メリカ王国との戦いが進んでいる中、アーノルド王太子たち、魔人討伐軍の一行は、任務を終えて帰途についていた。
マリアしか分かっていない事だが、後半パートも終盤に差し掛かっている。魔人との戦いも架橋を向かえ、より一層厳しい戦いとなる、はずなのだが、今回はこれまでよりも、順調に討伐任務を終える事が出来て、予定よりもずっと早く王都に戻ることが出来ていた。
魔人や魔物が弱かったという事ではない。個々の強さこそ変わる事はないが、その数は更に増えており、かなり苦戦してもおかしくない状況だった。それが何故、順調に終わったかと言うと。
「今回は自分でも納得する戦いが出来たぞ! これなら、ご領主様も褒めてくれるに違いない!」
アペロールが浮かれた様子で大声で叫んでいる。周囲の者がこの台詞を聞くのは、もう何度目か分からない程だ。酒を飲んでいる訳ではない。ただただ浮かれているのだ。それは戦いに向かう時からだった。
今回の魔人討伐におけるバンドゥ領軍の者たちの活躍は凄まじかった。これまでとは一段も二段も強さの質が上がったように感じられるくらいに。
「ご領主様がそんな甘い性格ですか? 納得する戦いが出来たなんて言ったら、それではもう成長がないと、逆に怒られますよ?」
モヒートがアペロールを窘めている。リオンの厳しさを口にしているが、その口調は面白がっている感じだ。
「違いない! ご領主様は、自分に厳しい分、他人にも同じ事を求めるからな! まったく仕える方は堪らんな!」
いつものように、アペロールの口からリオンへの愚痴が溢れるが、これまでの様な暗さは全くない。モヒートに窘められた事を喜んでいるような雰囲気だ。
「私はもっと戦い方を考えるべきだと思います。アペロール殿は部隊の連携がうまく出来たので喜んでいるのでしょうが、それはまだ基本が出来ただけではないですか?」
更にキールも満足するにはまだ早いと意見を述べてきた。
「基本? では応用はなんだ?」
「それぞれの党の特徴を騎馬の戦いでも見せる必要があると思っています。同じ動きが出来るようになったら、次は、その上に各党の特徴をつける。そうすれば、きっとリオン様の戦い方にも変化がつけられ、バンドゥ領軍はもっと強くなれます」
思いつきで出た言葉ではない。キールなりに、領軍を強くする方法をずっと考え続けていたのだ。
「……さすがはキールだな! よくご領主様の事が分かっている! そうか特徴だな。我が黄の党は力だが、騎馬で力か……これは難しいな」
騎馬の突進力がそのまま力だ。ここに更に特徴を持たせる方法がアペロールは思いつかなかった。
「騎馬は人馬揃って一つの力。単純ですが馬体の大きい馬で揃えるというだけでも特徴が出るのではないですか?」
キールの考えはシンプルだ。より力強い馬を揃える事で実現する方法を伝えてきた。
「馬を揃えるか……なるほど、それは有るな。ふむ、よく考えたものだ」
「部隊全体の動きを揃えるというのがリオン様の望んでいた動きです。それが思いつくきっかけになりました」
黄の党は力強い馬、緑の党はより足の早い馬で揃える、馬の特徴を揃える事が部隊の動きを揃える事になる。
「そうか。やはり、きっかけはご領主様か。さすがは我らが主だな」
「ええ」
キールの顔には苦笑いが浮かんでいる。我が主などという言葉をアペロールの口から聞いたのは初めてなのだ。キールはアペロールの浮かれた様子が、おかしくもあり、嬉しくもあった。
ただ、事情が分からないものには、アペロールを筆頭にしたバンドゥ領軍の者たちが浮かれている理由が分からない。
「……何かあったのか?」
分からない者の一人であるアーノルド王太子は、すぐ後ろに居るカシスに問いかけた。
「……自分たちの大人気なさに気がついたというところですか」
アーノルド王太子からの問い掛けに、少し照れた様子を見せながらカシスは答える。遠回しな答えは、細く話すのが恥ずかしいからだ。
「大人気なさ? それはどういう事だ?」
アーノルド王太子には全く意味が分からない。その答えでは納得出来なかった。
「……どうやらご領主様に我らの気持ちは見透かされていたようで。相手にしてもらえていないと思っていたら、実は自分たちの事をよく見て、ちゃんと考えてくれていた。それが分かって、こんな感じです。子供が拗ねるのと同じです」
「そうか……」
リオンに認められた事がバンドゥの者たちは嬉しいのだと分かって、アーノルド王太子の気持ちはやや複雑だ。自分も拗ねるくらいに認めて欲しいと思ってくれる臣下が欲しいという思いと、自分も又、認めてもらいたいという思いが入り混じっていた。
「私などが申すのは僭越ですが、王太子殿下は良き主だと思います」
やや暗くなったアーノルド王太子の表情を見て取って、カシスはフォローの言葉を口にする。リオンに良くない感情を持たれては困るという気持ちと、純粋にアーノルド王太子を思いやる気持ちの両方からだ。
「俺は大きな過ちを犯した。良き主などではない」
「それはご領主様も同じだと思います」
「リオンが? それはどういう事だ?」
「あっ……それは」
とっさに口にしてしまった言葉に、カシスは困った表情を見せている。話している相手が誰であるかを意識していなかったのだ。
「どうした?」
「……口にして良いものなのか分かりません」
「構わない。説明してくれ」
「……では。恐らくですが、ご領主様は……助けられなかった事を悔やんでおり、自分の責任だと考えておられます」
誰をとはカシスは言わない。名前を出すことには、さすがに抵抗があったのだ。それに名前を出さなくても、誰の事かは、この場に居る、殆どの者が分かる。
「そうか……」
「もう二度と失敗をしたくないと考えていて、人の何倍も頑張ろうとされている。そういう事なのだと思っております」
「失敗を教訓にか。それも又、容易に出来る事ではないな」
「王太子殿下も失敗を教訓にされているのではありませんか?」
「……俺が?」
「人の言葉に素直に耳を傾けられている。相手が誰であろうとも。それは王太子殿下のお立場では、簡単に出来ることではないと思います」
それが必要となれば、カシスたちにも意見を求めてくる。カシスたち、バンドゥの者たちは陪臣だ。本来であれば、アーノルド王太子と口を聞くことさえ許されない立場なのだ。
だが、アーノルド王太子にはそういうところがない。それはカシスたちにとって、実に好ましい態度だった。
このアーノルド王太子と、リオンの敵となったアーノルド王太子像がどうしても重ならない。カシスはこの理由を、アーノルド王太子の変化だと考えている。
「そうなのかな?」
以前の自分を考えれば、変化は明らかだ。自分におもねる周囲に反発し、他人の言う事などマトモに受け取ろうとしなかった。その頃と、今のアーノルド王太子は明らかに変わっている。
「私はそう思います」
「……そうか」
アーノルド王太子の顔にわずかに笑みが浮かぶ。どこか照れたような、この表情は、極々一部の気を許した相手だけに、リオンが見せる表情に似ている気が、カシスはした。
「これは正しいかどうか自信はありません。それでも聞いて頂けますか?」
その思いがカシスに更なる言葉を続けさせる。
「ああ」
「以前の過ちをあまり意識し過ぎない方が宜しいかと思います。忘れろという意味ではありません。ただ過度に意識していては、永遠に距離は縮まりません。それでは我らの失敗と同じになります」
「それは……だが、しかし……」
アーノルド王太子とリオンの間の溝は広く深い。カシスたちとの、それとはあまりに違いすぎる。
「簡単ではないとは分かっております。ですが、何もしなければ出来るはずがない。これもご領主様が口癖のようにおっしゃる言葉です」
「何もしなければ出来るはずがない、か。確かに何度か聞いたな」
「はい」
これをアーノルド王太子に話すカシスの思いは、リオンに復讐を諦めてもらう事だ。リオンであれば、どんな困難な事であってもやり遂げてしまうかもしれない。だが、それをしてはリオンはグランフラム王国で生きる事は出来ない。バンドゥはリオンという何者にも代えがたい領主を失ってしまう事になる。バンドゥごと王国へ反旗を翻すという方法もあるが、カシスはそれを望んでいない。失敗を恐れてではなく、リオンがより大きな舞台で活躍する姿が見たいという思いからだ。
グランフラム王国の力を背景にすれば、リオンは大陸制覇さえ、成し遂げてしまうかもしれない。国王と同じ思いが、カシスの胸にもあった。
「……あれは?」
アーノルド王太子の口から、急に疑問の言葉が出た。アーノルド王太子の視線の先には、一頭の騎馬が見える。伝令の印を背負った、その騎馬は王都の方から駆けてきていた。
「すぐに確認します」
アーノルド王太子付きの近衛騎士が数騎、前に駆けていく。特に揉める様子もなく、一緒に戻ってきたところから、間違いなく伝令であったと分かる。では、何を伝えに来たのか。
待ち構えるアーノルド王太子たちに緊張が走った。
「王都からの伝令であります」
「ああ。何があった?」
「メリカ王国迎撃軍の前線連絡所が敵方の襲撃を受けた模様。フレイ情報統制官以下、連絡所に居たと思われる全員の安否が不明となっております」
「何だと!?」
アーノルド王太子の不安は見事に的中、というところだが、まさか、ここまでの事態だとは思っておらず、驚きの声を上げたまま、呆然としてしまっている。
「それにより、前線の連絡経路が崩壊。迎撃軍のほぼ半数の所在が掴めておりません」
「そ、そんな!?」
驚きの声を上げたのは、アーノルド王太子ではなく、ランスロットだ。アーノルド王太子は最初の報告を受けた時点で、既に前線の崩壊を予測して驚いていたのだが、ランスロットはそうでなかった。
それはランスロットだけでなく、マリアやエルウィンも同じだ。三人とも伝令の報告を聞いて、顔色を失っている。
「残り半数の迎撃軍にて防衛戦を再構築しておりますが、メリカ王国軍の動きを補足しきれていない為、十分との判断も付かず。魔人討伐軍においては急ぎ王都に帰還し、迎撃軍への合流に備えるようにとの事。以上です」
伝令は相手の反応にいちいち構っていられない。伝えるべき事を一気に告げた。
「……王都には戻らない」
「はっ?」
アーノルド王太子の返事に、今度は伝令の方が驚く事になった。
「時間の無駄だ。このまま迎撃軍に合流する。そう伝えてくれ」
「あっ、はい」
この会話が為される前に、魔人討伐軍の一部は動き出している。先を駆けているのは四色の鎧を纏うバンドゥ領軍。彼らはアーノルド王太子の言葉を聞く前から動き出していた。まさかのリオンの危機を知って、じっとしていられなかったのだ。
軍令違反とも、職務放棄とも取られかねない彼らの行動をアーノルド王太子は庇ってみせた。もっとも、それが無くても、真っ直ぐに迎撃軍に向かう事を決断しただろう。
アーノルド王太子自身がバンドゥ領軍と同じくらいにじっとしていられないのだから。
◆◆◆
魔人討伐軍とも、王都ともかなり距離があるグランフラム王国南東部の砦。メリカ王国との国境を守る為に、グランフラム王国側が構築した砦だ。左右を小高い山に挟まれている場所で、両側を崖に挟まれている砦は、じつに堅牢そうだ。
今その砦を、崖の上から覗き込んでいる者たちが居る。グランフラム王国では安否不明となっている、リオンとソルの二人だ。
「本当にやるのか?」
「今更、それを聞くか? ここまで来るのにどれだけ苦労したと思っている?」
「それは分かっている。俺だってその苦労した一人だ」
「自分で苦労したって言うかね?」
「事実だ。というか、今はこんな話をしている場合ではない。本当に落とせるのか?」
目の前の砦を落す。それが彼らがこの場所に来ている理由だ。
「落とせると思っているから、こうして居る。実際、ここまで簡単に来られただろ?」
「それはそうだが……」
砦を上から覗ける位置に居る。確かに攻めるには有利な状況ではある。だが、それだけで安心するほど、ソルは楽観的にはなれない。
「この砦はメリカ側からの攻めを守る砦だ。こちら側の守りは見た目ほど堅くない。死角は山程あって、割りと簡単に砦まで近づける。それに荷駄なんかの搬入口が脇にあって、そこは正面の門よりも遥かに脆い」
「……呆れるな。どうして、それを知っているのだ?」
砦を攻める事を最初から考えていたとしか思えない。ただ問題は、どうしてそれが必要と分かっていたかだ。
「作戦を考える時に色々な情報を提供されたからな。その中の一つだ」
「そうだとしても、砦の事を覚えようとした考えが理解出来ない」
「提供された情報は一応は全て頭に入れる。実際にどこで戦うことになるか分からないだろ? それに今回のような事態だって想定していなかった訳じゃない」
「……だろうな」
ある日、突然、拠点としていた村がメリカ王国軍に急襲された、とソルは思っていたが、実際には、それほど、急であった事ではなく、そうした動きはあったようだ。ソルがそれを知らなかっただけだ。
知っていたリオンは、村が完全に囲まれる前に逃げる事を選択し、実際に見事に逃げてみせた。恐らくは相手に気づかれる事もなく。リオンはカムフラージュの為の死体まで用意していて、更に、敵の突入と同時に村全体が火に包まれるという工作までしてみせていたのだ。
事前に準備していなくて、出来るはずがない。
「砦に篭って戦う可能性もあった。そういう時には、必要となる知識だ」
「もう良い」
もっともらしい理由だが、そうであるから尚更、ソルには怪しく思えてしまう。
「お前が聞いてきたくせに。さてと、じゃあ、無駄話は本当に止めて……何から始めるかな。狙い目は、と……」
「……楽しそうだな?」
「はあ? 又、無駄話か?」
「いや、そう見えたから」
「楽しくはない。どちらかと言えば機嫌は悪いな。もし、楽しそうに見えるとしたら、それは仕返し出来る事を少しだけ喜んでいるからだな」
「……なるほどな」
敵のど真ん中に居るのだ。リオンも指揮所を襲われる可能性は予め考えていた。だが、その規模は想定以上であり、その後の動きも予想外だった。メリカ王国軍は、グランフラム王国の主力である王都側に残っている迎撃軍を全く気にする事無く、後方に回った遊撃軍といえる側を全軍で追い回している。
結果として、指揮命令系統がずたずたになった側を攻撃する事になっており、理にかなってはいる。メリカ王国に追いまくられたグランフラム王国側は、ただ南下を続けるしかなかった。リオンが指揮系統の再編を果たすまでは。
指揮所を脱出したリオンはただ逃げるだけでなく、移動しながら部隊の集結を試み、それを成し遂げてみせた。さすがに後方にいた全部隊を編成しきれたわけではないが、砦を攻めようと考えられるだけの数は揃っている。
「何とか捕らえたいところだけど、個人の武勇はどうなんだ?」
「誰の話だ?」
「誰のって、メリカ王国の王女様に決っているだろ? 戦女神なんて呼ばれるくらいだから、強いのだろうな。そうなると、捕らえるのは簡単ではないか」
「ちょっと待て。オリビア王女がこの砦に居るのか?」
そんな話はソルは聞いていない。又、リオンに文句を言う所なのだが。
「お前、俺の話を聞いていたか? 俺は仕返しをすると言った。それはつまり、敵の指揮命令系統を壊してやるという事だ」
リオンの常人の感覚とはズレた返答に、文句をいう気持ちが削がれてしまう。
「……ちなみにどうしてこの場所に居ると?」
「各侵攻軍に命令をするのであれば、中間地点を選ぶはずだ。ただ相手は王女様だからな。俺みたいにリスクは犯せないだろ? だから前線には出ない」
「……だからといって、砦に居るとは限らない」
「俺がガサツな性格だと言ったら、お前、否定しただろ? ガサツではない、綺麗な王女様が、ずっと野営なんてしない。だからといって、自国の街や砦に引っ込んでいるような王女なら、姫将軍なんて呼ばれない」
「だから、我が国の砦だと……」
考え付いたこと以前に、それを考えた事にソルは驚いている。居場所を知ろうとしたという事は、敵国の指揮官であるオリビア王女を討つことも、リオンは考えていたという事だ。
すでにリオンの周到さを思い知らされていたつもりだったが、まだ奥があった。もう驚きを通り越して、呆れるしかない。
「ちゃんと裏は取っているからな。別に頭の中で考えただけで、行動したわけじゃない」
ソルの呆れを、リオンは軽率さへの批判だと受け取って、言い訳してきた。それに又、ソルは呆れてしまう。いつ、裏を取っていたのか、ずっと側にいながらソルには見当もつかない。
「……それでどうやって捕らえるのだ?」
それなりの勝算があって、リオンが行動を起こしていると分かった以上は、ソルも、もう文句を言うつもりはない。作戦の成功に向けて、全力で取り組むだけだ。
「捕らえるのは絶対条件じゃない。まずは、この敵をこの砦から追い出す事。そして、混乱から回復しない間に更に追撃を掛ける。しばらくは、他の部隊に命令を発する余裕を与えない。これが最初の目的だ」
「なるほどな」
作戦の目的は明確で、無理をするつもりはない。リオンの言い様だとメリカ王国に侵入する事になるので、それが無理をしないと言えるのかは、微妙な所だが。
「よし、大体纏まった。一旦、戻って作戦内容を説明して、それから一気に行動に移す」
「ああ、分かった」
国境の砦をめぐる攻防戦。グランフラム王国の奇襲で始まった、この戦いは、メリカ王国がろくに反撃も出来ないうちにグランフラム王国側の勝利で終わった。これにより、メリカ王国侵攻軍の指揮命令系統も崩壊し、グランフラム王国南東部は、状況が分からないままに、動きまわる両軍部隊があちこちで遭遇戦を繰り広げるという、混沌とした戦況が広がる事になる。
この時点でメリカ王国側は、侵攻作戦の継続は不可能となっており、グランフラム王都陥落のイベントは回避される事となった。
王都陥落そのものはナレーションだけの裏イベントではあるが、その結果が変わる事で、次に起こる王都奪回イベントは発生しなくなる。ゲームシナリオは遂に完全に崩壊する事となった。