月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #89 王として臣下としての心構え

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 ヒューガは結論の出ない思考の渦に巻き込まれたような気がしてきた。一人になってからずっと考えていた。自分は何をやりたいのか、と。王になった。多くのエルフたちを助けた。国の整備を頑張って行っている。仲間が多くなった。さらに新たな仲間を増やすことを決めた。
 だがそれは一体、何の為なのか。この世界で自分は何を行うつもりなのかと。
 答えは浮かんでこない。そうなると自分はまだ定まっていないのではないか、という思いが湧いてくる。そうなのだろうなと納得してしまう。自分が行っていることは、ただ目の前に現れた問題を解決しようと動いているに過ぎない。そうヒューガは思った。だから何を行っても、どれだけ周りに褒められても、彼の中で達成感は生まれないのだ。
 人が増え、国が豊かになったあと自分は何を行うのか。皆が、平和で穏やかな生活が出来る様になればそれで良い。そういう気持ちはあるのだが、心の奥底にそれとは違う思いが潜んでいるような気もしている。
 自分はさらにその先を求めるのではないか。それをヒューガは恐れている。それが怖い。その先は欲望の世界のように感じている。その欲望に自分が囚われてしまったら。
 この思いが湧くともう、その先を考えられなくなって、思考が元の位置に戻ろうとしてしまう。
 結局、結論は出ない。ヒューガが深い思考から浮かび上がった瞬間に、まるでそれを待っていたかのように声がかかった。

「良いかな?」

「バーバさんか。かまわない」

 声を掛けてきたのはバーバだった。

「こんな時間に考え事か? 止めたほうが良いな。こういう時に考え事をすると深く暗い思考に落ち込むだけじゃ」

「……さすが。実際にそうなった。どうにも考えがまとまらなくて、諦めた。それで? バーバさんはこんな時間に何の用だ?」

 すでに深夜。ヒューガであっても、ベッドの中に入っていてもおかしくない時間だ。

「タムに頼まれての。お主の時間が空くのは、これくらいの時間だと言うのでやってきたのじゃ」

「タムさんが? 何だろう?」

「反省しておった。ちょっと急ぎ過ぎたとな」

「ん? 何の件だ?」

 タムが反省するような何かがあった覚えはヒューガにはない。バーバが夜中にわざわざ話をしに来るような問題を忘れているはずがないと思って、不思議だった。

「外を見ろとお主に言ったのじゃろ? それを口にするのが早過ぎたのではないかと反省しておるのじゃ」

「……それか。別に気にしてない。タムさんの言ったことは事実だ。まあ、おかげでこうして少し悩むことにはなったけどな」

 悩まされる話であったのは事実。だがそれを問題だとはヒューガは考えていない。いつかは向き合わなければならないこと。それが少し早くなっただけだ。

「ふむ。仲間を増やすことにそれほど抵抗があるのか?」

「……仲間を増やすことはもう悩んでいない。必要なのは間違いないし、実際どうなるか分からないけど、手配もした」

 ハンゾウに指示した段階で、新しい仲間を、それもこれまでとは違う形で迎える覚悟は出来ている。あくまでも人を迎え入れるということに関してだけだ。

「では、何を悩んでおるのじゃ?」

「仲間を増やしてどうするのかということ。増やしたあとの目的が見つからない」

「まったく……相変わらず先を見過ぎじゃ」

 ヒューガの話を聞いたバーバは呆れ顔。ヒューガらしいという思いもある。

「先が見えないから困ってるんだけど?」

「今、仲間を増やすのは人手不足だからじゃろ? じゃが、お主はその先まで考えて悩んでおる。だから先を見過ぎじゃと言ったのじゃ」

「……確かにそうだ。今、現在が人手不足なんだった。あれ? 何でこんな思考になったんだろ?」

 人手不足を解消する為には外に手を伸ばさなければならない。これはもう絶対で、悩むことではない。自分が何故、その先に思考を広げていたのかヒューガは分からなくなった。

「知らんわ。それで? どこまで考えておったのじゃ?」

「全然先に進んでない。目的を……ああ、思い出した。セレネが俺は皆に目的を示したなんて言うからだ。だから目的は何だって考え出したんだった」

 苦しんでいるエルフを救う。これをある程度果たしたことで、次の具体的な目的を見失ったのだ。

「それはどういう流れで?」

「臣下になる理由を聞いた。俺が精霊の件かと聞いたら、それもあるけどそれだけじゃないって。そうなんだけど、そう言われても、俺には全く実感がなくて」

「実感がない?」

「そう。俺自身は目の前にある問題をひとつひとつ片づけようとしているだけ。それで目的を示したなんて言われてもな」

 やらなければならないことだった。だからやろうとした。それに対して「目的を示した」などという表現を使われても、ヒューガにはピンとこない。

「なるほど、そういうことか。面倒な性格じゃな。それで満足出来んのか?」

「面倒? 何か始めるのに目的はあったほうが良いだろ?」

 自分自身は目的を必要としていないのに、皆の為にはそれを用意しようとする。セレネの言葉が影響したからだとしても、こういうところはバーバの言う「面倒な性格」の一つだ。

「それはそうじゃが……お主の考える目的は大きすぎるのじゃ。悩んでいたのは問題が全部解決したらその後は、なんて考えておったのじゃろ?」

「……まあ」

「どうするのじゃ? 結論は出なくても頭に浮かんだものくらいあったのじゃろ?」

「それはな……」

 当然あったが、それは口にしづらい。この躊躇いがないようであれば、ここまで悩んでいない。

「腰が引けたか?」

 だがヒューガが言葉にしなくても、バーバはお見通しだ。

「なんで、そういう言葉になるわけ?」

「国の行く道なんて限られておる。他国との共存。もしくは他国の併合、まあ侵略じゃな。そして、それに破れて滅びるか。この三つしかない」

 それぞれの形は様々であるが、大きく分けるとこの三つになる。

「……そうだな」

「そして、思い悩む道がどれかと考えれば、他国の併合しかない。侵略行為というものに腰が引けたかと言ったのじゃ」

 滅びの選択などあり得ない。共存についても悩む必要がない。共存といっても他国と積極的に交流する必要はない。ドュンケルハイト大森林で独立性を保っていられれば良いだけで、それは今の延長線上にある。バーバはこう考えたのだ。

「似てるけど、腰が引けたってのは、ちょっと違うな」

 ただヒューガが悩んでいたのは少し違う。

「何が違うのじゃ?」

「俺の考えは共存。ただ心配なのは、それが出来るだけの力を持った時に我慢出来るのかってこと。他国に力を見せつけようとしないか。領土欲だけとは限らない。納得いかないことが起きた時、力での解決に走らないか心配だ」

「欲に負けないか不安だと?」

「そう」

「お主が、そんな弱い人間か?」

 ヒューガは行ったことはかなり大胆ではあるが、深謀遠慮という言葉がぴったりの性格だとバーバは考えている。そういう人間が欲に流されるとは思えない。

「弱いだろ? さっきの話に戻るけど、結局、俺は目の前のことをやってるだけ。それって流されているのと同じだ」

「そう考えることが出来るだけで、施政者としては十分じゃと思うがな。まあ、それで納得しないところが、お主の長所でもあり、短所でもあるわけか……別に良いのではないか? それが欲であろうとなかろうと、国を良くしようと思う心からの決断であれば」

「それで、この大陸に混乱を起こしても?」

「先を見過ぎじゃ」

「いや、俺もそうは思ってる。自惚れているつもりはないんだ。でも、なんだか周りが俺を過大評価している気がして。そのせいで影響を与えてしまうこともあるだろ?」

 実際、イーストエンド侯爵は過剰反応を示しているとヒューガは思っている。そのせいで多くの間者を大森林周辺に張り付けるような真似を行っているのだ。そんな無駄なことをしないで、すべて東方に振り向ければ良いとヒューガは考えている。それを行わない結果、入手すべき情報を入手出来なかったとなれば。それによって傭兵王に足元を掬われるような事態が起きてしまったら。それが心配なのだ。

「儂から見れば、お主が自分を過小評価し過ぎなのじゃと言いたいがの。これを言っても、お主は受け入れんじゃろ? ふむ、なんとなく分かってきた。つまり、お主が恐れるのは、異世界人である自分が介入することで、この世界の秩序を歪めてしまうのではないかということか?」

「まあ、そんな感じ」

 ヒューガが自分を特別な存在であると考えるとすれば、このことだ。異世界からの転生者である自分は世界を歪めてしまうかもしれない。以前はなんとも思わなかったことが、今の立場では不安を感じてしまうのだ。

「今更じゃな。お主はエルフたちを救った。お主がいなければ、エルフ族は絶滅していたかもしれない。しかし、その可能性はかなり減ったな」

「……まあ、しばらくは平気かな」

 そうならない為にアイントラハト王国をきちんとした国にしようとしている。といっても、結界を張って安全を確保し、食料調達を安定したものにするだけでエルフ族は救われる。

「お主はこの世界の大国パルスの第一王女をその地位から外した。お主がいなければ彼女はパルス第一王女として、次代のパルス王国を背負っていたかもしれん」

「……まあ」

「この二つだけで、十分に世界に介入しているじゃろ? これ以上、何を恐れる」

 ヒューガの行動により一つの種族が救われ、大国はその歴史、は今の時点では大袈裟な表現だが、を変えた。これだけでもう、この世界の未来はかつてのものとは大きく変わっているとバーバは思う。

「それが成り行きに任せた結果だと思ってる。その成り行きで、俺はこの世界に介入したわけだ」

「……本当に面倒な性格じゃな。ではいっそのこと、この先も成り行きに任せてみれば良いじゃろ?」

「それはまずいだろ?」

 バーバの投げやりな物言いにヒューガは眉をしかめている。

「まずくはない。ここでお前の嫌いな予言を思い出せ。白銀の王の預言者」

「またそれ?」

「良いから聞け。白銀の王の預言はパルスの伝承であり、この世界の預言者であった儂が行ったもの。この世界のものじゃ。その予言ですでにこの世界の混乱は予言されておる。つまり、お主が何をしようとしまいとこの世界は混沌に覆われる」

「……こじつけてないか?」

 預言の内容は確かにそうだ。だが、預言を絶対のものと考えていないヒューガには納得のいく理由にはならない。

「こじつけではない。そしてそれを収める者が出ると約束されておるのじゃ。お主にそれになれとは言っておらん。勇者がそれをするかもしれんし、この世界に生まれた誰かかもしれん。儂が言いたいのは、お主は自分を恐れるなということだ。お主が間違った道を進めば、お主はどこかでこの世界に淘汰される。お主は謙遜しながらも、自分に世界を変える力があることを恐れている。それは矛盾していると儂は思うぞ」

「……確かに」

 ようやくヒューガが納得するような話がバーバの口から語られた。思い上がりという、ヒューガにとって自分がそうであるとは決して認めたくない点をうまく絡めて。絡めてというより、それが全てだが。

「今の段階でお主が悩むことなど何もない。この国はまだ国と呼ぶには脆弱すぎる。まずはそれを何とかすることだけを考えるのじゃ。お主を慕う者を守る為にはそれが必要じゃろ?」

「ああ、そうだな」

「この国は、お主も我らもこの世界の弱者じゃ。弱者が生き残るのに悩んでいても仕方がない。出来る限りのことをするしかないじゃろ?」

「ああ。なんだかうまく乗せられたみたいだけど、確かにバーバさんの言うとおりだ。悩んでいる暇はない。とにかく思いつく全ての事をやるだけだな」

「そうじゃ」

 立ち止まっている余裕はない。ヒューガが立ち止まれば、それだけ人々の暮らしが良くなる日は遠ざかるのだ。

「楽になった。ありがとう」

「礼を言うのはこちらじゃ。ここに来て良かった。皆が生き生きとしておる。特にタムじゃな。お主、大変な男に見込まれたな。あれは残りの生涯をかけて、お主を鍛え上げようとはりきっておる」

「えっ、なんでそこまで?」

 タムにそこまでの思いを向けられるほど、同じ時を過ごしていない。バーバの話はヒューガには驚きだった。

「王の執事はあれの夢じゃからな。あれの父親は王家の執事じゃった。タムも将来は王に執事として仕えるべく小さい時から父親に厳しく仕込まれていたのじゃ。じゃが、王の気まぐれでタムは儂の家に来ることになってしまった。勿論、タムは一言も文句を言わずに儂に献身的に仕えてくれた。最後は落ちる必要のない罪にまで一緒に落ちての。やっとじゃ。やっとタムは父に仕込まれた執事としての力量を思う存分発揮する事が出来る」

「そうだったんだ」

 ヒューガに出会うずっと前に抱いていた夢。それが今、現実のものとして蘇ったのだ。それであればヒューガも理解出来る。

「これも成り行きの結果じゃ。成り行きであったとしても、お主が相手に目的を与えているのは確かじゃ。別に成り行きだからって、引け目に思う必要はない」

「……分かった」

 また知らないうちに人に目的を与えていた。それで良いのかという思いはまだあるが、思い悩むほどではない。自分が世界から淘汰されるかもしれない。そう言われたというのにヒューガはそれによって気持ちが楽になっている。自分が間違いを起こしても、世界はそれを正してくれる。そう思うと安心するのだ。

(……ああ、そうか。そうじゃない)

 だがヒューガには、この世界に淘汰される前に、その過ちを正そうとしてくれる人たちがいる。その存在をヒューガは思い出した。
 知らず知らずのうちに国王というプレッシャーに負けていたのかもしれないとヒューガは思った。やはり思い上がっていたのだと。たった一人で国をどうにか出来るはずがない。一人で何もかも決める必要もない。仲間たちに頼れば良いのだ。その仲間の多くを救うことが出来たのも、助けてくれた仲間のおかげなのだから。

 

◆◆◆

 会議室ではヒューガ不在の会議が行われている。このような形は、ヒューガが大森林の外で活動していた時には当たり前にあったことだ。そうであるのにエアルは今、ヒューガの不在を心細く感じてしまう。いざヒューガが戻ってきてしまうと、彼に頼る思いが強くなってしまう。
 タムの言葉が改めて、心に染みる。王を支える立場にあらなければならない自分たちが、ヒューガにすっかり寄りかかってしまっている。これでは駄目なのだ。

「まずは、厳しい言い方をしてしまったことをお詫びします」

 エアルたちにそれを指摘したタムは、申し訳なさそうな顔をしている。新参の自分が言いすぎたと反省しているのだ。

「いえ、タムさんの言うとおりです。私たちはヒューガに頼り切っていました」

「エアルの言うとおりですね。王に全ての判断を任せていた。それは事実です。ただ僕には正直、自信がありません。王のように様々な物事を考え、適切な判断を下す。そんなことが出来るかどうか……」

 ヒューガに頼りっきりであることは反省しているが、独り立ちする自信もカルポにはない。

「それは無理というものです。王と臣下は違います。私も王のように皆さんになってくださいと言うつもりはありません」

「では、私たちはどうすれば良いの?」

「何かひとつで良いのです。王を超える何かを身につけてください」

「何かひとつ?」

「そうです。王は全ての物事に最終的な判断を下さねばなりません。でも臣下は違います。与えられた職務の範囲で判断を行えば良いのです。良い例がすでにいます。権兵衛殿とブロンテース殿です。二人はその道の専門家であり、その知識は王の及ぶものではありません。王もそれを分かっているから、二人に対しては方針を示すだけで具体的な指示を出しません。少なくとも私が見た限りは」

 タムが見ていない場でも同じだ。ヒューガは権兵衛とプロンテースには要求を伝えるだけで、それをどう実現するかについては任せている。要求という表現も微妙だ。ヒューガの態度は頼み事をしているという感じ。王が臣下に命じているというものではない。
 ヒューガのそういう態度は遠慮の表れで、距離がある証だとエアルは考えていたのだが、それは自分の思い上がりではないかと思った。彼等へのヒューガの態度は、自分に対するような親しみがないからではなく、尊敬の表れ。そういうことではないのかと。

「……ちょっと落ち込む。臣下としては二人のほうが上ね?」

「それは少し違います」

「違う?」

「技術という分かり易いもので王に仕えているという事情もあります。いくら王でも本当の職人にはかないません。そして二人は、その点のみで王に仕えている。自分の立ち位置というものをはっきりさせているのです」

 違う言い方をすれば、権兵衛とプロンテースの二人はヒューガからそれぞれが持つ技術だけを求められている。

「私たちは違う?」

「貴方たち二人は職人ではありません。技術だけで仕えるわけにはいかないのです」

「そうなると話は元に戻る。カルポと同じ。私にも自信はないわ」

 エアルもまた一つの技術、戦う力でヒューガに仕えようと考えている。それ以外のことが出来る自信はない。

「正直、私も無理な要求をしていると思っています。やはり人材が足りないのです。貴方たちは軍事、内政の両方で王に仕える立場。それをすぐに完璧にしろと求めるのは無茶というものです」

「その言い方だと、ゆくゆくは求められるのね?」

「そうですね。何故なら人族の国にはそういう者がいますから」

「そうなの?」

「はい。貴族です」

「……貴族」

 貴族という言葉にエアルは良い印象を持てない。二度と思い出したくない辛い経験。他の仲間たちも同じだ。エルフの多くを苦しめたのはその貴族なのだ。

「貴族というものを身分として捉えないでください。それに多くの貴族は自分の立場を分かっていません。本来貴族とは、王に代わって任された領地を治める者。王の代理人なのです。それを多くの貴族は誤解しています。王から土地と民を預かっているだけであることを忘れ、自分の物のように扱っているのです」

「王の代理人……」

「代理人と言うと誤解が生まれるかもしれません。代理人であって王ではない。かといって王の言うがままに動く者でもない。なかなか説明が難しいですね」

 貴族は王と同じような絶対的な権力を持つものではない。タムはそう言いたいのだ。

「何が違うの?」

「そうですね……たとえば、エアル殿は南の拠点を任されています。王よりも南の拠点に詳しいと言い切る自信がありますか?」

「……ないわ」

「そういうことです。貴族は自分が治める土地については王よりも詳しい。それが当たり前です。それは技術と同じこと。任されている土地については、王より知識を持っていなければいけません。王は国全体の利害を考えます。でも貴族はその土地の利害を考えます。それは時に衝突しますが、それをうまく調整していくのが貴族の役目です」

 エアルはすでに王であるヒューガから南の拠点、領地を任されている。だがその自覚さえ彼女にはなかった。まだ国としての形が不十分なアイントラハト王国で、しかもエルフであるエアルにそれを理解していろというのは少し無理があるかもしれないが、タムが理解して欲しいのはそういうことだ。

「難しそう」

「それはそうです。私が今申し上げていることも、必ずしも全て正しいわけではありませんから。私がお二人に理解して頂きたい一つめは、お二人は王とは異なる視点で国を考えなければいけないということです。王に迎合してはいけません」

「王に逆らえと言うの?」

 ヒューガの為であれば、それがなんであっても従おうと考えているエアルには、受け入れがたいもの。

「逆らえとは言っていません。間違っていることは間違っていると王に言う勇気を持ってくださいと申し上げております。諫言を恐れないでください」

「…………」

「王は決してそれを疎かにしないでしょう。もしそれを疎かにするような王になった場合は、それこそ命を懸けて諫言を続けてください」

 だがタムが言いたいのは、諫言がヒューガの為になるということ。ヒューガを愚王にしてはならない。それはもっとも長く、側近くで仕えているエアルとカルポの二人の責任だと。 

「……わかった」

「僕も」

「次にお二人だから申し上げることですが、他者の諫言も妨げないでください。お二人の諫言は通るのに、他者のそれは通らないでは国が乱れます。王に贔屓をする臣などいてはならないのです。特にエアル殿」

「私?」

「貴女は王とは特別な関係にあります。決してそれに甘えないでください。本来であれば、貴方には臣下として王に仕える資格はありません」

「そんな? 私はヒューガの為なら命だって……」

 ヒューガに身も心も捧げて仕えるつもりのエアル。資格がないなどと言われてしまっては、生きる意味を失ってしまう。

「エアル殿がそういう気持ちである事は知っております。でもそれを知らない者は? 自分の女だから王は甘い。王の女だから甘えている。そういう風に受け取られる可能性があります。今後、新たに人が増えれば、ますますその可能性は高まります」

「……そうね」

 これについてはエアルも気を付けようと考えていた。だが改めてタムに指摘されると問題の難しさが良く分かる。気をつける、は馴れ馴れしい態度を控えることではなく、他者にどう見られるかを常に意識すること。それが求められるのはエアルだけではない。ヒューガもそうでなければならない。

「お二人は王にとっては最初の臣です。でもそれは忘れてください。そして栄達を求めないでください。自分より優れた者が現れた場合は、いさぎよく身を引く覚悟を常に持ってください。常に身を捨てて王に仕えてください。お二人は全ての臣の規範とならなければなりません」

「ええ」「はい」

 幸いにもエアルとカルポの二人に権力欲はない。それが分かっているからタムもこんなことを言うのだ。二人であれば、二人だからこそ出来ると思っているのだ。
 実際には二人の立場は大きくは変わらないとタムは考えている。技術や能力抜きで王に仕えられる臣。そういう存在は貴重であり、代わりが効かない存在だ。

「人材の話でしたのに、かなりズレてしまいました」

「いえ、この話を聞けて良かったわ」

 この先、国が大きくなっていく中で、変わらずヒューガに仕える為の心構え。それをタムは教えてくれている。それは二人にとって必要なものだ。

「人材について、王には外に目を向けてくださいと申し上げましたが、内にも優れた人材はいるかもしれません。本人も気が付いていないような才能を持った者が。それを見つけて引き上げるのもお二人の役目です」

「そうね」

「心に留めておきます」

「……ああ、もうひとつありました」

「何かしら?」

「王が本当に外に目を向けた時、その人材は人族ということになります。人族である私が言うのも変ですが、人族の数が増えれば軋轢も増えるでしょう。それを上手く収めるのはエルフ族の側になります。恨みを持っているであろうエルフ族の側に、これをお願いするのは誠に申し訳ないのですが、なんとか我慢してください」

「……そうね」「ちょっと自信が……」

 アイントラハト王国の民の大多数はエルフ族だ。人族もすでにいるが、その多くはエルフ族の救出に命を懸けてくれた人たち。そして王であるヒューガの身内。エルフ族の恨みが向かう対象はいない。
 だがそのいずれでもない人族が加わった時、どうなるか。はたしてエルフ族の恨みは、表に出ないでいられるか。大丈夫と言い切れる絶対の自信は二人にはない。
 しかもタムはエルフ族の側が耐えるように言った。理不尽な気もするが、それが正しい対処の仕方なのだろうとエアルも思う。新しい人族が加わるとしても、それはそれが許される人物。エルフ族に対して、偏見もないが引け目もない人たちだ。何も悪いことをしていない人を一方的に責めるようなことになれば、相手も反発することになる。
 民が衝突した場合、ヒューガはどちらにもつかない。両方を捨てることになる。それはこの国が唯一無二の王を失うということ。その瞬間にアイントラハト王国は崩壊する。
 これをエルフ族の皆に理解させなければならない。二人の責任は重い。最後に、ふと思い付いたような感じでタムがあげたこの問題。実はこれが一番言いたかったのではないかとエアルは思った。