月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第36話 再登場もあるかも

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 主人公たちの訓練を見学したあと、約束通り、カロリーネ王女との面会に赴いたジグルス。だがカロリーネ王女のほうは少し約束を破った、は言い過ぎかもしれないが、隠し事をしていた。
 案内された部屋にいたのはカロリーネ王女の兄。次期国王になる予定のアルベルト王子だった。何故、アルベルト王子が同席しているのか。妹の友人の為人が気になったと言われたが、それを素直に信じられるジグルスではない。父親のことで何か企んでいるのかと思ったが、アルベルト王子はその話は自ら避けようとしている。
 そうなると自分と話したいと思う動機は見当もつかなくなった。

「さて、難しい話は止めよう。今は妹の為の時間だからね」

 とアルベルト王子に言われたが。

「……その難しい話をする予定なのですが」

 ただの雑談をする為にカロリーネ王女に会いに来たのではない。冗談を言い合うことも会話の中ではあるが、いつも話題は魔人の件など真面目なものなのだ。

「ああ、聞いている。キルシュバオム公爵家の訓練の様子を見学してきたのだね。その話を聞くためだと妹に聞いて、少し驚いたよ。妹がそういうことに興味を持っているとは思わなかった」

「兄上、ひどいですわ。妾もちゃんと考えているのです」

「それは分かった。でも以前は考えている振りをしているだけだったよね?」

「えっ?」

 カロリーネ王女は親しくなってからかなり雰囲気が砕けたものになったが、それ以前はいかにも大国の王女といった威厳を見せていた。それを知るジグルスには、考えている振りなんて不真面目なことをしていたなど意外だ。

「……真剣に考えても妾の話など誰も聞いてくれない。かといって、まったく興味がない様子を見せれば、王家の人間としていかがなものかと言われる。妾も辛い立場なのだ」

「なるほど。でも今は違うのですね?」

「ジークが聞いてくれるからな」

「えっ、俺ですか?」

「ジークとは真面目な話をしていても楽しい。妾の考えに真剣に耳を傾けてくれるし、自分の考えも丁寧に話してくれる。会話から生まれる発想も面白い。だからだ」

 だからといってそれが国に取り上げられるわけではない。そうであっても課題に対して、真剣に取り組んでいるのが楽しいとカロリーネ王女は思えるのだ。

「なんか、照れますね?」

「その結果、普段とは違った感じになると私が困る。今のことは意識しないで普通に話してくれ」

「分かりました」

 アルベルト王子がジグルスと会いたいと思った理由にはこれもある。自分相手だとどういう会話になるか知りたかったのだ。

「それで、訓練の様子はどうだった?」

「元々、彼等の能力を私は高く評価していますから……偉そうですね」

「いや。だがそれにしては見学を早く切り上げた。目新しいものはなかったということかな?」

 こういった小さな対面でも先触れという者が動く。スケジュールがびっしり埋まっている国王にとっては必要なものだが、それほどでもないアルベルト王子ともっと暇なカロリーネ王女においては形式的なものだ。

「参考にならないと考えた結果です」

「王国騎士団の戦い方は参考にならなかった?」

「誤解を恐れずにお答えすれば、答えは『はい』です」

「理由を聞かせてもらえるかな?」

「今日、訓練を行っていた彼等のようなズバ抜けた力を持つ人はそういるものではありません。その彼等の戦い方と王国騎士の戦い方はそれほど変わらないとワルター副団長から聞きました。それでは……役に立ちません」

 何に、の言葉をジグルスは省略した。あえていえばリリエンベルク公爵家だが、ジグルスの意見が公国軍に届くこともないはずなのだ。

「……個の力に頼るのは間違いだということかな?」

「そう考えていただいて結構です」

「ワルターよりもハイマン、王国騎士団長が喜びそうな意見だね。しかもそれが君の口から出たと聞くと、どう思うだろう?」

 ワルター副団長は英雄に頼ろうとしている。王国騎士団長はその英雄が王国騎士団の騎士であればまた違うだろうが、それ以外の力を求めることには否定的だ。

「……ああ、私が英雄を否定しても信用されないでしょう? 自分の父親の為と思われてしまいます」

「そうか。そうだね。でも今の意見は父親の為ではない。戦争に英雄は無用かな?」

「英雄が千人もいてくれれば否定はしません。ですがそうではありません。必ず英雄がいない戦場が生まれます。そういった戦場のほうが多いはずです」

 英雄と呼ばれる人が輝かしい活躍をしているその影で、苦しい戦いを強いられる凡人たちがいる。世の中に、主である国王にも名前を知られることなく死んでいく人たちがいる。それがジグルスは、戦争である以上、犠牲者が出るのは仕方がないと頭では分かっていても、嫌なのだ。

「……戦線はそこまで拡大すると考えているのかな?」

 アルベルト王子はジグルスの最後の言葉が気になった。英雄のいない戦場のほうが多い。それだけ同時に各地で戦いが起きるということだ。

「魔人の数、その魔人に従う魔物の数が分かりませんので断言は出来ません。ですが可能性を否定することも出来ません」

 ゲームでは主人公たちの戦いしか画面に現れない。その裏でどれだけの戦いが起こっているのか。多くの敗北はナレーションでもほとんど語られない。
 ジグルスはその表に出ない敗北に気持ちが向いている。その戦場にいるのは自分のような存在。そう思ったことがあったのだ。

「それに対応するには?」

「軍全体の質をあげること。情報網を整備し、各地の戦況を可能な限り早く把握出来る態勢を作ること。部隊の移動手段の改善、具体的な案はありませんが、迅速に戦場に送り込む仕組みも必要です。それ以外にも色々とやるべきことはあります」

「……間に合わないのだろうね?」

「恐らくは。この十数年、何をやってきたのか。もし、私の父がワルター副団長の考えられている通り、前回魔人と戦った一人であるなら、危機感を王国に伝えなかった罪があると思います」

 魔人との戦いについて色々と考えてきた。犠牲者を可能な限り少なくするにはどうするか。思い付くことはあっても、それを実現する手段がジグルスにはない。なによりも、時間がない。
 それを知った時、ジグルスは前回の戦いで得た教訓は生かされなかったのかと思った。もしそれに父親が関わっていたとすれば、次の戦いで生まれる犠牲者を見殺しにしたも同じだと。

「一番責任が重いのは王国だ。確かに前回の戦いで失ったものは大きかった。だがしかし……そうか。戦い方を考えてこなかったのか……」

ローゼンガルテン王国に危機感がなかったとはアルベルト王子は思わない。王国騎士団が失った戦力を回復させ、以前を超える力をつけようと厳しい訓練を続けてきたことを知っているのだ。
 だがそれは前回と同じ戦い方を前提としたもの。ジグルスは騎士団の戦い方を否定している。それでは魔人に勝てないと考えているのだ。

「きちんとした情報のない中で最悪を考えた結果です。実際はそれほど悲観する必要はないかもしれません」

 少し言い過ぎた。そう考えたジグルスは、自分の意見を否定する言葉を発した。

「……いや、勝つことを考えてきたが、その課程での犠牲を少なくすることまで真剣に考えてこなかった。そういうことなのだと思う。だが君はそれを考えた」

 何故なのかとアルベルト王子は思う。ジグルスは、両親は特別な存在であっても、王国の重臣でも軍の将でもない。実家の爵位は男爵に過ぎない。ここまでのことを考えなければならない理由はないのだ。
 このアルベルト王子の疑問の答えの一つは、ジグルスが転生者であるから、なのだがそんなことが分かるはずがない。ジグルスも絶対に話さない。

「その犠牲者になるかもしれない身ですから」

「……私に何か出来るかな?」

 アルベルト王子は、ジグルス以上に考え、物事を実現しなければならない身。その思いがこの問いを口に出させた。

「具体的なことは申し上げられませんが、開戦までまだ一年以上あります。まだまだ軍は良く出来ます」

「開戦まで一年以上……そうだね。時間がないと諦めるには早い」

 ジグルスは開戦時期を知っているのか。だとすればそれは何故なのか、アルベルト王子は疑問に思ったが、それを口にすることはしなかった。

「ああ、これをお願いするのはどうかと思うのですが……」

「何かな? 言いたいことがあるのなら言って欲しいね」

「……リリエンベルク公爵家ですが、王国と少し関係が良くないような気がします。信用……は無理でも、必要以上に不信感を膨らませることは王国全体の為にならないと思います。もしかすると私の父が関係してのことかもしれませんが、そうであれば尚更、申し上げておきたいと考えました」

 ゲームストーリーではリリエンベルク公爵家は滅びることになる。これをアルベルト王子に伝えたからといって、何がどうなるかは分からないが、不幸な未来を変えられるかもしれない可能性がわずかでも増えるのであれば、その機会を逃すわけにはいかない。

「……陛下は君の父上、が英雄であることを君は認めていなかったね。でも陛下は同一人物だと考えている。その人物への拘りが強すぎてね」

「魔人との戦いは、たった一人の力でどうにかなるものではありません」

「ああ。でもその人物は一騎士としてだけでなく、将としても優秀だったと聞いている。戻ってきていたら王国騎士団長の座はその人のものだったと言う者は少なくないよ」

「優秀な将ですか……そうであれば確かに必要な人材ですね」

 優れた将はジグルスも必要だと思う。弱兵、は言い過ぎだが普通の兵を強兵に変えられるほどの将であれば、ジグルスが心配している主人公たちがいない戦場をカバー出来るかもしれない。それでもたった一人では、という思いは消えないが。

「まあ、君の言うことは理解出来る。北部は主戦場になるかもしれない地域だからね。リリエンベルク公爵家との連携は大切だ。具体的に何が出来るか分からないが、頭に入れておくよ」

「ありがとうございます」

 この先、カロリーネ王女がリーゼロッテに悪感情を持つことはあまり考えられない。アルベルト王子も味方とまでは言えないが、リリエンベルク公爵家の重要性は理解してもらえたはず。問題は国王の感情にあるようなので安心は出来ないが、状況が良くなったことは間違いないとジグルスは思う。
 アルベルト王子と話をする機会が持てたことは、ジグルスにとって幸運。カロリーネ王女に感謝すべきことだ。

 ――その後も色々と話をして時間を過ごし、ジグルスは学院に戻っていった。

「彼とはいつもああいった話をしていたのかい?」

「妾との時より、少し踏み込んでいた気がする。兄上が相手ということで、議論よりも自分の考えを伝えることを優先したのだと思うわ」

「そう……難しい人物だね?」

「難しい?」

「考え方は面白い。でも彼の考えは、恐らくは周囲との軋轢を生む。実現するには強力な後ろ盾と強引さが必要だ。ワルターの望みは叶えてあげられそうにない」

 ジグルスの考え方には微妙なズレがあるとアルベルト王子は感じていた。アルベルト王子だけでなくその周囲の人々との価値観のズレだ。アルベルト王子にとっては許容出来る範囲にあるが、そうでない人も必ずいる。王国騎士団長などはその代表ではないかと思ってしまう。
 ジグルスの考えを実現するには、そういった人々を納得させなければならない。場合によっては強引に押さえつけてでも。
 だがアルベルト王子にはまだそこまでの力はない。国王である父でも、重臣たちの強い反発を無視して事を進められるとは思えない。

「兄上が王になっても?」

「そうだね。彼を活かせるだけの力を得たいとは思うね。でもそれはずっと先。魔人との戦いには間に合わない」

「それは仕方がないわ」

「……好きになると大変だよ?」

「えっ……あっ、違う! 妾はジークにそんな感情は……ジークには別に想う人がいる。それに、ジークとは友達くらいの距離が一番良いと妾は思う。それが一番楽しくいられるわ」

「そう……そう思うなら、そのほうが良いね」

 ジグルスに恋愛感情を持つべきではない。カロリーネ王女はそう思っている。リーゼロッテ同様、カロリーネ王女がジグルスと結ばれることはない、ということではなく、彼の隣にいるというのは大変なことだと、なんとなく思うのだ。
 アルベルト王子もそれには同意だ。さらに本人がその苦労を厭うのであれば、止めておいたほうが良いと思う。

 

◆◆◆

 ジグルスに対して、カロリーネ王女のようには自制が働かなかったリーゼロッテ。彼に関する記憶が途絶えたことによって辛い思いをしなくて済んだ、はずなのだが、懲りることなくまた同じことを繰り返そうとしている。もちろん、本人には繰り返している自覚などない。感情にただ流されるつもりもない。
 公爵家の人間としての在り方は、他の人よりも強く意識しているつもりのリーゼロッテ。その自分が何故、一目惚れのような形になり、しかもその想いにこれほど心を悩ませているかについては、かなり戸惑い、原因を考えている。
 一度会っただけの相手。この想いは勘違いなのではないか。少し自由恋愛というものに、運命の人との出会いというシチュエーションに憧れているだけではないか。きっと、そうに違いないと自分で自分に言い聞かせてみたりしている。
 だがいくら悩んでも答えは出ない。会いたいという思いが消えることもない。
 カロリーネ王女に会えるように頼んでいるが、その約束は中々、叶えてもらえない。思いが募るのは案外、これが原因ではないかと思ってみたりもする。
 実に無駄な思考の時間だ。今日もそんな答えの出ない悩みに時間を費やしている。カップに入れたお茶はもうすっかり冷めていた。

「……帰りましょう」

 誰もいない部室で、声に出して呟く。気持ちを切り替える為だ。
 テーブルの上に置かれているカップを片付けようとするリーゼロッテ。

「えっ……」

 だがその手はカップの周りを飛び回る小さな光を見て、止まることになる。虫、ではない。虫にしては、光は大きすぎる。では何なのか。魔法の可能性を考えたが、ただ光が飛び回るだけの魔法に何の意味があるのか分からない。
 それに光は、虫ではないかと考えるくらい、意思を感じさせる動きを見せている。

(……もしかして……精霊?)

 何故、精霊である可能性を思い付いたのか、なんてことは考えない。なんとなくそう思ったのだ。

(……私にも見えるものなのかしら?)

 自分「にも」精霊を見ることが出来るのか。「にも」という言葉を使っている意味にリーゼロッテは気が付いていない。

(……精霊だとしたら、どうしてこんなところにいるのかしら? 住みにくくないのかしら?)

 都は自然豊かとはいえない。このような場所で精霊は暮らしていけるのかリーゼロッテは疑問に思った。無用な心配だ。豊かな自然の中のほうが住み易いのは事実だが、精霊はどこにでもいる。そういう存在なのだ。

「もしかして、紛れ込んでしまったの? ちゃんと帰れるかしら?」

 リーゼロッテにとって宙に浮かぶ光は精霊で決まりになっている。相手は意思のある存在として、普通に話しかけている。
 そのリーゼロッテの言葉に光は反応した。彼女の周囲を飛び回っていた光は、ゆっくりと部室の出口のほうに向かっていく。帰ろうとしているのではない。

「あっ……」

 リーゼロッテの口から漏れた驚きの声。光の飛ぶ先には、会いたかった人がいた。

「……あっ、遅くまでお疲れ様です」

 驚きの表情を見せていた相手だが、すぐに表情を改めて、挨拶を告げてきた。

「……いえ……えっと……」

 相手の反応がリーゼロッテには分からない。自分自身もどう返して良いのか分からない。

「ちょっと忘れ物をしまして。すぐに出て行きます」

「忘れ物?」

「……多分、ここに忘れたのだと思って、探しに来ました」

「貴方は……?」

 何故、部室に忘れ物をしているのか。それはつまり、相手は部室に来たことがあるということ。

「……ジグルス・クロニクス。実家はクロニクス男爵家です」

「……ジグルス・クロニクス……ジークではないの?」

 ジグルス・クロニクスの名をリーゼロッテは知っている。従属貴族家の生徒だ。だがカロリーネ王女は彼をジークと呼んでいた。

「……どうしてその名を?」

 また相手、ジグルスは驚きの表情を見せている。ジークの名を覚えていないはずのリーゼロッテが、その名を言ってきたことに驚いているのだ。

「王女殿下がこう呼んでいたのを聞いたわ」

「……ああ、そういうことですか。王女殿下は何故か、そう呼ばれるのです」

 ホッとした表情を見せるジグルス。リーゼロッテは何故、そんな表情を見せられるのか不思議だった。

「そう……貴方はジグルス・クロニクスだったのね……まさかと思うけど、顔を合わせるのは初めてなのかしら?」

「まさか……ここ数ヶ月は病気でお休みを頂いておりましたが、それ以前はきちんと部室にも顔を出しておりました」

「……ああ、そうだったわ。貴方は驚くほど存在感がないのだわ。私が気付くのは部室に入る時と出る時だけ。それは……それは……」

 その理由を知っているはずなのだが、リーゼロッテは思い出すことが出来ない。

「……お邪魔でしょうから、これで失礼します」

 それを知ったジグルスは、この場を離れようとした。この場での自分の存在は、リーゼロッテの何かを刺激している。そのような状況は避けるべきだと考えたのだ。

「忘れ物は良いの?」

「ああ……えっと、じゃあ」

 忘れ物ではないのだが、ジグルスは置きっぱなしにしていた資料を取りに部室に入った。もともとその資料をまとめる為に、皆が帰って、誰もいないはずの部室にやってきたのだ。

「……明日も顔を見せるのよね?」

「……はい。その予定です」

 これは嘘。ジグルスが部室に来るのは誰もいない早朝か、今日のように遅い時間だけだ。

「じゃあ、また明日」

「はい……まだ帰られないのですか? とっくに帰られている時間だと思っていました」

「帰ろうとしていたのですけど、精霊が……」

「えっ?」

「あ、あの、精霊みたいな光が見えて……」

 おかしなことを言っていると思われた、ジグルスの反応をリーゼロッテはそう受け取った。当然、勘違い。

「精霊が見えるのですか?」

「だ、だから、精霊みたいな光と言っているわ」

「先ほど、飛んでいた光のことですよね?」

「えっ……」

 今度はリーゼロッテが驚く番だ。ジグルスも同じ光が見えていたことに驚いている。

「リーゼロッテ様に精霊が見えるなんて、ちょっと驚きです」

「……貴方も見えているのね?」

「それはそうです。俺にはエルフの血が流れていますから……あれ? これは知りませんでしたか?」

 リーゼロッテが何を覚えていて、何を忘れているのかジグルスは分かっていない。自分から話さなくてもリーゼロッテは母親がエルフであると知っていたので、関係が深くなる前の知識だと考えていたのだ。

「……いえ、知っているわ。私はそれを知っている」

「えっと……もう遅いので、精霊の話もまた明日で。では失礼します」

 リーゼロッテの雰囲気がおかしい。いよいよこれは良くない状況だと考えたジグルスは、強引にでもこの場から去ることにした。

「……ええ」

 リーゼロッテの返答を聞く前に、そそくさと部室を出て行くジグルス。その背中を見ていたリーゼロッテの視線が、宙をさまよう。

「……貴方は……何か知っているのかしら? そうであればお願い。私は何故……」

 ジグルスに心惹かれるのか。普通は見えないはずの精霊が自分の前に姿を現したことには、何か意味があるのではないかとリーゼロッテは考えた。エルフの血を引くジグルスだからこそ見える精霊が、自分にも見えたのだ。
 このリーゼロッテの問いへの答えはなかった。さすがに精霊の声までは、リーゼロッテには届かなかったのだ。せっかくの、二人の仲を応援している精霊たちの声が。