ゼクソン王国の反乱鎮圧。その名目で出兵した勇者軍ではあったが、その結果はウェヌス王国の上層部を驚愕させるものとなった。
健太郎の帰還を待って行われた重臣会議。参加者の表情は苦渋に満ちた顔、呆れかえった顔と様々ではあるが、どの参加者にも共通しているのは、この先どうなるのかという不安。そんな思いが広がる会議室の中で、ランカスター宰相が最初に口を開いた。
「まずは、ゼクソン王国の状況を整理しよう。報告を頼む」
「はい」
ランカスター宰相に促されて、一人の男が立ち上がる。ウェヌス王国の諜報部の人間だ。
「では、反乱の経緯について順を追ってご説明致します。ゼクソン王国の反乱は、国王の直卒軍でもある金獅子兵団のシュナイダー将軍が主導して起こされました。反乱の名目は、ゼクソン王家の秩序を取り戻すというものです」
「何だか、曖昧な理由だね。それってどういう意味?」
男の説明に健太郎が口を挟んでくる。まさか出兵前のことを今更質問されると思っていなかった男は、わずかに驚きの表情を浮かべたが、すぐにそれを消し去って口を開いた。
「王家を討つのではなく、王家を乱す何かを正す。その様な意味です」
「何かって?」
「ヴィクトル王子の王位継承。それを名目にした簒奪を防ぐというものです。あいまいにしたのは、確たる証拠がなかったからだと思われます」
「分からないな。簒奪って?」
「ヴィクトル王子の父親は、銀狼兵団のグレンでありました。つまり、父親であるグレンがゼクソン国王になるということです」
「嘘?」
男の話を聞いて、健太郎は驚いている。こんなことも健太郎は知らないのだ。
「ご存知なかったのですか?」
「聞いてないよ」
「そうですか。これは反乱前から前ゼクソン国王が公言しておりましたので間違いない情報です」
「そう。グレンに子供が……」
相手が誰とかは関係なく、グレンに子供がいるという事実は、健太郎に時の経過を感じさせた。
「先を続けます。反乱に同調したのは、ゼクソン軍のうち金獅子兵団の半数と、その他の六兵団。前ゼクソン国王に付いたのは金獅子の半数と二兵団です。前ゼクソン国王は、狼牙兵団の駐屯地にその三千の兵で籠城を致しました」
「倍を相手にしたわけか。でも、籠城だから充分だね」
攻者三倍の法則。健太郎が元の世界にいた時から得ていた知識だ。
「戦いとしてはそうかもしれませんが、外からの支援がない状況ではいずれ兵糧が尽きて、戦えなくなることは明らかです。我が国が反乱鎮圧軍を出したのは、この状況でとなります」
「……でも王の側が勝ったわけだよね?」
「はい。外からの支援、銀狼兵団の出現で反乱側は一気に崩壊致しました。その後、銀狼兵団は兵を纏め、大将軍が率いる軍の進路を塞ぎ、撤退させた」
「……こちらが引いたのさ」
戦って負けたわけではない。実際にそうであるが、それに拘るところに健太郎の焦りがある。
「それは承知しております。さて、その後ですが、先程から前ゼクソン国王と申し上げていることでお分かりかと思います。前国王ヴィクトリアは退位致しました」
「それでグレンが王に?」
「いえ。王位は息子であるヴィクトル。ヴィクトル王が成人するまでという約束で、グレンが国王代行に就きました」
「……それって、簒奪なのかな?」
ゼクソン王家の血を引く息子が王となり、父であるグレンが成長するまで後見役を務める。当然の体制であるように健太郎には思える。
「そう言えなくもありません」
その疑問に対して返ってきたのは微妙な答え。ウェヌス王国としては簒奪であって欲しいので、そうしているだけだ。
「……じゃあ、戦うのか?」
「それは私などがご説明することではありません。この場にいる方々でお決めになるべきかと」
「そうだね。じゃあ、宰相。どうするのかな?」
聞きたいことを聞いたところで健太郎はランカスター宰相に問いを向けた。
「それをこれから話し合うのだ。グレンが国王代行の座についた。これを簒奪とみて、糾弾の兵をあげる。決して間違ってはいない」
「そうか……」
ランカスター宰相はすでにゼクソン王国に改めて軍を送り込むことを決めている。みすみすゼクソン王国をグレンに渡すつもりはないのだ。
「ただ問題は勝てるのかという点だ」
「……どういう意味かな?」
目を細めて、ランカスター宰相を健太郎は睨みつけた。
ランカスター宰相の疑念は健太郎に向けられたものだ。これくらいは健太郎もすぐに分かる。
「もう少し、状況の説明が必要なようだ。頼む」
健太郎に睨まれても全く動じた様子を見せずに、ランカスター宰相は説明を続けるように諜報部門の男に求めた。
「はい。反乱後のゼクソン軍の状況です。これについては、詳細までは確認出来ておりません。分かっているのは反乱後も、ほぼ無傷でゼクソン軍は残っているということです」
「無傷? 戦ってないの?」
健太郎が驚きの声をあげる。反乱が起きたからには、ゼクソン王国軍の損失はかなりのものだと健太郎は考えていたのだ。
「そうとも言えます。銀狼兵団、正確にはグレン国王代行が戦場に現れた時点で、反乱側の兵はほぼ全員が投降しました。一切戦っておりません。ただ出現しただけで反乱を収めたのです」
「……どうやって?」
「それだけ銀狼兵団を恐れていたということかと。戦っても勝てない。そういう思いが兵にあったのではないかと推測しております」
「そうか……」
健太郎の表情が曇る。グレンの優秀さは健太郎も以前から知っている。だが男の話を聞いて、自分が知る以上にグレンは力をつけているように思えた。
「その後、軍が再編された様子がありますが詳細は掴めておりません。現時点で将の処分についての情報も聞こえてきておりません。今後、なんらかの処分は為されるはずですが、それは最低限に留まるのではないかと考えております」
「それ甘くない? 反乱だよね?」
「甘いかどうかは別の議論として、今申し上げたいのはゼクソン王国軍は将も含めて、ほぼ無傷で残っているという事実です」
「なるほどね。そうなるか」
「そして、次に戦うゼクソン王国軍は、グレン国王代行を総大将とした軍になると思われます」
「……だから?」
さすがに健太郎も男が何を言いたいのかを察して、不機嫌さを顔に表した。
「それは……」
「私から聞こう」
男が口籠ったところで、ランカスター宰相が会話を引き取った。
「何かな?」
「我が国の軍は、そのゼクソン王国軍に勝てるのかな?」
「……それは僕の軍がって意味かな?」
「大将軍が率いる軍だ」
あえてランカスター宰相は言い直した。健太郎が自分の軍と言ったことをけん制したのだ。健太郎もそれが分かって、またランカスター宰相を睨んでいる。
まっすぐにお互いを睨み合う二人――先に視線をそらしたのは健太郎だった。
「勝てるに決まっているさ。そりゃあ、グレンは凄いと思うよ。でも勇者の僕には勝てないよ」
「それは間違いなく?」
「もちろんさ。僕は勇者だよ?」
「ケン大将軍。この場合は君が勇者かどうかは関係なく、軍として勝てるのかを聞いているのだ」
「……そう聞かれても、僕は勇者だから」
馬鹿の一つ覚えのように「勇者だから」を繰り返す健太郎。勝てる戦術など説明出来ない健太郎には、これしか言いようがないのだ。
「まだ説明が足りないようだ。グレンについての説明を大将軍にしてやれ」
ここでさらにランカスター宰相は諜報部門に説明を求めた。
「はい……ゼクソン国王代行グレンですが、今現在はグレン・ルートを名乗っております。ルートに改名した理由は、はっきりと分かっておりません。ただ、グレン・ルートを陛下と呼ぶ者がいます。そのことからゼクソンとは関係なく、王なのではないかという推測が成り立ちます」
「王ってどこの?」
「それは分かっておりません。全力で探っているところです」
これは嘘だ。ウェヌス王国の諜報部門が全力で探れば、これまでのグレンの行動を洗い出せないはずがない。これをこの場で話さないこの男は、王国の諜報部門にいながらランカスター家の意向で動いている。
「それと僕が勝てるかって話とどう繋がるのかな?」
「グレン・ルートは我が国ではグレン・タカソンを名乗っておりました。ですが、これも偽名であることが判明しております」
「偽名?」
「はい。グレン・タカソンの本名はレン・タカノ。ジン・タカノの一人息子です」
「何だと!? それは本当か!?」
驚きの声をあげたのはジョシュア王太子だった。健太郎はといえば、その名の意味が分からずに、きょとんとしている。
「間違いございません。トルーマン前元帥の証言も得ております」
「トルーマンは知っていたのか?」
「はい」
「何故、それを隠していたのだ!?」
グレンの父であるジン・タカノはウェヌス王国にとって重要人物。もちろん悪い意味でだ。グレンがその息子であることを隠していたトルーマン前元帥の意図をジョシュア王太子は疑っている。
「それは……グレン本人は父親が何者であるかを知らなかったと。また父親が何者であるかに関係なく、グレンは自分の道を進もうとしていた為、下手に騒ぎ立てることは却って我が国に悪影響を与えると考えたと申されておりました」
「そうだとしても……」
トルーマン前元帥に王国に対する悪意があったわけではない。それを知らされてもジョシュア王太子は納得出来なかった。
「事実として、グレンはトルーマン前元帥への協力を約束しておりました。これは他の将軍などの証言から間違いないかと。更に申し上げれば、グレンはトルーマン前元帥の引退と共に軍を離れるという約束をしていたようで、その後は、軍とは関係ない生活を望んでいたようです。これは国軍時代の近しい者の証言です」
「軍から離れて何をしようとしていたのだ?」
「争いとは関係のない穏やかな生活を望んでいたようです」
「信用出来ん」
父親と同様にウェヌス王国に矛を向けた可能性をジョシュア王太子は考えている。
「それを表に引きずり出したのは、敵に回したのは我が国ではないか。この様に証言する者もおりました」
「何と……」
「トルーマン前元帥やグレン・ルート本人を擁護するつもりはございませんが、我が国にいた間のグレン・ルートの行動を分析した結果、我が国への悪意を示すよう行動は一切見せておりません。グレン・ルートが我が国に敵意を向けたのは……ゼクソンで捕虜になった以降となります」
「……そうか」
グレンが敵意を向ける様になったのは妹が亡くなってから、男が呑み込んだ言葉をジョシュア王太子は察して、落ち込んだ様子を見せる。
敵に回したのは我が国、誰かが放ったその言葉がジョシュア王太子の気持ちを暗くした。
ジョシュア王太子と男の会話が途切れた間に割り込んできたのは、張本人である健太郎だった。
「ジョシュア様、僕には話が分からないよ。グレンのお父さんって何者?」
「……勇者だ」
「えっ?」
「ケンの前に召喚された勇者だ」
「……嘘だよね?」
自分の他に勇者がいる。この当たり前の可能性を健太郎は考えていなかった。
「本当だ。もっとも勇者としての活躍はほとんどしていない。それをする前に国を離れた」
「どうして? 弱かったってこと?」
「説明は難しいな。一言にすると国政批判か。それによって勇者としての地位をはく奪された。もっともその前に本人は逃げ出していたようだ」
「何だ、やっぱり弱かったのか」
これは健太郎の希望だ。グレンの父親には弱くあって欲しいのだ。
「強い弱いは知らん。我はまだ子供だったからな。ただジン・タカノは我が国を離れた後、傭兵団を作って、我が国と敵対する勢力の側で常に戦う様になった」
「何それ? どうして?」
「それは本人に聞いてくれ。我には分からん」
グレンの父親がウェヌス王国を出奔した詳しい事情をジョシュア王太子は聞かされていなかった。
「もしかして、グレンはその父親と一緒にいるのかな。だからウェヌスの敵に回った」
「……それも分からん。死んだと噂されていたのだが」
「ジン・タカノは死んでおります。それは間違いございません」
諜報部門の男がグレンの父の死を断言してきた。
「そうか。そうだな。生きていたらケンは違った立場にあるはずだな」
「僕?」
思わぬところで自分の名が出て、健太郎は驚いている。
「そうだ。ケンが召喚された最大の理由。それは反逆者ジン・タカノを討つことだった」
「なっ!?」
「だがジン・タカノは死亡した。それで、その目的は不要となり、大陸統一への尽力がケンの役目になったのだ」
勇者同士が戦った時、どちらが勝つか分からない。最低でも共倒れが健太郎に求められていたことだ。
「ちょっと待って。僕はグレンの父親を倒すために召喚されたってこと?」
「今そう言った」
「……悪い人だったんだね?」
自分は悪を倒す正義の味方。そうでないと健太郎は困るのだ。
「我が国にとっては反逆者であるからな」
「そっか。やっぱりグレンが敵役だったんだね。あっ、でも、その父親が実は生きていてラスボスって可能性もあるか」
ジョシュア王太子に同意してもらえたことで、また健太郎の妄想が広がっていく。
「……何を言っているのだ?」
「こっちの話。つまり、僕はグレンと戦わなければいけないってことだね?」
「……宰相の質問の答えは?」
ずっと戦う前提で、勝てるかどうかを議論してきたのだ。ジョシュア王太子は話が振り出しに戻ってしまったことに呆れながらも、健太郎に向けて答えを求めた。
「勝つよ。僕は勇者だからね。悪者を倒すのが勇者の使命だ」
だが健太郎の答えはさきほどまでと何ら変わらない。
「ケン、それは答えになっていない。宰相は軍として勝てるのかを聞いているのだ」
「でも、グレンさえ倒せれば」
ボスを倒せば戦争は終わり、ではないのだが。
「では、そのグレンを倒せるのか?」
ジョシュア王太子は話を続けた。今回に限ってはグレンを討てば事は終わると思えるからだ。
「……強いのかな?」
「戦ったのであろう?」
「あの時は本気じゃなかったから。勇者の息子だから強いのだね?」
「……それはないな」
少し考えてジョシュア王太子は健太郎の問いに否定を返した。
「どうして?」
「勇者の子孫が全員驚くほど強ければ、ウェヌスはとっくに大陸制覇をしている。勇者の子孫は親のように強くはならない」
勇者の子孫が同じように強いのであれば、何人もの子供を作らせ、その子供にも何人もの子供を作らせ、それを繰り返していけば数百人、数千人の勇者部隊が出来る。それで大陸制覇は可能だ。
だがそうではないからエイトフォリウム帝国は力を失い、ウェヌス王国は未だに大陸制覇が出来ていない。
勇者は召喚の儀式を行わなければ手に入れられないのだ。
「……そうか。じゃあ、グレンには勇者としての強さはないわけだ」
安堵した様子の健太郎。だが健太郎が安堵しようと周囲の者たちには関係ない。
「それは我が聞きたい。戦ったのであろう?」
勇者かどうかは関係なく、勝てるかどうかを知りたいのだ。
「だから、本気じゃなかったって」
「相手の力量くらいは分かるであろう?」
「一回勝ってるね。腕を切っちゃった時だ。そうだ。グレンは利き腕が使えなくなっている」
その利き腕が使えないはずの相手に、健太郎は圧倒されている。それをこの場で話そうとしないのは、健太郎の見栄であり弱さでもある。
「そのような話があったな。では一対一では勝てるのか。しかし、一対一に持って行けるのか?」
「それは……」
互いに総大将となる身。その二人がいきなり一騎打ちになるはずがない。
「やはり質問に戻るではないか。ケンの率いる軍とゼクソン王国軍はどちらが強い? こちらの軍が強ければ、勝てるということだ」
「……強いさ。僕が鍛えた軍だ。それにちょっと卑怯だけど、グレンの戦い方を知っている兵が大勢いるからね」
「そうか……戦って勝つことは出来る。宰相、そうなるとどうする?」
健太郎の話を一通り聞いたところで、ジョシュア王太子はランカスター宰相に意見を求めた。
「……もう少し根拠が欲しいところです。ケン大将軍、何故、強いと言えるのだ?」
ランカスター宰相は慎重だ。健太郎の大言壮語を鵜呑みにするランカスター宰相ではない。
「僕が異世界の知識を使って鍛えた軍だ。強いに決まっている」
「しかし、グレンも最弱と呼ばれていた小隊や中隊を精鋭と呼ばれるまでに鍛え上げた実績があるのではないか?」
トルーマン前元帥が認めたグレンの指揮官としての能力。個人の武力よりも、それをランカスター宰相は恐れている。
「その精鋭も僕の軍にいる。グレンの調練もちゃんと取り入れているよ」
「ふむ……ゼクソン王国軍が鍛えられる前に戦いを挑むべきか」
今はウェヌス王国軍の方が実力は上。ランカスター宰相はこう考えたのだが。
「話にならん!」
じっと大人しく話を聞いていたスタンレー元帥が、ここで怒声をあげてきた。元帥といっても何の実権もない飾り物だ。
「……元帥、何ですか?」
そのスタンレー元帥が声を上げたことにランカスター宰相は戸惑っている。
「大将軍の話はおかしい。大将軍が言う精鋭とはどの部隊のことを指しているのだ?」
「元三一○一○中隊だよ。グレンが中隊長だった部隊さ。元帥だからって、これくらい知っていて欲しいな」
スタンレー元帥の問いに馬鹿にしたような態度で健太郎は答える。何も分かっていない馬鹿は自分だと分かっていない。
「それはこちらの台詞だ」
「何?」
「グレンが率いていた三一○一○中隊。それどころか三一○大隊の主だった者は、とっくにいなくなっている」
「……それは、少しは戦死した人もいるけど」
スタンレー元帥は自軍の被害も多い自分の戦い方に文句を言っているのだと思った健太郎だったが。
「そうではない。大将軍の軍が編成された時に、全員が退役していると言っているのだ」
「えっ、嘘?」
スタンレー元帥の言葉に驚く健太郎。勇者軍の編制作業に健太郎は全く絡んでいない。全て任せきりの上、結果もろくに確認しないでいたのだ。
「それも把握していないとは。よくもまあ、それで人に文句を言えるものだ」
「あっ、そうか。小隊長から降格させたから。分かった、すぐに地位を与えるよ」
当然、何故退役したかも分かっていない。そもそも退役の意味も。
「退役したと言ったのだがな」
「もしかして軍にいないってこと?」
「退役とはそういう意味だ」
「すぐに呼び戻す」
「……どうやって?」
健太郎があまりに物を知らないので、スタンレー元帥は怒りを通り越して呆れてきた。
「どうやって? 軍に戻れって伝えれば」
「退役した者を強制的に徴兵するつもりか? つまり予備役招集だ。我が国は非常事態であると民に知らしめるわけだな」
「でも、この場合は仕方がないさ」
スタンレー元帥の嫌味のつもりの言葉も、健太郎に通じない。
「その前に何故、退役したかは考えないのか?」
「それは降格が嫌で」
「職業軍人である彼らがその職を失ってまでか? 一般兵と小隊長の手当はそれほど変わらない。それなのにか?」
「じゃあ、何だよ?」
スタンレー元帥に責められ続けて、健太郎は切れてきている。その態度がスタンレー元帥の怒りを呼び戻した。
「グレンを敵にして戦いたくないからに決まっているだろ!?」
テーブルを叩きながらスタンレー元帥は健太郎を怒鳴りつけた。
「……それこそまさかだ。職を失ってまで」
「死ぬよりはマシだ。もういい加減に勇者に気を使うのは止めてはどうだ? 少なくとも軍にとって今は非常事態だ。このままウェヌス王国軍が弱体化していくのを放置するつもりか?」
スタンレー元帥は健太郎ではなく、周囲の者たちに訴え始めた。健太郎とでは話にならない。そんな思いを態度に出しながら。
「弱体化って何だよ!? それは騎士団が弱いだけだろ!?」
それに文句を言い返す健太郎。
「これだ。話にならん」
「何だと!?」
「ケン大将軍!」
スタンレー元帥の言葉に腹を立てて、声を荒らげる健太郎をランカスター宰相が制してきた。
「……何?」
「グレン・ルートについて、まだ足りない情報があるようだ。細かい内容は省いて結論だけ言うと、グレン・ルートは我が国にいた間は実力を隠していた。演習などでは隠しきれないものがあったが。自身の力については徹底している」
ランカスター宰相は隠していた情報を会議の場で話すことになった。このままではどうにも話が進まないと考えた結果だ。
「どういうこと?」
「グレン・ルートの腕の怪我は完治している。全く問題ないどころか、百人相手でも戦えるほどだ」
「……そうか。それは何となく気付いてた」
実際に戦っているのだ。それに怪我をしているグレンに押し込まれたとは健太郎は思いたくない。
「おや? 気が付いていて、それでも勝てると?」
「僕は勇者だ。グレンは確かに強い。でも本気になった僕には勝てないね」
「……確実に勝てるのだな?」
「当然」
ランカスター宰相の念押しにも健太郎は自信満々に答えた。
「そうか。では、その言葉を信用しよう。ゼクソン王国に攻め込む。ゼクソンの僭王グレン・ルートを討つ!」
その健太郎の言葉を信じて、ランカスター宰相はゼクソン王国との戦いを決意した。
健太郎の口からは相変わらず、勇者だからという根拠にならない言葉しか出ていないというのに。
「すぐに準備に入ろう。ゼクソンが混乱から立ち直らないうちに、攻め込むのが最良だ。大将軍はただちに……」
「待て!」
一気に戦争準備への指示を進めようとしたランカスター宰相。それに待ったを掛けたのはジョシュア王太子だった。