クラウディアは仲間たちと共に森の奥に向かって進んでいる。全体で五十人のパーティ。当初予想していたよりも少ない数だ。パーティの中にはイーストエンド侯爵の配下の人も多くいる。それを考えると予定の三分の二程度しか集まらなかったことになる。
それでも相手が三十人であれば十分な数だが、その五十人には子供たちも入っている。彼等の実力はクラウディアも知っているが、それでも実戦となれば勝手が違うはず。子供たちがきちんと戦えるか不安を感じている。
そしてクラウディア以上に子供たちの存在を不安に思っているのは、このパーティのリーダー役。メンバーに子供たちがいると分かってからずっと落ち着きがない。
「ディアちゃん。情報をもう一度確認させてくれ」
「うん。最初の盗賊の拠点はもうすぐだね。その近くに更に二か所、盗賊のアジトがあるはず」
「割と近いんだよな?」
「そうだね。戦いが長引くと気付かれるかも」
盗賊のアジトは固まっている。それもまた普通の盗賊ではないとイーストエンド侯爵家が疑う点だ。
「逃げられないようにしなきゃだな」
「逆に向かってくるかもよ?」
「その可能性が……そうか、やけに近い場所にアジトがあると思っていたけど、仲間ってことか」
わざと近い場所にアジトを置いている可能性に、ようやくリーダー役の傭兵も気が付いた。
「絶対とは言い切れないけど、可能性はあるね」
「いかんな。俺としたことが、そんなことにも頭が回らないなんて。しかし、それは……」
リーダーの頭が回らない原因は、すぐ後ろを歩いている。
「もう遠いわ。まだ着かないの?」「でも楽しいよ」「遠足ってやつだね?」
「遠足ってなんだ?」「みんなで遠くまで歩いて遊びに行くんだって」
「暇人だな」「お腹減ったな」「そういえばオヤツっての持ってこなかった」「暗い」
「…………」「……眠い」
子供たちにはまったく緊張感というものがない。そんな態度がリーダーを、クラウディアもだが、ますます不安にさせてしまうのだ。
「静かにしろよ。またおっさんに怒られんぞ」
年長のジャンが他の子たちに静かにするように言った。
「おっさんだと!?」
だがそれもリーダーの心を刺激してしまう。
「子供の言うことだから」
「しかし、奴らはただの足手まといだ。なんであんなガキどもが俺のパーティに」
「少なくとも魔法の実力はかなりいけるはずだから」
リーダーの不安を取り除こうと、クラウディアは魔法の実力があることを教えた。
「そうなのか? あのガキどもが全員、魔法の実力者なら」
「知っているのは三人かな?」
「やっぱり足手まといだ……」
だがそれだけでは不安は消えない。消えるはずがない。子供たちの見た目が、それなりに実力者であるリーダーの目を眩ませてしまっている。
「でも一応、全員ランクCなのだから、それに見合う実力はあるってことだよ」
「それが信じられない。何で? 何かインチキしていないか?」
同じ傭兵であるリーダーも子供たちの働きぶりを良く分かっていない。夏たちは常に仲間だけで行動しているので、傭兵の間でも情報が広まらないのだ。
「おっさん」
「俺をおっさんと呼ぶな!」
「……声、大きいよ。もう目的地に着くぞ」
「ん? おお、本当だ。よし一旦停止だ」
進行方向の少し先から木々は途切れ、少し開けた場所がある。その更に先が盗賊のアジトだ。
まだ陽が暮れるには少し時間がある。奇襲をかけるなら日が暮れたあとでも良い。だが殲滅を狙うのであれば、逃げる盗賊を見失わないように、まだ明るい今突入したほうが良い。
「突入だ。一人も逃がすな」
リーダーは殲滅を選んだ。良い選択だとクラウディアは思う。ここで一人でも逃がしてしまえば、他のアジトの盗賊に襲撃が知られてしまう可能性があるのだ。
「よし。行くぞ」
「ほんとに行くの?」
いざ戦闘開始、というタイミングで割り込んできた声。
「……おい。その子供を黙らせてくれ。気が抜ける」
「なんだよ、マーチ。怒られちゃったぞ。ビビったのか?」
「違うよ。あの建物に行ってどうするつもりなのかと思って」
「……黙らせられないなら。置いてくぞ」
何を今更。任務の目的も分かっていないのだと思って、リーダーは呆れかえっている。
「おっさん。ちょっと黙ってろ」
「なんだと!?」
「マーチ。気になるのか?」
「うん。誰もいないんじゃないかな?」
「へえ。そういうことか」
マーチの説明を聞いたジャンは納得した様子だ。
「おい、何を勝手に納得してる。子供の戯言に付き合っている暇はない。日が暮れる前に制圧を終わらせたいんだ。突入だ」
だがリーダーはそうはならない。この期に及んで訳の分からないことを言い出したマーチに苛立っている。
「どうぞ。行きたければ行けよ」
「……もう良い。どうせ最初から戦力として期待してない。お前等は後衛として待機していろ。残りの者で行くぞ」
「「「おお」」」
リーダーを先頭に傭兵たちは先に進んでいった。当然正面からではない。いるであろう盗賊の見張りの目を避けて、木々の間を警戒しながら進んでいる。
「本当に行っちゃったよ」
「ねえ、どういうことなの?」
「あれ、ディアは行かなかったのか?」
一緒に先に進んだと思っていたクラウディアが、この場に残っていたことに、ジャンは軽く驚いている。
「私は回復役だから」
「あっそ」
クラウディアは最初から後衛と決まっていた。傭兵として働いている時のいつもの役割だ。
「それで?」
「それはこれからマーチに聞くんだよ。それでマーチ。ヤバそうなのは何処だ?」
「……あの人たちが進んでいる森の中とその反対。両側かな?」
マーチは盗賊がいるはずの建物ではなく、その外。森の中を危険と感じている。
「だってさ。フー、どうする?」
「俺は作戦を考えるのは苦手だ」
「なんだよ。やっぱ、フーだな。マーチ、お前ならどうする?」
冬樹から求める答えを得られなかったジャンは、また問いをマーチに向けた。
「左はあの人たちに任せて」
「それじゃあ、不意打ちを食らっちゃうわよ」
マーチの考えにジュンが駄目出しをしてきた。
「えー、だってあの人たちが悪いんだよ」
「まあそうだな」
不意打ちを食らうのはマーチの忠告を無視したから。無視されたマーチもジャンも自業自得だと考えている。
「じゃあ、降らせちゃう? 本番で試したかったんだ」
ジュンも先に進んだ傭兵たちを心配していたわけではない。自分の魔法を試してみたいだけだ。
「ジュン、出来るのか?」
「当然。エイプリル、行くわよ」
「ええ」
ジュンはエイプリルと連れだって、少しだけ前のほうに進み出た。早速、攻撃の準備に入ったのだ。
「左はジュンたちにお任せで良いわね。右は力技でいいか。メイ、迎撃の準備を。私が吹き飛ばすから、相手の魔法に備えて」
「ん」
ジュンたちの反対を担当するのは夏とメイ。
「よし。じゃあ左の支援にセップ、ノブ、ディッセ。無理するなよ」
「おお」「……ん」「俺一人で十分」
「よし、行くか」
さらに他の子供たちも冬樹の指示を受けて動き出した。
すぐ側で聞いているクラウディアだが、彼等が何をしようとしているのか分からない。分からないままに、とにかく後を追った。
「エイプリル、補足!」
先に前に出ていたジュンの声。エイプリルと手を繋いでいる。
「……見えた!」
「私も! それ、いけぇええええっ!」
ジュンの頭上に立ち上った魔力が空高く舞い上がる。大きな魔力の塊。それがはじけたと思った瞬間、先の森の中に氷の刃が降り注ぐ。
「後衛! 何してるんだ! いや、違う……敵だ! 伏兵がいるぞーーー!!」
森の中からリーダーの叫び声が聞こえてくる。本当に敵がいたのだ。その声が聞こえると同時にセップ、ノブ、ディッセの三人が森の中に飛び込んでいった。
それとは別に反対側の森を見つめている夏とメイ。
「出てこないわね。魔法が先かも? メイ、準備は?」
「ん。大丈夫」
「ほら来た! 今よ!」
「んんんー!」
木々の間を通り抜けて魔法が飛んできた。
その時には、すでにメイの周りにはいくつもの魔法の玉がくるくると回りながら浮かんでいる。その魔法の玉が次々とメイの周りを離れて、敵の魔法に向かって飛んでいく。ぶつかり合う魔法。敵の魔法はひとつも届くことなく、消えていく。
「じゃあ、次はあたしの番……吹き飛べぇー!」
次は夏の番。夏がずっと練習してきた火と風の融合魔法。その魔法が森の中に到達した途端に、真っ赤な閃光が木々の間を広がっていく。
「見えたら突っ込むぞ」
「「おお」」「「はーい」」「「はい」」
飛び出してくる敵に備える冬樹と子供たち。
夏の魔法に耐えきれた敵などいるのかとクラウディアは思ったが、その考えは間違いだった。森の中から次々と飛び出してくる盗賊たち。
ただの盗賊とは思えない統制が取れた動きだ。
「……思ったより強そうだ。気合を入れろ!」
冬樹もすぐに敵が只者でないことに気付いた。
その冬樹を先頭にして現れた敵に向かう子供たち。それにかまわず横を通り過ぎて飛んでいく幾つもの魔法。冬樹が先頭の盗賊に向かって剣を一閃。だがその剣は相手に受けられた。
簡単に倒せる相手ではないようだと考えたクラウディアが子供たちに視線を移すと、彼等は二人一組になって盗賊に立ち向かっている。足下を狙う子。首筋に剣を伸ばす子。
仲間に加勢しようとする他の盗賊たちだが、飛んでくる魔法に対処するので手一杯な様子だ。
「左、苦戦中!」
エイプリルの声が響く。
「メイ。左の支援」
「右は?」
「ディアちゃんがいる。大丈夫よね?」
「あっ、うん。大丈夫」
皆の戦いに気を取られて、クラウディアは何もしていなかったことに気が付いた。慌てて右側で戦っている冬樹たちの支援に回る。戦っている仲間に死角から近づこうとする盗賊に向かって、次々と魔法を放っていく。
「……ねえ、あれ本当に盗賊? 冬樹が結構苦戦してるわ。この辺りの盗賊ってそんなに強いの?」
「分からないけど、私もおかしいと思う」
「そうよね。でもとりあえずヤバいのは一人だけみたいだから、大丈夫かな?」
冬樹は最初に斬り結んだ盗賊とまだ戦っているが、その間に子供たちは多くの盗賊を倒している。もう二対一で戦うこともしていない。その必要のない相手だと判断したのだ。
「皆、強いね」
「そう? こういう戦いは初めてだから、ぎこちないでしょ?」
「私も戦いは詳しくないから。でもやっぱり強いと思う」
「まだまだよ」
この程度で満足など出来ない。夏たちが目指す高みは遙か遠くなのだ。
「皆が使ってる魔法って特殊だね?」
「ああ、あれは……ヒューガの趣味ね」
「ヒューガはあんなの使えるの?」
もともとヒューガに魔法を教えたのはクラウディアだ。その彼が自分には使えない魔法を会得したと考えて、クラウディアは驚いている。
「違うわよ。勝手にイメージだけ教えていったの。それもかなりデタラメなのをね」
「デタラメ?」
「ジュンが使ったのはミサイルのイメージね。それも誘導装置付き。一人では出来ないから、エイプリルが敵の位置を捕捉してジュンに伝える。ジュンはその情報を元にミサイルの形を真似た氷の魔法を敵に向かって飛ばしてるの」
「……ミサイル?」
そもそもミサイルがクラウディアは分からない。結局、こういうことなのだ。子供たちの魔法を特殊だと思うのは、この世界にないものをイメージしたものだから。才能の差が大きいわけではない。
「メイのは、昔のロボットアニメの兵器が原型ね。元々は攻撃用だけど、それを防御に応用させた感じ。まあ、メイの性格だとそっちのほうが合っているから自然にそうなったのかしら? 魔法の玉をくるくる回して、攻撃が来たらその魔法の玉で防ぐ。メイはそれを遠距離でも制御出来る様になったので、ああやって飛んでくる魔法の迎撃にも使えるの」
「ロボットアニメ?」
またクラウディアが想像も出来ない言葉が、夏の口から飛び出してきた。
「……何を言ってるか分からないわよね? 大丈夫、私もよく分かんないから。結局、ヒューガよりも、それを形にしちゃった子供たちのほうが凄いのか」
「そうだね」
「よし。右は終わった。エイプリル、左は?」
「もう終わる」
「だって。とりあえずこの戦いは終わりね」
冬樹たちの側の戦闘はもう終わっている。傭兵たちが向かった側の様子は目では見えないが、エイプリルがもうすぐ終わりというからには、終息に向かっているのだ。
「あちゃ~。さて、ディアちゃん。疲れたでしょ? 奥で休もうか?」
夏はこう言うと、クラウディアの腕を引っ張って、元いた場所に連れて行こうとする。まだ皆が戻ってきていない。こう思って後ろを振り返ったクラウディアの目に飛び込んできたのは、倒れた盗賊に剣を突き立てている子供たちの姿だった。
「……あれは何をしているの?」
「えっと、何をしてるのかなぁ?」
それだけではない。別の子は、盗賊が持っている剣を何本も胸に抱えている。
「……あれは?」
「さあ、何だろ?」
「ナツちゃん! あんな真似させちゃだめだよ!」
子供たちは倒れた盗賊にとどめをさしている。子供たちは死んだ盗賊の持ち物を奪おうとしている。そんな真似を子供がしてはいけない。そう思って夏に詰め寄ったクラウディアの耳に、クスクスという笑い声が聞こえてきた。
ジュンとエイプリルの笑い声だ。
「……何が可笑しいの?」
「だって、ディアが変なこと言うから。ねえ」
「ねえ」
「あんなことしたら駄目だよ」
「何が駄目なの?」
「何がって……」
「生き残った盗賊が仕返しにきたらどうするの? それに死んだ人はもう何も必要としないわ。ねえ」
「ねえ」
「ん」
エイプリルだけでなく、メイまでジュンの考えに同意を示した。
「……メイちゃんまで?」
「だって、仕返しこわいもの。ちゃんと殺さないとダメ」
彼女たちの笑顔が怖い。無邪気な笑顔。それは何も悪いことはしていないと思っている証拠。クラウディアが知らない子供たちが目の前にいる。
「クラウ様」
固まっていたクラウディアに、イーストエンド侯爵家の騎士が声を掛けてきた。
「……何?」
「ちょっと、よろしいですか? その、こちらに」
その騎士は子供たちを避けるように、少し離れた場所にクラウディアを連れて行った。騎士の顔も強ばっている。クラウディアと同じだ。
「……あの子供たちは何者ですか?」
「何者って……」
「とても子供の戦い方とは思えません。こちらに来たのは三人だけですが、これが驚くほど強い」
「……彼等はギゼン殿の教えを受けています」
子供とはいえ剣聖と呼ばれた人の弟子。強くて当然。だがただ強いというだけでは、騎士はこんな風に話すことはしない。子供たちの前でその強さを褒めれば良いのだ。
「どのような教えなのでしょう?」
「どういうこと?」
「敵に対して全く容赦がありません。いや、戦いなのですから、それが正しいのですが。後ろから足の腱を切り、倒れたところで喉を掻っ捌く。ちょっと過激な表現ですが、そんな戦い方です。噴き出す血で自身が血まみれになろうがお構いなし。感情なんてものを一切感じさせずに黙々と敵を無力化させていく。そんな戦いでした。あれが子供とは私にはとても思えません」
「そう……」
別の場所で戦っていた三人も同じ。騎士の表現だけで考えれば、クラウディアが見ていた男の子たちの戦い方以上の凄惨さだ。
「この件は侯爵様に報告いたします」
「ちょっと!?」
「彼等は危険です! あれはただ敵を殺す為だけに作られた武器です。私はそう感じました」
「報告するなら、もう一つ報告してくれよ」
「なっ!?」
割り込んできた声。それが今話していた子供の一人だと知って、騎士は焦った様子だ。
「ジャンくん……」
「なんだよ、こそこそして」
「違うの!」
「別にそれはどうでも良い。今に始まったことじゃないからな。それよりも報告。これはそっちの兄ちゃんに伝えたほうが良いのか?」
今更気にしない。これはクラウディアにとっては良くないことだ。ジャンはクラウディアに何も期待していない。すでに彼女の評価を終えているという意味なのだから。
「……何だろう?」
「こいつら本当に盗賊か?」
「どうしてそう思った?」
「こいつらの装備。防具はおいら達とそう変わらないのに、武器だけは妙に上物を使ってんだよ」
「それがおかしいと?」
ただの盗賊ではないことは騎士も分かっている。だがジャンの視点は騎士にはないものだった。
「ああ、おいらが知ってる悪人ってのは生き延びることを大事にする。武器なんかより防具に金を掛けるんだよな。でも、こいつらは逆だ」
「なるほど」
「それだけ? 反応鈍いな。じゃあもう一つ。武器は使い込んだ感じだけど防具は、新品とはいかないけど馴染んでないな。寸法が合っていないのまでいた」
「……偽装だな。盗賊に成りすましたということだ」
想定していた事態の証拠が見つかった。騎士にとっても収穫だ。だがジャンが求めている反応は、こういうことではない。
「なんだよ。気付いているじゃんか。余計なお世話だったな。それでどうなるんだ?」
「どうなるとは?」
「おいら達の受けた依頼は盗賊退治。それが盗賊じゃなかった場合、依頼はどうなるんだって聞いてる。続けるのか? 止めるのか?」
「それは……」
盗賊が偽物であろうと、どこの何者であろうとジャンには関係ない。重要なのは依頼は続くのか、これで終わりなのかだ。
「どっちか決めてくれ。兄ちゃんが決められないなら決めれる人に聞いてくれ。おいら達はあんたちが思っているより暇じゃないんだよ」
この依頼が終われば、ジャンたちはヒューガに会いに行ける。出来ることなら、これで終わって欲しいと考えているのだ。
「良いだろう。判断を仰ぐことにする」
「ジャン! 勝手に話を進めないでくれる?」
ここで夏が割り込んできた。
「だって、ナツ姉が話をしないからだろ?」
「内緒話をしているところに近づいたら悪いでしょ? そういう時は気を使わないと」
「……そっか。盗み聞きしちゃったな」
盗み聞きする意図はジャンにはなかった。依頼の終わりかどうかの結論を早く得たかっただけだ。
「そういうことよ。さっ、皆の所に戻って」
「おお、了解」
夏と話すジャンはいつもの暢気な雰囲気のまま。クラウディアにはそれがかえって怖い。人を殺した直後であるのに何も変わらない子供たちが怖い。
「……ナツちゃん。ナツちゃんは平気なの?」
「あの子たちはそういう育ち方をしてたの。油断をしてたら殺される。生きるためには殺さなければならない。そういう世界で生きていたのよ。まっ、あたしも詳しく知ってるわけじゃないけどね」
「……ヒューガは? ヒューガは知っているのかな? あの子たちの本当の姿」
子供たちと繋がりが深いのはヒューガだ。ヒューガは子供たちの本性を知らないで仲良くなったのではないか。そうクラウディアは考えた。そうであって欲しいのだ。
「……知ってるでしょうね。ディアちゃん、あたしやっと分かった気がするわ。なんであの子たちがヒューガを受け入れたか」
クラウディアの期待に気付いている夏だが、それに応える言葉を口にするのは止めておいた。
「……なんで?」
「ヒューガはあの子たちの全てを知っていて、その上であの子たちを受け入れた。あの子たちにとってヒューガは、一切自分を飾る必要のない存在なんじゃないかな? 普段のあの子たちもあの子たちの本当の姿よ。周りを偽っているつもりはないと思う。でも多分、ヒューガはディアちゃんのような反応をあの子たちに対してしなかった。かといって知らない振りもしてないわね。ちゃんと事情を聞いていて、それは仕方がないと認めてあげたのだと思う。まあ、これはあたしの想像だけどね」
「ヒューガが? そんなの――」
「聞いてみようか? ジャン!」
否定しようとするクラウディアの声を遮って夏は、皆の所に戻っていたジャンに呼びかけた。
「何だよ!?」
「貴方って、どうやってヒューガと出会ったの!?」
「えー、それ話すのか?」
答えを躊躇うジャン。それでもう夏は自分の考えが大きく間違っていないと分かる。
「いいから教えて!」
「ヒューガ兄が変わった服着て路地裏をうろうろしてたから、いいカモだと思って!」
「それで!?」
「後ろから襲ったのだけど、逆にやっつけられた!」
「それって殺そうとしたの?」
「まあな!」
それが初めてではなかったはずだ。ジャンはそれ以前から人を襲っていた。逆に襲われたこともある。それが当たり前の世界で生まれ育ったのだ。
「それでよく無事だったわね!?」
「……なんでそんなことするだって聞かれた。飯の為だって言ったらそれは無駄だって。ヒューガ兄も無一文だったからな」
「それで?」
「助けてやるから道案内しろって言うから、貧民区に連れて行って飯を出してやった!」
「何? 同じ釜の飯を食べたから仲良くなったの?」
「違う! ヒューガ兄は食べなかった! 毒入りだったからな! 後で役人に告げ口されたら困るから! でもばれた! ヒューガ兄はなんとなくって言ってたけど、本当にそうなのかな!? 今でもなんでばれたのか不思議だ!」
ジャンは簡単にヒューガを受け入れたわけではない。二度も殺そうとしているのだ。
「それで!?」
「そうなると、こっちはお手上げ。降参した。それにヒューガ兄は約束を破らない人だって、なんとなく分かったからな!」
これはかなり説明を省いている。この時点では殺すことを止めただけ。ヒューガは約束を守る、信頼出来る相手だと本当にジャンが思えるようになるまでには、もっと時間が必要だった。
二度も殺されそうになっていて、それでも貧民区を訪れ、ジャンと普通に接していたヒューガの異常さがそれを可能にしたのだ。
「そう! ありがと!」
「変なこと聞くなよ! ヒューガ兄にもずっと言われてたんだからな! 無一文の男を襲うなんて、お前は馬鹿だって!」
「もう聞かないわよ! ほらね、こんなことだと思った」
「…………」
クラウディアは言葉が出ない。義兄弟のような立場になった二人の出会いが、こんなことだとは思っていなかった。何故、ヒューガは毒を盛ったジャンを許せたのか。自分がヒューガの立場であればどうか。考えるクラウディアだが、彼女であれば許す以前に殺されているだろう。
「……この際だから言っておくけど、ジャンは嘘をついたわよ。ヒューガがただ事情を聞いたってのは嘘ね。ジャンは嘘をつく時、言葉が変になるの。考えながら話そうとするせいね」
「嘘って?」
「これも想像だけど、ヒューガはジャンを殺そうとしたんじゃないかな? でもジャンが必死に謝ったか、何かの理由でそれを止めた。ヒューガは敵に容赦するような人間じゃない。それが子供であっても変わらないと思う」
「……どうして、そんなことを言うの?」
夏がヒューガを酷く言う理由が、クラウディアには分からない。ヒューガがジャンを殺そうとしたなんて話は、クラウディアには受け入れられない。
「ディアちゃんがヒューガを美化していたら困るから。あたしもちょっと忘れてたのよね。ヒューガはあの子たちと同じ。自分が生き残る為であれば、どんな汚い手でも使おうとするわ。決して善人じゃない」
「…………」
クラウディアのヒューガに対するイメージを夏は否定している。おそらくヒューガはクラウディアの前では善人だった。彼女はヒューガの本当の顔を実際に見たことはないのではないかと夏は考えたのだ。
「あたし思ったんだけど、ディアちゃんはしばらく私たちと距離を置いたほうが良いと思う。ヒューガのことだけじゃない。今日のディアちゃんの反応は、あの子たちにとって好ましいものじゃなかったと思うの。ごめんね。もっとあたしが上手く隠してあげれば良かった」
「……私は」
言葉が続かない。また明日、子供たちに会って、普通でいられる自信がクラウディアにはないのだ。
「あたしが言いたいのはこれだけ」
「……もうひとつ教えて」
「何?」
「こんなことを聞くのは失礼かもしれないけど、ナツちゃんとフーくんはどうして子供たちに受け入れられているの?」
自分と夏の何が違うのかとクラウディアは思った。少なくとも夏がヒューガのような経験をしていないのは確実だ。それでいてどうして夏は子供たちに受け入れられたのか、クラウディアには分からない。
「冬樹はあの子たちに人を殺した経験があるのを気付いていたわね。あたしはまったく。冬樹が気付いていたことにも気付かなかった。そういう意味では冬樹はヒューガと同じ。それを一切表に出さず、変わらずあの子たちと接していたのね。あたしは何でだろ? 分からないわ」
「そう」
クラウディアが考えているほど難しい話ではない。ヒューガの知り合いだという時点で、夏は危険な人物ではなくなっている。ここまではクラウディアも同じだ。二人の違いは子供たちと正面から向き合っているかどうか。優しく面倒を見るだけでなく、怒る時は本気で怒っている。子供たちにどう思われるかなど気にすることなく、自分の感情を素直に見せているのだ。
そんな夏は子供たちから見て、気を使われている相手でも気を使う相手でもない。つまり、家族なのだ。
「じゃあね。ディアちゃんがヒューガにとって大切な存在であることには変わりはないと思う。だからきっと、また会える時が来るよ」
「……そうだね」
夏の何気ない言葉の裏に隠されていた意味にクラウディアは気付かなかった。
――このあと、ギルドによる盗賊討伐は中止となり、彼女たちは街に戻ることになった。夏たちが姿を消したのは、その数日後だ。