月の文庫ブログ

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異伝ブルーメンリッター戦記 第93話 敵側の配役に問題があるのは物語として正しいのか?

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 リリエンベルク公国の冬の訪れは早い。あくまでもローゼンガルテン王国領の中では、であって更に北の国々はすでにほぼ全土が雪に覆われている。リリエンベルク公国の北部も同じ。すっかり雪景色だ。その雪景色は徐々に南部に広がっていく。ブラオリーリエの街ももう間もなく雪に覆われることになる。
 それによって困るのはリリエンベルク公国ではなく、魔人軍の側だ。魔人だから寒さに強い、なんてことはない。獣人系種族は割と強いほうではあるが、それでも寒さを得意にしているわけではない。戦場の簡易な野営陣地で冬を越すなどしたくないのだ。
 ブラオリーリエを攻める鬼王軍は、本格的な冬を迎える前になんとかブラオリーリエを落とそうと攻勢を強めていたが、迎え撃つリリエンベルク公国側も敵の焦りは分かっている。ここが正念場と懸命な防戦を行い、ブラオリーリエを守り続けていた。
 さらにそんな状況をジグルスが見逃すはずがない。これまでとは異なり、自軍の動きを隠すことなく堂々とリリエンベルク公国の中心都市シュバルツリーリエに向かって進軍を始めた。分かりやすい陽動作戦だ。
 だがその陽動作戦を鬼王軍側は無視することが出来ない。シュバルツリーリエには当然、守りの部隊がいるが、その数は多くない。リリエンベルク公国軍はブラオリーリエを守るのが精一杯で、反攻する力などないと考えていたのだ。

「別働隊を送るということでよろしいですか?」

 軍議の席でグウェイは、ジグルスの軍を止める為に別働隊を送ることを指揮官であるオグルに進言している。

「……どれだけの数を送るつもりだ?」

「三千ほどを考えています」

 それを決めるのは総指揮官であるお前だ、という文句は喉の奥に引っ込めてグウェイは自分の考えを述べた。

「三千……敵の数は二千を超えるのではないか?」

「はい。三千を超えることはないと思います」

 敵に比べて同数かそれ以上の数になるはずだとグウェイは思っている。

「……それで勝てるのか?」

 だがオグルは、同数どころか少し多いくらいでも勝てないのではないかと考えている。これまでずっと苦戦させられているせいで、そう思ってしまうのだ。

「では五千にしますか? ただ半分しかこの戦場に残らないとなると、はたしてブラオリーリエを落とせるでしょうか?」

 倍の数で攻め続けていても落ちないのだ。半分の数では陥落させるのは容易ではないとグウェイは思う。

「ふむ。落とせないのであれば、確かに残す意味がないな」

「……五千まで減らしてしまえばの話です」

 グウェイはそんなつもりで言ったのではない。ブラオリーリエ攻めを継続出来る数を残すべきだと言っているのだ。

「だが別働隊の数を少なくすれば、シュバルツリーリエが落とされてしまうかもしれない。どちらを優先するべきかだな」

 どちらを優先するか決めるのも総指揮官であるオグルの責任だ。だが彼は明らかに周囲に意見を述べさせようとしている。その理由も明らかだ。

「…………」

 当然、周囲は意見を述べようとはしない。誰も選択に失敗した時の責任を負わされることなど望まない。

「……巨王軍の参戦を止めなければ、こんなことで悩む必要はなかったのに」

 誰も意見を述べないので、オグルは別の言い訳を口にした。この場でこれを話しても何の意味もないのだが、言わずにはいられないのだ。

「……巨王軍はゾンネンブルーメ公国制圧作戦に参加しているのでしたか?」

「巨王軍だけではない。他の軍もだ。俺だけが割に合わない作戦を押しつけられている」

 他の大魔将軍が率いる軍はゾンネンブルーメ公国制圧作戦を遂行している。ブラオリーリエ攻めに加わるはずだった巨王軍もだ。それがオグルは気に入らない。少なくとも初動段階では、ゾンネンブルーメ皇国制圧作戦は確実に戦果をあげられると思っているのだ。実際にそうだ。ゾンネンブルーメ公国軍に抵抗する力はない。反攻はローゼンガルテン王国軍の救援を待ってからになるはずだ。

「ここでブラオリーリエ攻略を諦めれば、他の大魔将軍だけが功をあげることになりませんか?」

 グウェイがゾンネンブルーメ公国制圧作戦を話題にしたのは、これを言いたい為だ。

「諦めるつもりなどない。シュバルツリーリエを攻めようとしている敵を殲滅したあとは、また戻って攻撃を再開する」

「その間にリリエンベルク公国軍は、ブラオリーリエの守りを堅牢なものにしてしまいます」

 戦いが中断すれば、リリエンベルク公国はブラオリーリエの修復を行うに決まっている。それはこれまでの戦いを無にすることになるとグウェイは考えている。落とすことは出来なくても、ダメージを与え続けるべきだと。
 何故、ジグルスが自軍の動きを隠そうとしないのか。その理由をグウェイは分かっているのだ。

「……しかしな。シュバルツリーリエが落とされれば、それこそこれまでの戦いは無駄になる」

「それは仮に落とされたらの話です。そうならないように戦えば良い」

 ジグルスの軍勢は、あくまでも魔王側が把握している数だが、二千を超える程度。その数でシュバルツリーリエが落ちるはずがないとグウェイは考えている。この考えは少し甘いのだが、それでも三千以上の軍勢がシュバルツリーリエにこもれば、ジグルスは無理をして攻めることはない。他の作戦を考えるであろうが。

「……少し楽観的ではないか? 相手は同じ魔人だ。人間を相手にするのとは違う」

「…………」

 その人間相手にも苦戦している。さらに、ジグルスが脅威なのは人間の中で育ち、知識を得たからであるのだが、これをグウェイは言葉にしなかった。オグルと同じ保身の気持ちがあるからだと内心で自嘲しながら。

「シュバルツリーリエはリリエンベルク公国の中心。そこを落とされるわけにはいかない。このオグル自らが軍を率いて守りに就くことにする」

 最後はオグルは自ら決断した。といっても楽な場所に自分の身を置くことを考えただけだ。この先、冬の寒さが厳しくなる。その冬をシュバルツリーリエで越すつもりなのだ。

「残る部隊の指揮は……グウェイ、お前に任せる。頼むぞ」

「……はい」

 そして残された軍勢は、厳しい冬を戦場で過ごすことになるのだ。その指揮官をグウェイは押しつけられた。オグルの意に沿わない発言をしたことへの嫌がらせだ。
 だがそれが嫌がらせになるのか。シュバルツリーリエで過ごす冬が快適なものになる保証もない。リリエンベルク公国軍はともかく、ジグルスに一息つくつもりなど、まったくないのだから。

 

◆◆◆

 鬼王軍の移動は、冥夜の一族によってすぐにジグルスの耳に届くことになった。これに関しては冥夜の一族だからこそ入手出来たというものではない。五千の軍勢が移動を始めたのだ。対峙しているリリエンベルク公国軍も把握出来ている。
 ジグルスが求める情報は鬼王軍の行動の裏にあるもの。それを冥夜の一族に探らせていた。

「……罠はなさそう……本当に?」

「今のところは、何か策を巡らせている様子は見られません」

 ジグルスは見え見えの陽動に引っかかったように見える鬼王軍の行動に怪しさを感じている。何か裏があるのではないかと疑っているのだ。

「そうか……オグルって奴は馬鹿なのか?」

「馬鹿という表現が当てはまるか分かりませんが、愚かであることは間違いないかと」

「何が違う?」

「頭を使う場所が違うようです」

 保身に関することではオグルは馬鹿ではない。これまで、自分の身に責任が降りかかってこないように上手く身を処している。ただそれが戦いに勝つという本来の目的よりも優先されているだけだ。

「……じゃあそんな奴を大魔将軍なんて地位に置く魔王が馬鹿なのか」

「どうでしょう? 魔王ヨルムンガンドはバルドル様の時代の三大魔将の一人。無能ということはあり得ません」

 前魔王バルドルは無能な魔人を側近に取り立てるような馬鹿ではなかった。

「そうだとするとオグルの勝手な判断か……でもそれを許している魔王も、どうかと思うな」

 無能な魔人に高い地位を与えている。やはり魔王ヨルムンガンドは馬鹿だとジグルスは思う。

「……敵が無能であるのは良いことではありませんか?」

「本当にそうなら。そうではなく、無能を装っているのだとすれば一切の油断は許されない」

「それは……申し訳ありませんが、なんとも言えません」

 冥夜の一族も魔王ヨルムンガンドの動向については掴めていない。当然、何を考えているかなど分からない。

「どうするか……裏を読み過ぎても失敗するか」

 鬼王軍の動きの裏には策がある、なんてことを考えて何もなければ失敗する。さらに裏を読んでなんて考え始めると動けなくなるか大失敗だ。ジグルスはそう考えた。

「どうなされますか?」

「放置。恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方、なんて言葉もある。わざわざ敵の害悪を排除してやることはない」

「シュバルツリーリエ奪還も見送りですか」

「もともと奪回までするつもりはない。奪っても守り切れないからな。ただ守りを固められるのは痛いかな」

 シュバルツリーリエのような大規模の街を二、三千で守れるとジグルスは考えていない。ただ時間を与えればリリエンベルク公爵家だけが知る隠し通路などが暴かれるかもしれない。ジグルスが奇襲に利用出来ないかと考えていたものだ。

「いざ奪回という時に難しくなりますか……」

「……街にこもってくれていたほうが良い。そう考えることにする」

 食料不安を解消する為に戦争を起こした魔人にとって、籠城は望ましい戦い方ではないはず。ジグルスはそう考えて割り切ることにした。

「そうなりますと今後の方針はどうなりますか?」

「各地に散っている魔人軍の各個撃破……ブラオリーリエの守りをもっと堅牢なものにするのが優先か。そうなると残っている魔人軍が邪魔だな」

 北部の魔人軍と戦っても、囚われている領民は解放出来るかもしれないが、領地そのものは奪い返せない。ジグルスの勢力、そしてリリエンベルク公国にも全土を制圧し、それを守り切るだけの軍勢は今はいないのだ。
 そうであればこれ以上、魔王側の支配地を増やさせないように拠点の守りを固めることを優先したほうが良い。ジグルスはそう考えた。

「およそ五千、魔物も足すと一万に近くなります。それに魔物であれば更なる増援もあるかと」

 ブラオリーリエに残った鬼王軍は半分の五千。それに魔物も残している。魔物についてはオグルが連れて行くことをしなかったというのが正しい。

「……戦い方次第だ。どうするかは敵の状況をもっと調べてから考える。とりあえずは引き上げだ」

「承知しました。密偵の数を増やします」

「ああ、頼む」

 

◆◆◆

 ジグルスが率いる軍勢には行動の自由がある。実際には彼等にも守るべき拠点が出来ているのだが、その存在が魔王側に知られていない間は制約とはならず、攻撃だけを、しかも目標も自分たちの都合で選べる攻撃だけを考えていられるのだ。
 だがリリエンベルク公国はそうではない。彼等の、現時点での、目的はブラオリーリエを守ること。ブラオリーリエから南への魔王軍の侵攻を防ぐことが、唯一の戦略目的となっている。

「……敵の数は三分の二ほどになりました。遠目で見ても魔物の割合がかなり多いのは明らかですから、戦力的にはそれ以下かと」

「そう……罠の可能性はあるかしら?」

 魔人軍側が兵力を減らしたのは、野戦への誘い。フェリクスの報告を聞いたリーゼロッテはその可能性を考えた。

「可能性はあります。しかし、軍勢が北に移動したのは事実であり、すぐに戻れる距離にいないことも確認出来ております」

 リリエンベルク公国内の制空権はリリエンベルク公国が、正確にはジグルスの勢力が握っている。飛竜を使った偵察は、魔法による攻撃を許してしまうほど近づき過ぎない限り、可能なのだ。

「……フェリクスは攻勢に出るべきだと考えているのかしら?」

「出るべきとまで強くは考えておりません。ただ選択肢にはなったと思います」

「そうね……」

 ブラオリーリエを守っているだけではリリエンベルク公国の奪回は出来ない。いつかは攻勢に出なければならないのだ。
 ただそれは今なのか。リーゼロッテは、自信を持って「そうだ」とは言えなかった。

「ここで攻勢に出て、魔人軍を追い払うことが出来たとしても、それで戦いは終わりではありません」

 口を挟んできたのはブルーノ。彼は攻勢に出ることに対して否定的な考えだ。一万の敵を追い払ったからといって、リリエンベルク公国の奪回がなるわけではない。ここで無理をして自軍の戦力を減らすべきではないという考えだ。

「この先の戦いの為に、敵を討ち払う必要があるのではないか? 防壁の修復をしようにも敵がいては出来ない」

 さらにクリストフが、ブルーノとは異なり、攻勢に肯定的な意見を述べてきた。

「それはそうかもしれないが……だが今、前面にいる敵を追い払ったとして、すぐに新手が来るかもしれない。そうなれば、やはり修復を行うことは出来なくなる」

 防壁の修復は一日二日で終わるものではない。敵も防壁の修復が終わるまで、新たな軍勢を送るのを待っていてくれるはずがない。ブルーノはそう考えた。

「問題は修復を行わないままで、どれだけ保つかだ」

 防壁や門の傷みはかなり激しい。魔人軍はそれを狙って、ずっと攻撃を仕掛けていたのだ。このまま痛みを放置して戦い続ければ、そう遠くない時期に崩壊することになる。クリストフが攻勢に出ることを推すのはこれが理由だ。

「ブラオリーリエを守っているのは壁だけではない。リスクのある戦い方を行って、兵数が減るようなことになれば、それだけ守りが薄くなる」

「減らさない戦い方を行えば良い」

「敵の誘いである可能性は消えていない。こちらの戦力を削ぐ目的であれば、敵はそういう戦い方をしてくるはずだ」

 勝敗を度外視して、とにかく野戦に引きだそうとしている可能性はある。これまでの戦いでも魔人軍は味方の、もっぱら魔物だが、犠牲を躊躇わない戦い方をしていた。今回もそうである可能性は高いとブルーノは考えている。
 どちらの考えが絶対的に正しいということはない。それはこの場にいる全員が分かっている。

「……グラスルーツの状況はどうなのでしょう?」

 選択を行う上での追加情報。それをフェリクスはリーゼロッテに求めた。グラスルーツが戦いに耐えうるだけの防御力を備えるまで。これが最低限のブラオリーリエを守り続けなければならない条件なのだ。

「……まだまだ時間は必要ね。ただ戦うだけでなく、何年でも守り続けられるだけの要塞にしなければならないもの」

 もともとブラオリーリエに比べても、防御力が無いに等しかったグラスルーツを、それ以上の要塞に造り替えようというのだ。かなりの月日が必要になる。そもそもこれで絶対に大丈夫という基準もない。

「そうなりますと少しでも長く……どちらがそれに繋がるか分からないから悩んでいるのでした」

 攻勢に出るというクリストフの意見も、守りに徹するべきというブルーノの意見も、どちらもより長く戦い続けられるようにと考えたもの。グラスルーツの現状は選択の役には立たない。
 それでもリーゼロッテは、指揮官として決断しなくてはならない。それが彼女の責任なのだ。どちらを選択するか悩むリーゼロッテ。そこに。

「報告!」

 リーゼロッテの思考を邪魔する声が響いた。

「何事だ!?」

「戦闘が始まりました!」

「何だと?」

「また魔人同士の戦いです。滞陣中の魔人軍に、黒色の軍旗を掲げた軍勢が攻撃を仕掛けております。まず間違いなく攻撃を行っている側も魔人です」

「……そうか」

 フェリクスの視線がリーゼロッテに向く。これまでも何度か現れた魔人の軍勢。正体は未だに明らかになっていないが、ただの仲間割れではないのではないかとフェリクスは考えている。
 ただ問題は正解をリーゼロッテも知らない様子であること。想像している通りであれば、リーゼロッテが知らないはずがない。そうフェリクスは考えているのだ。

「……少し様子を見ましょう。その勢力の動向を見極める必要があるわ」

「……承知しました」

 結論は先送り。だがこれは仕方がない。もし考えが誤りであれば、三つ巴の戦いに飛び込んでしまうことになってしまうのだから。
 そしてこの判断は正しい。いくつもある選択肢の中で、ブラオリーリエの前面に陣を張る魔人軍への攻撃をジグルスが選んだ理由は、リリエンベルク公国軍に時間を与える為なのだから。