月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして #59 心と心

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 リオンは子爵となった。リオン・フレイ子爵。爵位が変わっただけだ。領地はバンドゥのまま、一寸の領地も増えることはなかった。与えられた報奨金は大金ではあるが、領政として新たな何かが出来るほどのものではない。あげた戦功に比べれば、明らかに少ない恩賞だった。
 そうであってもリオンにとってはどうでも良いことだ。リオンの目的は名を上げること。それは少なくとも王都では果たされた。あとは、どこまで噂が広がり、うまくヴィンセントの名と結びつくかだが、それはレジストのメンバーに任せるしかない。
 それよりもリオンが気になっているのは、いつになったら領地に帰れるかということだ。その通達を待っているのだが、一向にそれが届かない。何とも中途半端な時をリオンは過ごしていた。

「ねえ、聞いているの?」

 リオンにとっては中途半端な時間だが、それを楽しいんでいる人もいる。シャルロットだ。

「……何ですか?」

「もう少し、周りを気にしたほうが良いわよ。リオンくん、何だが評判が悪いわ」

「そうでしょうね。誰からの評判かも想像がつきます」

「だったら、何とかしないと」

「どうして?」

「どうしてって……その人たち、リオンくんにこれ以上、手柄をあげさせないように色々と動いているみたいよ?」

「よく、そんな情報を知っていますね? さすがは侯家というところですか?」

「それは……」

 リオンの問いに、シャルロットの声のトーンが一気に落ちる。侯家の一員と言われたことを気にしてだけではないようだと、リオンは気付いた。

「なるほど。色々と動いている一つに実家もあるわけですか」

「……そう。私が何を言っても聞いてくれなくて」

「前にも、こんなことありましたね?」

「それって……」

 リオンがヴィンセントとエアリエルの冤罪を晴らすために、シャルロットに接触した時の話だ。リオンにもシャルロットにとっても苦い思い出となる。

「今回はこちらの思惑通りなので問題ありません」

「えっ?」

「俺があれだけ手柄を独占しようとしたのは、名声の為だけではありませんから。俺のせいで戦功を奪われたと思えば、俺を魔人討伐から遠ざけようとする動きが出てくる。そうなれば俺は領地に戻れて、領政に専念出来ます」

「……わざとなのね?」

「だから、今そう言いました」

「私、凄く心配したのに」

「はっ?」

「ちゃんと教えてくれても良くないかしら?」

「……シャルロットさんに?」

「そうよ。私に」

「……えっと」

 リオンの中でシャルロットは、普通に話が出来る関係だ。それはリオンの性格を知る者たちにとっては、特別な関係と言えなくもないが、リオン自身にはそこまでの意識はない。可もなく不可もなくから、かろうじて可のほうが多いかな程度の評価だった。

「貴女、馴れ馴れしくない? しかもエアリエル様の前で、よくそんな台詞を吐けるわよね?」

 リオンが返す言葉を見つけられないうちに、ヴィーナスが口を挟んできた。

「ヴィーナス。お前は謹慎中。しゃべるな」

「だって……この女、失礼じゃない?」

「……失礼なのは、侯家の令嬢にそんな口を効くお前だろ?」

 領主であるリオンに対してもタメ口であるが、それは今更なので指摘されなかった。

「だって、私の忠誠はエアリエル様だけにあるの。他の人なんて関係ない」

「……謹慎期間を一ヶ月に延長する」

「ええっ!?」

「お前、全然反省していないだろ? 勝手に領地を飛び出して、しかも勝手に揃いの鎧まで作りやがって」

 凱旋式に居るはずのない白の党、近衛侍女が居たのは、戦いが終わったと知ったヴィーナスたちが勝手に領地を出て、王都に戻るリオンたちに合流してきたからだ。
 戦争では役に立たないと言われたのが悔しかったようで、揃いの鎧まで用意して。

「役に立ったじゃない?」

「それは結果。結果が良ければ失敗も許されるでは真面目にやっている者が報われない」

「……エアリエル様の為だもん」

「それが駄目だと言っている。仕える者は主が周囲にどう見られるかを常に意識していなければならない。そして自分がどう見られるかも同様に。従者の態度が悪ければ、主も同じと周りは受け取るからな」

「……リオン様の口からそんな台詞が出るとは」

 傍若無人、リオンのそんな姿しかヴィーナスは知らない。もっと周りを気にしろ、なんてリオン本人が言われるべき台詞だ。

「今の俺は従者じゃない」

 リオンにも一応は自覚があるようだ。

「想像出来ない。それでどうやって、従者なんて出来たの?」

「これ以上、話を逸らそうとしても無駄。お前の謹慎は一ヶ月。自宅待機だから、領地に戻ってから一月だからな」

「酷い。私たち、何とか戦場でも役に立てるようになろうと頑張って、ようやく形になったから出て来たのに」

 リオンを挑発して怒らす事で話を変えようとしたのだが、これは失敗。次は同情を買おうと試みたのだが。

「あのな。たかが数ヶ月で上達するってことは、元が素人だって証だ。そんな者たちが役に立つか? お前たちが形になったのは恰好だけだ」

 全く通用しなかった。

「一月は長過ぎる」

「自業自得。それに……」

 リオンは途中で話すのを止めて、じっと耳を澄ましている。

「主。来客」

 不意に天井から届いた声。その声を聞いたリオンから緊張が解けた。

「ほら。やっぱり、役に立たない」

「……何が?」

「周りを囲まれた気配があったのに気づいていない。襲撃かと驚いたけど、ただの客みたいだ」

「そんな気配が……」

 リオンの説明を聞いたヴィーナスはひどく落ち込んでいる。黒の党のチャンドラが、きちんと役に立っているのも悔しいのだ。
 落ち込むヴィーナスをかまっている時間もなく、入り口付近が騒がしくなっている。これだけ騒がしい来客となると、リオンには一人しか心当たりがない。
 開いた扉からは案の定、アーノルド王太子が入ってきた。ただ少し意外だったのは、隣にソルも居たことだ。ソルは近衛ではあるが、アーノルド王太子の近衛ではない。同行してくるには理由が必要だ。

「このような場所に王太子殿下をお迎えするとは思っていませんでした」

 席を立って、リオンはアーノルド王太子を迎えた。ちょっとした嫌味も添えて。

「ああ、すまない。急ぎ伝えたかったことがあった。城では話しづらい内容でもあってな」

 だが、アーノルド王太子には気にする余裕がないようだ。嫌味と気づくこともなく、言葉を返してきた。

「……何か大事が起きましたか?」

「大事ではない、どちらかと言えば、下らない話だ」

「その下らない話をしに、わざわざ此処へ?」

「その下らない話を止められなかった責任が俺にはある。それを詫びる必要があると思った」

「……まずは、中身を教えてもらえますか?」

「ああ。リオンの領地への帰還が決まった。ただし、領軍を置いて帰還しろという命令になる」

「……はあ?」

 命令の意図が全くリオンには分からない。嫌がらせと捉えれば、理解出来なくもないが、それにしても度が過ぎている。領軍は領地を守るための軍であって、国を守るのはあくまでも騎士兵団だ。領軍の参戦が必要になった場合でも、あくまでも指揮命令権は領主にある。
 この前提からすると、領主は要らないが領軍は置いていけと命令することは、国であっても無法と非難されてもおかしくないものだ。

「言い分はこうだ。領主であるリオンが長く領地を離れていては、領政に支障が出るので返すべきだ。だが、魔物との実戦経験が豊富な軍は失うのは、これからの戦いにおいて大問題であるので、残す必要がある」

「……理屈は合っているようですが、根本が間違っていますから、ただのこじつけですね。でも、それが通った?」

「そうだ」

「この命令に拘束力はあるのでしょうか?」

「厳密にはない。だが拒否しても、色々と面倒な手続きを踏まないと許されないだろう。分かっていると思うが、手続きと言っても正規なものではない」

「そうなりますか……」

 嫌がらせをしてきた相手を説得する。本来は説得する必要はないのだが、それが必要だということだ。シャルロットの実家であるファティラース侯家も絡んでいる。アクスミア侯家が関わっているのもまず間違いない。
 理がリオンの側にあったとしても、容易なことではない。

「すまなかった。俺はお前を中心にして魔人と戦うべきだと進言したのだが、受け入れてもらえなかった」

「……でしょうね」

 火に油を注ぐという言葉を知っていますか? この台詞はかろうじて口にしないで我慢できた。

「それに……」

 何かを口にしようとしながら、アーノルド王太子は先を続けられないでいる。

「何かありましたか?」

「……先に了承を得ていると言っていた」

「了承どころか、聞かれた覚えもありませんが?」

「……リオンにではなく」

 やはり、最後までアーノルド王太子は言葉にしない。だが、もうリオンには何が言いたいかが分かってしまった。

「なるほど。バンドゥ六党の党首は受け入れたと」

「そんなはずない!」

 声をあげたのはヴィーナスだ。白の党の者として、リオンの言葉をそのままにしておけなかったのだろう。

「……五党?」

「否」

 否定の声は、黒の党のチャンドラのものだ。

「……じゃあ、四党か。それもそうか。白と黒の存在を知っているとは思えないな」

「甘言を弄されたのだ。そうでなければ、勝手に受け入れるなんてことはありえない」

 リオンの放つ雰囲気に剣呑さを感じて、アーノルド王太子はバンドゥの党首たちを庇う発言をしてきた。

「……別に気にしていません。彼らには彼らの目的がある。その目的を果たすために必要なことを行えば良い」

「リオン……」

 アーノルド王太子にはリオンの言葉は強がりにしか聞こえない。

「正式な命令はいつ?」

「明日には届くだろう。だから、急いできたのだ」

「では明日には発てるわけですね。ようやく領地に戻れるか」

「それは待ってもらいたい」

「ん?」

 ここでソルが口を開いた。ソルが同行してきた理由もちゃんとあるのだ。

「バンドゥの地まで部隊を連れて同行するように命じられている。急な命令なので、まだ何の準備も出来ていないのだ」

「部隊……何のために?」

「一つは、バンドゥ領軍の補完。もう一つは、フレイ子爵から色々と学べと」

「……それは幾ら貰える?」

「何?」

「ただで人から物を教えてもらうつもりか?」

「……金を取るというのか?」

「どうしても金が欲しいわけじゃない。学べるのが当然のように言うのが気に入らない」

「俺は命令を受けて」

「また命令だ。命令であれば、何でも許されるのか? しかも、その命令を出す者は、受ける相手の事なんて何も考えていない。それでよく命令なんて出せるものだ」

 平気な振りをしていたが、内心ではかなり頭に来ていたようだ。ソルはその、とばっちりを受けているようなものだ。

「……それは」

「命令ね。ああ、確かに承りました。これでもう用はないだろ? とっとと出て行け」

「…………」

「忘れていた。王太子殿下もいらしたのか。これは失礼しました。出て行くのは私のほうでしたね。では、これで」

 出て行くも何も、ここがリオンの宿舎だ。それでもリオンは入り口の扉を開けて、外に出て行ってしまった。その後を追える者は誰もいなかった。エアリエルを除けば。
 そのエアリエルはすぐにリオンの後を追おうとしなかった。エアリエルも腹に据えかねているものがあるのだ。

「私は貴方に伝えたわ。リオンは人を信じられない。それでも人を信じたいと思っているって」

 エアリエルの怒りの矛先はソルに向いた。

「……はい」

「リオンは裏切られるのが怖いの。だから、信じようとしないの。それでも勇気を出して、少しずつ相手を信じようとしていたわ。それなのに、どうして? どうして、この世界はリオンに冷たいの?」

「それは、自分には……」

「貴方は何も分かっていない。今の貴方にはリオンに仕える資格がないわ。貴方はリオンの外面しか見ていない。それでは他の人たちと何も変わらないわ」

 これを最後に告げてエアリエルはリオンの後を追って、外に出て行った。

「…………」

 エアリエルの言葉は、本来、ソルに向けられるものではない。真実を知らなければ、そう思う。当人であるソルも真実を知らない以上は、エアリエルが何を言いたいのか、真意が掴めない。
 ただ分かったのは、エアリエルの言葉が自分の胸に深く突き刺さったこと。ひどく自分が落ち込んでいるということだった。

「世界はリオンくんに冷たい。そんな風に考えたことなかったわね」

 シャルロットの心の中で、いつの間にか、リオンは何でも出来るスーパーマンになっていた。リオンは実際に、そう思えるほど優秀だ。だが、その優秀さでリオンは何を得たのかと考えてみれば、本当に望んで手に入ったものは、エアリエルだけだと分かる。
 その代償に二人が失ったものの大きさを考えれば、十分に幸せだとはシャルロットは言えなかった。

「エアリエルも同じだ。エアリエルは俺の婚約者に相応しくあろうと頑張っていた。だが、俺はそれを認めるどころか嫌い、最後は許されない程の裏切りを」

 シャルロットに続いてアーノルド王太子も、アーノルド王太子の場合はエアリエルの話ではあるが、悔やみ事を話し始めた。これにはシャルロットが焦ってしまう。

「アーノルド様……まさか、まだ彼女を?」

「あっ、それは違う。いや、全く違うとは言えないが、感情に振り回されて、おかしな真似はしない」

「じゃあ、どうしてエアリエルちゃんの話をしたのですか?」

「……何故、二人はあれほど分かり合えるのかと。二人だけではなく、ヴィンセントもだ。どうして、あの三人はあんな風に居られたのか、俺たちとは何が違うのか、知りたいと思った」

 今のアーノルド王太子には、本当に信頼し合える仲間がいない。嘗ては居たと思っていた者たちは、幻だった分かってしまっている。そうなると、学院時代のリオンたち三人の関係がとても貴重なものと分かって、憧れてしまう。

「……それは私も知りたい」

 シャルロットの気持ちは、アーノルド王太子とは少し違う。どうすれば、リオンに、わずかでも良いから自分を受け入れてもらえるか。エアリエルのように、リオンの事を理解出来るかだ。

「シャルロット」

「はい」

「リオンは無理だと思うぞ。それにエアリエルとの仲を引き裂くような真似をしては俺の二の舞いになる」

「……そんなことはしません。私はすでに一度、それをしていますから」

「何?」

「アーノルド様とエアリエルちゃんの仲を引き裂こうとしました。マリアを虐めさせておいて、その罪をエアリエルちゃんに擦り付けました」

「……それは、つまり」

 シャルロットのまさかの告白に、アーノルド王太子は動揺している。自分たちの中で唯一、マトモだったのはシャルロットだけだと思っていたが、それが間違いだと分かったのだ。

「私も共犯です。私にもヴィンセントの死に責任があります」

「そうだったのか……」

「だから、もう二人を裏切りたくありません。たとえ本当の意味で許されることはなくても、私は二人の味方で居続けたい。それが私の償いなのです」

「そうだな」

 

◆◆◆

 シャルロットとアーノルド王太子が覚悟を新たにしている頃。宿舎を出て行ったリオンとエアリエルは、貧民街に向かっていた。リオンが王都で一番落ち着く場所が、今となっては、何度も死ぬ目にあった貧民街になっているのだ。
 リオンの姿を見て、住人たちが声を掛けようとしてくるが、それはリオンの後ろを歩くエアリエルの合図によって、ことごとく制された。良く見れば、リオンの機嫌がすこぶる悪いのは分かる。こういう時のリオンは、まさに触らぬ神に祟りなし。放っておくに限ると、住人たちはよく知っている。エアリエルにだけ「大変だね」と合図を送って、笑って見送っている。
 そんな様子に、リオンが気づかないはずがない。

「俺、そんなに機嫌が悪そうかな?」

 これをリオンが言い出せば、もうほとんど機嫌は治っているという証拠だ。

「ええ。すごく機嫌が悪そうだわ。そんな様子でどこに向かっているの?」

「……別に」

「じゃあ、娼館に行く? そこでなら、二人っきりになれるわ」

「それは……あっ、でもまだ明るいし」

 もう完全にリオンの中に怒りの感情はなくなっている。そもそもエアリエルと二人きりになった時点で、怒り続けていることなどリオンには出来ないのだ。

「昼間だと駄目なのかしら?」

 更にエアリエルがリオンを挑発する。

「……そんなことないけど、でも、娼館だと」

「そうね。喘ぎ声を知り合いに聞かれてしまうわ」

「……だから、エアリエルはそういう事を口にしない」

 いつものパターンだ。エアリエルが少しでも卑猥さを感じさせることを言うと、リオンは文句を言う。これ以外に文句を言う事はないというくらいだ。

「どうして駄目なのかしら?」

「エアリエルは俺の憧れの女性だから」

「妻だわ」

「妻でも、ずっと憧れの女性で居て欲しいから」

「憧れの女性って、リオンはどういう女性が好みなのかしら?」

「エアリエル」

「……馬鹿」

 リオンの頬に両手を添えて、エアリエルは顔を近づけていく。周囲の人の目など気にしない。唇を重ねて、そのままリオンの首に抱きついていく。
 後々、これで散々に冷やかされることになるのは分かっている。分かっていて、エアリエルはわざとこうしているのだ。貧民街の住人たちの温かさを、リオンに思い出させる為に。
 貧民街は良くも悪くもリオンの心の原点。エアリエルはそれをよく知っていた。