、声を出すヨルムンガンド。その声に応えて姿を現したのは黒いマントで全身を覆った人物。

「お待たせしましたね?」

「ああ。待たされただけでなく、くだらない話まで聞かされてうんざりだ。魔王というのは随分と甘いものだな? 俺なら、あの愚か者の首は地面に転がっている」

「人の上に立つというのはそれなりに面倒なものなのです。愚か者も上手く使わなければならない。愚か者の相手だけではありません。貴方たちのような怠け者も頭痛の種です」

「…………」

 怠け者呼ばわりされても男は無言のまま。彼自身も認めることなのだ。

「そろそろ真面目に働いてもらえませんか?」

「お前に従えと?」

「その問いはおかしい。貴方は魔王である私にすでに従っている。だから軍で働いているのです」

「……戦ってはいる。だが膝を折ったつもりはないな」

 シグルスについた人々を除いても、残る全ての魔人が魔王ヨルムンガンドに心からの忠誠を誓っているわけではない。ジグルスについた人々の多くがそうであったように、バルドルへの忠誠を忘れていないということでもない。

「私のように時を待っているのですか? 仮にその日が訪れたとしても、何の実績もない貴方に誰が従うのでしょうか?」

「従わせる」

「貴方と同じようなことを考えている人は他にもいます。彼等は貴方が魔王になることを認めるはずがありません」

 ヨルムンガンドに心から従っていない魔人の中には野心を持っている者も大勢いる。今、ヨルムンガンドと話している彼はその中の一人にすぎないのだ。もしヨルムンガンドを倒したとしても、野心を持った他の魔人は新たな魔王として認めない。彼等を完全に従わせるまでは無理でも大人しくさせる力が必要だ。

「真面目に戦えばその力が得られると?」

「戦う相手によっては」

「それは誰だ?」

「ジグルス・クロニクス。バルドルの息子です」

「……なるほど。先ほどの会議で話に出ていた援軍は俺か」

 リリエンベルク公国攻めを継続する鬼王軍のオグルへの援軍。会議のあとにそんな話が出たことは聞いていた。

「援軍というか別働隊です。貴方は貴方に従う魔人を率いて、独自に戦えば良い。オグルの命令をきく必要はありません」

「……何を考えている?」

「さすがに少し目障りになってきたので対処をお願いしようかと」

「その結果、俺がバルドルの息子に成り代わってもかまわないと?」

 ジグルスを討って、彼に従った魔人たちを自分の配下にする。その機会を得ることは悪いことではない。だが現魔王であるヨルムンガンドにとってはどうなのか。

「成り代わることは出来ません。少なくとも他の軍からの寝返りはなくなるはずです。エルフ族が従うこともない」

「……そうとは限らんが、お前がそう考えるのは勝手だ」

 ヨルムンガンドがジグルスに成り代わることは出来ないと考えてくれるならそれで良い。それによって得られた機会を最大限活かすだけだ。

「さて、引き受けてくれるのですか?」

「良いだろう。その仕事、引き受けた」

「ではお願いします。アンナルには私からまとまった数が抜けることを伝えておきます」

 彼の今の所属は大魔将アンナルが率いる闇王軍。闇王軍には彼のような者が大勢いる。まとまりなど期待出来ない混成軍なのだ。

「あんな奴への報告など無用だ。一体、いつまで無能共を軍の頭に据えておくつもりだ?」

「貴方たちが私に絶対の忠誠を誓い、働き者に変わってくれるのであれば今すぐにでも交替させますけど? そうでないのに軍だけを与えては内輪で争いが始まるだけです」

 自分に成り代わろうという野心を持つ者たちにわざわざその為の武器を与えてやるほどヨルムンガンドはお人好しではない。

「……俺は良いのか?」

 自分には力を得る機会を与えた。ヨルムンガンドは自分を脅威に感じていないのだと受け取って、不満そうな顔を見せている。

「さきほど言いました。そろそろ目障りになってきたと。リスクを負わなければ消せないと思うくらいに、私は彼を評価しているのです。バルドル以上に」

「……そうか。分かった」

 ヨルムンガンドの言葉が本心からのものであるなら、ジグルスを過小評価していたことになる。それを改めないほど彼は愚かではない。彼はヨルムンガンドがリスクを感じる相手。大魔将たちとは違うのだ。
 魔王軍は徐々にその在り方を変えていくことになる。これはその最初の一歩だ。

 

◆◆◆

 ローゼンガルテン王国の王城の奥。王家の人々の私的空間であるその場所は今、アルベルト王子の軟禁場所となっている。どこかに幽閉されるよりはマシな待遇と言えるかもしれないが、自由がないことに変わりはない。移動出来るのは奥の一部のみ。さらに私室以外では常に護衛という名の見張りがつきまとっている。
 そのような状況では結局、私室に籠もりっきりになってしまう。たまに侍女が様子を探りに来る以外は、ずっと一人きり。精神的には幽閉されているのと変わらない。
 そんなアルベルト王子の日々に変化が訪れた。

「は、初めまして、王子殿下。私はクラーラ。クラーラ・マルクと申します」

「クラーラ・マルク……キルシュバオム公爵家の関係者ということかな?」

「はい……あの、娘です……」

 アルベルト王子の問いにたどたどしく答えるクラーラ。キルシュバオム公爵家の養女になったという事実が今も受け入れられないのだ。

「娘……そう、分かった。ではこちらに来て」

「は、はい」

 緊張した面持ちでアルベルト王子に近づくクラーラ。自分がキルシュバオム公爵家の養女になる理由は聞かされているが、だからといってすぐに貴族令嬢の気持ちになれるものではない。
 平民の自分が王子の前にこうして立っていることさえ信じられない。

「もっと近くに」

「はい」

 アルベルト王子に言われて、さらに一歩前に出るクラーラ。立ち上がったアルベルト王子は、クラーラの背後に回った。

「……えっ?」

 後ろから回された腕がクラーラの体を引き寄せる。さらにもう片方の手はドレスの上からクラーラの胸を揉んでいた。

「ち、ちょっと?」

「あれ? もしかして初めて?」

「あ、当たり前です」

 耳まで真っ赤に染めて、答えるクラーラ。男性に胸を揉まれたことなどあるはずがない。アルベルト王子の問いの意味がクラーラには理解出来ない。

「そう……キルシュバオム侯も罪深いことをするね。分かった。乱暴に扱うつもりなど初めからなかったけど、優しくするよ」

 揉む力が少し弱くなっただけで、アルベルト王子の手の動きは止まらない。さらにドレスの背中側の紐がほどかれていくのをクラーラは感じた。

「だ、だから止めて……止めて下さい!」

「えっ?」

 自分の腕を振り払ったクラーラにアルベルト王子は驚いた様子だ。

「えっ、じゃないから……じゃなくて、ありません」

「……君、キルシュバオム公爵の養女だよね?」

「そうです」

「私の妻となるために養女になった?」

「そ、そう言われていますけど……だからっていきなりこんなことするなんて……」

 アルベルト王子の妻になるのだとは言われている。だがクラーラはそれを受け入れたわけではない。受け入れたわけではないが、命令に逆らうことも出来ない。逆らえばどうなるかくらいはクラーラにも分かっている。

「ああ……ごめん。私はてっきり君も納得しているものかと」

「……王子殿下の妻に選ばれたのは光栄だと思います。でも、私は……相応しくありません」

「そう? 想像していたよりも遙かに美人で素敵な女性を選んでくれたと思っているけど?」

「そ、それは……外見をお褒め頂きありがとうございます。ですが私は……その……平民の出です」

 身分を明かして良いものか分からない。だがいずれバレることだと考えて、クラーラは正直に話すことにした。

「君が平民だから選ばれた。自家以外の貴族家と王家が結びつくことをキルシュバオム侯は望まないだろう。そういう意味で君は、名ばかりの王の妻に相応しい」

「……それが分かっていても受け入れるのですか?」

「逆らう力は今の私にはない。君と同じだ」

「…………」

 クラーラを妻にすることを拒むことはアルベルト王子には出来ない。分かっていたことだが、アルベルト王子の口からそれを聞かされると、自分は政治に巻き込まれたのだという実感が湧いてくる。

「さて……じゃあ、暗くなるまで我慢するとして、それまでは、お茶を飲みながら話でもしようか?」

「……お元気ですね?」

 アルベルト王子の印象は考えていたのとかなり違っていた。父王を殺され、自分は軟禁状態。もっと暗く沈んでいるとクラーラは考えていたのだ。

「あっ、気付いた? 女性に触れるのは久しぶりだから敏感に反応してしまって」

「そういう意味じゃありません!」

「乙女なのに、こういう冗談は分かるのだね? 悪くない。退屈が少しはまぎれそうだ」

「退屈って……そうかもしれないですが……」

 軟禁生活は退屈だろうとはクラーラも思う。だがそれと現状を受け入れるのは違うと思う。女性のことを考える時間があれば、もっと他に考えることがあるはずだと。
 クラーラは簒奪において王都制圧を主導したブルーメンリッターの一員であり、ローゼンガルテン王家を支持する立場にはない。だがアルベルト王子の態度はそういうことは関係なしに納得出来ないものだった。

「とりあえずお茶を入れてきてもらえるかな? この先、度々頼むことになるだろうから侍女に教わると良い」

「……分かりました。では、失礼します」

 指示された通り、お茶を入れる為に部屋を出て行くクラーラ。

(……変わった女性を送り込んできたね。面白そうな女性だが、そう振る舞っているだけかもしれないか……油断は出来ないな)

 キルシュバオム公爵家から送られて来たクラーラに、アルベルト王子が不穏なところを見せるはずがない。警戒され、最悪は父王と同様に亡き者にされるだけだ。
 生き延びる為にはキルシュバオム公爵家に警戒させないこと。アルベルト王子の為人はある程度、周囲に知られている。いきなり愚か者を装っても信じるはずがないので、周囲がこれまで知らない部分で愚者を装おうと考えた。女好きがそれだ。

(……生き延びることが良いのか、殺されるべきか。判断するには情報が欲しいが、難しいな)

 今は生き延びようとしているが、それによってキルシュバオム公爵家が国政を壟断することを許してしまうのであれば、殺されることも考えなくてはならない。
 だがその判断は難しい。キルシュバオム公爵家の非を問う者がいるのか。その者は大義名分があれば勝利出来るのか。そもそもその者に勝たせるべきなのか。
 軟禁状態のアルベルト王子には判断するに必要な情報が入らない。これが今の最大の問題だった。