月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第41話 主要キャラの初恋?

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 ジグルス・クロニクスとは何者なのか――自分が転生者だと知り、そうでありながら特別な才能を有していないと思い知った時からジグルスはそれを考えていた。さらにこの世界がゲーム世界であり自分の名は登場人物にはないと知ったあとは、その考えに囚われていたと言っても良いほどだった。
 自分は何故、この世界に転生したのか。転生した自分が何故、名も無きモブキャラなのか。この世界は自分に何をさせようとしているのか。もしくは何故、何もさせようとしないのか。ジグルスはこの世界で生きる意味を見つけられなかった。
 主人公の敵役、悪役令嬢役であるリーゼロッテと出会い、その真の姿を知ったのをきっかけに、ジグルスは足掻くことを決めた。ゲームの枠組みなど関係なく、行動しようと考えた。
 だが実際にはゲームの枠組みから逃れられていなかった。この世界から制約を受けてのことではない。自ら、ゲームが無事にエンディングを迎える為には主人公の邪魔をしてはいけないと、制約をかけていたのだ。
 その制約からジグルスはようやく逃れることが出来た。ユリアーナの存在を否定する気持ちを持てた。それがこの世界にとって良いことか悪いことかなど関係ない。自分はゲームの登場人物ではない。何をしようと関係ないと考えられるようになった。
 ジグルスはゲームには出てこない、ストーリーとは関係のない場所で生きることを決めたのだ。

「……鍛錬を実家の領内で行うのですか?」 

 ジグルスの覚悟を、そんな覚悟をジグルスが持ったとは知らずに両親は許してくれた。リリエンベルク公爵の申し入れを受け入れたのだ。条件付きで。

「そうだ。それがお前の両親が出した条件だ」

「……それって俺が教官をやることを許したことになりますか? 自分たちがやる気のような……」

「手伝う分には別に構わん。ただお前の邪魔をされるのは困るな。私が求めているのは新しい鍛錬の在り方だ」

「それって……俺の父親が従来の鍛錬方法を知っていると言っているようなものですけど?」

 父親が教官として出しゃばると新しい鍛錬方法にはならない。つまり、ジグルスの父親は従来の鍛錬方法を知っている。おそらくは王国騎士団の。

「……お前も余計なことは口にしないことを覚えるべきだな」

「そうします。領内に鍛錬に適した場所などありましたか?」

 クロニクス男爵の領地は狭い。軍の鍛錬が行えるような空地があった記憶はジグルスにはない。

「正確には領内ではなく領地近くだ。隣接している他家の領地内でも通うのには困らないはずだ」

「うちの領地は狭いですからね。では自由に選んで良いということですか?」

「さすがにそれはない。事前に候補地は数カ所に絞らせてもらう。他家との調整ごとなど無理であろう?」

 クロニクス男爵が周囲の貴族家と直接交渉するより、リリエンベルク公爵家が行うほうが当然、スムーズに事が進む。候補地選定を任せることは悪いことではない。

「分かりました。お願いします」

「部隊の人数は当初、百人だ」

「当初ということは、あとで増えるのですね?」

「そうだ。百人をある程度鍛えたところで増員する」

「まさかと思いますけど、数千人規模になります?」

 最初の百人は中核となる人々。鍛えられたその百人はジグルスの補佐、あとから加わった人たちを指導する立場になるのだ。そういった人々が百人も必要になる部隊規模になるということになる。

「成果が出ていると判断されればそうなる。駄目なら百人から増えない可能性だってある」

「ああ、それはそうですね」

 鍛錬が上手くいけば増員、失敗すれば増員どころか解散だ。成功しているところに人は回ることになる。

「食料、装備品などは当然こちらが用意する」

「それを私が手配させてもらいたいのですが、よろしいですか?」

「……出来るのか?」

「伝手はあります。知り合いの実家がヨーステン商会ですので」

 アルウィンと話していたことをジグルスは実現させようとしている。その為にはリリエンベルク公爵から、物資調達の権限を得なければならない。

「ふむ……ヨーステン商会であれば調達は問題ないだろうが、しかし……」

 ヨーステン商会は大商家だ。信用力はある。だが信用力があるのはヨーステン商会だけではない。

「色々と試したいことがあります。成功するかどうか分からないそれを引き受けてくれる相手は、知り合いしかいないと思います」

「その試したいこととは何だ?」

「一つは物資の運搬です。飛竜を使いたいと思っています」

「なんだと?」

 物資の運搬に飛竜を使うと聞いて、リリエンベルク公爵は驚いている。リリエンベルク公爵も聞いたことがない話。つまりどこも行っていないということだとジグルスは判断した。

「飛竜を使って物資の運搬が出来れば、部隊の移動速度があがります。戦場での戦いだけが戦争ではないのではありませんか?」

 荷駄隊の足は遅い。軍の行軍速度はその遅い荷駄隊に合わせることになる。戦闘部隊が先行することは当然あっても、完全に置き去りにするわけにはいかないのだ。

「……なるほどな。新しい試みではある。当然、飛竜も用意しろと言うのだろ?」

「はい。まずは四頭ほど。それでどれだけの物資が運べるかを試してみたいと思います。飛竜の背中に乗せれば良いというものではありませんので、色々と工夫を試みる必要があると考えています」

「四頭か……分かった。揃えよう」

 飛竜は貴重だ。だが四頭程度であればなんとかなるとリリエンベルク公爵は考えた。行軍速度を向上させたいという目的も理解出来る。速さは戦いを有利に進める武器になり得ることをリリエンベルク公爵は知っている。

「ありがとうございます」

 思っていたよりもあっさりと了承してもらえた。それにジグルスは内心で驚いている。
 成功すればラッキーくらいの気持ちで教官を任せるのだとリリエンベルク公爵はジグルスに伝えたが、実際はかなり期待しているのだ。それをジグルスは分かっていない。

「調達も任せよう。上手くいかなければ、その時はこちらで行うことにする」

「はい。お願いします」

 アルウィンにチャンスを与えることも出来た。今のところリリエンベルク公爵との交渉は順調だ。

「最初の百人の選抜は終えている。いつでもクロニクス男爵の領地に送り込める」

「それは……」

「すぐにでも初めてもらいたい。理由は言うまでもないな」

 開戦はおよそ一年後。これはジグルスが持つゲーム知識だが、これが合っているとしても、新設部隊を戦争に投入出来るまでに鍛え上げるには、それも精鋭と言えるだけの部隊にするには短い期間だ。

「……分かりました。物資調達についての調整が済み次第、実家に戻ります」

 アルウィンとの打ち合わせは何ヶ月もかかるものではない。ジグルスは卒業の日を迎えることなく、中途で学院を去ることになった。

 

◆◆◆

 長年抱えていた悩みから解放されつつあるジグルスがいる一方で、新たに悩みを抱えた人がいる。エカードだ。ジグルスの言葉に感じるものがあったエカード。この先、どうして行けば良いのかと悩み、その答えを得る相手としてリーゼロッテを選んだのだが、その彼女からはジグルスと同じか、それ以上に厳しい言葉を投げつけられた。解消するどころか、かえって悩みは深く、複雑になってしまったのだ。
 「自分が正しいと思っていることを疑え」とリーゼロッテに言われた。素直にそれに従おうにもエカードは、自分が正しいと思っていることが何か分からない。言葉通りに正しいと思うことはある。だがあり過ぎて何を疑えば良いのか分からないのだ。
 結果、エカードがリーゼロッテの次に頼ったのは、またクラーラだった。クラーラであればジグルスのことを調べた時のように、自分が見えていない何かを見つけられるではないかという期待。それにクラーラは以前から自分たちに批判的な様子だった。その批判はリーゼロッテの考えと同じところから来ているのではないかと考えたのだ。
 クラーラに何か思い付くことはないかを尋ねたエカード。

「……エカード様、病院に行かなくて大丈夫ですか? そんな簡単な答えが分からないなんて、きっと病気ですよ」

「えっ……」

 リーゼロッテの時とはまた異なる、辛辣な言葉を浴びることになった。

「ああ、恋は盲目って言葉を聞いたことがありますけど、そういうことですか?」

「こい……こいとは、あの恋か?」

「鯉ではありません。恋です」

「だから恋だろ?」

「……それわざとやっていますか? そうでなければ、やっぱり病院に行かれたほうが良いです。恋愛の恋です。このつもりで言っていましたか?」

「あ、ああ」

 なんだかクラーラはどんどん自分への当たりがきつくなっている。そんな風にエカードは思ったが、それを口に出せば、またきつい反撃を喰らうだけ。文句を言うことは控えておいた。

「エカード様はこの件については、頭の回転が鈍るようですので、はっきりと言わせて頂きます。彼女のどこが良いのですか?」

「彼女……?」

「まだはっきり言ったことにならないのですね? ユリアーナさんのどこが好きなのかと聞いているのです」

 クラーラは完全に呆れている。その気持ちがエカードへの当たりをきつくさせる原因の一番なのだが、それはエカードには通じていない。

「ユリアーナのどこが好きかって……好きではない」

「えっ?」

 二人の会話がかみ合わないのにも理由がある。エカードはユリアーナを自分の恋人だと思っていない。自分たちの問題と恋愛がどう関係するのか、まったく分からなかったのだ。

「ユリアーナは、これを言葉にするのは少し躊躇うが……でも今は仕方がないな。レオポルドの恋人だ」

 レオポルドにはマリアンネという許嫁がいるのに、ユリアーナを恋人と認めて良いのか、という思いがエカードにはあるが、今はこれを口にしないと話が進まないと考えた。

「……なおさら疑問に思います。特別な感情もないのに、どうして彼女を側に置くのですか?」

「それは……」

 一度、過ちを犯しているのでユリアーナには強く出られない、なんてことは絶対にクラーラに言えない。クラーラに軽蔑されるから、だけでなくレオポルドに知られたくないという思いもある。
 ただこれを思うエカードは、本人の自覚はないが、一時の呪縛から解き放たれているということだ。

「彼女に問題があることはご存じのはずです。リーゼロッテ様に対する数々の嫌がらせだけでなく、他にも沢山悪いことをしています」

「リーゼロッテの件は」

「ほぼ全てが彼女の側に非があってのこと。もしくはまったくの作り話です」

「えっ?」

「私の調査能力をお疑いですか?」

 クラーラが学院内で最初に調査を行ったのがリーゼロッテとユリアーナの揉め事についてだ。リーゼロッテがユリアーナに嫌がらせを行ったのは、学院内の規律を守る為。嫌がらせの内容には問題はあるが、ユリアーナが問題を起こした結果だ。それ以外はただの作り話。ありもしないことでリーゼロッテを悪者にしていたことが分かっている。

「……どうしてそんな真似をする必要がある?」

 クラーラの調査能力は確かなものだとは思う。だがエカードにとっては、にわかには信じがたい内容だ。ユリアーナのでっち上げで、自分もリーゼロッテを責め立てていたことになってしまう。

「リーゼロッテ様は怖い存在でした。そのリーゼロッテ様に平民の身で勇敢に立ち向かう彼女。ジグルスさんが注目される前は、彼女が私たちの人気を集めていました」

 男爵家のジグルスが公爵家のエカードに刃向かう。それと同じ構図なのだ。ユリアーナの場合は爵位もない。彼女の勇気が称えられていた時期があった。

「……ユリアーナに敵が多いのは知っている」

 ユリアーナの悪い噂もまた嫌がらせ。エカードはそう聞かされ、それを信じていた。

「その敵は彼女が自ら作ったものだとは思いませんか? 私たちはそう思っています。だって彼女は強い人を敵に回すからといって、弱い人の味方でもありません。強い人を敵に回すのも、エカード様のようなさらに強い人を味方につけたからです」

 ユリアーナが平民の生徒たちに見せる態度は酷いものだ。始めの頃こそ謙虚に振る舞っていたが、エカードたちを味方につけたあとは、良くて無視、多くの場合で見下してくる。それで平民の生徒たちが反発しないはずがない。リーゼロッテの人気が高まることで、敵視までする生徒が増えていった。

「……正しいと思っていたことを疑え。リーゼロッテは自分への誤解を解きたかったのか」

「そうでしょうか?」

「えっ?」

 答えが分かった。そう考えて発したエカードの言葉を、クラーラはあっさりと否定する。

「こういっては失礼ですが、リーゼロッテ様は、エカード様にどう思われていようと気にしていないと思います」

「……厳しいな」

「だから失礼ですが、と最初に言いました。私にも分かっていませんが、彼女のことだとしても、もっと違う視点で考えたほうが良いと思います」

「違う視点……」

 何故、リーゼロッテは、そしてジグルスも自分が見えていないものが見えるのか。クラーラも、二人ほどではないが、自分とは違う視点を持っている。
 リーゼロッテは「エカードは上からしかものを見られない」と言った。これも今思うことと同じなのだろうとエカードは思う。では、下から見るとはどういうことなのか。どうすれば見えるのか。

「ジグルスさんを真似てみますか?」

「……君は記憶を取り戻したのか?」

 ジグルスを真似る、ということは、彼が何をしたかを知っているということ。クラーラは記憶を取り戻しているのかとエカードは考えた。

「いえ。でも思い出せない人がジグルスさんだと決めれば、色々と分かります。過去の出来事を考えると人物以外のことは記憶に残っていることが分かります」

 クラーラは、ジグルス・クロニクスという存在を再認識した。過去の記憶と結びつかなくても、その人物がジグルスであると考えることが出来るようになった。これはもう魔法が解けたも同じだ。
 こういうことになるから、本当はジグルスは存在感を消したままでいなければならなかったのだ。別にジグルスも魔法を解こうとして、行動しているわけではないが。

「……それで真似るというのは?」

「リーゼロッテ様は私たち平民の生徒と普通に接していました。その機会を作ったのも、きっとジグルスさんです」

「俺は普通ではないか?」

「そうですね。今は普通です。でも誰にでもそういう感じではありません」

「それは……元々、そういう性格なのだ」

 クラーラ相手だから、という思いが浮かんで、エカードは内心で動揺している。ただ「性格」もとっさに考えた嘘ではない。身分にかかわらず他人に壁を作る性格なのだ。

「性格を直せというのではありません。リーゼロッテ様も媚びるような態度ではなく、あの方のままで、私たちと接していたのです」

「……分からない。どういうことだ?」

「簡単に言うと、貴族には民を守る責任がある、です」

「当然だな」

「そうなのですね。でも私たちはそう思っていません。貴族は……これは口にするのは止めておきます。とにかくリーゼロッテ様は貴族には貴族の考え方があり、それは決して私たちにとって悪いことばかりではないと教えてくれました」

 貴族は民を搾取する存在。ここまででなくても、民の為に自分を犠牲にしようという貴族などいないと平民の生徒のほとんどは考えている。だがリーゼロッテはそれをやって見せた。平民の生徒を守る為に、貴族の生徒に死ねと命じたのだ。

「……真似るとどうなる?」

「お互いの理解が深まります。リーゼロッテ様も、私たちがただ守られるだけの存在ではないと知ってくださったと思います」

「それは、平等ということだ」

「えっ、あっ、そうなりますか……そうですね。リーゼロッテ様は立場の違いはあっても対等だと教えてくれたのですね」

 貴族には貴族の、平民には平民の責任がある。お互いにそれを果たすことで相手を支えることになる。貴族にとって平民は、平民にとっても貴族はなくてはならない存在になる。
 現実には難しい面が多くある。だが、リーゼロッテとクラーラたちはその理想を知ったのだ。

「俺はリーゼロッテに学ぶべきなのでは?」

「エカード様は真似では駄目だと思います。人から聞いて改めるではなく、自分で経験して変わるのです」

「ほう……」

 クラーラの言葉にエカードは感心した。良い考え方だと思った。

「ジグルスさんを真似るのは私です。でも難しいですね。エカード様がある日突然、にこやかな笑顔で一般食堂に現れても、皆引きますよね?」

「……それを本人に聞くな」

 引くだろうなと思う。それが他人のことであれば笑える部分もあるが、自分自身だとすると考えるだけで恥ずかしくなる。

「でも考えてみます。ウッドくんにも協力してもらえば、なんとかなります」

 どうしてクラーラはこんなことをしようとするのだろうとエカードは思った。記憶にない人物がリーゼロッテの為に頑張ったように、自分の為に頑張ろうとしてくれるのか。
 それを思った時、顔が赤くなるのを感じた。何を馬鹿なことを考えているのだと恥ずかしくなった。エカードは、自分では気付いていないが、ほんの少しだけリーゼロッテの想いを知った。