月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第50話 示された器

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 王都での戦勝報告会。リオンにとって、幸いにもそれは大袈裟なものではなく、ごく普通の会議形式で行われた。とはいっても、参加者はかなり豪華だ。上座には国王がつき、その左側にはアーノルド王太子、近衛騎士団長、ランスロットと順番に並んでいる。リオンとエアリエルもその左側。マリアの隣という実に居心地の悪い席だ。
 つまり左側が参戦者側席で、臨時参戦のリオンは、その立場から一番末席に座しているという形だ。そして国王の右、リオンたちの正面に並んだのは、王国の文武官の頂点に立つ者たち。宰相、軍政担当の兵部局長、王国騎士兵団長、魔道士団長、それにそれぞれの副官がついている。一男爵であるリオンでは、本来は、お目に掛かる事などない、そうそうたる面子だ。
 別にリオンは会いたかったわけではないので、何とも感じていないが。

「今回の問題点は一つには魔物の数の想定が誤っていた事。そして、それが陽動であったと見抜けなかった事ですな」

 報告は近衛騎士団長が全て行なっている。これであればリオンが連れて来られる必要はなかったのだが、ではお前が話せ、と言われるのも嫌なので、リオンは黙って聞いていた。

「被害はどの程度なのだ?」

 一通り、戦況の報告が終わったところで、国王が質問してきた。

「まだ確定はしておりませんが、最低でも一万近くの死者は」

「それほどか……」

 魔物による襲撃で、ここまで纏まった被害が出たのは初めてだ。近衛騎士団長から被害者の数を聞いた国王の顔には、深い皺が刻まれた。

「申し訳ございません。完全に対応を誤りました」

「どの点だ?」

「ハッカータの防衛に軍を集中させ過ぎました。その為、周辺の街や村はほぼ無防備な状態で、魔物の襲撃を受ける事になり、全く抵抗も出来ずに」

「しかし、集中させなければ、ハッカータが襲われたのではないか?」

「ですから、襲撃してくる魔物の数を誤った事が最大の問題なのです。充分な数を王都から派遣していれば、結果は違ったはずです」

「そうか……」

 国王の視線がちらりとマリアに向いた。それに気が付いたマリアは、俯いて小さくなっている。自分を責める視線だと分かったのだ。実際にマリアには責任がある。大軍を派遣されては自分が活躍出来ないと考えて、軍勢の規模を小さくするように誘導したのだ。
 もちろん、それを認めた者たちの責任はもっと大きい。マリアはゲームを知っているだけで、軍事など素人なのだ。その言葉を信じるほうが間違っている。

「さて、問題は次にどうするかですな」

 近衛騎士団長は分かっている。異世界からきた勇者だからと、マリアの言葉を鵜呑みにした自分たちが馬鹿だったのだと。マリアを責めるよりも、今後の事をどうするかが大事なのだと。

「次の襲撃地はどこなのだ?」

 近衛騎士団長の気持ちを察して、国王も少し視線を和らげて、マリアに問い掛けた。

「あっ、はい。次はニガータです」

「今度は北東か。時期はいつ頃だ?」

「大体ですが、二か月後です」

「そうか。あまり間がないな。今回の失敗を考えて、予想される魔物の数を倍に見積もるか」

「倍が適切かは微妙ですな」

「倍では足りないというのか?」

「私はそう思います。騎士兵団長はどう考える?」

 実際に軍を動かすのは、王国騎士兵団だ。近衛騎士団長は、発言を王国騎士兵団長に譲った。

「自分も同意見でありますな。まず、魔物の数から派遣する軍勢の規模を決めるという事に誤りがあります」

「では、どうするのだ?」

「まずは防衛に必要な軍勢の規模を割り出す事から始めます。これをご覧ください」

 騎士兵団長の声に、副官が反応して用意していた大きな紙を会議机の上に広げた。ニガータの街の図面とニガータ周辺の地図の二枚だ。

「ニガータの街の防衛に必要な数は、街の大きさから三千。交替要員を入れても四千で充分となります」

 数が多ければ、それで守りが固くなるというものではない。街も城も守りにつける場所は限られている。そこに納まりきらない人数を入れても、遊兵となるだけだ。

「それでは今回と変わらないではないか」

「四千は防衛に専念させ、別に迎撃部隊を用意します」

「ふむ。今回は陽動だと知っても、軍を動かす余裕がなかったようだからな」

「はい。さて、問題はその規模です。ニガータ周辺の街や村の位置を地図に記しています。数字は、そこに住む者たちの数になります」

「それでどうするのだ?」

 地図を見ても、国王には何も分からない。現国王は軍事の才においては、特に優れている訳ではないのだ。

「まず周辺の街や村に避難命令を出します。全てをニガータに収容という訳にはいきませんので、周囲で一番大きな街に集めます。その上で、そこを拠点として、迎撃部隊を動かす。今、想定しているのは三か所。各二千を考えております」

「なるほど。二千で足りない事態になれば、合同で事に当たる訳だな?」

「はい。合流に時間を取られて襲撃を許す事になったとしても、誰もいない街や村では被害は出ません」

「ふむ。悪くない」

 王国騎士兵団長の説明に国王は納得した様子だ。

「では、これを基本方針として具体的な作戦計画を練ります」

 魔人との戦いに関する会議だというのに、マリアの出番は襲撃場所を聞かれた時だけ。あとは近衛騎士団長と王国騎士兵団長が会議を仕切っている。両団長は考えを改めたのだ。
 これまで王国は、魔物の襲撃を魔獣のそれの延長、規模が拡大したもの程度に考えていた。だが今回の件で、その甘い考えは捨てた。戦争と位置付けたのだ。そうなれば、事は軍人の仕事だ。
 ただ、近衛騎士団長と王国騎士兵団長の間には一つ考え方の違いがある。

「フレイ男爵」

「…………」

「フレイ男爵!」

「……あっ、はい?」

 隣のエアリエルに軽くこづかれて、ようやくリオンは近衛騎士団長の呼びかけに気が付いた。

「考えがあるなら聞こう」

「近衛騎士団長!? もう素人の意見など、必要ないではないか!」

 王国騎士兵団長がすかさず文句を言ってきた。マリアの言う事を信じた結果が今回の失態。こう王国騎士兵団長も思っている。

「フレイ男爵は今回の件では戦功第一。一応は、話を聞くべきではないかな?」

「しかし……」

「聞くだけだ。それで作戦が大きく変わるかどうかは、内容次第。このまま進む事もある。いや、その可能性の方が高いだろう」

「……分かりました。では聞くだけは」

 リオンに自分たちの作戦に影響を与えるような意見があるとは思えない。そう考えて騎士兵団長は了承した。

「という事だ。話せ」

「話せと言われても……」

「何か考えていたではないか」

 会議を進めながらも、さりげなく近衛騎士団長は、リオンの様子を見ていた。王国騎士兵団長が、地図を出した辺りから、リオンはずっと考え込むような仕草を見せているのに気付いている。

「……はあ。ではまず隣の人に質問を」

「えっ、私?」

 いきなり振られたマリアは驚いてリオンの方を向いたのだが。

「他に誰が居る? エアリエルに質問するのに、他の人に断りをいれる必要はない」

 リオンの方は視線を向ける事なく、冷たく言い放った。会議の場でもこの態度は一切、変わる事はない。

「……質問は何?」

「ニガータを襲ってくる魔物もしくは魔人は魔法を使わないのか?」

「……使うわよ」

「なっ!?」

 マリアの答えに驚いたのは、周囲の者たちだ。彼らにとって、魔物が魔法を使うなど、全く想定していない事だった。

「ニガータの防衛計画の見直しを。どのような魔法かは、隣の女に聞いてください」

「……分かった」

 魔法攻撃があるかないかでは、大きく計画は変わる。魔法の威力によっては、ただ外壁の中に籠って守りに専念する事が許されなくなる可能性だってある。
 リオンは一つの質問で、作戦に影響を与えてしまった。近衛騎士団長の思惑はまんまと当たった。ただ、これで終わらせる近衛騎士団長ではない。

「あとは?」

「あと?」

「お前がじっと見ていたのは街の設計図ではなく、周辺地図だ。魔法とは結びつかない」

「……この爺」

「何だと!?」

 リオンの呟きは全く呟きになっていなかった。わざとリオンは聞こえるように言っているのだ。近衛騎士団長相手に畏まるというところがリオンにはない。手も足も出せずにやられたことを根に持っているだけだったりするが。
 
「攻めれば良い」

「何?」

「魔物が襲ってくるのを待っていないで、こちらから攻めれば良い。そう思った」

「それが出来れば誰も苦労せん」

「出来ると思っているけど?」

「どうやって? 魔物はどこから現れるのか、分からんのだぞ?」

「どうして分からない?」

「転移魔法で送られてくると報告してきたのはお前だろうが?」

 この近衛騎士団長の発言に、また周囲は軽く驚きをみせた。転移魔法を発見したのが、リオンだと知らなかったのだ。

「そういう意味ではなくて、どうして転移してくる場所が分からないかを聞いている」

「何……?」

「まだ説明が必要? 転移してきたところを誰も見ていない。でも必ず魔法陣はどこかにある。これで分かるだろ?」

 実に面倒くさそうにリオンは近衛騎士団長に説明するのだが、やはり言葉足らずだ。

「ちゃんと最後まで説明せんか!」

「……自分の頭も少しは使えよな」

 また、リオンは聞こえるように文句を呟いている。だが今回は近衛騎士団長も怒る事はしない。それよりもリオンが何を言っているのかが気になるのだ。

「良いから説明しろ」

「全く……魔法陣は人のいない、人の寄りつかない場所にある」

「……何と、そういう事か」

 聞いてみれば当たり前の事。どこから来ているのか分からない。だが、魔法陣で転送されているのだから、その魔法陣の場所から魔物は現れる。では、その魔法陣はどこにとなると、人の目につかない場所となる。

「ニガータの周辺で、人里から離れている場所、街道から離れている場所。森や山の中。そんなところだ」

「その場所を割り出すことが出来れば……」

 人を避難させていても、街や村が魔物に荒らされれば、復興にはそれなりの時間が必要となる。その間、人々の生活は苦しく、王国も国力を損なう事になる。
 守れるものなら、やはり守りたいのだ。

「それは無理だ。ここだと思う場所はいくつもある。そもそも、そこにどれだけの軍勢を送り込めば良いと言うのだ?」

 王国騎士兵団長が、ここで意見を述べてきた。否定的な意見だが、決して間違った意見ではない。兵力の分散は戦術的に間違っている。そして、それを行っても問題ない状況にするには、相当な大軍を揃える必要がある。

「騎士兵団長はこう言っているが?」

 これを聞く近衛騎士団長は、リオンには考えがあると信じている。そうでなければ、リオンが出来ると言うはずがないと考えていた。

「これまでに発見した魔法陣の大きさを知りたい」

 案の定、リオンには何か考えがあった。

「魔法陣だと?」

「俺は、転移魔法陣は使い捨てだと思っている。同じ魔法陣で何度も送れない以上は、魔法陣の大きさで、送られてくる魔物の数は分かるのでは?」

「……魔道士団長?」

 ずっと黙って話を聞くだけだった魔道士団長に出番が回ってきた。

「ほぼ同じ大きさだな。大きさは一種類と仮定出来るだろう」

「……魔法陣を複数置けば、数は何倍にもなる」

「完全に解析は出来ておらんが、あれは相当に魔力を必要とする。そしてその魔力は、魔法陣の周囲の魔力を使っている」

「百も二百も起動出来るようなものではない、と言っているのだな?」

 ほとんどの魔道士も又、リオンと同じで言葉が足りない。人とは違う頭の回り方をしていて、性格が偏屈な者が多い。似ているのだ。

「まあ、そうだな」

「そういう事か。どうして気が付いた?」

 近衛騎士団長の問いが又、リオンに向く。

「さあ? 俺も今、初めて知った」

「……この、クソ餓鬼が」

 そんなはずはない。リオンは魔法陣の事を分かっていたから出来ると言ったのだ。
 これはリオンでなくても魔法を使えれば分かる事だ。ただ条件があって、起動から時間が経っていない現場を調べる必要がある。そうすれば周囲の魔力、リオンにとっての精霊たちがボロボロになっている事が分かる。
 転移魔法陣は精霊の命を損なうほどの魔力を無理やり消費させる非道な魔法なのだ。

「さて、魔道士団長様のおかげで魔物の数は想定出来ます。あとは、それに基づいて、部隊編成を考えて派遣する。出来れば集合地点を予測し、そこに至る途中で各個撃破を図るという方法が考えられます。以上です」

 これが正しければ、王国騎士兵団の作戦よりもずっと被害は少なくなる。影響を与えるどころか、作戦そのものを塗り替えてしまうような意見だった。

「……さて、無視出来る意見ではなかったな」

 黙り込んでしまった近衛騎士団長に代わって、国王が言葉を発した。ここは国王が仕切らなければならない場面だ。

「いくつかの点で、推測に基づいております」

 自分たちの作戦を退けられそうな王国騎士兵団長は、リオンの考えの不備を指摘しようとしてくる。

「だが、納得出来る推測でありますな。それに、被害の少なさを考えれば、捨てるには惜しい」

 近衛騎士団長は肯定的な意見。こうして意見が割れるのは分かっていた。だからこそ、国王が取りまとめる必要がある。

「二つを同時に行う事は出来ないのか?」

「ニガータだけに集中させてよろしいのでしょうか? 魔物はいくつもの場所で、襲撃を行っております」

「それへの備えが必要か。貴族軍は使えないのか?」

「もちろん、使っております。ただ、領地軍の規模が小さすぎて、役に立たないところが多く」

「侯家を動かすしかないと」

 領地軍は、場所によっては、軍とは呼べない程の規模のものもある。国境を接していない貴族領のほとんどはそうだ。軍の維持には金がかかる。それを惜しんでの事だ。
 一方で侯家は、その財力に相応しい軍を備えている。果たして何の目的でそこまでの軍を、と国が疑ってしまうくらいだ。

「……すでに動いております。ただ、その動く先が、自家に利をもたらす領地に限られているだけです」

「……そうか」

 侯家は自家の利益の為にしか動かない。その侯家の人間であるランスロットたちには、耳の痛い会話だ。

「では、近衛騎士団を動かす事にいたしますかな?」

 王国騎士兵団が動けないのであれば、もう一つを動かすしかない。だが、これは大事だ。近衛騎士団は王家の軍なのだから。

「それしかないか。宰相、今後の予定は?」

 国王自らの出兵。そう思って、スケジュールの調整をしようとした国王だったが。

「それには及びませぬ。近衛騎士団は、フレイ男爵に率いさせます」

「なっ、何だと!?」

 近衛騎士団長の発言に、国王だけでなく周囲も驚いている。ただ、周囲の者は王家の軍である近衛を一男爵に率いさせようという非常識に対する驚きだが、国王の驚きは違う。リオンが王家の血を引く事は秘中の秘。そのリオンにあえて近衛を率いさせようという近衛騎士団長の意図が分からないのだ。

「近衛といっても見習い騎士共です。元々戦力として数えていないのですから、新たな作戦に送り込んでも影響はありませんな」

「……だが、見習いでは犠牲を出すばかりではないか?」

「私が鍛えた者ども。近衛では見習いですが、それなりの力はもっております」

「個々の武勇はそうかもしれない。だがそれだけでは」

「指揮官は付けます。そうですな、ソル・アリステスであれば空いておりますな」

「フレデリック?」

 近衛騎士団長に心底驚かされた王族の反応は同じだ。子供の頃に呼んでいた名を呼んでしまう。
 この国王の驚きは周囲には分からない。ソル・アリステスとは、近衛の中で特別な存在なのだ。

「さて、これで並行作戦は可能となったな」

 国王の驚きをさらっと流して、近衛騎士団長は話を進めようとしている。

「……俺は引き受けるとは言っていない」

「お前の意志は関係ない。これは勅命だ。断る事は出来ない」

「根性、悪ッ!」

「お前がそれを人に言えるか? お前、私が聞かなければこの作戦について話さなかったのだろ?」

「素人の意見は必要ないと聞いた」

 これは王国騎士兵団長への当て付けだ。

「魔物の魔法の件も。知らないままに、防衛計画を練っていたらどうなっていたと思っておるのだ?」

「どうにもならない。何といっても、防衛任務にあたるのは、この国の英雄たちだからな」

 そして、これはマリアたちへの当てつけ。

「……従者だった時はまだ可愛げがあったが、今のお前はただの厭味ったらしい親父だな」

「おっ、親父? 俺はそんな年じゃない」

「実年齢ではなく、精神年齢を言っているのだ」

「……エアリエル?」

 近衛騎士団長に言い返そうとしたリオンだったが、隣でクスクスと笑っているエアリエルのほうが気になってしまった。

「ここは笑うところかな?」

 エアリエルに膨れっ面を向けたリオン。そのリオンの頬を、いきなりエアリエルは両手で抓りあげた。

「……い、痛い。ど、どうして?」

「従者の頃って聞いて、何だか懐かしくて」

「な、なつか、しくて、頬、つねるかな?」

「だって、以前はいつもこうしていたわ」

「……い、今、会議中だから」

「だって、退屈だわ」

 こんな風にじゃれ合っている姿は可愛げがあるというか、微笑ましくはある。心を許した相手と、それ以外へのリオンの態度は、その年齢や性格まで別人のように感じさせてしまう。

「いい加減にせんか。夫婦仲が良いのは結構だが、ここは軍議の場だ」

「なんだ、ヤキモチか?」

「ヤ、ヤキモチ、だと?」

「孫くらいの俺たちにヤキモチとは。そういう意味では気持ちは若いのか。良かったな」

「こ、この馬鹿者がっ!!」

 これも心を許しているというかは微妙ではある。分かるのは、厳格な近衛騎士団長が、リオンに対しては感情を露わにするという事だ。これは近衛騎士団長を知る者にとっては、目を疑うような状況だった。

「……驚きの光景を見られて楽しいのだが、俺も忙しいのでな。フレイ男爵、近衛騎士団長が言った通りに勅命だ。近衛騎士団を率いて魔物を討伐せよ」

「……はっ」

「騎士兵団長はフレイ男爵とは関係なく、ニガータの防衛計画を練ってくれ。頼んだぞ」

「はっ」

 国王の裁可は下された。こうなれば、もう誰も文句を言う事なく、やるべき事をやるだけだ。特にリオンは、とんでもなく忙しい日々を送る事になる。いきなり与えられた部隊を動かすのは大変なのだ。
 それが分かっている、そうでなくても、この場に長く居たくないリオンは、とっとと会議室を出て行った。
 他の者も、マリアあたりはかなり納得していない様子だが、いつまでも残っているわけにもいかずに、続けて出て行く。
 そして会議室に残ったのは国王と近衛騎士団長の二人。

 

「どういうつもりだ?」

 自然と二人になったのではない。国王は近衛騎士団長の考えを確かめる必要があった。

「埋もれてしまうには、あまりに惜しいと思いましてな」

「……それ程の才か?」

「まだ分かりません。ですが、あれは軍事には素人だったはず。それでこの結果です」

「だが、あれを表舞台にあげては」

 軍事の才どころではない。口を開いた途端に、会議の主導権をリオンは握っていた。それは国王として喜べる事ではない。その横で、アーノルド王太子は完全に存在感を失っていたのだ。

「近衛であれば」

「何?」

「何とかアーノルド王太子との関係を修復して、あれに近衛を任せる事が出来ればと思っております」

「あくまでも臣下としてか。では、何故、ソル・アリステスを付ける?」

「あれも埋もれてしまうには惜しいのです」

「しかし、真実は伝えられないぞ?」

「……ちょっとした賭けです。真実を知らなくても、自分が仕える相手だったと分かるのではないか。そんな馬鹿な期待を抱いております」

「そうか……」

 ソル・アリステスは、国王夫妻の第二子の近衛騎士として選ばれた人物だ。だが、その王女は出生してすぐに誘拐され、行方不明になった。
 そうであるのにソル・アリステスは、一度も会った事がない王女に対して異常な忠誠心を発揮し、他の王子王女の近衛になる事を拒否。未だに自分が仕えるはずだった王女が見つかるのを待っている。
 つまり、リオンの近衛になるはずだった騎士だ。二人の出会いが何を生み出すのか。それは、それを整えた近衛騎士団長にも分からない。