月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

四季は大地を駆け巡る #64 ドワーフ族

異世界ファンタジー小説 四季は大地を駆け巡る

 目の前に立っている息子を見つめる彼の表情には苦いものが浮かんでいる。おどおどした様子で、威厳など欠片も感じられない。ドワーフの王である彼にとっては表情そのまま、苦々しいものだ。
 ドワーフの王は各部族の長の中からもっとも相応しい者が選ばれる。その長たちもまた部族の中からもっとも相応しい者が選ばれる。部族の、ドワーフ全体の為になる者を選ぶ。決して自分の野心で行動を起こすことはない。それがドワーフ族の誇りの一つだ。
 それでいうと今、彼の目の前に立つ息子が長に選ばれる可能性は無だ。性格がこれでも、せめて鍛冶の腕が優れているのであれば救いようがある。だが息子の優柔不断な性格は鍛冶仕事にも表れていると彼は考えている。失敗を恐れるせいで思い切りが足りない。中途半端な打ち込みで良い物が出来るはずがないのだが、それを分かっていないと。
 そんな彼にとって不肖の息子がさらに大それたことをしでかしてしまった。情けなさを叱るのとは次元が違う大問題だ。

「お主は自分がやったことが分かっておるのだろうな?」

「はい」

「素性も知れぬ人族を、国境の砦を通したどころか王都まで連れてきた。それがどんな罪になるか分かっているのか?」

「はい」

 ドワーフ族は国境を閉鎖している。他国との交流を拒絶しているわけではないのだが、国内に他国の者を入れることはない。
 ドワーフ族の国はこの場所だけ。交流のある他国は全て人族の国だ。ドワーフ族は人族を信用していない。信用出来ない者を自国内にいれるわけにはいかない。

「では、なんでそんな真似をした!?」

「王への謁見を求めていました」

「それはもう聞いておる! 儂に会いたいと言えば、誰でもここに連れてくるのか!?」

「そんな事はありません」

 多種族を安易に国に入れていけないことは息子も当然分かっている。分かっていて彼は連れてきたのだ。

「では何故だ!?」

「あの……」

「何だ? はっきりと言わんか!」

「精霊が騒いでいました!」

「……今、何と言った?」

「精霊が騒いでいました……」

「お主はエルフか!? それとも伝説の鍛冶師にでもなったつもりか!?」

「そんなことはありません。私なんかが……」

 ドワーフ族はエルフ族とは違う。精霊たちと契約を結ぶことは出来ない。それでもドワーフ族には精霊たちに力を借りているという自覚がある。鍛冶を行う上で、土の精霊、火の精霊そういう者たちの力を借りてこそ、良い鍛冶仕事が出来る。そう考えている。
 だがそれはあくまでも気持ちの上での話。精霊の存在を実際に感じられるドワーフなどいない。伝説とまで言われたドワーフ鍛冶師以外には。
 彼の息子が口にした「精霊が騒いでいました」という言葉は受け入れられるものではない。それは精霊の声が聞こえたということ。自分は伝説の鍛冶師と同じだと言っているのだ。

「……もう良い。お主には謹慎を言い渡す。儂の許しがあるまで王都から去れ」

「……はい。でも彼との謁見は?」

「まだそんなことを言うか!?」

「彼と会うべきです! 別に私は謹慎でも何でもかまいません! それは良いですから、王は彼と会うべきです!」

「……なんと?」

 おどおどしていた息子が、強い調子で連れてきた人族との謁見を求めてきた。それに彼は驚いている。こんな調子で息子が接してきたのはこれが初めてなのだ。

「精霊が騒いだなんていうのは私の気の迷いかもしれません。でももし本当に騒いでいたら?」

「そんなはずがないだろ? お主の鍛冶の腕は儂が良く知っている。精霊の声を聞ける者の仕事ではない」

「それは分かっています。でも、本当なんです。本当に精霊たちは騒いでいるのです」

「いい加減に――」

「精霊たちはどう騒いでいるのじゃ」

 性懲りもなく戯言を言い続ける息子を、怒鳴りつけて黙らせようとした彼を邪魔する声。それは先代の王、今は彼の補佐役となっている、の声だった。

「おい?」

「良いではないか。少しくらい話を聞いても。王は息子に厳しすぎる」

「王だからだ。王である儂が息子を甘やかしては示しがつかんだろ?」

「その心意気は立派じゃが、臣下の話にきちんと耳を傾けるのも王の大切な仕事。それがどんなことであってもな」

 息子であるからその言葉は無視して良いというのは間違い。補佐役をこう言っている。

「……まったく、先代は甘い。しかし先代の言葉を無視することは儂には出来ん。言って見ろ」

「はい。彼の来訪を喜んでいるように感じます」

「何故、その彼だと思うのだ? 別のことで喜んでいるかもしれんぞ」

「いえ、間違いありません。私は精霊に導かれるように国境の砦に向かいました。別に声が聞こえたわけではありません。ただ無性にそうしなければならない。そう感じたのです。そして私が国境の砦に着くとほぼ同時に彼が現れた」

「……それが理由か?」

 全てを否定することは出来なかった。彼の息子は国境の砦に用などない。行く目的はないはずなのだ。

「いえ、もっとはっきりした理由があります。彼は精霊を連れています」

「人族が精霊を? いや、それ以前にお主は精霊が見えたのか?」

「王にも先代にも誰にだって見えます。その精霊は、はっきりと人の姿をしていますから。可愛らしい女の子です」

「お主それを先に言え。それを聞いて会わずにおられるか。王よ」

 王の息子の話を聞いた補佐役の表情は、さきほどまで浮かんでいた温和な笑みが消えて、真剣なものになっている。

「……本当にお主という奴は……説明の仕方も知らんのか」

「すみません。あっ、では謁見は?」

「会うに決まっているだろ! その人族がどんな用でここに来たのかは知らん! それでもそんな変わった人族に会わずに追い返すことが出来るか! すぐにここに連れて来い!」

「はい!」

 王の息子は慌てて謁見室を出て行った。それを見送る王の表情は、やはり苦いものだ。息子は何が大事かを分かっていない。今のやりとりでそれを思い知らされたのだ。
 大事を任せられる人物ではない。王としてはそう判断しても、やはり親としては辛いものがある。自然とため息が口から漏れ出た。

「なんじゃ、喜ばんのか?」

「何を喜べと言うのだ? 奴は事の大事もわからない愚か者、それが今、分かったのだ」

「まあ、それはあるがな。でもそれ以上に期待出来るものがあるぞ」

「何だ、それは?」

「奴は本当に精霊の声を聞けるのかもしれんじゃろ? 連れてきた人族が本当に精霊を喜ばせるような者だとしたら……可能性は高いのではないか?」

「……いや、変な期待は止めておく。奴にはこれまで散々失望させられてきた。あんな思いはもうこりごりだ」

「王は慎重じゃな」

「そうでなくて王など出来ない。それは先代もよく分かっているだろ?」

「まあな」

 国を守る為には、慎重に慎重を重ねなければならない。人族の国との交流はあるが、それはドワーフ族の鍛冶師としての技量を相手が買っているから。それ以外に人族が求めるものはない。その技術だけを手に入れるのであれば、ドワーフ族の国は邪魔なはずなのだ。エルフ族の味わっている苦難が、いつ自分たちの身に降りかかるか。それをドワーフ族は恐れている。
 そんなドワーフ族の国に人族が現れるのはいつ以来か。人族は多くの場合、災いをもたらす者。これから会う者がそうでないことを王は、補佐役も願っている。

 

◆◆◆

 そんな王の願いは色々な意味で裏切られた。銀色の髪、琥珀色の瞳、引き締まった体つきのその生意気そうな顔をした人族はいきなり王を呆れさせることになる。

「アイントラハトの王。ヒューガ・アルベリヒ・ケーニヒだ」

「アイントラハトの王? なんだ、それは? 聞いたことがない」

 相手の人族、ヒューガは王だと名乗った。ヒューガにとっては当たり前のことなのだが、ドワーフ族の王にとってはそうではない。

「それはそうだ。俺の国については他国に喧伝してない。こうやって王を名乗るのも今日が初めてだな」

「……お主は儂を馬鹿にしてるのか?」

「はあ? なんでそうなる? 他国の王との謁見だから正式な名乗りをしたつもりだぞ」

「どこに、いや、そもそもあるかないかも分からない国の王を名乗るのが、馬鹿にしているのでなければ何なのだ?」

 俺は王様だと言われても「はい、そうですか」と素直に受け入れるわけにはいかない。王に対する接した方というものがある。国内に他種族を入れることのないドワーフ族の国ではまずあることではないが、賓客として迎える必要が出てくる。

「ドワーフの王が知らないだけだ。アイントラハトは実際にある。そして俺はその国の王だ。馬鹿にしているつもりはこれっぽちもないな」

「じゃあ、何処にあるというのだ?」

「ドュンケルハイト大森林の中」

「ドュンケルハイト大森林? 人族のお主がなんでエルフの王になれる。いや、そもそもエルフの国など、とうに滅びている」

「へえ、それくらいは知ってるんだ。言っておくけど俺はエルフの王じゃない。俺の国にはエルフもいるけど人族もいる。あとは……ちょっと説明できない種族もいる。エルフの国は新しい王の候補はいるけど、俺が大森林を出た時には、まだ即位してなかったな」

「…………」

 ヒューガの説明を聞いて黙り込むドワーフ族の王。大森林に人族の国が出来た。それが事実だとすれば大問題だ。人族が大森林を攻略した可能性を考えて、ドワーフ族の王の心の中にヒューガへの警戒心が湧いてくる。

「あっ、なんか勘違いしているみたいだから言っておくけど、別に無理やりエルフを従わせているつもりはないからな。形としてはなってくれって言うから王になった。エルフの国の王候補とも一応知り合いだから積極的に争っているつもりはない」

「…………」

「まだ疑問が?」

「お主がさきに何でも話すから聞くことが思いつかんわ」

「そう。じゃあ少し考えてくれ」

 考えろと言われても何を考えれば良いのか。ドワーフ族の王は完全にヒューガのペースに嵌まってしまっている。もっとも、話が全然先に進まないのでヒューガにとっても望む状況ではないが。

「……お主には精霊がついているのか?」

 少し躊躇いながらドワーフ族の王はこれを口にした。

「ルナのことか?」

「名までは知らん。だがお主と一緒に精霊がいたと聞いた。その精霊はどこに?」

「……見世物じゃないんだけど」

 ドワーフ族の王が懸念した通り、ヒューガは興味本位だと受け取った。その可能性が分かっていたから、聞くのを躊躇ったのだ。

「人族に何故、精霊がついているのか気になったのだ」

「それを聞かれてもな。理由はない。あえて言うなら精霊が結ぶのは別にエルフとは限らないんじゃないかな? 実際、他にもエルフ以外と結ぼうとしている精霊はいる」

 何故、ルナと結べたのかを聞かれても、ヒューガには分からない。意識して結んだわけではない。気付いたらそうなっていたのだ。分かるのは精霊が結ぶ相手はエルフ族に限らないということだけ。

「……それはつまり、我等ドワーフも可能なのか?」

「理屈で言えば可能だと思うけど? そういう事実はないのか?」

「あるような、ないようなだ。その結ぶと言うのはどういう状況を言うのだ?」

「……話が出来る。あと手助けしてくれる。そんな感じかな?」

「「「おお!」」」

 話を聞いていたドワーフ族からどよめきの声がおきた。ヒューガの今の話は、伝説と言われたドワーフ鍛冶と一致する。その伝説の鍛冶師は、ヒューガのいう精霊と結んでいた状態だったのだと皆、考えた。

「それで、どうやったら結べるのだ?」

「……それは説明出来ないな。エルフにも説明出来ないはずだ。彼らは気が付いた時には結んでいたと言っている。俺が思うにこちらからどうこうしても仕方がない。精霊たちが選ぶんじゃないかな?」

「そうか」

 ヒューガの説明を聞いても、ドワーフ族の王に落胆はない。ドワーフ族の歴史はそれなりに長い。その長い歴史の中で伝説の鍛冶師はわずか数人なのだ。そう簡単に出来るはずがない。
 少なくとも伝説は、おとぎ話ではなく事実であった。それが分かっただけでも十分だった。

「そろそろ、こっちの話を聞いてもらっても良いか?」

「ああ、かまわん」

「俺がここに来たのはお願いがあったからだ」

「聞こう」

「その前に、ドワーフ族に奴隷っているのか?」

「……儂らドワーフを愚弄するのか? ドワーフに奴隷などという身分はない」

「他種族でも?」

「たとえ他種族であってもだ。人としての尊厳を踏みにじる行為をドワーフは認めん」

 奴隷などという立場を作るのは人族だけだ。人族だけがこの世界で異質なのだ。

「そうか。それは良かった。ちょっと話しやすくなったな」

「ん? それはどういう意味だ?」

「それをこれから話す。頼みというのはドワーフの領地の通行を許可してもらいたいというものだ」

「何のために?」

「仲間を逃がすために。俺たちは仲間になりたいというエルフを安全な場所に移そうとしている」

「この国にエルフはいない」

「そうみたいだな。この国にはエルフの住処となるような森林地帯がほとんどないから、そのせいだと思う。通行を許可してもらいたいのは、他国にいるエルフだ。主に都市連盟あたりにいるエルフだな」

「あそこは、ほとんどが海に面している。都市連盟にも大きな森林はそれほどないだろう?」

 都市連盟は沿岸部に領土を持つ小国家の連合体だ。森がないわけではないが、エルフ族が隠れ住むような大きな森林地帯はない。国外に出ることはなくても、これくらいの知識はドワーフ族の王も持っている。

「森林地帯にいなくても他の場所にいる」

「他の場所? 森を出てエルフが暮らしているのか?」

「奴隷商人の所だ。都市連盟は商業が盛んだからな。商人の数は多い。奴隷商人まで多いってのはさすがにどうか思うけど」

「……それで最初に、この国に奴隷がいるかを聞いたのか?」

「そうだ。ここを通過させてもらいたいのは、他の道が危険だからだ。パルス南部は森林地帯が少ない。どうしても平地を移動することが多くなる。そこが安全な場所ならいいが、残念ながらそうではない。安全なのはせいぜいサウスエンド伯爵領くらいだな。その伯爵領もサウスという割には随分と西に寄ってる」

 サウスエンド伯爵領はパルス王国の大貴族四エンド家のひとつ。領政はしっかりしており、治安も他に比べればかなり良い。犯罪者として手配されていなければ、移動するに問題ない地域なのだ。

「だから我らが国の中を通せと」

「そうだ。ドワーフの国内を利用できるなら都市連盟との国境からすぐに入れて、パルス東部まで安全な移動が出来ることになる。そこからパルスのイーストエンド侯爵領に入るまで、ちょっと危険な場所があるが、その距離はそんなに長くない。いくつか抜け道も準備しているしな。俺達の問題は一気に解決する」

「何故そんなことをしている?」

「さっき、ドワーフ王が言っただろ? 人としての尊厳を踏みにじる行為は許せない」

「助けるエルフは都市連盟にいる者だけではないのだな?」

「当然。この大陸全てで奴隷にされているエルフを助けるつもりだ」

「…………」

 ヒューガの話を聞いたドワーフ族の王は、また黙り込むことになった。奴隷を助ける。それについては一人のドワーフとしては賛同できる。人としての尊厳を踏みにじる行為は許せない。その気持ちに嘘はないのだ。
 しかし、王としての立場ではどうか。ヒューガは多くの敵を作る。下手をすれば一国を敵に回すかもしれない。それに協力することで、自分たちの国もその争いに巻き込まれてしまっては。王としてそんな危険を犯して良いのか。
 だが一方で、拒否することはドワーフ族の誇りを汚すことにもなるのだ。

「……すまんが、許可は出来ん」

 悩みに悩んだドワーフ族の王の口から出た言葉は拒絶だった。

「理由を聞かせてもらおう」

 拒絶の言葉を聞いた瞬間にヒューガの雰囲気が変わった。さきほどまでの惚けた雰囲気は消え失せ、厳しい視線を王に向けている。体全体から発せられる気。確かにこの者は一国の王なのだとドワーフ族の王は思った。だが彼自身も王なのだ。覇気にひるんで、前言を覆すわけにはいかない。

「この国を危険にさらすことになる」

「エルフの尊厳は? ドワーフには関係ないと言うつもりか?」

「それについては詫びる。詫びの証として、儂は王の座を退こう」

「「「王!」」」

 ドワーフ族の王の発言に周囲が驚きの声をあげた。

「これは仕方がないことだ。儂はドワーフとしての誇りを傷つけた。そんな儂は王に相応しくない」

「王を退いて何とするつもりじゃ?」

 周囲を代表して先代が問いを発した。これに対する答えはすでにある。今、考えたことではない。以前から引退したらこうしようと考えていたことだ。

「国を離れ、部族を離れ、世を捨てよう。神殿の守り人として一生を我が神に捧げたいと思っている」

「そうか……」

 神殿の守り人として生きる。ドワーフとしてそれを否定することは先代の王、補佐役には出来ない。そして、それを聞いたヒューガも。

「……エルフの長老と同じことを言ってるな……仕方がないか。そこまでの覚悟をしているんだ。言葉が翻ることはないだろう。迷惑をかけてしまったな。俺が来たせいで王でいられなくなった」

「かまわん。元から後進に譲った後はそうしようと思っていた。それが少し早くなっただけだ。鍛冶の神キュクロプスに仕えて一生を終えるのは、ドワーフにとって悪いことではない」

「……キュクロプス? ブロンテースのことじゃないよな?」

 自分の知っている言葉がドワーフ族の王の口から飛び出した。それを聞いてヒューガはその言葉に結びつく人、人というのが正しいのかはヒューガも分かっていないが、について尋ねた。

「馴れ馴れしくドワーフの神の名を呼ぶな! 真の名を呼ぶことは許されておらん!」

 その結果、ドワーフ族の王を怒らせることになる。

「あっ、悪い。でも名前も合っているのか……神殿があるんだよな?」

 ドワーフ族の神の真の名はプロンテース。これが偶然の一致であるはずがない。

「そうだ。聖なる火山の地下深く。ドワーフの先達の技術の結晶だ。選りすぐられた硬質の材料を使いながらも、細かな造作で飾られたそれは、ドワーフの神が鎮座するに相応しい場所だ。今のドワーフではとてもとてもあれだけのものを作ることは出来ん。それほど素晴らしい神殿だ」

「鎮座……つまりその神はそこにいた?」

「そう伝わっておる。ドワーフの歴史から見ても遙か昔からの言い伝え。実際に目で見たものはおらん。そもそもあの神殿の中に入ることは出来ん」

「そうか……なるほど、そういう事か。ふーん、目的を果たせなくて正直がっかりしたけど、面白い話が聞けた。それで良しとするか。帰ってからの土産話が出来たな」

「……何を一人で納得しているのだ?」

 ひとつ謎が解けて喜んでいるヒューガ。その様子を見たドワーフ族の王は、ヒューガが何に納得しているのか気になってしまう。

「ん? ああ、おかげで謎が解けたみたいだ。ありがとう。王を退く相手にありがとうなんて言ったら悪いか」

「別にかまわんが……その謎とは何だ?」

「その神のこと。元いた場所を探してたんだよな。でもどうやらそれは此処の様だ。でも今の話を聞いてると戻る気になるかな? なあ、その神って一人なんだよな?」

 プロンテースが閉じ込められていた場所がここだと分かった。だがプロンテースが戻りたいのは、ここではなく仲間のところ。教えてもそれほど喜ぶとは思えない。

「鍛冶の神は御一方しかおらん」

「じゃあ、仲間の居場所は依然、謎のままか。じゃあここに戻っても仕方ないな。なあ、神殿の地下ってどうなってるんだ?」

「そんなものは分からん。さっきから何を話しているのだ?」

「神殿の守り人になるのは良いけど、その神はそこにはいないと思うぞ? いない神の為に神殿を守ってもな」

 これはヒューガの親切心。聞かないと教えないのだから、本当の意味での親切ではないが。

「だからお前は何を言っているのだ? 何故、人族のお前に我等の神のことが分かる?」

「神の名に心当たりがある。口にしたら怒られるから言わないけど。念のために聞いておくか。その神って一つ目か?」

「そうだ」

「かなり大きな体。怒ると体が赤くなる」

「大きな体はともかく、怒ると体が赤くなるか知らん」

 ドワーフ族の王は実際に見たことがないのだ。彼だけではない。この場にいる誰も実際の姿を見た者はいない。

「特徴で分かったのは一つ目だけか。でも名前も同じだし、間違いないな。その神なら多分、俺の国にいる」

「「「はあっ!!」」」

 周囲から驚きの声があがる。それはそうだろう。いつの時代から祭られているか分からない神が、現実にこの世界にいるというのだから。

「居候になるのかな? 行き場が見つかるまではいる予定だな」

「……そんな馬鹿な話があるか? 何故、ドワーフの神がお主の国にいるのだ?」

「何故と言われても……成り行き?」

「ふざけるな! 百歩譲って、お主の国にいるとしよう! だったらすぐに返せ! 今すぐ返せ! お主の言う神の行き場はこの国だ!」

「ちょっと違うと思う」

「何が違う!?」

「その神は、ずっと閉じ込められていたと言っていた。そこからやっと出られたと喜んでた。つまり、ここの神殿はその神がいたい場所じゃない」

「そんなはずはないだろ!」

「自分の身になって考えてみろよ。神殿と言えば聞こえはいいけど、結局、その中にずっと閉じ込められてたんだぞ。好きな鍛冶も出来ずにただいるだけ。多分、百年二百年の話じゃないよな? それに耐えられるか?」

「それは……」

 耐えられるはずがない。ドワーフ族は人族より長命だといっても何百年も生きられない。一生の全てを狭い空間に閉じ込められているなど地獄でしかない。

「そういうことだ。それでもここにいたと分かったのは大きな前進だ。ブロンテース……もう面倒くさいから名で呼ぶぞ。俺たちの仲間だからな。神扱いしたって本人は喜ばない。本人にその意識は全くないからな。ブロンテースには兄弟がいる。キュクプロスってのは種族の名前だ。そのキュクプロス族がどこにいるか調べたいが、今はその時間はない。落ち着いたらまた来てもいいか?」

「そういう問題じゃない。いいから我らが神を返せ」

「返せと言われても、本人が来たがるか分からないだろ?」

「じゃあ、本人と話をさせろ。って儂は何を言っているのだ? 神と話など出来るか」

「普通に出来るけど? まあ口ではなく頭の中に直接響く感じだけどな」

「……本気で言っているのか?」

 返せと文句を言いながらも、嘘だとドワーフ族の王は思っていた。だがヒューガは本気で、プロンテースが実際に存在すると言っているのだと思えてきた。

「冗談でこんなこと言えるか?」

「鍛冶の神キュクプロスがお主の国にいる?」

「ブロンテースという名のキュクプロス族がいる」

「同じことだ!」

「じゃあ、いる」

「会えるのだな、直接?」

「普通に歩いてるし、鍛冶場で鍛冶をしている」

「鍛冶をしている?」

「それが趣味だろ? ブロンテースの」

「神の御業を趣味と言うな!」

「でもかなり腕がなまってると言ってたぞ。それはずっと彼を閉じ込めていたお前たちの先祖のせいだな」

「「「…………」」」

 ヒューガの話が真実であれば、自分たちは崇める神を迫害していたことになる。実在はしていて欲しいという思いはある。だがそれと同時に怒りを買っていたらどうしようという恐れも、ドワーフ族の人たちに生まれた。

「じゃあ、良いよ。俺の国への入国を許可する。誰でもってわけにはいかないから、人数を制限してくれ。そうだな……まずは最大で十人」

「たった、それだけ?」

「まずはって言っただろ? 本物か分からないのに無駄足になったら悪い。言っておくけど、ここから大森林って結構遠いからな。それにすぐには行けない。俺にはやることがあるからな。それが終わるまで待ってくれ」

「それはいつ終わるのだ?」

「さあ? 断られちゃったからな、この国を通るの……」

「うっ」

 ここでヒューガは痛いところ突いてきた。ヒューガのやることは、エルフの救出。ドワーフ族の国を使えなければ、その終わりは先に伸びることになるのだ。
 だが、一月二月伸びてもプロンテースがいなくなるわけでもない。ドワーフ族の王はそう考えようとしたのだが。

「あと、俺の無事も祈っておいてくれ。危険な道を通るから、命を失う可能性もある。俺の許可がなければ、俺の国には入れない。大森林に、精霊たちの加護もなく入る勇気があるなら別だけど」

 それをヒューガが許すはずがない。

「……それは脅しか?」

「えっ? 事実を言ってるだけだけど?」

「……分かった。許可する」

 脅しだとしても、ドワーフ族の王に抵抗する術はない。

「何? 何を許可してくれるんだ?」

「……この国の通行を許可する」

「「「王?!」」

「仕方ないだろ! 神がいないなんて、いやそれよりも鍛冶の神に会える機会をふいに出来るか? 直接教えを乞う事も出来るかもしれないんだぞ!?」

 一人のドワーフとしてその機会を無にすることは出来なかった。王としても同じだ。鍛冶はドワーフ族の生きる術。鍛冶の技術は、狙われる理由になる可能性もあるが、それ以上にドワーフ族の命を守っているのだ。

「……確かに」

「話はまとまったみたいだな。いやあ、良かった。わざわざここまで来た甲斐があった」

「惚けたふりをするな。お前の思惑通りだろ?」

「まさか? ブロンテースがここにいたなんて、俺が知っているはずないだろ?」

「……神の名を呼ばれるのは抵抗があるのだが」

「そう言われてもな。ずっと仲間として接してきたから。考えたらまだ十四人しかいない頃からだ。ブロンテースは仲間の中では古いほうだな」

「今は何人なんだ?」

「何人だろ? 同時に動いているから正確には把握してない。でも千人以上は送っているはずだから、最低でもそれくらい。もっとも本当の仲間になるのは大森林に帰ってからだな」

「それは千人以上のエルフを既に助けたということか?」

「奴隷だけじゃない。普通に集落で暮らしていて大森林に行きたいというエルフも含まれてる。近い所から手を付けたから東はもう終わってる。そこから今は中央に移って、西は最後の仕上げだ。それが一番大変なんだけどな」

「お前、一体何者だ?」

 エルフの奴隷を助ける。大それたことだと思っていたが、具体的な数字を聞いて、より驚きが大きくなった。それだけのことが出来るヒューガが、只者であるはずがない。

「名乗っただろ? アイントラハトの王。ヒューガ・アルベリヒ・ケーニヒ。それが俺だ」

「そうだった。そういえば名乗りがまだだったな。アイオン共和国王ゼンロックだ」

「共和国なのに王?」

「王とはただの呼称だ。ドワーフ族の代表者。ドワーフの国にとって王とはそういう存在なのだ」

「進んでるんだな?」

「……昔からだが」

 絶対王制から一歩進んだ政治をドワーフ族の国は行っている。ヒューガはそう思って、進んでいると言ったのだが、ゼンロックにはそんなことは分からない。昔からそうだったのだ。
 なんとも惚けた人物だと感じる。だがこの印象はヒューガの面に過ぎないことはもう分かっている。大陸の東から西までヒューガは活動してきた。それを行って無事でいるというだけで普通ではない。
 この出会いはドワーフ族に何をもたらすのか。出会う前に思ったことが、また頭の中に浮かんだ。災いとは限らない。だが穏やかなものではないことは、なんとなく想像がつく。
 時代の動きを、ゼンロックはヒューガから感じたのだ。