月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #87 見えていない国の未来

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 早朝の鍛錬を終えて、ヒューガはいつもの会議室に向かう。会議の参加者はエアルとカルポとグラン、それにギゼンとタムも参加することになっている。
 急いで向かったつもりだったのだが、ヒューガが会議室に着いた時には、すでに全員が揃っていた。今日から新しい二人が参加するとあって、エアルたちが意識して前の予定を早めに切り上げてきた結果なのだが、それはヒューガには分からないことだ。

「待たせたか?」

「いえ、時間通りです。では、始めましょうか」

「ああ」

「進行はいつもの通り、僕で良いですか?」

「かまわない」

「じゃあ。まずは拠点の状況からですね。都については、結界の張替はほぼ完了しました。これはナツ殿とフー殿の力が大きいですね。シルフとウィンディーネの力が増したことで一気に片がついた感じです」

 その夏と冬樹はまだ寝ている。それはまだシルフとウンディーネへの魔力の供給が十分ではないことを意味するのだが、それでも四属性の調和が取れてきている。

「あとは実際の建物ですね。鍛冶場の拡張工事も完了です。ドワーフ族の手助けのおかげですね。今後は本格的に新しい鍛冶場での製造に移ることになります。当面の製造は武具でよろしいですか?」

「ドワーフ族はどこまで協力してくれそうだ?」

「全面協力ですね。とにかく作り続けたいと言ってくれています。それが修行だと」

 ドワーフ族はプロンテースの下で鍛冶を勉強したいのだ。その勉強の為になると思えば、いくらでも協力してくれる。

「エルフの数は足りそうか?」

「春の軍から人を回します。春の種族の者たちですので、ブロンテース殿の要求にも十分に応えられるはずです」

 鍛冶を行うには火の調整が必要。ここではそれを火の精霊の力に頼っている。

「そうか。材料は?」

「今のところは十分です」

「……ギゼンさん、ブロンテースと話してもらえるか?」

「私が何を話すのだ?」

 ギゼンの役割は間者、それも選ばれた者たちの鍛錬。鍛冶とは関係ないはずだ。ヒューガにいきなりプロンテースと話せと言われても何のことか分からない。

「ギゼンさんの流派に合う剣がどういうものかを説明してやって欲しい。そのあと試作品の調整にも協力を頼みたい」

「なるほど……それは私にとっても嬉しい限りだな。分かった」

「エアル。前に話していた短弓の案は?」

 エアルの軍は騎馬隊。それに更にエルフの得意な弓を組み合わせようとしている。だがそれには普段エルフが使っている弓では大きすぎた。
 そこで小さな弓にすることを考えたのだが、ただ小さくするだけでは威力が落ちてしまう。それを鉄で補強することで解決できないかというものだ。

「案は作らせたわ。でも実現出来るどうか」

「それを試してもらおう。担当者とブロンテースで打ち合わせを。同じように試作品を作ってもらってくれ」

「分かったわ。槍は? それも頼んで良いの?」

「そうだな……打ち合わせにはエアルも参加してくれ。まずはどういう軍なのかを説明したほうが良いかもしれない。武器も防具もそれにあったものを考えてもらおう。そのほうが良さそうだ」

 プロンテースにしてもドワーフ族にしても、ただ鍛冶が得意というだけでなく、作る武器についての知識もあるはずだとヒューガは考えた。そうであれば素人である自分たちが考えるよりも、多くを任せたほうが良い。

「そうね。カルポのところは?」

「……納得してくれそうか?」

 カルポの部隊については武具の機能以外の問題もある。

「大丈夫です。皆、これまでの考えを変えなければ駄目だって意識がありますから。重装備も受け入れてくれそうです」

 カルポの軍は盾の軍。だがエルフには実際に盾を装備して守るという考えがない。守りとなると魔法しか考えないのだ。そうであるので自分自身を守る為に防具で固めるという提案は驚かれた。驚かれたヒューガのほうも驚いたが。

「じゃあ、カルポのところも軍の共通装備を固めてくれ」

「ただ問題が」

「さっき大丈夫だって言わなかったか?」

「装備を固めるのは大丈夫です。ただ、王が一度示したあれは……かっこ悪いと」

 これがカルポの部隊独自の問題だ。

「また美意識の問題? まあ、良いよ。それも含めて固めてくれ。タムさんとギゼンさんは見た目が恰好良い甲冑って知らない? 知ってたらカルポに教えてやってほしい」

「……知らなくはないが、エルフにとってどうだかは分からんな」

「私も……ただ、その前にお聞きしたいのですが、今の段階で何故ここまで軍の装備に拘るのですか? 戦争の予定はないはずです」

 この国にはやるべきことが山ほどある。そんな状況で優先度が低いと思われる武具に、ここまで拘る理由がタムには分からない。

「ないな。拘っているのは戦争の為ではなく意識を変えたいから。エルフって仲間意識は強いのに戦いは個人主義なんだよな。集団で動きを統一するって考えがない。装備が一緒だとなんかそういう意識出来そうじゃないか? 同じ装備で一糸乱れぬ動きって、かっこ良いから」

「……なかなか大変ですね。種族独特の意識というものは」

 タムが想像していなかった答え。人族の兵士が当たり前に受け入れていることがエルフ族には出来ないのだ。

「人族だって同じだろ? 今は数が少ないから問題にならないだけだ」

「そうかもしれません」

「ブロンテースのところは、こんなものだな?」

「ナツ殿とフー殿の部隊はどうしますか?」

 夏と冬樹も自分の軍を持つ。そこの装備をどうするつもりかカルポは尋ねてきた。

「冬樹はギゼンさんの言う通りで良いよ。夏は……夏もこだわりがありそうだから起きてから」

「分かりました。都の話に戻ります。居住用建物については、ある程度の整備を終えた段階で居住者に任せることにしました」

「ん? それで大丈夫なのか?」

 国が最後まで対応しないで問題ないのか。人々が不満に思わないかヒューガは心配している。

「それが……東の拠点の画一的な部屋の評判が思いの外、悪くて」

「また? 個々のエルフにもこだわりがあるってことか……じゃあ、良いよ。でも人手が足りないところの支援は漏れがないように」

「はい。問題があれば報告するように伝えてあります。都の建物で残るは倉庫関係の拡張工事。それが終われば王城の整備に入ります」

「あれ? 鍛錬場は?」

 都にも鍛錬場を作る予定だ。昔から都として使われていたこの場所は当然、拠点の中でもっとも広い。結界をかつての規模まで広げることが出来れば、敷地には余裕が出来る。

「ああ、それは軍関係の報告の時にお話するつもりでした」

「分かった」

「じゃあ、軍関係を話します。国民のうち、戦える者の選別とランク分けは完了しました。ただ結果は思わしくありません。東の狩場に新たに出られる者は皆無です」

「そうか」

 新しく加わった人たちの戦闘能力の把握は完了。カルポは結果が悪いと嘆いているが、ヒューガには想定内だ。

「厳しすぎるのではないでしょうか? もう少し基準を低くしても良いような気がします」

「いや、ただでさえ少ない人数をさらに減らすようなリスクは避けたい。無理する必要はないんだ。確実に実力をつけてからで良い」

 食料確保に関しては、耕作地の拡大や外部からの調達など様々な施策を実行している。どれも完璧に上手く行っているわけではないが、全体としては改善傾向にある。無理をする必要はないというのがヒューガの考えだ。

「分かりました。鍛錬メニューは大きく二つ。初心者は……これも呼び名を変えられませんか? 実力が足りない自覚はあっても、さすがに初心者と呼ばれるのには抵抗があるようです」

「ええ? ……じゃあ、ジュニアコースで。その上はシニアコース。更に上は……マスターコースかな?」

「どういう意味ですか?」

 と聞くということは、この世界にはない言葉だということ。ヒューガは別の言葉を考えなくて済んだ。

「同じような意味で言い方を変えただけ。意味が分からなければ抵抗も感じないだろ?」

「まあ。ではジュニアコースは都に準備した鍛錬場での基礎訓練となります。鍛錬内容は最初に私たちが行っていたもので良いですか?」

「良い」

「振り落とされそうですね。まあ仕方ないですね。あれを耐えられなければその上にはいけません。シニアコースは西の狩場を使おうと思っています」

「西? セレの所と重なるだろ?」

 西の狩り場はセレネ、西の拠点で暮らす人たちが狩り場としている。その場所を自分たちが使うことになれば、揉め事になるのではないかとヒューガは考えた。

「それもあとで話す予定でした。セレネ殿が謁見を希望しています。内容は言わなくてもお分かりですよね?」

「……なんで自分でやろうとしないんだろ?」

「それを求めるのは可哀そうですよ。行おうとしても王と比較されるだけ。そして比較されてもセレネ殿が王を凌げるはずがありません」

「そんなことないだろ?」

「王がどれだけ多くのエルフ族を救ったと思っているのです? とにかく謁見の許可を。もう一度きちんと話してみてください」

 セレネがやる気を出して頑張ったとして、ヒューガの実績を超えられるはずがない。それだけのことをヒューガと仲間たちは成し遂げたのだ。

「……分かった」

「西を使うというのは、その結果を想定してのことです。そしてマスターコースは当然、東の拠点です。そこまで行ってようやく戦力として認められるわけですから、やはり厳しいですね」

「でも、まだその上がある」

「まだ上ですか?」

「ここにいるギゼンさんが認めるくらいの実力を得ること。あとは……先生に認めてもらう」

「……そうですね」

 剣聖と呼ばれたギゼンと、魔族の中でも上位の実力を持つヴラドが認める力。そこまで行くと世界全体の中でも、トップクラスの実力者。簡単に届く高みではない。
 だが、それが分かっていても目指さないわけにはいかない。

「さすがに、そこに全員が到達できるとは思わないけどな。でも少しでも多くの人がそこに辿り着かないと。俺も含めてな」

「はい」

 魔族の戦況については情報を集めていない。知ったからといって何が出来るわけでもないからだ。
 今はただ、ヴラドは必ず生き延びて、いつか大森林に戻ってくる。それを信じて待つしかない。その日が来た時に、ヴラドをがっかりさせるような真似は出来ない。

「あと、鍛錬出来る場所がもう一カ所が欲しい」

「何に使うのですか?」

「ギゼンさんの下で鍛錬を行う場所。教えを受けるのは忍びと子供たち。冬樹もだな」

「なるほど……南しかないですね。ただ専用とするのであれば、南を生活拠点にすることは出来ません」

 間者たちの鍛錬場。どのような内容かは聞いていないが、あまり大っぴらに行うものではないのだろうとカルポは考えている。ヴラドがハンゾウたちに教えていた時も、詳細は教えてもらえなかったのだ。

「その場合の問題は?」

「社会復帰をいきなり他の拠点で行うことになります」

「……サキさんと相談だな。南の拠点に行った時に話をしてみる」

「はい。ではこの件はその結果次第で。ただそれが駄目だった場合は……」

 サキは療養所にいる人々のことを一番に考える立場だ。良い返事はもらえないだろうとカルポは考えている。

「ルナたちに相談だな」

(大丈夫なのです)

「早っ! いけるのか?」

 まだヒューガには相談しているつもりはないのに、ルナは大丈夫だと答えてきた。

(都の仕事は終わりなのです。ルナたちの計画もすでに北に向かっているのです)

「仕事が早いな。こっちが追いつかない」

(ルナたち新エレメンタルはますます強くなったのです)

 シルフとウンディーネに結ぶ相手が出来たことで、新生エレメンタルの力は増している。そのおかげだとルナは言ってきた。

「それは知ってるけど、本当に防げるのか? ちょっと確認しただけでも、あれらは桁外れに強いぞ?」

 新たに扉が開いたことで、北にある拠点が見つかった。その拠点が何の目的で作られたものなのかは分かっていない。扉を出た先は半島になっていることは分かっているが、そこに敵対する勢力などいないはずなのだ。
 砦だとすれば何から守る為のものなのか。砦でなければ何なのか。今分かっているのは、半島側にいる魔獣は桁外れに強いということだ。

(余裕なのです……は嘘なのです。覆えるのは拠点だけなのです)

「だよな。でも、それで十分だ。外に出る必要はないからな」

(では早速なのです)

「南次第で良いから。南を鍛錬場として使えるなら。急いで北に手を伸ばす必要はない」

 北に手を伸ばしても拠点が手に入るだけ。拠点の外に耕作地が作れない、魔獣が強すぎて狩りも出来ない拠点だ。

(それではつまらないのです)

「じゃあ、手をつけても良いけど、じっくりと堅牢に」

(了解なのです。では!)

 ヒューガの許可を得たルナは早速、北の拠点の結界構築に向かった。エレメンタルが本当の意味で揃ったことで、はりきっているのだ。

「南が駄目な場合は北で用意することになる。ギゼンさん、もし北になった場合は気を付けて。決して拠点から出ないように。北の拠点の近くにいる魔獣は別物だ。俺はひと目見た瞬間に逃げようと思った」

「別物? 大森林の中でも、更に特別ということなのだな?」

「そう。あれを見たあとでは東の魔獣でさえ雑魚に思える。ギゼンさんにとってどうかは東の魔獣を見てもらえば分かるかな?」

「……分かった」

 確かめるまでもなく東の魔獣は強い。鍛錬についての話を聞いていたギゼンにはそれが分かった。かなり厳しい合格基準をクリアしたものだけが戦える相手なのだ。

「さて続けようか」

「はい。春からですね。エアル、お願いします」

「はい。新たに参加した四十名については騎乗訓練を終え、集団訓練に移りました。それがものになれば、春の軍としては総勢百名。これで増員は一旦、終了です」

「そうだな。新たなホーホーの群れは確認できたか?」

「それがまだだから増員停止よ。捜索の手を広げるには、まず軍を鍛えてからね」

 春の軍は騎馬隊とされているが、実際に乗っているのは魔獣ホーンホース。兵が乗るホーホーが確保出来なければ、増員は出来ない。

「だよな。ホーホーの育成は?」

「まだ始まったばかりだけど、まあまあね。ただ本格的に行うにはもっと広い場所が必要よ。その確保は簡単ではないわ。新たな拠点を一つから作るくらいじゃないと、他の魔獣に襲われて終わりよ」

 要は牧場を作るということだ。かなりの広さが必要で、且つその広い敷地を、他の魔獣が侵入してこないように結界で守らなければならない。

「分かった。しばらくは今の人数で鍛えることだな」

「ええ」

「カルポは?」

「まだまだです。集団戦の知識がありませんので、何をどう鍛えれば良いのか分かりません。とりあえず今は個々の技量をあげることをやってます」

 カルポの軍に関しては中々上手く進まない。これまでエルフ族にはなかった戦い方をしようという軍だ。多くのことが手探りだった。

「集団戦の知識か……軍事の専門家なんていないからな。ちょっと考えてみる」

「はい。お願いします」

 

「あとは?」

「グランさんからですね」

 拠点、軍の整備に続いて、ようやく内政の話になる。その領域の担当はグランだ。

「やっと儂の番か。補給品で必要なのはまずは紙ですな。書類関係が増えてきて、消費が拡大しております。これについては、自給を検討するべきじゃと思います。材料はそれこそ山ほどある。そして紙の製造方法であれば一般でも手に入れられるはず。これの入手を提案します」

「伝えておく」

「あとは衣料品ですな。生産を食糧に移したことで、布糸の不足が起こるのは明らかじゃ。一時的に外から仕入れる事を考えるべきだと思う。これは耕作地の拡大で解決するしかありませんな」

「ああ」

「問題は食料。少し我慢するわけにはいきませんか? 陛下の精霊たちの要求は厳しすぎる。あそこまで採取を制限されては、外から仕入れる量が増えるばかりです」

 グランの目から見れば、大森林は自然豊かな土地。山菜、木の実などの採取や伐採を厳しく制限する必要があるとは思えないのだ。

「それは無理だな。ルナたちは闇雲に駄目だと言ってるわけじゃない。今は過渡期らしい。それを過ぎれば、大森林は成長期に入るそうだから、それまでは我慢だ」

「そうですか……今をなんとか凌げれば先は明るいのですな。狩猟のほうはどうなのだ? 強い魔獣に移れるか?」

 食料確保のもう一つの課題は狩猟対象。一部の獣や魔獣に偏らないようにしなければならない。

「ごめんなさい。もう少し時間が必要よ。さっき話していた通り、全体の質を高めるのはこれからよ」

「僕のほうもです」

「……外部から調達するとして搬入路は使えるのですかな?」

「南は無理だ。戦争が本格化する中で食糧を積んだ荷馬車なんて襲ってくださいって言ってるようなものだ。盗賊ならまだ何とかなるかもしれないが、軍に来られてはな」

 戦争が起きている東方連盟では何が起きるか分からない。運んできた食料を強制的に接収されないとも限らないのだ。

「ではパルス側ですか?」

「見張られているからな……いくら結界で守っているとはいえ、入り口がバレるのは避けたいな」

「八方塞がりですな……いや、そうでもないか」

「ん? 何か良い策があったのか?」

「既に知られている入り口を使えば良いでしょう。儂が送り込まれた場所。そこならバレるとかそういう問題ではありません」

 流刑者をドュンケルハイト大森林に送り込む為の穴。パルス王国が使っているそこであれば隠す必要など、はなからない。

「……いや、駄目だ。顔がばれる」

「それがありましたか……」

 外で活動している人たちの顔を知られるのは、避けなければならない。繋がりが知られるわけにはいかないのだ。

「……でも、顔がばれても良い人を使うという手があるな」

「そんな人がいるのですか?」

「普通に取引する。商人に運んでもらえば良いんだ。質の悪い商人になるから、商品が届くかという問題はあるけど、その場合は金を取り返せばいい」

「普通に取引ですか?」

 アイントラハト王国とは無関係の商人と普通に取引を行うというのが、どういうことかグランはすぐに理解出来なかった。

「グランさんの名前を借りる。グランさんが購入したことにして、届け先は大森林の入り口」

「はあ? そんな取引に応じる者がいるのですか?」

 ちょっと調べればグランが流罪になっていることは分かる。流罪になった相手と取引に応じる商人がいるとはグランは思えない。

「質の悪い商人だって言っただろ? 金さえ出せば、嘘だと分かっていても知らない振りして取引に応じるやつはいる」

「相当吹っかけられるでしょうな?」

「それは仕方ない。場合によってはうちの商人も混ぜる。何人かの中のひとりであれば、無関係と言い張れるだろ?」

「やはり、陛下は……今更ですが、儂は本気で陛下と組みたかったのです」

 ヒューガを味方に引き込めていれば、という思いがグランの心に浮かんだ。自分が策に嵌められることもなかっただろうと思う。

「今、組んでるだろ?」

「……そうですな」

「さて、こんなものかな? ギゼンさんとタムさんは何かある?」

「私はない」

 与えられた環境の中で教える者たちを鍛え上げる。ギゼンは一武人としてそれだけを考えている。

「私のほうからは何点か」

 タムはそうはいかない。様々なことに目を配り、必要な進言を行う役目だ。

「じゃあ、どうぞ」

「では、前にお話した陛下のスケジュールについてです。案を作りましたので、ご確認を」

「ああ」

 ヒューガは、タムが差し出したスケジュール案に目を通す。びっしりと書き込まれたスケジュール。文字の数だけで観ると、以前よりも忙しくなっているように思えるが、それはより詳細に組まれているからだ。実際の時間は、以前よりも余裕がある。

「……そうか、軍の視察が抜けてる」

 軍の視察がスケジュールから抜けている。時間に余裕が出来た理由のひとつだ。

「はい。日課から外しました」

「どうして?」

「毎日見る必要がないからです。それほど変わりはないですよね?」

「まあ……」

 一日で軍の動きが大きく変化することはまずない。まして今は多くの時間を個人の鍛錬に当てているのだ。

「それと、陛下が視察に訪れれば兵は張り切るかもしれません。ですが、それが毎日では? いずれ慣れてしまいます」

「確かに」

「軍に対する陛下の視察は特別なものにすべきです。そうすれば次の視察がいつあると思うことでも、兵はその日に向けて頑張るでしょう」

「納得した。エアルもカルポも良いか?」

「私も納得」「僕もです」

 タムの提案を軍の責任者であるエアルとカルポも受け入れた。

「一時的に陛下が来なくなることで兵が気を落とすかもしれません。それについては、お二人がしっかりと兵をまとめてください」

「「はい」」

「もしかして学校も?」

「はい。同じですね。それと陛下に見られている中で学問に身が入りますか? 緊張で逆効果になるのではないかと私は思います」

「そうかな……ああ、でも集中はしていないか」

 ヒューガが顔を見せても生徒たちは緊張しない。だが、緊張はしなくても、はしゃいで騒ぐ生徒は多い。確かに邪魔をしているとヒューガは思った。

「診療所はそのままだ」

「あそこは特別です。私が彼女たちの気持ちを推し量ることなど出来ないとは思いますが、陛下に常に気にかけてもらえているという安心感は、彼女たちの救いのように感じました」

「だと良いけどな」

「そうだと信じてください。かといって多く時間を割く必要はありません。彼女たちの境遇には多くの者が同情するでしょう。ですが陛下の関心がそこだけに向いていると思われると、それがいつか嫉妬に変わりかねません。他の民にも平等に。それを忘れないでください」

「……分かった」

 人からどう見えるかをタムはかなり意識している。善人の振りをするのだと考えると抵抗を感じるが、相手の為という言い方をされるとそういうものかとヒューガも思える。

「余裕があるように見えますけど、空いた時間は出来るだけ多くの人と話すようにお願いします。それを行っていれば、思ったよりも時間がないことに気付きます。人は誰でも話したいことを持っています。一度話を始めれば止まらなかったりするものです」

「そうか……」

 タムの話を聞いてヒューガは、忙しいことを理由に必要なことしか話をしていなかったことに気が付いた。

「その機会は意識して作ってください。陛下の信頼する相手がここにいる人間だけだと思われては問題です。そしてその相手にも、大いに問題があります」

「えっ?」「僕たち?」「なんじゃ?」

 タムの話が、いきなりエアルたちへの批判に変わった。

「貴方たちは王の腹心と呼べる位置にいます。でも位置だけです。先ほどから聞いていましたが、発案のほとんどを王が行っているではないですか。王の言われることを、ただこなすだけの人間は腹心とは言えません。その自覚はございますか?」

「……あります」「僕も」「いや、儂もか?」

「自覚があるだけでは困るのです。自分で考える癖をつけてください。今はまだ問題にはなりません。この国は小貴族の領地程度の規模ですから。でも、もっと大きくなったら? 王ひとりで全てを処理することなど出来ません」

「そんなに大きくなる予定はないけど……」

 アイントラハト王国はこれ以上大きくするつもりは、ヒューガにはない。

「そんなことは分かりません。それに、不吉なことは言いたくありませんが、もし陛下に何かあったら? 陛下ひとりに頼りっきりのこの国は崩壊してしまいませんか?」

「「「「…………」」」」

 そうなると三人も思う。頼る頼らないは関係なく、ヒューガあってのアイントラハト王国なのだ。後を継げる人など誰もいない。

「人手不足というのは確かのようですね? そして残念ながら、我等ではそれを完全に埋めることは出来そうもありません。来たばかりで僭越だと思いますが、ひとつ進言させてください」

「進言ってのは?」

 これまでのは進言ではなかったのか、と内心では思っているが、それを口にするタイミングではない。

「広く人材を求めてください。大森林の中のことを疎かにしろとは申しませんが、陛下はもっと外にも目を向けるべきだと思います」

「外に目を……」

 人材の捜索は行わせている。だがそれはタムの言う「外に目を向ける」とは違う。そこまでの意識は、ヒューガにはない。

「陛下が、臣下の資質として、信頼できる人物であることに拘っているのは分かります。ですが、待っているだけでは、そういった人物が増えることはあり得ません」
 
「……悪い。即答は出来ない。考えておく」

「それで結構です」

 たちまち受け入れられるとはタムも思っていない。バーバらと話をして、ヒューガが閉鎖的な性格であることをタムは知っている。その一方で特定の、心の壁を取り払った相手にとっては、とても魅力的な性格であることも。
 その魅力を閉じ込めておくことをタムは惜しいと考えている。バーバの預言もタムのこうした考えに影響を与えているが、それがなくても、この国をもっと良くする為にはヒューガの下に集う人をもっと増やす必要があるのは間違いない。そしてヒューガであれば、それは可能だと考えているのだ。