月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #66 兵団対抗演習

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 猛牛兵団との対抗演習は、銀狼兵団の駐屯地で行われることになった。
 銀狼兵団は駐屯地の外には出さない。こういった理由からだが、グレンたちからすれば移動の手間が省けて幸いだ。対抗演習などなければもっと幸いだが。

「……猛牛兵団との演習。それも今日ですか」

「すまない。まさか、今日まで連絡をしていなかったとは思わなかった」

 シュナイダー将軍から話を聞かされたグレンは不機嫌さを隠さないでいる。調練の邪魔をされた。こう思っているのだ。

「それで演習とはどのように行うのですか?」

「それぞれの後方に旗を立てて、相手の旗を倒した方の勝ちだ」

「どこも同じですか。負傷や死亡の判定は?」

「審判が立つ」

「それも同じ。邪魔ですよね? 審判って。隊列の中に割り込んでくるから本来の動きが出来ません」

「それは仕方がない。真剣でやるわけにはいかないからな」

「それでも怪我をする者が出ると思いますが? その治療は?」

「医師団も連れて来てある」

「回復魔法ではない」

「ウェヌスの様にはいかない。ゼクソンに魔導士部隊などないのだ」

「知っています。ただの嫌味ですから気にしないでください」

「普通、嫌味は気にするものだな」

「今日の調練は潰れ、怪我人が出れば、その兵は他から遅れることになります。嫌味も言いたくなります」

 これもまた嫌味だ。よほど今回の対抗演習がグレンは気に入らないのだ。

「……仕方がない。これは恒例なのだ」

 予想以上の不満げな様子に戸惑いながらも、シュナイダー将軍は、演習の実施については、グレンに受け容れさせようとしている。

「それほど頻繁にやるものなのですか?」

「今は戦時なので、そうでもない。だが通常時はかなりの頻度でやっている」

「やらないよりはやった方が良いとは思いますが……」

 実戦に近い演習の必要性はグレンも認めている。だが、それは今ではない。

「各兵団を競わせる為だ。駐屯地をそれぞれに与えているのも、それが理由だ。日々兵団は自己研鑽に努め、対抗戦でその力を競い合う。そうすることで、競争心が生まれるのだ。先王が考えられた軍の強化策だ」

「……なるほど。無意味ですね」

 その先王が考えた方法をグレンはあっさりと否定した。

「おい!」

「兵団ごとに力の差が出たらどうされるのですか? 実際の戦争では複数兵団を一つにまとめて戦うこともあるはずです。ゼクソンの兵団は、ウェヌス王国の一大隊に過ぎないのですから」

「……それを言うな」

「少しすっきりしました。じゃあ、始めましょうか」

「良いのか?」

「演習ですよね? さっさと終わらせましょう」

「……やはり」

「合図は?」

「陛下が叩く太鼓の合図だ」

「……それ必要ですか?」

「我等には必要なのだ」

「ああ、自分は客将ですからね。想いは違いますね。じゃあ、合図待っていますのでお早くお願いします」

「…………」

 全くやる気を見せないグレンだった。
 分かっていたことだが、シュナイダーとしては少し残念で、肩を落としてゼクソン国王が居る謁見席に戻った。そんなシュナイダーにゼクソン国王が小声で話し掛けた。すぐ近くにいる他の将軍たちを気にしてのことだ。

「どうした?」

「予想通りです」

「やる気なしか」

「調練の邪魔をするな。そんな気持ちを隠そうともしませんでした」

「無駄足だったな」

「それでもわずかに見えるものがあるかもしれません」

「……俺にはそれを見極める力はない」

「分かったことはお知らせいたします」

「頼む。では、始めるか」

 ゼクソン国王は、席を立って太鼓の前に立つと、渡されたバチで二度大きく太鼓を叩いた。それを合図に進軍を開始したのは猛牛兵団。
 兵団の名そのままの、もの凄い勢いで銀狼兵団に向かって行く。

「……いつ見ても思うが、猛牛は兵を選別しているのか?」

 席に戻ったゼクソン国王の問いは、前を進む一際大柄な猛牛兵団の兵を指している。

「それもあるようですが、入団してからも、とにかく食べて体を大きくさせているようです」

「……猛牛だからと言って、それに拘る必要はないだろうに」

「特色というものです。ぶつかります」

 そんな会話をしている間に、前衛の兵士が激突した。

「……耐えましたか」

「そのようだな」

 一回りは大きく見える猛牛兵団の突進に銀狼兵団の前衛も押し込まれることなく耐えて見せた。
 だが、その後が続かない。力任せに剣を振りまわす猛牛兵団の勢いに、わずかずつだが、銀狼兵団は後ろに下がっていった。
 何度か前衛が交替して、元気な兵で勢いを殺そうと試みる銀狼兵団ではあったが、その程度では猛牛兵団の勢いは止まらない。
 少しずつ少しずつ前線が銀狼兵団側に寄っていく。

「……抑えきれません」

「それは俺でも分かる」

「一気にけりをつけるつもりのようです」

「ん?」

「後方の突撃隊が準備を始めました」

 見ると猛牛兵団の後列にいる兵が固まり始めた。前衛よりも更に大柄な兵たちだ。
 それが後方から味方さえ跳ね飛ばすような勢いで、前線に躍り出ていく。
 瞬く間に銀狼兵団の前線のあちこちが押し込まれて隊列を乱していく。空いた隙間には猛牛兵団の突撃部隊が殺到し、更にそれを押し広げた。
 こうなるともう耐えられない。銀狼兵団は陣をずたずたに切り裂かれて、突破を許すことになる。
 旗の近くにいたグレンは突進してくる猛牛兵団の兵を避けるように大きく後ろに下がり、それで勝敗がついた。

「……終わりだな」

「はい」

「……兵団長を呼べ」

「はい。両兵団長を陛下の御前に」

「はっ!」

 シュナイダーの指示を受けて、金獅子兵団所属の騎士が駆けて行く。やがて、グレンとゲイラー将軍がゼクソン国王の前にやってきた。

「……猛牛兵団の勝ちだ」

「当然です。まあ、少しは鍛えているようですが、あれでは実戦では通用しませんな」

 圧勝を演じてゲイラー将軍はご機嫌だ。

「グレン。意見は?」

「特にございません。ご覧になった通りです」

「……あれでウェヌスと戦えるのか?」

「調練中ですから」

「……しかしな」

「我らを舐めているのか? もう少し真面目にやってはどうだ?」

 後ろから言葉は発してきたのはゼークト将軍だった。厳しい目でグレンを睨んでいる。

「……どういう意味だ?」

「グレン殿は全く軍に指示を出しておりません」

「何だと? 本当か!?」

 ゼークト将軍の説明を聞いたゼクソン国王は、すぐにグレンに問い質した。

「指示は出しました」

 それに、あっさりとした答えを返すグレン。

「嘘をつけ! 後方に控えてただ立っていただけではないか!」

 そのグレンの答えを、ゼークト将軍は声を荒らげて否定した。

「班長の指示に従えと指示を出しました」

「それだけであろう!?」

「問題がありますか?」

「対抗演習を馬鹿にしておるのか!」

「まさか。演習ですよね? だから演習したのです。我が軍の班長は経験が浅い。今日はその班長に経験を積ませる為の演習です」

 ゼークト将軍の怒りなど、グレンは何とも感じていない様子で、淡々と答えている。

「……ふざけた真似を」

 最初からグレンに勝つつもりがなかったのだと分かって、ゲイラー将軍はさっきまでの機嫌の良さを吹き飛ばして、歯軋りしている。

「ふざけてはいません。強くなる為に行ったことです。それに自分が指示したからといって、そうは変わりません。ゲイラー将軍の勝ちは揺るがないでしょう」

「……当たり前だ」

「そういう事です。今日は大変良い経験をさせて頂きました。ゲイラー将軍には感謝しております。今日の敗北を知って、我が軍も少しは猛牛兵団に近付こうと、これからは頑張ることでしょう」

「……まあ、そうだな」

 ゲイラー将軍は単純な男だった。だが、グレンにとっては残念なことに、この場には他に九人の将軍がいるのだ。ゲイラー将軍よりはずっと頭が回る男たちが。

「それで良いのですか?」

「はい?」

 問い掛けてきたのは狼牙兵団のランガー将軍だった。

「グレン殿の軍の兵士はウェヌス国軍の元兵士が多数を占めます。今回の敗北で他の軍にウェヌス国軍を軽視する気持ちが生まれないと良いのですが」

「……ランガー将軍は話が分かる方だと思っていたのですが?」

「それは今回のこととは少し話が違います。我らはウェヌス軍と戦うのです。敵を軽視するような事態を私は看過できません。それにグレン殿だって、そのようなことになれば困るでしょう?」

「……確かに」

「では、ウェヌス国軍の本気を見せて頂けますか?」

「……ウェヌス国軍のですね」

「ん?」

 ランガー将軍には、グレンは敢えてウェヌス軍を強調したように聞こえた。

「ゲイラー将軍、もう一度、胸をお借りしてよろしいですか?」

「かまわんが」

「次は勇者の戦い方というのをお見せしましょう。これを使うかは分かりませんが、こういう戦いもあると知ってください」

「あ、ああ。ではもう一戦だな」

「はい。お願いします」

 そしてグレンとゲイラー将軍は自陣に戻っていった。

「勇者の戦いとはどういうものだ?」

「分かりません。我らが知らないからそれを見せるということでしょう」

 ゼクソン国王に問われてもシュナイダー将軍は答えを持っていない。この場にいる誰もが同じだ。

「そうか……では見てみよう」

 そして、二戦目が始まる。
 初戦と同じ形で、勢いよく前線に駆けだしてくる猛牛騎士団。それに対して、銀狼兵団の方は、足を速めることなくゆっくりと前に出て行く。両軍の前衛が激突。先ほどと同じ。銀狼兵団は猛牛騎士団の突進を受け止めてみせた。

「○一○二合! 前!」

 グレンの号令が響く。

「少しはやる気を出したのか?」

「そのようですが、何を言っているのでしょう?」

「一列目と二列目を並べたのだ」

 それに答えたのは後ろにいたゼークト将軍だった。

「並べた?」

「前線の数を倍にして押し込むつもりだな。実際に押し込んでいる」

「……確かに。しかし、持久戦となれば」

「ならない。猛牛兵団の弱点は?」

「……持久力のなさ」

「その通り。大柄なのは良いが、その分長く戦えない。それを見抜いたのか、偶然か」

「…………」

 倍の数を密着させて攻め込む銀狼兵団。手数が倍なのだ。それを防げる程の技量は猛牛兵団の前線の兵士にはない。
 徐々に前線の兵が欠けていった。怪我もしくは死亡判定を受けたのだ。

「○二耐! ○一○三代!」

そして又、グレンの号令が響く。

「今度は何だ?」

「前線の交替だと思います。○一などが恐らく部隊番号。その後ろに続く言葉が命令なのだと思います」

「なるほど。短くて済むな」

「まあ」

「堪え性がないな。部隊と同じ、ゲイラーの弱点だ」

 また後ろからゼークト将軍の声が聞こえる。猛牛兵団の後方では前回と同じく突撃部隊が準備を始めていた。劣勢を一気に覆す、そういう思惑なのだ。

「○五から○七中集!」

「今度は何だ?」

「説明するよりも銀狼兵団の後方をご覧になったほうが」

「……猛牛兵団と同じことをするつもりか?」

 銀狼兵団の後方でも兵が集結を始めている。しかもグレンを先頭にした鋒矢陣だ。

「つまりあれが勇者の戦いです」

「どういうことだ?」

「圧倒的な強者である勇者で問答無用で陣を突っ切るのでしょう」

「……出来るのか?」

「出来るのでしょう」

「そうではない。グレンは勇者と同じことが出来るのか?」

「それは……見てみないと私にも分かりません」

 そして、グレンの突撃が始まった。猛牛兵団の突撃部隊の突進に合わせるように前に出るグレン。両軍の中央が道を空ける為に広がっていく。
 そして謁見席で見る者たちの目に映ったのは、グレンの倍はあるのではないかという巨漢の兵士たちが、次々と弾き飛ばされていく様子だった。

「…………」

 誰もがその様子に呆気に取られて、言葉を失ってしまった。
 猛牛兵団の陣の中央に一本の亀裂が入る。やがて、それを突き抜けたグレンは、旗の前で、これも又、茫然と立ち尽くしているゲイラー将軍を尻目に、旗をゆっくりと押し倒した。
 銀狼兵団の勝ちだ。

「……我が軍であれが出来る者は?」

「全く同じことが出来る者は金獅子にはおりません。恐らく他の兵団にも……」

「そうか……」

 今度はグレンとゲイラー将軍は二人並んで謁見席までやってきた。ゲイラー将軍の方は未だに信じられないという様子で、どこか気の抜けた顔をしていた。

「銀狼兵団の勝ちだな」

「そうなります」

「あれが勇者の戦いなのか?」

「必ずしもそうとは限りません。始めに申し上げた通り、あれくらいはやりかねないということです」

「そうか……」

「一応言っておきますが、勇者はもっと強いです。そのつもりで考えてください」

「本当にそうなのか?」

 ゼクソン国王にとって先ほどの戦闘は、実はグレンが勇者だと言われても納得してしまうほどの衝撃だった。

「勇者ですから。実際に立ち合いで自分は腕を切り落とされました」

「なっ!? ……ふざけるな! 腕はついているではないか!」

「これは聖女の回復魔法のおかげです。なんだか奇跡だとか騒いでいました」

「……そんなに力があるのか?」

 勇者だけでなく、同じように信じられない力を持つ聖女までいる。この事実を知って、ゼクソン国王は動揺を見せている。

「別に勇者の様に戦えるわけではありません。それに死者を生き返らせることも出来ないはずです」

「しかし」

「戦場にも出てきません。あんな力があっても前線にいなければ意味がありません」

 もっとも回復魔法を必要とする前線に結衣は出ようとしない。これをグレンは知っている。

「……まあ、そうだな」

「ではこれでよろしいですか? 一応はお見せしましたが?」

「待て! もう一度だ!」

 ずっと黙り込んでいたゲイラー将軍が、ここで声をあげた。

「はい?」

「これで一勝一敗。次で決着だ」

「……勝敗に拘りますね。でも自分を止めらなければ、同じ結果になりますよ?」

「ちゃんと対策は考えてある。だから、もう一度だ!」

 ゲイラー将軍は、ただ落ち込んでいただけでなく、対応方法を考えていた。こういう点は、グレンも感心出来る。
 だからといって、無条件で言うことを聞くグレンではない。

「……貸しです」

「何だと?」

「これは貸しですから。忘れないでください。それが嫌ならこれで終わり。自分は別にどうでも良いですから」

「……分かった。借りだ」

「では、もう一戦ですね」

「次はどうするつもりだ?」

「分かりません。ゲイラー将軍には策があるようですので、それ次第ですね。つまり、今度こそウェヌス国軍の戦いです」

「そうか。ではもう一戦だ」

 

 そして第三戦が始まる。
 ゲイラー将軍の策はと言えば、最初から見え見えだった。猛牛兵団の陣形は軍を大きく二つに分けての突撃陣形。旗の守りなど捨てた、ただ攻める為の陣形だ。

「あれが策か? 俺でも分かる。二つに分かれての同時突破であろう?」

「そのようです。ですが、それ程悪くないような?」

「そうなのか?」

 シュナイダー将軍の返答にゼクソン国王は後ろを振り返って、ゼークト将軍に問いを向けた。戦術であれば、やはりゼクソン軍でもっとも軍歴が長く実績もあるゼークト将軍が詳しいと今更ながら思ったのだ。

「完全な速さ勝負に見えますが、そうでは無いでしょう。恐らくはどちらか一方はグレン殿の突破の防ぎに入るはずです。軍の半分の犠牲を覚悟しての策だと思います」

「なるほど」

「それに銀狼がどう対応するか?」

 そして両軍が前進を始めた。先手を取ったのは銀狼兵団の方だ。いくつもの小部隊に分かれた銀狼兵団は回り込むようにして、猛牛兵団の側面に食らいついて行く。
 猛進するつもりだった猛牛兵団の勢いは前面にある。側面からの攻撃に見る間に隊列はずたずたに引き裂かれ混戦状態に陥ってしまった。
 それでもひたすら前に進む兵はいるのだが、それは旗の前に陣取るグレン率いる部隊に阻まれて、旗に届くことなく討たれていく。
 それは後続の兵も同じだ。その場に踏みとどまって防戦しようとする猛牛兵団の兵たちは、十名から二十名の小隊単位で攻めてくる銀狼兵団の攻撃にどんどん数を減らしていった。

「……何だ、あれは? どうしてあんな戦いになる!?」

「……分かりません。いくら何でも猛牛兵団が脆すぎる」

 猛牛兵団は完全に足を止められた上に、陣形もボロボロ。群がる銀狼兵団によって、見る見る数を減らされている。

「……群狼」

 ランガー将軍のこの呟きに、周りの将軍たちも呻き声を上げる。

「……どういう意味だ?」

 唯一、意味が分かっていないゼクソン国王が、そのランガー将軍に問い掛けた。

「十名程が一つの単位です。それで猛牛兵団の弱いところを突いています。孤立した兵を追い込んで集団で討ち取っていく。狼の狩りとは、そのようなものではなかったかと」

「銀狼兵団の名に相応しい戦い方か」

「……我が軍も狼の名を冠しているのですが。参考にしたいところです」

「出来るのか?」

「グレン殿に話を聞かなければ何ともお答えできません」

「そうか」

「陛下、演習を止めてあげてください。このままでは猛牛兵団は全滅します。それでは」

「そうだな。分かった」

 席を立ってゼクソン国王は太鼓を叩いた。それを合図として、両軍の兵が手を止めていく。
 第三戦は銀狼兵団の圧勝で終わった。
 そして現れたグレンとゲイラー将軍。ゲイラー将軍のほうは、本当に敗戦したかのように憔悴した様子を見せている。

「銀狼兵団の勝ちだ」

「判定勝ちということですか?」

「そうだ」

「分かりました」

「あれがウェヌス国軍の戦いなのか?」

「……それは微妙です。自分が知るウェヌス国軍では、ああいう戦いを習いません」

「では、お前自身の戦いか?」

「……可能性の問題です」

 少し考えてグレンはこれを口にした。どう話せばゼクソン国王に理解してもらえるかを考える為の間だ。

「可能性?」

「ウェヌス国軍とゼクソン軍の違いは恐らく尉官にあります」

「尉官?」

「もしかして存在もしていないのですか? 小隊長、中隊長のことです」

「……いるのか?」

 ゼクソン国王は問いをシュナイダー将軍に振った。

「いません」

「だそうだ」

「……何故?」

 ゼクソン国王は軍事が得意でないことは何となく分かってはいたが、軍制の知識もないことには少し呆れるグレンだった。これについては口にすることなく、尉官のいない理由を尋ねた。

「ゼークト将軍、答えてやってくれ。俺に知識はない」

「はっ。しかし、何故と言われても、いないものはいないとしか」

「ウェヌス軍とは呼称が違って大隊長が百人を率いていると言うことですね? それは演習の中で存在を確認しました」

「それはいる」

「騎士ですか?」

「そうだ」

「そうか、分かりました」

「何だ?」

「ウェヌス国軍の兵は職業軍人です。ゼクソン国の兵士は?」

「同じだ」

「あれ? 違った」

「どういうことだ?」

「ウェヌス国軍は小隊長、中隊長までは兵士から選出されます。てっきり徴兵された兵士なので、そういうことがないのかと思ったのですが違ったのですね」

「いや、それだ。職業軍人の制度を取ったのは先王の代からだ。それこそウェヌスの真似をしてな。だが、兵士に部隊を任すというところまでは制度は出来ていない。指揮をするのはあくまでも騎士なのだ」

 ゼークト将軍はこう説明したが、制度の採用が遅かったというだけが理由ではない。ウェヌス王国とゼクソン王国では軍の規模が違う。こちらの方が理由としては大きい。

「いない理由は分かりました。それでは話を戻します。ウェヌス国軍の小隊長、中隊長はかなり優秀だと思っています」

「ふむ。それで?」

「小隊長に任せても、あれくらいの動きは軽くします。ただ、自分がいた時の国軍は中隊長にもほとんど権限はないので、それが許されませんでした」

「今は違うと?」

「それが可能性の話です。軍の制度を改革しようと様々な事を検討していましたから」

「……そうか」

「ゼクソン軍には大隊長しかいなくて部隊の行動単位が百人です。しかも、大隊長を討たれれば、統率を行う者がいなくなる。そうなれば数が同数でも圧倒出来ます。つまり、猛牛兵団がどうではなく、ゼクソン軍全体としての弱点です」

 大隊長を狙い討ってしまえば、その大隊は別の大隊の指揮下に入るまでは混乱する。その混乱から立ち直る余裕を与えずに攻め続ける。これが今回、銀狼兵団が採った戦法だ。

「そうなるな……」

「数の差はやはり大きいですね。ウェヌスでの中隊長がゼクソンでは大隊長。しかも兵と騎士の違いまである。それは関係ないか。ただ尉官の有無は部隊行動に影響します。それはちょっと不利ですね」

「では、どうすれば良いと?」

「それは自分が考えることではありません。ただ答えは一つです」

「何だ?」

「育てれば良い」

 いないのであれば、新たに尉官を置いて、それを育てれば良い。当たり前の答えをグレンは口にする。

「それはそうだ。だが、どうやって?」

「最初にやりましたけど?」

「何?」

「最初に自分は具体的な戦術は示すことなく、自身の判断で動けとだけ指示しました。それは小隊長、中隊長を育てる為です。まあ今回は中隊長が主でしたが」

 グレンが一戦目で行ったことだ。そして、このやり方をゼークト将軍は強い口調で非難した。

「……そうか」

「だから演習だと言ったのです。少しは怒鳴ったことを反省して頂けましたか?」

「……すまん。確かにこちらに非がある」

「変な誤解が残らなくて良かったです。では、これで今度こそ終わりですね」

「そうなると思うが」

 それを決めるのはゼークト将軍ではない。決めるべき人、ゼクソン国王にゼークト将軍は視線を向ける。

「終わりだ。だが、勝った兵団には褒美を与えることになっている。何か希望はあるか?」

 その視線を受けたゼクソン国王は、演習の終わりを告げた上で、褒美は何が良いかグレンに尋ねる。

「何でもよろしいのですか?」

「……叶えられるものであればだ」

「では任務を」

「何?」

「盗賊とかいませんか? 初めは小規模が良いですね。それから徐々に人数を増やして、凶悪な部類にしていきたいところです」

「つまり?」

「調練です。実戦形式の」

 ウェヌス国軍でも行っていたことだ。銀狼兵団には実戦経験の、人を殺したことのない兵士がいる。この実戦はいつか行わなければならないとグレンは思っていた。

「……駐屯地を出ることになるな」

「心配であれば監視でも何でもどうぞ。それに盗賊の規模に合わせて必要な数しか出しません」

「どうしても必要なのか?」

「人を殺した経験のない兵士が戦争で役立ちますか? まずは盗賊退治で人殺しの経験を積ませる。これが普通です」

「……そういうものなのだな?」

「はい。そういうものです」

「……良いだろう。あまり遠出は許可出来んが、周辺でそういう話があれば回してやる」

「その方がありがたいです。少なくとも行きの行軍の間は調練を緩めなければなりませんから」

「……そういうものなのか?」

「はい?」

「任務中も調練を行うものなのかと聞いている」

「当然です。調練は継続することに意味があるのです。一日二日であれば休養ですが、三日を越えれば、それを取り戻すのに三日かかります」

「……分かった」

 後ろでは将軍たちが、何度も首を横に振っているのだが、それにゼクソン国王が気付くことはなかった。
 それから何日か経った後から、銀狼兵団は盗賊任務という実戦調練を始めることになった。