月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

逢魔が時に龍が舞う 第13話 見捨てられた土地

異世界ファンタジー小説 逢魔が時に龍が舞う

 湾岸地区は国から見捨てられた場所。こんな風に言われるくらい、震災後の復旧が進んでいない。被害が甚大であった湾岸地区を復旧するには、ただ元に戻すだけでなく、津波も含めた地震対策を施すことも必要で、それには莫大な費用がかかる。それよりも新都心や他の地域に機能移転を行うことを優先したほうが良いと判断された結果だ。
 見捨てられたという表現も、まんざら間違っているわけではない。ただ見捨てられて困っている人の声が小さすぎて、大きな問題にならないだけだ。荒れ果てた湾岸地区に住もうと思う人は、他に選択肢のない社会的弱者、もしくは犯罪者ばかりなのだ。
 その中でも、もっとも酷い湾岸東地区にあるスラム街。奇跡的に住宅地が残った、残っただけで人が快適に住める状態のものはほぼないが、その場所を女の子が歩いている。
 夜空のような深い藍色に染められた髪。黒目の大きい、気の強さを感じさせる、やや釣り上がった瞳。小さなピンク色の唇。美少女と表現するに十分な容姿を持った女の子。こんな場所を一人で歩くには危険過ぎる容姿の女の子なのだが、当人にはまったく恐れる様子はない。
 実際に狭い路地の間で、女性が襲われているというのに。

「誰か、助けて!」

 服を引き裂かれた姿で、叫び声をあげている女性。複数の男がその女性の体に群がっている。
 襲われている女性も一人ではない。もう一人、素っ裸で地面に寝かされ、男にのしかかられている女性。ただこちらの女性のほうは、すでに叫ぶ気力も失われているようで、生気のない瞳を宙に向けている。

「止めて!」

「叫んでも無駄! この場所で他人を助けようなんて奴はいねぇよ!」

 女性を襲っている男の一人が叫ぶ。男の言うとおり、女性を助けようとする人はいない。この場所はスラム街の中でも最悪な場所。犯罪者でも避けて通る場所なのだ。

「止めて! お願い! 家に帰して!」

「うるせえ! 諦めて大人しくしやがれ! たっぷり楽しませてやるからよ!」

 引き裂かれた服が剥ぎ取られ、女性の白い肌がさらに露わになる。

「いや! い、いやぁああああっ!」

 叫び声が周囲に響き渡った。

「うるさい!! 止めるか、黙らせるか、どっちかにして!!」

 それに対して怒鳴り声を返したのは、通りからその様子を眺めていた女の子。

「なんだと!? えっ、あっ、月子さん!?」

 怒鳴り返そうとした男だが、女の子の顔を見て、その表情が変わる。

「嘘!?」
「マジッ!」
「やべえっ!」

 相手が誰だか分かって、慌てている男たち。月子と呼ばれた女の子が危険なこの場所を平気で歩いているのは、自分のほうが恐れられる存在だからだ。
 やや吊り目の黒目の大きな瞳を、さらに吊り上げて男たちを睨んでいる月子。

「コウはどこ?」

「コウは……多分、喫茶店に」

「分かった。ありがと」

 つい先ほどまでの不機嫌な顔が一変。月子の顔に笑みが浮かんだ。

「あっ……い、いえ、どういたしまして」

 月子に笑顔を向けられて照れている男たち。女性を襲っている悪党とは思えない純情さだ。

「そんな下らないことしていないで恋をしなさい、恋を。同じ女性を抱くでも、そっちのほうが素敵でしょ?」

「いやぁ、でも、俺らなんか誰も相手してくれなくて……」

「そう思うなら、もっと鍛えて良い男になれ。分かった?」

「でも……」

「返事は!?」

「「「はいっ!」」」

 

 かなり強引に男たちをその気にさせたところで、月子はまた歩き出す。男が教えてくれた喫茶店はすぐそこ。この街で唯一の喫茶店だ。
 看板も何も出ていない、今にも崩れそうな建物。月子は躊躇うことなく、扉を開けて中に入った。

「いた」

 店の奥に目的の人物を見つけた月子は、店員にオレンジジュースを頼みながら、その相手が座るテーブルに向かう。

「店の中まで怒鳴り声が聞こえていたぞ」

 椅子に座るとすぐに、そのテーブルに座っていた男、コウが呆れた様子で月子に話しかけてきた。

「その前に女性の叫び声が聞こえていたはずよ」

「……いつものことだ」

 女性が攫われてくることなど、珍しいことではない。だがこれは、月子に通じる言い訳ではない。

「だからこそ、放置しておかないでよ。あれじゃあ、ただの犯罪集団じゃない? そう思われても良いの?」

「犯罪集団だろ? 軍に追われているのだから」

 月子の説教に苦笑いを浮かべながら言葉を返すコウ。月子の考えは分かるが、自分が何をしても組織は良くならないとコウ自身は思っているのだ。

「そういう冗談はいらない。それで? どうしてデマを流したの?」

「デマ?」

 いきなり話を変えられて、しかもデマを流したなんて言われても、コウには思い当たることがない。

「ミコトのことよ。ミコトが生きていたについては良いわ。でも裏切ったなんて嘘でしょ?」

 二人は『YOMI』のメンバーだ。しかも、コウは天宮の捕獲作戦に参加していたメンバー。尊が第七七四特務部隊の中にいたことを組織に伝えた一人だ。

「自分の都合の良いことだけ真実にするな。ミコトは生きていて、敵になった。これが真実」

「証拠は?」

「証拠?」

 そんなものはない。ないことが分かっていて、月子は聞いたのだ。

「証拠もなく、組織にこんなことを報告して。これで間違いだったら、ぶっ殺すからね」

「い、いや、ミコトだって言ったのは牙だ。組織に報告したのだってアイツが黙っていたら俺たちまで裏切ったと思われるって言うから」

 コウの言うとおり、装備をつけて顔の見えない状態で尊、彼等にとってはミコトだが、だと断言したのは、その場にいたもう一人のメンバーである牙だ。ただそれをこの状況で話すのは責任逃れというものだが。

「……牙はどこ?」

 今度は牙を問い詰めようとした月子だったが。

「あいつは新しい作戦に参加してる。仲間らしい奴が見つかったって報告があって。上手く行けば良いけどな」

 牙と呼ばれる仲間は不在。『YOMI』のメンバーは第七七四特務部隊が知らないところで活発に動いている。これはずっと以前からだ。

「ふうん……ミコトがいれば楽なのに」

「まあな。あいつがいれば勝手に仲間を見つけてくれるし、少しくらいおかしくなっていても、正気に戻してくれるからな」

「そう思うなら、万一の時は手伝ってよ?」

「えっと……手伝いって?」

 月子の頼みなど、ろくなことではない。コウは「分かった」と即答することは避けた。

「ミコトを連れ戻すことと、許してもらうように上に頼むこと」

「……連れ戻すことへの協力は良いけど、幹部へのお願いは月子だけでやれよ」

 尊を連れ戻すことに関しては、コウも協力は厭わない。コウ自身も尊に戻ってきて欲しいと思っているのだ。だが、幹部へ話をすることには抵抗があった。

「私一人の意見じゃあ、弱いでしょ? 他にも支持している人がいるという形が必要なのよ」

「いや、月子一人の意見で十分に強い」

「……どういう意味?」

 馬鹿にされたと思って、コウを睨む月子。自分の強引さについて、本人も自覚はあるのだ。

「変な意味じゃない。幹部は俺みたいな雑魚の話なんて聞いてくれないってこと。その点、月子は幹部に近い」

 組織である以上、『YOMI』にも序列がある。その中で月子は準幹部といった位置づけ。そしてコウは末端の戦闘員、平社員のようなものだ。

「そう思うなら、もっと偉くなりなさいよ。実力はあるくせに」

 強さという点で、月子はコウを高く評価している。実際に評価されるだけの力がコウにはある。

「幹部と話したいとは思ってない。だから、今のままで俺は満足だ」

 ただ本人に偉くなる気がないだけだ。

「無責任」

「それが許されるのが『YOMI』だ。与えられた任務をきちんとこなしていれば、あとは何をやっていても良い。これは約束されている。だから、さっきの奴等も好き勝手してるんだろ?」

 『YOMI』のメンバーの共通点は、敵である軍が言う鬼ということだけ。共通の目的がないわけではないが、幹部は別にして、基本考えはバラバラだ。そうでないと逆に組織としてまとまっていられないのだ。

「そうだけど……私はそれを変えたいの」

「それは支持する。だからといって俺が頑張っても変えられることじゃない。この話をいくらしても無駄。俺は今の気楽な立場を捨てるつもりはない」

「……じゃあ、この話は止め」

 コウの気持ちは動かないとみて、月子は気持ちを切り替えて、元の話に戻すことにした。

「ミコトの話についても代表者は私。コウも賛同者の一人ということにする。あとは牙とフウと……ミズキも入れよっと」

「本人の了承もなしに勝手に名前を入れるな。それと、それじゃあ数が……」

 月子が名前をあげたのは、親しい間柄の仲間だけ。それだけに限定しては幹部を説得出来るだけの数にはならないとコウは思う。

「良いの。ミコトの重要性は上も分かっているもの。ただ私の意見だけだと、あれでしょ?」

「……ちゃんと考えていたわけね」

「当たり前でしょ? ミコトの為なんだから」

 仲間の中でも尊は月子にとって特別な存在。全てに優先するといっても言い過ぎではない相手だ。この月子の想いは幹部も知っている。だから月子一人の意見では駄目で、他の人の同意が必要なのだ。

「……あのさ」

「何?」

「怒らないで聞いてくれるか?」

「だから何よ?」

 すでに不機嫌な月子だった。そうであってもコウは話を止めるつもりはない。きちんと話しておかないと、あとで困ることになると分かっているのだ。

「ミコト本人が戻ることを望んでいなかったら、どうする? ミコトは簡単に仲間を裏切るような奴じゃない。きっと事情があるはずだ」

「……たとえば?」

「たとえばと言われても思い付かない。でも、どうして死んだことになっていた? どうしてアイツは生きているのに戻ってこなかった? それに、いなくなったのはミコトだけじゃない」

 尊の失踪について、コウたちは詳しい話を知らされていない。極秘の作戦に参加して死んだと聞かされていたのだ。
 だがそれは嘘だと分かった。そうなると色々と疑問が湧いてくる。

「そうね……その辺りは……本人に聞くしかない」

「えっ?」

「連れ戻すのに協力するって言ったでしょ?」

「そうだけど……」

 協力は約束した。だが実際にそれを実行したとして、尊が大人しく従うか。本当に敵に回ったのなら、話を聞くどころか戦闘になるはずだ。
 それをコウは月子に忠告したつもりだったのだが。

「その時に聞く。それで解決!」

 月子にはまったく通じていなかった。

「……でも、居場所が分からないな」

 ずっと分からないままであったほうが良いのではないか。コウはそう思い始めた。それは無理でも、なんとか先に尊の気持ちを確かめられないかと。

「大丈夫。全力で調べてもらうから」

「……そうか」

 それをさせられる人に同情をしながら、その人が失敗することを祈るコウ。

「牙も参加させよっと。ちゃんと責任取って貰わないとね」

「…………」

 尊が生きていることを月子が知ったら大変だろうな。現場で思ったそれが現実になった。しかもその大変さは自分と牙に降りかかってきそうだ。

「その日が来るのが楽しみね?」

「……ああ、そうだな」

 こうなった月子に逆らってはいけない。これは仲間たちの常識だ。