月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第86話 このシナリオは誰が書いたものなのか

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 戦いが思い通りに進んでいないのはローゼンガルテン王国だけではない。敵である魔人軍側にも多くの誤算が生まれ、それによって計画は大いに狂っている。
 中でも一番の問題はジグルスの存在、であるのだが魔人軍にはまだそれほどの危機感はない。彼等にとってジグルスは、前魔王バルドスの息子というだけの存在なのだ。いくつかの部隊を引き抜き、ブラオリーリエの戦いの邪魔をしているとはいえ、直接的な影響は少ない。ジグルスについた部隊は全体としてはそれほど多くはない。魔人軍が全力でかかれば、簡単に討ち滅ぼせると思える程度の規模だ。こう考えていること自体が、ジグルス側の思うつぼであるのだが、それも気付けないでいるのだ。
 そんな状況で魔人軍が問題視しているのは、ローゼンガルテン王国の善戦だ。とくに南部のキルシュバオム公国内での戦いが思わしくないことは、魔人軍の計画を狂わせている。
 ローゼンガルテン王国がこれを知れば、大いに驚くところだろうが、実際にそうなのだ。

「……花の騎士団とやらはまだ討ち滅ぼせないのか?」

 軍議の席。議長のような役割を果たしているのは、いまは七人しかいないが、八大魔将軍の一人ローズル。魔王ヨルムンガンドに最も信頼されている側近で、近衛的な役割を持つ部隊を率いている。

「敵ながらあの部隊は強い。まず間違いなくローゼンガルテン王国の最精鋭部隊だ」

 問いに答えたのはヴァーリ。彼はキルシュバオム公国攻略の責任者。保身の為に討てない言い訳を口にした。

「仮にそうだとしても負けが許されるわけではない」

「負けてはいない。いくつもの拠点を落としている」

「そして取り返されている。その戦いは負けではないのか?」

 一つ一つの戦いを見ていけば、キルシュバオム公国攻略軍は何度も敗戦を経験している。ローズルはそれを指摘してきた。

「……それだけ手強い敵ということだ。その敵を釘付けにしているという点で成果はあげている」

 個々の戦いを指摘されては言い訳出来ない。ヴァーリは敗戦を認めた上で、互角に戦っていることを手柄にしようとしてきた。

「釘付けにされているのはこちらではないか。南部の停滞が全体に及ぼす影響を考えて見ろ」

「我々が強敵を引きつけている間に、他の公国の制圧を進めれば良い。それで目的は果たせる」

「……他の公国では思うように食料が手に入らない。労働力もだ」

「どうして?」

 言い訳として使っているが、キルシュバオム公国軍が最強であることは事実。ずっと弱いローゼンガルテン王国軍を相手にしている他の戦場では優勢に戦いを進めているはずだ。ヴァーリはそう考えていた。

「ローゼンガルテン王国は前線から人と食料を後方に下げている。持ち運べない分は燃やしてしまう徹底さだ」

「……こちらの情報が漏れたのか?」

 食糧不足は魔人軍の弱点。それを知って、ローゼンガルテン王国はそのような作戦をとってきたのだとヴァーリは思った。

「可能性はある。だがそれを議論しても意味はない。食料を奪えないという事実は変わらない」

「……侵攻を早めれば良い。いくらなんでも全土から食料を消すことは出来ないはずだ」

「当然、そうしようとしている。だが……」

 侵攻は急いでいる。だが、それも思うようには進まないのだ。

「だが、なんだ?」

「……少しくらいの食料が手に入っても軍を維持出来ない」

「……だから言ったのだ! 魔物などを使うのは止めろと!」

 魔人軍百万。これはゲーム上、分かりやすく且つ誇張しているだけで、現実の世界ではそこまでの数はいない。せいぜい半分の五十万。しかもそのほとんどは魔物で、参戦している魔人の数は四万にも届かない。
 もともと人間に数で劣る魔人側は、開戦するにあたって、特に繁殖力の強い魔物を選んでその数を意図的に増やした。ローゼンガルテン王国を数で圧倒する為。さらに犠牲を気にしないで使えるという利点もあった。
 だが制圧が計画よりも遙かに遅れていることで、今はその魔物が足を引っ張っている。元々ギリギリであった物資を、せっかく手に入れた食料を食い潰してしまうのだ。

「今更言うな。それに最終的には皆が合意している」

「そうだとしても……では戦いの中ですり潰してしまえ」

 敵を討つと同時に魔物の数を減らす。そんな戦い方をするべきだとヴァーリは考えた。特別な考えではない。

「それもやっている。だがローゼンガルテン王国は魔物に見向きもしない……これは言い過ぎか。魔物は出来るだけ残して、指揮官を狙い撃とうとしているのだ」

 魔物がどれだけいようと指揮官である魔人を討てばその戦いは勝ちだ。個々の戦いだけでなく、魔人の犠牲が多くなれば戦争全体でもローゼンガルテン王国の勝利となる。
 指揮官である魔人を狙うのは当然の戦術。それをローゼンガルテン王国は行っている。

「……追加物資の提供を求めてはどうだ?」

 魔人軍の物資は全て自分たちで集めたものではない。もともと食糧不足が戦争を行う理由だ。五十万の軍勢を養う物資など用意出来るはずがない。
 物資は人間から。ローゼンガルテン王国を敵視する国から調達している。その国に攻め込むことはないという約束も行った上で。

「こちらの弱みを見せろと?」

「それは……しかし……」

 物資の提供元は喜んで差し出したわけではない。魔人を脅威に感じ、かつその脅威がローゼンガルテン王国に向けられるということで、渋々提供したのだ。
 魔人側に敗戦の気配を感じれば、すぐに敵意を向けてくるだろう。

「至急、計画を見直さなければならない。意見があれば聞こう」

 ローズルは戦略の見直しが必要だと考えている。物資は今日明日にも枯渇するという状況ではない。だからこそ、余裕のあるうちに動くべきだと考えているのだ。

「……リリエンベルク公国の制圧に全力を注ぐしかない。全土を制圧出来れば、少なくとも我々が食える分は収穫出来るのだろう?」

「リリエンベルク公国に戦力を集中すれば、敵も同じことをする。それで勝てるのであれば良い。精鋭という騎士団が加わっても勝てるのだな?」

 味方が戦力を集中させれば敵も当然同じことをする。それは良い。決戦が早まることは魔人軍にとって良いことだ。勝てるのであれば。

「……勝てる」

「他の者は?」

「勝つしかない」

「そうではない! 勝てる作戦を考えるのだ!」

 希望的観測など必要ない。根性論も無用だ。確実に勝てる。少なくともそう思える作戦がなければ決戦には踏み切れない。一方でずるずると今の状態が続くことも許されない。

「……リリエンベルク公国に戦力を集中するのは良いでしょう」

「……魔王様?」

 これまでずっと黙っていた魔王ヨルムンガンドが口を開いた。それにローズルは戸惑っている。

「ただその前に一工夫が必要ですね」

「……それは分かっております。その一工夫を考えようとしているのです」

「策はあります。フェンが考えてくれました」

「なんですと……?」

 何故ここでフェンの名が出るのか。フェンは八大魔将軍に名を連ねていない。魔王ヨルムンガンドに会うこともないはずなのだ。
 だが実際にフェンの策はヨルムンガンドのところに届いている。

「悪くない策です。私は採用すべきと思いますよ」

「……どのような策ですか?」

「今はまだ公言出来ません。理由は必要ですか?」

「……必要ですが」

 この場は八大魔将軍が参加する軍議の場。これ以上の会議体は公には存在しない。作戦内容を隠す必要など本来あるはずがないのだ。

「私は冥夜の一族の代わりをどうにかするようにと命じていたはずです。もしくはこちらの陣営に引き戻すようにと。それはどうなりましたか?」

「それは……」

「もっと言いましょうか? この中に寝返る者がいないと誰が保証してくれるのです?」

「…………」

 事実としてジグルスに寝返る者が出ているのだ。保証など誰も出来ない。それこそ冥夜の一族に調べさせるしかないのだ。

「今話せるのは、とりあえずの作戦です。ゾンネンブルーメ王国にいる軍勢を全力でローゼンガルテン王国の都に向けて進撃させなさい」

「それは……無理です。どれだけの味方が到達出来るか。到達出来ても都は簡単には落ちません」

 ローゼンガルテン王国の都の守りは固い。魔人軍の総力を挙げてもすぐには落ちないくらいの堅牢さはある。中途半端な軍勢で攻め寄せても意味はないとローズルは考えている。

「落とす必要はありません。都に向かっていると知らしめれば、敵も全力で止めようとするでしょう。魔物の数はかなり減ることになります」

「……それでどれだけの成果が得られるか」

 ただ魔物の数を減らすという意味しかない。ローズルはまだヨルムンガンドの、正確にはフェンの策に対して否定的だ。

「成果はその先です。ただそれについて今は話せません。さて……そうだとしてもこれは命令です。すぐに動きなさい」

「しかし……」

「私は命令だと言いました」

「……はっ。承知いたしました」

 了承を口にしたローズルは苦い顔だ。それは他の大魔将軍も同じ。魔王の命令とあれば従わざるを得ないが、軍事のトップである自分たちの意見を聞くことなく、かつ自分たちより下位であるフェンの進言を魔王が採用したとなれば、心穏やかではいられない。
 彼等の多くは実力に見合わない立場を手に入れてしまった者たち。自分たちの地位を脅かされるのではないかと考えてしまうのだ。

 

◆◆◆

 ジグルスは忙しい毎日を送っている。忙しいのは今に始まったことではないが、リリエンベルク公国軍の一指揮官であった以前に比べて、さらに酷い状況だ。とにかくやらなければならないことが山ほどある。その上、今のジグルスには補佐役がいない。物資の調達などはアルウィンたちに任せておけば良いのだが、それ以外は全てジグルス一人で行わなければならないのだ。
 とくに交渉事がジグルス以外に出来る人がいない。

「……ルス様……ジグルス様……ジグルス様!」

「……ん……あっ、はい」

 自分を呼ぶ声に気が付いて、ジグルスは寝ぼけ眼のまま起き上がった。

「……本当に寝るとは」

 そんなジグルスに、起こした相手は呆れ顔を向けている。

「すみません。最近は寝る時間も取れないくらい忙しくて。時間がある時に少しでも寝ておかないと」

「だからといって大事な決断を……いや、睡眠は大切だ。文句を言うこちらが悪い」

 今この状況で寝るのか、という思いはあるが、それに文句を言うのは間違いだ。そう思い直した。

「それで結論は出ましたか?」

「それがまだ」

「何が問題になっているのですか?」

「何がって……魔人と一緒に暮らすことは問題だろ?」

 男はリリエンベルク公国の民。クロニクス男爵領で暮らしていた人で、ジグルスの顔見知りだ。逃げ遅れた人たちを見つけたジグルスは、彼等に自分の拠点に来てくれないかとお願いしているのだ。

「ここに残っていることのほうが問題です」

「それはそうだが……どうせ連れて行ってくれるのであれば、もっと安全な場所にしてもらえないのか?」

「俺の拠点も安全です。万一、魔王軍が襲ってきた場合の避難場所も用意してあります」

「その襲ってくる魔王軍と同じ魔人の拠点だ」

 魔人は敵。その敵と一緒に暮らすことなど、簡単に受け入れられない。

「だから俺の拠点です」

「……そう言われても」

 男にとってジグルスは領主の息子。しかも幼い頃から知っており、クロニクス男爵の人柄もあって、親戚の子供のような親しみを感じている相手だ。魔人を従えていると聞いてもピンとこない。

「危害を加えられることはありません。彼等には貴方たちの知識と経験が必要なのです」

「……しかし魔人に畑仕事など出来るのか?」

「出来るようになる為に貴方たちから学ぶのです。食料問題が解決すれば彼等に戦う理由はなくなります。俺は今もないと思ってますが、それが分からない魔人たちに思い知らせる為には実績が必要なのです」

「そう上手く行くかな?」

 農作業は簡単ではない。一から始めるとなれば、まともに収穫出来る様になるには数年かかる可能性もある。魔人の問題、と言われても男にとっては他人事だが、が解決出来る保証はないのだ。

「やってみなければ分かりません。ただ植物を育てる環境としては悪くありません。通常よりも育てやすいはずです」

「何故そう思う?」

 ジグルスも領民たちの農作業を手伝うことがあった。だが子供の手伝いだ。その経験で深い知識を得られているはずがない。そのジグルスが良い環境だと言う根拠を男は尋ねた。

「エルフの、精霊の力を借ります。農作物が育つのを助けてくれるはずです」

「……精霊の力?」

「はい。エルフの結界の中に農地を作ります。そうすれば精霊の働きが活発になるそうで、活発に働いてもらえればそれだけ農作物もよく育つ。そういう環境を用意します」

「……エルフもいる……それはそうか。ジグルス様の母上はエルフだったな」

「はい。母の知り合いが手伝ってくれます。これが上手く行けば、凄いと思いませんか?」

 考えている通り、精霊の力を借りることで収穫量を上げることが出来たら。それによって楽になるのは人間も同じだ。

「……上手く行けばな」

「やってみなければ分かりませんが、やらなければ出来ないのは間違いありません」

「そうだな……」

 ジグルスの言っていることは分かる。だが、どうしても魔人と共存することに対する抵抗感は消えない。

「何をグジグジと考えているんだい? 領主様が手伝えと言っているんだ。従うのが当たり前だろ?」

「ハナ婆……」

 割り込んできたのはハナ婆と呼ばれているお婆さん。クロニクス男爵領の最長老だ。

「坊。教えるだけなら婆でも出来る。こんな分からず屋は放っておいて、儂を連れて行ってくれ」

「ハナ婆……今の俺はクロニクス男爵家ではなくて……」

「そんなもんは関係ない。儂等は家族。それはどんな立場になっても変わらない」

「……ありがとう」

 ハナ婆がどこまで事情を理解しているかは分からない。もしかすると何も分かっていないのかもしれない。そうだとしても、家族と言ってもらえることがジグルスは嬉しい。自分は魔人とエルフの間に生まれた子。人間ではないと知った時から、ずっと感じていた孤独感が少しだけ薄れた気がした。

「……ああ、分かった! 手伝う! 手伝えば良いんだろ? お父上には本当に世話になった。その恩を返さないで知らん顔出来るほど、俺は人でなしではないからな」 

 ハナ婆の言葉を聞いたジグルスの表情。それを見て男は決心した。とにかくジグルスは頑張っている。辛い思いをしながらも、なんとかしようと頑張っている。それが分かれば、何の為であろうと断ることは出来なかった。
 ハナ婆が言ったとおり、クロニクス男爵領の人々は皆、家族。ジグルスの父クロニクス男爵はそう思わせてくれる領主だったのだ。その想いを裏切ることは出来なかった。