月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #84 反乱

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 ルーティズの北にある正門を抜けたすぐの場所で、多くの兵が集まっていた。その中心にいるのはグレンとザットだ。ザットの弟子たちも一緒。その弟子たちは盛んに出来上がったばかりの兵器の調整をしている。
 やがて、それも終わり。試射の開始が告げられた。

「では、実際に射ってみます」

「はい。お願いします」

 ザットの弟子の一人の声にグレンが答えた
 まず投射器の台座に据えられたのは、太く長い槍のような矢だ。投射器の後ろに回ったザットの弟子が後方に飛びだしている取手を後ろに引く。大きな音を立てて弦が戻り、その勢いで矢が前方にものすごい勢いで飛び出して行った。
 グレンも含めた兵たちがその行方を追っている間に、弟子たちは次の準備に入る。横についている取っ手を回すと、それに合わせて幾つもの歯車が回って弦が引かれていく。あるところまで来るとカチリと音がして弦が固定された。
 また矢を台座に置いて後ろの取手を引く。同じように矢が遠くまで飛んで行った。

「……確認を」

「はっ」

 グレンの命令を受けて、騎馬が二騎飛び出して行った。放たれた矢の行方を確認する為だ。
 その行方を全員がじっと見守っている。ザットの顔も厳しいものだ。
 やがて、遠くの方で二つの旗が振られた。ほぼ同じ様な場所だ。

「まずは合格ですか?」

「そうだな。安心するのは戻って聞いてみてからだが、それほど差は見えなそうだ」

「はい」

 今回の試射は飛ぶ飛ばないの確認ではない。仕組みが分かっている以上は飛ぶのが当たり前で問題はどれだけ精度が高いか。それがザットの拘りだった。

「よし、次は射程距離を落とす。調整を」

「はい」

 ザットの指示で弟子がまた調整を始める。それほど難しいものではない。台座の横にある弦の固定部を動かして、固定し直すだけだ。

「よし、射つぞ」

「……えっと」

 まだ前方には騎馬に乗った兵がいる。グレンの躊躇いはそれだ。

「飛びすぎることはない。失敗があるとすれば射出の勢いが弱すぎての失速だ」

「はい」

 そしてまた同じように矢が据えられ、前方に射ち込まれる。今回も前回と同じく二回だ。
 それを確認して前にいた騎馬が動く。旗があがったが、それを見たザットが渋い顔になった。先ほどよりも二騎の旗が離れているからだ。

「……弦の張りだけでは無理か」

「駄目なのですか?」

「張りを弱めると矢の勢いが落ちすぎる様だ。飛距離の差はそのせいだと思う」

「そうなると同じ距離だけですか……」

 攻撃範囲が狭くなる。それはかなり問題だ。

「いや、射出角度を変える。それで飛距離を調整しよう」

「方法はあるのですね?」

「当たり前だ。射出角度だけでは近い距離にかなり死角が出来るから、組み合わせでうまく調整出来ないか考えただけだ」

「……近い場所は?」

「近い場所用のものを用意する」

「そんなに据え付ける場所は」

「手持ち程度の大きさだ」

「……弓との違いは?」

「お前な」

 グレンの確認は細かい。その細かさにややザットはウンザリしている。

「いや、そこまでは聞いていなかったはずです」

「そうだったか? では、説明しよう。弓は手で矢を固定する。極端に言えば、真下にでも射ることが出来るわけだ。だが弩は台座に矢を置くので、下には射ることは出来ない」

「はい」

「その代わりに下手が射ってもある程度の命中精度はある。弓は熟練度によって、命中精度は変わる。つまり弩は素人向け。住民が使う為の物だ」

「完璧です」

「そういう要望だっただろ? では次だ」

 ザットの指示で弟子たちは隣の投石器に移った。同じように取っ手を回すが、投石器の方はすぐに準備は出来ない。石を飛ばすための梃子の反対側の石。その重さがかなりのものなのだ。
 それでもようやく石を置く台座が下に降りてきて、なんとか固定された。台座に石を置くのは兵士の仕事だ。人の頭ほどもある石を台座に次々と載せていく。

「よし、いくぞ。さすがに騎馬を呼び戻せ。どこに飛ぶか分からん」

「はい。合図を」

 指示された兵が旗を振ると騎馬が戻ってきた。それが近くまで来たところで、ザットは発射の指示を出した。台座を固定していた太い縄の留め金を外すと、反対側の石の重さで、台座が上に跳ねあがっていく。台座に乗せていた石がその勢いで前方に飛び出して行った。

「ふむ。まあまあかな」

「まあまあというのは?」

「今のは台座の角度によってある程度の方向性を持って飛ばす試験だった。石の大きさで距離の散らばりはあるが方向はそれほどブレておらんだろ?」

「確かにそうでした」

「投石器の距離は乗せる石の量。もしくは梃子の反対側の石の量だが。後者はお勧め出来ん。戦いの中で、そうそう調整できる時間があるとは思えんからな」

「そうですね。では飛ばす方の石の重さですか」

「それも大体だな。石の大きさというか重さを揃えるのは中々に難しいものがある」

 石を削って重さを揃える。出来ないことではない。だがかなり手間がかかることであり、それをしても、完全に飛距離が一致するわけではない。

「……数撃てば当たるですから、それで問題ありません」

 グレンは余計な手間を惜しむことにした。労力に見合った成果が得られないと判断したのだ。

「よし。では、まずはこれで練習してくれ」

「まずは?」

「耐久性の確認をせねばならん。数発で壊れる様では役に立たんだろ?」

「はい。その通りです」

 こういった仕事への妥協のなさはグレンの好むところ。だがそれを褒めても、ザットに当たり前のことだと叱られるだけだ。

「軍のほうで耐久性の確認している間に固定の為の準備に入る。弩については回転式の台座にする」

「ああ、そういう事ですか。それで北の次は南なのですね」

「そうだ。三方に向けられるように据え付ける。ただ投石器はな」

「駄目ですか?」

「さっきの射程の話と同じだ。微妙な調整は出来ん。失敗すれば街中に落ちるぞ」

「……他の方角に向けるのは最悪の場合だけですね」

「そういう事だ」

「分かりました。今のところは空き地だらけですからね。設置場所には困りません」

「ああ。耐久性の確認は早めにな。練習ついでに馬鹿みたいに射続ければ良いだけだ。時間はかからないだろ?」

「……頑張って貰います」

 射るのはいい。ただ石にしても矢にしても集めるのは大変なのだが、ザットの有無を言わさぬ物言いに、グレンはそう答えるしかなかった。
 それでもグレンの顔は明るい。何と言っても、これで都の防備を固める目途が立ったのだ。兵器が揃い、訓練をして戦える目途がつけばルート王国は次の段階に移れる。また一つ。ルート王国一歩ずつ着実に基盤を整えていく――はずだった。
 動き出した歯車は止まらない。グレンの思惑を超えて。

 

◆◆◆

 思わぬ来訪者を迎えて、グレンの顔には緊張が浮かんでいる。それは、その場にいる重臣たちも同じだ。
 謁見場となる大広間に迎えた男は、グレンの良く知るゼクソン王国の諜報機関の男だった。その様な男が訪ねてくるなど只事ではない。

「用件を教えてください」

「はい。我が国において、軍の反乱が起こりました」

「なっ!?」

 あまりの事実にグレンだけでなく、他の者たちからも驚きの声があがった。

「反乱の首謀者はシュナイダー将軍」

「……シュナイダー将軍が」

 グレンはシュナイダー将軍に危うげなものを感じてはいた。だがまさか反乱の首謀者になるまでとは思っていなかった。

「それに同調したのは、金獅子師団の半数。猛熊、飛燕、荒鷲、荒鷹、鹿角の兵団の軍団長も兵団ごと、シュナイダー将軍に付きました」

「ゼクソン国王は無事なのですね?」

「金獅子師団の半分とともに狼牙兵団の駐屯地におります。そこに猛牛兵団も加わり、籠城しております」

「……三千対六千か。守れない数ではない」

「ですが、外部からの支援は望めません。やがて兵糧が尽きるのは明らかです」

「猛虎は?」

「猛虎兵団はエステスト城砦に詰めております。それを放棄して救援にくることも予想されますが、まだ動きは確認出来ておりません」

「……何故、その様な事になったのですか?」

 反乱の原因。それがグレンの思うようなものであれば、対処すべきことが山ほど出てくる。

「陛下はご自身が女性であることを公表なさいました」

「それは聞いています。臣下が次代の王を目指して色々と動き始めたことも」

「はい。ですが、陛下の嘘であることがばれてしまったのです」

「嘘? どういうことですか? それについてはゼクソン王も予定していたはずです」

 いつかは女性であることを明かす必要があることはヴィクトリア自身が語っていた。グレンはそれを実行しただけだと思っていた。

「それが……陛下は昨年、御子様を出産なされました」

「子供を? それは……えっ、昨年?」

「はい」

「……嘘ですよね?」

「いえ、事実です」

「……そう」

 グレンの顔が一気に青ざめる。グレンには心当たりがあり過ぎるくらいにあるのだ。
そして当然、その動揺を見逃すソフィアではない。

「ちょっと聞いても良いかな?」

「な、何かな?」

「それは誰の子だろうね?」

「……俺に聞くことかな?」

「だって……なんだか、すっごく心当たりがありそうよね?」

「…………」

 グレンは黙って、心の中で覚悟を決めろと自分に言い聞かせた。

「……あるのね?」

「少し……」

「少しって何!? あるのね!? つまりは、そういうことなのね!?」

「……ごめんなさい」

 浮気発覚。臣下が集まる会議の場での発覚だ。気まずい雰囲気が会議室に流れている。

「信じられない! 隠し子よ、隠し子!」

「だって、まさか……あれ? 嵌められた?」

「あっ、そうやって言い訳する。いくら何でもそれは酷くない?」

「そうだけど、でも、いや、絶対」

 ちゃんと考えているとヴィクトリアは言っていた。その言葉を信じたグレンの、そもそも欲望に負けたグレンの自業自得ではあるが。

「往生際が悪い!」

「……ごめんなさい」

「もう信じられない! いつの間にそんなことに!?」

「エステスト城砦に突然訪ねてきて。それで何故かそういう流れに……」

「……つまりは、ゼクソン国王にまで惚れられちゃったわけね」

「いや、それはない」

「子供まで作っておいて、『それはない』はないわよ!」

「いや、でも……」

 初めは呆然としていた臣下たちも今は呆れ顔だ。自国の国王に隠し子がいて、しかも、その相手は他国の王なのだ。
 それに助け舟を出してきたのは、それを話した男だった。

「それに関しては私の方から少し、グレン王を擁護させて頂きます」

「えっ?」

「グレン王が申された『嵌められた』は事実です」

「嘘!?」

「我が国の王ヴィクトリア様がエステスト城砦を訪れたのは、正しく、グレン王の子を宿す為でございます。とにかく、どのような口実でも良いので、グレン王とそういう関係になろうと考えておりました」

「……どうして?」

 一国の王がすることではない、以前の問題だ。

「勇者の血を引く御子を宿し、その子を次代の王にする為でございます」

「……つまり、求めたのはグレンではなく、勇者の息子なのね?」

 ソフィアの表情に険しさが増す。グレンに向けていた感情はただのヤキモチだが、これは明確な怒りだ。

「申し訳ございません」

 それを察して、男は謝罪の言葉を口にした。

「何か許せないわね。それって人としてどうなのかしら? 子供だって可哀そうよ」

「王として、それだけ追い詰められていたということでございます。グレン王の御子であれば、優れた資質を示されるだろうと考えてしまって」

「それは勇者の血を引く子供だから、それなりの力は……」

「それ多分間違い」

 ここでようやく少し立ち直ったグレンが話に入ってきた。

「間違い?」

「自分が勇者の血を引くと聞いてからずっと考えていた。証明は出来ないけど、必ず力を受け継ぐとは限らないと今は思っている」

「そうなの?」

「勇者の血で全ての子供が同じだけの力を持つとしたら、今頃ウェヌスはとっくに世界を制覇しているから。あっ、この場合は元々、召還の儀を保有していた国は滅びていないだな」

 つまりエイトフォリウム帝国は滅びていないはずだと、グレンは言っている。だが実際にエイトフォリウム帝国は大陸を治める力を失い滅びている。

「……えっと?」

「勇者がこれまで何人、召還された? その子孫を千人も集めてみろ。それだけでゼクソン王国を滅ぼすことが出来そうだ」

「確かに。あれ? じゃあどういうことなの?」

「さっき言った通り、詳しいことは分からない。でも、勇者の子供は勇者になるとは限らない。ならない可能性が高いと思うな。どちらかというと俺がおかしいのだと思う」

「どうしてだろ?」

「それは分からないな」

「血かもしれません」

 ここでハーバードが口を挟んできた。

「だから、その血が」

「いえ、血の濃さと言いますか、そういうことではないかと」

「……分からない」

「もともと帝国には勇者の血を引く家系がいくつかありました。ですが、そこから勇者のような力を持つ者が生まれたとは聞いたことがありません。つまり、勇者の力を発現するには一定以上の血の濃さが必要になるのではないかと」

「……じゃあ、グレンは?」

「帝国の重臣の子であったセシル殿は勇者の血を引いていて、それが少し顕在化した方だったのではないかと。そのセシル殿と勇者であるジン殿の息子である陛下に勇者の力が現れた」

「……その話は良い。聞いていてあまり気分が良い話じゃない」

 それはつまり、グレンの大嫌いな、持って生まれた才能ということになる。グレンとしては認めたい話ではない。

「失礼いたしました」

「話を戻そう。戻したくないけど……」

「君の子供の話だからね?」

「だから……まあ、そうなるか。それで?」

 グレンは男に話を続けるように促した。

「はい。目論見通りに陛下はグレン王の子を宿すことに成功致しました。ただ、だからといって、すぐに王にとは言えません」

「それはそうだ。でも子供のことはどうやって説明を?」

「グレン王が褒美として求めるので仕方なくと。エステスト城砦を欲しければとも言われたと」

 脅迫の類だ。ゼクソン王国では、それをグレンが行ったことになっている。

「……あの女、殺す!」

「いえ、言い訳でございます!」

「言い訳でも酷過ぎる! 俺が脅迫したみたいじゃないですか!?」

「まあ。でも、おかげでそれほどの混乱は起こらなかったわけで」

「いや、そんなはずはないですよね?」

 自国の王が無理やり関係を結ばされて、子供まで出来た。それで混乱しないはずがない。グレンを殺す為に動き出してもおかしくない。

「勇者の血がゼクソンに入った。それは喜ばしいことだと」

「……全くどいつもこいつも。でも、それで反乱?」

 勇者信仰の愚かさにグレンは呆れている。ただ、それを受け入れたなら何故反乱にまで繋がったのかが分からない。

「御子のことを説明する時に王女だと嘘をついたのです。王女であるから王位は変わらずに国内から求める。王女はいつか誰かに嫁ぎ、それでゼクソン王国の臣の中に勇者の血族が出来ると」

「ああ、それであればってことで周りは納得したわけか。つまり、それがバレた」

 ヴィクトリアの説明はただの混乱の先延ばしだ。いつかは起きる混乱がこの時に起きたというだけだ。

「王子殿下が成長するまで隠しておくつもりだった事実が知れてしまい、そうなると次代の王はその御子にという陛下の意図も明らかになってしまいました」

「自業自得だ」

「しかし、反乱が成功して殺されるのはグレン王の御子です」

「まるで子供を人質に取られたように思うのは気のせいでしょうか?」

 言葉は軽口のようだが、グレンの体から発する何かが明らかに変わった。脅しはグレンがもっとも怒りを感じる類の一つだ。それを敏感に感じ取った男はすかさず深く頭を下げる。

「……申し訳ございません」

「何だか納得出来ない。それは置いておくとして、側近であるシュナイダー将軍が反乱を起こした動機は? 自分こそ、王に相応しいというところですか?」

「恐らくは。なんといっても陛下の側近で、常に側にあったわけですから。内心では自分であろうという思い込みがあったのではないかと。ただ名目はゼクソン王家の秩序を取り戻すという曖昧なもので兵を挙げました」

「それにほとんどの兵団が同調したと。そうなるとゼクソン王国の望む方向は反乱側にあるのではないですか?」

「それで反乱側が勝利をおさめれば陛下はどのようになるでしょうか?」

「王家の血筋を残す為の腹」

 かなり冷たい物言いだ。こういう言い方になるくらいにグレンはヴィクトリアに怒っているということだ。

「……そのような思いをさせるわけには参りません。それにグレン王の御子はどうされるおつもりですか?」

「……残念だが諦める」

「そんな!?」「ちょっと、グレン!?」

 男とソフィアが同時に声を上げた。その声を聞いてもグレンの表情は変わらない。憂いも悲しみも見せることなく、無表情な顔で冷静に言葉を続けた。

「俺は今、ルート王国の国王だ。以前の俺とは違う」

「どういう意味?」

「ゼクソンで俺の子が火種になった。仮にそれを助けることが出来て、その子がゼクソン国王になったとする。そうなると次はこの国の火種になる可能性がある」

「あっ……」

 ヴィクトリアとの間に出来た子供は、グレンの唯一の子で、しかも男子だ。ルート王国の継子を名乗る資格がある。

「王が俺の子供であることを理由にゼクソンがこの国の王位を望んだら?」

「それは……」

 グレンにその気がなくても相手、この場合は本人の意思だけではなくそれを担ぐ者がそれを望む可能性がある。ルート王国がグレンの望む豊かな国になればなるほど、その可能性は高まるのだ。

「この国はゼクソン王国に攻められて、守り切れるだろか? わずか二千数百の国民とわずか六百の兵で守れるか?」

「でも、グレンなら」

「そう。俺はゼクソンに攻められれば全力でこの国を守る。そして俺が勝てば、俺は自身の手で自分の子を殺さなければならなくなる」

「…………」

 父と子で国王の座を争って、血で血を洗う戦いが行われた例などいくらでもある。建国間もない国の形になるのもこれからのルート王国に、そんな影を落とすことは誰も望んでいない。

「そういうことだ。ここで見捨てるほうが結末としては遥かにマシになる」

「子供だけを助けるのは?」

「それはゼクソン王が許さないだろ? さっきの冗談は冗談ではない。子供は人質だ。助けたければ、私を助けろってところだろ?」

「……何だか許せなくなってきた」

「ち、ちょっとお待ちを」

 グレンとソフィアの話を聞いていた男が、焦った様子で会話に割り込んできた。

「何?」

「グレン王は一つ誤解をなされております。私がここに来たのは陛下の指示ではありません」

「えっ? じゃあ、誰?」

 男はゼクソン王国の諜報部門。国王であるヴィクトリア以外の命令で動いているとはグレンは思っていなかった。

「貴国のクレイン殿のご助言です」

 クレインは交易の交渉をする為にゼクソンに行っている。

「クレインは? クレインは何をしている?」

「駐屯地で陛下と共に」

「はあっ!? どうして逃げなかった?」

「反乱の予兆を掴んだのはクレイン殿です。何となく軍の様子がおかしいと道中で気付いたそうで。それで陛下に王都から逃げるように進言して頂いてそのまま同行を。陛下が逃れられたのは、クレイン殿のおかげなのです」

「……それは良いけど、籠城にまで付き合うことはないだろうに。それでクレインは何か言っていましたか?」

 クレインがわざわざ危険の中に身を置くからには、何か理由があるはずだとグレンは思っている。

「これをどう活かすかはグレン王次第だと。事を起こすのも起こさないのもグレン王の決断次第ですが、決断を行う前に敵が誰かを一度お考えください。こう言付かっております」

「……また意味深な。でも良い助言だ。忘れていた大切な事を思い出させてもらった」

「では」

「気が早い。さてと、これだけの情報では読めない。知っていたら教えてください。ウェヌスの動きは?」

 クレインの言うグレンの真の敵はウェヌス王国にいる。この事態に何も動きがないとは思えない。

「ウェヌスですか?」

「兵を動かしている様子はないのですか?」

「……調べておりません」

「あら……じゃあ、もう一つ。猛虎のゼークト将軍は信頼出来ますか?」

「……信頼ですか?」

 ゼークト将軍は反乱に組することなくエステスト城塞に駐屯したままだ。そのゼークト将軍を信頼出来るかと聞く、グレンの意図が分からない。

「まだ動いていないのですよね? これは間違いないですか?」

「はい。それは確認しております」

「使者は?」

「もちろん。ただ、エステスト城砦は空にするということに懸念があるようです。陛下にエステスト城砦まで下がれないかという返答が来ております」

「……なるほど。難しいところだ。では貴方に確認することがあります」

「はい。何でしょうか?」

「俺が動くとしても、ゼクソン国王の思うとおりにならないかもしれません。それでも協力してくれますか?」

「……その場合、陛下は?」

「命は守るために動きます。地位もほとんど変わらない地位を約束します。ただ、結果はゼクソン国王次第です」

「私は……私はゼクソン王国ではなく、ゼクソン国王に仕える身です。国よりも王を優先致します」

「万一、その王が亡くなってしまったら?」

「次代の王に御仕え致します」

「……分かりました。成功するかは分かりませんが動きます。カイル!」

「はっ!」

 グレンに名を呼ばれて素早くカイルは立ち上がった。グレンが動くのは分かっていた。待っていましたという気持ちだ。

「軍を動かす。至急、二百の兵に出陣の準備を!」

「はっ!」

「待った! おい! 二百とはどういうことだ!?」

 グレンの指示にガルが驚いて声をあげた。たった二百しか動かさないことに不満なのだ。

「今、その質問は必要か? 俺が二百と言ったら二百だ。カイルたちは何の質問も返していない。軍とはそういうものだ」

「……では、俺も」

 普段とは違う、軍の指揮官としての厳しい態度。それにややガルは圧を感じている。

「貴方の仕事は防衛任務。ここの守りはまだ完成していないのです。ミルコは俺に付いて来い」

「はっ」

 ガルとの話を切り上げて、グレンは指示を続けていく。

「セインとポールは都の防御を固めろ。暫定的でも良い。ザット殿に兵器の据え付けを頼め」

「「はっ!」」

「ハーバード!」

「はっ!」

「アールに伝令を。万一、ウェヌスに動きがあったら、すぐにここに知らせるようにと」

「承知致しました!」

「さて。そう言えば名を聞いていませんでした。何と呼べば?」

 一通りの指示を終えたところで、グレンは男に向き直った。

「間者に名などありません。お好きなように」

「では……シャドウと」

「はい。それで結構です」

「馬は?」

「乗れます」

「では依頼は移動しながらにします。ではすぐに準備に掛かれ! 今日中に動く!」

「「「はっ!!」」」

 指示を受けた者たちが、すぐさま準備の為に大広間を出て行った。そうでない者も何らかの手伝いが必要だろうと、その後を追う。残ったのはグレンとソフィア、シャドウと名づけた男の三人だ。
 そしてグレンの目線はソフィアに向かう。

「……行ってくる」

「君は……運命って言葉嫌いだったね?」

「まあ」

「私も嫌い。だって運命は君を放って置いてくれないもの」

「……すまない」

「良い。君のお嫁さんになるってことは、こういうことだからね。グレン……気を付けて」

「ああ、必ず戻ってくる」

 運命はグレンを放って置かない。ソフィアのこの言葉は、正に真実を突いているのかもしれない。また世界は驚きと共にグレンの名を聞くことになる。