月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #101 政争の勝者

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 王都はひっそりと静まり返っている。建物には黒い弔旗が掲げられていて、それがなお一層、王都の雰囲気を暗いものにしている。その王都の大通りをゆっくりと進む軍。魔族領侵攻軍だ。
 盛大な凱旋式典など当然行われない。一旦、王都の外で野営地を組んだ軍は、王都の住民を騒がせないように、いくつかの部隊に分かれて王都に入り、そのまま各軍の軍営に戻っていく。
 そこで解散。大っぴらに帰還を喜ぶ事も出来ない兵たちは、各家に戻って家族だけで密やかに無事で帰ってきた喜びを祝っている事だろう。
 王の逝去でほとんどの国民が悲しみにくれている中、わずかにそれを喜んでいる者がいる、その一人は宮中の奥深くにいた。

「よくやりましたね」

 どんな男でも魅了すると言われた美貌。普段はどちらかといえば怜悧さを感じさせるその顔に、今は満面の笑みが浮かんでいる。

「……はい」

 ただ、それを目の前にしたアレックスの反応は鈍い。王都に戻ってすぐにエリザベートから呼び出しを受けた。王の死という衝撃を心に残したまま。

「魔族との戦いでの勲功はそなたが一番。これでローズマリーとの婚姻に異議を唱える者は少なくなるでしょう?」

「はあ」

「……どうしたのです? あまり嬉しそうではありませんね?」

「エリザベート様……」

「何ですか?」

「王はどうして亡くなられたのでしょう?」

 アレックスにとって王の死は予測していないものだった。魔族との戦で一番の功績をあげる。勇者に劣らないような功績を。その為の策謀は自らの指示で行っている。
 幸いにもたいした工作を行う必要はなかった。実際に、それがたとえ既に死んでいた者だとしても、魔王の首を取ったのはアレックス。そして四大魔将の一人と思われる者も討った。
 あとは勇者が他の功績で出しゃばらないように、そして今後もその力を利用する為に、隷属の首輪で奴隷にする事を目論んだ。
 それでもうアレックスにとっての策は終わりだった。あとはその功績を王に示し、ローズマリーの夫として認められるだけ。そうなれば次代の王はアレックスという事になるはずだった。

「……病気です」

「何故、この時期に?」

 あまりにも都合が良すぎる。アレックスの不安はそこにある。
 アレックスにとって王の死は都合の良いものではない。王がいなくなれば、アレックスが政争の矢面に立たなければいけなくなるからだ。
 アレックスとして当面は王を盾にして政争から逃れ、その間に自分の子飼いを増やして実力をつけるつもりだった。だがもうそれは出来ない。盾にする王はいないのだ。
 では誰にとって都合が良いのか。目の前にいるエリザベートにとってだ。アレックスが実力を持たないまま王になれば、政争に勝つために引き続きエリザベートを頼るしかない。それはアレックスがエリザベートに実権を奪われるに等しい。

「時期と言われてもな。病気はいつ人の身に降りかかるか分からないものでしょう?」

「それはそうですが……」

 聞くだけ無駄だった。アレックスが想像している通り、エリザベートが王を暗殺したのだとしても、それを話すエリザベートではない。

「良いではないか。結果としてそなたは王の座に早く就く事が出来るのですから」

「エリザベート様はそう言いますが、誰の承認を持って、私がローズマリー様の夫になるのです」

「それはローズマリーに決まっているでしょう? 王位継承権はローズマリーにしかありません。当面はローズマリーが王権の代行者となるのです」

「そんな事が出来るのですか?」

「そういう規則になっています。王権の代行者は王位継承順位によって決められる、それはパルスの国法に明確に書かれています」

 エリザベートが言っているのは当たり前の事。ただ通常であれば、代行者はそのまま王になるべき者なので代行者と呼ぶこと自体が形式的なものなのだ。
 だが女性であるローズマリーが王になる事はない。それがローズマリーの代行者としての位置づけに正統性を感じさせない理由。あくまでも感情的なものなのだ。

「そのローズマリー様は?」

「……困ったものです。いつまでも王の死を悲しんでいる場合ではないのに」

「悲しむのは当然です。ローズマリー様にとっては父上が亡くなられたのですから」

「王族に家族の情など無用です。国の事を想えば王権の代行者として、嘆き悲しむことは横に置いて、やらなければならない事があるでしょう?」

「しかし……」

「そなた、あとでローズマリーを見舞ってやりなさい。悲しみを癒してやるのも夫としての務めです」

「夫としてのですか?」

「……何に疑問を感じているのです? まさかそんな義務はないとでも思っているのですか?」

「いえ、そんな事はありません。分かりました。あとで伺う事にします」

 アレックスが問いかけたのはそういう事ではない。夫婦としての在り方を口にするエリザベートにアレックスはどうにも違和感を覚えた。権力にしか興味がないこの方もそんな事を気にするのかと疑問に思ったのだ。
 だがアレックスはすぐに納得した。つまりエリザベートはローズマリーを懐柔して来いと言っているのだと。慰めてやる事で、自分の方にローズマリーの気持ちを引き寄せろという意味なのだと。

「さて、その前に状況を教えてください」

「どの件でしょう?」

 これはアレックスのささやかな抵抗。エリザベートはアレックスに全ての情報を求める。それは戦いに赴く前からの事だった。だがそうしていると自分はエリザベートの臣下のようだ。二人は協力関係にあるだけで、立場は対等でありたい。そうアレックスは考えている。

「全てに決まっているでしょう。あまり良くない事も耳に入ってきていますよ」

 だがエリザベートはアレックスのそんな気持ちには気付かない様子で、当たり前のように報告を求めてくる。これは立場を意識してというより、単にエリザベートの性格によるもの。自分が知らないところで物事が進んでいるのが嫌なのだ。

「……残してきた軍の被害は甚大です。結果として国軍三軍のひとつが消滅したと言って良いでしょう」

「どうするのですか?」

「軍の再編が必要です。新たな兵を徴収し、失った兵数を埋めなければなりません」

「ではやりなさい」

「……私にはそんな権限はありません。私はあくまでも侵攻軍の総大将であってパルスの軍全てを統率する立場にはないのです」

「そうなのですか? では誰がそれを出来るのです?」

「軍部で再編案を作成し、国軍中央団長の付議により国政で承認を得る必要があります」

「その承認とは誰がそうするのです?」

「全閣僚での多数決です」

「では急がせなさい。それとも私から国軍中央団長に伝えますか?」

「いえ、私が伝えます」

 権限のないエリザベートの指示で国軍が動いたなどと思われては軍部も王の暗殺に関与でしていると思われてしまう。そんな真似は行わせるわけにはいかない。アレックスとしてはこうなったからには、エリザベートには奥で大人しくしていて欲しいのだ。

「あと勇者はどうしたのです?」

「……死んだ可能性が高いです」

「なんと?」

「まだ確定ではありません。ただ魔王城付近にあった死体の中に勇者、そして聖女と思われる遺体があったようです」

「では間違いないではないですか」

「遺体は傷んでいる上に火に焼かれていて顔を認識できません。二人ではないかとの推測は、焼け残った鎧や服などが二人の身につけていたものと同じと思われること。それと首にあった首輪です」

「やはり間違いないでしょう? 首輪というのはあれの事ですよね? どこの戦場にそんな首輪を付けた兵がいるのです? そもそも女性がいる事もおかしいでしょう?」

「はい」

 状況証拠は揃っている。断定は出来ないと訴えるアレクスもそれは分かっている。分かっているが、事実であって欲しくないのだ。

「そうですか……勇者と聖女は死にましたか。別に問題はありません」

「しかし!?」

「勇者がいなければ他国に勝てないのですか? そなたがいれば、問題ないはずです」

「それは……」

 エリザベートはアレックスの本当の実力を知らない。剣聖などと呼ばれて喜んでいた自分が、ただの道化であったとアレックスがすでに気付いている事を知らない。世界制覇、そんなものは今のアレックスにとっては重荷に過ぎないのだ。
 せめて勇者が生きていれば、その力を利用する事でそれも実現出来たかもしれない。だがアレックスも状況から勇者が死んだのは間違いないと考えている。そうなればアレックスの望みは、剣聖の称号などではなく、強国の王として人々に称えられたい。それだけに絞られている。

「とにかく事を急ぎなさい。軍の編制が終わったら次はユーロンですよ」

「すぐには無理です!」

「これは約束ですよ? そなたが王になる事に協力する代わりにユーロンを攻める。それを忘れたわけではないでしょうね?」

「忘れてはいません。ただ、少し時間を下さい」

「……良いでしょう。その前に色々とやる事がありますからね」

「はい。それが全て済んだ暁には必ず」

「では下がりなさい」

「はっ」

 足早にアレックスはエリザベートの部屋を出た。扉を閉めた所で無意識に深いため息をつく。話している間中、ずっと緊張していたのだ。このままでは駄目だ。王になっても自分はただの傀儡に過ぎない。そんな思いがアレックスの頭の中に浮かぶ。
 ではそれを防ぐためには何をすれば良いのか。邪魔者を消す。それをアレックスは決意した。

 

◆◆◆

 結局、閣議が開かれたのは正式な招聘から半年も経った後だった。
 理由は色々ある。ひとつは魔族侵攻軍の被害状況が正確に掴めるまでに時間がかかった事。実際には被害状況はとっくの昔に明らかになっていたのだが、軍部がなかなかそれを公表しなかったのだ。全軍の四割にもおよび被害。その責任をどうするか。それが軍部の悩みの種だった。
 普通に考えれば総大将であるアレックスの責任。だがそうしては、一部の者たちの策略は全て水泡に帰すことになる。アレックスが王になってこそ、それらの者達は美味しい思いが出来るのだ。
 では誰に責任を負わせるか。生きている者でそれを望む者はいない。文句を言わないのは死者だ。そして責任を負わせるにふさわしい人間は一人しかいなかった。
 残った軍の指揮を任されていた勇者だ。当然、指揮を任せていたというのは軍部のでっち上げ。だが真実を知っている者は誰もいない。多くの将が討たれた事で、あの夜の出来事はまさに闇の中に沈んだのだ。生き残っているアレックスが任せたと言えば、それが真実として認められる。
 そしてもうひとつが文官側の都合。主にエンド家の都合だ。閣議の票を固める為に、寝返った者の弱みを押さえ、再度の寝返りを約束されるのに時間がかかった。
 それが成功するまでは、ノースエンド伯領に留まったままのサウスエンド伯とウエストエンド侯が様々な理由を付けて、王都への到着を引き延ばしていた。
 そして最後のひとつ。これが最大の問題だった。
 王権の代行者であるローズマリー王女がそれを嫌がった事。正確には代行者を嫌がったのではなく、アレックスとの婚約を嫌がったのだ。ローズマリー王女はアレックスに悪い感情を持っているわけではない。美形ではあるし、少なくともローズマリー王女にはとても優しい。
 だが精神的に幼いローズマリー王女は自身の初恋にこだわった。自分が結婚するのは優斗と決めている。そう言って譲らなかった。
 勇者は死んだと周りがどんなに口を酸っぱくして言っても聞かない。自分の目で優斗の死を確認しない限りは決して信じないと言い張った。では、という事で勇者の遺体が王都に運ばれてきた。それだけで数か月の期間が必要となり、そしてその遺体を見たローズマリー王女が倒れた事でまた数日を要した。
 それはそうだ、半年以上前の遺体では原型をとどめていない。もともとかなり痛んでいた上に、時の経過がさらに状態を酷いものにしていた。誰の遺体かなど分からないほどに。
 あえてそんな遺体を王都に運んできたのは、あまりにも聞き分けのないローズマリー王女への呆れからくる担当者の嫌がらせに過ぎない。
 だがその担当者の嫌がらせは見事に実を結んだ。あまりの遺体のむごさにショックを受けたのか、ローズマリー王女はそれ以降、優斗の事を一切口にしなくなった。
 さらに倒れていた間のアレックスによる献身的な看護もかなりの効果があったようで、復帰してすぐにローズマリー王女は彼との婚姻を認めた。
 復帰したローズマリー王女のアレックスに対する馴れ馴れしい態度を見て、アレックスが行っていたのは本当にただの看病だけか、そんな噂も流れたが真相は誰にも確かめられない。確かめるつもりもないだろう。とにかく次の王が決まって、国政がちゃんと動き出せば皆、それで良いのだ。
 そういった経緯を経て、いよいよ閣議が開かれた。
 玉座に座っているローズマリー王女。だが皆が彼女は飾り物に過ぎないと知っている。物事を決めるのはあくまでも文武官の決議なのだ。

「では王権代行者であるローズマリー王女のご臨席の下でこれより閣議を始める」

 進行を務めるのは太政大臣の地位にあるイーストエンド侯爵。
 
「最初の議題は、司法庁長官および商務庁長官の罷免決議からだ」

「なんだと!?」「なんだ、それは?」

 自らの罷免決議と聞いて、両長官が驚きの声をあげた。

「太政大臣、その決議は何ですか?」

 驚いているだけの二人を放っておいて、宮務庁長官がイーストエンド侯に問い掛けてくる。

「決議者の罷免についてだからな。事前の議題には載せられないだろ?」

「しかし」

「過去の慣例に従ったまでだ。何か問題があるか?」

「いえ、別に」

 過去の慣例と言われれば、宮務庁長官には文句は言えない。慣例至上主義は当たり前の事という気持ちが文官にはある。ましてや、宮務庁長官はまさに宮中での慣例、慣習を守る存在なのだ。

「では続ける。それぞれの罪状および証拠は今から配る資料の通り。司法庁長官は身内の多くの犯罪を隠ぺいし、且つ、実際に表沙汰になった犯罪についてもその裁判に置いて身内が無罪になるように圧力をかけた。確たる証拠もある。何か反論があれば聞こう?」

「私は……」

 配られた証拠資料はそれを行った者にとっては反論の余地のないもの。それに実際にはすでに一度目を通している。これを公にされたくなければ再度寝返れと脅された。だが返事は保留した。今回の閣議でもう一度、力関係を確かめようと考えたのだ。両方に不正の証拠を握られている。どちらにつくかと言われれば強いほうにつく。司法庁長官はそう考えていたのだが、エンド家はそれを許さなかった。

「ないようだな。では商務庁長官だ。商務庁長官はその地位を利用し、国庫に収まるはずの金を着服した。共犯者である商人はすでに拘束され自白している。反論は?」

「……ない」

 商務庁長官も同じ。反論の余地がないのであれば、決議に委ねるしかない。勝てる可能性はまだ残っているのだ。

「では決議に移る。両長官の罷免に反対のもの」

 前回の閣議の結果から言えば当事者の両長官の票を除いて、派閥の票比べは八対八の同数になる。ただこの件は必ずしも、その通りになるわけではない。権力争いとは別物なのだ。個々の判断で票数は変わってくる。
 そして実際に手があがったのは、わずか三票に過ぎない。

「賛成多数だな。では王権の代行者であるローズマリー様、決議はなされました。ご裁可を」

「イーストエンド伯!」

 また宮務庁長官が声をあげる。

「なんだ?」

「王のご裁可は最後ではないのか?」

「まとめてご裁可を頂こうが、個々に頂こうがどちらでも構わないはずだ」

「それはそうだが」

「ローズマリー様にとって閣議は初めてだ。ひとつひとつ確認して頂いたほうが分かり易くて良いと思う」

「……分かった」

「ではローズマリー様。よろしいですか? よろしくないですか? 何卒ご裁可をお願いいたします」

「おお、よろしいぞ」

 ローズマリー王女には事の内容はよく分かっていない。両長官に特別の思い入れがあるわけでもないので、賛成多数であればそれが正しいという判断になる。

「では裁可は下されました。両長官は罷免となります。罰については今後の裁定を持って決定する事として、それまでの間は拘束させていただく。憲兵!」

「はっ!」

「お二人をお連れしろ」

「はっ!」

 両脇を憲兵に抱えられてなどと言う見苦しい真似を二人が見せることはなかった。ただ促されるままに、憲兵に前後を挟まれて付いて行くだけだ。

「では次に移る。罷免された両長官の後任を。正式の辞令手続きが終わるまでは代行者という形になるな。いずれも地位上はすぐ下にいる副長官が相応しいと思うが、何か異論は?」

「それも議題にのっていない!」

「罷免と関連しての事だ。では決議を。賛成の者、挙手を」

 挙がった手は九つ。賛成多数だ。

「賛成多数だな」

「なんと!?」

 八対八の同数。そう思っていた宮務庁長官が驚きの声をあげた。寝返った者、寝返り返した者がいる。それが誰か探すのは簡単だった。前回、自分たちの側にいたはずの情報局長の手が挙がっていた。

「では王権の代行者であるローズマリー様、決議はなされました。ご裁可をいただけますか?」

「うむ。よいぞ」

「ご裁可は下されました。さて新任の二長官がくるまで、しばし休憩を取りたいと思います。ローズマリー様、ご許可をいただけますか?」

「始まったばかりではないのか?」

「はい。まだ決議事項はございます。でも今の決議でその二人も票を持ちました。以後の決議に参加させるのが正しいかと臣は思います」

「そうじゃな。では休憩にしよう」

「はっ、では四半刻後の再開という事で、しばし休憩を」

 イーストエンド侯のその宣言を聞いて、まっさきに閣議室を出て行ったのは情報局長。宮務庁長官が声を掛けようとするのを振り切るようにして出て行った。
 あとは三々五々、それぞれの控室へ向かっていく。残ったのはエンド家の面々。ノースエンド伯を除いた三人だ。

 

「まずはご苦労といったところか?」

 イーストエンド侯に労いの声を掛けてきたのはウエストエンド侯。

「そうだな。これで決議票はこちらが固めた。あとの決議は全てこちらの意向通りだ」

「情報局長はどうした? 寝返ったという話は聞いてなかったぞ」

「寝返りの言質は取っていない」

「そうなのか?」

「そんなところまで踏み込まなくても、手ごたえは十分だったからな」

「ネタは?」

「宮中に新たな間者組織があるようだが、いつの間にそんなものを作ったのだと聞いてやった。それだけで十分だったな。少し考えた後、すぐに調べてご報告をと言ってきた」

 エリザベートが抱えていた間者は宮務庁長官が長い時間をかけて組織していたものだった。活動範囲は王城内に限定したものであるが、その程度の組織であっても情報局長にとってはただ事ではない。
 自分の知らないところでそんな物が出来上がっている。それはいずれ自分の組織にとって代わる物になるのではないか。宮務庁長官の権力が強くなれば、そうなる可能性は十分にある。
 情報局はあくまでも国の組織であって、局長個人のものではない。だが局長も現場に出ないだけで間者である事に変わりはない。間者は所属する組織への愛着がとても強い。そして縄張り意識も。情報局長としては自分の管轄外の間者組織が足下の王城で勝手に活動している事が許せなかったのだ。

「そんなものがあったのか。なるほど女狐がこちらの裏をかくような真似が出来るわけだ」

「ああ。でもそれもお終いだ。情報局長は全力でその組織を炙り出すだろう。場合によってはそのまま潰してしまうかもしれんな。まあ、こちらとしては自身の手の者を使う必要がなくなって大助かりだ」

「ふむ。ようやく本来の流れに戻ってきたな。政争で我らが負けるわけにはいかん」

「ああ、あとはノースエンド伯爵位の嫡男への継承と領地の安堵。軍の再編案は一旦潰す。その上で次の機会に国軍中央団長の入れ替えだな」

「一気にやらないのか?」

「さすがに罷免ばかりではローズマリー様に刺激が強いだろう。機嫌を損ねるような真似は出来ん。王権代行者、将来の王妃様だからな」

「本当に認めるのか? あれはぼんくらだぞ」

「だから良いのだ。象徴にはふさわしいだろ。見てくれだけだが」

「……そのぼんくらだがな」

 黙って二人のやりとりを聞いていたサウスエンド伯が、やや躊躇いながら口を開いた。

「どうした?」

「案外取り込めるかもしれんぞ」

「なんだと?」「どういう事だ?」

「さすがに儂も魔族との戦いでの奴のお粗末なやり方に腹が立っていてな。小言の一つも二つも言ってやろうと会いに行った」

「まあ、当然だな。俺では小言どころではない。怒鳴りつけるところだ」

 拳を手の平に、そう言うウエストエンド侯。その様子では怒鳴りつけるどころか殴りつけるつもりのようだ。

「おい。王になる人間だぞ?」

「だから会わないでいるのだ」

「賢明だな。それで? 話が脱線した。続きを聞かせてくれ」

「ああ。具体的な事を口にしたわけではない。だが儂の小言に対して始めはつまらん言い訳をしたり、素直に謝ったりしていたが、徐々にそれが泣き言に変わっていった。そして最後には自分も利用されているのだと言い放った。さすがに失言だと気付いたようで、すぐに誤魔化していたがな」

「なるほど。女狐との関係は決してうまくいっているわけではないか……」

「それがどの程度かまでは分からん。だが決定的であるなら、敵の敵は味方。そういう形もあるかもしれんぞ。まあ、一時的なものではあるがな」

「……誰が動く?」

「儂だな。策を匂わすのはこの場合よろしくない。年長者から若者へのちょっとしたお節介。そんな風が良いかと思うが?」

「……そうだな。良いだろう。サウスエンド伯に任せる。さてそろそろ時間だな」

 廊下から人の声が聞こえてくる。休憩を終えて戻ってくる者達の声だ。その人々が揃ったところで、ローズマリー王女の臨席。閣議が再開された。
 その後はイーストエンド侯の独壇場だ。国軍の再編案は侯にいくつもの不備を指摘され、結果否決。再度検討する事になった。
 ノースエンド伯爵の爵位については、ノースエンド家嫡男に引き継がれ、領地もそのまま。ノースエンド伯の罪を問う声が宮務庁長官から挙ったが、はるか昔、軍令を無視して味方を助けたある将が功罪相殺された過去の事柄をイーストエンド侯が引き合いに出し、その声を封じた。
 ユーロン双王国を警戒して配置していた国軍の撤収が決定され、その国軍の一部についてはそのままノースエンド伯領に駐屯し魔族残党の警戒に当たる事になった。その他大小の事案が有力貴族派の思う様な方向に決まっていく。
 そして最後の議案。
 その決議結果が出たとき新貴族派は驚きで目を見張った。ローズマリー王女と近衛第一大隊長アレックスの婚約が満場一致で認められたのだ。