月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #70 何故物語は悲劇を求めるのか

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 リリエンベルク公国領に侵攻した魔人軍は三万。その第一報を聞いたリリエンベルク公爵が懸念した通り、その軍はほぼ魔人だけで編成された精鋭と呼べる軍だった。
 その魔人軍に対してリリエンベルク公国軍は善戦した。兵を鍛えるだけでなく、防衛線と定めた地域にいくつもの防御陣地を構築して守りを固めた。さらにそれらの防御陣地に多くの弩砲や投石器を設置。個の能力の差を有利な戦場で戦うことと、大量の遠距離攻撃武器を揃えることで補おうと考えたのだ。
 だが善戦までだ。侵攻してきた魔人軍を押し返す力はリリエンベルク公国軍にはなかった。魔人軍は防衛線上でもっとも防御力が弱い、といってもその差はわずかだが、陣地を見極め、そこに攻撃を集中させた。その時点で魔人軍は当初の三万から五万に増えている。二万は魔物だ。
 魔人軍はその二万でリリエンベルク公国の防御陣地に犠牲を顧みない猛攻を仕掛けてきた。リリエンベルク公国側も備え付けてある弩砲や投石器をフル稼働させてそれを迎え撃った。
 その結果、魔物の多くを撃退したところで弩も投石も尽きることになる。そうなると魔人軍の接近を防ぐ術はなくなる。そこからは魔人軍がフル稼働だ。昼夜を問わず、リリエンベルク公国の防御陣地に攻め寄せてくる魔人軍。陣地にこもる軍勢が疲弊するのにそう時間がかからなかった。
 防御陣地は陥落。防衛線の一点が崩されると、リリエンベルク公国軍全体の防御力は一気に低下した。
 魔人軍は拠点制圧をほとんど行わないままに、リリエンベルク公国の奥深くに侵攻しようと動き出す。その魔人軍を後方から追撃しようとリリエンベルク公国軍が動いたが、防御陣地を出て、野戦となると戦力の差は大きく開いてしまう。出撃の度に大きく兵力を削られることになる。それがさらに防衛戦の弱体化に繋がり、魔人軍の攻勢を許すことになってしまうのだ。

「……第二防衛線も突破されたか」

 前線からの報告を聞いたリリエンベルク公爵の表情は暗い。第二防衛戦を突破されれば、あとはもうシュバルツリーリエでの戦いになる。リリエンベルク公国にとっては最終決戦だ。

「……騎士団長も討たれたということです」

 うなだれたまま騎士団長の戦死を告げる伝令の騎士。公主である公爵を除けばリリエンベルク公国軍の頂点である騎士団長が討たれるような敗戦だ。騎士団は致命的な被害を被っている。もちろん、それで敗北が完全に決まったわけではない。リリエンベルク公国はまだ戦うつもりだ。

「マクシミリアン。王国からの援軍は?」

「何度も催促の使者を送っておりますが応える様子はありません。二週間ほど前の情報ですので、今はどうか分かりませんが」

 怒りの表情を浮かべてリリエンベルク公爵の息子、リーゼロッテの父親が答えてきた。このような状況に陥っているのにローゼンガルテン王国は未だに援軍を送ってきていない。マクシミリアンはそれに怒りを感じないでいられるほど悟りを開けてはいない。

「……謀られたかな?」

「援軍を送ってこないのはわざとだと?」

「大森林地帯から魔人軍を引き出す餌にされたかもしれない。まあ、事実は分からない。それを考えても何も問題は解決しない」

 謀略を疑ってもそれで援軍が現れるわけではない。嘆いている暇もない。これからの戦いをどうするかに考えを集中しなければならない。

「第二防衛戦を突破されたとなると、二、三日で魔人軍はここに到着します」

 魔人軍は領地の制圧など考えずに、とにかく前へ前へと進んでくる。伝令からそれほど遅れることなく、シュバルツリーリエに到着するはずだ。新たに何かを用意する時間はない。

「……マクシミリアン。急ぎ、まだ残っている領民たちを連れて逃げろ」

 第一防衛線を突破された時点で領民には南に逃げるように伝えてある。だが行き場のない領民たちは、まだまだシュバルツリーリエに残っているのだ。

「……父上は?」

「ただ逃げても追いつかれるだけ。魔人軍の足止めが必要だ」

 領民たちの足は遅い。魔人軍の追撃から逃がす為には、足止めを行わなければならない。それをリリエンベルク公爵は自ら行うつもりなのだ。

「父上はリリエンベルク公国の公主。その役目は私が」

「老いぼれが生き残ってどうする? 未来の為には若い者を助けることを優先するべきだ」

「しかし……」

「それにお前に軍事は任せられない。任せても失敗するのがオチだ」

「…………」

 リリエンベルク公爵の言う通り、マクシミリアンには軍事の才がない。将として出撃しても失敗する可能性は高い。彼よりも遙かに軍事的能力の高いリリエンベルク公爵であっても成功するという保証はないのだ。

「ヨアヒムも連れて行け」

「……はい」

 リリエンベルク公爵が失敗した場合、次はマクシミリアンが足止めを行うことになる。次代のリリエンベルク公爵は息子のヨアヒムに託して。

「さて……バーンズ、悪いが供をしてもらえるか?」

 リリエンベルク公爵が声を掛けたのは前リリエンベルク公国軍騎士団長。とっくに引退していたのだが、魔人戦争が始まる段階で復帰していたのだ。復帰といっても死に場所を求めてのこと。こういう事態になった時に、その身を犠牲にしてリリエンベルク公国の役に立つためだ。

「もちろんでございます。他にも同行を希望する者は少なくありません」

「……老いぼればかりで勝てるか?」

 他にも同行を希望する者。前騎士団長が指す人々は皆、退役軍人。前騎士団長と同じように死の覚悟は出来ている。

「老いぼればかりで心配なのであれば私が同行しましょう」

「……お主」

 割り込んできた声の主はクロニクス男爵。リリエンベルク公爵にとって、いるはずのない意外な人物だ。

「何より私自身が心配です。勝つ気もなく戦って勝てるはずがない」

「……本気なのか?」

 クロニクス男爵が参戦してくれることに、大きな驚きはない。だが現れたのはクロニクス男爵だけではない。その妻であるヘルもいるのだ。

「このような場面で冗談を言う趣味は私にはありません」

「しかし……お主はまだしも……」

「あっ、私? 仕方ないわ。面倒な奴等がいては家にいられないもの。帰りたかったら追い返すしかないでしょ?」

「大丈夫なのか?」

 リリエンベルク公爵はヘルの事情をかなりの部分まで知っている。そうでなければ領内に置いておくことなど出来ない。知れば尚更、置く気にならないのが普通なのだがリリエンベルク公爵はそうではなかったのだ。

「……ちゃんと話しておくと、私は貴方にはすごく感謝しているの。私と息子に生きる場所を与えてくれて、最後まで約束を守ろうとしてくれた。エルフとしてここまでの誠意を見せられたら、こちらも誠意で返す以外はないわ」

「約束は守っていない。君の息子は戦場に出ている」

「その結果、この戦いには巻き込まれないで済んでいるわ」

「……私は孫娘が可愛くて、彼女を守る為にラヴェンデル公国に送り込んだのだ」

「別に戦場に送る必要はなかったわ。でも貴方はわざわざ危険な戦場を選んだ。しかもジークの仲間たちと一緒に」

「たまたまだ。そこまで先を見通せる目を持っていれば、このような事態にはなっていない」

 実際に全てを見通してリーゼロッテ、そして特別遊撃隊をラヴェンデル公国に送ったわけではない。ただ最悪の事態を想定していたのは確かだ。そうなった時にジグルスをリーゼロッテの側に置いておきたいと思ったことも。

「そういう恩に着せようとしないところも私が貴方を信用するところ。とにかく私はすでに貴方には返しきれない借りがある。それを返せるだけ返すわ」

「……分かった。正直ありがたい」

 玉砕覚悟で戦いを挑んでも、ほとんど足止めにならないだろうと考えていた。だがクロニクス男爵夫妻が参戦するとなれば希望が持てる。勝てるとは言えないが目的は果たせる。二人にはそれだけの力があるのだ。
 特に妻のヘルには。彼女は前回の戦いで死んだ前魔王の側近中の側近だった人物。かつて魔人軍の頂点にいた三将の一人なのだから。

 

◆◆◆

 リリエンベルク公国同様に、今となってはそれ以上にローゼンガルテン王国の王城は混乱している。まったく想定外の事態、これまでの報告とはまったく正反対の情報が飛び込んできたのだ。すぐに王国の上層部は事実関係の確認に動いたが、それも中々進まない。身動き出来ないままに時間ばかりが過ぎている。

「……もう一度聞く。何故、リリエンベルク公国に魔人軍が侵入したことを報告しなかった?」

 王城の大広間では国王直々の査問会が開かれている。事実関係がいつまで経っても明らかにならないことに苛立った国王が自ら動きだしたのだ。

「恐れながら、私は報告致しました」

 査問を受けているのはリリエンベルク公国の視察に向かった使者だ。

「リリエンベルク公国に侵攻した魔人軍はわずか。偵察部隊程度で現時点では危険はない。確かに報告はされている。嘘の報告が」

 手に持った報告書の一部をそのまま読んだ国王。危険がないはずがない。リリエンベルク公国は魔人の手に落ちようとしているのだ。

「私が現地にいた時、魔人軍の数はわずかでした。リリエンベルク公爵自身が少ないと言っていたのです」

「危険がないとまで言っていたのか? リリエンベルク公国からはその後、何度も救援要請が来ていた」

「……状況が変わったのではありませんか? 私は現地にいた時の状況をそのまま報告したまでです」

 使者はあくまでも自分の報告には虚偽がないと訴えている。だがそれを信じられる状況ではないのだ。

「リリエンベルク公からは救援の依頼はなかったと言うのだな?」

「……それは……ありました。ありましたが、それはリリエンベルク公が話を大袈裟にしていたのです。危険が迫っていないのに王国騎士団の派遣を要請するなど、自国のことしか考えていない傲慢さではありませんか?」

「事実かどうかを判断する権限が自分にはあったと?」

「それは……それについては心より謝罪いたします。しかし私は王国の為を思って行動したつもりです」

 使者が認めた非はわずかなもの。基本は自分に罪はあることを認めようとしない。国王が直々に聞いてもこの態度は変わらない。

「……聞く相手を代えよう。何故、リリエンベルク公爵家からの救援要請を握りつぶした?」

 査問相手は使者一人ではない。他にも問題がありそうな担当者を集めている。誰かが嘘を言っている。それを全員から話を聞くことであぶりだそうとしているのだ。
 国王が質問を向けたのは情報部、といっても、その中で各地からあがってくる情報や要請事項を受け付けるだけの部署の担当者だ。

「恐れながら握りつぶしたつもりはございません。情報部の窓口には毎日様々な情報が届きます。その中から信頼に値する情報だけを上に届けるのが我々の部署の仕事です」

「リリエンベルク公爵家からの救援要請は信頼出来ないと判断したのだな?」

「それは上からそういう伝達事項が届いていたからです。リリエンベルク公国は過大な報告を行っている。情報の選別時には気をつけるようにという内容でした」

「……その伝達事項はどこからのものだ」

「それは情報部の上からです」

「誰からと聞いているのだ!?」

「そ、それは! わ、私には……書面で届くものですので……」

 担当者にはそれが誰が発した伝達事項かなど分からない。上からという答えは、正直に話しているつもりなのだ。ではその上とされている部署の担当者から話を聞いてもはっきりしない。
 グルグルと回って、最初の使者の報告がそのようなものだったのが理由ではないかということになる。では、と使者を問い詰めてみると。

「わ、私はただそのままを報告しただけ。それが結果としてどう判断されたかまでは分かりません」

 となる。国王が自ら乗り出しても責任の所在は明らかにならなかった。

「陛下。犯人捜しは後回しにして、そろそろ事態への対応を決める必要がございます」

 それを見て取った宰相が責任追及は後回しにすることを進言してきた。それについては国王も異論はない。決められる者ならさっさと決めて、実行に移したい。

「動かせる軍勢は集まったのか?」

 キルシュバオム公国とゾンネブルーメ公国に軍勢を送ったことで、中央に残る兵力は一万二千ほど。中央を空っぽにするわけにはいかないので、軍の再配置を調整していたはずなのだ。

「難しい状況です。もちろん公国に散っている軍勢を引き戻すことは可能でしょう。しかしそれを行って、間に合うでしょうか?」

「……何を言いたい?」

 軍を集めて、リリエンベルク公国に救援を送る。その為に今まで動いてきたはずだった。だが宰相はその軍を集めることが難しいと言っている。ではどうするつもりなのか。

「……苦渋の決断となりますが、リリエンベルク公国との境を閉鎖することを考えられてはいかがでしょう?」

「な、なんだと?」

 各公国との境は国境らしく山と山に挟まれた隘路などになっており、砦が設けられている。元々、本当に国境となっていた場所で、それがそのまま公国が反乱を起こした場合の備えとして残っている。昔とは違い砦は王都側だけに設けられており、普段は開放されて自由に行き来出来るのだが、宰相はそこを閉鎖することを進言してきた。
 それはつまり、リリエンベルク公国を見捨てるということだ。

「情報が伝わってからかなりの日数が経過しております。すでにシュバルツリーリエは陥落している可能性が高いと思われます」

「……リリエンベルク公国を見捨てろと?」

「さきほど申し上げた通り、王国を守る為の苦渋の決断です。魔人軍がこの都に攻め寄せる事態は絶対に許してはならないのです!」

「…………」

 国王の顔は真っ白だ。リリエンベルク公国を見捨てる。この宰相の進言に対して、決定を下す人は国王しかいないのだ。
 リリエンベルク公国は見捨てないという言うだけであれば簡単だ。だが宰相の言う通り、王都にまで進軍を許すような事態は決して許してはならない。それはローゼンガルテン王国の滅亡に繋がる可能性があるのだ。

「陛下……お気持ちは分かります。しかしここは何卒、心を鬼にしてでも王国の為の決断を」

「…………」

「ただ一言、許すと! あとはすべて私の責任で進めます!」

「……ゆ……許、す」

 消え入りそうな声で国王は宰相の求める言葉を発した。この広い大広間で聞き取れた者はどれだけいたか。だが確かに国王は許可を出したのだ。

「承知しました。すぐに動きます」

 国王の命令を受け入れる宰相の言葉。これで全ての人々が知った。ローゼンガルテン王国はリリエンベルク公国を諦めた。それが例え一時的なものであったとしても、今まだ戦っているかもしれない人々を見捨てたのだと。
 だがそれに異を唱える者もいない。王国に危機を招く決断を国王に促せる者など、この場にはいない。誰もこの事態の解決策を持っていないのだ。