月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #76 新章ではない。新しい物語だ

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 母は、自分は何者なのか。この疑問に対する答えがようやく得られた。
 前魔王バルドルには三人の側近がいた。フェンリル、ヨルムンガンド、そしてジグルスの母ヘルの三人だ。どこかの神話で聞いたような名前だと話を聞いた時にジグルスは思ったが、これは余談だ。
 のちに三大魔将軍と呼ばれる三人の力は魔人の中でもずば抜けていて、その三人の忠誠を得たからこそバルドルは魔王になれたのだと魔人の中では伝えられているほどだ。
 前魔王バルドルは魔人をまとめて、ローゼンガルテン王国に戦いを挑もうとした。ということになっているが、これは正確ではない。ローゼンガルテン王国と国交を開こうとしたが正しい。
 魔人たちが暮らす大森林地帯、大山脈で食料を得るには獣を狩る、魚を捕る、木の実や山菜などを採るのいずれかとなる。魔人たちにとってはずっと昔からのことで、特に問題にはならなかった。人口が増えるまでは。
 魔人全体の数が増えることは良いことだ。だが大森林地帯や大山脈地帯の恵みには限りがある。人が暮らすには厳しい土地だ。広大ではあるが、豊かとは言えない。まして消費量が増え過ぎれば、翌年の収穫にも影響が出てしまう。それが続けば、さらに食料は不足していく。悪循環だ。
 この問題の解決策として他から食料を仕入れることをバルドルは考え、交渉相手として隣接しているローゼンガルテン王国を選んだ。
 だがこの試みは失敗に終わった。ローゼンガルテン王国は交渉に乗ることなく、討伐に動いた。戦いが始まったのだ。これがジグルスの父親も参戦した前回の戦いとなる。
 交渉の余地を残しておきたかったバルドルは、積極的な攻勢に出ることなく守りに徹した。これが従っていた魔人たちの不審を呼んだ。不審だけではなく、逆襲に出てローゼンガルテン王国を支配下におけばそれで食料問題は解決する、などと言い出す強硬派も生まれてしまったのだ。
 結局、バルドルは戦いの最中に、その強硬派の裏切りによって殺されることとなった。別行動をとっていたヘルはそれを知り、魔人軍を抜け出して逃げることを選んだ。バルドルを殺した強硬派に立ち向かう選択はなかった。何故ならその時、彼女のお腹の中には子供がいたのだ。バルドルの子だ。
 強硬派がどれだけの数なのか分からない。ヘルが戦いを挑んでも勝てる保証はない。返り討ちにされる可能性のほうが高い。自分一人の身であればヘルはそれを選んだだろう。バルドルの後を追えるのであれば死など恐れない。だがお腹の中にいる子供を道連れには出来なかった。
 ハワード・クロニクス男爵、当時はクロードという名の王国騎士だった、と出会ったのは偶然だ。両軍から離れた場所を選んで移動していた二人がたまたま出会ったのだ。
 クロードもまた裏切りにあって逃げ出していた。味方に殺されそうになったのだ。それが誰の差し金かと考え、クロードは軍から離れることを選んだ。殺そうとした相手の個人的な恨みでないことは明らか。誰か、上から命令を受けたのだと考えれば、王国騎士団にはいられない。犯人が誰か分かり、言い逃れ出来ないだけの証拠を掴まない限りは。
 二人にとって幸いだった、と言えるかどうかは考え方次第だが、のはヘルが戦える状態ではなかったこと。お腹を押さえて苦しんでいるヘルを見て、クロードもまた戦う気を失ったこと。クロードの場合はそれ以前から、自分の全てと言える存在だった王国騎士団に裏切られたショックから生きる意味さえ見失っていたが。
 結果、ヘルを、お腹の子供を守ることがクロードの生きる意味になった。
 ヘルと共に逃げることを選んだクロード。大森林地帯からとにかく離れようと西に向かっていたのだが、残念なことに二人は目立ちすぎる。人の少ない田舎であれば尚更だ。
 すぐにリリエンベルク公国は二人の存在に気づき、人を送り出してきた。リリエンベルク公国には二人に対する悪意はない。クロードは王国の英雄であり、ヘルはただのエルフだと思われた。エルフと魔人は別。人々の認識はその程度なのだ。リリエンベルク公国の使者はただリリエンベルク公爵に会うことを求めただけだった。
 その誘いにクロードは乗った。これはかなりの賭けだった。使者には魔人とエルフを同一視する考えはなくても、リリエンベルク公爵となればエルフもまた、一部だが、魔人軍の一員として戦っていることを知っていてもおかしくないのだ。そして実際にリリエンベルク公爵は知っていた。
 何故、リリエンベルク公爵が本当の事情を知った上で、クロードとヘルを保護しようと考えたのかは冥夜の一族にも分からない。諜報に長けた一族ではあるが、人の心の中まで読めるわけではないのだ。
 とにかくリリエンベルク公爵はクロードにハワード・クロニクス男爵という新たな名と立場を与え、自領に住まわせた。そしてジグルスが生まれた。ハワードとヘルの間に出来た子として。

「……お二人の気持ちを勝手に推測して、申し上げるのはどうかと思いますが、貴方様の存在がお二人の救いになったのだと思います」

 暗い顔をしてじっと黙って話を聞いているジグルス。その気持ちを慰めようと冥夜の一族の一人、スルタインは二人の想いを告げてきた。まったくの推測ではない。二人の暮らしぶりを冥夜の一族は知っているのだ。

「……盟約というのは?」

 両親の気持ちについては何も言葉を返すことなく、ジグルスは盟約について尋ねてきた。何故、母親は苦しまなければならなかったのか。冥夜の一族の者たちは死ななければならなかったのかは、これまでの話では分からない。

「元はバルドル様とお三方が交わした盟約となります」

「元は?」

「はい。元は、です。お三方が義理の兄弟妹の関係を結び、その上で魔王であるバルドル様への絶対の忠誠を誓うというものです。お三方の盟約も義兄弟、妹の関係とはいえ、それはお互いを裏切らないという誓い。命をかけた誓いです」

 元の盟約は四人の絆を強める為のもの。共に困難に立ち向かい、命を捨ててでもそれを実現しようという強い意志を示す為のものだった。

「それが?」

「現魔王はヨルムンガンド様。バルドル様が亡くなられても兄妹としての盟約、魔王への絶対の忠誠を約束したことに変わりはありません。盟約は有効だったのです」

「……それはおかしい」

 スルタインの説明にジグルスは矛盾を感じた。

「……バルドル様を裏切ったのはヨルムンガンド様なのです」

 説明しているスルタインもおかしいことは分かっている。だがその矛盾を解き明かす真相を冥夜の一族は掴んでいないので、ただ事実を話すしかない。

「何故、そのヨルムンガンドは裏切れた?」

 現魔王ヨルムンガンドも盟約を結んだ一人。魔王を裏切ることなど出来なかったはずだ。

「分かりません」

「……母を見逃した理由は?」

 ヘルが逃げたことは分かっていたはず。それで何故、行方を捜さなかったのか。これもジグルスは疑問に感じている。

「分かりません」

「……諜報が得意ではなかったのか?」

「目で見、耳で聞くことは出来ても人の心は読めません。目で見、耳で聞くこともその場にいなければ出来ません」

「それはそうだな……じゃあ、ヨルムンガンドの居場所は?」

「今どこに、という問いであれば分かりません。裏切り者は裏切りを人一倍警戒するもの。所在を明らかにすることはなく、常に西へ東へと移動しています」

 ヨルムンガンドはひとつところに落ち着いていない。神出鬼没という動きを見せているのだ。

「……同行している奴はいないのか?」

 そうはいっても魔王だ。魔人の国というものがあるかはジグルスも知らないが、王が一人で動き回ることはないと考えた。

「その同行者が裏切り者になる可能性を恐れているのではないでしょうか?」

「慎重だな……それでも寝る必要はあるのだろ?」

「もちろん。ただいくつかの秘密の拠点を持っているものと思われます」

 魔人にも睡眠は必要だ。種族によって必要とする時間は異なり、中には一週間くらい寝なくてもなんともない種族もいたりするが。

「……地下をくまなく探すしかないか……出来るのか?」

「…………」

「黙っていては分からない」

「……どうして、地下だと?」

 魔人の本拠地は大森林地帯と大山脈だけではない。地下にも住処があるのだ。それもかなり広大な空間だ。何故、この事実をジグルスが知っているのか。スルタインは驚いている。

「……まったく気付かれることなく十万の大軍を移動させることなど普通は不可能だ」

 魔人軍もまた神出鬼没。ローゼンガルテン王国の西端、南端と広い範囲にいきなり現れている。それは気付かれずに大軍を移動させる方法があるからだとジグルスは考えた、はスルタインに向けての嘘だ。実際はゲーム知識で魔王が暮らす地下空洞があると知っていただけ。

「ローゼンガルテン王国の地下には網の目のように洞窟が広がっています。いつの時代から作られたものなのか分からないほど古くからあるものです」

「その言い方だと全てを把握している人はいない?」

「はい。大きな道は分かっていますが、ところどころにある細く枝分かれしているところは、少なくとも我々は把握しきれておりません」

「……ヨルムンガンドは把握しているのかな? だとすれば不利だな」

 その枝分かれしている先にヨルムンガンドの隠れ処があると考えるべきだ。そういった隠れ処を持つヨルムンガンドは、かなり詳しく地下の構造を把握している可能性がある。

「戦うおつもりですか?」

「つもりがなくてもそうなる。前魔王の息子がいると知れば、放っておいてくれないだろ?」

「……はい」

 前魔王の、自分が裏切った前魔王の息子を生かしておくはずがない。だから両親は、冥夜の一族もジグルスの存在を隠そうとしたのだ。

「……お前たちは戦えるのか?」

「戦闘能力はあります」

「そうか……じゃあ俺に仕えろ。今この時からお前たちにとっての魔王は俺だ」

「……はっ! 貴方様を当主とし、全ての忠誠を捧げます!」

 ジグルスが自分たちの当主になることを受け入れてくれた。考えていたよりもあっさりと。それに一瞬、戸惑ったスルタインだが、すぐに喜びを表に出して、忠誠を誓った。

「さっそくだけど、これ」

「……それはお母上の形見ですが?」

 ジグルスが差し出してきたのは母親が使っていた武器。弓の形をした魔道具だ。何故、そんな大事な物を自分に渡そうとするのかスルタインには分からない。

「……リーゼロッテ様に届けてくれ。俺の形見だと言って」

「ジグルス様……」

 スルタインはジグルスとリーゼロッテの関係を知っている。もともと結ばれることのない二人であったはずだが、それでもあえて終わらせることはないとも思う。このあたりは冥夜の一族は本質的に間者ではない。非情さが足りていない。

「使い方を教えるのも忘れないように」

「……はい」

 ヘルの武器は強力な魔道具だ。ただ形見としてではなく、これからリーゼロッテが魔人軍と戦う上で役立つ武器だと考えて、ジグルスは渡そうと考えているのだ。
 魔人軍との戦いはまだこれからだ。そしてジグルスも立場を変えて、魔人軍に挑むことになる――

 

◆◆◆

 リーゼロッテたちのリリエンベルク公国への帰還はなかなか上手くいかない。ローゼンガルテン王国はリリエンベルク公国との境となる全ての砦の門を閉ざした。そこの通過は一切許されていない。
 そうであればと飛竜を使って山越えを図ろうとしているのだが、ローゼンガルテン王国も馬鹿ではない。リーゼロッテたちのリリエンベルク公国への侵入を防ぐ為ではなく、魔人軍が山を越えて出てくることを想定して、そこら中で偵察の飛竜を飛ばしていた。その偵察の目をかいくぐるのは簡単ではないのだ。
 仕方なくリーゼロッテたちは南側の進入口の手前で待機をしている。一つはローゼンガルテン王国の偵察の網に隙が見つかるのを待つ為。そしてもう一つは正攻法として、リリエンベルク公国への帰還の許可が出るのを待つ為だ。
 無為な時間に苛立ちながらも、部隊の鍛錬を行うなどして、その時を待ち続けているリーゼロッテ。驚きの使者が現れたのそんな時だった。

「……ジーク」

 リーゼロッテの口から漏れる名。会えない人を想いながら弓の形をした魔道具を胸に抱く。謎の使者はこれをジグルスの形見だと告げた。その上で魔道具の使い方を教えてくれた。
 魔力を矢として放つ魔道具。実際に魔力を矢とするまでを試してみると、その使者は「貴女ならきっと見事に使いこなせるでしょう」と言ってくれた。リーゼロッテが鍛えてきた魔力の圧縮技術。それに感心していた。

「……忘れない。忘れられない。貴方はそう言ってくれたわ」

 別れの日がいつか来ることは二人とも分かっていた。それが現実のものとなった時、タバートの婚約が決まった時、リーゼロッテは自分の気持ちを素直にジグルスに伝えた。最初は戸惑っていたジグルスも最後は自分の想いを言葉にしてくれた。

「忘れない。忘れられない。たとえ貴方が何者であったとしても……ジーク、私は貴方を愛し続けるわ」

 ジグルスへの想いをあえて声にするリーゼロッテ。これは誓いの言葉だ。ジグルスは生きている。それを使者はそれとなく匂わせてくれた。渡すように命じられた。使い方もきちんと説明するように言われた。それは誰からか。
 何故、魔人が敵である自分に強力な魔道具を渡そうとするのか。そう。使者は魔人だったのだ。その魔人に命じることが出来るジグルスは何者なのか。
 何者であっても良い。リーゼロッテはジグルスを愛しているのだ。公爵家令嬢という立場を捨てて、ただ一人の女性としてジグルスという人を好きになったのだ。
 その気持ちは変わらない。それを今、リーゼロッテは宣言したのだ。

「……待っていて。必ず私は貴方の側に行くわ」

 リリエンベルク公国に戻らなければならない。戻ったからといってジグルスに会えるわけではない。それは分かっているが、少しでもジグルスの存在を感じられる場所にリーゼロッテは行きたかった。

 ――リリエンベルク公国での戦いは新たな局面を迎える。それはゲームには描かれていない物語だ。