月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第54話 イベント:ニガータ防衛戦

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 ニガータ防衛戦における主戦力は、王国騎士兵団の五千。それに遊撃部隊として、ニガータ周辺に配置した各二千の三部隊。合計一万一千である。さらに予備兵力として、ニガータ及び周辺の貴族領軍が六千いる。
 王国に油断はない。ニガータの防衛にあたって、万全の体勢を整えていた。

「斥候からの報告では、北正面から二千、北西から二集団、合計一万、北東から一集団三千がこちらに向かっているという事」

「我軍の遊撃隊は?」

「補足した魔物の集団を追うよう形で、こちらに向かってきております」

「ふむ。ほぼ予定通りだな」

 斥候からの報告を聞いて、騎士兵団長は満足そうだ。数はやや騎士兵団側が少ないが、魔物相手であれば、問題のない差であり、何よりも魔物の集団を囲むようにして、ニガータの前に追い詰めている状態だ。
 油断はないが、それでも勝利を騎士兵団長は確信しているのだろう。

「一万五千か。さて別働隊は効果があったのかな?」

 王国騎士兵団長と部下の会話を聞いていたランスロットが、皮肉めいた口調で問いを発した。

「前回はもっと多かったもの。きっと少しはあったと思うわ」

 それに答えたのはマリア。フォローをしているようで、少しは、という言葉を使っているところに本音が見える。主役は自分。これ以上、リオンに邪魔をされたくないのだ。
 アーノルド王太子が、リオンの別働隊に参加したという事実は、マリアにとって大問題だった。王妃としてのエンディングが一気に遠ざかった気がしている。マリアには、この事態を何とかしなければならないといった焦りがあった。

「それでも一万五千です。雑魚であれば問題ないですが、前回のような強い魔物が混ざっているという事はないのですか?」

 エルウィンは別働隊など気にした様子を見せずに、これから始まる戦いを考えていた。
 もちろん、気にしない振りをしているだけだ。内心ではマリアと同等か、それ以上にエルウィンは焦っている。これ以上、リオンが戦功をあげて、更にアーノルド王太子との関係が縮まるような事になれば、自分の立場が危うくなってしまうからだ。
 ウィンヒール侯家から追放の身とはいえ、エアリエルは侯爵に溺愛されていた。リオン本人はないとしても、二人の子をウィンヒール侯家の跡継ぎにという話は十分にあり得る話だ。エルウィンとしては、何とかリオン以上の働きを見せて、自分の名をあげておきたいところだ。

「魔物は……前回も予定にない魔物が出て来たから」

 ここでまた下手なことを言ってしまって信頼を失うような真似は、マリアは避けたかった。

「そうですか。そもそも一番強い魔物はどういう魔物なのですか?」

「強いのは魔物ではなくて、魔人だわ」

「でも、前回は名もない兵に呆気無く討たれましたが?」

 前回の戦いではキールと青の党の者たちで魔人を討ち果たしている。エルウィンにとって、地方の領地軍の兵士など、全て無名の、取るに足らない存在なのだ。

「あれは、まだ魔人が力を持っていないからよ。魔人は少しずつ、力をつけていくの」

「成長するという事ですか?」

「成長とは少し違うわね。魔人の目的は魔人にとっての神、魔神を復活させる事なの。その魔神の封印が弱まれば、魔神の力が世界に顕在し、それによって魔人は力を得るのよ」

「……魔人の神ですって?」

 魔神の話はエルウィンは初めて聞いた。神と呼ばれるような存在と戦って勝てるのかという不安が、エルウィンの胸によぎる。

「復活させなければ良いの。その為に魔人を討伐するのよ」

 エルウィンの気持ちを察したマリアは安心させようと、こう告げたのだが、ゲームの結末を知らないエルウィンでは受け取り方が違う。もっともマリアもグッドエンドになる前提でしか考えていない。

「その魔人の神が復活したらどうなるのですか?」

「バッドエンドね。王国は滅びる」

「…………」

「安心して。その為に私がこの世界に来たのよ。私と皆で、この世界を魔人から守るのよ」

「……そうですね」

 マリアの自信の根拠がエルウィンには分からない。だが、自分が考えていた以上に重い責任を負っているという事だけは分かった。

「どうやら来たようだぞ」

 遠くを眺めていたランスロットが魔物の到来を告げた。

「いよいよね。さあ、行きましょう!」

 前回の様な失態はしたなくないと考えているマリアたちは、門の前で陣を敷いている王国騎士兵団の元へ向かうために急いで外壁を駆け下りていった。

 

◆◆◆

 前回と同じ轍を踏まないどころか、エアリエルの真似をして兵を鼓舞しようとしていたマリアだったが、それを実行に移す事は出来なかった。
 ある意味、予想通りの展開として、リオンが率いる別働隊が、戦場に姿を現したのだ。ただ前回とは異なり、王国騎士兵団の存在を全く無視するかのように、いきなり戦いに突入していった。現れた魔物の集団を、いきなり三方向から攻め立てるという形で。
 王国騎士兵団がそこに介入する事は今のところ出来ていない。現れた魔物は北からの二千に過ぎない。そこに別働隊の三隊、千二百騎が突撃したのだ。割り込む隙間などない。

「せめて私たちだけでも!」

 王国騎士兵団が動けないなら、自分たちだけで参戦する。マリアはそう考えたのだが。

「あの乱戦に巻き込まれては十分な戦いは出来ない」

 ランスロットに否定された。ランスロットの言い分は正しい。彼ら三人の本領は魔法にある。乱戦の中で魔法など使っては、味方まで巻き込んでしまうだけだ。

「でも、このままじゃあ」

「マリア、焦るな。まだ魔物の本隊といえる一万の集団が居る。それが現れた時が参戦の機会だ。きっと魔人もそこに居るに違いない」

「……分かった」

 さすがに魔物の数が一万となれば、出番があるはず。そう思って、マリアも大人しく時が来るのとを待つことにした。前回、この数倍の魔物にリオンは突入していったが、今回、現れた魔物はゴブリンなどの雑魚といえる魔物は含まれていない。オーガクラスがうようよと居る、かなり強い魔物の集団なのだ。
 だが、その強いはずの魔物の集団が、別働隊によって次々と討たれていく。その理由ははっきりしている。別働隊には、リオンとエアリエルだけではなく、アーノルド王太子とシャルロットも居るのだ。マリアにとっての主戦力であるはずの二人が、リオンと共に戦っている。この状況の異常さをマリアは正しく理解していない。
 二千の魔物の多くが討ち果たされ、集団としての脅威が失われた頃、新たに三千の魔物が現れた。リオンたち別働隊にとって、一息つく間もない連戦になる、はずだったが、そこに別働隊の残りの二隊が現れる。別働隊だけでない。本隊の遊撃部隊二千も一緒だ。
 リオンが率いる別働隊から、火水風土の四属性魔法が一斉に放たれる。それが新たに現れた魔物の集団に大ダメージを与えたところで、遊撃隊と別働隊の混成部隊二千二百が一斉に襲いかかった。
 その間に最初に戦っていた別働隊は、怪我人の収容や治療など、次の戦いへ備えている。

「……ランスロット」

 戦いの様子を見ているマリアがランスロットの名を呼んだ。

「あ、ああ。分かっている」

 ランスロットも状況は分かっている。まだ一万の魔物の集団が居る。だが、遊撃部隊も残り二隊、四千が居るのだ。今戦っている遊撃隊、それに別働隊を合わせれば、七千を超える。魔物が一万であっても、十分に戦える数だ。
 又、出番がないままに終わる。そんな悔しい思いが、ランスロットの頭の中に浮かんでいた。それはマリアも同じなのだが、マリアの場合は、ただ悔しいでは終わらない。完全に頭の中が混乱していた。
 ニガータの防衛戦もゲームイベントだ。そのゲームイベントが主人公である自分がまったく活躍しない形でクリアされるという状況がまったく理解出来ないのだ。何となく分かっているのは、後半パートにまでライバルキャラが存在し、それがリオンであるという事。
 こんなシナリオをマリアは知らない。知らない故に、どうすれば良いか分からなかった。何故こんな事になったのか、ただ、こんな思いだけが頭の中に浮かんでいた。
 何故こんな事になったのか。この答えの一つは、リオンがそう仕向けているからだ。

「もうすぐだ! 戦闘隊形を取れ!」

 一時、休憩に入っていた別働隊にリオンの指示が飛ぶ。伝令が情報を告げに来た、すぐあとの事だ。

「次の数は?」

 リオンに向かって、アーノルド王太子が問いかけてきた。

「北西から二集団。六千と四千で合計一万というところです」

「二集団となると個別に対応すれば問題ないな」

「いえ、集団の距離が近すぎます。先行する集団と戦っているところに新たな集団が現れるようだと、面倒な事になります」

「なるほど。ではどうする?」

「……少し休憩します」

 少し考えて、リオンはこんな事を口にした。

「休憩?」

 アーノルド王太子の全く予想外の答えだ。

「各部隊に伝令を。北西に向かって散開。集結は北西から現れる魔物集団の後背。およそ半刻後を想定。魔物の集団は二つある。後ろの方だから間違えるな。以上」

「はっ!」

 リオンの指示を聞いた伝令たちが周囲で戦っている部隊に向かって散っていった。

「遊撃隊の同行者に伝令。追撃速度を遅らせて、こちらの合流を待て。以上」

「はっ!」

 本隊所属であるはずの遊撃部隊にまでリオンの伝令が飛ぶ。アーノルド王太子の近衛騎士という権威と共に、バンドゥの者を同行させているのだ。そうする事で、リオンは権限もないのに、遊撃隊を指示通りに動かしていた。

「さて、どうされますか?」

 伝令への指示を終えたところで、リオンはアーノルド王太子に向き直った。

「それは残って囮になるかと聞いているのか?」

 一緒に行動していたアーノルド王太子にはリオンの意図が分かっている。別働隊だけで決定的な戦果を得る。これがリオンの作戦の考え方だと。

「そのような事は言っておりません」

「そうか。でも付いて行こう。そのほうが面白そうだ」

「……分かりました。では、進みます」

 別働隊が次々と戦場を離脱していく。その意図が分からずに、本隊はやや混乱を見せる事になったが、それもわずかな時間だ。
 別働隊を気にしている暇などなかった。残った魔物の集団が、北西方向から姿を現したのだ。別働隊がいないとなれば、本隊が戦う以外にない。それはマリアたちだけでなく、本隊の王国騎士兵団全体が望んでいた状況だ。騎士たちも戦功を上げたいのだ。
 マリアたちの大規模魔法で、魔物の集団に大ダメージを与えたあとは、王国騎士兵団の本隊五千が魔物との戦いに突入していった。遊撃隊の二千もだ。魔物の集団六千対七千の騎士兵団。数の上で優っている騎士兵団側が圧倒していく。
 更に四千の魔物が現れるまでは。

「左翼。魔物の突撃を支えろ!」

「中央から援軍を! 支えきれない!」

 現れた四千の魔物は、これまでの魔物とは訳が違った。魔物の種類としては、同じように見えるのだが、その動きは別物。統率された軍隊そのものだった。

「マリア! これはどういう事だ!?」

 優勢に戦いを進めていた騎士兵団が、真横から魔物に急襲されて、大きく乱れている。それを見たランスロットが焦った様子でマリアに問いかけてきた。

「率いている魔人が居るのよ!」

「それはどいつだ!」

「どこに居るかまでは分からないわ!」

 四千の魔物の群れだ。その中に居る、たった一人の魔人など簡単に見つかるはずがない。

「いや、居ました! アイツだ!」

 簡単に見つかるはずがない魔人を見つけたとエルウィンが叫んだ。その指差す方向にマリアとランスロットが目を向けてみれば、確かに他とは様子の違う魔物が居る。その魔物は騎乗しているのだ。馬ではない、恐らくは魔獣にまたがった魔物は、騎上から周囲の魔物に指示を出している。隊長か将軍か、とにかく魔物のそういう存在のようだ。

「……ジェネラルクラス? まさか!?」

 マリアにはこの存在に覚えがある。魔物にもクラスがあって、ジェネラルクラスとは、知性も力も他の魔物とは段違いの最上位種だ。
 だが、マリアの知るゲームの中では、ジェネラルクラスが現れるなど、戦略パートの後半だ。功績を何度もあげて、多くの軍勢をマリアたちが率いるようになってからのはずだった。

「魔人ではないのか!?」

「魔人じゃない! あくまでも魔物! でも、その最上位種よ!」

「最上位種!?」

「同じオーガでも、オーガナイト、ジェネラルオーガとランクがあるの!」

「そういう事か……」

 人間に強者と弱者が居るのと同じ。同じ種類の魔物でも強弱があるというだけの事だ。だが、この強者が居るだけで、集団としての魔物の強さを大きく変わる。これも人間の軍隊と同じ話だ。

「まだ居るはずがないのに」

 マリアは、もっと自分たちのレベルが上がってから現れるはずの魔物を見て、大きく動揺している。マリアは考え違いをしている。この世界にはレベルなどないのだ。ジェネラルが現れた理由の一つは、レベルではなく、それが必要なだけの魔物にとっての敵が居るから。二万に近い軍勢が揃っているからだ。

「とにかく、あれを討とう。指揮する者を失えば、統制は乱れるはずだ」

 ランスロットの方はマリアよりもずっと冷静に、戦いの事を考えていた。人の軍隊と同じように魔物が組織されているのであれば、人の軍隊と同じように対すれば良い。
 まずは相手の攻勢を止めて、騎士兵団側が体制を立て直す時間を作らなければならない。その為に自分たちがやれる事をやるだけだ。

「何匹か居るようですね。全てを潰していくのは大変そうです」

 エルウィンもただ眺めていた訳ではなかった。指揮官クラスがどこに居るのか、探していたのだ。

「それでもやる。まずは手前のあれだ」

 ジェネラルクラスの魔物に向かって、ランスロットたちから魔法が放たれる。数を撃つ必要がある事と、確実に仕留める為に、あえて中級魔法を選んでいる。
 水の槍が二本、見事に騎乗の魔物の体を貫いた。更にその体を幾つもの風の刃が切り裂いていく。どれが致命傷となったか分からないが、魔物はゆっくりと魔獣の上から転げ落ちていった。その効果は、やはり人間の軍隊と同じだ。指揮官を失った周囲の魔物の動きが明らかに乱れ始めた。

「よし! まずは一匹。次はあれだ!」

 続けて、別のジェネラルクラスに狙いを定めてランスロットたちは、魔法を放つ。だが、その魔法が標的に届くことはなかった。

「なっ!? 防御魔法だと!?」

 狙われた魔物の周囲に広がったドーム側の何かにあたって、ランスロットたちの魔法は消滅した。属性は不明だが明らかに防御魔法だ。

「魔人よ! きっと魔人が防御魔法を使ったのよ!」

「やはり、どこかに居るのか……」

「……あれは!?」 

 マリアが指し示す先に居たのは魔人ではない。どこかに消えていた別働隊、その先頭で馬を駆けさせているリオンの姿だった。

「どういう事だ!?」

 今まで姿を消していた別働隊が姿を現した。その意味をランスロットは懸命に考えている。だが、ランスロットが思いつく前に、答えはそのリオンの口から放たれた。

「突入する! 標的は中央少し手前!」

 目標を見つけて、それを討つために突撃しようとしているのだ。

「エアリエル! 魔法を撃ち続けろ!」

 更にエアリエルに向かって指示が飛んだ。エアリエルは別働隊の後方に居たようで、そこから騎馬を追い越す凄まじい速さで魔法がいくつも放たれていった。その魔法の着弾地点に、魔物を守ったと同じドーム型の防御魔法が展開される。

「標的はあの円の中に居る! 突っ込めぇ!!」

 リオンの、アーノルド王太子の魔法が魔物に襲いかかる。それによって空いた隙間に迷うこと無くリオンは馬を突っ込ませていった。その周囲に展開する火竜と共に。
 前回と同じ、強引な敵中突破だが、そのリオンの姿は確実に、目標に近づいていた。

「そういう事か……あの野郎」

 ようやくランスロットは自分たちが利用された事に気が付いた。自分だけではなく、本隊全体が、魔人に隙を作らせる為の囮だったのだと。
 それだけではない。自分たちの魔法を防ぐために、魔人が魔法を使った事を利用して、その居場所までリオンは割り出してみせた。とっさに出来る事ではない。予めそのつもりで、どこかに隠れて探っていたのだ。
 追い詰められた魔人が攻撃に転じて、リオンに向かって魔法を放っている。だが、その魔法はことごとく、リオンの水属性魔法によって阻まれている。
 その隙をついて、魔人に襲いかかる火属性魔法。リオンのものではなく、アーノルド王太子の魔法だ。それを何とか防いだ魔人だったが、一瞬遅れて、地面から伸びた土の槍にその体を貫かれ、宙に浮かんだような状態になった。

『リ、リオン・フレイ! やはり貴様かっ!!』

 これが魔人の最後の言葉となった。いや、他にも何かを叫んだのかもしれない。だが、魔人の周囲に渦巻く激しい風が、全ての音を遮断していた。
 その風は更に勢いを増し、それとは逆に大きさを縮めていく。透き通っていた風が赤く染まった意味を、見る者全てが理解した。
 魔人はその体をズタズタに引き裂かれて死んだのだ。戦いの決着はついた。あとは魔人を討たれて逃げ去ろうとする魔物を追撃するだけだ。
 ニガータ防衛戦は、こうして幕を下ろすことになった。