月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

悪役令嬢に恋をして 第37話 領主としての初めてのお仕事

異世界ファンタジー小説 悪役令嬢に恋をして

 城代であるカシスに領政を見るに必要な情報の収集を命じたリオンだったが、案の定、望む情報はすぐには集まらなかった。バンドゥには文官と呼べる者が、見事に一人もいなかったのだ。
 バンドゥの文官は全て中央から派遣された役人が担っていた。その役人たちの全てがリオンの領主就任を機に、ある者は任期切れで、ある者は辞表を書いて中央に戻っていった。稼げなくなるなら用はないというところだ。
 カマークにある役所はもぬけの殻で、バンドゥの領政は全く機能していない。元からまともに働く者がいなかったので機能はしていなかったのだが。
 こんな状況ではいくらリオンが何かをしようと思っても、出来る事はほとんどない。色々考えて、話を聞いて、ようやく出来そうな事を見つけて、今、リオンはそれを行なおうとしている。
 使いこまれた鎧を身に付けた兵士たちが、陣形を変更する為に動き回っている。その様子を見てリオンは、バンドゥに来て初めて感心した。
 厳しい暮らしの中でも、王国相手に一歩も引かなかったと言われるバンドゥ六党の武は未だ健在というところか、兵士たちは、軍事に素人のリオンが見ても分かるほどに、きびきびした良い動きを見せている。

「すぐに陣形は整います」

 それはカシス・ロートも同じ、城代として振る舞っていた時よりも、鎧を着て、外に居る今のほうがはるかに威厳を感じる。
 今はもう、カシスは城代を外れている。領主が居るのであるから城代は必要ないという事で、元のバンドゥ領軍の一隊長に戻っていた。

「一つ聞いて良いか?」

「何でしょうか?」

「どうして盗賊のアジトがあんな立派なんだ?」

 バンドゥ領軍が攻めようとしているのは盗賊のアジトなのだが、今、リオンの目の前に見えるのは盗賊のアジトというにはあまりに立派なものだった。
 古ぼけてはいるが、結構な広さで、周囲を囲む太い丸太で組んだ防御柵もかなりの高さだ。更に濠まで掘ってあり、見た目、かなり堅牢そうな砦そのものだった。

「昔の戦争の時に使っていた砦です。この地は他国との国境に位置するとあって、古い砦をそのまま残している事が多く」

「つまり、他にもこんなのが?」

「はい。いくつか」

「まさか、それが全て盗賊のアジトになっているなんて言わないよな?」

「……なっております」

 嫌味のつもりの問いへのまさかの返しに、目眩いがしそうになるリオンだった。

「……だから討伐が出来なかった?」

「……こちらの被害も大きくなります。いくつか盗賊集団が居る中で軍が弱体化しては、押さえが利かなくなります」

「……そうか」

 カシスは嘘をついている。それがリオンには分かった。その理由も何となく分かる。食うに困った貧民が行きつく先は悪党への道。貧民街を知るリオンはそれが分かっている。
 盗賊の多くは元領民なのだ。それも恐らくは昔からこの土地に根付いているカシスたちが良く知る。

「本当に攻めるのですか?」

 リオンの考えを裏付ける様に、カシスか問い掛けてくる。

「攻める。その為にここに来た」

「そうですか……では」

「あっ、良い」

「はっ?」

「兵は要らない」

「はあっ!?」

 覚悟を決めた様子で、部隊に号令を掛けようとしたカシスをリオンは制した。カシスは知らないが、リオンは執念深いのだ。頼らないと決めたら頼らない。

「エアリエル、行こう」

「ええ」

 同行したエアリエルと二人でリオンは前に進み出ていく。それを呆気にとられて見ていたカシスだったが、自分の立場を思い出して、慌てて後を追いかける。
 だが、その足はすぐに止まる事になった。

「何だとっ!?」

 砦に向かって巨大な火の玉と竜巻が飛んでいく。やがて竜巻が炎を巻き込んで一つになり、砦の防御柵に達したところで、辺りに爆裂音が鳴り響いた。
 それに少し遅れて、空から細かい木片が舞い落ちてくる。

「……馬鹿な?」

 砦の防御柵の一角が、綺麗に吹き飛んでいた。

「大人しく投降しろ! 次は建物に打ち込むぞ!」

 リオンの叫ぶ声が聞こえてくる。疑う事でもないが、間違いなくリオンたちがやった事だと分かった。

「何者なのだ?」

 魔法を使えるのは貴族。そして、その力は爵位に比例するというのが、この世界の常識。だが、今見た魔法は、とても男爵程度が使う魔法ではない。逆にこれだけの魔法は使えて、何故、男爵なのかと思ってしまう。カシスは少しリオンに対する見方を変えた。
 盗賊の側も、リオンたちの魔法に度肝を抜かれてしまった。あんな魔法を使われては、ただ一方的に殺されるだけ。生きたいから盗賊になった者たちが、この恐怖に耐えられるはずがない。
 リオンとエアリエルが魔法で吹き飛ばした防御柵の間から、ぞろぞろと外に出て来て、そのまま投降した。
 盗賊討伐は、実に呆気無く、戦いにもならずに終わることとなった。

 

◆◆◆

 次々と拘束されて並ばされていく盗賊たち。年寄りや女子供も結構な数が居る。村ひとつがそのまま盗賊になった、そんな感じだ。

「……彼らをどうするおつもりですか?」

 カシスが盗賊たちの処遇を聞いてきた。心配そうな顔をしながらでは、庇いたいのは明らか。駆け引きの類は苦手のようだ。

「盗賊に対する処罰は?」

「それは……色々です」

「死罪ではないのか?」

「そういう場合もあります……」

 そういう場合が多い、が正しい答え。王国による罪人の処罰に、温情なんて要素はない。厳罰こそが犯罪を抑制するというのが基本的な考えだ。

「決定権は誰に?」

「それは領内の事ですから」

「つまり俺か。さて、どうしようか」

 額に指を当てて、真剣に悩み始めるリオン。だが、その姿は盗賊たちから見れば、自分達を弄んでいるようにも見える。

「……ふざけるな」

 怒りを我慢出来なくなった盗賊の一人が声をあげた。これが呼び水となる。

「そうだ! 俺たちだって好きで盗賊をやってた訳じゃない!」

「その通り! 食うに食えなくて、生きるのに仕方なくやっただけだ!」

 こんな感じで次々と声をあげてくる。その様子をリオンは冷たい目でじっと見詰めている。エアリエルはどうかというと、あからさまに苛立った表情を見せている。二人とも盗賊たちの言い分に納得していないのだ。

「静かに! 静かにしろ! 罪が重くなる! 大人しくしろ!」

 そんな二人の態度に気付いたカシスが懸命に盗賊たちを宥めている。だが、カシスの気持ちに気付かずに盗賊たちは一向に黙ろうとしない。
 その盗賊たちの有様にリオンが切れた、

「カシス!」

「い、今、大人しく」

「もう良い! 俺が黙らせる!」

 カシスのどんな必死な説得よりも、リオンのこの一言のほうが有効だった。黙らせる、の意味を正確に悟った盗賊たちは、あっという間に自ら口をつむぐと、下を向いて震えだした。

「……おい」

「…………」

 リオンに声を掛けられた盗賊は、這いつくばるように小さくなった。目が合ったら殺される。そんな風にでも思っているようだ。

「……じゃあ、誰でも良いや。青紫色のカビが生えたパンを食べた事がある奴?」

 これにも誰も返事しない。怖い以前にそんな者は普通いない。

「グチャグチャで元は何であったか分からない、それでも感触でぎりぎりそうだと分かる肉を食べた事がある者?」

 これも同じだ。そんな経験をした者は盗賊の中には居ない。

「……ご領主様、一体何を?」

 リオンの質問の意図が分からなくてカシスが問いかけてくる。だが、リオンの視線は盗賊たちに向けられたままだ。

「何だ。お前ら、俺よりもずっと良い暮らしをしていたな」

「えっ……?」

「俺は食べた事がある。土を食べるよりはマシだと思っていたけど、今考えると、土はちょっと食べたくらいでは腹を壊して気絶なんてしない。あの頃は子供だったから分からなかった」

「…………」

 リオンの話を、カシスも盗賊たちも唖然とした顔で聞いている。

「俺は王都の貧民街育ちだ。食べ物は貧民街の近くのゴミ集積場に落ちている残飯。その残飯だって奪い合いで、小さな俺は手に入れる事が出来なかった。俺の手に入るのはさっき言ったような、残飯と呼べないゴミそのものだ」

「…………」

「別に不幸自慢をする気はない。ただ、お前らの不幸自慢が気に入らないだけだ。王都の貧民街の孤児はみんな同じで、俺なんて生きているだけマシだ」

 実際にそうだ。親が居ればまだしも幼い孤児が貧民街で生きる事など出来ない。リオンが生きていられたのは、かなりの幸運と、リオンの美貌に群がった変態たちが気まぐれで恵んできた食べ物のおかげだ。

「お前たちの言い訳は聞かない。お前たちにはその罪に相応しい罰を受けてもらう。そのつもりで待っていろ」

 もう誰も文句を口に出来る者はいなかった。不幸だと思っていた自分よりも、更に凄惨な人生を生きている、生きる事も出来ない者が居る。それを盗賊たちは知ってしまったのだ。そして、こう思えた者たちは、まだ人の心を持っているという証だ。

 

◆◆◆

 一人の死傷者もなく、盗賊たちを一網打尽。任務は間違いなく大成功だ。
 だが、城に戻ったカシスの顔は暗い。それは他の者たちも同じだ。今、バンドゥの城で働いている全員がこの地の出身者。リオンの想像通り、盗賊たちの事情を知っている上に、中には親戚であるものさえ居る。任務成功を喜ぶ気持ちにはなれなかった。
 しかも、リオンとエアリエルの驚くべき魔法の力を見てしまった。あの力を使えば、他の盗賊のアジトだって、全て落とす事が可能だ。罪に落とされる者は、この先もっと増える。盗賊という罪を犯したのだから当然なのだが、この土地で同じように辛い生活を経験していた仲間という意識が、どうしても彼らの心から離れない。

「やはり、ご領主様にお願いしてみよう」

 このカシスの提案に乗って、少し怯えながらもリオンの執務室に全員で向かった。
 その執務室ではリオンが何やら難しい顔をして、考え事をしていた。そのリオンをエアリエルは正面のソファーに座って楽しそうに見ている。
 カシスたちにとっては、こんなエアリエルも何とも得体の知れなさを感じさせる存在だ。エアリエルは、ただリオンに従い、その意のとおりに動くだけ。以前までリオンが自分にしてくれていた事を真似しているだけだ。それも何かを考えての事ではない、ちょっと夫に尽くす奥さんというものを演じてみたいだけだった。何にも考えていないので、得体が知れなく見えるのだが、カシスたちに分かる事ではない。

「あの、ご領主様」

「……何?」

 いきなり不機嫌な顔でカシスを迎えたリオン。考え事を邪魔されるのは好きではない。これが貧民街のアインたちであれば、考えが纏まった証の、指が下がる合図を待ってから声を掛けるのだが、こんな癖もカシスたちが分かるはずがない。

「盗賊たちの処罰なのですが」

「ああ。大体は決まっている。もう少しで最後まで考えが纏まりそうだったのに、邪魔するから」

「申し訳ございません。それで、処罰は?」

「盗賊たちを分けてくれ。分け方は人を殺した者、人は殺してないが盗賊行為は行った者、盗賊行為には関与していない者。もし、攫われた女性が居て、その女性に乱暴を働いた者が居れば、それは盗賊行為を行ったとみなす」

「……はい。それで処罰は?」

「盗賊行為を働いた者は重労働、まずは王都に続く街道の整備をさせろ。期限は二ヶ月、二ヶ月以内に終わらない場合は、追加の罰を与える。ちなみに逃げ出した者は即死刑、真面目に働かない者も死刑だ」

「それは」

「反論は認めない。次、盗賊行為に関与していない者。耕作放棄された土地を使って、農作業をさせろ。あくまでも強制労働なので、収穫は全て徴収する。期間は未定。これから考える」

「はい……」

「人を殺した者の処罰は原則死刑。ただ貴重な労働力だからな。簡単には殺したくない。すごく辛くて、死にそうになる重労働があれば、それをさせたい。心当たりは?」

「考えておきます」

 カシスは辛そうに見えて、死ぬことのない労働を考えようとしている。そんな事はリオンはお見通しだ。

「お前は殺された者の家族、知り合いの気持ちは考えないのか?」

「それは……」

「死ぬよりも辛いと思うような労働でなければ採用しない。代わりがなければ当然、処罰は死刑だ」

「……はい」

 全く庇う余地がない。新領主の厳しさを感じるカシスたちだった。

「ただ問題がある」

「何でしょうか?」

「金がない」

「……それは何に?」

「お前、飯も食わないで重労働出来るのか? いや、そもそも生きられるのか?」

 すっかりカシスに対しては、嫌味な言い方が定着したリオンだった。

「いえ、出来ません」

「では食事を用意しなければならない。それには当然、金がかかる」

「……盗賊たちに食事を?」

「当たり前だ。食事を与えなければ、それは死刑。俺は、処罰は重労働だと言っている」

「……確かに」

 こうして話を聞けば聞くほど、カシスたちにはリオンという人物が分からなくなる。重罰を考えながら、その罪人の食事の心配もしている。厳しいのか優しいのか、ではない。厳しいのは間違いなく、優しさを持っているのか、他に考えがあるのかが分からないのだ。

「だがそれを用意する金がない。それを悩んでいた。何か手立ては?」

「それは……ありません」

 あればとっくに、それを行っている。そんな気持ちが態度に表れている。カシスは、どうもリオンと相性が悪いようだ。考える事を諦めるのが早過ぎる。そして、リオンはそれを無能ではなく、無責任と取る。責任感のない者に仕事を任せる気にはリオンはなれない。
 ただリオンも、金の件に関しては、まだ何の算段もついていない。どれほど考えても、良い解決策が思い浮かばないのだ。
 そのリオンの前に、不意に革袋が差し出された。

「エアリエル?」

 差し出してきたのはエアリエルだった。

「ちょっと早いけど、これを使って」

「これは?」

「お母様に頂いたの。お嫁入り道具も買ってあげられないから、せめて餞別にと言って」

「それであれば、これはエアリエル個人のモノだ。使うわけにはいかない」

「でも、お母様に言われたわ。リオンが本当に困っている時が来たら、出して上げなさいって。今、リオンは困っているわ」

 二人の会話を聞いているカシスや他の者の顔は、少し緊張が取れた穏やかな表情に変わっている。エアリエルの行為を、幼妻の可愛いらしい心遣いと思っているのだ。確かにそうなのだが、彼らは色々と誤解をしている。
 その一番は、嫁入り道具が買えなかった理由だ。彼らは金がなくて買えなかったのだと受け取った。エアリエルの素性を知らない彼らでは仕方がない事だ。
 だが、リオンは違う。エアリエルの母親の非常識さまでよく知っていた。

「……じゃあ、一枚だけ」

 そして、リオンこの言葉も、幼妻に対する思いやりと周りは受け取ったのだが。

「一枚? 袋の中にはもっと沢山入っているわ」

「とりあえず一枚。それで多分平気だから」

「……そう。じゃあ、一枚」

 自分の好意を受け取ってもらえなくて、エアリエルは不満顔だ。
 エアリエルは貨幣価値が分かっていないのだ。それが少し分かるのは、自分が取り出した一枚を見たカシスたちの反応によってだった。カシスたちはあんぐりと口を開いて、固まってしまっていた。
 エアリエルが取り出したのは金貨。しかも、グランフラム王家の紋章が刻まれていた。
 金貨は一種類ではない。他国だけでなく、国内でもいくつかの金貨が流通している。それぞれ大きさや純度が異なる為に、同じ金貨でも価値が全然変わってくるのだ。その中でグランフラム王国の正式金貨は、最も価値が高い金貨の一つだった。

「……あの、それは、王国の?」

 我に返ったカシスが恐る恐るといった様子で聞いてきた。カシスは、王国の正式金貨など見るのは初めてだ。これは、他の者も同様だった。

「……正式金貨だ」

「まさか……」

 革袋の中にはまだ硬貨が入っている。それが全て金貨だとすると……こんな想像をしているのは丸わかりだ。

「さっきも言った。これはエアリエル個人の金だ。今回の一枚も借りたものだ」

「リオン、それは貴方にあげたものだわ」

 カシスが何かを言う前にエアリエルが、不満気に話してきた。

「個人としてなら喜んで受け取る。でも俺は今、領主として受け取った。だから、この金はいつか領主として返す」

「どうしてそうなるのかしら?」

「本人たちを目の前にしてだけど……まあ良いか。俺はこの目の前に居る者たちを信用していない」

 確かに本人たちの目の前で言う事ではない。それを言われたカシスたちの顔は悔しさと怒りで歪んでいる。

「あら? はっきりと口に出すなんて、かなり怒っているのね?」

「それはそうだ。彼らは捕まえた盗賊たちと同じだ。言い訳ばかり。口ばっかりと言っても良い」

 目の前のカシスたちなど目に入っていないかのように、リオンは辛辣な言葉を口にする。さすがに我慢できなくて、文句を言おうと口を開いた者が居たが、それを許すことなく、エアリエルが先に言葉を発した。

「そうね。文句ばかりで何もしていないわね」

「ああ。中央から来た役人に責任を押し付けているだけ。そいつらが何もしなければ自分でやれば良い。でも彼らは何もしなかった。本当にこの土地を良くしたいなら、何もしないで居られるはずがない」

 カシスたちの怒りの表情は、リオンのこの言葉で一気に青ざめていく。

「その権限を持っていないわ」

 これを言うエアリエルはフォローしているわけではない。リオンが怒っている理由を引き出す為に、庇うような言い方をしているのだ。そういう意味ではカシスたちの為ではあるが。

「越権行為は処罰される? それで何も出来ないと言うなら、それこそ自分の事しか考えていないという事だ。それに権限は持ったはずだ。中央の役人が居なくなってから今まで何をしていた? 領民が苦しんでいるのを知りながら、新しく来る領主が何とかしてくれるなんて、甘い期待をして待っていただけだ」

「そうね」

 青ざめていたカシスたちの顔は、今度は羞恥で赤く染まっていく。

「領地を良くするのも、金を出すのも、余所者の俺たち。それで良いのか? 人に与えられるだけで、満足なのか? 自分たちが生まれ育った場所であるなら、自分たちの手で良くしようと思わないのか? 俺にはそれが信じられない」

 リオンの知る貧民街の者たちは、貧民街を良くする為に熱心に働いていた。悪党と呼ばれている者たちが、そうだったのだ。カシスたちをリオンが認めるはずがない。

「だから?」

「ただ与えられる事を待っているだけの者に与えたって感謝なんてない。更に与えられる事を求めてくるだけだ。そんな奴等に、奥方様のお気持ちを渡す事は出来ない」

「という事らしいわ。それで? 貴方達はどうするのかしら?」

 笑顔を浮かべて、カシスたちに問いかけるエアリエル。そこに得体のしれなさなどない。今のエアリエルは、人の上に立つ者が持つ威厳に溢れていた。

「御領主様に、身命を賭して仕えさせて頂きます!」

 エアリエルの問いに応えて、一斉に片膝をついて頭を垂れるカシスたち。

 だが、こんな彼らに対しても、リオンの声は冷えたままだ。

「そんな誓いは必要ない。それに仕える相手を間違えている。お前たちが命を投げうって仕える相手は、この土地であり、この土地に住む人々だ」

 リオンの言葉に驚き、顔を上げた時には、すでにリオンは、じっと動かずに考え事に没頭していた。
 彼らはまだ分かっていない。リオンの信頼は言葉ではなく、行動でしか得られないという事を。