月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第17話 わずかな真実

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 『YOMI』の襲撃を受けた翌日。第七七四特務部隊の本部で天宮は葛城陸将補を問い詰めていた。よく一晩待っていられたなと思うくらいの勢いで。
 隣で話を聞いている立花分隊指揮官は、その勢いにハラハラしている。

「彼は『YOMI』と繋がりがあります! どうして彼から情報を得ようとしないのですか!?」

 天宮が納得いかないのは葛城陸将補が尊に対して甘いこと。敵との繋がりがあると分かっても、何もしようとしないことだ。

「……古志乃くんが『YOMI』と繋がりがあることは、何となく気付いていた」

 天宮から話を聞かなくても葛城陸将補は、尊と『YOMI』に繋がりがあることは感づいていた。その確たる証拠を得ただけだ。

「だったら! 何故、放置していたのですか!?」

 知っていたなら尚更、天宮としては納得がいかない。

「そうするしかないからだ」

「ですからその理由を僕は聞いているのです!」

「……ふむ。仕方ないか。今からする話は本人には決して知られないように。古志乃くんも薄々気付いていると思うから、話を向けられても知らないふりをしろ」

 天宮に引き下がる気配はないと見て、葛城陸将補は事情を話すことにした。そうしないと任務に支障が出かねないという判断だ。それにいずれは知られること。それを少し早めるだけだ。

「……分かりました」

「桜くんをどう思う?」

「……彼女は……生きているのですか?」

 桜について尋ねられれば、天宮としては、これを聞くしかない。これが分からないと何も言えない。

「どういう意味かな?」

「僕が見た彼女は死体でした。腐った死体が動いていたのです」

「……なるほど。天宮くんにはそんな風に見えていたのか」

 精霊科学研究所で天宮が気分を悪くした原因。葛城陸将補は今、それが分かった。天宮が尊の妹である桜を死体として見た理由は当然、分かっていないが。

「彼女は何ですか?」

「彼女は……恐らくはこれまで我々が知る中で最強の鬼だ。それも桁違いの」

「最強の鬼……」

 そうであることは天宮にも分かっていた。『穢れ』。天宮が桜から感じた印象はこれだったのだ。

「その彼女が大人しくしているのは、兄である古志乃くんがいるから。つまり古志乃くんは人質なのだ」

「彼のほうが人質?」

 葛城陸将補の説明は意外だった。尊は妹の為に仕方なく自分を守っている。天宮はそう思っていた。

「そうだ。我々はそう考えていた。そこで君のサポート任務に就くという口実で古志乃くんを妹から引き離し、私の管理下に置いた」

「……でも彼は」

「そうだ。ただの人質とするには惜しい不思議な力を持っている。それに気付いた私は彼を前線に出すことにした。その結果は想像していた以上のもの。彼もまた妹と同じ、特別な存在だった」

 尊の能力を見いだしたのは葛城陸将補だ。尊の言動や鍛錬の様子を見て、何かおかしいと思った。尊が持っている何かを確かめるつもりで前線に出したのだが、『YOMI』との戦いは誤算だった。そこまで危険な戦いに出すつもりはなかったのだ。
 結果として、尊の力を確かめることが出来て成功だったが。

「彼ら兄妹は何者なのですか? 行方不明になっていたのですよね?」

「ああ、知っていたか。そうだ。あの兄妹は二十年以上前に行方不明になった。それであの容姿なのだ」

「彼らはどこにいたのですか?」

「分からん。それについては二人とも何も語らない。記憶がないと言い張っている」

「それを聞きだそうとは思わないのですか?」

 記憶がないなど嘘だと天宮は思っている。行方不明の間、彼らがどこにいたのか。どうして若いままなのか。それを知ることが出来れば、二人の秘密は分かると考えている。

「彼らが自ら話す気にならなければ無理だ」

「……どうして彼らにそこまで甘いのですか?」

 あくまでも彼らの意思に任せると葛城陸将補は言う。それが甘いと天宮は思う。厳しい尋問で口を割らせるべきだと。

「彼女の協力が必要だから」

「鬼に求める協力って何ですか?」

 何故、倒すべき鬼を大切事にするのか。天宮にはまったく理解出来ない。

「追及が激しいな。そうだな……天宮くんは精霊エネルギーについてどこまで知っている?」

「精霊エネルギーですか? 未来のエネルギーということしか知りません」

 いきなり話が変わって、天宮は不満そうな顔を向けている。葛城陸将補が話を誤魔化そうとしていると疑っているのだ。

「君たちが使う精霊力と精霊エネルギーが同じものであるということは?」

「それは、知っています」

 知ってはいる。だがそれを意識したことはない。自分の力で電気はおこせない。そんな軽いことしか考えたことがないのだ。

「精霊エネルギーは未来のエネルギーと言われているが、ただ利用するだけであれば今すぐにでも利用出来る」

「えっ?」

 葛城陸将補の説明を聞いて天宮は驚いた。精霊エネルギーはまだまだ研究途上。天宮はそう思っていた。研究していることさえ、まだ公にされていないのだ。

「石油もガスも燃やすことで、もしくはそれによって生まれる熱エネルギーを利用して動力を動かす。詳しくは聞かないでくれ。別に私は専門家ではないからな」

「はい……でもそれが何なのですか?」

「スピリット弾は当然知っているな? 火属性のスピリット弾は火に変わる。そうさせる技術はもう出来ているのだ」

「あっ……」

 精霊エネルギーはすでに石油やガスの代わりになり得る。天宮の知識ではあくまでも燃やす原料としてという理解でしかないが。

「素人考えでいえば風も水も使える。水力発電、風力発電、特に風力発電だな。精霊エネルギーを変化させれば、常に必要量の風を発電機に送り続けられる。それが効率的かは別にして」

「……精霊エネルギーを常に供給するのは難しいと思いますけど?」

 それはさすがに考えが安易過ぎると天宮は思った。スピリット弾は永遠に燃え続けるわけではないのだ。だがこれは天宮の知識不足だ。

「……ああ、そうか。基本的な説明を忘れていた。精霊エネルギーが何故、原子力の代替エネルギーとして期待されているか。それは精霊エネルギーは消えないからだ」

「えっ? そうなのですか?」

 これは天宮の全く知らない知識だった。

「スピリット弾は燃え尽きると考えていたようだが、そうではない。火に変化する時間が終わっただけ。一定時間が経過すると威力は落ちるがまた使えるようになるそうだ。実際のところは知らないが、事実であれば半永久的に使えることになる」

「知りませんでした」

「それはそうだ。精霊エネルギーは機密事項だからな。さて話を戻す。今すぐにでもエネルギーとして使えるのに何故、政府は精霊エネルギーを秘密にし続けるのか? 実用化に向けてまだ超えられない、超えられる見通しも立っていない壁があるからだ」

「それは何ですか?」

「『穢れ』だ」

「えっ?」

 まったく頭の中になかった理由。そもそも『穢れ』と言われただけでは天宮には理解出来ない。

「精霊力と精霊エネルギーは同じ。そうであれば精霊エネルギーだって穢れる。さて精霊エネルギーを使って飛ぶ飛行機が出来たとする。穢れてしまったらどうなる?」

「……分かりません」

「そうだな。分かっているのは属性が変わることだ。しかもどんな属性になるか分からない。飛行機はまず間違いなく落ちるだろうな。では発電所で穢れが起きたら? 止まるだけであればまだいい。とんでもないことになる可能性だってあるのだ」

 そんなエネルギーを使えるわけがない。だから精霊エネルギー研究は未だに秘密にされているのだ。『穢れ』を防ぐ技術が確立出来るという見通しが得られるまで。

「……すみません。今の話は分かりました。それと彼らの話がどう繋がるのですか?」

「桜くんの『穢れ』を祓うことが出来れば、精霊エネルギーにも応用出来る。何故穢れるかが分かれば、それを防ぐことが出来る。桜くんは精霊エネルギーの実用化にあたって、どうしても必要な研究素材なのだ」

「…………」

 

 葛城陸将補の話は分かった。だがそれと共にまた別の、どうにも納得出来ない思いも湧いてくる。
 桜は死者なのかもしれない。だが兄の来訪を喜ぶ感情がある。研究素材として見られていることを本人は、尊はどう思うのか。

「非道なことをしているとは私も思っている。だが次世代エネルギー開発は、この国の未来の為に絶対に成功させなくてはならないのだ」

 これを斑尾教授が、政府の人間が口にすれば葛城陸将補は不快に思う。だが天宮を納得する為にはこう言うしかなかった。

「だから二人に甘い……いえ、甘くなんてないですね。はい。良く分かりました」

 彼らが置かれている立場を考えれば、甘いなんて言えない。彼らが払っている代償、彼らがもたらすかもしれない功績には、全く見合わないものなのだ。

「……研究は早まる可能性がある」

「そうなのですか?」

「『YOMI』だ。彼らは『穢れ』を祓われた存在ではないのか? そうだとすればその方法を知っている人がいるはずだ。だが不思議なのは」

「彼はその『YOMI』にいたはず。恐らくは妹も」

 『穢れ』を祓う方法を知っている組織にいて、何故、桜はそれを施されていないのか。それが二人の疑問だ。

「本当に古志乃くんの妹さんは鬼なのですか?」

「何?」「えっ?」

 割り込んできたのは立花分隊指揮官。二人の頭にはなかった疑問を口にしてきた。

「天宮さんは、これまでも鬼が死体に見えたことがあるのかな?」

「……いえ、ありません。彼女が初めてです」

 そんな経験はない。だから桜を見た時に天宮はひどく動揺したのだ。

「妹さんだけが特別。でもそれは鬼の中で特別な存在なのではなくて、鬼とはまた別の特別な存在なのかもしれない」

「何故、そう思った?」

 葛城陸将補が、立花分隊指揮官にそう考えた理由を尋ねてきた。

「兄である古志乃くんが特別な存在だからです。古志乃くんを鬼だとは誰も考えません。鬼でない特別な存在をすでに認めているのに、妹さんはそうだと考えない。どうしてなのかと自分は疑問に思います」

「……そうだな」

 立花分隊指揮官の言うとおり。尊を鬼以外の特別な存在と考えるのであれば、その妹である桜もそうであると考えることが普通。その逆もそうだ。桜が最強の鬼と考えていて、何故、兄でありずっと一緒にいただろう尊は違うと考えたのか。
 その答えは適合率ゼロパーセント。この事実が尊は精霊力とは関係のない存在だと思わせたのだと葛城陸将補は考えた。今となっては怪しさしか感じない適合率ゼロパーセントという事実が。

「まだまだ精霊力について知らないことが多くある。そうであるのにその力を使って良いのか……いや、これは私が言っていい台詞ではないな」

 精霊エネルギーはまだまだ危険と判断して実用化は先の話となっている。そうであるのに同じものであるはずの精霊力は実用化して良いのか。天宮たちが使っているだけではない。武器として、対鬼専用とされているが、すでに実用化しているのだ。
 自分たちは何かを間違っているのかもしれない。それが何かは分からないが、漠然とした不安が葛城陸将補の心に広がっていた。