月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #100 戦いは新展開を向かえる、かも

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 思い通りにいかない戦況に頭を悩ましているキルシュバオム公爵に、さらに面倒事が増えた。ひとつはリリエンベルク公国からやってきたマクシミリアン・テーリングの扱いだ。
 マクシミリアンの生存はキルシュバオム公爵も知っていた。知っていて、何も行わないできたのだ。リリエンベルク公国は見捨てる。これは国王が存命の時から決められていたこと。その方針を変えるつもりはキルシュバオム公爵にはない。簒奪が成功したとなれば尚更だ。リリエンベルク公国領を我が物として、他の公国より抜きん出た国力を得る。それが後のキルシュバオム王国、国名をどうするかなど決めていないが、建国に繋がるのだ。
 マクシミリアンからの救援要請は無視。この決定に悩むことはない。問題はマクシミリアンの扱いだ。
 リリエンベルク公国はまだ三分の一ほどの領土を維持したまま、戦い続けている。この事実をどう捉えるべきかキルシュバオム公爵は判断出来ないでいる。リリエンベルク公国が魔族により完全占領され、北部から攻められるような事態は、ゾンネンブルーメ公国での戦いが上手くいっていない今は避けたい。この点ではリリエンベルク公国の善戦はありがたい。
 だが、この善戦がゾンネンブルーメ公国での戦いが勝利に、キルシュバオム公爵にとっては勝利以外の結果はない、終わったあとも続いていてはリリエンベルク公国領を我が物に出来なくなる。もちろん、その時点で他の二国が文句を言えないくらいの力を持っていれば、問答無用にテーリング家は滅ぼして領地を奪ってしまうのだが、今はまだ流動的だ。

「いっそのこと、ゾンネンブルーメ公国に滅びてもらいますか?」

 会議の席で物騒なことを言い出したのはキルシュバオム公爵家の従属貴族であるフォルトナー・ミレー伯爵。レオポルドの父だ。ミレー伯爵は、エカードにとってのレオポルドがそうであるように、キルシュバオム侯爵の右腕と呼ばれるような立場で働いている。

「滅びるのは良いとして、奪回出来るのか? それも我が軍単独でそれを行わなければならない」

「そうなりますか?」

「キルシュバオム公爵家に飛び抜けた戦功があってこそ、広い領地を与えられるのだ。王国軍の戦果では、ほとんどが王国の直轄地になってしまう」

 魔王軍にゾンネンブルーメ公国全土を占領したあと、キルシュバオム公爵家軍だけでそれを奪回することは出来ない。そんな楽観的な考えをキルシュバオム公爵が持てるはずがない。

「同じではありませんか?」

 王国の実権はキルシュバオム公爵家が握っている。王国の直轄領であっても同じだとミレー伯爵は考えた。

「エカードの代になればそうなるかもしれない。だがそれも絶対ではない」

 だがキルシュバオム公爵はそうではない。直轄領はあくまでも王国の物。王位を得るまではキルシュバオム公爵家の物ではない。
 エカードの代には玉座を自家の物にと考えているが、それも絶対ではない。現王家を支える力が強くなれば、実権を奪い返されることだってあり得るのだ。

「……お怒り覚悟で申し上げますが、すでに我等の手は汚れております」

 キルシュバオム公爵家は臣下の身でありながら国王を弑している。今更、体面を気にする必要はないというのがミレー伯爵の考え。

「前王は、国家が危機にあるのに、私欲を優先して臣下を裏切り、多くの民を殺した愚王だ。廃されて当然」

 魔人との戦いの渦中で王家の力を強める為に意図的に公国を犠牲にした。これが前王を弑逆した理由。まったくの嘘ではないが、それでも弑逆を正当化出来るかは微妙だ。もともとユリアーナの扇動によって勢いづいて実行したことであるので、微妙なのは当然だが。

「あくまでも愚王個人を退けただけで玉座は正統な後継者に、ですか……」

 微妙である理由の正当性を強める為には正統な後継者、アルベルト王子かカロリーネ王女に次代の王になってもらう必要がある。その上で正しい手続きを経て、玉座をキルシュバオム公爵家に移すというのが公爵の考えだ。

「さらに手を汚すことを厭うてはいない。与えた娘との間に子供が出来ればそれで……」

 アルベルト王子は無用のものになる。

「キルシュバオム公爵家の血は入っておりませんが?」

「そのあとで入れれば良い。女であればエカードの妻にする」

「男であればどうされます?」

「我が家の者を嫁がせる。その上で赤子には政治は無理なので摂政を置く。当然、摂政は我が家の者がなる。王の命令として国を自由に動かせるようになれば、あとはどうにでもなる」

 キルシュバオム公爵はあくまでも他国からの批判が出ない、批判されても言い訳が出来る最低限の範囲で、段取りを整えようとしているだけだ。

「……我等の子、孫の代ですか」

 ミレー伯爵が求めるのは今のキルシュバオム公爵と同じ、大貴族の地位なのだ。だが彼自身はその立場にはなれそうもない。

「良いではないか。面倒な仕事は子や孫に任せて、自分は毎日遊んで暮らせるのだ」

「確かに……話が逸れすぎましたか。愚王の件を考えると、リリエンベルク公国に救援を送る必要があるのではないですか?」

 自身の不満をキルシュバオム公爵に感じさせるのは良いことではない。ミレー伯爵は話題を元に戻すことにした。

「もちろん、愚王と同じような真似は出来ない。リリエンベルク公国の現状を知れば、すぐに救援の軍を送るべきだろうな」

「……だがそれを知ることはなかった、ですか」

 マクシミリアンが王都に来たことを、なかったことにする。そういうことだ。

「ただひとつ問題がある」

「それはどのようなものでしょうか?」

「リリエンベルク公国の現状について嘘を広めている者がいる。王国を混乱させようとする不届き者は厳しく罰する必要があるな」

 これがもう一つの面倒事。二つの問題をキルシュバオム公爵は一気に片付けようと考えている。

「……強行策を採られますか?」

「強行策? いや、そうは考えていない。国が一つに纏まらなくてはならない時に、その和を乱そうとする者など反逆者と同じ。相応しい罰を与えるだけだ」

 反逆者にこんなことを言われたと知れば、カロリーネ王女は怒り狂うだろうが、この会話が彼女に届くことはない。キルシュバオム公爵家に協力している王国の重臣たちの耳にも入ることはない内容なのだ。

「そうでした。適切な対応をとろうと思いますが、公国軍を動かしてもよろしいですか?」

「王国軍は魔人との戦いがあるからな。国内治安は我が軍も支援するべきだろう」

「承知いたしました」

 キルシュバオム公爵はカロリーネ王女の排除を決めた。表沙汰にすることなく、あくまでも国内治安を乱す犯罪者を罰するという形で。
 王国の治安維持部隊が動くべきそれに、キルシュバオム公爵家の軍が動員されれば、それが建前に過ぎないことはすぐに分かる。分かっても良いのだ。事が終わったあとであれば。

 

◆◆◆

 本来であれば、満天の星空に浮かぶ月が淡い光で地を照らしている時間。だが今はいくつもの宙を飛ぶ赤く輝く炎が人々を照らし出している。照らし出された人々にその輝きを楽しむ余裕はない。それはそうだ。直撃を受ければ火に焼かれて死ぬことになるのだから。
 ジグルスの拠点を突き止めたオグルは迷うことなく、そこを攻めることに決めた。リリエンベルク公国の完全占領を目指すオグルにとっての最大の障壁は、ジグルスと彼が率いる軍勢。それを排除しない限り、成功は見込めない。戦う以外に選択肢はないのだ。
 とはいえ、今となっては数ではジグルス側が上。その不利を少しでも軽減しようとオグルは奇襲を行うこととし、深夜に襲撃をしかけたのだが、その結果が今だ。

「散れ! 直撃さえしなければ、恐れるものではない! 冷静に避けろ!」

 降り注ぐ炎の塊。その数は膨大ではあるが、オグルが言う通り、まともに受けなければ何の問題もない。赤々と燃え盛る炎を避けることは難しくもない。

「いずれは尽きる! その時が突撃の機会だ! 耐えろ!」

 防壁の向こうから跳んでくる炎の塊は膨大な数であるが、無尽蔵にあるはずがない。いつかは攻撃も止まる。それまでの辛抱だとオグルは考えている。こう考えている時点で彼は冷静ではない。深夜の奇襲を実行に移す前にこれだけの攻撃を受ける意味に気付くべきだ。
 だがそれに気付く前に、彼が求める機会がやってきてしまう。炎の攻撃が止んだのだ。

「……良し。隊列を整えろ!」

 追撃がないことを確認しても、すぐに突撃命令を発するような真似はさすがにしない。飛んでくる炎を避ける為に鬼王軍はバラバラになっている。まずは軍をまとめることだ。
 暗闇の中、オグルがいる場所に集まろうとする鬼王軍、だが。

「う、うわぁああああ!」

 突然、絶叫があたりに響いた。

「何だ!? 何が起こった!?」

 絶叫は耳に届いたが何が起こっているかは分からない。さすがの魔人たちも闇に目が慣れない状態では、遠くまで見通せないのだ。

「裏切りだ! 裏切り者が出た!」

「な、なんだと!?」

 まさかの言葉に動揺するオグル。敵の拠点を目の前にして、しかも広く味方が散らばった状態での裏切り。どう対処すれば良いのか、すぐに思い付かなかった。

「逃げるな!}

「無理言うな! 誰が裏切るか分からないんだぞ!」

 あちこちで怒鳴り声が響いている。鬼王軍は軍としてのまとまりを完全に失っていた。それが分かるとオグルの選択は速い。この戦いは負け。そうなれば大切なのは自分の命だ。
 周囲の味方に声をかけることもなく、その場をゆっくりと離れるオグル。誰が裏切るか分からない。聞こえてきた誰かの言葉にオグルは従っていた。
 ある程度離れたところで駆け出すオグル。だが、事はそう上手くはいかない。彼の行く手を遮る者たちが現れた。

「引け! この場は引くのだ!」

 目の前に現れた者たちに命じるオグル。

「誰だと思って命じている?」

「……貴様等、裏切り者か?」

 相手の言葉でオグルは行く手を塞ぐ者たちが裏切り者だと知った。

「正解、というべきなのか? お前から見れば裏切りか。肯定してやろう」

「死にたくなければそこを退け」

「まだ俺が何者か分かっていないのだな? お前を殺す為に出てきた俺が退くはずがないだろ?」

「貴様……グ、グウェイか?」

 目の前に立つ一人はグウェイ。オグルにとって裏切り者であることは確かだが、彼がジグルスに付いたのは今ではない。もともと今日の戦いでいきなり裏切った人などわずかしかいないが。

「これ以上、お前と語る言葉などない。死ね」

 死ねの言葉と共に振るわれた剣。その剣はオグルの体を斜めに切り裂いた。仰向けに倒れていくオグル。不意を突かれたとはいえ、たった一撃で絶命することとなった。

「……斬れるな。俺の腕ではないのは確かだな。良い剣だ」

 剣の切れ味に感心しているグウェイ。彼が剣を持つようになったのはジグルスに従ったあと。まだ鍛え始めたばかりなのだ。

「グウェイ殿」

「何かあったか?」

「投降する者たちが出始めました。犠牲は四分の一か、上手くすればそれ以下に抑えられそうです」

 鬼王軍はもともと仲間だ。出来るだけ殺したくないという思いがグウェイたちにはある。

「そうか……強い抵抗を見せる者だけを討つことにして、あとは出来るだけ投降させろ」

「分かりました」

 グウェイの指示を味方に伝える為に駆け去って行く部下。指示が伝わるのが速ければ速いほど、犠牲は少なくなる。そう考えているのでかなりの勢いだ。

「こんな簡単に勝って良いのでしょうか?」

 別の部下がグウェイに問い掛けてきた。数で優っている上に防衛戦。勝つ自信はあったが、戦闘に参加したのはグウェイの部隊だけ。しかも味方の犠牲は、今のところ、なしだ。

「簡単ではない。この策を実現する為に、どれだけの工事期間を必要としたのかを考えてみろ。それに準備は工事だけではない」

「はい……」

 拠点の周囲にはいくつもの地下道が延びている。グウェイたちが潜んでいたのはその地下道だ。炎の塊を飛ばす攻撃が止んで、周囲が闇に包まれたところで地上に出て、裏切り者を装って鬼王軍を襲撃した。最初に裏切りを伝えた声もグウェイの手の者によるものだ。
 まだ暗闇に目が慣れていない状況で敵味方の区別がつかない鬼王軍は戦うことが出来ずに、一方的に討たれるだけ。指揮官クラスが部隊をまとめようとしたが、味方は広く散っていて、集合させることが出来ないまま、彼等も混乱に巻き込まれていった。
 ジグルスの策だ。策の成功はただ地下道があれば良いというものではない。得られた情報から敵の襲撃を予想すること。そしてなにより、敵と同じ鬼人族であるグウェイたちが必要だ。
 はたしてそこまでジグルスは考えていたのか。まさかという思いと、あり得るかもしれないという思いがグウェイの心の中で交差している。

「それに戦いはまだ終わっていない。王の予想通りであればな」

◆◆◆

 アイネマンシャフト王国の都、といっても拠点は一カ所しかないが、で戦いが行われているとほぼ同じ頃、ブラオリーリエでも戦いが行われようとしていた。アイネマンシャフト王国のそれとは異なり、静かな戦いだ。なんといっても守る側であるブラオリーリエ側は敵を把握出来ていないのだから。
 ブラオリーリエはかつてとは異なり、かなり守りが強化されている。設備だけであれば公国の中心都市シュバルツリーリエに負けないくらいの充実度だ。その設備の一つ、侵入検知装置が作動した。何者かが密かに防壁を越えたのだ。
 それを受けて、第一級の警戒態勢に入ったリリエンベルク公国軍。だが検知から一刻経つが、何も起こらない。侵入者を発見することも出来ていない。
 侵入者の捜索にブラオリーリエ中を駆け回っている人たち以外にとっては、静かであっても、辛い緊張の時間が続いている。

「第二報が入りました!」

 その静けさを破る声がリーゼロッテたちが集まっている広間に響いた。

「第二報とはどういうことだ!?」

 報告に来た騎士にフェリクスが詳細を尋ねる。

「さらなる侵入者です! しかも複数箇所で検知されております!」

「複数箇所……何故、それを許した? 見張りは何をしていたのだ?」

 最初の検知を受けてブラオリーリエ全体の警戒態勢を強めていた。城壁の見張りの数も増やしているはずなのだ。

「それについてはまだ確認中です。しかし、検知装置からの通報のみですので、見張りの目を逃れて侵入したか、もしくは……」

「見張りは討たれたか……ある程度、まとまった数の侵入者か……リーゼロッテ様、捜索にあたっている部隊の半分を呼び戻そうと思います」

「そうね。まずは城の守りを固めましょう」

 侵入者の目的ははっきりとはしない。だが、可能性として考えられることは限られている。貯蓄している物資を狙うか、城そのものを狙ったか、もしくはリーゼロッテ個人の命を狙うものか。
 幸いにもブラオリーリエには民間人はいない。街の中で何らかの行動を起こされても犠牲になる民間人はいないので、城の守りを固めることにしたのだ。

「捜索部隊に侵入者の掃討よりも発見の報告を優先するように伝えろ」

「承知しました」

 もし城壁の見張りが討たれたのだとすれば、かなりの手練れである可能性が高い。彼等が戦っているのは魔人だ。そもそも一般兵が小数で戦える相手ではない。
 無駄に犠牲を出すよりも敵を把握することを優先しようとフェリクスは考えた。正しい判断だ。敵の力量の推測を除けば。

「敵が城に攻め込んで来ました!」

「なっ……速すぎる! 状況は!?」

 事態の進行が速すぎて、対策を考える時間もない。後手どころか、手を打つ前に事が動いてしまっている。

「中央口で防いでおります! 敵の数は五十ほどですが、かなりの手練れのようです!」

「五十……どう考えれば良いのか?」

 敵の総数は掴めていない。五十が全てであれば中央口の守りを増やすべき。だがそうでなければ。他にもいるとすれば、それはどこから攻め寄せてくるのか。

「防衛線を縮小しましょう」

 リーゼロッテが防衛線の縮小を提案してきた。敵を近づけることになるが、戦力の分散は抑えられる。

「……承知しました。全体を下げましょう。城の奥まで下がれば、侵入路は制限されますので守りやすくなります」

「そうね。では下がりましょう」