オクス王国との国境に後少しの位置まで、グランフラム王国の軍勢は退却してきた。後は、国境の緩衝地帯となっている丘陵地を超えるだけ。それで、オクス王国の領内に逃げ込む事が出来る。
だが、その丘陵地の入り口でグランフラム王国軍は移動を止めて、陣形を整え始める。攻め返してくる様子はない。グランフラム側の陣は、守備に重きをおいた方陣だ。
「……まさか、気づかれたのですか?」
そんなグランフラム王国軍の様子を見て、オリビア王女が不安そうに声をあげた。ここまで来て、グランフラム王国側が進軍を止める理由が他に見つからないのだ。
「そうだとしても、ここまで来れば、後は押しこむだけです」
「そうですね」
この丘陵地で、グランフラム王国軍の退路を塞ぎ、挟み撃ちに、最終的には包囲殲滅戦に持ち込むのが、メリカ王国側の作戦だ。その為の準備は出来ている、はず。
「では、軍を進めます。前衛軍を前進させよ! グランフラム王国軍を粉砕せよ!」
オリビア王女の号令で、メリカ王国側の前衛軍が一斉に前進を開始した。この前衛軍だけで、グランフラム王国軍と数は互角なのだ。
これで何度目か分からない、メリカ王国側にとっての追撃戦が開始された。
そして、戦況も又、これまでの繰り返しだ。メリカ王国側は、グランフラム王国の陣を中々突き崩せないでいる。
事態打開の為に、オリビア王女は動くことにした。
「……中軍を出します」
「包囲が遅れる事になりませんか?」
前衛軍で敵を押し込んだ所で、中軍が左右両翼から進軍して包囲網を築く。これが元の作戦だ。中軍を積極的に攻撃参加させる事は当初の計画とは異なっている。
「それ以前に、グランフラム軍を丘陵地に押し込めなければいけません。中軍の遅れは後衛軍で補います。ここは全軍をあげて、勝負に出る時です」
「……分かりました」
後衛軍というのは、オリビア王女とユーリが居る、この本陣の軍だ。これを前線に出すことに、ユーリはわずかに躊躇いを覚えたが、戦女神と呼ばれるオリビア王女の言葉を信じる事にした。
メリカ王国が中軍を前線に送った事で、兵数は倍以上になった。さすがにグランフラム王国軍は、この圧力には耐え切れず、じりじりと後退し始めた。
「前線との距離を詰めます」
「はっ」
予定地点までグランフラム王国を押し込む目処が付いた事で、オリビア王女は後衛軍を前に進める決断をした。包囲網を素早く構築する為だ。
グランフラム王国軍を後方から奇襲する軍が現れるのが合図。その時に備えて、前進を始めた後衛軍だったが。
「早い! どうして、もう出て来た!」
グランフラム王国軍の後方にある丘の上に戦旗が立った。オクス王国を示す黒地に三日月に止まる雀を描いた戦旗だ。まだグランフラム王国軍を完全に包囲に適した場所に押し込めていない。予定した距離まで詰まっていないのだ。
「前進を急ぐ! グランフラム王国軍の左側面を塞ぐ!」
「中軍に伝令! グラムフラム王国軍の右側面を塞げ!」
一気に包囲態勢に持っていく為に、メリカ王国軍が大きく動き出した。グランフラム王国軍も意図に気付いたのか、動きが慌ただしくなる。そのグランフラム王国軍へ、後方に現れたオクス王国の戦旗が突撃を仕掛けた。
「馬鹿な! ただ後方を塞いでいれば良いのだ! そうでなくても、裏切りをいきなり明らかにするとは!」
思う通りに動かない友軍に、オリビア王女は苛立ちを隠せない。同盟国の裏切りにグランフラム王国軍は動揺しているようではあるが、その後方は隙間だらけだ。包囲の網に綻びが生じている。
「急げ! せめて後方は完全に塞ぐ!」
この地で決着をつけるつもりだったが、オリビア王女は、それをあっさりと諦めて、退路を塞ぐ事を優先した。メリカ王国内に留めておけば、いくらでもやり直しが効くと考えたのだ。
オリビア王女率いる後衛軍は、前線を抜けて、グランフラム王国の左側面から更に後方に回ろうと進む足を急がせている。伸びきった隊列の側面をグランフラム王国軍に見せて。
そこに、グランフラム王国軍から、二羽の鳳が放たれた。
「あ、あれは?」
何であるかは明らかだ。火と風の属性魔法。ただ、初めて見る魔法であり、その巨大さに驚いただけだ。
「防御魔法を展開しろ! 急げ!」
オリビア王女はすぐに驚愕から立ち直って、味方に指示を出し、自らも詠唱を開始した。
宙に広がる、いくつもの防御魔法。その中で、他とは比較にならないほど、巨大な防御魔法はオリビア王女が展開したものだ。
だが、この対応は無駄に終わる。グランフラム王国から放たれた魔法は、まるで生きた鳳であるかのように、展開された防御魔法を躱して、襲いかかってきた。
二羽の鳳が、後衛軍の頭上で絡みあうように一つになり、そして、爆発した。
爆風でメリカ王国軍の兵が宙を舞う。後衛軍の隊列にポッカリと穴が空いた。
「……何てことなの?」
信じられない事態に呆然とするオリビア王女。まるでそれ自体が意思を持っているかのように、自由に動きまわる魔法など、オリビア王女は聞いたこともなかった。
リオンはずっとこれを隠して戦っていたのだ。リオンも又、ここが決着の地と考えていた。もう奥の手を隠す必要はない。
混乱を装っていたグランフラム王国は、すでにその偽装を止め、陣形を整え直している。その中から、リオンを先頭に騎馬隊が飛び出してくる。
大規模魔法の攻撃で敵の陣形を乱し、そこへ騎馬で突撃して敵の中枢に止めを刺す。魔人との戦いと変わりはない。
違いがあるとすれば、率いているのが、虎の子の近衛兵団だという事だ。
「……あれは何?」
グランフラム王国軍から飛び出してきた騎馬隊。それを騎馬と呼んで良いのか、オリビア王女は悩んだ。グランフラム王国の騎士が跨っている、それには、明らかに馬とは異なる特徴がある。額から長く太い角が生えているのだ。
オリビア王女が知るはずもない事だが、ナイトメアと同種の魔獣を駆り集め、手懐けて作った近衛騎獣隊だ。
「……魔獣、でしょうか?」
問われたユーリだって分からない。近衛騎士の立場では魔獣退治など行う機会はない。魔獣という存在を見たこともないのだ。
ただ分かることは、その騎馬隊がとてつもない速さを持っているという事だ。
「陣を整えろ! 敵騎馬隊を迎撃するのだ!」
慌てて、自軍に指示を出す。それを受けた兵が、騎獣隊の前に陣を組もうとするが、それは叶わなかった。
突進してきた魔獣の角に貫かれる者、宙に放り上げられる者、敵の騎士が何もしなくても、魔獣の攻撃だけで最初に前に出た部隊は壊滅した。
それでも数で言えば、メリカ王国側が圧倒的に多い。次々と後衛軍の騎士や兵士が向かっていくのだが、それでも敵の足は止まらない。その多くが、先頭を駆けるリオンにマトモに近づく事も出来ずに、蹴散らされていく。
「……凄い」
思わずオリビア王女の口から感嘆の声が漏れる。それほど、リオンの戦い方は凄まじかった。魔法が常時、周囲に展開していて近づこうとする者が居れば、襲いかかっていく。
そうかと思えば、リオンが攻撃に転じた途端に、周囲の魔法は襲ってくる魔法や剣を防ぐ側に回る。攻防一体、剣魔一体、どう表現するのが正しいのか、とにかく隙のない戦い方だ。
「王女殿下、ここはお下がりください」
リオンの騎獣隊の突入を防ぎ切れないとみて、ユーリが撤退を進言してきた。
「逃げろというのですか?」
「はい。その通りです」
余計な気遣いなど今は無用の事と、ユーリははっきりと答えた。オリビア王女が討たれてしまえば、それはもう負けなのだ。それも一戦の負けでは済まない、メリカ王国にとって大きな損失となる。
「それは……無理なようです」
「なっ?」
後衛軍に対して、更なる大規模魔法がグランフラム王国から放たれていた。天高く渦を巻く竜巻が暴れ回り、後衛軍は混乱に陥っている。
その隙を突いて、リオン率いる近衛騎獣隊は、一気にオリビア王女たちが居る場所に詰め寄ってきていた。
「……お前が王女様か?」
赤と青の双眸がじっとオリビア王女を見詰めている。
「貴方がリオン・フレイ子爵」
「ああ、そうだ。ゆっくり話している時間はない。大人しく捕虜になってもらう」
「そんな事は許さない」
リオンとオリビア王女の間に、ユーリが剣を抜いて割って入ってきた。
「お前には聞いていない。ちなみに王女様にも。ナイトメア、跳べ」
「何!?」
リオンを乗せたまま、ユーリの頭上を飛び越えたナイトメアは、オリビア王女の騎馬の横に降り立った。驚いているオリビア王女の腕を、リオンが引いて、乗っていた馬から引きずり落す。
そのオリビア王女の背中を、ナイトメアが素早く片足で踏みつけた。見事な連携だ。
「動くな! 下手な真似をしようとすれば、このまま踏み潰す!」
「卑怯な……」
「何とでもどうぞ。さて、王女様を殺されたくなければ、軍を引け」
「…………」
軍を引いて、それでオリビア王女が解放される保証はない。ユーリは安易に言われた通りの行動を取ることが出来なかった。
「なるほど。では死んでもらおう。ナイトメア」
「あっ、ああああっ!」
リオンに躊躇いなどない。そしてナイトメアにはもっとない。オリビア王女の絶叫が周囲に響き渡った。
「や、止めろ!」
慌てて、ユーリが制止の声をあげる。
「軍を引け。要求はこれ以上にもこれ以下にもならない。求める答えは是か非のみだ」
「……分かった」
自国の王女を見殺しにするわけにはいかない。この後にどんな無理な要求が待っているとしても、了承を口にする以外にユーリには選択肢はなかった。
何とか隙を見つけられないかと探りながら、後衛軍全体に指示を出す。だが、これは無駄なあがきに終わる。軍が引ける状態になっても、オリビア王女を救い出す隙は見つけられなかったのだ。
リオンが隙を見せても、ナイトメアがそれを許さない。その逆も同じ。ユーリとしては手も足も出ない。
歯ぎしりが聞こえてきそうなくらいに、悔しそうに顔を歪めながらもユーリは、ゆっくりと後衛軍を後退させていった。後衛軍だけではない。中軍も前衛軍もだ。
「王女様を縛り上げろ」
メリカ王国軍が大きく距離を取った所でようやくリオンは口を開いて、部下に指示を出す。
「何ですって?」
このリオンの命令にオリビア王女が不満そうな声をあげた。
「文句を言える立場か?」
「言える立場です。私は一国の王女ですよ。捕虜とはいえ、それに相応しい待遇を要求する権利はあります」
「えっ、そういう約束があるのか?」
「それが礼儀というものです」
王族、貴族の捕虜だけに許される特権だ。それ以外の者が捕虜になれば全く逆。人権など全て無視される結果になる。
「……暴れない?」
「待遇が守られるであれば、こちらもそれに見合った態度を取ります」
「……嘘付かない?」
「つきません! 私はメリカ王国の王女です!」
「それ、嘘をつかない根拠にならないけど。まあ、決まり事なら仕方ないか。治療は?」
「……お願いします」
王族に対するに相応しい待遇を要求しておきながら、いざ、それを受けるとなるとオリビア王女は悔しそうな表情を見せている。厚遇を求めての要求ではなく、縛られるという屈辱が耐えられなくて、口に出した事なのだ。
「じゃあ、エアリエル頼む。身体検査もな」
「ええ。任せて」
いつの間にか側に来ていたエアリエルに、リオンは治療と身体検査を頼んだ。
エアリエルは、まずは腰についている剣を外し、他の者にも手伝わせて鎧を脱がせる。その下に身につけていた短剣を取り上げて、他にも何か隠していないか、全身を探っていく。
それをされている間も、かなり体が痛いはずだが、オリビア王女はじっと黙って我慢している。せめてもの意地だろう。
武器の類がないと確かめたところで、エアリエルは治癒魔法をオリビア王女にかけた。切り傷の類ではないので、完全に治ることはないが、それでも痛みはかなり引くはずだ。
実際にオリビア王女は、何ともない様子で立ち上がった。
「馬には乗せない。乗りたければ、手足を縛られる事を受け入れろ」
「……逃げるような真似はしません」
「悪いが、そんな言葉を信じられるような生き方はしていない」
「ずっと歩き続けろというのですか?」
「ずっとじゃない。馬車が用意出来るまでだ」
「……それはいつの話ですか?」
「それは、後ろに居るアレックス王子に聞いてくれ。用意するとしたら、アレックス王子だ」
「……アレックス王子?」
オリビア王女が振り返ってみてみれば、こそこそと人の陰に隠れようとしている、見たことがある顔があった。オクス王国のアレックス王子とは、オリビア王女は面識があるのだ。
「なるほど、貴方が馬車をね。どんな馬車か楽しみですね?」
「う、うむ。そ、そうだな。オリビア王女の期待に応える立派な馬車を用意しよう」
「ええ。そう願います。でも、オクス王国には、出来れば別の事で期待に応えて欲しかったですね?」
「それは……こちらにも色々と事情が……」
メリカ王国と歩調をあわせて、オクス王国もグランフラム王国に侵攻するはずだった。この密約を反故にするどころか、大事な戦場で寝返る始末。オリビア王女にとっては、許し難い裏切り者だ。
オクス王国にそれをさせたのはエアリエル率いるバンドゥ領軍、そして、ハシウ王国軍だった。メリカ王国の侵攻が開始されるとほぼ同時に同盟関係の履行を盾にオクス王国に侵入してきた両軍。バンドゥ領軍だけであれば、そのまま戦うという選択肢もあったが、ハシウ王国も一緒となるとそうはいかない。両国の国力に大差はないのだ。まして、メリカ王国の侵攻がグランフラム王国に露呈していて、迎え撃つ準備が整っているとなれば、メリカ王国に寝返るなど出来るものではない。
「二人は顔見知りだったのか? それは良かった」
二人のやり取りを見て、リオンがアレックス王子に声を掛ける。
「知っていたくせに……」
アレックス王子は馬鹿ではない。リオンが、オクス王国とメリカ王国の間に密約がある事を知っていて、逆にそれを利用したのだと分かっている。
それにまんまと嵌められて、こうして王女が虜囚の身になるというメリカ王国にとって最悪の場面に立ち合うことになってしまった。こうなれば、嫌でもグランフラム王国に従い続けるしかなくなる。
だが、リオンはアレックス王子のこの考えの更に上を行く。
「じゃあ、事が終わったら、王女様はオクス王国で預かってもらう事にします。大国の王女様なんてバンドゥで面倒見切れませんからね」
「……今なんて?」
「後々、王女様を預かってもらう事になるから、よろしくお願いします」
「本気か?」
「顔見知りであれば、王女様も気が楽だと思います。一度はバンドゥに来てもらう必要がありますが、それはまあ、観光に行くくらいに考えて頂ければ」
「……そうか」
アレックス王子にはリオンの意図が読めない。グランフラム王国を裏切っている事を知っているのは間違いない。それであるのにオリビア王女を預けようというのだ。逃がす事を是としているのか、オクス王国はもう裏切らないと考えているのか。アレックス王子は前者だと考えた。
リオンにグランフラム王国への忠誠心が無いことは、懸命に調べさせて確信を得ているのだ。
「お前は何を言っているのだ?」
リオンには忠誠心はないが、この場にはそれがある者も居る。その一人がソルだ。戦いが終わったと確信したところで、陣を離れてやってきていた。
「何をって、何だ?」
「メリカ王国の王女を捕虜にしたのだ。王都に連行するのが当然であろう」
「捕虜にしたのは俺だ。だから王女様は俺の物だ」
かなり誤解を生みそうな発言に、オリビア王女は頬を赤く染め、エアリエルはきつい目でそれを睨んでいる。
「お前は何を考えている!?」
ソルは変な誤解はしなかった。その分、真剣に怒りだしている。
「奇襲を受けた仕返しは十分だ。メリカ王国に対してはな」
「……何?」
リオンの物言いにもソルは大分慣れてきた。メリカ王国以外に仕返しをしなければならない相手が居るとリオンは言っている。では、それは誰かとなる。
「まさか、気が付いていないはずはないよな?」
「……何の事だ?」
気付いていなかった。だが、気付くほうが異常なのだ。
「どうして指揮所の場所がメリカ王国にバレたと思っている?」
「それは、伝令の動きか何かで」
各部隊と情報を繋げる為に、指揮所となった場所は、かなり多くの伝令が行き交う事になっていた。それを異常と感じる事は十分にある。
「それはあるかもな。でも、何者かが居ることは分かっても、そこが指揮所で、そこを潰せば、情報網が崩壊するなんてどうして分かる? 指揮所周辺は徹底的な防諜対策をしていたはずだ」
「伝令となっていた諜報部の者が捕まって」
「そういう事態が起これば、分かるようにしていた。それがこちらに伝わる前に襲撃された何て言うなよ? あれだけの部隊を集める為に、どれだけ時間が必要か考えれば分かるはずだ」
誰をいつ、どこに送って、いつ戻ってくるか。それは全て管理されていた。それだけではなく、先に送った伝令が確かに目的の部隊に届いているか。それも確かめるようにさせていた。
行方不明になった者が居れば、まず間違いなくそれは知れる。その情報がリオンの元に届くまでに時間は掛かるといっても、それは部隊の移動よりも早いはずなのだ。
「……証拠がない」
残る可能性は少ない。その一つを思って、ソルはこれを言葉にした。
「証人は居る。オリビア王女殿下、貴国に情報を売った裏切り者は誰ですか?」
「し、知らない」
いきなり向けられた問いに、オリビア王女は答えた。だが、この答えは失敗だ。知らないでは、裏切り者の存在を認めたようにも聞こえてしまう。もちろん、リオンがそう答えるように仕向けたのだ。
これで、裏切り者などいない、と答えても、リオンは更に追求して、裏切り者の存在を示唆する事になるだけ。結果は同じだ。
「……何をしようとしている?」
ソルは裏切り者が居ると受け取った。その上で、リオンに聞いている。リオンは仕返しをすると言った。その内容によっては、グランフラム王国は大変な事になると思ったのだ。
「誰か分からなければ、何もしようがない。怪しい者は見当がついているけど、黒幕は他に居るかもしれない」
「だから何だ? それで何もしないお前ではないはずだ」
「怪しい者でさえ、簡単に手出し出来る相手じゃない。だから、手出し出来る人に何とかしてもらう。その為に、王女様が必要だ」
「……王国が混乱するような事態は」
「お前、本当に分かっているのか?」
ソルの言葉を途中で遮って、リオンは呆れ顔で問いかける。
「裏切り者の存在は認めている」
「そうじゃない。お前も、裏切られた張本人だって事だ。お前だけじゃない。ここに居る王国騎士兵団の人たちは、全員、裏切りによって殺されるところだった。一万に近い兵を殺して平気な奴だぞ? そんな奴が居る王都に戻りたいと思うのか?」
「それは……」
ソルは自分の失敗を悟った。リオンの今の言葉は自分に向けられたものではなく、後ろに控えている近衛の見習い騎士や王国騎士兵団の者たちに聞かせる為のものだ。
彼らの不審は間違いなく全軍に波及する。グランフラム王国は九千の軍勢の信頼を失うのだ。
「その王都を綺麗にしたいというのが、俺の望みだ。これに問題はあるか?」
「……ない」
君側の奸を討つ。謀反を起こす時に、よく使われる口実だ。だがそれは、この口実に人々を動かす力がある事の証明でもある。リオンはそれを示そうとしている。今は脅しだ。だが、リオンの行動を邪魔しようとすれば、実際にリオンはそれを行うかもしれない。
その恐れがソルにこれ以上の文句を言わせなかった。
「では、すぐにバンドゥに向かおう。こんな所でモタモタしていて、メリカ王国に変な気を起されても困る。俺はもうメリカ王国と戦うつもりはないからな」
この言葉を何人かはリオンからのメッセージだと受け取った。これがリオンの目的だ。裏イベントはこの時、本当の意味で終わりを告げた。戦いは終わったのだ。
そして又、新たな争いが始まる。
「好きにならないでね?」
「えっ?」
いきなりエアリエルに聞かれて、オリビア王女は戸惑っている。
「だから、リオンの事を好きにならないでね?」
「……彼は私より、かなり年下よね?」
オリビア王女は、二十歳を超えている。本来であれば行き遅れと言われる年令だ。軍才があり、それを惜しまれているから、独身を許されているのだ。
「リオンは十才くらいで女性を抱いていたわ」
「えっ?」
「相手は貴女と同じか、もっと年上の女性。大人の女性を何人も相手にしていたの。その頃に比べれば、リオンはずっと大人になったわ」
「…………」
王族である以上は、二十歳を超えていてもオリビア王女はまだ乙女である。エアリエルの話は少し刺激が強かった。
「……やっぱり、まだ子供だわ。貴女みたいな人が危険なのよ」
エアリエルのこの言葉はシャルロットを念頭においている。リオンは積極的に迫られると関係を持ってしまうが、そういう女性を好きになる事は決してない。その反対である、そういう事には初心で、気持ちの関係だけを求める女性のほうが危ないとエアリエルは考えているのだ。
「……平気だと思う」
「……だと良いけど」
ちなみにこれは新たな争いではない。ただのエアリエルの嫉妬だ。