月の文庫ブログ

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異伝ブルーメンリッター戦記 第56話 主人公たちの戦いが始まる

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ラヴェンデル公国の中心都市リラヒューゲルから真っ直ぐ西に移動した位置にある平原地帯ドゥエルヴィーゼ。そこが魔人軍との会戦の場となった。
 魔人軍十万に対してローゼンガルテン王国軍、ラヴェンデル公国軍の二軍を含めて、は総勢二万四千。数の差は圧倒的だ。魔人軍と向き合うローゼンガルテン王国兵士の顔はどれも緊張で強ばっている。緊張しているのは兵士たちだけではない。指揮官である騎士たちも初めて魔人軍を目の当たりにして、予想外の事態に動揺していた。
 魔人軍が圧倒的な数で攻めてくることは開戦前から分かっていた。そうであるのに騎士たちが動揺しているのは数が理由ではない。魔人軍の装備だ。
 ローゼンバッツ王立学院の合宿が行われた場所に現れた魔物が身に纏っていたのは、武具とは言えない粗末な装いだった。だが今目の前に並んでいる魔人軍の兵士、魔物たちの装備はローゼンガルテン王国の兵士たちのものとそれほど変わりはない。騎士のようにフルフェイスの鎧兜を身につけているものまでいる。

「……あれが魔人軍か」

 その様子を見て呟きを漏らしているのはエカードだ。エカードたちはローゼンガルテン王国軍の後衛部隊。本営のすぐ前に配置された大隊にいる。大隊隊全体としてはおよそ千。その中の二百人、二中隊規模がエカードたちの部隊だ。

「思っていたのとかなり違うな」

「ああ。あれは間違いなく軍隊だ」

 ローゼンガルテン王国軍を驚かせているのは装備だけではない。魔人軍は大きく十ほどに別れて、整然と並んでいる。統率がとれたその様子はローゼンガルテン王国軍と変わらない。

「……戦術も持っていると考えるべきなのだろうな?」

「程度は分からないが、恐らくは。隊列の中に一際大きなやつがいる。あれが指揮官ではないか?」

 ゴブリンのような小柄な魔物が整列している中に、頭一つどころか胸まで飛び出しているものがいる。それが指揮官ではないかとレオポルドは考えた。

「思っていたよりも強敵そうだ。大丈夫かな?」

 他人事のような言い方になるのは、エカードたちが相手にするのは魔人と決められているから。魔人に従う魔物を他の部隊が討って、魔人を引き出してからがエカードたちの出番なのだ。

「大丈夫であることを願うしかない」

 エカードの問いにレオポルドが答えたのと、ほぼ同時に戦場の右側が赤い光に照らされた。空に浮かぶ、太陽が降りてきたのかと思うような、激しく燃え盛る炎の玉。
 それは空中で破裂して、真下にいる魔人軍の部隊に襲い掛かった。

「あれは……?」

「……配置から考えると、リリエンベルク公国軍ではないかな?」

「リーゼロッテか……」

 リリエンベルク公国軍が、リーゼロッテが参戦していたことにエカードたちは驚いた。しかもリーゼロッテが指揮官で、その部隊は七百にも満たないのだ。
 リーゼロッテが参戦した理由については、事情を聞いて納得した。タバートとの婚約は、それはそれで驚くべきことであったが。
 ただ七百にも満たない部隊がどれだけ戦力になるのか。ラヴェンデル公国軍の指揮官が、援軍の少なさに対して憤慨していたことをエカードたちは知っている。

「もう前線は衝突したようだね」

「そうか……」

 いよいよ戦いが始まった。だがエカードは少し勘違いしている。レオポルドの説明が足りないせいだ。

「リリエンベルク公国軍だけみたいだ」

「なんだと?」

 その七百にも足りない部隊で、十万の敵軍に攻撃を仕掛けた。そんな馬鹿な真似をするのかと驚いたエカードは、慌てて視線を右翼の前線に向ける。
 距離があって戦いの様子は良くは分からない。だが、敵最左翼の部隊に乱れがあるのは分かる。

「全体が動く」

 リリエンベルク公国軍に引きずられた、というほどでもないが、ローゼンガルテン王国軍の前衛全体が前進を始めている。エカードたちがいる部隊の前面が開けていった。

「……いくらなんでも突出しすぎだ」

 エカードの視線は右翼に向いたまま。リーゼロッテが率いる部隊は、正面にいた魔人軍一万の部隊に攻勢をかけた後、そのままの勢いで突き進んでいる。
 続いて前進したローゼンガルテン王国軍六千、ラヴェンデル公国軍六千はまだ前面の敵を崩せていないというのに。

「後詰めに出るべきじゃないかな?」

 レオポルドもこのままではリリエンベルク公国軍は孤立すると考えた。後方から支える部隊を送るべきだと思うのだが。

「……何故、指示が出ない?」

 エカードたちが所属する部隊の指揮官は、その命令を発してくれない。エカードたちは主力扱いをされていても指揮官ではない。命令がなければ動けないのだ。

「僕たちは魔人だけを相手にしろってことだよ。それに僕たちが動かなくても」

 待機していたラヴェンデル公国軍六千からおよそ三千が前に飛び出して行った。

「タバートか……」

 それを率いているのはタバート。三千の後詰めが出たとなれば、エカードたちがどうこう言う必要はない。

「……敵が下がっていく」

「えっ?」

 戦いはまだ始まったばかり。エカードたちはただ見ているだけだ。そうであるのに、レオポルドが言う通り、魔人軍の後方に動きが見える。戦場を離れようとしているような動きだ。

「前に出るべきだ」

 敵が背を向けるのであれば、全軍で追撃を行い、立ち直れないくらいの被害を与えるべきだ。エカードはそう考えた。だが、やはり命令が出ない。
 魔人軍の動きが加速していく。十万のうち、後方の半分は完全に背中を向けて、戦場を離脱していく。残りの五万も最前線で戦っている部隊だけを残して、これはバラバラに離脱していこうとしている。それを懸命に追おうとしているのはリリエンベルク公国軍。敵の最前線を突破したリリエンベルク公国軍はさらに背中を向けた敵に攻撃をかけようとしている。
 ただそれは追いついてきたラヴェンデル公国軍、タバートによって止められそうだ。

「……終わり……勝ったのか?」

 敵は退却している。これは勝ったといえるのか。ただ戦場を眺めているだけだったエカードには、勝ったという感覚が微塵もなかった。
 ドゥエルヴィーゼでの戦いはローゼンガルテン王国軍の勝利で終わり。だが戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 

◆◆◆

 距離による時間差はあるものの、ラヴェンデル公国での戦いの様子は全てローゼンガルテン王国の王城に届けられる。王国領全体での戦いを統括する本営は、国王がいる王城なのだから当然だ。
 戦争初期に、一気にラヴェンデル公国領の四分の一ほどを制圧されたローゼンガルテン王国であるが、軍が集結し、本格的な戦いが開始されてからは優勢に進めている。
 届く情報はほぼ全てが朗報、ではあるのだが。

「……他の地域で魔人の動きはないのか?」

 ラヴェンデル公国での戦いがどれだけ順調であっても、国王は安心出来ないでいた。

「今のところは」

「……リリエンベルク公爵家からの注進について騎士団長はどう考える?」

 リリエンベルク公爵家からは、現れた魔人軍は陽動で、本命はあくまでも北東部だという考えが伝えられてきている。さらに別の地でも陽動の為の戦いが始まる可能性も。

「答えは変わりません。十分にあり得る話だと考えております」

 騎士団長はリリエンベルク公爵家の考えに肯定的だ。否定する材料がない。

「……軍全体を北部に寄せるべきだと?」

「以前からそう申し上げております」

 騎士団長は軍の大半を北部に配置するべきだと当初から言っている。だが宰相の同意が得られず、その結果、国王も折衷案を選んだ為に実現出来ていない。

「……他地域での争いが起きた場合はどうする?」

「公国軍に頑張ってもらうしかありません」

 公国はそれぞれ六千の部隊が三つ。一万八千の軍がある。魔人戦争に備えて、数はもっと増えている可能性があり、その軍で自領を守るべきだと騎士団長は考えている。勝手にしろということではない。魔人軍の本隊を討つことが、全体の勝利に繋がると考えているのだ。

「それを言うならリリエンベルク公国軍に頑張ってもらうというのもあるのではないですか?」

 宰相が口を挟んできた。宰相は騎士団長の考えに反対の立場だ。リリエンベルク公国だけを守るような配置は行うべきではないと主張している。

「……もちろん頑張ってもらいます。出来るだけ多くの敵を引きつけてもらいたいので」

「その上で大森林地帯に攻め込むと?」

「それが戦いを決着させる方法です」

 戦争の最終的な決着は、魔人の本拠地を叩けるかで決まる。騎士団長はそこまでの戦果を欲しているのだ。

「大森林地帯についてはどのような場所か良く分かっていない。そこにどれだけの魔人がいるかも分かっていない。あまりに危険過ぎる選択ではありませんか?」

 宰相は大森林地帯に攻め込むことも反対の立場だ。敵の本拠地であろう大森林地帯。そこに踏み込んで、はたして勝てるのか。万一、大敗を喫するようなことになればローゼンガルテン王国存亡の危機が訪れるかもしれない。そんなリスクを負うべきではないと考えている。

「大森林地帯に逃げ込んだ魔人はまた息を吹き返し、我が国に攻め込むかもしれません。勝利が無駄になり、我が国は永遠に魔人の脅威に晒され続けることになるのです」

 自分の代で決着をつける。騎士団長はそれを望んでいるのだ。

「勝てる保証が見えているのであれば私も反対しません。ですが、何もないではありませんか」

 大森林地帯に攻め込んでも絶対に勝てる。そう思える材料は何もない。宰相にはリスクしか見えない。

「もう良い。今はまだこの議論に結論は出せない。もっと魔人の情報が必要なのだ」

 国王が騎士団長と宰相の議論を止めた。いくら二人が議論を戦わせても、国王が判断出来る状況にはならない。騎士団長の言う通り、魔人の本拠地に攻め込む必要はあると思う。だが宰相の言う通り、勝利の見込みは立っていないのだ。

「敵の陽動作戦が動いた場合はどうされますか?」

 結論の先延ばし。国王に向かってそれを責めることは騎士団長には出来ない。あくまでもそれと分かるようには。

「……今の戦いを速やかに終わらせろと伝えろ。それが出来なければ予備役の投入だ」

「……承知しました」

 ラヴェンデル公国西部で行われている戦いに決着がつけば、他の戦場に部隊を回せる。確かにその通りだ。速やかに決着が付けられるのであれば。
 結局、結論の先延ばしで終わることになる。ただそれはいつまでも許されることではない。味方だけでなく敵も許してくれない。

◆◆◆

 クロニクス男爵領で行われている特別遊撃隊の訓練。といっても本隊はラヴェンデル公国に出陣していて、残って訓練を行っているのは百人だけだが。
 その様相は以前とは一変している。もちろん同じ訓練も続けられているが、先発した兵士たちが行っていない訓練にかなり時間を割くようになっているのだ。

「さあ、来い!」

 中央で声をあげたのはクロニクス男爵。その声に応えて、三人の兵士たち剣を構えてクロニクス男爵を囲む。

「休むな! 攻めろ!」

 さらに外からジグルスの声が飛ぶ。
 剣を振りかぶってクロニクス男爵に襲い掛かる兵士たち。だがクロニクス男爵は三人の剣を全て躱し、さらに攻撃に転じる。目にも止まらぬ速さで振るわれる剣。兵士たちはそれを避けることが出来ず、地面に転がっていった。

「……はい、走って。次!」

 模擬剣とはいえ打たれればかなり痛い。その痛みを堪えて兵士たちは立ち上がると、走り始めた。その兵士たちに代わって、別の三人がクロニクス男爵の前に出る。
 兵士たちはこれまでの集団戦とは異なる戦い方の訓練を行っている。三人がかりとはいえ、個人の戦いに近いものだ。だが近いものであっても、これはあくまでも集団戦だ。

「もっと連携を考えて! バラバラに戦うな! 協力し合うんだ!」

 三人がバラバラに戦っていてはクロニクス男爵に勝てるはずがない。三人の動きを合わせて、それによって隙を作らなければならないのだ。

「さあ、行け!」

 考えろと言いながらジグルスはその時間を与えない。この訓練を行うことで削られた走り込みの時間を補う為に、兵士たちを休ませないようにしているのだ。
 クロニクス男爵の目の前にいる三人、そして次の順番を待っている三人以外は周囲を走っている。結局、走り込みを行っているのだ。もっともその走っている時間が考える時間にもなる。
 立ち合いを終えた兵士は何が悪かったのかを考え、場合によっては走りながら仲間と相談し、次の立ち合いに向かうのだ。

「ジーク! 休憩だ!」

 ただこの訓練には問題があって、それはクロニクス男爵に休む暇がないこと。いくら力の差があるといっても百人を相手に戦い続けるのだ。クロニクス男爵の体力が保たない。

「……分かった。休憩! 休憩だ!」

 クロニクス男爵の休憩に合わせて、兵士たちにも休憩をとらせるジグルス。走っていた兵士たちは、その場に座り込んでいく。
 休憩を求めたクロニクス男爵はそこまでではない。ゆっくりとジグルスのところに歩いてきた。

「……まだ元気じゃない?」

「どこまで父親をこき使うつもりだ? だが、まあ今は少し余力がある」

「それなのに休憩?」

「兵士たちが疲れすぎている。今の状態ではまともな立ち合いにならない。体力はついても剣の技量はあがらない」

 ただでさえ弱い兵士たちが、まともに剣を振れない状態でクロニクス男爵に立ち向かってもまったく勝負にならない。剣の一振りで終わるような内容では、連携の訓練にならないと判断したのだ。

「……確かに。個の訓練をもっと増やすべきかな?」

 今のやり方は効率的でないかもしれない。そうであれば別の方法を急いで考えなければならない。時間をかけて訓練を行える状況ではないのだ。

「そうだな……本気で彼等を魔人と戦わせるつもりか?」

 行っていた訓練は魔人と戦う為のもの。兵士である彼等にジグルスは魔人と戦わせようと考えているのだ。

「勝てる相手とは。魔人と一括りに呼んでもその力には差がある。俺が会った魔人は、一対一では手も足も出なかったけど、三人がかりであれば勝てるような気がした」

「……勝てると思ったのか」

「三人であれば。兵士たちが相手をするのは魔物、となっていてもその中に魔人が混じっている場合だってあるはずだ。その場合の対抗策は持っていないと」

 何倍もの魔物を相手にする為の戦いは、先発した兵士たちも身につけている。だが対魔人となるとどうなのか。魔物相手とは異なる戦い方が必要だとジグルスは考えていた。その為の訓練を行うことなく特別遊撃隊は戦場に出てしまったのだ。

「……三人で勝てるのであれば、三十人以上の魔人を相手に出来るな」

「最弱の魔人で三人ってこと。その戦い方がある程度身に付いたら、数を増やしていく」

「最初に少なく?」

 初めは大勢で、そこから徐々に少なくしていくべきではないかとクロニクス男爵は考えた。

「いきなり大勢では連携なんてとれない。徐々に増やしていかないと」

 ジグルスはあくまでも集団戦に拘っている。個の力ではなく連携の力で戦うつもりなのだ。

「……そうであればまずお前が戦法を考えるのだな」

「えっ? 俺?」

「兵士たちに考える習慣をつけさせるのは良い。だが時間がないのであれば出来る者がやるべきだ。お前は魔人と戦っている。その時のことを思い出して、戦法を考えろ。私の動きから考えるのもいい」

「……ああ、そうか」

 魔人の動きを思い出してみる。長い時間ではなかったが、その中でも自分では突けない隙があったように思う。さらに父親の動きに関しては記憶に刻み込まれている。一人では無理でももう一人、二人いれば。それを考えれば良いのだ。

「集団戦と言いながら、お前は別の方法をとろうとしている。戦術の講義、そして訓練での実践。以前と同じことを行えば良いのではないか?」

「分かった。そうする」

 父親の助言を受けて、この日からジグルスは戦法の検討に没頭した。没頭といってもジグルスの場合は、他にもやるべきことをやった上で、特別な集中力をもって取り組むのだが。
 ただジグルスは父親の助言の裏にある意味には気付いていない。戦法の研究が部隊を強くする為だけではないことが、この時点では分からなかった。