月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #71 分かり合えない人たち

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

「話って、どこでするの?」

 武器屋を出て少し歩いた所で、夏が美理愛に話しかけてきた。一秒でも速く、美理愛と離れたい夏。話をしたいのは美理愛であるのに、何も言ってこないことに焦れた結果だ。

「あっ、そうね。じゃあ、お城に戻りましょうか」

「冗談でしょ? お城に行く気なんてないわよ。それにお城なんて行ったら、何時間かかるか分かんないでしょ?」

 城までの距離の問題だけではない。城内に入るまで、そして奥の部屋に入るまでにはかなりの時間がかかる。面倒な手続きがあるのだ。
 城内で暮らしている美理愛と一緒でもそれは変わらない。美理愛は特別に城内に住まわせてもらっているだけで、王家の人間ではないのだから。

「でも、私はお城の他に心当たりがないわ」

「どんな箱入り娘よ……実際に箱入り娘か。じゃあ……冬樹はどこが良いと思う?」

 この世界に来てからの美理愛の暮らしは、夏にも大体は分かっている。美理愛に城外のことを尋ねても、答えが返ってくるはずがない。

「ここだと一つしか思いつかない」

「えー、あそこに連れてくの?」

「もう良いだろ? どうせ、行かなくなる」

「……そうね。じゃあ付いてきて」

 向かおうとしているのは二人にとって馴染みの店。その場所に美理愛を連れて行くことに抵抗を覚えた夏だが、彼女たちはもうすぐ王都を出る。美理愛に知られても困ることはない。
 入り組んだ路地を進んだ所にある寂れた建物。外見からはとても店をやっているように見えない。その建物に夏は躊躇うことなく入っていった。
 だが美理愛はそうはいかない。雰囲気は怪しげで、周りにいる人々も堅気には見えない。夏たちが一緒とはいえ、建物の中に踏み込むことに躊躇いを覚えている。
 それでも冬樹は「いつも来ている場所だから」と告げられたことで、覚悟を決めて中に入ったが、そこにはもう夏はいなかった。

「げっ! まさか?」

 入り口のカウンターに座っていた店員が驚きの声をあげている。とても客に向かって発する言葉ではない。

「あれ、夏は?」

 冬樹はその反応を無視して、普通に店員に話しかけた。

「ナツならもう奥に入ったぞ。それよりもフー、その女は?」

「ちょっとした知り合い」

「知り合いって、そいつ聖女だろ?」

 店員が変な反応を見せたのは、美理愛の素性に気が付いたから。

「はあ? 聖女がこんな所にくるかよ。だいたいお前、聖女に会ったことあるのか?」

 だが冬樹はそれを否定する。聖女と知り合いだ、なんて話は、この街では害にしかならないのだ。

「遠目で見たくらいだな」

「だから間違えるんだよ」

「そうか。そうだよな。でも……いい女だな。どこの店だ?」

「素人」

「素人? へえ、紐なしか、それはそれは……」

「手を出すなよ。この女に手を出すと夏が怒る」

 店員は物騒なことを考えている。それに気付いた冬樹はすかさず釘を刺した。

「ナツが……それは怖ぇな。そんな仲なのか?」

「……まあ。いつもの部屋で良いのか?」

「ああ。あそこはもう、お前等専用だ」

 店員との話を切り上げて、冬樹は奥に進んでいく。その後ろを付いていく美理愛だが、相変わらず居心地が悪い。冬樹と店員の会話もなんだか怪しげなものだった。この場所は、まず間違いなく自分が思っている通りの悪い店。そう美理愛は判断した。
 だからといって引き返すことも出来ない。美理愛は、入り組んだ廊下を迷わずに進んでいく冬樹のあとを必死に付いていく。こんな場所で一人にはなりたくないのだ。
 ようやく辿り着いた部屋。

「遅くない?」

 部屋の中ではとっくに到着していた夏が待っていた。

「入り口でちょっと話してた」

 部屋の中は美理愛が想像していたよりもずっと広い。真ん中に置いてあるテーブルは二十人は座れそうな大きなもの。三人で使うには広すぎる部屋だ。

「もう頼んじゃったわよ?」

「腹減ってないぞ」

「分かってるわよ。頼んだのは飲み物だけ」

「俺は良いけど……聖女の希望は聞かなくて良かったのか?」

「聞かなくても一緒よ。お酒なんて飲まないでしょ?」

「ええ」

 まったく飲まないわけではないが、それは付き合い程度。昼間からアルコールを口にしようとは美理愛は思わない。

「ほら。お酒以外の飲み物は一つしかないじゃない」

「まあな」

 二人はかなり慣れた感じだ。常連であるのは間違いない。だが美理愛はこんな店の常連に、どうして二人がなったのかが気になる。

「あの、ここはどういうお店なの?」

「どういう? 簡単に言うと飲食店ね」

「でもレストランにしては何だか雰囲気がおかしいわ」

「そっか。途中で見ちゃったか。正面から入ったの失敗だったわね」

 この部屋にくるまでの店の中の様子。外観から想像できないくらいに中は綺麗だ。それについては美理愛にとっても良いことだ。だが、部屋に来るまでにすれ違う人は下着の上から薄いガウンを羽織っただけの女性ばかり。レストランのウエイトレスにはとても思えない。

「それで? 何のお店なの?」

「説明が難しいわね……大人のレストランかな?」

「大人のレストラン?」

「鈍いな。風俗店よ」

「それって、男性が女性をお金で買うお店ですよね?」

「まあそんなもんね」

「……信じられないわ。なんでそんな所に私を、いえ、そんな所に貴女たちは出入りしているのね?」

 風俗店に入ることなど、元の世界にいた時から一生ないものだと思っていた、というより考えたこともなかった。

「飲み食いしているだけよ。言っておくけど、あたし女だからね?」

「女性だからこそ何で? お店は他にもいくらでもあるでしょう?」

「まあ、私たちは他の店でも入れるけど、連れがね」

「連れというのは一緒に来る人ですね。どういう人たちなのですか? こんな所に出入りするなんて、まともな生活をしている人とは思えません」

 真面目さを発揮して、説教モードとなっている美理愛。まだ彼女は分かっていない。こういう自分の態度が夏を苛立たせることを。

「……確かにまともな生活はしていないわね」

「なんでそんな人たちとお付き合いをしているのですか? 貴方たち元は聖ジョージの生徒でしょ?」

「はっ? 元の世界の学校なんて関係ないでしょ? それにそういう、あんたもお付き合いあるんじゃない。ちょっとかもしれないけどね」

「私はそんな人たちとのお付き合いなんてありません!」

「……あるでしょ? 貧民区の人たちとは。あっ、あれはお付き合いと言わないか。ただの施しだものね」

「えっ……?」

 夏の嫌味の込められた話を聞いて、美理愛の怒りは一気に冷めた。

「あたしたちがここに一緒に来ているのは貧民区の子供たちよ」

「夏、話し過ぎじゃないか?」

 ここで冬樹が割って入ってきた。貧民区との関係については美理愛に知られないほうが良いと考えたのだ。

「もう良いわよ。それにこの人、もうすぐまた王都を離れるんでしょ? そうよね?」

「ええ。出立はもうすぐのはずです」

「そういうこと」

 王都を出たら、もう戻ってくるつもりはない。イーストエンド侯爵領にいるのも一時のつもり。日向となんとか合流して、美理愛とは関係のない世界で生きることになる。とは限らないが、貧民区のことを知られてもどうでも良くなっているはずだ。

「……でも、子供たちをこんな所に連れてくるのはどうかしら?」

「じゃあどこに連れて行けば良いの?」

「どこって……もっと普通のレストランに……」

「入れてもらえないわよ。子供たちだけじゃない。貧民区の人たちは、表通りの小奇麗なお店に行っても追い払われるだけ。そんな事も知らないの?」

「そうなの?」

 知らないのだ。美理愛の最大の問題点は基本、受け身であること。自ら何かを行うことがない。貧民区の情報も与えられたものだけで満足している。

「はあ、やっぱり話なんてしなきゃ良かった。あんたと勇者は私たちを不機嫌にするだけ。前にヒューガが言っていた意味が分かったわ。世間知らずのお坊ちゃまとお嬢様」

「おい、ヒューガはそんなこと言ってないだろ?」

「……そうだっけ?」

「その日向くんとは今日は一緒じゃないのね?」

 夏が名前を出したことで美理愛はヒューガのことを思い出した。貧民区の子供たちと親しかったのはヒューガだ。夏と冬樹はその繋がりで貧民区の子供たちを仲良くしているのだと考えた。

「……まあ」

「貧民区の子供たちとの付き合いは彼がきっかけなのでしょう?」

「そうね」

「何度か見かけたわ。子供たちと随分と仲良くしていたみたい。彼は今、子供たちと一緒なの?」

「……どうかしら?」

「知らないの? えっと、一緒に生活しているのでしょう?」

「それをあんたに話す必要はないわね」

 不機嫌そうに答える夏。ヒューガと別行動していることは、美理愛には話したくないのだ。

「……それは一緒じゃないと言っているのと同じよ。もしかして、あの子の代わりに貴女たちが子供たちの面倒をみているの?」

「そうね」

「そう。ありがとう」

「……あんたにお礼を言われる筋合いはないわね」

「でも子供たちの代わりに」

「あんたに子供たちの代わりなんて言う権利はない。その権利を持っているのはヒューガよ」

 夏を怒らすことに関して、美理愛は天才的な才能を持っている。最も夏を刺激する点は何かを本能で感じとっているかのようだ。美理愛自身は怒らせようとしているわけではないので、否定するだろうが。
 その無自覚が逆に美理愛の側を苛立たせてしまう。

「……こう言ったら貴方は怒るかもしれないけど、彼は子供たちの面倒を見ることを放棄したのよね? そしてそれを貴女たちに押し付けた。その彼にそんな権利があるかしら?」

 さすがは天才。美理愛はあっさりと一線を越えてみせた。

「マジで頭にきた!」

「おい、夏!」

「冬樹は黙ってて! あんた何様のつもり!? あんたにヒューガの何が分かるの!? ヒューガがどんな気持ちで子供たちの下を離れたと思ってるのよ! ヒューガがどんなに子供たちを大切に思っていたか、あんたなんかには絶対に分からないわ!」

「あの? ……ごめんなさいね」

 夏のあまりの剣幕に、意味が分からないまま、美理愛は謝罪を口にした。まったく意味がない。夏はその、美理愛がまったく分かっていないことに怒っているのだ。

「謝って済むことじゃないわ! 良い!? あんたが炊き出しなんてして、自己満足に浸っていた横でヒューガが何してたか知ってる!?」

「私は自己満足だなんて!」

「自己満足じゃなければ何なのよ!? あんたのやったことはなんの意味もない、あんな真似をしても貧民区は変わらない!」

「じゃあ、彼は何をしたというの!? ただ子供たちと遊んでいただけじゃない! その挙げ句――」

「教えてあげるわよ! ヒューガが何をしていたか! ヒューガはね! 生まれてからずっと名前を持たない子供たちに名前を付けてあげた! 自分の姓も渡した! 子供たちはヒューガを家族だと思ってるわ!」

「家族……?」

「それだけじゃない。忙しい中、寝る間を削って子供たちに文字を教えていたわ。そして勉強する喜びを子供たちに教えてあげたわ。ヒューガがいなくなっても子供たちは勉強を続けている。日々の食事のことしか考えられなかった子供たちがね」

「…………」

 美理愛がまったく想像していなかった内容が、夏の口から飛び出してくる。

「まだあるわよ。子供たちをギルドに登録出来る様にしてあげた。子供たちはギルドの傭兵として働いているわ」

「ギルド? でも、それは危険な仕事だわ」

「じゃあ、あんたは子供たちに元の仕事を続けろと言うの? あんた、子供たちが元々何をして生活してたか知ってる? スリ、置き引き、かっぱらい。そんな仕事よ」

「…………」

 貧民区は犯罪者の巣窟。そう聞かされていても、子供たちまでそうだとは美理愛は考えていなかった。知ろうとしていなかった。

「あんたは子供たちのことを本気で知ろうとしなかった。あんたは子供たちのことを本気で考えようとしなかった。そんなあんたのやっていることが自己満足じゃなくて何なのよ?」

「…………」

「夏、もう良いだろ? 彼女に文句を言ったからといってどうなるわけじゃない。彼女だけが悪いわけでもない」

 貧民区に対して何もしていないのは美理愛だけではない。一番なんとかするべきパルス王国も何も手を打っていないのだ。

「……そうね。でもこの女がヒューガのことを何も知らずに……いえ、もう良い。うん、落ち着いた」

「先に戻ってろ。俺は彼女を大通りまで送ってくる」

「……そう。さすがにここでさようならとは言えないか。良いわ」

 これで話は終わり。美理愛は結局、夏を怒らせるだけで終わった。何の意味ない時間になってしまった。あくまでも美理愛の希望が叶わなかったという点で。
 意味はあるのだ。夏の言葉を、何故、夏がこんなに怒ったのかを真剣に考え、それを改めることが出来るのであれば。

 

「えっと、悪かったな。夏はヒューガのことになると、ちょっとムキになるところがあって」

 店を出たところで、冬樹は美理愛に向かって謝罪した。あえて美理愛に悪感情を持たせる必要はない。そう思っての行動だ。

「いえ、あれは私が悪かったのよね。私が何も知らずに勝手なことを言ってしまったから。私は私の出来ることを懸命にやっていたつもりだった。でも、それは彼女の言うとおり、自己満足よね。本当に必要なのは何か、それを考えていなかった」

「…………」

 夏の言葉について、きちんと考えているような言葉。だがこの言葉だけでそうだと冬樹は思えない。

「ねえ、私たちは何をすれば良いと思う?」

「……そんなこと聞かれても分からない。俺は考えるのは苦手だ」

「そんなこと言わないで。貴方たちは私たちよりずっと人々に近いところにいる。今日一緒にいてそれが分かったわ。一方で優斗と私は勇者と聖女という立場にあるのよ。国に対して少しは影響力を持っているわ。うまくやれると思わない?」

「……何が言いたいのか分からないな」

 やはり思い違いだった。美理愛の続く言葉はそれを教えてくれた。

「私達に協力してもらえないかしら?」

「協力?」

「勇者である優斗もそれなりに大変なの。その手助けをして欲しいのよ」

「……何で俺たちが?」

 拒絶の言葉だけで終わらせようと思ったが、理由は聞いておくことにした。それによって協力を考えるつもりはない。勇者がどういう状況なのか知っておこうと思っただけだ。

「魔族との戦いは大変なのよ。もちろん貴方たちを危険な目に遭わせよう考えているわけじゃないわ。戦いは優斗と私がいれば十分だわ。でも、やっぱり私たちとこの世界の人たちでは少し考え方が違うの。それがちょっとね……精神的に疲れてしまうと言うか……でも貴方たちは同じ世界の人だから、私たちの気持ちを分かってもらえると思うわ。一緒にいてもらえるだけで、随分違うと思うの」

 そうはならない。それはついさっき証明されたはずだ。自分は夏の気持ちを理解出来ないのに、何故、逆は出来ると思うのか。

「……なんか自分たちの為って感じだな」

「そんなことないわ。貴方たちの為にもなることよ。私たちと一緒にいれば、少なくとも生活に苦労することはない。なんだったら子供たちも一緒で良いのよ? 彼らの面倒くらい、私たちがお願いすればみてもらえるわ。それにほら、冬樹くんは勇者に憧れていたじゃない? 優斗と同じ勇者としてとはいかないけど、勇者の仲間としては見てもらえるわよ」

「……なるほどね」

「分かってくれたかしら?」

「なんとなくだけどな」

 夏が何故、美理愛のことをあれほど毛嫌いするのか。冬樹は短気だが単純だ。修行を経て大人になったというのもあって、夏ほどの嫌悪感はなかったのだが、今の話を聞いて分かった気がした。

「じゃあ!」

「言っておくけど俺にそんなことを言っても無駄。俺には決める権限はない」

「……夏さんね?」

「いや違う。夏を説得しても無駄だ。夏にも決められない」

 冬樹と夏の行動はヒューガの為にある。日向がどう考えるかが全てなのだ。

「じゃあ誰が決めるの? 決める人がいない、それは、つまり拒否という意味かしら?」

「拒否とは少し違うな。決められる人間はいる。俺たちに手助けをして欲しいと思うなら、ヒューガを説得するんだな」

「日向くん? でも日向くんは……」

「ああ、どこにいるか俺たちも知らない」

「……それはやっぱり拒否よね?」

 美理愛には冬樹がどういう意味でそれを言っているのか分からない。単純に断る為の口実だと捉えている。

「……まあそうなるのかもしれない。でもヒューガがそれをやると言えば、俺たちが従うのは本当だ」

「……どうしてそこまで日向くんに気を遣うの? 元は同級生でしょ?」

「元が何なんて関係ないな。それにそんな考えを持っている限り、あいつの説得は無理だね」

「ちょっと分からないわ。私、何か変な考え方をしているかしら?」

 ようやく美理愛も自分が何か思い違いをしているようだと気付いた。だが「何」については見当も付かない。

「うまく説明できるか分かんないな……ヒューガとお前たちには根本的に違いがある。あいつはこの世界を受け入れている。でもお前たちは元の世界の価値観でまだ生きている。そんな感じかな?」

「……受け入れている?」

「その先は自分で考えろよ。俺にはうまく説明できない。難しい話は苦手なんだよ」

「せめてもう少しヒントが欲しいわ」

「……お前たち、この世界を変えたいんだよな?」

「それは……ああ、日向くんに聞いたのね?」

 ヒューガは美理愛たちが何をしようとしているか知っている。美理愛はそれを思い出した。

「そう。その理由は?」

「この世界がおかしいと思うからよ。日向くんにも説明したつもりだけど、彼は分かってくれなかったわ」

「分かってたと思うけどな」

「でも彼は否定的だった……」

「ヒューガが言っていたことをそのまま伝えてやる。勇者の二人はこの世界が間違っているって言っている。でもそれは元の世界と比較してだ。この世界の現状を本当に分かって言っているわけじゃない。それに、合わない価値観を押し付けることがどんな影響を起こすかも理解していない。そんなものは元の世界での宗教対立を見ていれば少しは分かるのに。あれは異なる価値観のぶつかり合いとも言えるだろ……他にも色々と話していたけど、こんな感じだったと思う」

「……それはやっぱり私たちがやっている事の否定ね」

 冬樹と夏が「なるほど」と思った同じ言葉も、美理愛にはただ否定に聞こえてしまう。否定であることは確かだ。だがこの場合は何故、否定されているのかを考えるべきだった。

「そうだな。俺が言いたかったのは、ヒューガは、お前たちは間違っていると分かってたってことだから。でも、これに対して否定できるか? 難しいことの分からない俺でも、ヒューガのほうが正しい事を言っているように思えたけどな」

「でも何もしないよりは……」

「ヒューガが何もしていない? 夏にあんなに言われたのをもう忘れたのか?」

「目の前の事を解決しているだけでは世界は変わらないわ」

「……そう思うなら続ければ良いさ。別に俺たちは邪魔しない。手伝うことをしないだけだ」

 美理愛とは、そして間違いなく優斗ともわかり合えることはない。冬樹はそれがはっきりと分かった。

「そう……どうしても貴方たちとは分かり合えないわね?」

 ようやく美理愛も分かったようだ。

「優等生と落ちこぼれなんてそんなもんだろ?」

「自分たちは落ちこぼれだなんて諦めていないで、もう少し自分で考えれば良いのに」

「諦めてはいないけど? それぞれの得意分野に専念しているだけだ。俺たちの中で考えるのが得意なのはヒューガ。だから考えるのはあいつにお任せ」

「でも……そうね。彼は落ちこぼれだったとは思えないくらいに頭が良いわ。元の世界でも、もう少し頑張れば良かったのにね」

「やっぱり、一言余計なんだよな。それって優等生のプライドってやつ?」

 あくまでも自分を上に置こうとしている。美理愛の言葉は冬樹にはそう聞こえた。実際にそうだろう。

「そんなつもりはないわ」

「そっ。自覚はないんだ。でも、ちょっとカチンときたから落ちこぼれの意地ってことで、ひとつ教えてやる」

「何かしら?」

「ヒューガは元の世界では大学生だったぞ。飛び級ってやつ? 日本に来てから小学校に戻ったんだってさ。あいつ、何才で大学生になったんだろうな?」

「えっ……?」

「それにあいつ外国育ちだから英語ペラペラ、ドイツ語も少しだけ出来るって言ってたな。まあその分、日本語は苦手か。敬語まともに使えないし」

「…………」

 冬樹の話を聞いて、呆然としている美理愛。この反応が冬樹に自分の考えが正しかったことを教えてくれる。

「どうだ? なかなかプライドを刺激するだろ? 落ちこぼれのはずの人間が、実は自分よりはるかに出来る人間だった」

「……そうね。かなり驚いたわ」

「驚くだけじゃあ、この話をした意味ないんだけどな。別にヒューガが凄いだろうって自慢したいだけじゃない」

「じゃあ、何が言いたいの?」

「自分たちより頭が良い人間の言うことなら、もっと真剣に考えるかなと思ってな。さっきからこっちの言う事を分かった振りしているけど、まともに受け取ってないような気がする」

「そんなことは……」

 自分よりも年下の落ちこぼれが言うことなど正しくない。間違っている彼等を自分が正しい方向に導いてあげなくてはならない。こんな気持ちがまったくなかったとは言えない。

「別に今、反省してくれって言っているわけじゃない。どっちかと言えば、後でじっくり考えてくれって感じだ。一時しのぎの話し合わせはいらない」

「そう……」

「出来たらこちらの考えに少しは近づいてくれるのを願ってる。お前等は勇者だからな。さっき自分で言った通り、それなりの影響力はあるはずだ」

「そうね。貴方たちの為にも良い世界にしないと」

「だから、そういうことじゃないんだけど……」

「じゃあ、どういうことなの?」

「あまりにもズレちまうと、ヒューガが黙っていないんじゃないかと思って。そうなるとさっきの言葉は撤回することになる。俺たちはお前等のやることを邪魔する。この世界の人たちの為に」

「何ですって?」

 冬樹の言い方では美理愛たちはこの世界の人たちの敵ということだ。美理愛が受け入れられることではない。

「やっぱさ、俺としても同じ世界出身者とは対立したくないわけよ。ということで、出来れば俺たちとはこのまま関係のないところで頑張ってくれ」

「ちょっと?」

 来た道を戻ろうとした冬樹を、美理愛は慌てて引き止めようとした。こんなところに置いて行かれたくないと考えた、のだが。

「ここまで来れば問題ない。護衛もいるしな」

「えっ?」

「気付いていなかったのか? 聖女が外出するのに一人ってわけにはいかないんだろ? ずっと護衛が付いてきていた」

「……そうね。でも知っていたのならなんで送ってくれたの?」

「頼りなさそうだからな。悪党をあまり舐めないほうが良い。悪党だからって弱いわけじゃない。あの辺りには下手な傭兵じゃあ、歯が立たないような奴もいる。それに手段選ばないからな、あいつ等。お上品なお城の護衛なんていいカモだ」

「…………」

「じゃあな。もう会うことがないと願っている。出来ればしばらく貧民区にも来ないでくれ」

 最後に冬樹は言いたいことだけを言って、美理愛の返事を聞くことなく路地裏に戻っていった。その背中を見送りながら美理愛は彼の言ったことを、改めて頭の中で整理してみる。
 だがそれは容易ではない。美理愛にとって冬樹たちは、やはり自分たちよりも劣る存在なのだ。ヒューガの頭がどれだけ良くても、勇者と聖女である自分たちには敵わない。個人の力だけでなく組織力においても。特に組織力については比較にならない圧倒的な差がある。
 冬樹はそれを分かっているのだろうかと美理愛は考えているが、分かっていないのは自分のほうだ。これは仕方がない。分かるはずがないのだ。
 美理愛が考えることが出来るのは、せいぜい師匠であるグランは何故、ヒューガにあれほど拘っていたのか、ということ。グランには自分が見えない何が見えていたのか。師匠と仰ぐグラン相手だと美理愛もこういう考え方が出来る。
 師匠に会いたい。師匠に会って話を聞きたい。美理愛は無性にそう思った。