グレンはローズたちを連れてゼクソンの王都に辿り着いた。
同行したのは三十名。信頼出来る者だけを厳選した結果だ。グレンとローズを入れて総勢三十二名の一行は、王都に入るとすぐに丸々借り上げられた宿屋に案内された。
それだけの人数で戻ってきたことをゼクソン王国はすでに知っていたのだ。
このことに驚きはない。隠れることなく、堂々と王都までやって来たのだ。逆にこれくらいのことを確認していなかったとしたら、それの方がグレンには驚きだ。
ただグレンが意外に思ったのは、結局、三晩を何の指示をされるでもなく宿屋で過ごしたこと。ゼクソン国王はもっと行動が迅速だと思っていたのだ。
ようやく城への参内を促す使者が来て、それに連れられて謁見の場に出たグレン。
すぐに待たされた理由が分かった。
通された場所は国王との謁見を行う公式の場なのだろう。最初に会った部屋とは異なり、豪華な装飾が施された大広間だった。
それとは不似合いな薄汚れた防具に身を固めた、粗野な雰囲気を漂わせた男たち。それが、両脇に並ぶいかにも王国の重臣という人たちの中に紛れ込んでいた。
見知った顔もあったが、グレンはそれに長く視線を留めることなく、ゼクソン国王の前に進み出た。
久しぶりに見るゼクソン国王は相変わらず眉間にシワを寄せて不機嫌そうにしている。
それに構うことなく、グレンは先に口を開いた。
「お久しぶりでございます。国王陛下」
「……元気そうだな?」
「体調は悪くありません」
「お前は妹の死を確認しにウェヌス王都へ行ったのだったな?」
「はい」
当たり前のことをわざわざ聞いてくるゼクソン国王を不思議に思うグレンだったが。
「その帰りは女連れか。思っていたよりもお前の妹を思う気持ちは軽かったようだ」
この嫌味を言うための前振りだったのだと、すぐに分かった。
「家族のような人がいる。家族は三人だと申し上げたと思いますが?」
ローズの存在は話をしている。ゼクソン国王の嫌味に全く悪びれることなくグレンは答えた。
「……そうだったな」
グレンに言われてゼクソン国王も思い出したようだ。
「連れてきたのは、そのもう一人です」
「……他の者は?」
「その仲間でございます。今は自分にとっても協力者です」
「ふむ……まあ、それは良いだろう。それで肝心の真実はどうだった?」
他の同行者については特に何も言うことはない。ゼクソン国王は本題に入ることにした。
「事実でした。妹は亡くなっておりました」
「そうか……それで?」
「勇者を殺すことに決めました」
「ウェヌスを滅ぼすのではなかったか?」
グレンの台詞はゼクソン王国を発つ時と変わっている。ゼクソン国王としては、望ましい変化ではない。
「今や勇者はウェヌス王国軍の頂点におります。勇者を討つということはウェヌス王国軍を討つということです。確かに国を滅ぼすよりは落ちますが、似たようなものではありませんか?」
「……そうだな。では、俺に仕えるのだな」
「決めておりません」
「何だと?」
「戻るという約束はしましたが、仕えるという約束をした覚えはございません」
これは発つ時と変わっていない。
「……そうだったが戻って、それでどうするつもりなのだ?」
勇者が目標であろうとウェヌス王国軍と戦うことに違いはない。自分に仕えないでそれが出来るはずがないとゼクソン国王は思っている。
「仕えるかどうかを決めようと思っております」
「俺は今、仕えろと言った。それを受け入れなかったということは仕える気はないということか?」
「まだ決めていません。まずはお聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「ウェヌスを滅ぼすおつもりはありますか?」
「それは……」
グレンの問いにゼクソン国王は答えることが出来ない。グレンが望む答えにならないと分かっているのだ。
「滅ぼすは言い過ぎですか。ウェヌス領に侵攻して、ウェヌス軍十万と戦うおつもりはございますか?」
「…………」
この問いにも答えられない。これが出来る力がゼクソン王国にあれば、とっくに侵攻している。
「お答え出来ませんか。では仕えることは出来ません」
「貴様! 陛下に向って無礼であろう!」
横に並んでいた臣下の一人が怒鳴ってきた。だが、それにグレンは見向きもせず、じっとゼクソン国王を見つめたままで、また口を開いた。
「このお話もした上で自分はウェヌスに向っております。覚えておられますね?」
「……覚えている。だが協力はすると」
「はい。それはさせて頂きます。ウェヌスがこの国に攻めてくるのは間違いございません。それを追い払うまではご協力をお約束します」
「その先は?」
「今は何も言えません。その先も協力させて頂くかもしれませんし、そこで止めるかもしれません。それはゼクソン王国次第です」
「我が国次第だと?」
「その時になれば分かります。そして、今はそれについて話しても無駄です」
「……良いだろう。しかし、どう協力するのだ」
全てに納得出来たわけではないが、とにかくグレンは協力すると言った。これで今は満足するべきとゼクソン国王は話を進めることにした。
「それについては一つお願いが」
「言ってみろ」
「自分を客将にして頂けませんか? 自分は元々ウェヌスでも客将でございます。ウェヌス軍に軍籍はございません。ウェヌスはどう思っていたか知りませんが、軍人として仕えているつもりはありませんでした」
「しかし、お前は実際に兵を率いて戦ったではないか?」
「兵を率いたのは、それを頼まれたから。それを引き受けても良いと思ったからです」
あくまでも個人としてそれを受けたのだとグレンは言っている。
「……つまり今と同じだと言うのだな」
「はい」
ゼクソン王国に所属するわけではない。個人的にウェヌス王国と戦う必要があり、それを実現出来るのがゼクソン王国であるから客将として戦うのだ。
「……良いだろう。お前を客将とする」
「ちょっと待った!」
ゼクソン国王の言葉を制する声があがる。臣下からではない。場違いな男たちの一人からだ。
「……何だ?」
「ヴィクトル王、勝手に話を進めないでもらえるか。まずはこちらが話してからという約束だったはず」
「……そうだったかな」
そうであったに決まっている。そうでなければ彼らがここにいる理由がない。
「自分には話はありません。以上、終わり。では自分は客将という……」
グレンには話す理由がない。話すつもりもない。
「坊、それはないだろう?」
男の口調はグレンに対してやけに馴れ馴れしいものだった。その理由は分かっていても、グレンは表情を改めることはしない。冷たい目で男を睨みつけたまま、これもまた冷たい口調で言葉を返した。
「自分は坊などと呼ばれる年齢ではありません」
「仕方ないだろう。俺の記憶ではまだ坊は子供で」
「今は大人です」
「つれないな。小さい頃は何度も遊んでやっただろう?」
「遊んであげたのは自分のほうです」
「何?」
「強面の厳ついおっさんに遊んでやるから来い、と言われて逆らえる子供がいますか? 内心では泣きそうなくらいに怯えていたのに、楽しい振りをしていたのです」
「そんな……」
グレンの言葉に男はかなりショックを受けた様子だ。
「ああ、そういう点では一つだけ感謝しています」
「おっ」
「お陰で子供ながらに内心を隠す作り笑いというものを身に付けました。結構、役に立つのでそれには感謝しています」
さらにグレンは男を突き放すような話をする。
「……いい加減にしろ!」
さすがに男も我慢が出来なくなったようで、怒鳴り声をあげてきた。
「それはこちらの台詞です。昔話を持ちだして何をしたいのですか? そんな話をしていないで、さっさと本題に入って下さい」
「分かっているだろう!? うちの傭兵団に入れ!」
男は銀鷹傭兵団。それもグレンにとって昔馴染みの男だ。
「お断りします」
男の頼みをあっさりとグレンは断った。
「何故だ!? 元々はお前の親父が作った傭兵団だぞ!」
「自分は父親が何をしているかなど何も知りませんでした。ですから、それを言われても何とも思いません」
父親の話を出されても、グレンの気持ちは揺るがない。
「ゆくゆくはお前を団長にと思っている」
「自分はそれを望んでいません」
団長なんて立場に全く魅力を感じていない。
「ウェヌスを倒すという目的は同じだ」
「目的が同じだからといって、それが何なのですか? それにそれであればゼクソン王国に仕えても良いはずです。ウェヌスと戦うということに違いはない」
とにかくグレンは銀鷹傭兵団に入るつもりは一切ない。何を言われても拒否するだけだ。
「……どうしてそこまで拒否する? 言いたくはないが、少しは恩を返そうとは思わないのか?」
「恩……自分は何か恩を受けましたか?」
「お前は気がついていないかもしれないが、うちの団はずっとお前を見守っていたのだ」
恩を売ったつもりだが、これはグレンに対して逆効果だ。それが男には分からない。
「王都に同行した。王都で宿を紹介した。そこは団の拠点でもある宿屋で団の関係者がずっと一緒だった。そちらが言う恩というのはこれ以外にありますか?」
「……俺が知るのはそれくらいだ」
知らないと思っていた事実をグレンは全て知っていた。これに男は驚いている。
「では訂正してください」
「何をだ?」
「見守っていたではなく、見ていたと」
「なっ?」
「あまりに聞き分けがないから、この際、こちらからも言わせてもらおう」
とうとうグレンは感情を抑えきれなくなった。ずっと文句を言いたかった相手が、最悪の状況で目の前に現れたのだ。今までよく我慢できたと言っても良い。
「……何を?」
「両親が殺された後、村はずれの物置で人を殺したことを畏れ、追手に殺されるのではないかということに怯え、一晩中震えていた俺たち二人に、その団とやらは何をしてくれた?」
「坊……」
「王都に住むようになっても、子供だからと雇ってくれるところはどこもなく、先の暮らしに絶望しかかっていた俺に団は何をしてくれた?」
「…………」
「裏町で揉め事を起し、その代償に罪もない人を殺す羽目になった俺に。殺した後で罪の意識に苦しんでいた俺に、その団とやらは何をしてくれた?」
「…………」
「これは全部、成人前の話だ。孤児ってのは皆、あんな辛い思いをして生きているのか? 誰かに手を差し伸べて欲しいと思っては駄目なのか?」
「…………」
グレンの告白に男はすっかり意気消沈してしまったようで、がっくりと肩を落として動かなくなった。
「……ただ今の話は俺の甘えだ。面と向かって文句が言えただけで良い。気は済んだ」
「では!?」
そして、すぐに男の顔はパッと明るいものに変わる。感情を隠せない。そういう性質なのだ。
「だが、お前らは決定的な過ちを犯した。俺は決してお前らを信用することはない」
グレンの体からは今まで見せなかった明確な怒気がにじみ出ている。
「……俺達は何をしたのだ?」
グレンの雰囲気が明らかに、それも悪いほうに変わったのを、男も感じ取った。
「正しくはしなかった、だ。お前たちは無理やり城に連れて行かれるフローラを助けなかった。フローラを見捨てた」
「そ、それは……」
力のない裏町の住人たちとは違う。伝え聞いた話が事実であれば、銀鷹傭兵団はウェヌス王国を敵に回して戦っているはずだ。そうであるのにフローラを、銀鷹傭兵団は見捨てた。
他の恨み事など余事だ。この一点だけでグレンが銀鷹傭兵団を受け容れることはない。
「フローラは苦しんでいた俺を何度も救ってくれた。フローラがいたから俺は何があっても耐えられたのだ。そんなフローラは俺にとって生きる目的だった。俺の全てと言っても良い。その大切な妹を見殺しにしたお前らの仲間に俺がなることは決してない。敵としないだけマシだと思え」
「……すまなかった」
「謝罪はいらない。謝ってもフローラは帰ってこない。そうである以上、俺の恨みは消えないからな。分かったら俺の目の前から消えてくれ」
「もう一度話す機会をくれ。言い訳に聞こえるかもしれないが、俺は知らなかったのだ。お前たちはちゃんと団のアジトで」
グレンの言葉に落ち込んだ様子を見せながらも男は言い訳の機会を求めていた。
「俺は消えろと言った。これ以上、話すことはない」
だが、男の願いなどグレンに聞く気はない。
「坊、頼む!」
「消えろ。お前の声など、俺の心には届かない。そしてもう二度と俺をそう呼ぶな」
「分かった……だが……また会おう」
グレンに拒絶されても男はこの言葉を残して、その場を去って行った。他の団員たちも、何ともいえない表情で男の後を追っていく。
そして残されたゼクソンの人たちも、複雑な表情でグレンを見詰めていた。
「話はつきました」
「……お前、どんな生き方をしてきたのだ?」
グレンの話した内容は、一国の王であるゼクソン国王には想像がつかない悲惨さだった。
「それを知る必要がございますか?」
「必要はないかもしれないが興味はある。だが、今聞くことではないな」
「はい。大勢の前で話すことではありません。ちょっと話しすぎました。小さい頃から溜まっていたものがありましたので、我慢出来ませんでした」
「一つだけ聞かせてもらおう」
「お答えできることであれば」
「お前の父親は本当に銀鷹傭兵団を作った男なのか?」
銀鷹傭兵団とゼクソン王国はそれなりに協力関係にある。グレンがその銀鷹傭兵団の団長の息子であるという事実はゼクソン国王に奇妙な因縁を感じさせている。
「どうやらその様です。ただ父親から聞いたわけではありませんので真実かどうかは知りません。何も話してくれませんでしたから」
「そうか……お前も背負っているものがあるのだな?」
「背負ったつもりはありません。自分が背負ったものがあるとすれば、それは妹だけです」
「……そうか」
今もなおグレンはフローラを背負っている。以前とは違う意味でだ。これをゼクソン国王は理解している。
「さて、改めて確認させて頂きます。自分の身分は客将ということでよろしいのですね?」
「ああ、それで問題ない」
「分かりました」
「任せる軍を決めなければならないな。傭兵団に入るなら、それは不要だったのだが」
「それはもう無くなりました。これからもあり得ません」
「そうか。だが……今は任せる軍がないのだ」
「そうでしょうね」
あるはずがない。これはグレンにも最初から分かっている。
「ではどうする? 当面は俺の直率である金獅子師団に所属するか?」
「それでウェヌスと戦えますか? 陛下の直率軍が戦うような事態となれば、それは既に負け戦と思いますが?」
「そうだな……」
ゼクソン王国で金獅子師団は近衛のような存在だ。近衛が戦うような事態になれば、それは負け戦。それも国王の身辺まで脅かされるような酷い状況だ。
「募兵をさせて頂いてもよろしいですか?」
「募兵? それであれば既に行っている。それを待つのであれば、それでも構わない」
「まさか自分の為ということではありませんよね?」
「失った荒鷲兵団の補充だ。全滅だからな。全くの新兵の集団となってしまう。それでも構わないか?」
「……全滅ですか?」
ゼクソン国王の説明にグレンは気になる箇所を見つけた。
「そうだ。一兵も帰ってこなかった」
「なるほど。もしかして、それは自分がやったことになっていますか?」
「ん? 違うのか?」
「……道理で、予想した以上の冷たい視線を浴びるわけです」
この場に来た時から周囲の視線は厳しいものだった。元ウェヌス王国の者が、祖国を裏切るような形で、この場に現れたのだから当然かと思っていたが、それだけではなかった。
「それはまあ。同胞を殺されたのだ。恨むなというほうが無理だな」
「一応言い訳をさせて頂いてもよろしいですか? この国で働く上で、変な誤解を受けて恨まれたままでは働きづらいので」
「誤解だと?」
「荒鷲兵団とはウェヌスの先軍の道案内役として同行した兵団で間違いはございませんね?」
「そうだ」
「であれば、全滅させた覚えはありません」
「とぼけるな! お前の仕業だという事は分かっているのだ!」
また横から怒鳴り声があがる。先ほどと同じ男だ。
「……あの方は?」
「猛牛兵団の団長であり、将軍でもあるグスタフ・ゲイラーだ」
「そうですか。ではゲイラー将軍、何故それが分かるのですか?」
グレンはゲイラー将軍に質問を向けた。誤解を解くにはこれが一番早いと考えてのことだ。
「何だと?」
「ゲイラー将軍はその場にいらっしゃったのですか?」
「いるわけがない。俺はウェヌスの後軍との戦いに備えて領内にいた」
「では何故、自分の仕業だと思われるのですか?」
「そう聞いている」
「それは誰からですか?」
「ぐだぐだと聞くな! お前は何を言いたいのだ!?」
ゲイラー将軍は短気な性格だ。細かいことを考えるのが苦手と言っても良い。
「ウェヌス先軍は確かに荒鷲兵団と戦いました。しかし、殲滅させる余裕なんてありませんし、した覚えもありません」
「だから、とぼけるなと」
「軍事的に考えてください。アシュラムの兵一万、そのうち騎馬は五千です。これはウェヌスにとって予想外の騎馬の多さでした。ウェヌス先軍の目的は、目の前の城塞を落とすことではなく、ゼクソンの裏切りの証拠を掴んで中軍と合流することでした。その事態において、ゲイラー将軍はどのように軍を動かしますか?」
「ちょっと待て! 中軍に合流することが目的だっただと!?」
グレンの説明にゲイラー将軍は驚きを見せている。これで、いかにゼクソン王国が実際の戦況を把握していないかが分かる。
「まだ知りませんでした? ウェヌス軍はゼクソンが裏切る前提で考えていました。先軍と中軍が合流して一万三千、それでアシュラム軍を撃破して後軍と合流。ゼクソン軍本体と戦う。これが基本戦略です」
「……嘘だ?」
「ここで嘘を言ってどうするのです? それが失敗したのは、勇者の馬鹿が何も知らずに二千の兵を引き連れて逃げてしまったため、それも士気を落としまくって。そしてアシュラムの騎馬の数があまりに多かったことが理由です」
「……つまり?」
「優先事項は退路を塞ぐゼクソンの部隊を速やかに突破して、その場から逃げることです。本来は中軍に向かいたかったのですが、歩兵ではアシュラムに追いつかれる、おまけに自軍の千の騎馬部隊では防ぐどころか負けてしまう。そこで騎馬部隊である騎士団はとにかく逃げて中軍に向かい、歩兵である国軍は後軍に向けて退却しました。アシュラムをわすかでも引き寄せる囮役です。その結果は自分よりも皆さんの方が知っていますよね?」
「中軍は当初計画通りにほぼ殲滅、後軍はなぜか逃げていった」
「後軍が逃げたのは、恐らく勇者の馬鹿がやらかしたせいです。二万の軍が攻めてくるとでも言ったのでしょうね。ただ先軍の騎士団が分かりません。アシュラムに討たれたのですか?」
「恐らくは」
戦果についても把握していない。これにはさすがにグレンも呆れた。
「聞いていないのですか? 自軍の一兵団が丸々消え去った戦いだというのに?」
「……すまん」
グレンに責めるような口調で言われて、思わずゲイラー将軍は謝罪を口にしてしまう。
「信じられませんね」
「……そうではない! どうして俺がお前に謝らなければならないのだ!?」
「謝って下さいとは言っていません。それよりも、今説明した状況で千の部隊の殲滅など図りますか? それを考えて下さい」
「……それはしない」
するはすがない。そんなことをしていては、自軍が逆に殲滅されてしまうだけだ。
「そういうことです。突破後は、こちらはアシュラムの騎馬部隊の追撃を防ぐのに必死でしたが、歩兵と戦った記憶は全くありません」
「では、荒鷲兵団は?」
「自分には分からないと申し上げているのです」
「…………」
「それはそちらで調べて下さい。とにかく自分は知りません。話を戻させて頂いてもよろしいですか?」
誤解はほぼ解けた。そうなればさっさと本題に戻したい。無駄にして良い時間はグレンには全くないのだ。
「あっ、ああ」
「客将である自分がゼクソン正規軍を率いることは止めておいたほうが良いと思います」
ゼクソン国王に向き直って、グレンは話を始めた。
「では、どうするのだ? いくら何でも更に千というのは」
「兵も非正規ではいかがですか?」
「……それは?」
「採掘場にはたくさんの元兵士がいます。そこから募兵をさせて下さい」
「ウェヌスの捕虜ではないか!? そんな兵を雇えるか!? 裏切るのは明らかだろう!?」
ウェヌス王国軍と戦うための部隊だ。それをウェヌス王国の者で編成して良いはずがないとゼクソン国王は思っている。正論である。
「それはどうでしょう? やってみないと分かりません」
だが、グレンはそうではない。
「……裏切らないと言うのか?」
「裏切る者もいるかもしれません。しかし、その前提で募兵の許可を」
「そんなことを許可出来るか!?」
裏切りを前提とした募兵など許せるはずがない。その裏切りによって負けるかもしれないのだ。
「少なくとも自分は裏切りません。そして、その自分が率いる兵です。裏切りなど許しません」
「しかし……」
「もし自分に全ての力を出させたいと思うのでしたら、それを許可して下さい」
「何故、捕虜に拘るのだ?」
裏切りというリスクを負っても、グレンは元ウェヌス王国軍の捕虜に拘っている。その理由がゼクソン国王には分からない。
「兵制を知っています。彼らが何を身に付けているかを知っています。そして、何が駄目かも知っています。ウェヌスの再侵攻まではどんなに長くても二年以内、早ければ一年以内です。時間がありません」
「……裏切る可能性のある兵士を千も集めろと?」
理由は分かった。それでも裏切りのリスクを許容する気にはゼクソン国王はなれない。
「部隊全体が裏切ることにはなりません」
「何故、そう言い切れる」
「自分がそうするからです」
これには何の根拠もない。だが、グレンははっきりと言い切った。
「……お前」
「必ず、そうしてみせます。陛下、今この場にいる人間で、最もウェヌスを倒したいと思っているのは自分です。これも言い切ってみせましょう」
「……許す」
根拠はない。だが、ゼクソン国王はグレンの熱意を信じた。これに驚いたのは周囲に臣下だ。
「陛下! そんな馬鹿な許可を!」
「黙れ! 俺が許可したのだ! 文句は言うな!」
「しかし……」
「駐屯地はイーグルにしろ。あそこであれば国境からは遠く、王都へもすぐに近づけない場所だ」
まだ不満そうな周囲を無視して、ゼクソン国王は話を進めてきた。
「駐屯地?」
「ゼクソンの兵団はそれぞれ駐屯地を持っている。そこには兵団とそれに関係する施設しかない。国を守る砦だな。その一つを割り当てる」
「なるほど」
「そこから許可なく出ることは禁ずる。勝手に兵団を外に出せば、その時点で反旗を翻したものとして処置をする。分かったな」
「全く問題ありません」
この先待っているのは、ただひたすら鍛錬を繰り返す日々だ。駐屯地に閉じこもることなど全く問題にならない。
「では決まりだ」
「早速、採掘場に向かいたいのですが?」
「……落ち着かない男だな」
「時間がありません」
「それでも少し落ち着け。これから会議を開く。それに参加しろ」
「……この場は会議ではないのですか?」
「……また別の会議だ」
「そうですか……分かりました。ご命令であれば仕方がありません」
「ああ、そうだ。兵団の名を考えておけ」
「はっ?」
「名が無ければ困るであろう」
「やっぱり動物の名ですか?」
荒鷲兵団、猛牛兵団、そして金獅子師団。グレンが聞いた兵団の名には全て動物が入っている。
「そうだ。兵団は全て何らかの獣や鳥の名を冠している」
「ちなみに狼は?」
動物でグレンの頭に真っ先に浮かぶのはこれだ。
「……あるな。狼牙兵団がある」
残念ながら先約がいた。
「そうですか……」
「狼が良いのか?」
「良いというか、そう呼ばれているようで」
「銀狼か」
「えっ? 知っていたのですか?」
ゼクソン国王にまで銀郎の通り名が知られているとはグレンは思っていなかった。
「傭兵団に聞いた。ウェヌスの王都周辺では有名らしいな。銀狼には近づくな。そう言われているそうではないか」
「……はあ」
「構わん。銀狼兵団でも何でも名乗れ」
「……えっと、狼牙兵団の団長は?」
いくら自分の通り名が銀狼だとしても、さすがに被るのはどうかとグレンは考えた。
「俺だ。ニコラス・ランガーという」
「文句があるなら、どうぞ」
「かまわない。狼牙は俺が好きで付けた名ではないから。元からそうだというだけだ」
ランガー将軍はあっさりと認めてくれた。
「そうですか。なんだ、話が分かる人もいるな」
「……それはどういう意味だ!?」
ゲイラー将軍がここで文句を言ってくる。グレンの嫌味は通じたようだ。
「すぐ怒る。牛ってそんな怒りっぽかったですか?」
「誰が牛だ!? 猛牛兵団の団長だというだけで、俺が牛なわけではない!」
「……冗談も分からない」
「何だと?」
「……すみません。口が過ぎました」
どうやら相性が良くないようだと考えて、グレンは謝罪することで話を終わらせることにした。
「もう良いだろう。ではグレン。お前の兵団は銀狼兵団だ。そう名乗れ」
それに続いて、ゼクソン国王も話を終わらせにかかった。これでゲイラー将軍も黙るしかない。
「はっ。そうさせて頂きます」
ゼクソン王国に新たな兵団が生まれた。
銀狼兵団。まだ名だけの兵団ではあるが、これが、グレンが最初に持った軍であり、後々までグレンの軍が冠する名となる。
銀狼には近づくな。やがて、この言葉はグレンだけを指すものではなくなるのだ。