月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

勇者の影で生まれた英雄 #67 誘惑

異世界ファンタジー小説 勇者の影で生まれた英雄

 兵団対抗演習の後、グレンは何かと王都に呼び出されることになった。名目は様々だ。 討伐任務の結果報告であったり、調練状況の報告であったり、ウェヌス国軍の軍制の他将への説明といったものもあった。
 何であってもグレンにとっては迷惑この上ない。今優先すべきことは自軍の調練。それしか考えていないと言っても良い。
 ただ今回は違う。グレンも喜んで王都に来ていた。ウェヌス王国の最新情報の報告。それが呼び出された理由だった。
 いつもの様に将軍が集まった会議室。
 報告に立ったのは、グレンも知るゼクソンの諜報部門の男だ。

「ウェヌス軍にいよいよ動きがありました」

「攻めてくるのだな?」

 ゼークト将軍は当たり前の問いを口にする。いよいよと聞いて、ゼークト将軍も気が逸っているのだ。

「はい。軍にその指示が出たことが確認出来ました」

 将軍たちからも唸り声が漏れる。戦争の実感がそれぞれの胸に湧いてきていた。

「矛先は間違いなく我が国か?」

「はい。まず間違いありません」

「そうか。侵攻軍の規模はどの程度なのだ?」

「それはまだ判明しておりません。ただ勇者直轄軍が動員されるのは間違いないと思われます」

「そうだろうな。理由を聞いておこうか」

 勇者直轄軍が参加しないはずがない。分かりきっている情報だが、ゼクソン国王は一応詳しい話を聞くことにした。

「駐屯地のトキオ、駐屯地は名称をセンテストからトキオに変えております。そのトキオは実は諜報への備えが甘いです」

「そうなのか?」

「駐屯地内の酒場でただ座っているだけで、結構な情報が入手出来ます」

「いや、その様に簡単に駐屯地に入れることがまず驚きなのだが」

 ゼクソン王国の駐屯地はそうではない。人の出入りはかなり制限をかけている。

「駐屯地であっても街であることに変わりはありません。商人などの出入りも多くあります。そして何よりも駐屯地内での工事などの為に作業者を相変わらず募集しております。それに紛れ込むのは簡単です」

 諜報を試みる側からみて、実に隙だらけの状況だ。

「こちらとしては良い状況ではあるが。それが罠という可能性はないのか?」

 あまりの隙にゼークト将軍は逆に罠を疑っている。

「偽情報をわざと流してですか?」

「そうだ」

「その可能性はなくはありません。しかしかなり少ないと判断致しました」

「理由を聞こう」

「色々ありますが、一番の理由は勇者が出陣式の実施を公示したことです」

「待て。そこまで準備が整っているのか?」

 出陣式を実施すれば、すぐその日に出陣だ。考えていたのと異なる状況に焦るゼークト将軍だったが。

「いえ。出陣式は一月後です」

「なっ?」

 ウェヌス王国の計画が、常識とは異なる状況だった。

「そうなのです。公示は今から二か月前になされております。駐屯地内だけでなく、周辺の街にも公示されております」

「……こちらを油断させる罠では?」

 他の報告など無用なくらいに、明確な出陣の、それも出陣日まで予測出来る情報。わざわざ敵国に伝える情報ではない。

「しかし、勇者直轄軍は少なくとも一月前までは出陣しておりません。その後も、そういった情報は届いておりません。情報が届くまでに時間差はあるにしても」

「そうだな。つまり我が軍を舐めているのだ。準備万端整えて待ち構えていろというのだな」

 今回はゼクソン王国側もウェヌス王国が攻めてくると知っており、それに対する備えも行っている。それが分かってのウェヌス王国の行動かもしれない。そうであっても、やはり舐められているという思いは消えない。

「……何も考えていないだけではないでしょうか?」

 憤慨気味のゼークト将軍に諜報部門の男が、意外な言葉を告げてきた。

「何?」

「以前、グレン殿に勇者の為人を聞かせて頂きました。一番の特徴は自己顕示欲が強いということのようです。今回の件はそれに合致いたします」

「そうなのか?」

 グレンの名が出たことで、ゼークト将軍は問いを本人に向けてきた。

「はい。恐らくは出陣式の様子を多くの人に見てもらいたいのでしょう。その為に、周辺の街から人が集まる期間を必要とした」

「そうか」

「ただ舐めているのも事実です。自分は絶対に負けない。そう思っているのです」

 これは間違いなく事実だ。グレンも否定するつもりはない。

「……ふざけおって」

「お怒りは後で。報告を続けてください」

 グレンは諜報部門の男に先の報告を促した。

「はい。勇者直轄軍の出陣は式の当日と考えると、国境に到達するのは三か月後と予想されます。但し、これは勇者直轄軍に限っての話です。ウェヌス王国騎士団、国軍の出兵時期は現時点では不明です」

「ずれる可能性があるのだな?」

「はい。グレン殿の予想通り、勇者直轄軍とウェヌス騎士団の間の溝は深まっております」

「自分の名は不要です」

 自分の名を出すことにグレンが文句を言って来た。

「しかし」

「不要です」

「……はい。予想通り、直轄軍と騎士団の関係は悪化しております。そして出兵時期を明かす今回の行動は、さらにウェヌス騎士団の反感を買っていると思われます」

 リスクを負うのは勇者直轄軍だけではなく、騎士団もだ。勇者直轄軍の行動は許せるものではない。

「別行動を取ると言うのか?」

「そこまでは断言出来ません。ただ軍事的にいって、ウェヌス騎士団側は出兵を急ぐのではないでしょうか? 現時点で既に出兵しているとしても疑問には思いません」

「確かにそうだ。しかし全軍は出せないだろう。どれくらいが先行してくるか。それと勇者の軍が到着する前に国境を越えてくるか」

「先行すると国境を越えるのは同じです。それでないと先行する意味がありません」
 
 先行しておいて国境で待機するはまず有り得ない。ウェヌス王国は間違いなく国境を越えてくるはずだ。

「……そうだな。では問題は出兵数か。前回と同数だとすれば、一万数千か」

「恐らくは」

 前回と同じというより、勇者直轄軍を除けば、ウェヌス王国軍は第一軍と第二軍の二万。全軍を出撃させるとは思えないので、一万という数になる。

「先行する軍だけで我が軍を上回っている。それは分かっていたことか。まずは、それを迎え撃つことだな」

「後はウェヌス辺境軍と地方軍ですが」

「動くのか!?」

 ウェヌス王国の辺境軍と地方軍が動くとなると数の見積もりの前提が違ってくる。当然、ゼクソン王国にとって悪い方向にだ。

「地方軍は動きません。ただ辺境軍は動く可能性があります」

「……五千増えるか」

「後備だと思われます」

「何故、そう言える」

「非公式での動きですから」

「何?」

「ウェヌス辺境軍は正式な命令がない状況で軍を動かそうとしております」

「……何故? いや、よくそれを掴めたな」

 命令もなしに辺境軍が動く。それはあり得ない話だ。そして、その有り得ない話を掴んだ諜報部にゼークト将軍は驚いている。

「グレン殿がトルーマン前元帥とゴードン前大将軍の動向を見張っておけと申されましたので」

「……だから自分の名は」

 また自分の名が出たことにグレンは文句を言ってくる。

「しかし」

 諜報部門の男としては、グレンの指示であることを隠すのは、人の手柄を横取りしているようで嫌なのだ。

「そんなことはどうでも良い。それはどういうことだ?」

 ゼークト将軍にとっては言葉にした通り、どうでも良いことだ。

「両人は退役したと言っても、影響力はまだ残っております。そして、勇者のやり方に苦々しい思いをしているのは間違いありません。勇者の邪魔というより、勇者の馬鹿な行動でウェヌスが再度負けることにならないように、何らかの手を打つと考えました。そして、その結果が辺境師団の動きだと」

「……退役した者の言うことを聞いて軍を動かすのか?」

 事情は聞いても、やはりゼークト将軍には理解出来なかった。当然だ。軍としてあってはならないことだ。

「ウェヌス辺境師団の師団長はかなりの権限を保有しております。少しくらい軍を動かしても、それを責められることはありません。ただ他国への侵攻となると管轄外です。ですから後備だと。実際は国境を少し越えてくるとは思います。前回の様にならないように退路を確保する為でしょう」

「……お前ら二人、さては示し合わせているな?」

 ようやくゼークト将軍も諜報部門の動きの怪しさに気が付いた。

「まさか。諜報部門は国王陛下の直轄。先に情報を教えるなどあり得ません」

 ゼークト将軍の言葉をすぐにグレンは否定した。

「陛下に報告した後でならば」

「皆さんを差し置いて客将の自分にですか? それもあり得ません」

 認めるはずがない。たとえそれがゼクソン国王の許したことであっても。そうだからこそ、認めるわけにはいかないのだが。

「……まあ良い。つまり分かったことは、先行するウェヌス軍は全軍が後備の憂いなく前に進めるということだな」

「そうなります」

「ウェヌス騎士団が先行しているという前提で、しかも既に進発していると考えると、早くて一か月後か。もう我が軍も出なければならないな。陛下」

「うむ。ゼクソン軍全兵団へ出撃を命ずる。集結地は、猛牛兵団の駐屯地であるカウ。総大将は俺だ」

「「「なっ!?」」」

 威勢の良い声が響くはずが、将軍たちの口から出たのは驚きの言葉だった。

「何だ? 全軍の出撃だ。国王である俺が総大将になるのが当然だろう?」

「そうですが……」

 ゼクソン国王には軍事の才はない。これはこの場にいる全員が知っている。

「実際の指揮についてはハインツに任せる」

 ゼクソン国王も分かっている。指揮はシュナイダー将軍がとると説明したのだが。

「シュナイダー将軍ですか……」

 いかにも不満という様子でグレンが小さく呟いた。これはかなり思い切った反応だ。シュナイダー将軍が怒りだしてもおかしくない。

「……不服か?」

 グレンにとって幸いというべきか、シュナイダー将軍は何も言ってくることなく、ゼクソン国王が問い掛けてきた。

「ゼークト将軍では駄目なのですか?」

「ハインツは国王直卒の金獅子師団の将軍だ。あらためて任命するまでもなくハインツが全軍の指揮を執る」

「……どの兵団の将かは関係ありません。重要なのは全軍の指揮をとるに相応しい将軍は誰かということです」

 グレンは、それはゼークト将軍だと言っている。

「国王である俺の決定だ。客将とはいえ、それに従うのが筋ではないのか?」

 だがゼクソン国王はそれを受け入れない。シュナイダー将軍の立場というものもあるのだ。

「……分かりました。その代わり」

「何だ?」

「我が軍に行動の自由をお許しください」

 シュナイダー将軍が総指揮官であることを受け入れる代わりに、グレンは自軍の行動の自由を求めた。

「何だと?」

「遊撃軍として我が軍が独自の判断で行動することをお許しください」

 総指揮官を認める代わりに条件を出すなど、よく考えればおかしな話だ。

「……ハインツの指揮に従えないと言うのか?」

 だが、ゼクソン国王はそれに気付いていない。

「いえ。基本戦術を無視するつもりはありません。それに基づいて、必要な行動を取るということです」

「そんなことを許せるか!?」

「特別なことではないはずですが?」

「……何?」

「そういう部隊は当たり前にあるはずです。違いますか? ゼークト将軍」

 グレンはゼークト将軍に同意を求める。初めからこのつもりだったのだ。

「私に振るな。しかし、事実です。遊撃部隊は戦況に合わせて行動する軍です。いちいち本営の指示を仰いでいては行動が遅れます」

 嫌そうな顔をしながらも、ゼークト将軍はグレンを指示した。

「……では許す」

「ありがとうございます」

「他にあるか?」

「「「…………」」」

 答えるものは誰もいない。

「ではすぐに準備にかかれ! ウェヌス軍を粉々に打ち砕くのだ!」

「「「おおっ!!」」」

 今度こそ将軍たちは、出陣の命に応えるにふさわしい雄叫びをあげた。

「……グレン」

「はい?」

「妹が話をしたいそうだ」

「……出陣の準備が」

 小さな抵抗をみせるグレン。

「短い時間だ。問題ない」

「……もう何度かお話ししましたけど?」

 グレンの抵抗は終わらない。実際に城に呼ばれる度に、グレンはヴィクトリアに会っている。

「王族である妹が話したいと言っているのだ。素直に従え」

「……はい」

 これを言われるとグレンも拒否出来ない。いつものことだ。

 

◆◆◆

 会議室を出たグレンは案内を受けることもなく、城内にある小部屋に向かった。王都に呼び出される度に、こうしてヴィクトリアと話すことになっているのだ。
 もう勝手知ったるといった感じだ。
 部屋に着いて、中に入る。ヴィクトリアが遅れて来るのはいつものことだ。それをぼんやりと待つほどグレンは暇じゃない。いよいよとなったウェヌス王国との戦いに考えを巡らせていた。
 しばらく、そうしていると扉を開ける音がして、ヴィクトリアが現れた。

「ごめんなさい。お忙しいのに時間を取って頂いて」

「そうですね」

「…………」

 グレンの本音を聞かされて、ヴィクトリアの表情が曇る。

「あっ、間違えました。いえいえ、王女殿下とのお時間を過ごせるのです。光栄であります」

「…………」

 明らかな嘘を聞かされて、さらに表情が曇る。

「これも違いましたか?」

「いえ、合っています。でも言い直されたのでは嘘であるのが明らかです」

「お愛想とはそういうものではないですか?」

 嘘であることを堂々と認めた上に、それが悪いことではないとも言っている。

「……グレン殿は時々、そうやって真っ直ぐに本音を口に出されるのね?」

「そうですね。そういう時はたいてい他のことに頭が向いている時です」

「…………」

 つまり、ヴィクトリアのことは今、グレンの頭にない。

「えっ? 間違えました?」

「いえ……今は何に頭が向いているのですか?」

「戦争です」

「そうですね……ごめんなさい。当たり前ですよね」

「まあ」

 ヴィクトリアが文句を言える状況ではなかった。今さっき、出陣の命は下った。すでに戦時中なのだ。

「我が国は勝てるのでしょうか?」

「それは断言出来ません。相手の方が軍勢の数は多いのですから」

「そうね。勝てる確率……こんなことも言えないわね」

「心配ですか?」

「それはそうです。国が亡ぶかもしれないのですから」

 今度の戦いはウェヌス王国にとっては復讐戦だ。容赦のない戦いをしてくると分かってる。

「それを防ぐ方法がないわけではありませんけど?」

「えっ?」

「ウェヌス王国に臣従すれば宜しいのです。それにヴィクトリア殿下のウェヌスへの輿入れを絡めれば、うまくいく確率は一層あがります」

「……ひどいのね」

 グレンはヴィクトリアに人質になれと言っている。言われる本人は気分が良いものではない。

「人質扱いは嫌ですか?」

「もちろんです」

「しかし、ヴィクトリア殿下は王族です。そういった覚悟も必要ではないですか?」

 王族であれば政略結婚のほうが当たり前だ。そして幼いころから持つべき心得を教えられている。少なくともメアリー王女はそうだったとグレンは知っている。

「……そうかもしれません。でも私は」

「では仕方ありませんね。もっとも、それをされては自分が困りますので、良かったです」

「勝つつもりでいるのね?」

「当然です。負けるつもりで戦って勝てるはずがありませんし、負けるのであれば勝てる準備が整うまで我慢するべきです」

「それをこの国は出来なかったというのね?」

「負けることを前提に話されているように聞こえますが?」

「あっ、そうではないのよ。でも準備が充分とは思えなくて」

「そうですね。これまで話を聞いた限りでは、いきなり戦争の勝利を目指して突き進んだように思えます。戦争は戦う前にやるべきことがあると思います。それをしてきたようには思えません」

 軍事力の強化。ただひたすらにゼクソン王国はこれを推し進めてきた。だが、グレンはゼクソン王国のやり方が正しかったと思っていない。

「前から思っていたの。グレン殿は、どこでそういった知識を身に付けたのですか? ご両親はそういった教育もされていたの?」

「いえ。勉強したのは国軍で小隊長になってからです。始めは戦い方について本を読んでいたのですが、それを読み終わったので違うものをと興味のある本を色々と読みました。その後は、ウェヌス城内の本も一部閲覧出来るようになりましたので、時間が許す限り、読み漁りました」

「…………」

「何か?」

「本を読んだだけで?」

「読んだだけといえばそうなりますが、それを実際にどう活かすのかはいつも考えています」

 ただ読んだだけでなく、グレンの場合は様々な事柄を考えて、それを考える上で必要な本を読んでいるつもりだ。沢山の本を読んでいるのは、それだけ様々なことを考えているということだ。

「それでも考えるだけだなんて」

「自分に必要と思われる知識だけです。それ以外は全て捨てていると言っても良いです。ですから、こんなことも知らないのかというのが沢山あります」

「そう。そうよね」

 どこかホッとした様子を見せるヴィクトリア殿下。それをさりげなくグレンは観察していた。

「今回の戦いを勝てたとして、次はどうすれば良いのですか?」

「……自分の都合を言わせて頂ければ、次の戦いへの準備を進めるべきです。これは軍事ではなく、謀略の類も含めてです」

 正面からただ戦うだけではウェヌス王国には勝てない。グレンでなくても、これは分かることだ。

「それでウェヌスを滅ぼすことが出来るの?」

「さあ? ウェヌスとゼクソンの国力の差は大きい。そう簡単にはいかないと思います」

「ではグレン殿の都合を無視したら?」

「……今回の戦いでウェヌスにもうゼクソンとは戦うべきではないと思わせる何かを得ることです。そこで講和を申し入れる。条件は何を得たか次第です」

「そうよね……」

 グレンの答えは交渉を有利に進めるためのもの。それにヴィクトリアは納得している。

「やはり、ゼクソン王国は最後までウェヌスと戦うつもりはないのですね?」

「……それは兄が決めることです」

「そうですか? 国王陛下とヴィクトリア殿下はかなり細かい事まで話をされているようです。ヴィクトリア殿下のお気持ちは国王陛下の意向を反映しているものと思えます」

「……仮にそうだとしたら?」

「別に。国王陛下とのお約束通りにするだけです」

「この国を去るのですね」

「そうなります」

 グレンはウェヌス王国と戦うためだけにゼクソン王国にいる。それが出来なくなれば去るだけだ。これは何度もゼクソン国王と話している。

「ずっと側にいてもらえませんか?」

「国王陛下とはそういうお約束をしております。それを違えることは一国の王として、どうかと思いますが?」

「そうではなく、私の為に側にいて頂けませんか?」

「……どういう意味ですか?」

 なんとなく状況が怪しくなってきた。その気配をグレンは敏感に感じた。ヴィクトリアの台詞は敏感でなくても感じるが。つまり鈍感なのだ。

「こんなことをお話するのは、はしたないことだと分かっています。それでも私はグレン殿にこの国を去って欲しくないのです」

「……ちょっと意味が」

 普通は分かる。

「お慕い申し上げております」

「……そう来ましたか」

 ここまで直截的な言葉を言われて、ようやくグレンは理解した。

「素直な気持ちを申し上げました。私はグレン殿にお側にいて欲しいのです。兄の許しを貰えれば、グレン殿の妻にとも思っております」

「ですが国王陛下のお許しは出ない。そういうことですね?」

「……信じて頂けないのですか?」

「はい。信じられません」

「どうして? 恥を忍んで、気持ちを打ち明けているのに」

「本心とは思えないからです。ヴィクトリア殿下はいつも自分の反応を窺いながら話をされています。今もそうです。告白とはそんな風に冷静に行えるものなのでしょうか?」

 意外に敏感?なグレンだった。

「それは……私は王族で、本当はこんなことを言うのは。だから、躊躇いがあって」

「違うと思います」

 ヴィクトリアの言い訳もグレンはあっさりと否定する。

「どうして?」

「……これはあまり言いたくないのですが、以前、同じように好きな振りをする方がいました。恋愛に憧れて、とりあえず問題にならなさそうな自分を相手に選んだのです」

「……それが?」

「その方と同じに見えます。つまり演技です」

 メアリー王女と同じ雰囲気をグレンはヴィクトリアに見ていた。

「そんな事はありません!」

「ですが」

「信じてください!」

「ヴィクトリア殿下はこれから戦争に出ようという自分のことを心配していません」

「…………」

 そして、別の時にメアリー王女が感じさせてくれた想いを、ヴィクトリアはグレンに与えなかった。

「その方は何故かこんな自分を本気で好きになってくれたようで。自分が戦争に出ると決まった後、勝つことよりも生き残ることを望んでくれました。でもヴィクトリア殿下はそうではない。心配は戦争に勝てるかとその後のことだけです」

「……私は王族だから、国のことを考えないわけには」

「……その方も王族です」

「えっ!?」

 王族であるメアリー王女が王族としての立場よりも、グレンへの想いを優先した。だからこそ、グレンの心に響いたのだ。

「誰か分かっても公言はご容赦ください。まあ、誰も信じないでしょうけど」

「ウェヌスの」

「さあ?」

「……そう」

「それでなくても自分には大切な人がいます。その人を放り出して、他の女性に気持ちを向けることはありません」

「……側妻でも」

「粘りますね。自分はそんな身分ではありません。そして、全てを自分に与えてくれるその人を側妻になどする気はありません」

 ヴィクトリアへの想いがローズへのそれと並ぶことは決してない。ヴィクトリアとローズのグレンへの想いには雲泥の差があるからだ。

「全てなんて……」

「自分にそう思わせるだけの想いを向けてくれているのです。ヴィクトリア殿下に同じことが出来ますか? 例えば、今この場で自分に抱かれる覚悟がおありですか?」

「…………」

 グレンの言葉にヴィクトリアは身を固くして、黙り込んでしまった。

「無理ですよね? 別に抱きたいというわけではありませんので。それと不敬もご容赦ください。あまりにもヴィクトリア殿下が騙すことを諦めないので、こんな極端な例えをあげただけです」

「そう……」

 最初からお見通し。ここまで簡単に見破られるとはヴィクトリアも思っていなかった。こう思うことが、そもそも甘いのだ。

「このようなことは無駄です。自分がゼクソンに残るか去るかはあくまでも戦いの結果次第です」

「そうね」

「お話は以上ですか? そうであれば自分は戦場に向かいます」

「……気を付けて」

「その言葉はもっと早くに口に出すべきでした。では、行って参ります」