月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #75 真実は残酷だ。だから人は隠したいと思うのだ

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 総指揮官がジグルスに討ち取られたことで魔人軍は撤退。形としてはそういうことで、総大将を討ち取ることで逆転勝利を得るという展開は過去の戦いにおいて何度もあったことだ。そうであるのだがジグルスはなんだか腑に落ちなかった。魔人軍が撤退していく様子が違和感を覚えるものだったのだ。
 彼等が恐れていたのは、総指揮官であるテゥールが討ち取られたことではなくルー。ルーが現れたことに驚いて、逃げ去ったという感じだ。
 その理由がジグルスにはまったく分からない。魔人たちの慌てぶりに驚き、戸惑い、テゥール以外の魔人を討つどころではなかった。

「……とりあえず戻るか」

 事情を知っているはずのルーも、呼びかけても出てきてくれない。戦場でただ一人立っていても仕方がないので、ジグルスはブラオリーリエに戻ることにした、のだが。

「お待ち下さい!」

 そのジグルスの足を止める者がいた。

「……戦うつもりか?」

 その存在を、正しくはその存在の気配をジグルスは知っている。ラヴェンデル公国で戦っていた時に何度も感じた気配だ。ただ攻撃を仕掛けてくることはこれまでなく、ジグルスが物資の集積場所を探していた時に助けてくれるくらいの相手であったので、無視して去るつもりだったのだ。

「まさか。主に向ける刃を我等は持ちません」

「……主?」

「ヘル様が亡くなられた今、貴方こそが我等の主。我等、冥夜の一族の正当な当主なのです」

「……俺は魔人に味方するつもりはない」

 相手の言っていることは良く分からない。母親の関係者であることは明らかだが、魔人である以上、ジグルスは味方するつもりはない。

「貴方様がどう思おうと! 当主であることは変えられません!」

「勝手に押しつけるな! 魔人は敵だ! その魔人の当主になんてなるはずがないだろ!?」

「ヘル様の思いを無視するおつもりですか!?」

「母さんを口実に使うな!」

 亡くなった母の想い、などという言葉を軽々しく使われたくない。相手の言葉はジグルスを怒らせるだけだ。

「では! 我等の思いを無視しないで頂きたい! 貴方様を守る為に! 仲間が何人死んだと思っているのです!?」

「……死んだ?」

 母親のことを言われて頭に上った血は、続く相手の言葉で一気に下がっていった。

「お母上のヘル様は、仕える我等も盟約に縛られておりました。魔王を裏切れば死。そんな重い盟約です」

「……魔王を裏切れば死……でも母さんは……」

「死以上の苦しみに耐えながら戦ったのです。いえ、貴方様が戦っていた間も苦しんでいたはずです」

「……そんな、馬鹿な」

 今この時になってジグルスは、ようやく父親の言葉の意味が分かった。ジグルスがラヴェンデル公国の戦いに向かおうとした時に父親に言われた言葉。「大切な人を守る為に大切な人を失うつもりか」はこういうことだったのだ。

「ヘル様を当主に戴いた我々もまた盟約に縛られておりました。貴方様の存在を魔王から、その配下である者たちに隠すことも裏切り行為。虚偽の報告を行う度に、仲間は命を失ったのです」

「……どうして俺は……魔人軍と戦った俺はなんともなかった?」

 では息子である自分はどうなのか。魔人と戦ってもジグルスはなんともないのだ。

「正直分かりません。恐らくヘル様が何らかの処置を施されたのでしょう。存在が知られていなければ裏切りと認識されないというのもあったかもしれません」

 そうさせなかったのは自分たちが命を捨てて、存在を隠し通したから。それを訴えたいのだ。

「……そこまでして隠さなければならない俺は、何者だ?」

 何故、命を捨ててまで自分の存在を隠し通そうとしたのか。それはきっと母親が自分の記憶を奪った理由と同じだとジグルスは考えている。

「貴方様はヘル様の御子様で……」

 言葉を続けるのを躊躇う相手。当主になれと言いながら、ジグルスの素性を話すことは躊躇う。これはジグルスへの同情からだ。

「英雄と呼ばれた王国騎士の息子……ではない?」

 それはつまり、こういうことだ。ではジグルスの父親は誰なのか。それがジグルスの知りたい理由だ。

「はい……貴方様のお父上は、前魔王バルドル様です」

「嘘だ」

 否定する根拠は何もない。それでもジグルスは反射的に相手の言葉を否定した。そんな話は、たとえ真実であったとしても受け入れたくないのだ。

「嘘ではありません。貴方様はバルドル様とヘル様の間に出来た御子なのです」

 ジグルスが否定しても真実は変わらない。ジグルスの父親は前魔王なのだ。

「……父親が前魔王?」

 呆然とした表情のジグルス。母のことは以前から察していた。だが実の父親が別にいて、それが前魔王だなんてことはまったく想像していない。するはずがない。

「……はは……なんだ……俺はモブキャラじゃなくて、ラスボスだったのか……これは、驚きのストーリーだ……」

 ジグルスの口から乾いた笑いが漏れる。自分は前魔王の息子で、この世界における人間とは違う存在。それを聞いてどう反応するのが正しいのか、ジグルスには分からない。今聞いている話は全て嘘。両親が殺されたことを含めて、全て夢であれば良いと思っている。

「お願いです。我等の当主であるとお認め下さい。当主を失ったままでは我等は盟約から完全に逃れられません。それどころか魔王は自らを当主と認めるように我等に求めてくるでしょう」

「……魔王に逆らうつもりか?」

 魔王は魔人の王。その魔王を当主にすることを何故、拒むのかがジグルスには分からない。

「当主である貴方様がそれを望むのであれば、我等はそれに従います……無理にということではありません。我等は貴方様の影。貴方様の意思が全てなのです」

「…………」

 どう応えるべきか。考えてもすぐに答えが出ない。それ以上に頭が回っていない。整理出来ない事実を突きつけられて、思考が麻痺してしまっているのだ。

「お話しすべきことはまだまだあります。ただこの場にいつまでも留まっていることは避けたほうが宜しい。まずは我等と共に」

 魔人軍は去った。だがいつ戻ってくるか分からない。動揺が治まればジグルスを討とうと考える魔人が必ず出るはずなのだ。

「……分かった」

 詳しい事情を知らなければならない。その思いだけでなく、真実を知った今はブラオリーリエに戻る気になれなかった。ジグルスはブラオリーリエにいる彼等の敵である魔人なのだ。

「……あと、これを」

 相手が差し出してきたのは銀色に輝く弓。弓といっても弦は張られていない。弓の形、それでさえ似た形というべきものだ。

「それは?」

「ヘル様がお使いになられていた武器……形見というべきでしょうか。魔力を矢のように飛ばす魔道具です」

「そうか……これは俺でも使えるのか?」

「魔力を飛ばすのですから貴方様に限らず、魔法を得手とする者であれば使いこなせます」

「分かった」

 母の形見である魔道具を受け取るジグルス。ひとつの思いが浮かんでいるが、それはもっと詳しい話を聞いてから考えることにした。
 この先、自分はどうするべきか。何をすれば良いのか。明らかであったはずのそれをジグルスは完全に見失ってしまったのだ。

 

◆◆◆

 キルシュバオム公国での戦いはその激しさを増している。魔人軍に拠点を奪われてはそれを取り返す。その繰り返しだ。では奪われないように拠点の守りを固めれば良いのかとなるとそうもいかない。各拠点に守りの軍勢を込めても、それを遙かに上回る数で魔人軍は攻めてくる。ただ兵力を分散させ、各個撃破を許しただけの結果に終わっていた。
 魔人軍の目的はどこにあるのか。長く同じ状況が続いていると、さすがにこれを考えない人はいない。

「……結局は陽動ということか?」

 エカードたちもそうだ。エカードはキルシュバオム公国の戦いもラヴェンデル公国でのそれを同じように陽動目的だと考えた。

「ただの陽動じゃない。こちらの消耗を狙っているのさ」

 レオポルドがさらに敵の目的を加えてくる。
 ただ拠点の奪い合いを続けているだけといっても戦いの犠牲者は出る。拠点を落とす戦いとなれば尚更だ。犠牲者の数はかなりのものになってしまう。

「……攻守を交代しているようであっても、攻める場所を選ぶ自由は敵方にあるか」

 魔人軍はもっとも守りの弱い拠点を選んで攻めてくる。そんな拠点であれば奪い返すのも簡単だ、とはならない。数を込められ、しかもそれはローゼンガルテン王国よりも質の高い兵士、魔人も兵士と呼んでいるのかはエカードたちには分からないが、だ。魔人軍はそれ以外にも短期間で拠点に手を入れるなどして、防御力を高めている。
 拠点の奪い合いを繰り返すことで、ローゼンガルテン王国軍のほうがより消耗していっている。

「同じように拠点の守りを固めるのがひとつか」

 魔人軍の真似をして自軍の拠点の防御力を高める。数で圧倒できないのであれば拠点の質で何とかしようとエカードは考えた。

「物資はどうするのですか?」

 拠点の守りを固めることにはクラーラも賛成だ。だがそれを実現するにはそれに必要な物資を入手する必要がある。さらに工事期間も必要になるが、まずは物資の調達の議論が先だ。

「ヨーステン商会に頼むか」

「それがアルウィンさんのところを言っているのであれば難しいと思います」

 本来のヨーステン商会はアルウィンの祖父のものだ。だがエカードたちがこれまで商売を行っていたのはアルウィンなのだ。

「……手に入るのであればどちらでも良い」

「分かりました。では……エカード様のご実家にお願いしてもらえますか?」

「はっ?」

「アルウィンさんのところとはここ数週間、連絡が取れていません。さらに実家のヨーステン商会との伝手を私は持ちません。ですからエカード様にお願いするしかありません」

「それは構わないが、何故連絡が取れない?」

 頻繁にとまでは言えないが、アルウィンのところからは定期的に窓口となる担当者が訪れていた。御用聞きだ。

「前回来た時に、優先すべき案件があるので通うのが難しくなるかもしれないと聞きました。その通りになったのだと思います」

「優先すべき案件とは何だ?」

「それは分かりません。そういうことは話さないものではありませんか?」

 取引先の情報を軽々しく話す商人など信用されない。アルウィンのところだけでなく、きちんとした商家はどこも口が堅いものだ。

「……他の戦場も厳しいのか……考えても仕方がないな」

 他の戦場の心配をする前に自分たちの戦いを何とかしなければならないのだ。

「なんとか罠に掛けられれば良いのだけどね」

 魔人軍は神出鬼没。ローゼンガルテン王国軍側の弱点ばかりを突いてくる。それを許さず、逆に敵に、そうは見えないが防御力の高い拠点を攻めさせることが出来れば。レオポルドがこう考えたのだが。

「どうすれば罠にかかるか分からない。敵はどうやってこちらの情報を入手しているのだ?」

 それが分からなければ偽情報を流すことは出来ない。敵を騙せないのだ。

「……難しいか」

「仕方ない。簡単に攻略法を考えつくのであれば、苦労はしない」

 打開策は見つからない。それは仕方がないことだとエカードは思う。考えようにもローゼンガルテン王国軍が得られる情報はとにかく少ない。拠点が落とされた等、結果だけなのだ。

「……彼を呼んでみたら?」

「何?」

 ユリアーナの問いを聞き返すエカード。聞こえていないわけではない。咄嗟に答えが思い浮かばず、誤魔化しただけだ。

「リリエンベルク公国軍に来てもらったらと言ったの。彼であれば何か考えてくれるかもしれないわ」

「……馬鹿なことを。戦場を放棄して来られるはずがない」

「放棄ではないわ。移動するだけよ。それもずっとでなくても構わないわ」

「ユリアーナ。そんな我が儘が通用すると思っているのか?」

 またいつものようにユリアーナの思いつき。そう考えて切り捨てようとしたエカードだが。

「私の我が儘ではないわ。皆の思いを声にしただけよ」

「皆の思いだと?」

「皆、彼が来てくれることを期待しているのよ。彼ならなんとかしてくれるかもしれない。そう思っているの」

「それは……」

 ジグルスを求めているのは兵士たち。この硬直した状況も、ジグルスであれば何とかしてくれるという思いが兵士たちにはある。ラヴェンデル公国での実績が兵士たちにジグルスに対する期待を持たせているのだ。

「私はこう思うわ。私の、いえ、私たちの力を最大限に発揮させてくれるのは彼だわ。ジグルス・クロニクスは私たちに必要な人物なのよ」

 これもまたラヴェンデル公国での実績があってこそ。ジグルスの作戦に乗っかった結果、ユリアーナたちは多くの魔人を討ち取ることが出来た。ローゼンガルテン王国がこの事実を知っているのか、知っていて無視したのかなんてことはユリアーナには分からないが、自分たちが評価されたのが、その多くの魔人を討ち取ったという事実なのは聞いている。

「……仮にそうだとしても……リリエンベルク公国にはラヴェンデル公国での戦いがある」

「じゃあ、もう一度ラヴェンデル公国に戻って、戦いを終わらせてからにしましょう」

「馬鹿なことを言うな! そんなこと出来るわけないだろ!?」

 ユリアーナの提案に怒鳴り声で返すエカード。いくら花の騎士団の総指揮官だといっても勝手に騎士団を動かすわけにはいかない。キルシュバオム公国で戦っているのは国王の勅命となっているのだ。

「……でも、ここの戦いも陽動なのでしょ?」

「そうだとしても命令がある以上はそれに従わなければならない」

「その命令は正しいものなの?」

「何だって?」

 勅命は絶対。それに対してユリアーナは誤りを疑っている。そんなことは、エカードにとっては、許されないことだ。だがユリアーナもまったく事情を分かっていないで言っているのではない。分かっていることがあるから言い出したのだ。

「おかしいとは思わないの? 最初に聞いた時、魔王軍は十万だったはず。でもいざ来てみれば半分しかいないのよ?」

「それは……誤った情報が伝わることはある」

「そうかもしれない。でも事実は分かったわ。それでもこの戦場は他より優先すべき戦場なの?」

 ラヴェンデル公国での戦いを途中で投げ出して、花の騎士団はキルシュバオム公国にやってきた。はたしてそれは正しいことだったのか。当初は間違った情報で命令が発せられたのかもしれないが、事実が明らかになってもそれを改めないのは何故なのか。ユリアーナは疑問に思っている。

「それについては判断出来る状況にない。そうであれば与えられた戦場で最大の戦果をあげるように頑張り続けるしかない」

「……でも皆、魔人軍の目的は陽動だって考えているわ。ここが陽動であれば本命があるはずよね? それはどこなの? そここそが私たちが戦うべき場所ではないの?」

「…………」

 ユリアーナの問いにエカードは答えを返せない。まさかユリアーナがこんな追及をしてくるとは思わなかったというのもあるが、エカード自身も同じような疑問を抱いていることが沈黙する理由だ。

「どうなの? エカードはどう考えているの?」

「……ユリアーナ。そんな風にエカードを責めても何も解決しないよ」

 エカードへの追及を止めさせようとレオポルドが口を挟んできた。

「じゃあ、レオポルド。貴方はどう思っているの?」

「僕? 僕は……正直よく分からないよ」

「それは本当?」

「僕のことを疑うのかい?」

「いいえ、私は疑っていないわ。でもこんな風に言う人がいるの。私たちがこの場所で戦っているのはキルシュバオム公爵の命令があるからだって」

 これを口にするユリアーナはレオポルドを疑っているのだ。レオポルドだけでなくキルシュバオム公爵家のエカードも、従属貴族の子弟たちも。

「ねえ、それって私たちを疑っているってことよね?」

 ユリアーナの気持ちを読み取って、文句を言ってきたのはマリアンネだ。彼女もまたキルシュバオム公爵家の従属貴族家の人間。身に覚えのない疑いを掛けられることには、ましてユリアーナに疑われることは我慢が出来なかった。

「さあ、そこまでは聞いていないわ」

「私は貴女が疑っているのかって聞いているの」

「そんなこと私は言っていないわ。そういう人もいるって話よ」

 惚けるユリアーナ。マリアンネが自分のことを良く思っていないのは知っている。自業自得であるのだが、たまに口を効くといつも喧嘩腰のマリアンネにユリアーナも嫌悪感を覚えているのだ。

「……ではその人に言っておいて。私たちはローゼンガルテン王国全体の為に戦っているの。キルシュバオム公国だけの為に戦っているのではないわ」

「ええ、分かった。でも言葉だけで信じてもらえるかしら?」

「……だったら疑う証拠を出しなさいよ」

「分かった。伝えておくわ」

「…………」

 人を苛立たせることに関しては、ユリアーナのほうが一枚も二枚も上。マリアンネは悔しそうな表情で黙り込むことになった。

「せめて他の戦場の情報くらいは入手出来ないの? ゾンネブルーメだけでも良いわ。本命として考えられるのはゾンネブルーメでしょ?」

 ラヴェンデル公国とキルシュバオム公国の戦いは誘導。リリエンベルク公国では戦いが始まっていない、とユリアーナは思っている。残るのはゾンネブルーメ公国だけだ。

「その必要はない」

「えっ?」

「どこが本命かは俺が教えてやる」

 現れたのはアルウィン。彼は現状を知っている。それを伝える為に、ここまで来たのだ。

「それはどこなの?」

「リリエンベルク公国だ。ラヴェンデル公国を経由してきたので俺の情報も少し古い。その前提で聞いてくれ。リリエンベルク公国のシュバルツリーリエは魔人軍の手に落ちた。南部のブラオリーリエに、残った軍勢を集めて抵抗しているが、今はどうなったか分からない」

「ば、馬鹿な……?」「嘘?」「そんな……?」

 それぞれの驚く声。彼等には重要な情報が伝わっていなかったということだ。リリエンベルク公国に魔人軍が侵攻したという情報さえ。

「……シュバルツリーリエって?」

 そんな中でユリアーナはシュバルツリーリエが分かっていなかった。

「リリエンベルク公国の中心都市だ。王都が落ちたと同じだと思えば良い」

「…………」

 アルウィンの説明を聞いて絶句するユリアーナ。リリエンベルク公国が落ちたということにショックを受けているのではない。ユリアーナも知っているのだ。ゲームでリリエンベルク公爵家が滅びることを。
 それを知りながら、忠告することを忘れていたことに気が付いて、動揺しているのだ。

「王国軍は?」

 黙ってしまったユリアーナに変わって、エカードがアルウィンに問い掛けた。

「……閉鎖しました」

「閉鎖?」

「リリエンベルク公国との境。公国の出口を封鎖しました。俺が聞いたのは南だけですが、きっと西側も同じようにしているのでしょう」

 王都に繋がる南だけでなく、ラヴェンデル公国に続く側も封鎖されたはずだ。そうでないと意味はないとアルウィンは考えている。

「…………」

 王国はリリエンベルク公国を見捨てた。閉鎖が一時的なものであるとしても、見捨てた事実に変わりはない。本当にそんな決断が為されたのか。エカードには信じられない。

「……リーゼロッテ様は軍を率いて、リリエンベルク公国に戻るおつもりです」

「無茶だ」

「俺もそう思います。ですが他にリリエンベルク公国の軍をまとめられる人がいません。リリエンベルク公爵は戦死なさいました。マクシミリアン様も死を覚悟して魔人軍の足止めをされています。リリエンベルク公爵家の跡継ぎであるヨアヒム様にはなんとしても生き残って頂かなければなりません」

「……撤退という選択肢もある」

「多くの領民が残されているのに? そんなことをリーゼロッテ様が出来ると思っているのですか!?」

 アルウィンは声を荒らげてしまう。責める相手を間違っていると分かっていても、この戦場で、陽動だと分かっていながら何も動こうとしない彼等の会話を聞いてしまい、それへの苛立ちが収まらないのだ。

「…………」

「……俺はリーゼロッテ様がリリエンベルク公国に戻る手助けをしなければならないので、もう戻ります」

「もう?」

「急いでリリエンベルク公国に入らなければならないのです」

「何故、それほど急ぐ? リリエンベルク公国に戻るにしても時間をかけて戦略を練って」

「時間がありません!」

「…………」

「……ジグルスは、ジグルスは魔人軍に一人で突撃して、そのまま行方不明になりました。リーゼロッテ様はジグルスの行方を捜そうとも考えているはずです」

「「「…………」」」

 ジグルスが行方不明。まさかの情報にこの場にいる全員が絶句してしまった。

「皆さんの善意に期待します。ではこれで」

 最後にこの言葉を残して、アルウィンは天幕を出て行った。急いでいるのは本当だ。リーゼロッテ率いる特別遊撃隊八百近くをリリエンベルク公国に運ばなければならないのだ。公国との領境を封鎖しているローゼンガルテン王国軍の目を盗んで。
 その忙しい中、わざわざこれを伝えに来た理由は最後の言葉。同情でも友情でもなんでも良い。心に思う何かがあるのであればリリエンベルク公国の戦いに参加しろと言いたかったからだ。リーゼロッテと特別遊撃隊だけで魔人軍を追い払えるはずがないのだから。

「……行かないと……僕は行かないと」

 アルウィンの言葉に真っ先に反応したのはウッドストックだった。

「ウッドくん?」

「僕はリリエンベルク公国に行きます。行ってリーゼロッテ様と一緒に戦います」

「気持ちは分かるけど、ウッドくん一人が行っても……」

「行かなければならないんだ! 今の僕があるのはジグルスさんとリーゼロッテ様のおかげだ! 僕はその恩を返さなければならない! 僕はリーゼロッテ様と一緒にジグルスさんを助ける!」

「ウッドくん……貴方、記憶が……あっ、戻っている」

 ウッドストックだけではない。自分が失っていたジグルスの記憶も戻っている。それをクラーラは知った。二人だけではない。全員の、ジグルスの母親によって遮断された記憶が戻っているのだ。

「……嘘……嘘よ! そんなことあるはずないわ! 彼が! 彼が……嘘よ!」

「ユリアーナ、落ち着け! まだ死んだと決まったわけではない!」

 激しく狼狽しているユリアーナ。それをエカードはジグルスの死にショックを受けたからだと考えた。

「どうして! どうして分からなかったの!? どうして…………嫌ぁああああっ!!」

「ユリアーナ! 大丈夫か!? ユリアーナ!」」

 叫び声をあげながら地面に倒れていくユリアーナ。そのユリアーナに声をかけるエカードとレオポルド。リリエンベルク公国に行かなければと言い続け、実際に今すぐに出て行こうとするウッドストックを宥めているクラーラ。花の騎士団の、物語の主要人物たちは大混乱に陥っていた。