月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第47話 イベント:ハッカータ防衛戦

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 グランフラム王国南部の最大都市ハッカータ。南部各地に伸びる街道の出発地点であるハッカータの街は、その地理的な利点を生かして、南部最大の商業都市でもある。
 隣国、そして南部各地の産物は必ずハッカータに一旦集まり、ここから王国の中央や他の地域に運ばれていく。逆もまたしかり。ハッカータの交易所は、カマークのそれとは比べる事も出来ない巨大市場だ。
 今そのハッカータは、商業都市とは思えない武張った雰囲気に包まれている。王国騎士兵団三千。突如現れたこの軍勢のせいだ。軍勢の到着と同時に魔物の襲来が伝えられ、ハッカータの街は一時、かなりの混乱に陥った。国境から少し離れた場所にあるハッカータは、あくまでも商業で発展した都市であり、戦争への備えはそれほどでもないのだ。人々が不安を感じるのも、仕方なくはある。
 その人々の混乱は、王太子自らが出陣しているという事実が伝わった事により、かなり落ち着きを取り戻した。王太子が守ってくれるという安心ではなく、危険な戦いの場に王太子が出張ってこないだろうという、アーノルド王太子が聞けば複雑な思いを抱くような理由によって。
 ともかく、ハッカータの住民たちは、領主とアーノルド王太子双方の指示を聞いて、魔物の襲来に備えて自宅に篭っている。街中を動いているのは、王国騎士兵団か領軍の騎士か兵士くらいだ。
 その慌ただしい動きも、やがて見られなくなる。魔物の襲来に備えての布陣が完了したからだ。
 街の守りは南門に集中させている。マリアの意見でもあるし、魔物が国境側、つまり南部から移動してきている事も分かっていての対応だ。
 南門の前に陣を組んで並んでいるのは、王国騎士兵団の全軍三千。騎馬千、歩兵二千の編成だ。街の外壁の上にも、領軍の兵士たちが弓を持って整列している。更に南門の内側にも領軍の歩兵が待機。
 南門以外は攻めてこないと完全に決めつけての配置だ。
 では本陣はというと、領軍の兵士と同じ、外壁の上部に置かれていた。本陣といっても、そこにアーノルド王太子が居るからであって、彼らが外壁の上に居るのは、魔法での攻撃を行い易くする為に過ぎない。

「……来ないな」

 魔物の襲来を前にして、周囲が緊張に包まれている中、近衛騎士団長がぽつりと呟いた。この戦いには近衛騎士団長も参加していた。いくらアーノルド王太子やマリアたちが優秀だとはいえ、軍を率いての戦いの経験は彼らにはない。アーノルド王太子たちは、個人の能力で魔物を倒すだけで、実際に軍を指揮するのは近衛騎士団長の役割だった。

「斥候の情報ではもう間もなくのはずだ」

 アーノルド王太子が近衛騎士団長の呟きに答えた。だが、これは勘違いだ。

「いえ。魔物ではなく」

「……そうだな」

 バンドゥ領軍の参戦を望んだのは、アーノルド王太子だ。実際には他の者達の思惑もからみ合っての結果だが、要請はあくまでもアーノルド王太子の名で行っている。
 そのバンドゥ軍が未だにこの場所に姿を現していなかった。

「何かありましたかな?」

「先触れの話では、出立がかなり遅かった。恐らくはそのせいだろう」

 要請を拒まれたとはアーノルド王太子は考えたくなかった。そうであれば、それを理由に処罰を行わなければならなくなる。さすがに、それはアーノルド王太子もしたくない。
 
「ふむ。しかし、あの者がそんな誤りを起こしますかな?」

 出立が遅れたせい。それではただの遅刻だ。近衛騎士団長はリオンが、そんな馬鹿げた過ちを犯すとは思えなかった。

「……理由は、後から確かめれば良い。今は魔物との戦いに」

「来ましたっ!!」

 アーノルド王太子の言葉に、外壁の上にいた兵士の声が重なる。現れたのはバンドゥ領軍ではない。南側に広がる平原の先に黒い影が広がっている。魔物が近づいてきたのだ。

「……フレデリック?」

 信じられない事態に、アーノルド王太子は思わず近衛騎士団長を名で呼んだ。

「五万、いや八万……魔物とやらは体型が違いすぎて、数えづらいですな」

 遠くからでも現れた魔物が一種類でない事は分かる。それだけ巨体な魔物も居るという事でもある。

「マリア、あれは何だ?」

「遠すぎて何て魔物かまでは分からない。でも……」

「でも何だ?」

「こんなに沢山の魔物が現れるなんて思わなかった」

「何だと!? 大丈夫なのか!?」

 マリアの話を信じて準備をしてきた。その話が違うとなると、この戦いは大丈夫なのか、アーノルド王太子は不安になってしまう。

「もちろん勝てるわよ。でも、少し慎重に戦った方が良いかも。とにかく、どんな魔物が現れたか確かめるのが先ね」

 どんな魔物かさえ分かれば弱点も分かる。それから戦い方を考えれば良い。負ける可能性など、マリアはこれっぽっちも考えていない。

「では待機、だな?」

 この問いかけは近衛騎士団長に向けたものだ。これを受けて近衛騎士団長は、下に居る王国騎士兵団に待機の合図を送った。
 徐々に魔物の姿が明らかになる。圧倒的に多いのは、ゴブリンだが、それだけではない。後ろにはオークの群れ。そして、その更に後ろには、明らかに他の魔物とは異なる雰囲気を持つ魔物の姿が何体も見える。

「……オーガ? う、嘘でしょ?」

 マリアの声は明らかに動揺している。又、想定外の事態が起きたという事だ。

「何があった?」

「……思ったより強い魔物が居るの。オーガっていう、簡単に言うと鬼よ」

「オニ?」

 鬼という存在も、この世界の人に分かるはずがない。

「とにかく強いの」

「……平気なのか?」

 アーノルド王太子は臆病なわけではない。負ければ、この街に住む人々が魔物に襲われる事になる。それを恐れているのだ。

「平気よ。出来るだけ魔法で弱らせれば良いの。相手は魔法が使えないから」

「そうか。近づくまでは、やはり待機だな」

 魔法にも射程距離というものがある。実は案外それは短い。そのせいで、個人の戦いでは魔法が使える方が圧倒的に有利ではあるが、戦争となると必ずしもそうではなくなる。数さえ揃えれば、投石器やバリスタなどでも十分に対抗出来るのだ。
 アーノルド王太子たちが外壁の上に居る理由も射程が関係している。高い所から魔法を放つ事で、少しでも遠くに攻撃出来るようにする為だった。
 その射程内に魔物の大群が入るのを、ひたすら待ち続ける事になったアーノルド王太子たち。だが、その時は一向に訪れなかった。魔物の大群がある所で、近づくのを止めたのだ。

「……近づいてこないな」

「はい。まるで魔法の射程距離を知っているかのようですな」

「見た目で判断するのは間違いという事か。どうする?」

「待機を。こちらから攻めるのは冒険が過ぎます」

「そうだな」

 魔物との戦いの経験など、近衛騎士団長だって持っていない。頼れるのはマリアだけだったのだ。そのマリアの目算もどうやら狂っている。そうとなれば、慎重に事を進めるしかない。アーノルド王太子たちの最優先事項はハッカータの街を守る事だ。攻めてこないのであれば、それで問題ない。
 だが、魔物が攻めて来ないには、その理由がある。そこにアーノルド王太子たちは思い至っていない。まさか、そこまで魔物たちが考えて動いているとは、この時点では全く考えていなかった。

 

 ――それを知らせたのは、遅れて現れたリオンだった。リオンを先頭にして、三色の鎧を纏った騎馬隊が数百騎、南門の前に陣取る王国騎士兵団の前に進み出てきた。

「バンドゥ領軍か。随分と派手な鎧だな」

「ああ。そういえばそうでした。バンドゥ党は四色の党に分かれていて、それぞれ自分の党の色を身につけて戦うのだかと」

 これを説明する近衛騎士団長も聞いた覚えがあるだけで、見るのは初めてだ。

「しかし、三百か」

 参陣数としては極めて少ない。アーノルド王太子もそう思った。

「しかし、何をやっているのですかな?」

 リオンと王国騎士兵団の指揮官が、何かやりとりをしているが、外壁の上からでは何を話しているか聞き取れない。せいぜい、何か揉めているのが分かるくらいだ。
 やがてリオンは指揮官と話していても埒が明かないと思ったようで、アーノルド王太子たちが居る、すぐ下まで近づいてきた。
 下から見上げているリオンと、アーノルド王太子の目が合った。

「前方の魔物は陽動です! すぐに周辺の村に救援の派遣を!」

 響き渡ったリオンの声は驚くべき内容を伝えてきた。どう答えれば良いのか、とっさにアーノルド王太子は思いつかない。

「どの村が襲われているのだ!?」

 そのアーノルド王太子に代わって、近衛騎士団長が問いを返した。

「村の名なんて分かりません! それに一か所ではない! 東側では三ヶ所の村が襲われていました!」

「……何と言う事だ」

 ハッカータより、ずっと住民の数は少ないとはいえ、犠牲が出ている事に変わりはない。魔物などに、まんまとしてやられた屈辱が、近衛騎士団長の胸に湧き上がっている。

「うちの領軍だけでは足りない! すぐに救援の部隊を!」

 もう一度、リオンは救援部隊の派遣を要請してきた。だが、これにすぐに応えるわけにはいかない。目の前には、ハッカータの街を落とせるだけの魔物が居るのだ。

「すぐには無理だ! まずは目の前の魔物を倒す!」

 又、近衛騎士団長が答えを返した。これは、アーノルド王太子に口にさせる訳にはいかないという思いもあっての事だ。

「だったら、さっさと攻撃しろ! ただ立っているだけで魔物を倒せるのか!?」

 ついにリオンは切れたようで、敬語を忘れてしまっている。

「もっと接近するのを待っているのだ! ここからでは、まだ魔法が届かない!」

「はあ!? それでも伝説の勇者とその仲間か!? 届かないなら届かせてみせろ!」

「口が過ぎるぞ! この馬鹿者がっ!!」

 そして近衛騎士団長も切れる。一応は、ここは怒鳴らないと周囲の者の士気に関わるという考えもある。

「もう良い! 黙るのはそっちだ! 黙って、そこで見ていろっ!!」

 リオンの答えは全く怒鳴られた事に堪えていない。これ以上は話しても無駄だという態度をありありと見せて、外壁から離れていった。

「何をするつもりなのだ?」

 怒るよりもリオンがどうするつもりかが、近衛騎士団長は気になってしまう。それは周りの者たちも同じだ。
 外壁を離れたリオンは、そのまま馬を魔物の大群に向かって駆けさせていく。そのリオンに、エアリエルが合流した。さらにそれに遅れて、バンドゥ領軍の騎馬が続く。
 何をしようとしているかは分かる。分かるのだが、見ている者たちは信じられなかった。バンドゥ領軍は、たった三百。それで何万も居る魔物の大群と戦おうというのだ。
 リオンとエアリエルの二騎が先行して前を駆けている。バンドゥ領軍も恐れてはいるのだ。恐れているが、二人が先に進むので、付いて行かざるを得ない。
 リオンたちと魔物の群れの距離がかなり縮まった。そこに現れたのは、二羽の鳳だった。

「……鳳凰(フェニックス)だと?」

 フランフラム王家に伝わる最上級魔法だと、アーノルド王太子は思ったのだが、すぐにそれは否定された。

「風の鳳凰など聞いた事がありませんな」

 現れた鳳は二羽。火と風、それぞれリオンとエアリエルが放った魔法だ。その二羽の鳳は、騎馬よりも速く宙を飛び、やがて渦を巻くように一つになっていく。
 魔法が魔物の何匹かを飲み込んだと思った瞬間、それは爆発した。数多くの魔物が爆風に吹き飛ばされて宙を舞っている。
 魔物の大群の一部に、ぽっかりと出来た空間。そこに迷わずリオンは突入していった。バンドゥ領軍の騎馬がそれに続く。
 残ったのは一騎。エアリエルだけだ。エアリエルの両腕が宙に伸ばされる。
 エアリエルの両手の先に灯った光は、どんどんと輝きを増して、やがて大きな光の玉になる。エアリエルが両腕を前に振ると同時に光の玉は竜巻に姿を変え、リオンたちを追い越して、空中から魔物の群れに襲いかかった。
 竜巻に巻き込まれて、何匹もの魔物が宙に巻き上げられていく。その竜巻が進む後を、リオンの騎馬は追いかけて、更に魔物の大群の奥深くへと突入していった。その周囲を、いくつもの赤や青の光が舞っているのが見える。

 あまりの衝撃にアーノルド王太子たちは、下で見ている王国騎士兵団の者たちも、唖然としたまま固まってしまっている。それはある意味では魔物の大群が出現した時以上の衝撃だった。
 だが、これで終わりではない。戦いはこれからであり、それをただ見ている事を許すリオンたちではない。この場合はエアリエルではあるが。

「王国の騎士たちよ!」

 前線から一人戻ってきたエアリエルが、王国騎士兵団の陣の前で語りかけている。透き通るような声が、あたりに良く響いている。

「貴方がたの胸の紋章は何ですか?」

 王国騎士の鎧の胸には紋章が描かれている。勇気と忠誠を示す王国騎士団の紋章だ。

「貴方がたの剣は何の為のものですか?」

 エアリエルが何を言いたいのか、騎士兵団の者たちにも分かった。

「貴方がたの盾は誰を守る為のものですか?」

 我が盾は王国と王国に住む全ての人を守る為。これは騎士であれば、誰もが知っている誓いの言葉だ。

「貴方がたは、何故、戦わないのです!? 目の前には敵が居て、その背中には守るべき者たちが居るというのに!」

 エアリエルの言葉が騎士の、兵の、胸に響く。強い否定の想いが多くの者たちの胸に湧いた。我は魔物など恐れていない、ただ指示が出ないだけだと。

「王国騎士兵団の騎士たちよ、兵たちよ! 今こそ、貴方がたの勇気を示す時です! その武勇を示す時です! 私に! どうか、私に貴方たちの力を!」

 この言葉を叫びながらエアリエルは騎馬をまた、魔物たちが居る前線に向ける。その状態でエアリエルは王国騎士兵団の方を振り返って、宙に向かって腕を突き上げた。

「お願いっ! 私に続いてっ!!」

「「うぉおおおおおおッ!!」

 王国騎士兵団の雄叫びが戦場に響き渡った。その雄叫びを背に受けたまま、前線に馬を進めるエアリエルの後を、騎士兵団の騎馬隊が追いかける。

「騎馬隊をふた手に分ける! 一隊は俺に! 一隊は近衛騎士団長の指揮下に入れ!」

 そこにアーノルド王太子の号令が響いた。外壁から降りてきていたアーノルド王太子が、エアリエルの隣に並ぶ。

「さすがに騎馬での突撃は無茶しすぎだ。あとは俺に任せろ」

「……平気ですの?」

「魔法は怪しいが、騎馬と剣は俺のほうが上だ」

「……では、お任せしますわ」

「ああ。任された」

「隊列を整えよ! 縦列だ! バンドゥ領軍が作った隙間を更にこじ開ける!」

 アーノルド王太子と一緒に外壁から降りてきていた近衛騎士団長は、すでに自分の下についた騎馬隊に指示を出している。そのまま先頭を駆けて前線に向かっていった。その後を、アーノルド王太子も追いかけていく。
 その前線では。

「アペロール! もっと隙間をこじ開けろ!」

「……やってる! やっているが、数が多すぎる!」

「モヒート! そっちもだ! 両側を押さえろ! このままでは前に進めない!」

「やってます! しかし!」

 こじ開けた隙間に飛び込んでいったバンドゥ領軍であったが、さすがに魔物の数は多く、途中でその勢いを殺されてしまっていた。

「一度無理してでも広げろ! カシス! 反転して再突入だ!」

「はっ!」

「両翼! 広げろ!」

「うおりゃああああああ!」「押せ! 押し返せ!」

 左右の黄の党と緑の党が、押し寄せる魔物を強引に押し返す。その出来た隙間を使って、リオンとそれに続く赤の党は、一旦後退。そこから勢いを付けて、再突入した。

「進め! 勢いを止めるな! 突き進め!」

 先頭に立つリオンが、周囲に激を飛ばしながら、前方の魔物を蹴散らしていく。リオンの周りで燃え上がる魔物、首や腕を切り飛ばされる魔物、その様は、武を誇るバンドゥ六党の者たちでも、震えるほどの凄まじさだ。

「邪魔だ! どけぇっ!!」

 リオンが目指しているのは、魔物の群れの一番奥。一際強い魔力を放つ存在だ。それこそが、魔物を操っている存在だと、リオンは考えている。
 それを証明するかのように、魔物たちも必死とも思える様子で、リオンの前に立ちふさがる。自分の意思か操られているかは別にして、その先に守るものがあるのだ。

「ん?」

 魔物の圧力がわずかに緩んだのをリオンは感じ取った。その原因を探してみれば、少し離れた位置に居る魔物が背中を向けている。その先に居る新たな敵を押し返す為に。

「……やっぱり、あの親父、化物だな」

 先頭を駆けるのは、近衛騎士団長。兜で顔が隠れていてもリオンにはそれが分かった。騎馬の数は多いとはいえ、魔法を使うことなく、剣だけで奥まで突き進んできた近衛騎士団長の力に、こんな状況であっても呆れてしまう。

「まあ、この場合は助かった。じゃあ、こちらもひと頑張り」

 近衛騎士団長が突入してきた事で、魔物の意識は分散されている。その隙を逃すわけにはいかない。

「カシス! アペロール! モヒート! お前らの力は、あの爺に劣るのか! バンドゥ武者とはこの程度か!」

 実に分かり易い挑発。だがこの挑発に、実に簡単に、まずアペロールが乗った。

「誰が負けるか! 我が力を今こそ見せてくれるわっ!」

 こんな感じで、気合が入ったアペロールはこれまで以上の働きで魔物を屠っていく。こうなればカシスとモヒートも挑発と分かっていても乗らないわけにはいかない。何よりも二人は、アペロールに負けるのが許せなかった。
 バンドゥ領軍の勢いが一気に増し、それと共に、奥深くに進むことが出来ていく。
 そこに更にもう一つの流れが生まれる。アーノルド王太子がやや遅れながらも、騎馬隊を率いて奥まで突き進んできたのだ。
 三ヶ所から同時に侵攻を受けて、魔物の群れに明らかに動揺した様子が見える。それは魔物を操っている者の動揺をも表している。

「小僧! 目標はどこだ! どこまで進めば良い!」

 近衛騎士団長が問いを発してきた。さすがに辛くなって来たのだろう。

「目的は……目的は果たした! しばらく、粘っていろ!」

「なっ、何だと!」

「旗が立った! 敵の大将は討ち取ったはずだ!」

 突き進んでいた魔物の大群の先。その先に青い旗が立っている。近衛騎士団長には分からないが、バンドゥ領軍、青の党の戦旗だ。
 予め決めていた合図であり、戦い方だ。正面からリオンたちが突破を図る。それで敵を討てれば良し、それが果たされない時の為に、青の党の百騎が戦場を大きく迂回して、背後に回っていた。正面に気を取られている間に、魔物を操っている者を討ち果たす為だ。
 その存在がとてつもない強者である可能性もあるので、かなり思い切った策だが、これを使う事になるとはリオンは考えていなかった。
 主人公であるマリアとその仲間、それに王国騎士兵団が居れば、余裕で魔物など蹴散らせると思っていたのだ。この世界がゲームであると知っているリオンだからこその思い込みだった。
 結果として、それを知っていながらも手を抜くことをしなかったリオンのおかげで、魔物の大群はバラバラになって逃げ出す事になる。
 それを追う余裕は、王国の側にはない。襲われている周囲の村の救援が最優先だった。

 ――ゲームイベントは終わりを告げた。だが、その結果はゲームとは微妙に異なるものになっていた。