月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第53話 再会の時

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ジグルスが教官となっている新設部隊は、リリエンベルク公国軍特別遊撃隊と名付けられた。リリエンベルク公爵が自ら行った視察の結果、公国軍の正式部隊として認められたのだ。
 視察時にリリエンベルク公爵が残していった二百名、それにさらに三百があとから追加されて総勢六百名。急激な増員によりジグルス、そして同級生の七人は一時期、てんてこ舞いの状況に陥っていたが、一部の訓練において初期の百名を教える側に回すことでなんとか落ち着き取り戻し、今は問題なく訓練を行えるようになっている。
 問題なく、といっても当然何もないわけではない。調整すべき点はいくつもある。ただそれは百名だった時もあったことだ。

「あとから来た兵士たちの体力不足は仕方がないことだが……」

 会議の場で発言しているのはフェリクス。いつの間にかこうして教える側だけで集まって打ち合わせを行い、問題点を確認し、解決策を考えようになっていた。

「全体訓練への影響ですね。動きの違いをどう吸収するか……」

 個々人の差はあるとしても全体としては、この場所に来るのが遅ければ遅いほど基礎体力は劣っている。鍛錬期間が短いのでそうなるのは当然なのだが、その差が全体訓練での動きに違いを生んでしまうのだ。

「この話って学生の時もあったよな?」

 クリストフは同じような問題が学院にいた時もあったことを覚えていた。臨時合宿に向けて訓練を行っていた時に、リリエンベルク公爵家の騎士に指摘されたのだ。

「はい。あの時は一番、劣っている兵士に合わせる動きも確認しろと言われました」

「……そればっかりだと訓練にならないか」

 一番下だけに合わせて訓練をしていては、全体の成長が遅れてしまう。騎士も常にそうしろといっていたわけではない。本番でミスを犯さないように訓練時に確認しておけという意味だった。

「ですので二つの方法を試してみようと思っています」

 以前、指摘されたことだ。それへの対応についてはジグルスも考えていた。

「二つというのは?」

「同じレベルの人を集めて一つの部隊にするのと、あえて違うレベルの人で部隊を編成して訓練を行う二つの方法です」

「……同じレベルの人を集めるのはなんとなく分かる。バラバラにする意味は?」

 ジグルスの説明は簡単過ぎて、クリストフには意図が良く分からない。本当は分からなくてはならないのだ。ジグルスの思考に追いつくことが自分たちに与えられた課題であるとクリストフたちは考えている。

「上の人に引っ張ってもらおうと思いました。それに以前のように一人一人の理解度を確認しながらの勉強会も出来ません。実際に動きながら、分かっている人が確認したり、説明したりしていくしかないかなと」

 兵士一人一人が、部隊がどう動くべきかを考える勉強会。今もまったく行っていないわけではないが、六百人でとなると以前のように一人一人に意見を述べさせるなんて方法はとれない。それを訓練の中で、部隊単位で行おうとジグルスは考えている。

「確かに。体力ばかりに目が行っていたが、考えて動けているかという点でも差が大きいな」

 元々兵士は考えることをしない。考えることなく指示通りに動くことが正しいと教え込まれているのだ。その意識はジグルスたちも当然変えようとしているが、以前のように一人一人とじっくり話をしてというのは出来ていない。

「レベルの違う人を集めた部隊については、固定化しようと思っています」

「その理由は?」

「教える側も変える必要があると考えました。皆さんにはそれぞれ百名の部隊を見てもらいます」

「「「えっ?」」」

 兵士の編成だけでなく教え方も変える。それを聞いたクリストフたちは驚きの声をあげた。

「驚くところですか? これまでとそんなに変わらないと思います」

 これまでも分担して兵士たちに教えていた。ジグルスが言っている変更は教える相手を固定するだけだ。

「そうだけど……教える側の能力で部隊に差が出ないか?」

 担当した部隊が成長しなければ、それはその部隊を担当している教官の責任。重い責任を負うことになって、クリストフたちは戸惑っているのだ。

「まったくないとは言いませんけど、そういう場合はこの会議の場で調整していけば良い。それに訓練の内容は同じなのですから、そんなに差は出ないと思います」

「そうかもしれないけど……」

「これは皆さんの訓練です。皆さんは指揮官として戦場に出るのですから、今から部隊を掌握しておいたほうが良い。掌握はちょっと違いますね。指揮する兵士たちとの関係を深めたほうが良いと思います」

「……そうだな」

 いざ、この部隊、特別遊撃隊が戦場に出ることになれば彼等が指揮する可能性が高い。この状況で別に騎士を連れてきて指揮官として置いても上手くいくはずがない。その騎士はこの部隊の戦術を理解していないはずなのだ。
 いつかは背負わなければならない、本番の戦いとなればもっと重い責任を背負うことになる。それを考えれば訓練を任される程度でビビってはいられない。

「ということで総指揮官がフェリクスさん」

「はっ!?」

 いきなり総指揮官に指名されたフェリクスが驚きの声をあげる。

「ここも驚くところではないですけど? 百人で一つの部隊が六つ。それぞれに指揮官がいて、全体を見る総指揮官が一人。人数もぴったりです」

「……お前は?」

 この場にいるのはジグルスを入れて八人。今の説明では七人しか必要ないことになる。

「俺が任されたのはあくまでも教官。実際の戦場には出ないという約束でやっていることです」

「それは……そうだとしても……」

 この部隊の総指揮官を選ぶとすれば、それはジグルスしかいないとフェリクスは思う。残りの六人も、そしてまず間違いなく兵士たちもそう考えるはずだ。

「そういう約束なのです。一応、説明しておきますけどフェリクスさんを選んだのは爵位ではないです」

 七人の実家の爵位は高くない。フェリクスとクリストフの実家が子爵で他の五人は皆、ジグルスと同じ男爵家だ。だがジグルスがフェリクスを総指揮官に選んだのは爵位が上だからではない。一番総指揮官に相応しいと考えたからだ。

「そんなことは分かっている。驕っているわけではないからな。俺が分かっているのは、お前は爵位なんかで総指揮官を決めないってことだ」

「はい。さらに各部隊で十名の小隊長を選んで下さい。最初は始めの百人の中からで良いと思います」

「途中で変えるのか?」

 最初は、とあえて言うのは変える意思があるからだ。

「これは少し冒険ですけど、しばらく小隊長は交代制にしようと考えています」

 小隊長は固定しない。これが上手くいくかについてはジグルスにも自信はない。ただ試してみたいとは思っている。

「理由は?」

「立場で変わる人がいます。人の上に立つことで成長出来る人。その逆もいると思いますが」

「そうだな」

 自分たちもそうだとフェリクスは思う。もともとリーゼロッテの側近の中でも目立たない側の生徒だった。今の様にリリエンベルク公国軍を背負って立つなんて気概を持てる立場でも性格でもなかった。

「あとは小隊長の苦労を皆が知ったほうが良いかなと。その結果、自然とそれに相応しい人が選ばれるような気がします」

 小隊長になっても良いことなどない。間違いなく大変になるはずだ。そうであることを全員が知ることで、上への不満が減れば良い。大変さを知った上で、それに相応しい兵士が自然とその地位に固定されれば尚更良い、とジグルスは考えている。

「自然と……そうだな」

 その理屈でいえば総指揮官はジグルスがなるべき、という思いをフェリクスは口にすることを止めておいた。今ここでそれを言っても、ジグルスが困るだけだと分かっているのだ。

「この形で進めるにあたっては、部隊間に溝が出来るような事態だけは絶対に避けて下さい」

 競争心が生まれるのは良い。だがそれが過度なものとなり、敵対心に変わるような事態にはなっては困る。部隊を固定する上で、もっとも気をつけなければならないのはこれだとジグルスは考えている。

「全体訓練の時間が減らなければ、多分大丈夫だ」

「そうですか?」

「そうだ、と思うが、そうだな。それぞれ気をつけておくことは必要だ」

 辛く苦しい訓練を共に乗り越えてきた。この気持ちが部隊を一つにまとめている。自分たちもそうであるのでフェリクスたちには分かる。分からないのは乗り越えるのが当然だと思っている、さらに両親から厳しい鍛錬をやらされているジグルスくらいだ。

 

◆◆◆

 部隊編成を見直した上で、訓練を行っている特別遊撃隊。試行錯誤な部分は多くあるが、それこそが特別遊撃隊の強み。問題を皆で考えて解決していくことで部隊としてまとまり、成長していくのだ。
 そんな特別遊撃隊に、また新たな問題が発生した。問題という表現は正しくないかもしれない。新たに兵士が増員されたことは本番に向けて悪いことではない。ただそれが予定外のことで、しかも魔法士だということがなければ。

「合流が遅くなったことは謝るわ」

「い、いえ……えっと……どうしてここに?」

 突然、五十名の魔法士を連れて現れたリーゼロッテ。その衝撃からジグルスはなかなか立ち直れないでいる。

「どうしてって……魔法士を連れてきたって、さっき説明したわ」

「それは分かっています。でも、どうして、リーゼロッテ様が?」

 魔法士を合流させるのに、わざわざリーゼロッテが同行する必要はない。

「私が連れてきてはいけないのかしら?」

 ジグルスの問いで不機嫌になるリーゼロッテ。もっと喜んでもらえるものと考えていたのだ。

「そうは言っていません。ただ、再会出来るとは思っていなかったので驚いて……」

「……そうね」

 再会という言葉を使われると、リーゼロッテは別れの時を思い出してしまう。我を忘れて唇を重ね、強く抱きしめ合ったその時を。

「…………」

「…………」

 顔を真っ赤に染めて俯く二人。こんなあからさまな反応を見せられては、何があったかまでは分からなくても、二人の関係は誰でも気付く。周囲にざわめきが広がっていった。

「えっと……リーゼロッテ様。一応、確認しておきますが増員はリリエンベルク公爵のご承知のことですか?」

 妙な雰囲気をひとまず壊そうとフェリクスが割って入ってきた。あまり心配はしていないが、兵士たちの口から醜聞が広がるような事態になってはいけないと考えたのだ。

「ええ。お爺様には許可を得ているわ」

「そうですか。ありがとうございます。魔法士が五十名加わったとなれば、戦術の幅が広がります。ただ……」

 喜んでばかりはいられない。新しく加わる五十人の鍛錬をどうするか考えなければならないのだ。まして魔法士の鍛錬となると、これまで行ってこなかったものになる。

「基本的な鍛錬は済ませてきたつもりだわ」

「それはどのようなものでしょうか?」

「一つは体力作り。さすがに先にいる兵士たちには敵わないでしょうけど追いつけるくらい、なのかは実際にやってみないと分からないわね?」

 リーゼロッテの基準は学院時代の合宿に向けたもの。それと今この場にいる兵士たちを同じに見て、大丈夫だと考えるのは軽率だとリーゼロッテは気付いた。

「そうですね。正直申し上げて、我々も学院時代と比べて一段も二段も鍛えられたと考えておりますので、追いつくのは容易ではないかと」

「そう。そうでなくてはね。魔法のほうは集約と命中精度を向上させる訓練を行ってきたわ。これが思ったようにいかなくて、連れてくるのが遅くなってしまったの」

「そうですか……」

 魔法士といっても優秀な部類ではない。リーゼロッテの話を聞いて、フェリクスはそう判断した、のだが。

「言っておくけど、魔法に関しては私も妥協はないつもりよ。ここに連れてこられるだけの技量は身につけたと考えているわ」

 そうでなければもっと早くこの場所に連れてきている。魔法の技量に関しては、リーゼロッテなりの厳しい判断基準も持って、鍛えてきたのだ。

「失礼しました。そうなると合宿の時に考えていた戦術の……おい、ジグルス。いつまでも黙っていないで……」

 いつまで経っても言葉を発しないジグルスに文句を言おうとしたフェリクスだったが。

「……まとめるには人数が半端……部隊に組み込むか……付いていけるだけの体力が必要……これは鍛えれば良いだけ……でもな……」

 ジグルスはリーゼロッテが現れたことによる動揺から立ち直れていないのではなく、すでに魔法士を組み込んだ戦術に思考を集中させていた。その様子はリーゼロッテの存在まで忘れてしまったかのようだ。

「……いつも、こんな感じですので」

「良く知っているわ」

 フェリクスのフォローは無用のものだ。考え事に集中すると周囲が見えなくなるジグルスの様子を、リーゼロッテは何度も見ている。学院の頃も調べものに没頭している時は、リーゼロッテに自分の分のお茶を入れさせておいて、それにも気付かないことなどいつものことだったのだ。

「……この間に皆に紹介しましょう。リーゼロッテ様のことを知らない者はいないと思いますが、会うのは初めてでしょうから」

「そうね。お願いするわ」

 考え事に集中しているジグルスを放っておいて、兵士たちのところに向かうリーゼロッテたち。ジグルスがそれに気が付いたのは、リーゼロッテを囲む兵士たちの歓声が周囲に響いた時。

「……相変わらず人の心を掴むのが上手いな」

 ジグルスの目に映った様子は、学院の食堂で何度も見た光景に重なるものだ。平民の生徒たちはリーゼロッテと接することで、貴族令嬢の衣を脱いだ彼女の素を知り、その魅力に強く惹かれていった。その時と似た状況が目の前で起こっている。
 懐かしい。そんな思いがジグルスの胸に広がっていった。