月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う #16 敵味方

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 尊たちは精霊科学研究所を出て、帰路についた。すっかり日は暮れている。樹海の間を縫うように走る暗い夜道を尊たちが乗った装甲車は進んでいた。
 車内の雰囲気は複雑だ。尊は珍しく顔に笑みを浮かべている。妹の桜に会えた嬉しさがまだ残っているのだ。
 そんな尊を複雑な表情で見ているのは葛城陸将補。精霊科学研究所でまた尊の謎が深まった。尊の力は斑尾教授でさえ、完全に理解出来ないもの。特務部隊員とも、恐らくは鬼とも違う何かを尊は持っている。それが何か気になって仕方がない。
 そして天宮は、思い詰めた顔で尊を見つめている。妹の桜について尋ねたい。自分が見たのは何だったのか知りたいのだが、どう切り出して良いか分からないのだ。

「……あ、あの」

 それでもどうにか覚悟を決めて口を開いた天宮。

「……気をつけて」

「えっ?」

 それに答えた尊の顔からは笑みが消えていた。

「運転手さん、大丈夫かな?」

 さらに尊は訳の分からないことを言い始める。

「何が起きている?」

 尊の言葉を戯言と聞き流すほど葛城陸将補は愚かではない。自分たちでは分からない何かが起こっているのだと受け取った。
 だが尊から答えが返ってくる前に異変が起こる。装甲車が急ブレーキをかけて止まったのだ。

「どうした!?」

 運転席に向かった護衛隊員の一人が大声で叫ぶ。

「み、道が! 道がない!」

 返ってきたのはまさかの言葉だった。

「……どういうことだ?」

 運転者の言葉の意味に悩む護衛隊員。

「敵襲に備えろ!」

 だが葛城陸将補の命令を受けて、すぐに動き出した。後方の扉の小窓から外の様子を窺ってから、ゆっくりと扉を開けていく。その後ろでは別の護衛隊員が銃を構えている。

「……な、何だ、これは?」

「どうした!? 何があったか報告しろ!」

「み、道がありません」

「何だと!?」

 運転者と同じ答え。葛城陸将補は自分の目で何が起こっているか確かめることにした。席を離れて、ゆっくりと後方に移動して外の様子を確かめてみる。

「……これは?」

 護衛隊員の言うとおり、道はなかった。扉の先は崖。崖の下には海が広がっている。

「そんな……?」

 天宮も葛城陸将補の隣で驚いている。この場所は富士山の近く。海などあるはずがないのだ。

「伏せて!」

 その天宮の耳に届いた尊の声。何が起きたのか確かめる前に天宮は、自分の体が宙を飛ぶのを感じた。
 それも一瞬のこと。すぐに固い地面の感触が足に伝わる。

「えっ……?」

 だがそこは地面ではなく、宙の上。崖の先に浮かんでいた。

「いい加減に正気に戻ってくれないかな?」

 うんざりした様子の尊の声。だが天宮はいつものようにそれに気を高ぶらせることはなかった。何がどうなっているか全く理解出来なくて、それどころではないのだ。
 そして何がどうなっているのか分からないのは、護衛隊員たちも同じ。いきなり飛んできた火矢による攻撃に焦っているが、崖を目の前にして動けないでいる。

「……はあ。せめて前をしっかり見て、何かが見えたら逃げて。大丈夫。足下に見えているのは幻覚だから。いいね?」

 これを言うと尊は前に、何もないはずの空中を走って行く。それを見た天宮は勇気を振り絞って足を一歩踏み出してみた。幻覚だという尊の言葉を信じて。

「……本当だ」

 宙に踏み出したはずの足に確かに固い地面の感触がある。さらにもう一歩。結果は同じだ。それを確かめたところで天宮は駆けだした。前を走る尊の背中だけを見て。

◇◇◇

 尊たちのいる場所から少し離れた森の中。そこに深い藍色の髪の女の子が立っている。月子だ。腕を組み、不機嫌そうな表情で立っている月子。

「何、あの女?」

 彼女を不機嫌にしている原因は天宮。火矢を避ける為に、尊が天宮を抱きかかえて、車両の外に飛び出したのを見ていたのだ。

「コウ、何しているの? 攻撃を続けなさいよ」

 この場にいるのは月子だけではない。月子が決めた通り、コウ、そして牙が同行している、のだが。

「……ん?」

 すぐ側にいたはずの二人の姿が見えない。慌てて、周囲を見渡した月子の目に映ったのは。

「ち、ちょっと!? あんたたちどこ行くのよ!?」

 遠ざかっていく二人の背中だった。どうしてそんなことになっているか分からない月子は、その背中に向けて大声で怒鳴った。それに対して返ってきたのは。

「……い、いったぁああああっ!」

 後頭部を襲った衝撃だった。たまらずその場にしゃがみ込む月子。

「やっぱり月子か。そうだと思った」

 その月子の耳に、痛みの原因を作ったであろう男の声が聞こえた。

「やっぱりじゃないわよ! 私だと分かっていて、どうしてぶつのよ!?」

 立ち上がってその男、尊に向かって怒鳴る月子。

「だって敵だから」

 尊は笑みを浮かべながらその理由を答えた。それは笑みを浮かべて答えるような内容ではない。

「敵って……そうよ! それを聞きに来たの! どうしてミコトが奴らといるのよ!? やつらこそ敵でしょ!?」

「月子、うるさい。もう少し静かにしゃべって」

 耳を押さえて文句を言う尊。尊の言う敵に対する態度ではない。以前と変わらない月子への態度だ。それを感じて、月子は表情を改める。

「……説明して。どうしてミコトはやつらの味方をしているの?」

 尊の気持ちは以前のまま。そうであれば、どうして敵側にいるのか。その理由が月子は知りたい。

「それが必要だから」

「必要って……桜子は? 桜子は何をしているの?」

 ずっと一緒に生活していたのだ。月子は桜子、尊の妹の桜のこと、を知っている。尊が何よりも桜のことを大切にしていることも。

「……治療中?」

「治療って……えっ? 怪我しているの!?」

「そうじゃなくて、普通に戻せないかって」

 当然、月子は桜の事情も分かっている。これだけで尊の言いたいことが分かった。

「……それが奴等のところにいる理由?」

「そう」

「奴等なんて治せるの? ていうか治す気なんてあるの? ミコトは騙されているんじゃないの?」

「うーん。それは分からない。でも他に治せる人がいない」

「そうかもしれないけど……」

 最初の勢いはすっかり影を潜めて、月子も神妙な顔をしている。桜の、尊のために何とかしてやりたいが、自分には何も出来ないことを知っているのだ。

「……何をしているの?」

 そこに割って入ってきた声は天宮のもの。尊の後を追ってきた天宮は今の状況に混乱している。女の子は間違いなく『YOMI』。その『YOMI』のメンバーと、尊は仲良く話をしているのだ。

「邪魔しないで。貴女には関係ないでしょ?」

「関係ないって……君は『YOMI』でしょ?」

「だから何?」

「どうして彼と仲良くしているの?」

「ん? もしかしてヤキモチ? えっ? 何? ミコトは、こんな女が好みなの!?」

 まったく天宮の質問の意味を理解していない月子。理解する気がないのだ。

「そんなわけないから」

 苦笑いを浮かべて月子の問いを否定する尊。

「だよね。ということで邪魔者は消えて」

 用があるのは尊だけ。尊との久しぶりの再会の時間を邪魔されたくない。月子の心の中には、これしかない。

「そういうわけにはいかない。君が『YOMI』のメンバーなら僕は君を倒さなければならない」

「えっ? まさかの僕っ子? 今はそれが流行なの?」

「ふざけるな! 君たちは敵だ! 敵は倒さなければならない!」

 月子の馬鹿にした態度に、声を荒らげる天宮。その天宮の手から光の剣が伸びる。戦闘態勢に入ったのだ。

「ふうん。やる気なんだ。そっちがその気ならこっちもやってやるから」

 月子の手には天宮とは反対に漆黒の剣が握られている。殺し合いの始まり。そんな緊迫した空気が二人の間を流れた時。

「はい。お終い」

 尊が間に入ってきた。無造作に二人の剣を握る尊。その瞬間に両方の剣が霧散した。

「えっ……?」

 それに驚きの声を漏らす天宮。

「月子、もう帰って」

 尊はそんな天宮を無視して月子に帰るように告げている。

「嫌。帰るならミコトと一緒に帰る」

「僕は帰れない。理由は分かるはずだ」

「……また会いに来るから」

 桜が敵の手にある限り、尊は戻れない。ちょっと勘違いが入って、月子はこう理解した。桜を人質に取った天宮を睨み付けて、これも誤解だが、月子はその場を離れていく。ほんの数歩、先に進んだところで闇に溶けるようにその姿は消えていった。

「……彼らの仲間なのね?」

「彼女」

「……敵の組織に忍び込んでどうするつもり?」

「君は一つ勘違いをしている。僕は君の敵でも味方でもない。僕の仕事はただ君を守ることだから」

 天宮に対して敵味方という意識は尊にはない。第七七四特務部隊そのものに対してもそうだ。尊はただ、桜の穢れを払うことの代価として、仕事を請け負っただけだ。

「……敵を逃がした」

「月子は敵じゃない。それに逃がしたのではなく、僕は自分の仕事をしただけだ」

「どこが?」

「僕に月子を殺す気はない。そうなると君は月子に殺されることになる。だから僕は月子が君を殺すのを止めた」

「……僕が彼女に負けるというの?」

「負ける。だって君、最後まで月子の作った幻影を払えなかった」

「…………」

 尊の言うとおり、幻覚は消えていなかった。尊のあとを追ったから、大丈夫だという言葉を信じたからここまで来られただけだ。
 そのまま戦っていたらどうなっていたか。負けるという尊の言葉を、天宮は否定出来なくなった。

「僕は聞いたはずだ。本気で鬼に勝つつもりはあるのかって。君はまともに受け取らなかったけどね」

「……『YOMI』には他にも僕より強い人はいるの?」

「さあ? 皆と仲が良いわけじゃない。君の言う敵だっているからね」

「そう……」

 答えをはぐらかされた。それは分かっているが、尊の『YOMI』には敵もいるという言葉のほうが天宮は気になった。実際に尊は前回、容赦なく『YOMI』のメンバーを殺している。尊にとっては『YOMI』もまた敵でも味方でもないということなのかもしれない。第七七四特務部隊がそうであるように。そう天宮は思った。

 

◇◇◇

 鬼が頻繁に出現する湾岸地区。その湾岸地区は東西だけでなく南北にも分けられている。そのうちの湾岸南地区は海を超えた向こう側。旧湾岸地区とも呼ばれる地域だ。
 そこはかつて高層マンションが立ち並ぶ栄えた地域であったのだが今はその面影は残っていない。高層の建物はある。ただどれも廃墟として残っているだけだ。
 その原因はその地を一目見れば分かる。その地域が丸ごと水没しているからだ。
 水面から顔を出しているのは元公園であった場所の高台。そして高層マンションやビルの三階以上。
 そんなところに住む人は、実はいる。人の目を逃れて生きていかなければならない人々が密かにそこで暮らしていた。そうはいっても海を渡らなければ買い物も出来ない場所。一時的に身を隠す場所として利用している人がほとんど。
 こんな場所で定住しようなんて考える人間は、『YOMI』のメンバーくらいだ。

「そうか。本当にミコトだったのか」

 月子を含めた襲撃メンバーの報告を聞いているのは『YOMI』のリーダーである月見《つきみ》咲夜《さくや》。

「桜子を人質に取られて仕方なくよ。だからサク兄。ミコトを許してあげて」

 そして月子、月見《つきみ》歩弓《あゆみ》にとって兄でもある。

「事情は分かるがミコトが仲間を殺したのは事実だ」

「だからそれは仕方なく!」

「月子。お前の気持ちは分かるが俺は組織のリーダーとして判断しなければならない。ここには殺された仲間の友達だっているんだ」

 尊を恨んでいるメンバーもいるかもしれない。それで月子の言うことを聞いて、尊の罪を不問にしてはそれは身内びいき。組織のリーダーがやっていいことではない。

「……そうかもしれないけど」

 咲夜の言うことは理屈では分かる。だが月子の感情がそれを受け入れさせない。

「まあミコトはここにはいない。それで処分すると決めても意味はないな」

「そうよね」

 ただの先送り。それは月子にも分かっているが、ここで処分すると判断されるよりはマシだ。

「ただな……これから先の活動に支障が出るのは困る」

「桜子を助ければ良いのよ。そうすればミコトも戻ってくるわ」

「その桜子はどこにいる?」

「それは……」

 居場所が分からなければ助けようがない。

「望《のぞむ》に調べてもらえばいい。彼なら何か分かるはずだ」

「蛭子……」

 話に入ってきたのは『YOMI』の幹部の一人、蛭子《エビス》。車椅子に乗った蛭子はそのまま打ち合わせのテーブルについた。

「こういう時の為にお前の兄の望は残ったんだ。違うか?」

 蛭子がいう望は咲夜の双子の兄。『YOMI』の副リーダーだ。

「そうだな。頼んでみよう……その腕どうした?」

 不意に蛭子に向かって尋ねる咲夜。蛭子が現れた時から気になっていたのだ。

「ああ、新作だ。まだ完璧とは言えないが、これまでの中では最高傑作だと思っている」

 こう言いながら蛭子は銀色に光る指を動かした。銀色なのは指だけではない。腕、それも両腕全体がそうだ。蛭子は四肢を失っている。両腕は自分で開発した義手だ。

「そうか。それは良かったな」

「ああ。まだまだこれからだけどな。義足ももっと強化して、そうすれば僕も少しは戦えるようになる」

「戦えなくてもお前は貴重な戦力だ。頭脳ではお前が一番だからな」

「素直に喜んでおこう。さて話を戻すと桜子ちゃんの居場所が分かったとしても軽挙妄動はしないように」

 蛭子のこの台詞は月子に向けたもの。月子の性格では居場所が分かった途端に一人でも乗り込みかねないと思っているのだ。

「そんなことしないもん」

「だと良いけど。桜子ちゃんのいる場所は間違いなく、これ以上ないほどの厳重な場所に決まっている。軍の施設かもしれない。きちんと計画を立てないと戻れなくなるからね」

「……分かってるから」

「それと少しでも多く味方を増やさないと。この点でミコトくんを失ったのは痛いね。でもそのミコトくんを取り戻すには味方を増やす必要がある。困ったものだ」

「方法はある」

 ここで咲夜が会話に戻ってきた。

「どんな?」

「望からの情報だ。軍に入れる前に才能のある子供たちを鍛える施設があるそうだ」

「……それって鬼になる前。いやそれどころか精霊付きになる前だよね?」

「別にかまわないだろ? 俺たちに必要なのは力のある仲間だ。それが一カ所にまとまっているんだ」

 一人一人、資質のある仲間を捜し出すのは、かなりの労力がかかる。それこそ尊がいなくなったせいで。それが最初から一カ所にまとまっているのだ。作戦の危険性を別にすれば、効率的ではある。

「まあ、そうだけど……それはどこに?」

「それはまだ。もうすぐ詳しい情報が手に入る予定だ。そうしたら襲撃計画を考えてくれ」

「了解。任せておけ」

 結局それほど長い期間を空けることなく、『YOMI』と尊は遭遇することになる。『YOMI』が襲撃しようと考えている施設は特務部隊員を養成する為の組織。その一つが桜木学園、尊が学んでいる場所なのだ。