「何故、分かったのですか?」
ゼクソン国王とヴィクトリア殿下が同一人物であることを認める問いに納得顔のグレン。ただ、この件については、まだはっきりさせていないことがある。
「陛下」
「この姿でそう呼ばれるのは」
「……変な拘りですね。では、ヴィクトリア殿下。自分には男色の趣味はありません」
「私は女性です!」
グレンの誤解をヴィクトリアは大声で否定した。
「あっ、そうですか。でも、部外者である自分には逆を言うべきでは?」
「……そうでした」
ゼクソン国王が女性であるという事実は、他国に知られて良いことではない。
「つまり、ゼクゾン王国には男性の嫡子はいないと」
「そうです」
「どうして、こんなことに?」
ヴィクトリアは女性であることを隠して国王をやっていた。それは国内に対してもだ。わざわざこんな秘密を抱えることにした理由がグレンには分からない。
「双子であるのは本当なのです。兄がいました」
「ヴィクトリアが貴女で、ヴィクトルは兄上の名前ですか?」
「はい。その兄が若くして亡くなってしまい」
「それで貴女が兄の振りを? どうしてそんな無理をすることになったのです」
兄が亡くなったとしても、ヴィクトリアがその代わりをする理由は、やはり分からない。
「実は私の存在はずっと隠されていました。双子は不吉と思われていますので」
「ああ。聞いたことがあります」
存在を隠されるだけでなく、生まれてすぐに殺されることもある。ただの迷信だとしても、それを信じる国民がいれば、国は国民に不安を持たせないようにしなければならない。
「兄が死に、父上は私に兄の振りをすることを命じました。驚きました。でも私は男として育てられていて、時々、兄と入れ替わったりしていたのです」
「どうしてですか?」
「双子だと知られないように。兄の振りをすれば私は外に出られましたので」
「……つまり、普段は?」
兄の振りをしなければ外に出られないとなると、そうでない時はどうなのだということになる。
「……ずっと部屋に閉じ込められていました」
「そうですか……」
馬鹿なことをとグレンは言えなくなった。もしかしたら、ヴィクトリアを解放してあげようという優しさかもしれないのだ。
「兄が亡くなったのは悲しいことでした。ですが私はそのお蔭で自由な暮らしを手に入れることが出来たのです」
「でも、ずっと自分を偽ることになりました」
「男子が生まれるまでと考えていたようです。何らかの理由をつけて王太子の座をその弟に譲り、それで私は解放されるはずでした。ですが、弟が生まれないうちに父上は亡くなり、国を混乱させない為にそのまま王位についたのです」
「それは分かります。ただ、どうして未だに隠しているのですか?」
「それは当然です。女王などゼクソンには前例がありませんから」
「そうだとしても、臣下の方々は気が付いていますよね?」
「…………」
グレンの問いに、ヴィクトリアは固まってしまった。質問したグレンも、まさかの反応だ。
「まさか、気が付いていなかったのですか?」
「いえ。薄々は気付かれているだろうとは思っていました」
「まあ、そうでしょうね。新参の自分がすぐに気が付いたくらいですから」
新参の自分が気付くくらいの状況を、薄々といったヴィクトリアにグレンは少し呆れている。
「一応、理由を教えて頂けますか?」
「どちらか片方にしか話していないはずの事実を、どちらに話しても知っています。いくら細かいことまで話していると言っても、そこまでにはなりません」
実際にグレンは何度もこれを試している。それにまんまとヴィクトリアは嵌っていた。
「……そうですね」
「何て言う理由はおまけです」
「えっ?」
「一番はゼクソン王国の宰相の様な立場にあるシュナイダー将軍が、ヴィクトリア殿下の姿でいる時にまでお付きの様に側にいることです。それはありえません。国政が滞ってしまうではないですか」
「…………」
「それでおかしいと思って、先程の様な探りを何度か入れました。今日がとどめですね。王都にいるはずのヴィクトリア殿下がこんなところまで来るなんて。時間的にもおかしな話です。この様なことは前からあったはずで、当然、周囲の人たちは気が付くはずです。気が付いていない人がいるとすれば猛牛さんくらいでしょうか?」
「そう」
「それなのに隠す必要があるのですか?」
周囲は知っている。そうでありながら隠しているとなれば、そこには別に理由があるはずだとグレンは思っている。
「私が女性であることを認める時は、新たな王を定める時です。それが出来ませんでした」
「……候補はいないのですか?」
「それを定める段階で、国が乱れる可能性があります」
「案外、皆さん野心家なのですね?」
ヴィクトリアの言葉が事実だとすれば、多くの臣下が国王の座を狙っていることになる。これはグレンには意外だった。
「そうさせたのは父上です」
「……どういうことでしょう?」
前国王がわざわざ国を乱す原因を作るなど、あまり考えられない。
「この際ですから全てをお話しします。父上はかなり無理をしました。国政の全てを軍事に傾けて、ウェヌスに対抗できる国を造ろうとしました。その為に職を失った有力貴族も多いのです」
ゼクソン王国には文官がいない。だが、元からいないわけではない。文官として働いていた人々を国政から追い出したのだ。
「何故そこまで? それによく貴族が大人しくしていましたね?」
「何故という問いへの答えはウェヌスの野心が明らかになったからです。エイトフォリウム帝国という国を知っていますか?」
「……少しだけ。かつて、この大陸全土を統べていた国でウェヌスに滅ぼされた」
まさか、ここでエイトフォリウム帝国は出てくるとは思っていなかったグレン。動揺を隠して、当たり障りのない答えを返した。
「よく御存じですね。その通りです。エイトフォリウム帝国を滅ぼすまでのことをしたウェヌスの野心は明らかです。ウェヌスは大陸の覇者になろうとしています」
「それも知っています。それはウェヌス国内にいる時に聞きました」
ウェヌス王国は大陸の覇権を求めている。これはウェヌス王国の文武に携わっていた者であれば、誰でも知っている。
「そう。ウェヌスが大陸全土の制覇を狙うとなれば、我が国はまっさきに狙われることになります。戦争でも外交でも」
「後継ぎがいない国だから?」
「そうです。ですから、私は男としていなければならなかったのです。ですが、そのようなことをいつまでも続けられません。いつかは女性である事実を明らかにし、伴侶を迎えて、その方にゼクソン国王の座を譲らなければなりません」
「……先王は、わざとそれを匂わせたということですか?」
ようやくグレンにも事情が分かってきた。
「はい。しかも、誰にでも機会があるようにも思わせました。一時、地位を失っても、その先に国王の座があると思って、貴族は大人しく従いました」
「それでも無理があります。何の功績もない人を王になどしないのですよね?」
「……そうなります。あまりに長く軍政が続いていることで、功をあげる機会のない貴族の中には不満が渦巻いています。そして、今回、ウェヌスに勝ってしまいました」
「そういうことですか……」
貴族の我慢は限界にきている。その状況で一時的にでもウェヌス王国の脅威が薄れる機会が訪れた。ここで新王を立てないで、いつ立てるのかということだ。
「講和が結ばれれば、当面はウェヌスからの脅威は去ります。その間に新たな国王を立てて、国を纏め直さなければいけないことは、誰もが分かることです」
「講和を結ばなければ……などと言えないくらいになっていると?」
講和が結ばれなければ、その機会は来ないと思ったグレンだが、すぐに思い直した。その機会が来てほしくないだろうヴィクトリアが一番の講和推進派なのだ。
「軍事を知らない者は尚更でしょう。講和を結ばなくてもウェヌスを跳ね返せるとなれば、それはそれで良いのです」
「でも実際に講和なしでそれをやれば、国内は乱れ、戦うどころではなくなる」
「そうです」
臣下からの突き上げ。これがヴィクトリアを追い詰めている。グレンには見えなかったものだ。
「このまま王であり続ける訳にはいかないのですか?」
「……私は王族として次代にゼクソン王家の血筋を残す義務があります」
王である以上に、母、女性であらねばならない。ゼクソン王家の血筋は、ヴィクトリアしかいないのだ。
「なるほど、そういう使命もあるわけですか」
「はい」
「講和に拘る理由も理解出来ました」
「では……」
「ですが、ご自身の身を差し出そうとする理由が分かりません」
これまでの話は納得出来る部分が多かった。だが、それとこれとは全くの別だとも分かった。
「それは……私はグレン殿に受けた御恩を返す術がありません」
「恩返しでご自身の身を? それは軽率ではないですか? 王族にとって、それがどういうことかくらいは自分だって知っています」
「……それだけの御恩を受けたと思っています」
「自分が勝手にやったことです。そして、ゼクソンがもう戦えないということも。城塞はゼクソンにお引き渡しします。それでよろしいですね?」
ヴィクトリアは見事にグレンからエステスト城塞を得ることが出来た。
「残ってはくれないのですか?」
目的を果たしたはずなのに、ヴィクトリアはまだ不満そうだ。
「自分にはまだやることがあります」
「でもそれでは」
「当面の物資を提供してください。馬も欲しいですね。傭兵と同じです。働きを金品で報いて頂ければそれで結構です」
「それは勿論」
「それと捕虜返還は講和条件の中に入れてください」
この際、無駄な遠慮は止めて、求めるものは全て提示することにした。
「それは交渉しています。ただ……」
「問題が?」
「我が国にとっては何千もの兵士を戻してしまって良いのかという問題があります。ウェヌス軍は一気に兵力を回復することになりますから」
「……それはまあ」
ヴィクトリアは何千もの兵士と言うが、それはゼクソン王国から見てであって、ウェヌス王国にとってはそれほど大きなものではないとグレンは考えている。
「それにウェヌスにとっても」
「ウェヌス?」
「敗戦を認めたくないウェヌスは賠償金ではなく、捕虜を取り戻すために金を支払うという体裁を取ろうとしています」
「……面子ですか。相変わらずですね」
「大国ですから。捕虜の返還金は一人当たりということになって」
「はい?」
「そうなってしまったのです。捕虜を一度に返したくない我が国とお金を出し渋るウェヌスが交渉しているうちに、自然とそういう流れに」
「……ゼクソンが身代金を取っているみたいですけど?」
「我が国には大国の面子などありません。どの様な形でも納得のいく金額になれば良いのです」
「そうですか……そうなると贔屓だな。まあ、仕方がないか」
「贔屓?」
「返還する捕虜の数が制限されるのであれば銀狼兵団の元ウェヌス軍の者を優先して頂けますか?」
「……彼らをウェヌスに戻すのですか?」
銀狼兵団の兵士をウェヌス王国に返すという話を聞いて、ヴィクトリアは驚いている。返されるジャスティンたちでさえ驚いたのだ。当然だろう。
「はい。帰れるなら、その方が良い。彼等にも家族がいますから」
「そう……」
グレンも終戦に向けて動き出している。交渉の成立という点では良いことではあるが、ヴィクトリアは素直に喜ぶことは出来ない。
ゼクソン王国を去る日が近づいているということでもあるのだ。
「この二つを約束して頂ければ、働いた分は充分に取り戻せたと思います」
「…………」
「城塞をお返しするのは、物資が届いてから。それでよろしいですか?」
「…………」
「あの?」
ヴィクトリアから何の反応もないことをグレンは訝しく思った。
「私を……」
「はい」
「女性として扱ってください」
ヴィクトリアが、絞り出すようにして口にしたのは、この言葉だった。
「……はい?」
「私を女として扱ってください」
「そうしているつもりですけど?」
ヴィクトリアが何を求めているのか、グレンは分かっていない。
「そうではなく……女にしてください」
「ああ、そういう……はい?」
「せめて一晩だけでも……」
「……その必要はなくなったはずですが?」
エステスト城塞は渡すと言った。ヴィクトリアがグレンに体を差し出す理由はもうないはずだ。
「一度だけ。一度だけ王族であることを忘れて一人の女性になりたいのです」
「いや、それは軽率すぎます」
「ずっと自分を偽って生きてきたのです。そして、この先も国の為に生きていくのです。一度くらいは勝手をしても許されると思います」
「……体を差し出すという意味を本当に分かっていますか?」
こんな質問をしてしまうくらいに、グレンにはヴィクトリアの気持ちが分からない。全く分からなくはないが、何故自分で、しかも今この場所なのかが分からない。
「……はい」
「……どうしても?」
「……そう……したいのです」
顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俯きながらも、ヴィクトリアの口からは撤回の言葉は出てこなかった。
「……自分は割と女性にだらしない方のようで」
「えっ?」
「それに、ずっと戦時で禁欲生活が続いていて」
「……そ、そう」
「獣みたいになってしまうかもしれませんけど?」
「獣……」
「……自分が美人って自覚はありますか?」
「それは……お応えすることでは……」
「……うん、無理だ」
グレンは抵抗を諦めた。内から沸き上がる獣の欲求に負けたのだ。そもそもグレンが、美人にここまで執拗に押されて断りきれるわけがない。よく頑張ったほうだ。
「何が無理なのでしょうか?」
「我慢するのは無理そうです。もう戦場の気持ちが解けてしまいました」
「…………」
「ここでも良いのですか?」
「それは……」
「では隣の部屋で。自分の寝室になっています」
「……はい」
「今なら間に合いますけど?」
「……いえ。私は初めから覚悟してここに来たのです」
「覚悟ですか……まあ良い。じゃあ隣に行きましょう」
「はい……えっ?」
グレンはあっという間にヴィクトリアの目の前に移動すると、そのまま両手で体を抱え上げて歩き出した。
「女性として扱えというから」
「……はい」
隣の部屋に通じる扉を開けると、グレンの言った通り、そこは寝室で大きなベッドが中央に置かれている。そこにグレンはヴィクトリアをそっと降ろした。
「さて、それカツラですよね?」
ゼクソン国王でいる時は短髪だ。ヴィクトリアの長髪が本物であるはずがない。
「……ええ」
「外し方が分からないので、ご自身で外して頂けますか?」
「つけたままでも問題ないですよね?」
「自分は外して欲しいのです。それとも外せない理由でもあるのですか?」
「……いえ」
「では、外してください」
グレンに言われて、ヴィクトリアは渋々と言った様子で、髪に手を差し入れて差していた髪留めを外していく。それでも最後の最後。カツラを取ることは中々しなかった。
「そこまでいったら自分でも外せそうですね」
「……どうして外さなければいけないのですか?」
「どうして、そこまでカツラに拘るのですか?」
「……拘っては」
「ご自身で出来ないのであれば、自分が外して差し上げます」
「い、嫌」
近付いて手を伸ばしていくグレンにヴィクトリアは抵抗を見せる。だが、グレンがその気になれば防げるはずがない。軽く押し倒され、両手を押さえられるともう抵抗出来なくなる。カツラを外され、短い髪のゼクソン国王の顔が露わになった。
眉を寄せたいつもの不機嫌な顔を見せながらも、その顔は朱に染まり、さかんに乱れたドレスの裾を直そうと手を伸ばしている。
「やはり、こちらが地ですか」
「……分かっていて、カツラを外させたのか?」
カツラを外した途端に口調がゼクソン国王のそれに戻る。それを聞いて、グレンは納得顔だ。
「男として育てられたと言っていたので、言葉遣いはこちらが地かなと。それで正体がばれても地を出さないので、何かあるのではないかと考えて、一番怪しいのが髪でした」
「……ふざけおって」
「カツラをしている間は本人ではない。そういう意識があるのですね」
「……そうだ」
長髪のカツラが女性であるヴィクトリアに成りきる為のアイテム。オンオフのスイッチのようなものだ。
「本人でない自分であれば何をしても、されても良い。そう思っていた?」
「……だったら何だ?」
「甘いですね。最初に言いましたよね? 自分は偽物を抱く趣味はないと」
「まさか……」
「今の貴方は本物ですね」
グレンの手がまたヴィクトリアの腕に伸びる。
「……や、止めろ」
わずかに抵抗を見せるヴィクトリアだが、グレンに軽く両腕を押さえられただけで、動けないでいる。
「そして、本物の女性でもある」
ヴィクトリアの両腕を片手で押さえたまま、グレンはもう片方の手でヴィウトリアの体を撫でていく。頬から首筋、膨らんだ胸を優しく撫でた手は、さらに下に降りていく。
「……い、嫌だ……抱くなら」
「俺は本物を抱きたいのです。性格も性別も本物の貴女を」
「……俺は」
「女です。それは間違いない」
「……や、止め。そ、そんなところは……」
グレンの手は、すでにドレスの裾をまくりあげ、ゆっくりと動いていた。
「聞きましたよ? どういうことか分かっていますかと」
「だ、駄目。や、止めろ……」
「……無理やりしているみたいですけど、誘ったのは貴女です。そして、そういう誘いに俺は滅法弱いのです」
「……止めてください……お願い」
「ヴィクトリア殿下の口調に戻っても駄目です。そんな演技をしなくても、自分が女であることをちゃんと分かって頂きますから」
制止の声に耳を貸すことなく、グレンはドレスを、そして下着を脱がせ、ゼクソン国王の肌を露わにしていく。やや小ぶりな胸の膨らみも、括れた腰も、女性としての魅力に溢れていた。
「だ……グ、グレン……駄目だ……」
「ほら、服を剥いでしまえば、綺麗な女性です。綺麗ですね。今の貴女はこれまで見た、どの貴女よりも綺麗です」
「俺は……」
「もう言葉はいりません。ここから先は王であることはお忘れください」
「…………」
「俺も今からは、ただの女性として貴女を扱います。貴女が望む通りに」
「……ああ」
グレンの言うとおりに、ゼクソン国王であるヴィクトルは抵抗を止め、目を閉じてグレンに身を任せた。王であることを忘れたその人がヴィクトリアであるのか、ヴィクトルであるのかは、グレンも、そして本人も分かっていないのかもしれない。
◆◆◆
もう時刻は日付が変わる頃。グレンはベッドの上で頭を抱えていた。
「……落ち込むのは俺のほうだと思うがな」
隣から裸体にシーツを巻きつけただけの、ヴィクトリアが文句を言ってくる。
「してしまった。それも一国の王を相手に強引に」
「だから、落ち込むのは俺の方だ」
「そちらに落ち込む理由はありません。自分の方から誘ったのですから」
「……まあ、そうだが」
「大体……今の貴女はなんと呼べばよろしいのですか? 国王ではない貴女は」
「……ヴィクトルでもヴィクトリアでも好きに呼べ」
「呼び捨ては馴れ馴れしいですね。一度関係を持ったくらいで、そうなるのは嫌いです」
ひどく動揺していながら、訳の分からない拘りは忘れないグレンだった。
「なあ」
「何ですか?」
「あれは一度の関係というのか?」
「一晩関係を持ったからといって……もう、どうでも良いです。じゃあ……ヴィッキー様、も何だか馴れ馴れしいな……リア様、これで良いですか?」
「リア様? ……何でも良いが」
リアでは女性名であるヴィクトリアにしかかかってない。それに少し抵抗を覚えたのだが、グレンの前で今更、男に拘っても仕方がないと、ヴィクトリアは受け入れることにした。
「じゃあ、リア様で。大体がリア様は何を考えているのですか?」
「理由は説明したはずだ」
「そうではなくて……言いづらいのですが、行為の最後で足なんて絡めて」
「……恥ずかしいことを言うな」
「おかげで……口に出すことではないですね。とにかく子供が出来たらどうするつもりですか?」
つまり、子供が出来る心配をしなくはならないことを、してしまったということだ。
「それは心配ない。それくらいは俺だって考えている。大丈夫な時を選んでいるのだ」
「それは……随分と用意周到な事で」
覚悟を決めてきたとは聞いていたが、ここまで用意周到だと少し引いてしまう。
「それくらいの覚悟だったと思え」
「まあ……しかし……」
「何なのだ? そこまで落ち込まれると俺の方が傷つくぞ。そんなに俺は駄目か?」
「……落ち込んでいるのは我を忘れて、何度もしてしまったことを落ち込んでいるのです。リア様は駄目どころか、魅力があり過ぎたということです」
「……そうか」
魅力を褒められると、やはり嬉しいようでヴィクトリアの顔に笑みが浮かんだ。
「しかも初めての女性に対して。俺、乱暴じゃなかったですか?」
「いや……それは……優しく、してもらえたと、思う……」
女性らしい台詞を言うとすると、途端にたどたどしくなるヴィクトリアだった。
「そうですか。それは良かった。それでも……」
「だから、何を落ち込んでいるのだ?」
「自分は誘惑に弱すぎると思うのです。誘惑される度にそれに乗っていては、いつか女性で身を滅ぼすような気がして」
「……まさか?」
「メアリー王女殿下とは何もありません。あったら今頃は生きてここにいられません」
「そうか。では耐えることは出来るのではないか」
「メアリー王女殿下はリア様と違って、こんな誘惑なんて絶対にしません」
グレンが弱いのは基本、誘惑に対してだ。それがどんな誘惑でも、怒りや優しさなど、とにかく感情を揺らされることで、その気になってしまう。
「……悪かったな」
「と言っても今更ですか。よし、次からは気を付けよう」
「……無理なような」
あっさりと気持ちを切り替えたような発言をするグレンにヴィクトリアはやや呆れ顔だ。
「次は大丈夫です」
「そうか。まあ、次にそういう女性が現れたらな」
「はい」
「今日のところは休まないか? 夜も遅い」
「そうですね……今日のところは?」
ヴィクトリアの口から気になる言葉が飛び出してきた。
「続きは明日の夜ということで」
「はい?」
「まだ安全日は数日続くのだ。二晩くらいは大丈夫だと思う」
「はあっ!? 一晩だけではないのですか!?」
ヴィクトリアが一晩の関係で終わらせるつもりはないと知って、グレンは驚いている。
「俺だって、それなりの知識はある。初めての時はただ痛いだけだと聞いた。女性としての喜びを感じるのは、その後だと」
「そうみたいですね……じゃなくて!」
「女性の喜びくらいは感じてみたいのだ」
「……そんな数回ではそうはならないのでは?」
グレンにも知識はある。それも経験に基づいた知識だ。決して口には出せないが、ローズは二晩やそこらでは、そこまで行ってない。
「だが聞いていたほど、酷くはなかった。最初もその瞬間はあれだが、それなりに気持ちの良いものであったし、二回目からはもっとだ。多分、お前は上手なのだな」
「それは出来るだけ女性にそうなって……じゃなくて!」
「何なのだ?」
「そんな何晩もしてどうするのですか!?」
そもそも今は戦後処理の最中で、ゼクソン国王であるヴィクトリアには、のんびりしている余裕はないはずだ。
「それは……この先はなかなか、そういうことを楽しめる機会はないだろうしな。王族としての義務での行為に喜びがあるとは思えん」
「どんな喜びですか」
「女性としての喜びと言っているだろ?」
「……国王ですよ?」
「それを忘れろとお前も言ったではないか。俺は、あと数日はそれを忘れるつもりだ」
「こちらの都合は?」
グレンもそれなりに忙しい。ヴィクトリアとイチャイチャしている場合ではない。
「夜だけだ。昼の仕事の邪魔はしない」
「……いきなり女に目覚めた?」
「そうだとしたら、それはお前のせいだ。ちゃんと責任を取ってもらおう」
「……嘘ですね。何か企んでいます?」
女に目覚めたはずがない。今話をしているヴィクトリアは、グレンが良く知るゼクソン国王だ。
「何も。今の俺はただの女だ。女としての企みはあっても、それはお前に愛されたいということだけだな」
「……怪しい」
ゼクソン国王が口にする台詞ではない。
「いい加減に受け入れろ。俺がこんなに頼んでいるのだ」
「……偉そう」
この高飛車な態度はゼクソン国王のままだ。
「そんなに俺はお前にとって魅力はないか? そうだとすれば少し悲しいな」
「ん?」
やや伏し目がちにそれをいうヴィクトリアに、グレンの何かが反応した。
「どうした?」
「今のは、もしかしてツンデレというやつですか?」
「ツンデレ?」
「普段は冷たい感じなのに、時折、甘えて見せることです」
過去の勇者が書いた小説の知識を披露してみせるグレンだった。
「……俺のことだな」
自覚があるヴィクトリアだった。
「デレが見えないな……こうすると」
そう言いながら、グレンはシーツの上からヴィクトリアの体に指を這わせていく。
「ち、ちょっと待て。まだ体のあちこちが敏感なのだ」
「ちょっと違う……ああ、そうか、もっと気持ち良くしてやれば」
さらにグレンの手はシーツの中にまで伸びていく。
「……また、するのか?」
「試してみようかと」
「明日では駄目か。今日はもう、ちょっと疲れて」
「……違う! いかん。ツンデレに惑わされて、また抱くとこだった」
ヴィクトリアが断ったことで、なんとか正気に戻れたグレンだった。
「別に良いではないか。俺はそうされたいのだ」
「……ちょっとデレだ……寝ましょう。このまま会話を続けていると不味い気がします」
グレンの中で、獣がグルグルと唸っている。疲れを知らない獣なのだ。
「寝るのには同意だ」
「はい。部屋にご案内します」
「このままでは駄目か? 今日は一人になりたくないのだ」
「……また、デレだ……まあ、良いですよ。じゃあ、寝ましょうか」
「ん、ああ」
何も考えずにヴィクトリアの体を抱き寄せてしまうグレン。それにわずかに戸惑ったヴィクトリアであったが、大人しくグレンの肩に顔を乗せて、寄り添う姿勢のまま、眠ることにした。
「……グレン」
「何ですか?」
「すまない。俺はお前を利用するばかりで」
「……お互い様です」
「それでも、すまない」
「もう寝ましょう」
「ああ」
◆◆◆
――ヴィクトリアの姿をしたゼクソン国王が城砦を去るのは、それから二日後となった。反省など全く意味もなくグレンが誘惑に屈した結果だ。
いよいよ出発となって城砦の門の手前でグレンとヴィクトリアは最後の挨拶を交わしていた。
「……では、これが最後になりますね」
「はい」
「グレン殿。貴方の好意は忘れません。ゼクソン国民全てを代表して御礼を申し上げますわ」
ヴィクトリアは見事にグレンの前でもヴィクトリア殿下を演じて見せている。
「いえ。それほどの働きはしておりません」
「……私個人も貴方のことは決して忘れません。貴方と過ごした夜は、一生の思い出として胸に秘めておきます」
「…………」
まさかの発言に絶句するグレン。この場にいるのはグレン一人ではない。見送りに出た多くの兵士が今の言葉を聞いているのだ。
「では、グレン殿。お別れです」
「……何を企んでいる?」
「何も。自分の気持ちを素直に申し上げただけですわ。では、さようなら」
グレンの疑わしげな視線を振り切るように、ヴィクトリアは後ろを向いて、出口に向かって歩いて行った。
「……団長」
「何も言うな。何も聞くな」
「英雄色を好むと言いますが……」
「だから何も言うな」
英雄色を好む――。
この世界で昔から言われている言葉だ。間違いなくグレンはこの時代の英雄となる。この言葉が事実であることを証明する英雄の一人となるのだ。