月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第44話 登場人物がまた増えた

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ユリアーナの卑劣な謀を知っても、それに怯えることなくクラーラは活動を継続している。実際に襲われることになっていれば、また違った決断をしたのかもしれないが、ジグルスのおかげでその身を傷つけられることはなかった。以前よりも闘志を燃やしているくらいだ。だからといってユリアーナと正面切って戦うわけではない。それはジグルスに止められている。
 クラーラが頑張っているのは、エカードを自分たちの側に引き込むこと。平民の生徒やユリアーナに不満を持っている生徒との距離を縮めることになれば、それは相対的にユリアーナを遠ざけることに繋がる。それで目的は達せられるのだ。
 その為に利用出来るイベントが近づいている。ゲームイベントではない。王立学院のイベント、年に一度のお祭りだ。

「社交ダンスを中止……本当にそれでよろしいのですか?」

 エカードの提案に驚いているのは生徒会の役員。ミス・ミスター王立学院の発表を終えたあとは、受賞者によるダンスが行われることが恒例になっている。それが終われば、全校生徒が参加してのダンスだ。といっても参加するのは貴族の生徒に限ってのこと。社交ダンスは貴族の生徒の為のものなのだ。

「ああ、かまわない。社交ダンスでは全ての生徒が参加出来ないからな」

「はい。そうですが……」

 今更だ。イベントが始まった当初から貴族の生徒の為だけの行事だったのだから。

「去年はこれまでになく多くの生徒が参加出来た」

「はい……」

 去年は大勢の平民の生徒たちがダンスに興じていた。その様子を見て興奮していた先輩役員のことを思い出す。彼は「これこそが生徒会が求める理想の姿」だと言っていた。それを思い出している役員は、ちょっと大袈裟だと考えているが。

「だがその結果、貴族と平民の間に溝が生まれた。そういう点では失敗だったと俺は考えている」

 平民の生徒たちは大盛り上がりだったが、社交ダンスを台無しになれ、盛り上がっているダンスにも参加出来ない貴族の生徒たちはそれを苦々しい思いで眺めていた。エカードもその一人だ。

「……はい。すみません」

 去年も生徒会役員だった彼には、エカードの言葉は自分を責めているように聞こえてしまう。

「いや、君を責めるつもりはない。あれは突発的な出来事だ。だから今年は事前に準備をするべきだと考えている」

「準備とはどのようなものですか?」

「社交ダンスではなく、誰もが簡単に踊れるものに変え、事前に踊り方も教えておく。そうすれば全員が参加出来るイベントになる」

 去年のように平民と貴族の生徒の間に溝を作るわけにはいかない。そうなってはせっかくのイベントが意味のないものになってしまう。エカードは、これを画策したクラーラは、逆にイベントを利用して、生徒たちの連帯感を強めたいのだ。

「……お話は分かります。しかし……反対する人が出ないでしょうか?」

 平民の生徒にとっては良い提案だ。だが社交ダンスを廃止され、平民の生徒と踊ることを強要される貴族の生徒に反発が生まれないか。それを彼は心配している。十分にあり得る話だ。

「まったく出ないとは言わない。だからこそ早く告知し、嫌がる生徒を説得する時間が欲しいのだ」

 公爵家のエカードが言い出したこととなれば、表立って反対する生徒はいない。他の二人、リーゼロッテとタバートも賛同することなのだ。だが表に出ないからといって不満を持つ生徒を無視するつもりはエカードにはない。無視してはいけないとクラーラに言われているのだ。

「……説得に関してはエカード様のご協力も頂けるですか?」

「もちろんだ。俺だけでなく趣旨に賛同してくれているタバートとリーゼロッテの協力も得られる。二人以外にも協力者はいる。生徒会だけに面倒事を押しつけるつもりはない」

「そうですか……分かりました。学院の許可を得る必要がありますので確約は出来ませんが、ご提案の方向で企画してみます」

 先輩役員の言葉は大袈裟だと思った。だが今回、エカードの言う通り、貴族と平民の生徒が分け隔て無くダンスに参加することになれば、理想の姿が実現したことになると彼は思う。その理想を実現する為に行動するべきだと。

「ありがとう」

 生徒会の賛同が得られれば、事は決まったも同じ。学院が反対することはまずない。三公爵家の生徒が賛成している企画なのだ。
 あとは不満を抱いている生徒を見つけ出し、丁寧に説明して理解を得ること。それはかなり手間のかかることだが、そういった行動も生徒の信頼を得る為には必要なこと。自分たちを蔑ろにしているわけではないと相手に思ってもらえれば、労力以上の成果を得られることになる。
 これを考えたクラーラは変わっているとエカードは思う。人の良さそうな外見、実際に周囲と接する様子は誰もが好感を抱くものなのだが、その一方でこういった計算高いことも考えつく。
 クラーラは今のエカードには必要な人だ。そういった人物がこのタイミングで自分の前に現れたことに、エカードは感謝している。

 

◆◆◆

 学院のことはクラーラに任せた、わけではないが深く考えることは止めて、ジグルスは自分の仕事に専念している。出来るだけ早く都で必要な準備を終わらせて、領地に戻りたいのだ。新設部隊を鍛え上げるのにどれだけの時間が必要になるか、今のジグルスにはまったく見当がつかない。そうであれば一日も早く、それに取り組むべきだ。そう考えている。
 今日もアルウィンと打ち合わせ。都に残る理由は彼との調整以外にはないのだ。

「ローラントだ」

「……名前だけでは何者か分からない」

 アルウィンと二人だけで打ち合わせをするつもりが、知らない顔が同席していた。

「それは今から説明する。うちの使用人で、俺の商売を手伝ってもらうことになった。お前にも顔と名前を知っていてもらったほうが良いと思って連れてきた」

 ローラントはアルウィンの実家であるヨーステン商会の使用人。アルウィンが始めようとしている独自の商売をサポートする立場だ。

「……つまり、実家の了承は得られたということか?」

「まあ、そういうことだ」

 勝手に実家の使用人を使う権限はアルウィンにはない。サポート役として使用人を与えられたということは、実家がアルウィンの独自商売を認めたということだ。

「つまりお目付役だな」

「……俺の部下だ」

「どうだかな」

「ローラントと申します。旦那様からお目付役を言いつかっております」

 二人の会話が途切れたとみて、ローラントが自己紹介をしてきた。お目付役であることも正直に伝えて。

「ほら見ろ」

「……ローラントは若い衆の中では一番優秀と言われているからな。俺のほうが教わることは多い」

「へえ、今回の商売、意外と期待されているんだな」

 若手の有望株をアルウィンにつけた。それは期待の表れだとジグルスは考えた。

「優秀であることと優れた使用人であることは違う」

「……何が違う?」

「ローラントは使いづらい部下なんだよ。だから俺に押しつけてきた」

 能力は高くても使い勝手が悪ければ、それは良い使用人とはいえない。その優秀さを疎まれることにもなる。

「……なるほど、考えられているな」

「何が?」

「無能なお前なら才能に嫉妬することはないだろ? 優秀な部下が働くには悪くない」

「お前な……部下の前でそういう冗談は言うな」

「えっ? 冗談じゃないけど?」

「……今日は挑発には乗ってやらない」

 いつもであればここでアルウィンが大声を張り上げる。双方にとってお約束のようなやり取りだ。だがローラントがいる手前、アルウィンはいつものお約束に乗らなかった。

「なんだ、つまらない。じゃあ、本題に入るか。考えたことをまとめてきた。こういうの調達出来るか?」

 アルウィンが冗談に乗ってこないので、ジグルスも真面目な話を始めることにした。用意してきたメモを、アルウィンに差し出す。

「……どんな宝物を運ぶつもりだ?」

 書かれている内容を確認して、アルウィンは呆れ顔を見せている。

「宝物じゃない。当面は部隊が必要とする物資だ」

「それは分かっている。それを運ぶ為の荷台にどれだけの金を使うつもりだって、言っているんだ」

「俺は要求をまとめただけだ。金額を見積もるのはお前の仕事だ」

「……本気で運搬用の荷台に魔道を仕込むつもりか?」

 ジグルスが考えてきたのは運搬時の荷台、荷台というより箱だ。ただの箱ではない。それに軽量化の魔道を組み込めとジグルスは要求している。

「運ぶ時に軽くする為だ。少しでも一度に多く運びたいと考えれば、荷物を入れるコンテナの軽量化を考えるのは当然だろ?」

「コンテナ?」

「ああ、荷台のこと。でも台というのは変だろ?」

 台ではない。だからといって何故、コンテナなのか。この言葉を知らないアルウィンには通じない。

「……それは分かるけど……細かく見積もらなくても、びっくりするほど高くなることは分かる」

 アルウィンは呼び方よりも問題点のほうに気持ちが行っている。運搬用のコンテナは相当大きなものになる。それを軽量化するとなれば、大型の魔道具を作るようなもの。かなり高額になるのはすぐに分かる。

「実験してみないと分からないけど、荷物を入れるコンテナだけで飛竜が一杯一杯になったら困るだろ?」

「それはそうだけど……」

「調達コストに見合う収益があがるでしょうか?」

 割り込んできたのはローラント。高価な箱を運搬に使って、採算が合うかとジグルスに尋ねてきた。

「調達コストが分からない今の時点では答えられません。でも、仮に普通のコンテナで一往復しか出来ないところを、軽くすることで二往復出来れば、コストは半分になります」

「……なるほど。それでも普通のものの倍程度では作れないものです」

 ジグルスが何も考えていないわけではないことは、ローラントにも分かった。だがそれでも採算が合うものではない。

「コンテナの重さ分、一度に運ぶ荷物を増やせる」

「それでもやはり高コストになることは間違いありません」

「……客が要求しているのに、それを作らないつもりですか?」

「お客様の要求であっても、それが間違いであれば正すべきだと私は思います」

「なるほど。面倒な部下ですね。分かりました。これについては採算を考えていません。物ではなく人を運ぶ為に考えたものですから」

 出来れば良く知らない相手には話したくなかったのだが、目的を隠したままではどうやら調達してもらえない。そう考えてジグルスは考えていることを話すことにした。

「物ではなく人……というのは?」

「部隊を戦場に送り込む」

「なるほど。商売ではない」

 商売ではなく軍事。求めるのは採算ではなく勝利だ。それを得られるのであれば、調達コストは問題にならない。

「これは、飛竜で運ぶということ事態がその為の実験です」

「飛竜で運ぶ?」

「あれ? 聞いていませんでしたか?」

「……聞いていません」

 ローラントの視線がアルウィンに向く。とても主人に向けたとは思えない冷たい視線だ。

「話せるわけないだろ? 爺さんはそういう冒険を何よりも嫌う」

 ヨーステン商会の当主は堅実さを大切にしている。それが結果として大きな富を生むと考えているのだ。

「……確かに。しかし飛竜でどれだけの人数が運べるのでしょう?」

「それはやってみないと分からない。四頭を一組として、それで運べる重さ。何度も試す必要がある」

 四頭を一組として最大運搬人数を確認する。あとはそれの倍数だ。部隊人数を割ることで、必要となる飛竜の頭数を割り出すことになる。

「そうですね……まずはそれからですか。許容される重さを知って、それから荷台、いえ、コンテナですか。その試作となります」

「……確かに。いきなり試作はないですね」

「飛竜はどのようにして手に入れるのですか?」

「まずはリリエンベルク公爵家に四頭用意してもらいます」

「実験はすぐに出来ると……しかし一組では実運用に耐えられるか……これも結果次第ですか……」

 それほど多くの物資は運べないとローラントは考えている。最終目的は物ではなく人を運ぶことであっても、最初の商売が上手くいかない状況はローラントには許容出来ない。

「当面は、いえ、ずっとですか。陸上輸送との併用です」

「それが現実的ですね」

「調べてみたのですが、飛竜は長時間飛び続けることが出来ません。重い荷物を運ぶとなれば、その時間は短くなるでしょう。飛行可能距離を把握して、陸上輸送部隊の待機地点を決める。走竜を使いたいところですが、それは無理なのでまずは馬」

「……なるほど」

 思っていたよりも遙かにジグルスは深く考えている。それに少しローラントは驚いた。

「休憩を取った飛竜が陸上部隊を追い越し、また引き継ぐ。それの繰り返しです。問題は天候です。天候のせいで陸上輸送部隊の待機地点まで飛竜が辿り着けない場合の対応も考えないと」

「そうですね……そういうことをずっと考えているのですね?」

「ずっとは無理ですが、今はこれに割と時間を費やしています」

 郵送はジグルスが抱えている多くの課題の中のひとつに過ぎない。部隊の鍛錬方法、それを考える上での基本戦術など考えることは他にも沢山ある。

「……運搬については私も考えてみます。コンテナを作成する上で、確認することが沢山ありそうですので」

「お願いします」

「あとは何かありますか?」

「あとは……今隠してもいずれバレますか。これは王国軍の調達についての資料です」

 次にジグルスが取り出したのは、ローゼンガルテン王国軍の物資調達についてまとめられた資料。だがそれを見ても、ローラントには何の為なのか分からない。

「あとで読んでおいて下さい。調達は考えていた以上に各部隊に裁量が与えられています。完全に中央管理にしては、各部隊に必要な物資が行き渡らない可能性があると考えられた結果だそうです。在庫情報の共有や物流など、軍が抱えている問題も俺たちと同じということです」

 物資が不足しているという情報が中央に届くまでの期間。それを調達して必要とした部隊に送るまでの期間。在庫切れとならないようにその期間に余裕を持たせれば、余裕がある状況で調達依頼を行うことになる。それが無駄だと考えて、各部隊に調達の自由が許されているのだ。
 ただそれを知ったからといってどうなのだとローラントは思う。

「中央は無理でも地方の調達担当は、割と話が分かる人かもしれません」

「……そういうことですか」

 その地方の調達担当と繋がりを持ち、ストレートにいえば買収して、便宜を図らせる。これはそれが出来るか調べた結果の資料なのだとローラントは理解した。

「急ぎではありません。ただ商売を広げるには必要かと思って、調べただけです」

「はい。役に立つと思います」

 急ぎどころかジグルスには関係のない話だ。商売を広げるのはアルウィン。それが成功しても、ジグルスには利はないはず。

「繋がりが出来たら教えて下さい」

「……どうするつもりですか?」

 だがジグルスは買収出来た相手の情報を求めている。その理由がローラントには分からない。

「現地調達の役に立つかもしれませんから」

「それは……はい。お伝えします」

 本当に役に立つのかは、あくまでも商売人であるローラントには分からない。だがジグルスが求めるのであれば、それは渡すべきだ。繋がりが出来たとすれば、それはジグルスのおかげなのだから。
 今回の話は、跡継ぎのお坊ちゃまのお遊び。その、お遊びが過ぎないようにと監視役を押しつけられたのだとローラントは考えていたのだが、どうやらその様なものでは終わりそうにない。
 それはローラントにとって望ましい状況だ。退屈だと思っていたお目付役が、本業よりも遙かに楽しそうなものだと分かったのだから。お目付役の仕事よりもジグルスという人物のほうがさらに面白そうではあるが。