月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第29話 イベント:臨時合宿(中編)

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 森の中に、きちんと整備されているとは言い難いが、道が延びている。目的地である駐留地へと続く道だ。こういった道は三本あるのだが、エカードのチームが進んでいるのは合宿所を出て左に進むルート。三本の中でもっとも整備不足で遠回りの道だ。最も強力であるエカードのチームが、最も危険な道を割り当てられたということだ。
 といっても元々は抽選で決められる予定であったものを、エカードが志願してこの道を進むことになったので「割り当てられた」ではなく「選んだ」という表現が正しい。ただ、エカードの申し出は他チームには秘密にされることになったので、公式にはこういう表現が使われている。
 何故このようなことになったのか。エカードの言い分はそのまま、「一番実力のある自分のチームが一番危険を進むべきだ」というもの。ただ、それを他チームが知れば、プライドを傷つけることになりかねないので秘密にしておくというものだ。もっともらしい理由である。
 だが、そのもっともらしい理由を考え、それをエカードに吹き込んで行動させたユリアーナの考えは別にある。

(……あとは彼女のチームが先にゴールに入るのを願うだけだけど……これは大丈夫ね)

 ユリアーナがエカードに一番遠い道を選ばせたのは、自分たちが他チームより遅れてゴールするため。出来ればリーゼロッテたちが一番に到着することになれば最高だと思っていたのだが、それも叶えられそうだ。
 エカードの申し出を聞いた騎士団は、ただ彼の要求を聞くだけでなく、実力に応じて進むルートを選ぶという考えも採用した。その結果、リーゼロッテのチームは一番楽であるはずの中央の道を進むことになったのだ。

(出来れば、彼女の次にだけど……あまり早すぎてもね。邪魔者に消えてもらう時間も必要だわ)

 ユリアーナはこのイベントで何が起こるかを知っている。それを利用して、ジグルスを亡き者にしようと考えているのだ。

(それに……魔人に犯される気分ってどういうものかしら? それを彼女が思い知る時間も必要ね)

 さらにリーゼロッテを魔人の生け贄にしようと考えている。彼女にとっては、そういう目的のイベントなのだ。

(あの高飛車な女が……ふふ、楽しみだわ。大丈夫よ。私が助けてあげるから)

 ユリアーナは堪えきれない笑みを見られないように俯いた。人に見られてはいけない醜悪な笑みであることが、自分でも分かっているのだ。

(……跪いて許しを乞いなさい。そうすれば助けてあげる。助けたあとも、ずっと私に跪かせるけどね)

 魔人に犯され、精神的にボロボロになった状態のリーゼロッテを主人公は助ける。だが助けられたあともリーゼロッテの屈辱の日々は続くことになる。彼女は、主人公であるユリアーナのサディスティックな一面を満足させる為に存在するのだ。ユリアーナのゲームストーリーでは。

(あの男を生かして、見せつけてやりたいけど……)

 リーゼロッテが自分の僕(しもべ)となって、凌辱の限りを尽くされる姿をジグルスに見せつけたい。好きな女の子がそんなことになれば、ジグルスはもだえ苦しむだろう。そんなことを考えたユリアーナだったが。

(欲張りは駄目ね。彼は不確定要素。ゲームストーリーを狂わせるバグよ。排除しなくてはいけないわ)

 すぐにそれを思い直す。ジグルスはユリアーナの思惑をことごとく狂わせる。プログラムに潜んでいるバグのような存在だとユリアーナは考えている。不具合は速やかに修正すべきなのだ。

(お楽しみはまだこれから沢山あるもの。その為にもここは確実に……私も魔人を味わいたいものね)

 ジグルスという邪魔者を排除出来れば、あとは自分の思うがまま。栄光と快楽を手に入れ、この世界での最高な贅沢を味わう未来が待っている。

 ユリアーナに魔人との戦いに対する不安などないのだ。

「ユリアーナ! 何をボウッとしている!? 敵だ!」

「あっ、はい!」

 魔物が現れた。といってもユリアーナに焦りはない。このイベントで現れる魔物に、彼女は何の脅威も感じない。肩慣らし程度の雑魚が現れただけの話だ。

 

◆◆◆

 リーゼロッテたちが進む中央の道は最初に切り開かれ、駐留所を造る為の資材や物資の運搬にも使われているものなので整備が行き届いている。山中であるので高低差はあるものの、その程度は体力作りを徹底的に行ってきたリーゼロッテたちにとっては何の障害にもならない。かなりのハイペースで進むこととなった。

「……あの先に見えるの、目的地ではないですか?」

 楽なのは進む道だけではない。魔物もまったく姿を現さないのだ。

「……どれがそうかしら?」

 ジグルスに見える駐留所がリーゼロッテには見えない。

「少し左側、木の隙間から見える黒い影です」

「……そうなのかしら?」

 やはり見つけられないリーゼロッテは、自分の視力に頼るのは止めにして、位置を知っているはずの騎士に確かめることにした。

「この位置からですか? 方向としては合っていますが……」

 聞かれた騎士は曖昧な答えを返してきた。方向は合っている、だがまだ視認出来るほど近づいているはずはないのだ。

「……そう。ではもう少し進んでから、また確認することにしましょう」

 方向が合っているのであれば、おそらく駐留所なのだろうとリーゼロッテは考えた。きっとエルフの血を引くジグルスには、自分たちが見えない距離のものでも見えるのだと。

「そうですね。目的地に近づいているといっても油断は禁物。最後まで気を抜いてはいけませんね」

 魔物がまったく現れないことで、やや緩んでいた気持ちをジグルスは引き締めた。自分と同じようにやや緩みが見られる他の生徒にも聞かせるように、はっきりと言葉にして。
 隊列を整え直して、先に進むリーゼロッテたち。周囲への警戒は緩めることなく進んでいくが、やはり魔物は現れない。

「ああ、私にも見えたわ」

 やがてリーゼロッテにも駐屯所がはっきりと視認出来る位置にやってきた。距離だけの問題ではなく、視界を塞ぐ障害物がなくなっているのが大きい。 駐屯所の周囲、かなりの範囲で木が切り払われている。魔物が近づいてくればすぐに分かるようしてあるのだ。

「……最後まで気を抜かないようにしましょう」

「えっ……あっ、そうね」

 駐屯所はもうすぐ先。周囲も開けていて、魔物が近づいてくる様子はない。上空で監視していた飛竜が駐屯地に消えていったことも、危険がないことを示している。 そうであるのにジグルスは気を抜くなと忠告してきた。その意味をリーゼロッテは考えた。

「……見張り台に人がいないなんてことはあるのですか?」

 リーゼロッテが答えを思い付く前に、ヒントとなる質問をジグルスが騎士に向けた。

「日中に、まして我々の接近が分かっていて、それはないはずだが……いないのか?」

「俺の目には見えません」

「……急ごう」

 ジグルスの忠告を無視するほど騎士は愚かではない。駐屯所に何か起きた可能性を考えて、急ぎ確認に向かおうと考えたのだが。

「駐屯所に急ぐべきなのですか?」

 ジグルスには異論がある。

「どういうことだ?」

「それは――」

「魔物だ!]

 ジグルスの声を遮って、魔物の出現を知らせる声が響いた。その言葉の通り、駐屯所を囲む木々の間から魔物が姿を現している。十、二十、さらに倍、倍とその数はどんどん増えていった。

「駐屯所に入るのだ! 走れ!」

 それを見て、騎士が駐屯所に急ぐように指示を出した。指示に応えて駆け出す生徒たち。それを見て舌打ちするジグルスだが、一人でその場に留まるわけにもいかない。仕方なく皆のあとを追って駆け出した。

 ――結果、魔物に追いつかれることなく駐屯所に飛び込んだリーゼロッテたちであったが。事態は彼等の想定を超えていた。真っ先に彼等の目に映ったのは、地に伏している飛竜とその近くに転がっている騎士の死体。

「こ、これは……」

 その様子を見て呆然としている騎士。騎士たちにとっても予想していない事態なのだ。それはそうだ。分かっていれば、駐屯所に逃げ込むなんて指示は出していない。

「急いで引き返すべきです」

 その騎士たちにジグルスが引き返すことを提案する。

「……外の魔物は?」

「はっきりとは分かりませんが……千は超えるかと」

「なんだって!? そんな馬鹿な!?」

 そんな数の魔物はこれまで確認したことがない。ジグルスの言葉を騎士は信じられなかった。

「お疑いであれば見張り台に昇るなりして確認を。ただ出来れば急いで欲しいのですが?」

「……誰か」

「はっ!」

 指示を受けて、一人の騎士が入り口近くの見張り台に向かって駆けていく。

「リーゼロッテ様。ご決断を」

 ジグルスはリーゼロッテに決断を求めた。騎士の決断を待っている時間が惜しいと考えたのだ。

「簡潔で良いので、状況の説明をお願い出来るかしら?」

 リーゼロッテは即断しなかった。ジグルスの言葉であるので信じているのだが、自分の決断に他の生徒たちの命がかかっているかもしれないのだ。周囲が納得する形で決断しなければならない。

「飛竜に逃げる隙も与えずに、恐らくはほぼ一撃で殺せる敵が近くにいるはずです。その敵を倒せるのであれば、この場で戦う選択も有りです。しかし、この駐屯所にいるはずの二十名もの騎士たちはどうしているのでしょう?」

 二十名の騎士と戦って、それを、恐らくは皆殺しに出来た敵だ。同行している騎士だけでは、自分たちが味方をしても倒せる保証はないとジグルスは考えている。
 このジグルスの考えを否定出来る生徒はいない。そうなると、この場にいることが不安でソワソワし始めた。

「ここを出ます。計画を」

「突撃陣形をとって一点突破を狙います。進行報告は右方向。我々が来た道の隣を使って、合宿所を目指します」

「皆は出撃の準備を……遠回りではないかしら?」

 他の生徒たちに出撃の準備を命じてから、リーゼロッテは疑問点をジグルスに尋ねる。時間を無駄にしてはならないと考えたのだ。

「味方がこちらに向かっているはずです。もっとも強力な味方が」

「そうね.分かったわ」

 ジグルスは周囲を囲もうとしている魔物を突破したあとのことも考えている。それが分かってリーゼロッテは右の道、エカードたちのチームが進んでいるはずの道を選ぶ意味を理解した。

「……我々も行く」

 見張り台に向かった騎士の報告を聞く前に、騎士も同行することを決断した。ジグルスの説明を聞いていて、同行しないはずがない。

「では後方をお願いします。我々は一切後ろを気にしないで進みますので、そのつもりで」

「ああ、構わない。出るぞ! 急げ!」

 騎士が号令をかけた時にはリーゼロッテたちはすでに出口に向かって、動き出していた。

 ウッドストックを頂点にして、その左右斜めに盾を持った生徒たちが並ぶ。その三角形の内側に後衛、魔法の得意な生徒たちが入り、後方を後衛の護衛役の生徒が塞ぐ。
 移動中に奇襲を受けた時を想定して考えていた陣形だ。戦闘をさけて離脱する場合は後方にウッドストックを置くのだが、今回は正面の敵を突破しなければならないので、先頭に立つ形をとっている。

「リーゼロッテ様!」

「分かったわ!」

 駐屯地を出てすぐにリーゼロッテは魔法を放つ。周囲の輪を縮めようとしている魔物の群れに穴を空ける為だ。魔物の頭上で炸裂する魔法。降り注ぐ魔法を受けて混乱している魔物の群れに、ウッドストックを先頭にした生徒たちが突撃をかける。

「前面はギリギリを狙わなくても良い!」

「「「はい!」」」

 魔法部隊は正面を狙う生徒と、左右から近づく魔物を攻撃する生徒に分かれている。そのうち正面を狙う生徒にジグルスは近距離での攻撃に拘らなくて良いと指示を出す。

「ウッドストックくん! とにかく前にいる奴を吹っ飛ばせ!」

「分かった」

 さらに頂点にいるウッドストックに魔物を倒すのではなく、進行方向を空けることだけを考えるように指示する。魔物の足は遅い。とにかく包囲の外に出てしまえば何とかなる。恐れるのは、まだ姿を現していない敵。それに追いつかれることなのだ。
 千を超えるとジグルスが言った魔物も全方位から駐屯所を囲もうとすれば、厚みは薄くなる。突破する為に撥ね除ける魔物の数はそれほど多くはない。危険なのは突破に手間取って、完全に周囲を囲まれること。とにかく速さが第一優先なのだ。

「もうすぐだ! 勢いを落とさないように!」

 前面にいる魔物の数は少なくなっている。突破の成功までもう少し、だったのだが。

「……リーゼロッテ様!」

「あ、あれは……」

 前方を塞いだ魔物。これまで戦ってきた魔物とは比較にならない巨体が、進行方向に立ち塞がった。オークに似ているが、そうではない。魔人が現れたのだ。

「一斉攻撃だ!」

 驚きでリーゼロッテが反応出来ないのを見て、ジグルスは一斉攻撃を指示する。魔人の出現から、わずかだが間が空いたこともあって、その指示に反応出来た生徒は少なくなかった。
 魔人に向かって放たれたいくつもの魔法。それに少し遅れて、リーゼロッテの魔法も魔人に襲い掛かる。

「進路、右斜め! 全力で駆けろ!」

 攻撃の結果など確認する必要はない。これで倒せるのであれば、魔人など脅威ではないはずだ。ジグルスは離脱することだけを考えて、指示を出しているのだ。
 そのジグルスの指示に従わなかったのは騎士たちだ。

「ただの魔物ではない! 全力でかかれ!」

 騎士たちは魔人と戦うことを選択した。ジグルスの指示を聞くのが嫌なわけでも、魔人に勝てると思い上がっているわけでもない。生徒たちを逃がす為には、ここで魔人を足止めする必要があると考え、死を覚悟で戦うことを選んだのだ。

「……雑魚どもが!? 貴様等になど用はないわ!」

 背後から聞こえる怒鳴り声。現れた魔人の声だ。言葉を話す存在だと知った生徒たちは、ますます危機感を強めている。

「今は隊列は無視! 全力で駆けて!」

 少しでも魔人から離れること。ジグルスは速く駆けることを優先し、隊列を崩すことを選択した。もしまだ魔物が前方にいたとしても、それはその時、考えること。魔人と正面から戦うよりは遙かに楽な戦いのはずなのだ。
 生徒たちもそれは分かっている。これまでの厳しい鍛錬の成果を発揮して、誰もがかなりの勢いで森の中を駆け抜けている。
 だがそれでもはたして逃げ切れるのか。遠くから聞こえてくる絶叫は騎士たちのものに違いない。

「……ウッドストックくん」

「えっ……あっ、何、ですか?」

「返事はいい。俺の話だけ聞いて」

 全力で駆けながら、といってもウッドストックにペースを合わせているジグルスには少し余裕があるが、話をする。リーゼロッテには聞こえないようにして。

「えっ……そ、そんなの!?」

「だから、返事はいらない……ウッドストックくんにしか頼めない。貴族の生徒では無理だし、ウッドストックくんならリーゼロッテ様のことを一番に考えてくれるはずだ」

「……でも」

「頼んだから」

 この一言をウッドストックに残して、ジグルスは駆ける勢いを弱め、集団から離れていった。