月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第40話 ゲーム外イベント:動き出した魔人

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 不揃いの鎧を着た軍勢が街道を進んでいる。王都とは反対方面の街道は、未だ整備が終わっていない。まして今、軍勢が進んでいるのは国境に近い山中だ。修復は全く手付かずの状態で、貨車を押して進んでいる輜重隊の兵士たちは荒れた道にかなり苦労をしている。

「……全然出て来ない」

 不満そうにリオンが呟く。早速、始めた魔獣討伐であるが、肝心の魔獣が一向に姿を現してくれない。何の成果も挙げることが出来ずに、国境近くまで進んできてしまっていた。

「やっぱり大人数過ぎたんだ。俺があんなに言ったのに」

 リオンの不満は同行したキールに向いた。これは八つ当たりとは言えない。魔獣討伐は少人数単位で広く展開してやるべきだというリオンの意見を無視して、百騎もの数を揃えて、まとめて行軍させたのは、キールも含めたバンドゥ党の面々なのだ。
 それ以前に、リオンが自ら参加すると言い出した事がそもそもの問題なのだが、リオンにも事情があって、魔獣相手とはいえ、実戦の機会を逃したくないという思いからだった。

「もう少しすると国境に辿り着きます。隣国を刺激してはいけませんので、そろそろ引き返すことを考えるべきと思います」

 リオンの文句を見事に流して、キールは引き返すこと進言してくる。

「国境はどうなっている?」

 リオンも特にその態度に何か言う事なく、問いを返した。リオンも別に謝罪の言葉を聞きたくて、文句を言った訳ではない。ただの愚痴だ。

「特に何も。国境を示す杭が立っているくらいです」

「国境を守る兵とかはいないのか?」

「そのような者を置いては、王国から無用な疑いを受けるだけです」

「……そうか」

 あわよくば隣国と接触する機会に出来ないか、それが無理でも国境を超えて、様子を見てみようという、リオンの目論見は叶わなかった。この思いもあって、リオンは魔獣討伐に参加し、少人数で行動するべきと言っていたのだ。
 領主という身分の煩わしさを、又、リオンは感じる結果となった。

「部隊を止めます」

 一方でキールは、そういうリオンの自由行動を許さない為に、大勢の兵を連れて同行している。今回はキールたちの思い通りの結果となった。
 進軍停止の号令が辺りに響く。

「……守備陣形を」

「休憩でしたら、少し後退してからのほうが宜しいかと?」

「良いから、守備陣形を取れ。方向は……右だ」

「右?」

 一方に陣形を向けるとなると休憩の為ではない。しかも街道の右は、山の斜面が続いている方向。リオンの指示の意味がキールには分からない。

「早くしろ! 時間がない!」

「しかし!?」

「右斜め左方面に向けて、守備陣形を取れ! 何でも良い! 敵襲に備えろ!」

 キールが中々行動しないので、リオンは自ら軍勢に指示を出す。軍など率いた経験はないので、号令はデタラメだ。

「敵襲!?」

「敵は魔獣ではない! 油断するな! 急げ!」

 キールの驚きなど全く無視。続けて激を飛ばすと、リオンは守備陣形を取ろうと動き出した兵たちの前に出て、山の斜面をじっと睨んでいる。

「……ご領主様? 一体何が?」

「何が現れても驚くな! 襲ってくる者は、それが何であろうと討て!」

「何が襲ってくるのですか!?」

 リオンの言い方は魔獣である事を否定している。キールは益々訳が分からなくなっている。

「何かは知らない。分かっているのは、人ではない何かという事だ」

「なっ?」

 リオンの言葉の意味など、キールに正確に分かるはずがない。この時代の人々は、魔人や魔物などお伽話の世界だと思っているのだ。
 リオンもそれは分かっている。それ以上、説明する事はしないで、意識を戦闘に向けた。

「サラ、ディーネ。俺たちはエフⅡ。強襲体勢だ」

 リオンの呼びかけに反応して、サラとディーネが周囲の者たちも認識出来る姿で現れた。いつもと同じ、炎の竜と、水のワルキューレといった姿だ。

「……行けぇええええ!!」

 リオンの号令に応えて、サラとディーネが前方に飛び出していく。木々の間を縫って進むサラとディーネは、何体にも分裂して、数を増していった。キールたち、バンドゥ領軍の兵士たちは、それを呆然と見送っている。
 少しの間をあけた後で、森の中にいくつもの閃光が走った。

「来るぞ! 迎撃体勢を整えろ!」

 リオンが号令を掛けたとほぼ同時に、森の木々の間から、敵の姿が見え始めた。人にしては小柄な体、鎧や剣を持っているようだが、鍛えられた兵士には見えない動きをしている。
 そして何よりも、見えてきた顔は明らかに人ではない、イノシシか豚のような醜悪な顔をしていた。亮の記憶の中で、ゴブリンと呼ばれる魔物の群れだ。

「なっ……何だ、あれは!?」

 初めて見る魔物の姿に兵たちの間に、動揺が広がっていく。
 一方でリオンは その姿を認識した時に少しホッとした。知識ではゴブリンは決して強い魔物ではないからだ。だが、それもわずかな間。襲ってきたのはゴブリンだけとは限らない。他の魔物の存在をリオンは確信している。
 リオンが、サラやディーネが、反応した魔力の動きは、近づいてきたゴブリン程度が放つものではなかったのだ。

「落ち着け! 普通に戦えば問題なく倒せる敵だ!」

 それでも、まずは現れたゴブリンを何とかしなくてはならない。その為には、未知の生物の出現に動揺している兵たちを落ち着かせる事だ。
 リオンは更に前に進み出た。一人飛び出してきたリオンに、ゴブリンたちが一斉に襲い掛かってくる。それを手に持った剣で、次々とリオンは切り捨てていく。

「俺の剣でも、楽に倒せる相手だ! 怯えていないでさっさと戦え!」

 このリオンの言葉を受けて、真っ先に平静に戻ったのは、やはり、党首であるキールだった。すぐにリオンの近くまで駆け寄ると、ゴブリンに剣を振るい始める。
 キールが動けば他の者たちも。兵たちが次々とゴブリンとの戦いに参加していく。

「一旦、俺は下がる! 弱いからと油断するな! 深追いもするな! これが敵の全てだと思うな!」

 大声で周囲にこれを告げて、リオンは前線から下がっていく。キールもそのリオンの後を追った。ゴブリン相手であれば、一般の兵たちでも十分に戦えるとキールはすでに見極めている。

「ご領主様、あれは?」

「詳しく説明すると長くなるから、簡単に言う。魔人の配下か、操られているかは分からないが、魔物という存在だ」

「魔人、ですか?」

「お伽話の世界じゃないからな」

 これを言う時に、リオンは思わず笑いそうになった。リオンにとって、この世界は、十分にお伽話の世界だ。

「……本当に魔人が」

「目の前の魔物の存在は知っていたか?」

「いえ、見るのも聞くのも始めてです」

「だが居た。魔人も同じだ。誰も見たことはないが、確かに居る」

「はい」

 これを言われるとキールも否定出来ない。そうでなくても、頭では既に魔人の存在は認めている。だが、心が受け入れてくれないのだ。

「魔物にはいくつもの種族が居る。あれは、かなり弱いほうだ。そして、今この近くにはあれよりも強い魔物か、下手をすれば魔人も居る。だから、兵たちに決して油断させるな」

「……はい」

「俺はその居場所を探る。兵の指揮は任せる。俺よりもマシなはずだろ?」

「はっ! お任せ下さい!」

 始めてリオンに積極的に仕事を任された事を喜んで、キールは勇んで前線に戻っていく。その場に残ったリオンは、すぐに意識を周囲の探索に向けていた。
 リオンは、キールの前では落ち着いている振りをしていたが、内心ではかなり色々な事で焦っている。
 まず、この場に本当に魔人が居た場合、どうするかという事だ。魔人は主人公であるマリアと仲間たちが倒す事になっている。つまり、今、この場では倒せないという事だ。
 カムシャラに世界に抗ってきたリオンだったが、今はどうしても変えられない事はあるのだと、割り切っている。大きなイベントの発生などがそうだ。
 魔人を倒すイベントはゲームの最後、つまり結末まで、魔人は倒せない。そうなると、この場で出会った場合は逃げるしかないのだが、逃げられる保証もない。かなり追い詰められた状況といえる。
 仮に魔人がいなかったとしても、やはり、この状況は問題だ。魔人の件は正直、リオンには他人事だった。マリアたちが勝手にやってくれて、自分はその後の為に、色々と下準備を進める計画だったのだが、その予定も崩れてしまう。直接ではなくても、魔人との戦いに自分も巻き込まれる事になってしまうのだ。
 この巻き込まれは、リオンの思い違いだが、それはリオンには分からない。この先も分かる事はない。

(……これか?)

 サラとディーネの探知に何かが引っ掛かった。だが、これも最初に感じた魔力に比べれば、随分と弱い。それでもリオンは前線に戻る事にした。今のところ他に強い魔力を発している存在はいないからだ。
 前線に出たリオンの目に移ったのは、周囲に居るゴブリンとは明らかに異なる存在。まずその大きさが違う。リオンの背丈を遥かに超えていて、三メートルに届くのではないかと思うほどの巨体。横幅も広く、リオンが三人並んでも足りないくらいだ。
 何よりも特徴的なのは、その目。顔の真ん中に大きな目が一つだけしかない。

「どう見てもサイクロプスか。まあ、名前を考える手間が省けて助かる」

 どうやらこの世界に現れる魔物はリオン、というより亮、の知識の範囲を超えないようだ。そう思ってすぐに、ゲームの世界なのだから当たり前かと、気付いた。
 戦いを前にして、リオンに緊張はない。だが兵士たちはそうはいかない。ゴブリンとは違う、巨大な魔物の登場に驚いている。だが、その動揺もすぐに治まる事になる。

「おまけに分かり易い弱点も。知識は身を助けるとはよく言ったものだ」

 宙に浮かんだ幾本もの氷の槍。それが一斉にサイクロプスに襲いかかった。それを手に持った斧で叩き落とそうとするサイクロプスだったが、時間差で襲ってくる、全ての氷槍を打ち払う事は出来ない。おまけに、そのほとんどが囮だった。
 本命が狙ったのはサイクロプスの目。足元を襲った氷槍をサイクロプスが追っている間に、近づいた一本が、その軌道を変えて、サイクロプスの一つ目に突き刺さった。

「グガァアアアアアアアアアアアッ!!」

 目に深いキズを負ったサイクロプスが、叫び声をあげて暴れまわっている。だが、いくら暴れても視力を失っては、どうにもならない。振り回す斧や腕は、ただ空を切るばかりだ。
 そこに更にリオンの魔法が襲いかかる。サラはサイクロプスの顔を炎で包み、ディーネは両腕をズタズタにする。
 そして、トドメはリオンの剣。宙に幾つも氷のブロック作り出し、それを階段のようにして駆け上がると、腕を振ることも出来なくなって、立ちつくしているサイクロプスの首に向かって横薙ぎに剣を振る。
 首を宙に飛ばして、ゆっくりと倒れていくサイクロプス。地響きが周囲に広がった後は、沈黙が辺りを包んだ。

「……陣形を整え直せ。周囲に気配はないが、しばらくは油断しないように」

 リオンの命令の声が周囲に届くまでは。

 

◆◆◆

 「失敗か……」

 リオンの居る場所からは遥か遠く、王国内に人知れず存在する洞窟の奥深くで、人ならぬ者となった者、魔人の一人が忌々しげに呟いた。

「だから言ったのだ。無駄だからやめておけと」

 別の魔人が、これは相手を嘲るような笑みを浮かべて、呟いた者に話しかける。

「最後はお主も認めたではないか?」

「襲撃は認めた。だが、やるならもっと徹底的にやるべきだと言ったはずだ」

「今はまだ、そんな余裕はない」

「分かっている。だから最初に止めろと言った。リッチーであるダナンを魔法で倒すような相手だぞ? サイクロプスのような力技だけの魔物で倒せるはずがないわ」

 この者の言う通りだ。数頼みのゴブリンと魔法を使えないサイクロプス単体では、リオンを倒すことなど出来ない。サイクロプスで襲うのであれば、少なくとも百や二百は必要だった。
 だが、今の時点でそれだけの戦力は魔人側にはない。彼らも又、来るべき日に備えての下準備の段階なのだ

「……分かった。失敗は認めよう。だが、この男が重要人物であるのはこれで、はっきりしたはずだ」

「それもとっくに分かっている。分かっているから、今は手を出すべきではないと言っている」

「何故だ? 我らの計画の邪魔になる人物は早めに消しておくべきだ」

「無駄に手駒を減らすことになる。今はまだ力を蓄える時、そして、一日も早くデモン様の封印を解くことだ」

 主人公であるマリアは魔人を倒すことになっている。この事でリオンは一つ勘違いをしている。魔人は一人ではなく、この場に居る彼らを含めて魔人と呼ばれる存在は何人も居るのだ。
 その彼らの目的は、彼らにとっての神、魔神デモンの復活で、その復活を阻止する為に、マリアは魔人たちを倒すのだ。

「しかし……」

「バロン、お前、まさかデモン様が、人間ごときに倒されると思っているのか?」

「そんな事はあり得ない」

「であれば、焦る必要がないと分かるはずだ。デモン様が復活した後に、血祭りにあげてやれば良い。何、デモン様のお手を煩わす必要もない。デモン様が復活なされば、我らの力は今よりも遥かに高まる。ダナンの敵はそうなってから取れば良いのだ」

 崇拝する魔神デモンにより、魔人である彼らは大いなる力を与えられる。その力を持って、この世界を支配する。これが彼らの野望。

「……そうだな。分かった。では、リオンの小僧は後回しにして、デモン様の復活の為に、雑魚どもを生け贄に捧げるとするか」

「それが良い」

「では、カナン。早速、動いてくれ。ゴランには儂から伝えておく」

「ああ。任せておけ」

 魔神デモンの封印を解くためには、生け贄の血を大量に大地に染み込ませる事。その為の争乱を彼らは引き起こそうとしている。
 魔人たちは、いよいよ、その動きを本格化し始める事になる。

 

◆◆◆

 さて、魔人の一人であるリッチーを倒した事で魔人たちに、主人公であるマリアを押しのけて、重要人物と目されてしまっていたリオン。
 当然、そんな事になっているとは露知らず、マリアのせいで巻き込まれたと恨みに思いながら、戦いの後始末をしていた。

「どうだ?」

「周囲を一通り調べさせましたが、やはり……」

 リオンの問いにキールは、首を傾げながら答えた。

「足跡はなしか」

「はい」

 サイクロプスを倒したから、事態は終わりという事にはならない。魔物がどこから現れたのかを調べる必要があるのだ。巣というべきか、集落というべきかリオンにも分からないが、そういうものが森にあるのであれば、それを潰し、魔物の脅威を取り払わなければならない。魔獣どころか、魔物が出るなんて街道を人々が利用するはずがないのだから。
 そう思って、魔物が地面に残した足跡を辿って森に入ったのだが、そう深く入らないうちに、足跡が途絶えてしまった。そんなはずはないと、改めて周囲を調べさせた結果が、キールの報告だった。

「あれだけの数が居た。その足跡が綺麗に消える事なんてあるのか?」

「常識では考えられません」

「だよな。そうなると魔物たちは、いきなり此処に現れた事になる」

「そんな事があり得るのですか?」

「一つだけ考えられる事がある」

 兵士たちに足跡の調査を命じる一方で、リオンはこの可能性の裏付けを探っていた。

「それは?」

「魔法による転移。他の場所から魔法を使って送り込んできた」

「……そんな魔法が?」

「俺も知らない。だが、ないとは言えない。足元を見てみろ」

「えっ?」

 リオンに言われて、キールは自分の足元に目を向けてみる。パッと見は、何もないように思えたが、リオンが見ろというからには何かがあるはずだ。

「……線? いや、図形?」

 良く見れば地面の所々に草が焼け焦げたように見える部分がある。それは、かなりの範囲に広がっていて、何かの規則性があって並んでいるようにも見える。

「魔法陣って知っているか?」

 リオンがキールに問いかけてくる。

「いえ……」

 キールが無知という事ではない。魔法は貴族という限られた身分の者たちのもの。その知識も又、特権階級に独占されていて、広く知れる事はない。

「俺もだ。だから絶対そうだという証拠はない。ただ、ここで強い魔力が作用したのは間違いない」

 探知に掛かったのは、転移魔法だったのではないかと、この場所に来て、リオンは考えている。魔法陣の中と思えるこの場所には、今も魔力の残滓が感じられるのだ。

「……仮にそうだとしたら大変な事です」

「いつどこに魔物が現れるか分からない?」

「そうです」

 カマークの街中になど魔物が現れたら大混乱だ。そんな状況が続けば、バンドゥの復興は、道半ばで終わる事になる。

「その可能性は完全には否定しないが、恐らくは平気だ」

「何故ですか?」

「転移には魔法陣が必要なのではないかな? そうであれば、魔法陣を警戒すれば良い」

「……確かに」

 どこにでも送れるのであれば、あえて、この場所で襲わせる必要はない。軍勢が街道を進んだ事を知った後で準備をしていたから、こんな国境近くになったのではないかと、リオンは考えた。確信はない。それでも自分の考えは間違いでないと思う。

「地面に描かれているものを、出来るだけ詳細に図面に起こして、それを手配書として領内にばらまけ。似たものを見つけたら、すぐに報告するようにと」

「はっ」

「それと隣国に使者を。魔物の出現を伝えろ。実際に魔物の死体を見てもらうのが良いから、出来ればこのまま誰かを送れ」

「はっ。すぐに手配します」

「それが終わったらカマークに戻る。計画の練り直しだ。魔獣討伐に魔物への警戒任務も加えなければならない。領内全体の巡回なども必要だな」

「はい」

 復興に向けた取り組みが、魔物の出現で大きく躓く事になる。それがリオンはどうにも悔しい。だが、悔しがっているだけでは何の解決にもならない。
 とにかく、やれる事をやり続ける。この姿勢は、従者であった時と何ら変わっていない。