月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #72 銀鷹傭兵団の真実

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 エステスト城塞から結衣とフローレンスは駐屯地に戻ってきた。
 健太郎の部屋に向かう結衣。グレンの誤解をとくことは出来なかったが、戦わなくて済むきっかけを掴めたことで行きよりは気持ちは随分と軽くなっていた。
 だからといって機嫌が良いわけではない。それどころか機嫌はかなり悪い。それの一つの原因は後ろを歩いているフローレンスにある。
 不意に足を止めて、結衣は後ろを歩くフローレンスを振り返って見た。

「……ねえ」

「はい」

「気になっていることがあるの。放っておこうかと思ったけど、やっぱり聞いておくわね」

「何でしょうか?」

「二人きりになった時、グレンと何かあった?」

「……何もありません」

 グレンと話した内容など、結衣に話せるはずがない。

「本当に? だってグレンの部屋から出てきた時、貴女泣いていなかった?」

「それは、妹さんの話を聞いたら悲しくなってしまって」

 フローレンスは考えていた嘘を口にする。二人きりで何を話していたか、結衣が聞いてこないはずがないと分かっていたのだ。

「何を聞いたの?」

「それほど詳しくは。でも妹さんへの思いは伝わりました」

「そう……まさか、グレンのことを好きになったりしていないわよね?」

「まさか……」

 内心では、どうして結衣がこんなことを聞いてくるのかフローレンスは不思議に思っている。言葉だけで考えると、まるでヤキモチを焼いているようだ。

「だったら良いけど。でも、どうやってグレンに取り入ったの?」

「……そんな事はしていません」

 答える前に、グレンを好きになってはいけない理由に突っ込みたいフローレンスだったが、それは止めておいた。それはアンナがやりそうなことであって、フローレンスではない。

「色仕掛けでも使ったの?」

「していません……」

「だって、あのグレンが初対面の人間のことを気に掛けるなんておかしいわよ」

「それは……少しだけ自分の話をして」

「何の?」

「言わなければいけませんか?」

「言えないようなことなのね?」

「違います」

「じゃあ、言いなさいよ」

「……子供の頃に近くに住んでいた人に少し似ていると」

 似ているではなく本人なのだが、これも結衣には言えることではない。

「ほら、それが色仕掛けって言うのよ」

「違います。優しい人で兄の様に慕っていたと言っただけです」

「妹に似た貴女にそんなことを言われて、さぞグレンは喜んだでしょうね?」

「そんなことは……」

 グレンが自分とフローラを重ねることなどないとフローレンスは知っている。何度もそれを望んで、無理だと分かったのだ。
 今は自分を自分として見てくれることが嬉しいが、当時はとにかくフローラになりたかったのだ。

「やっぱり、貴女って信用ならないわね。そうやってずっと男を騙してきたのでしょ?」

「…………」

「まあ、良いわ。とりあえず健太郎に報告しないと」

 健太郎の部屋はすぐそこだ。フローレンスを責めているところを見られるのも面倒だと、結衣は話を止めて、健太郎の部屋に入った。

「ただいま! ……何しているの?」

 部屋に入った結衣の目に映ったのは、ベッドの中で絡み合う男女の姿だった。

「えっ! うわっ! いきなり入ってくるなよ!」

「何をしているのって聞いているのよ!? 誰、その女!? また別の女、作ったの!?」

「と、とにかく出て行ってくれよ!」

「最低!」

 結衣は廊下に出て、叩きつけるように部屋の扉を閉めた。だが、そこにはフローレンスがいるのだ。

「……えっと、昔からああいう男なのよ」

「私は別に」

「健太郎のこと、好きじゃないの?」

「ケン様も私が好きなわけではありません」

 健太郎に愛されていると感じたことは、フローレンスは一度もない。

「そう。そういう男よね。でも、そういう男に貴女は」

「私の立場で、どうやって拒めと言うのですか?」

 普段であれば黙り込むところなのだが、フローレンスはつい本音を口にしてしまう。グレンと再会した影響で、アンナである自分が出てきてしまっているのだ。

「……ごめんなさい」

「安心してください。私は自殺なんてしませんから」

「…………」

「口が過ぎました。どうか忘れてください」

「……私の部屋に来る? 入れないでしょ?」

「私は気にしませんが、ケン様はお困りになるでしょうか?」

 健太郎が他の女性といても、フローレンスは何とも思わない。自分もその女性と同じだと分かっている。

「さすがに、そうじゃないかな?」

「では食堂室でも行って、時間を潰しております。何かお手伝いすることもあるかもしれませんので」

「そう……分かった」

 一人残された結衣はなんとなく部屋に帰る気にならず、廊下で突っ立ったままでいた。
さして時間が経つ間もなく、健太郎の部屋の扉が開く。
 中から出てきた侍女は、実に気まずそうにしながら、早足でその場を去って行った。

「もう入っていいのかしら?」

「あ、ああ。どうぞ」

「変な匂いしない?」

「しないよ。途中だし」

「……そういうこと、口に出さないでくれる?」

 文句を言いながら結衣は部屋の中に入っていく。健太郎は気まずい雰囲気を見せることもなく、結衣に文句を言ってきた。

「いきなり部屋に入ってくるのは止めてくれないか」

「癖なのよ」

「どんな癖だよ。こう何回も覗かれるとわざとかと思うよ」

「そんなわけないでしょ?」

「でも行為の最中に部屋に入ってきたのって何回目?」

 健太郎に悪びれた様子がないのはこれが理由だ。元の世界にいた時から、健太郎は結衣に見られることに慣れっこなのだ。

「健太郎がそれだけいつもやりまくっていたってことでしょ?」

「下品だな」

「貴方がそういう話を私にさせるのよ」

「それでグレンはどうだった?」

 健太郎は早速、交渉の成果を尋ねてきた。

「……フローレンスのことは気にならないの?」

 それが結衣には気に入らない。

「それは……あとで謝っておくから平気」

「平気かどうか決めるのは健太郎じゃないわよね?」

「……怒ってた?」

「全然。何とも思っていないみたい」

「そんなことないよね?」

 怒られては困るが、全く怒らないというのは納得いかない。身勝手な考えだ。

「さあね。その話はもう良いわよ。用件を済ませるわね」

「ああ」

「グレンの誤解はとけていない。そもそも誤解していないわね。グレンは真実を知っていて、その上で健太郎が殺したと思っている」

「どうして? 真実を知っていたら恨まれるはずがない」

「城に連れて行ったことが自殺の大きな原因なの。そしてそれをしたのは健太郎」

「でも、それは一人では大変だと思って」

「一人じゃなかったわよね? ローズさんがいた。それに宿屋の人だって子供の頃から二人を知っているのよ」

「そうだけど……」

 健太郎が自分に都合が良いように、無視していた存在だ。それを持ち出されると、健太郎の理屈は崩れてしまう。

「余計なお世話ってことね。でもその余計なお世話でフローラは自殺することになった」

「でも僕はフローラを毎日慰めていた。親切心からした行動を恨まれても」

「下心からでしょ?」

 健太郎の言葉が嘘であることは結衣には分かっている。

「そんなことは」

「どこまで触ったの?」

「えっ?」

「聞いたわよ。話していただけじゃないそうね?」

「……どうしてそんなことまで?」

 知られるはずのない事実が、グレンにバレていた。それに健太郎は大いに動揺している。

「覗かれていたそうよ。だから貴方がしたことは、実は結構な人が知ってそうね」

「……嘘」

「でっ? どこまで触ったの?」

「触ったなんて、ちょっと手を握ったり、頭を撫でたり」

「それだけ?」

「……肩を抱いた。それだけだ」

 健太郎は、それだけと言うが、その先は何なのかということになる。

「抵抗出来ない人にそういうことをするのは犯罪じゃないの? セクハラは間違いないわね」

「…………」

「恨まれて当然ね。健太郎はグレンに恨まれるだけのことをしている」

「でも殺したわけじゃあ」

「いい加減に認めなさいよ! 貴方は無抵抗な女性に性的なことをしようとしたのよ! それは犯罪! 立派な犯罪者よ!」

 グレンに話を聞いた後、ずっと胸の中で溜まっていた思いが結衣の中で一気に弾けた。健太郎の行動は、同じ女性として結衣には許しがたいことだった。

「そんな……」

「……駄目ね。怒鳴っても全然気持ちがすっきりしない。話を進めるわね。その上で、グレンは交渉しても良いと言ってきたわ」

「本当!?」

「但し、健太郎と話し合う気はない。王国の正式な外交担当の人間を送って来いって」

「そう……まあ、でも交渉が出来るのは前進だ」

「交渉はその人が来てから。もちろん、それが始まる前に攻めて来るなら、いくらでも相手をしてやるって」

「…………」

 それをするつもりは健太郎には微塵もない。

「それとフローレンスの件だけど」

「あっ、もしかして、それが上手く行って」

「どちらかと言えば怒らせたわね」

「えっ?」

「こう言っていた。もし、フローレンスにフローラを重ねているなら、そのフローレンスに健太郎は何をしているのだって。フローレンスにしている仕打ちはフローラにしようとしていたことと同じだろうって」

「…………」

 健太郎の期待していたことと全くの裏目。自分の下心を見事にグレンに見透かされることになった。

「さすがはグレンね。これを聞いて、私もその通りだと思った。健太郎、貴方はフローラを性処理の道具にしようとしていたのね」

「そんなことは」

「そして、今日、貴方はそれを証明してみせた。フローレンスがいない間に別の女と。つまり、フローラがいない間に別の女と。これをグレンが知ったら交渉も吹っ飛ぶかもね」

「…………」

 自らの軽率さを少しだけ思い知った健太郎だった。

「ほとほと呆れ果てたわ。フローラにそういうことをした以前に、女性の敵として私は貴方を許さないから」

「…………」

「報告は終わり。後はどうぞご勝手に」

「……あのさ、フローレンスは?」

 結衣の気持ちを知った健太郎は、フローレンスはどう思っているのか気になる。

「ここにおります」

 いつの間にか扉のところにフローレンスが立っていた。

「あっ」

「御済みのようでしたのでお茶をお持ち致しました」

 動揺する健太郎とは正反対にフローレンスは冷めた表情で、お茶を持って部屋に入ってきた。

「フローレンス、その……ごめん」

「ケン様。貴方様が他の女性と何をしようと、私は何かを言える立場ではございません」

「そんなことないよ。僕はフローレンスのことを特別に思っている」

「……そう言って頂けると嬉しいですが」

「もう二度しないから。今回もあれなんだ。向うから誘ってきて」

 健太郎の白々しい嘘に結衣は呆れて文句を言おうとしたのだが、その前にフローレンスが口を開いた。

「別に構いません。他の女性と関係を持ちたいのであれば、どうぞご自由になさって下さい」

「えっ? そうか……怒っているんだね?」

「いえ、怒ってはおりません。ただ……」

「何?」

「そういった女性と同じように扱われるのは少し寂しい気持ちが致します」

 そう言って目を伏せるとフローレンスは悲しそうな表情を見せた。

「……大切にするよ」

「でも……ケン様がお求めになるのは、私の体ばかり……」

「そんなことない。僕はフローレンスにただ側にいてもらえるだけで幸せなんだ」

「……信じられません。ケン様に私などがそこまで思って頂けるなんて」

「信じてくれ。だから、これからも側にいて欲しい」

「側にいるだけでよろしいのですね?」

「えっ、あっ、そう。それだけで」

 そんなはずはない。健太郎のいう側にいては、これまで同様の関係を続けたいという意味だ。当然、夜の相手も含まれているのだが、フローレンスの念押しに、それでは足りないとは言えなかった。

「……そうして頂ければ、いつか私もケン様の気持ちを信じられるかもしれません」

「大丈夫。信じて欲しい」

 恰好つけて、平気で嘘を口にするのが健太郎の悪いところだ。この場合は、それをフローレンスに利用された感じだが。

「分かりました。では、シーツをお取替えしますね」

「えっ……そうだね、そうしてもらおうかな」

 これまでの会話は何だったのかというくらいに、淡々とフローレンスはベッドからシーツを外すと、それを抱えて部屋を出た。
 その後を追い掛けたのは健太郎ではなく結衣だ。

「ねえ」

「はい?」

「……同情した私が馬鹿みたい。やっぱり、貴女ってとんでもない悪女ね」

「悪女ですか。そんな風に呼ばれても私には守りたいものがあるのです。姉として、そして妹として」

 そう言って真っ直ぐに結衣を見詰めるフローレンス。その瞳に今まで見なかった強い意志を感じて、結衣はそれ以上、文句を言えなくなった。

「……じゃあご勝手に。せいぜい頑張るのね」

「はい。そうさせて頂きます」

 

◆◆◆

 エステスト城塞にいるグレンはまた望まぬ来客を迎えていた。最も望まない来客と言って良い。
 正面のソファーにホクホク顔で座っているのは、銀鷹傭兵団のガルだ。それと対象的にグレンは冷めた目でガルを見ている。

「やっと話が出来るな」

「こちらはそれ程話したいわけではありません」

「まだそんなことを言う。だが、まずは謝ろう。お前達二人を放置していたこと、それと妹を助けなかったこと、すまなかった」

 両膝に手を置いて、ガルは深々とグレンに向かって頭を下げた。

「謝っても、と言いましたが?」

 謝られてもフローラは戻らない。こうグレンはガルに一度告げている。

「それは分かっている。ただ言い訳はさせてくれ。どうも情報の伝達が上手くいっていないのだ。お前達二人のことは、ジンの意向もあって、あまり関わらないように伝えてあった。だが、それがどうも極端に伝わったようでな。一切関知するなと爪は思っていたようだ」

「一切関知するな。それはいつまで?」

「ずっとだ。だから、フローラのことも」

「……そう」

「だからと言って許されることではないのは分かっている。だから、せめてフローラの敵討ちくらいは手伝わせてくれ」

「それは御断りします」

 ガルの申し出をグレンはあっさりと拒絶する。

「何故だ!?」

「銀鷹は信用出来ません」

「その信用を少しでも取り戻す機会をくれと言っているのだ」

「それは無理です」

「どうしてそこまで頑なになる?」

 ガルにはグレンがただ意地になっているだけに思えるようだ。

「一応言っておきますが、おっさんのことは少しだけ信用している。だから、城塞に入れたのです。確認したいこともあって」

「確認?」

「いくつか聞いて良いですか?」

「ああ。答えられることであれば、何でも話そう」

「まずは、銀鷹傭兵団は本当に俺の父親が作ったのですか?」

 まずは基本的なことを尋ねる。ただ、これが一番グレンにとって大事なことだ。これの結論を得られないから、他のことを聞く必要が出てくる。

「そうだ。だから銀鷹なのだ。セシルの銀髪と、ジンのタカノの鷹を取ってな」

 ガルの答えはすでに聞いたことのあるものだった。

「名はそうかもしれませんが、組織は? 元々別の傭兵団があって、それが銀鷹になったのではないのですか?」

「ああ、それはそうだ。銀鷹はいくつもの傭兵団が集まって出来た。ジンを慕って集まったのだ」

 これまでとは違う、少し具体的な内容がガルの口から出てきた。城塞に入れた甲斐があったというものだ。

「つまり、俺の父親と母親は後から二人だけで入ったのですね?」

「そうなるのか」

「次の質問です。ジン・タカノの名を知っているということは、当然、俺の父親が異世界人であることも知っていますね?」

「もちろん。正直言えば、最初はそれに惹かれてだな。だが一緒に行動するうちに、ジンの人柄そのものに皆、魅了されたのだ」

「どこまでの人が知っているのですか?」

「最初から入った奴らは全員が知っている」

「銀鷹は傭兵以外にも色々な人がいますね? 鷹爪の親父さんみたいな人とか。そういう人も全員が知っているのですか?」

「さすがにそれは。俺でさえ、全員の顔や名は知らない」

 ガルが名前や顔を知らないくらい数多くの、鷹の爪亭のような拠点が他にもあるということだ。

「そうですか」

「それがどうした? 何か意味があるのか?」

「銀鷹傭兵団にはウェヌス中枢にも同調者がいますか?」

「……中枢まではいないと思うが」

 ガルの答えははっきりしない。

「銀鷹傭兵団の資金源は? 傭兵稼業だけで、多くの人間は養えませんよね?」

「資金源などはない。それぞれが生計を立てている。傭兵団からの支援は特別なにか必要な時には行っているな」

「……本当に?」

 これを聞くグレンはガルの言うようなことでは組織を維持するのは無理だと思っている。

「本当だ」

「知らないだけではないのですか?」

「……何を言いたい?」

「銀鷹傭兵団には暗殺を行うような人がいますか?」

「そんな奴がいるはずがない! お前の父親の傭兵団だぞ!」

 グレンの質問にガルは声を荒らげた。暗殺というものに良い印象を持っていないようだ。

「……俺の両親が殺された日。贈り物が届きました。それに心当たりはありますか?」

 さらにグレンは問いを重ねていく。いよいよ両親の殺害の話だ。

「ああ、ある。フローラの誕生日祝いだな。お菓子を用意した。たまたま美味そうなのを見つけてな。せっかくのお祝いだったのに……あんなことになるなんて」

「それはおっさんが父親に渡したのですか?」

「いや。俺はどうしても外せない用があって、人に頼んだ」

「それは誰ですか?」

 両親を殺した相手が分かるかもしれない。こんな思いを奥に隠して、グレンは相手の素性を尋ねた。

「……どうした?」

「誰だか覚えていますか?」

「……いや、誰かにと言って頼んだわけでは。その場にいた誰かが持って行ってくれたのだと思うが」

 ガルの口からは具体的な人物の名は告げられなかった。

「その場には何人いたのですか?」

「……大勢いたな。隠れアジトだったからな」

「そうですか……」

「おい、そろそろ事情を説明してくれ。何を聞いているのだ?」

 グレンが何のためにこんなことを聞いてくるのか。その説明をガルは求めてくる。

「かなりの話ですが、聞く覚悟はありますか?」

「……聞く」

「後悔するかもしれません」

「良いから聞かせろ」

「じゃあ。かなり脅しましたが、これはただの推測です」

「おい?」

 やや肩透かしをくらった気持ちのガルだが、これは早合点。グレンの話はこれからだ。

「まずは俺の両親が殺された日。贈り物が届きました。フローラへのお菓子と両親への酒です」

「酒?」

「はい。父親から酒も贈り物だと確かに聞きました。俺の父親はかなり人間不信だったようですね? これは昔を知っている人に聞きました。それで子供の頃、とにかく近所づきあいを避けていた理由が少し分かりました」

「そういうところはあったな。それもウェヌスが裏切ったせいだ」

 グレンの父親が人間不審になったのはウェヌス王国で受けた裏切りのせいだ。分かっていたことでもあり、グレンにとって重要なことではない。

「それを聞いて、そんな父親がどうして薬入りの酒なんて飲んでしまったのか。不思議に思いました」

「今、何と言った?」

「贈り物の酒には薬が入っていました。何の薬かは分かりません。でも飲んでしばらくすると両親は酷く苦しみ出しました。恐らく痺れ薬ではないかと。毒であれば、剣でトドメを刺す必要はありませんから」

「……酒に痺れ薬」

「さっきの話で納得しました。傭兵団の仲間からの贈り物であれば、さすがの父親も信用しますね。それも、仲の良いおっさんからとなれば」

「俺は酒なんて……」

 自分が贈ったものではないとガルは否定する。

「それは信じます。まあ、おっさんがとんでもなく演技が上手な可能性もありますけど」

「裏切り者がいると思っているのだな?」

「裏切り者とは思っていません」

「何故だ? 団長を殺したのだぞ?」

「最初からそういうつもりだったのだと思っています」

「何だって!? それはどういう意味だ!?」

 グレンの言葉にガルは驚きの声をあげた。

「ちょっと落ち着いてください。実はここからが本題です。落ち着いて聞いて心当たりがないか考えて欲しいのです」

 ただ驚かれるだけでは、ガルと話をする意味がない。話を聞きたいのはグレンのほうなのだ。

「……そう言われても、落ち着けるような話ではない」

「ここからは何の証拠もない、ただの推測です。だからこそ、裏付けが欲しいのです。その為のおっさんです」

「……ああ」

「俺は銀鷹傭兵団の資金源はウェヌス王国の貴族か何かではないかと疑っています」

「はあ!?」

「目的は簒奪か、どこかの王になること。とにかく、とんでもない野心家です」

「ちょっと待て。銀鷹は常にウェヌス王国を敵として」

 銀鷹傭兵団はウェヌス王国を敵としてずっと戦い続けていた。これは事実だ。それをガルは訴えたが。

「敵にしているのはウェヌス王国の現体制です。あちこちで反乱を起こして、国を不安定に陥らせて、王家の権威を失墜させ、それに成り代わる。そういう目的だとしたら? 銀鷹の活動は、それから外れていますか?」

「…………」

 グレンの説明を聞いて、ガルは黙り込むことになった。反論が思いつかないのだ。

「それと先ほど聞いた暗殺はこういうことです。エイトフォリウム皇帝は知っていますか?」

「ああ、知っている。数える程しか会ったことはないが」

「暗殺されたのではないですか?」

「……何だと?」

 グレンの話に、今度は静かにガルは驚きを示している。

「目的はエイトフォリウム皇家の血筋。血筋というより、血筋を持つ人の隣の座ですね」

「しかし、滅びてしまった国の皇帝になったからといって」

「名前だけがあれば良いのかもしれません。皇帝、もしくは王である正統性を主張する為の。国はさっき言った簒奪です。すでに国としてあるどこかを奪う」

「…………」

 また黙り込むガル。グレンの話はガルにとってまさかのことだった。

「そして俺の両親。目的はエイトフォリウムの皇族の血を引くフローラか、あまりに父親が頑張り過ぎたか。もしくは俺と同じことに父親が気付いたか」

「…………」

「そしてゼクソン」

「ゼクソン?」

「ゼクソンは簒奪するにはもってこいの国です」

「確かに。王は若い。国を完全に掌握するにはまだ時間が掛かるだろう」

「その全てに銀鷹傭兵団は繋がりがあります。繋がりのあるところで、立て続けに人が病死もしくは殺されたと言った方が分かりやすいですか?」

「そんなことが……」

 あり得ないことかもしれない。だが、立て続けに人が亡くなり、その人たちに共通点があることも、あまりあることではない。

「あくまでも推測です。ただ何故こんな情報を入手出来たのだと思うようなことはありませんでしたか? ウェヌス中枢に近いところにいなければ分からないような事実」

「……ある」

 グレンの問いにガルは心当たりがあった。

「逆に何故これが漏れたのだと思うようなことは?」

「ある」

「ちなみに前回のゼクソン侵攻の情報はどこからですか?」

「爪だ。自分で話したのだろ?」

 グレンは鷹の爪亭の親父さんに戦争のことを聞かせている。ガルはそれを言っている。

「そうですね。それで他に情報は?」

「坊、じゃなくて銀狼が中軍にいると。それで戦死しないうちに仲間に引き込もうと」

「……つまり軍部ではない。国王の近くでもない」

 グレンが中軍にいるなど親父さんには分からない。そして軍部であれば、もっと詳しい情報が分かっているはずだ。

「中軍という情報は?」

「俺の元の所属が第三軍だったからじゃないですか? つまり、その程度の情報しかない人が流したということです。あっ、わざと違う情報にしたもあるか」 

「……戦死させる為にか」

「ちょっと軍では目立ちすぎましたから。そういう可能性もあるかと」

「どうであれ、俺はずっと騙されていたわけだ」

「俺の推測が事実であればです。そして、探ろうなんてしない方が良い」

「何故だ!?」

 ここまで推測が出来ている事実を確かめるなというグレンの考えがガルには分からない。次に続く説明を聞くまでは。

「殺されます。推測が事実だとしても誰が敵かは分からないのですよ?」

「……そうだな」

「後悔しました? これを知ると今まで信じていた仲間を疑わなくてはならなくなります」

「そうだな……」

「そして、俺のこの話こそが罠かもしれない」

「なっ?」

 混乱しているガルに、さらに追い打ちをかけるようなことを言いだすグレン。

「恨みに思う銀鷹傭兵団内部を疑心暗鬼にさせて崩壊させる。悪い策ではありません」

「罠であれば、敢えて口に出す必要はない」

「そう思わせる罠かもしれない。何が言いたいかというと、この程度で動揺するおっさんは策謀の類で何かをするのは無理ってこと。だから何もしないで、俺に近付くことも止めた方が良い」

「……銀狼はこれを知ってどうするのだ?」

 これを知って、グレンが何もしないはずがない。フローラの件で、すでにグレンはウェヌス王国を敵に回すことを覚悟しているくらいなのだ。

「もしフローラの敵討ちが出来て生きていられたら、次は……」

「ジンとセシルの敵討ちだな」

「そう。それにフローラの件も案外、勇者は誰かに唆されたのかもしれない。それが両親の件の黒幕である可能性はなくはない」

 口に出さないだけで、グレンには具体的な黒幕候補の名が浮かんでいる。

「そうか……」

「分かった?」

「何がだ?」

「これは銀鷹傭兵団への宣戦布告だ」

「……そうなるか」

「そう。正直、おっさんとは戦いたくない。ゼクソン王都で言ったあれは嘘だから」

「あれ?」

「俺の父親は剣の鍛錬以外で俺に構うことなんてなかった。無愛想な人だったからな。俺にとって父親のような人に甘えた記憶は、おっさんとの遊びしかないから」

「坊……」

「出来れば銀鷹傭兵団から抜けて欲しい。まあ、俺が勝つ可能性は限りなく低いから、これを言うのは偉そうだけど」

「…………」

「話は以上です。もう会わないことを願っています」

 これは、前回とは違う形での、グレンからの決別宣言だ。

「……俺は」

「以上です。お引き取り下さい」

 ガルの言葉を遮って、もう一度、グレンは決別を意味する言葉を口にする。それを聞いたガルは、かなり憔悴した様子を見せながら、席を立って部屋を出て行った。