月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #43 チート主人公と魔人は紙一重

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 エカードは学院を一つにまとめることに苦心している。それを実現する為の土台は出来上がっている。リーゼロッテとタバートの二人と話し、自分の意思を伝えた。どちらも、リーゼロッテは積極的ではないが、同意は得ている。平民の生徒たちとは接する機会を増やすことによって、以前よりも確実に距離が縮まっている。反発していた貴族家の生徒たちとも、これは主に影響力のある女子生徒たちがエカードを擁護し始めたことにより、和解と言って良い状況になってきている。
 あとはさらに関係を深め、自分の考えを理解してもらって、相互協力体制を構築していくだけ、では済まない。エカードはまだ最大の問題を解決していないのだ。
 エカードの動きにはユリアーナも当然、気が付いている。色々な生徒と交流を行っているエカードだが、決してその場にユリアーナを連れていこうとはしないのだから。
 この状況はユリアーナにとって看過出来るものではない。エカードは戦力として最重要な攻略対象であり、学院内での後ろ盾だ。そのエカードが自分から離れていくことなどあってはならないのだ。
 ユリアーナもまた動き出した。自分の為に、自分だけの為に。

「あのクラーラという女子生徒は、とんでもない人だわ」

 まずユリアーナが巻き込むのは彼女にとって一番の理解者であるレオポルド。もっとも都合の良い男だ。

「とんでもないってどういうこと?」

「外見は真面目そうなのに、その……口にするのは恥ずかしいわ」

「恥ずかしいって。話してもらえないと、何のことか僕にはさっぱり分からないよ」

「そうね……その……男性関係がだらしないの」

「えっ?」

 ユリアーナの口から飛び出したのは、レオポルドにとってはまったく予想外の言葉。

「女子生徒の間では密かに噂になっているわ。彼女は大勢の男子生徒を誑かしているって」

「彼女が……想像がつかないな」

 レオポルドのクラーラに対する印象は決してそういうものではない。見た目も性格も良い、レオポルドにとって好ましいタイプの女子生徒だ。

「そういう人だからこそ、皆が騙されるのよ。最近はエカードもおかしいわ」

「エカードが? そうかな?」

「ちょっとレオポルド、しっかりして。近頃のエカードは彼女とばかり、一緒に行動しているわ。それをおかしいとは思わないの?」

 レオポルドの反応が思うようなものでないことに、ユリアーナは焦れている。ここはすぐに「僕もそう思っていた」といってくれるはずなのだ。

「……エカードが彼女と行動しているのは平民の生徒たちとの間に出来た溝を埋める為だよ」

 レオポルドはエカードが何をしているのか理解している。エカードからきちんと説明を受けているのだ。

「そうだとしても、私たちを除け者にするのはおかしいわ」

「それは……残念だけど僕は彼等に嫌われているからね。今の時点では出て行けないよ」

「……レオポルドはそれで良いと思っているの?」

 ユリアーナにとってはまさかの言葉。これでは考えていた通りに話が進まない。

「平民の生徒たちとの溝を埋めるのは良いことだよ。以前に比べれば、少し状況は良くなったけど、僕たちは孤立しているからね」

 レオポルドは馬鹿ではない。ユリアーナへの想いに縛られることなく物事を考えられれば、自分たちが決して良い状況ではないことが理解出来る。

「……仲間は集まっているわ」

「そうだね。ユリアーナのおかげだよ。でも仲間内だけで固まっていても、戦争では勝てない。もっと協力の輪を広げないと」

「……まさか、貴方まであの女に騙されているの?」

「違うよ。嫌だな。これはエカードと話して思ったことさ。魔人との戦いは厳しいものになる。それに勝つ為には他の人たちとの連携が必要だ」

 そして正しい情報を得られれば、それに合った正しい判断が出来る。ユリアーナの影響で周囲に見せている、ただの自分勝手な男であれば、エカードの友人になんてなれていないのだ。

「私たちは勝てるわ」

「ああ、僕もそれを信じて戦うつもりだ。その為には四公国が連携しなくてはならない。以前、話したのを覚えていないかな? 戦線はかなり広くなる。単独では抑えきれないって話をしたじゃないか」

「……そうね」

 何故、このようなことになっているのか。動揺を押し隠して、ユリアーナは必死に考えている。レオポルドに関しては、完全に支配しているつもりだった。自分の言いなりになって動く男になったはずなのだ。
 だが今のレオポルドは自分の意見を主張して、ユリアーナの思うような反応を返してこない。これは彼女にとっては異常事態だ。

「ああ、そうだね。良い機会だから伝えておくよ」

「何かしら?」

「……言いづらいのだけど、ユリアーナもあれだね。僕と同じであまり良く思われていないね」

「それは……それは相手が一方的に嫌っているの。私は何もしていないのに」

 さらにユリアーナの動揺は激しくなる。こういう話題では、レオポルドは怒り狂うはず。このように冷静に話してくるはずがないのだ。

「そうだね。僕は分かっているよ。でも誤解って何もしないままでは解けないからね。時には自分の気持ちを押し殺して、相手との和解を図る努力をしないと」

「…………」

 さらにユリアーナの側も和解の為の努力をしろと言ってくる。あり得ない事態だ。

「エカードは今それを行っている。それが上手く行って距離を縮めることが出来たら、次は僕たちの番だ。エカードの行動は僕たちの為でもあるんだ。放っておかれているように感じるかもしれないけど、少し我慢しないとね」

「……そ、そうね。私もその時までに冷静に考えてみるわ。いくらこれまで散々酷いことをされていたとしても、この世界の平和の為ですものね?」

「ああ、そうだよ。その日が訪れるまで、耐えなければならないことは、きっと沢山ある」

「……そうだとしても……レオポルド。私は貴方と一緒なら」

 レオポルドに色目を使うユリアーナ。仲間を大勢集めた。その結果、レオポルドとの接触は以前よりもかなり少なくなっている。レオポルドは美形だが、他の生徒もそうなのだ。同じ美形の中でも、ユリアーナの好みというものがあり、レオポルドはその好みからは少し外れている。ユリアーナは他の生徒と時間を過ごすことが増えていた。
 レオポルドがおかしい、ユリアーナにとってだが、のはそれが原因だと考えたのだ。

「どんな辛い日々も耐えられるわ。レオポルド……」

「ユリアーナ……僕も同じだよ。君となら……」

 重なる二人の唇。その触れあいは激しいもの。貪るように口を吸い、舌を絡め合う二人。やがて、二人の体は床に倒れていった。

「……レオポルド……駄目よ……」

「ユリアーナ……ぼ、僕は……」

「い、今は……駄目……まだ人がいるわ……」

「ユリアーナ……そうだね……」

 ユリアーナに拒まれて、渋々行為を止めるレオポルド。だがこれでユリアーナには十分。レオポルドの頭は彼女への欲望で一杯だ。

「……ねえ、レオポルド」

「何かな?」

「私、やっぱり彼女のことが気になるの。二人で確かめてみない」

 レオポルドの心をある程度、掴んだと感じたところで、ユリアーナは話をクラーラに戻す。これがあるから最後まで続けるわけにはいかなかったのだ。

「確かめるって、何を?」

「彼女が破廉恥な真似をしていないかを。噂通りだとすれば今頃は……」

 では自分たちが行おうとしていた行為はどうなのか、という考えは今のレオポルドには浮かばない。

「それが事実だとすれば問題だね。違うことを願っているけど……」

「私もそうよ。彼女の潔白を証明することが出来るわ。だから……」

 立ち上がってレオポルドの手を引くユリアーナ。

「……どこに行こうとしているのかな?」

「訓練場の奥に倉庫があるの。そこに向かう彼女を良く見かけると聞いているわ」

「奥の倉庫……」

「……誰もいなければいないで楽しそうね?」

 レオポルドの反応はまだ鈍い。そう思ったユリアーナはさらに餌を差し出す。誰もいない倉庫で……それでは噂の主は自分たちになってしまうだろうが、そんなことは関係ない。それにクラーラはそこにいるはずなのだ。

「分かった。じゃあ行こう」

 

 立ち上がって部屋の出口に向かうレオポルド。その後ろを笑みを浮かべてユリアーナは追いかける。廊下に出た二人。その二人の行く手を阻む者がいた。

「……君は……リーゼロッテのところの」

「はい。先日は失礼しました。お手合わせありがとうございましたと言うべきですか」

 ジグルスだ。ジグルスが廊下に立っていた。

「それは僕ではなく、ユリアーナに言うべき言葉だね」

「そうですね」

「……もしかして僕に用なのかな?」

「レオポルド様に限った話ではありません。皆さんにお聞きしたいことがあって伺いました」

「……部屋には誰もいないよ」

 リーゼロッテのところの従属貴族家の生徒が、自分たちの部室に何を聞きにきたのか。思い付くことのないレオポルドは、少し戸惑っている。

「そうですか。では申し訳ありませんが少しお時間をください」

「何だろう? これから行くところがあるのだけど」

「すぐに済みます。この上着の持ち主を知らないかと思いまして」

 ジグルスが差し出してきたのは学院の制服。男子生徒のものと思われる上着だ。

「……学院の制服では」

「いえ、見て頂きたいのは紋章です。上着の襟にある紋章に見覚えがないですか?」

 学院の制服の襟には校章、ではなく各家の紋章がつけられている。当然、貴族に限ってのことで紋章を付けることでどこの家の者かがすぐに分かるようにしているのだ。

「……これは……リクシル家かな?」

「キルシュバオム公爵家の従属貴族家ですね?」

 求める答えが得られてジグルスは満足そうな笑みを浮かべている。

「ああ、そうだ。落とし物か。持ってきて貰って悪かったね。部室で預かっておくよ」

「いえ。お預けするわけにはいきません。これは犯罪の証拠ですから」

「なんだって?」

「女子生徒を襲おうとしていた何者かが残していったものです。そうですか、リクシル家の人でしたか」

「ち、ちょっと待った! 女子生徒を襲おうとしていたとはどういうことかな?」

 犯罪の話となるとレオポルドも迂闊なことは言えない。もう言ってしまったのだが、場合よってはそれを誤魔化さなければならなくなる。

「女子生徒に、なんというか、破廉恥な真似をしようとしていたところに、たまたま居合わせまして。捕まえようとしたのですけど逃げられてしまいました」

「……そ、それは合意の上でのことではないかな?」

 破廉恥な行為。レオポルドはつい先ほど、この単語を使ってユリアーナと話をしていたところだ。

「私は一部始終を見ていました。犯人はいきなりその女性生徒に襲い掛かり、抵抗する彼女に暴力を振るおうとまでしました。あれは決して合意の上での出来事ではありません。断言します」

「……そうか。それで」

 犯罪であるとすればジグルスはどうするつもりなのか。レオポルドはそれが気になる。犯人がキルシュバオム公爵家の従属貴族家の生徒となると、他人事とは言えない。

「正直どうしたものかと思って、エカード様に相談したくもあって、ここまで来たのですが……」

「あっ、じゃあ、私がエカードに話しておくわ。証拠の上着を見せる必要があるわね。じゃあ」

「結構です」

「えっ?」

 最後まで語らせることなくジグルスはユリアーナの申し出を拒否した。

「もう少し調べてから、また考えます」

「調べるって何を?」

 ジグルスの意図がユリアーナには分からない。分かっているのは、かなりマズい状況だということだけだ。

「犯人の動機とか。逃げる時に変なことを口走ったのです」

「……何を?」

「それは……こういうことって、あまり話さないものですよね? 内緒です」

「だ、大丈夫よ。私は誰にも口外しないわ」

「内緒です。事が大きくなる事態を俺は望みません。同じ貴族の一人として醜聞が広がるのは。貴族の生徒全員の恥になります。これ以上、何も起こらなければ良いのですけど。そう思いませんか?」

「……そ、そうね」

 最後の言葉でユリアーナはジグルスの意図を理解した。ジグルスは自分を脅しに来たのだ。今回の件を公にされたくなければ、これ以上、クラーラに変な真似をするなと。クラーラだけではないかもしれない。

「レオポルド様も、事が公になるまでは、出来ましたら口をつぐんでいていただけると」

「……それは良いが、本人には一言どころか、言わなければならないことが山ほどあるね」

 キルシュバオム公爵家の、貴族全体の恥さらしだ。本人を目の前にすることがあっては黙っていられない。

「それはお任せします」

「……被害にあった女子生徒は?」

「それはお伝えしないほうが良いでしょう。私のほうで話をします。相手も貴族家の人間」

「えっ?」

 被害者は貴族家の人間ではないはず。犯人が襲った相手はクラーラのはずなのだ。

「何か?」

「……なんでもないわ」

 襲う相手を間違えた。ユリアーナはそう受け取った。そう考えさせることがジグルスの目的だ。被害者が何者か分からなければ、示談交渉は出来ない。いつ告発されるかと怯え続けることになる。

「貴族の恥になるような事態は望まないと思います。公にならないところでの重い処分を要求するとは思いますが」

「それは当然だね。最低でも退学。重ければ破門……は大事になるので、謹慎というところか」

 謹慎はただ大人しくしていれば良いだけではない。跡継ぎであればその権利は剥奪される。それだけでなく責任ある立場にも就けない。一生を日陰者で過ごすことになる。
 実際にそこまでの処分になる可能性は薄いが、あえてレオポルドは最悪を口にしたのだ。ジグルスに、その先にいる被害者に対して、厳しい態度で臨むと示す為だ。

「もし調整が必要な事態になったら相談させて頂きます。私が何も言ってこない時は上手く進んでいるとお考えください」

「……分かった」

 上手くいっているという報告も欲しいのだが、それを要求出来る立場ではない。ジグルスは貴族の恥と言ったが、実際のところはキルシュバオム公爵家の恥なのだ。その一員であるレオポルドはこの件では弱い立場にある。

「では、私はこれで失礼します」

 ユリアーナは自分の意図を十分に理解した。これで安心、というわけではないが、今回の目的は果たした。あとはクラーラが考えることだ。また危険な目に遭うことを覚悟して続けるか、止めてしまうか。この先、ジグルスが関与出来ることはほとんどない。

(……あれは淫魔か何かなのか? あの女こそ魔人じゃないかと思えてきた)

 ジグルスはただ廊下で待っていたわけではない。部屋の中の様子も見ていた。レオポルドがユリアーナに一瞬で籠絡されている様子を見ていたのだ。
 自分はなんとか耐えられたが、ユリアーナの誘惑は異常だとジグルスは思う。相手の思考を麻痺させて思うがままに操るなど、魔人の能力ではないかと思うくらいだ。
 この能力がある限り、ユリアーナを甘く見られない。クラーラは頑張っているが、いつ状況をひっくり返されてもおかしくないとジグルスは思う。

(いないものとして考えるしかない。それでどれだけのことが出来るか……)

 ユリアーナのいないところで頑張るしかない。彼女がいるところで何かを行おうと考えても、全てを壊される可能性がある。そう考えると自分の試みは間違いではない。こう思う一方で、主人公不在で何が出来るのかという思いもある。
 それでも進むしかない。主人公が歩むストーリーとは別の道を進むことで、何かを変えるしかないのだ。