月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #81 主人公が演じることを放棄したくなったら

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 リリエンベルク公国軍の最大拠点となっている南部の街ブラオリーリエ。敗走してきた兵士が各地から集まってきて、今はその数は万を超えた。ただこれまで街を落とされずに守ってこられたのは味方の数が増えたからではない。
 軍を入れ替えて、ということはリリエンベルク公国軍には分かっていないが、再度ブラオリーリエの街に攻め寄せてきた魔人軍。その戦い方は慎重だった。前回の戦いで獣王軍の総指揮官、大魔将軍であるテゥールが討たれている。しかも討った相手は前魔王バルドルの子だという噂だ。慎重にもなる。
 リリエンベルク公国の出方を探りながら、魔人軍は攻めていたのだ。だが魔人軍が恐れる前魔王の息子はブラオリーリエにはいない。何度攻めても一向に姿を現さないことで、魔人軍はそれに気づき始めた。
 徐々に激しくなる攻撃。ブラオリーリエが陥落するのは時間の問題だ。リーゼロッテがやってきたのはそんな思いが人々に広まっていた時だった。

「遅くなりました。父上」

 正面に座る父マクシミリアンに挨拶を行うリーゼロッテ。

「……来てしまったのか」

 リーゼロッテの到着をマクシミリアンは喜ぶ気にはなれない。いつ落ちるか分からないブラオリーリエの戦いに娘を巻き込みたくないのだ。

「リリエンベルク公爵家の人間として、この大事に傍観者ではいられませんわ」

「リリエンベルク公爵家の、いや、テーリング家の血を残すことも大切だ」

 マクシミリアンは公爵という地位はもう失ったものだと考えている。気にするのは爵位ではなく、テーリング家の血筋だ。

「それは兄上にお任せしますわ。すぐに兄上をラヴェンデル公国に向かわせて下さい」

 リーゼロッテは兄であるヨアヒムをリリエンベルク公国から出そうと考えている。それがテーリング家を絶やさない方法だと考えているのだ。

「……逃げ出した当主を人々は認めるだろうか?」

「テーリング家を認めてもらえば良いのです。それについては私が頑張りますわ」

 ヨアヒム個人への批判を塗りつぶすくらいの奮闘を領民たちに示せば良い。ただこれはヨアヒムを逃がすことを納得してもらう為の言葉だ。

「……ラヴェンデル公爵家は納得しているのかい?」

 リーゼロッテはラヴェンデル公爵家のタバートと婚約している。彼女を戦場に送り込むことにラヴェンデル公爵家は納得しているのかがマクシミリアンは気になった。不快な思いをさせているようではヨアヒムを預かってもらえるか、預かってもらえたとしても冷遇される可能性がある。

「タバートは納得してくれたわ。ご両親も大丈夫だろうと言ってくれた」

「……そうだと良いが」

 マクシミリアンは知らないのだ。ラヴェンデル公国での戦いでリリエンベルク公国特別遊撃隊がどれほどの活躍をしたかを。タバートも個人的には、リーゼロッテが危険な戦場に向かうことには反対だ。だが自国での戦いで活躍し、危機的状況で助けてくれたリリエンベルク公国軍には恩があり、ラヴェンデル公爵家の人間として反対は出来なかったのだ。

「父上、このような話に時間を費やす余裕はないのではありませんか?」

「……分かった。ヨアヒムに使いを送ろう」

「父上が自ら行かれるべきだと思いますわ」

「私が……いや、それは出来ない」

「兄上が去ったあとの領民たちを安心させる責任が父上にはありますわ」

 ヨアヒムはリリエンベルク公国から外に出し、さらに父マクシミリアンは後方に下げる。リーゼロッテは前線の戦いは自分が行うつもりなのだ。

「リゼ……それでは……」

「負けた時のことを考えているのであれば無駄ですわ。私は父上がこの街に残ろうと残るまいと戦います。負ければ死ぬのは同じですわ。もちろん、負けるつもりでは戦いません」

「そうだとしても父として娘を危険な前線において、自分だけが後方に下がるなど……」

「ただ下がるだけではありませんわ。人々を慰撫するだけでもありません。父上は万一、ここで負けてしまった場合に備えて、次の戦いの準備をしなければなりません」

「次の戦いの準備……」

「父上は勘違いしていますわ。私は別にこの街を守る為だけに命懸けで戦うわけではありませんわ。目的は魔人から公国を守ること。侵攻してきた魔人軍を追い返すまで戦い続けるつもりですわ」

 祖父であるリリエンベルク公爵のように命を捨てて戦うつもりはリーゼロッテにはない。もちろん魔人は命を惜しんで勝てる相手ではないと分かっているが、生きていなければリーゼロッテの目的は果たせないのだ。

「……私でなくても」

「前線で戦うのは私でなくてはなりませんわ。勝つ為の戦いなのです」

 軍事の才能においてマクシミリアンもヨアヒムもリーゼロッテには劣る。これは亡くなったリリエンベルク公爵も、自らも認めるところだ。
 勝つ為に指揮官は誰であるべきかを問われれば、リーゼロッテと答えることになる。

「無理はしないと約束してくれるかい?」

「それは無理だわ。でも命を粗末にするような真似はしないとは約束するわ」

「……分かった。任せる」

 娘の命を惜しんで戦争に勝つ可能性を低くするわけにはいかない。それは領民に対する裏切りだ。最後はマクシミリアンも私情を捨てて、公としての判断を行った。
 リリエンベルク公国内の戦いは新たな展開を迎えようとしている。舞台は少しずつ整ってきたのだ。

 

◆◆◆

 キルシュバオム公国での戦いはユリアーナの、自分だけではなく味方の命も顧みることのない奮戦によってローゼンガルテン王国優位に進んでいる。
 それでも戦いの決着は見えない。魔人軍には一向に引く様子が見られないのだ。
 それどころか徐々にユリアーナの作戦とはいえない強引な戦い方に適応してきている。それをユリアーナが許してしまっているのは強力な魔人のせい。フェンの存在だ。

「もういい加減にしてよ! どうして私の邪魔をするの!?」

「君はたまに馬鹿になるね? 敵だからに決まっている」

「そんなの分かっているわよ!」

 猛攻を仕掛け、もう少しで敵を打ち崩せるという時になるといつもフェンが現れる。ユリアーナはそのフェンに完全に押さえ込まれているのだ。元三大魔将の一人であるフェンと、ユリアーナはほぼ一人で渡り合っているのだから驚いているのはフェンのほうだが。

「しかし君も懲りないね?」

「何が?」

「仲間と一緒であれば私ももう少し苦労することになるだろうに」

 ユリアーナはいつも一人で戦おうとする。たまに魔法で攻撃してくる味方はいるが、中途半端な魔法はフェンにとっては何ら脅威ではない。

「仲間なんていないわ」

「……共に戦う人たちを仲間と思えないのかい?」

 それはフェンも同じだ。かつてとは違い、強い仲間意識は持てないでいる。

「自分の意思で戦っているわけではないわ。それに本当に大切な戦いに向かおうともしない」

「その言い方では私との戦いはどうでも良いみたいだね?」

「そうは言わないわ。貴方も倒すべき敵。でも私はそれ以上にリリエンベルク公国を攻め落とした奴等を許せないの」

 魔人は全て打ち倒さなければならない。ユリアーナはそう思っている。だがその中でも直接的にジグルスの死に関わった、実際は生きているが、魔人への殺意は強いのだ。

「リリエンベルク公国……それは無理じゃないかな?」

「ええ、こうして貴方が邪魔するからね。でももう邪魔はさせない!」

「僕が言いたいのはそういうことじゃない。君は誤解しているね?」

「……何を誤解していると言うのよ?」

 敵の言葉に耳を傾けてしまうユリアーナ。もともと魔人に強い敵意を持って戦っているわけではない。そういう役割だから戦っているのだ。何度も激しい戦いを続け、そうしながらも会話しているフェンには慣れが生まれている。

「ローゼンガルテン王国はリリエンベルク公国を見捨てたのではないよ。わざと差し出したのさ」

「……何を言っているの?」

「分からない? ローゼンガルテン王国には最初からリリエンベルク公国を守るつもりはなかったってこと」

「……嘘よ。私を騙そうとしても無駄よ」

 耳を傾けても、さすがにすぐに鵜呑みにするような真似はしない。フェンの話はそんなことが出来る内容ではないというのもある。

「信じる信じないは君の勝手だ。でもこれは事実。我々はそれを掴んでいて、その上で利用した。罠だと分かっていれば、いくらでも手はあるからね」

「……たとえば?」

「それは我々の作戦を教えろってことだよ? でも……今の状況を考えてみれば良い。ローゼンガルテン王国は罠にかかった我々を捕まえにいけないでいるけど、もしそれが出来たらどうするかな?」

「……分からないわ」

 フェンの話を聞いても、戦略に近いことはユリアーナには分からない。

「では考えてみるが良い。君のほうも、もう今日は戦う気がないだろうからね」

「そんなことないわ」

「ではもう一つ情報を。君の大切な人はおそらくまだ生きている。ただ……かなり危険な状態にあると思うよ。今この瞬間に殺されている可能性だってある」

 前魔王の息子がその存在を知られたのだ。命が狙われるのは当然のこと。フェンはこう思っている。彼の今の立場では魔王ヨルムンガンドの発言やそれを受けて現大魔将軍たちがどう動いているかなど分からないのだ。

「さすがにこれを聞けば戦う気は薄れたよね?」

「…………」

 フェンの言う通り、ユリアーナの心は大いに乱れていて、とても戦うどころではない。
 無言を了承の意味ととらえて、ユリアーナから離れていくフェン。二人の戦いが終われば、それに伴って周囲の争いも徐々に収まっていく。今日の戦いはこれで終わりだ。

 

◆◆◆

 花の騎士団の陣営のあちこちに篝火が焚かれている。夜も更け、見張り担当以外のほとんどの人は天幕の中で休んでいる時間だ。
 ユリアーナも自分の天幕にこもっている。一人ではない。レオポルドも一緒だ。珍しいことではない。情事の機会は一時に比べてかなり増えている。ユリアーナがそれを求めているのだ。

「ねえ、レオポルド」

「な、何かな?」

 仰向けになってぼんやりと宙を見つめていたレオポルドだが、ユリアーナに声を掛けられて我に返った。

「聞きたいことがあるの」

「僕で分かることであれば、何でも聞いて」

「ローゼンガルテン王国はどうしてリリエンベルク公国に軍勢を送らないのかしら?」

 昼間にフェンから聞かされた話。自分で考えても分からないので、ユリアーナはレオポルドに聞くことにしたのだ。

「……どうだろう。王国が何を考えているかまでは僕には分からないよ」

「本当に? 私に隠し事をしようとしていない?」

 レオポルドの顔を上からのぞき込み、まっすぐに目を合わせて、これを言うユリアーナ。

「か、隠し事なんて……」

「じゃあ、教えて。貴方が分かっていることは全て」

「……わ、分かったよ」

 レオポルドにユリアーナへの隠し事なんて出来ない。ユリアーナの能力から彼を守る、実際は守っていたのではなく別の目的での精神作用を受けていただけだが、魔法は解かれているのだ。

「話して」

「……リリエンベルク公国は魔人を大森林地帯から引き出す為の餌だったって話がある」

「……それは誰が言っているの?」

 レオポルドの口から飛び出したのは、フェンの話を裏付ける証言。そうなると情報元が気になる。

「公爵様、僕の実家も同じ考えみたいだ」

「……どうしてそう考えたのか聞いているの?」

「王国の動きが不自然だ。公国に魔人が現れても王国は積極的に軍を動かそうとしなかった。リリエンベルク公国に対してはまったく援軍を送っていない」

「それはなんとなく聞いているわ。根拠はそれだけなの?」

 これについてはすでにユリアーナは知っている。魔人軍があまりに大軍なので、すべてに対応をしきれなかったという王国の言い分も。

「……戦争が始まる前から怪しいところはあったそうだ。王国は魔人との戦いを利用して、公国の力を弱めようとしているって噂があったらしいよ」

「……それは誰が?」

「同じ。公爵様だ。だからキルシュバオム公爵家は僕たちを王国騎士団の一員にした。自国が魔人への生け贄に選ばれない為にね」

「……そういう約束があったってこと?」

 ローゼンガルテン王国とキルシュバオム公国には密約があった。レオポルドの話を聞いて、ユリアーナはそう思った。

「そこまでは……エカードなら知っているかもしれないけど」

「だからエカードはリリエンベルク公国へ向かうことに否定的なのかしら?」

「エカード本人は違うよ。彼はリリエンベルク公国に向かいたいと思っているはずさ。でも王国騎士団が許さない。それは実家も同じ。王国騎士団に手を回してもらおうとしたけど、きっぱりと断られたらしいよ」

 エカードも何もしないでいたわけではない。花の騎士団をリリエンベルク公国に向かわせるように、実家の力を使って働きかけようとしていた。だがその実家まで反対するのだ。キルシュバオム公爵家という後ろ盾がなければ、エカードはただの王国騎士。将にはなっているが、王国どころか騎士団上層部への影響力もない。

「……そう。どうしてキルシュバオム公爵様も反対なのかしら?」

「それは分からないな。ただエカードが心配だから、ということではないね。公爵様はそんな甘い人じゃないし、エカードが……」

「エカードがどうしたの?」

「何か悩んでいる。僕にも何も話してくれないから何を悩んでいるか分からないけど、それだけ重い問題だってことだと思うよ」

「ふうん……」

 エカードは何かを隠している。レオポルドにも話せないそれはどのようなものなのか。知ろうと思えば直接聞くしかない。問題はエカードが話してくれるかだが、それを考えても仕方がない。ユリアーナはエカードに好意など期待していない。誘いに失敗してさらに嫌われたからといって、何も変わらないのだ。

「……ユリアーナ。話はこれくらいで良いかな?」

 ユリアーナの体に手を伸ばしてくるレオポルド。心を支配されている状態では満足感など得られない。何度でも求めたくなるのだ。

「駄目よ。明日も戦いがあるかもしれないわ。ほどほどにしないと」

「でもユリアーナ」

「レオポルド。私も貴方が欲しいわ。でも……私は貴方を失いたくないの。自分の気持ちを優先して貴方に無理をさせて、それで万一何かあったら……私は耐えられないわ」

 心にもないことを言うユリアーナ。だがこれが口だけなんてことはレオポルドには分からない。

「……分かったよ。そうだね。それは君も同じだ。戦いには万全の状態で臨まないと」

「じゃあ、レオポルド。お休みなさい」

「……ああ、お休み」

 挨拶を交わし、名残惜しそうに天幕を出て行くレオポルド。かつては求めたこともあるその態度だが、今は何とも思わない。そんなレオポルドの言葉や仕草も結局は偽物なのだから。

「……ローゼンガルテン王国がリリエンベルク公爵を裏切った。キルシュバオム公爵も怪しいわね。分かっていてそれを知らせなかったのだとすれば、それも裏切りよ」

 フェンの話はまさかの真実。そうだとすれば恨むべき相手は魔人軍だけなのか。ユリアーナは疑問に思う。

「……まだ間に合う……本当に間に合うの……?」

 それが分かったからといってリリエンベルク公国に行けるわけではない。かえってその可能性は低くなった。ではどうすれば良いのか。

「……ストーリーを変えるのよ。変えられるの? でも変えないと……」

 思い付いたのはリリエンベルク公国の滅亡を防ぐこと。ジグルスはリリエンベルク公爵家のリーゼロッテの為に戦っている。その戦いに勝つことで、結果として命が助かるかもしれない。
 だがそれはゲームとは異なるストーリーだ。そんなことが出来るのか。ただ主人公としての役割を果たすことしか出来ないはずの自分に何が出来るのか。
 強く望み、それでいて最初から諦めていたゲームの制約から逃れること。それが出来るのか。出来るとすれば何を行うことで実現するのか。
 考えれば考えるほどユリアーナの心はそれに囚われていく。もともと願っていたこと。それに絶対になんとかしなければならないという強い想いが加わったのだ。可能性が皆無に近くても簡単には諦められなかった。