月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 第26話 モブキャラは何者?

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 合宿まで残り一ヶ月。授業中に行われる訓練はより実戦的なものになっている。三チームでの対抗戦が毎回行われているのだ。
 その結果は始まる前から予想されていた通りのもの。エカード率いるチームが対戦成績でダントツの一番。それにタバートのチームが続き、リーゼロッテのチームは最下位。それも全敗という散々な結果だ。
 それによってリーゼロッテの評判はますます落ちることになったのだが、それに対してジグルスが動くことはなかった。最初からそうなることは覚悟の上。授業中の対戦で勝つつもりなどないのだ。

「まだまだ! もう少し頑張りましょう!」

 今はエカードのチームとタバートのチームが対戦している最中。その対戦をまったく気にすることなく、ジグルスは前衛の仲間たちに声を掛けて励ましている。

「もう一踏ん張り! ここでの我慢がいざという時の力になりますから!」

 ジグルスたちが行っているのは筋トレだ。主人公がジグルスを疑うことになるような元の世界で行われているトレーニング方法は意識して避けている。
 今行われているのは、かき集めてきた重い石を持ち上げては降ろしを繰り返すというもの。

「……さ、さあ、もう、ひと……ぐっ、んんっ……あっ……」

 ジグルスの手から石が落ち、床にぶつかる重い音が響く。ジグルスだけではない。他の生徒たちも次々に石を落とし、その場に座り込んでいく。

「……少し、休んだら次は棒振りです」

 限界まで頑張ってもそれで終わりではない。わずかな休憩を挟んで、次の筋トレが待っている。
 後衛の生徒はまた別の訓練。リーゼロッテを含め後衛の訓練は走り込みが中心だ。授業中は思うように魔法の練習が出来ない。そうであればと体力作りに専念することにしたのだ。といってもまったく魔法を練習しないわけではない。
 息を切らして、苦しそうな表情で戻ってきた生徒。休む間もなく、すぐに魔法を発動させる。始めの頃は集中出来なくて苦労していたのだが、今は全員がどれだけ苦しい状態でもすぐに魔法を発動出来るようになっている。

「……はい。では始めましょう」

 ジグルスの声で立ち上がる前衛の生徒たち。次の筋トレで使うのは石ではなく、長い棒だ。それを片手で持ち、上下に振る。地面に付かないギリギリのところで止めてまた上に持ち上げる。これを何度も繰り返すのだ。

「集中しましょう! 腕だけでなく体全体を使って!」

 しばらくすると棒が床を打つ音が聞こえてくるようになる。腕の力がなくなってギリギリで止められなくなっているのだ。それでも筋トレは続く。歯を食いしばって棒を振り続ける生徒たち。一定数を、これももう限界という数字だが、消化すると次は逆の腕。反対の腕も、もう腕が上がらないというところまで続けることになる。

「……君たち。対戦の番だが?」

 そんなジグルスたちのところに教師がやってきて、対戦の順番が来たと告げる。

「分かりました。では向かいましょう」

 疲れ切った体を引きずるようにして対戦場所に向かう生徒たち。走り込みを続けていた後衛の生徒たちも集まってくる。ただでさえ実力は相手のほうが上であるのに、こんな状態で勝てるはずがない。リーゼロッテのチームはまた黒星を増やすことになる。
 このリーゼロッテのチームの行動を主人公とその周囲の生徒たちは負けた時の言い訳を作っているだけ、などと批判しているが、そんな悪評もジグルスは、彼だけでなくリーゼロッテのチーム全員が無視。言われるがままにしている。
 彼等は知っているのだ。自分たちが少しずつではあるが確実に強くなっていることを。自分たちが行っていることは間違っていないと信じているのだ。

 

◆◆◆

 リーゼロッテたちの本当のチーム練習は授業以外の時間に行われている。初めの頃は放課後の訓練場で行われることが多かったのだが、より良い環境を求めて、今は場所を変えている。
 それがどこかとなると、リリエンベルク公爵家の屋敷。つまり、リーゼロッテの家だ。家といってもその敷地は、さすがに城には劣るが、広大だ。公爵家のお屋敷だからというだけでなく、いざという時には城の四方を守る防衛陣地とする構想もあるので、それなりの数の軍勢を配置しても問題ない広さを持たせてあるのだ。しかも軍事施設として使う場所であるので、敷地内はかなり空地が多い。それが訓練を行うには学院の訓練場よりも良いと考えられた理由だった。

「前衛展開!」

 ジグルスの号令に合わせて、密着状態で盾を並べていた前衛が横に広がる。

「突け!」

 次の号令で横に広がることで出来た盾の間の隙間から槍が突き出される。一度だけではない。何度も突く引くを繰り返している。
 盾を片手で支えながらの槍での攻撃。徐々に腕が疲れてくるのだが、それも筋トレのおかげで、かなり長く続けられるようになった。

「引きながら密集隊形!」

 腕の疲れから槍を突くのがかなり厳しくなったところで、ジグルスが次の号令を発する。
 槍を引き、盾を持ち上げて後ろに下がる生徒たち。その前衛に向かって突撃をかけたのは敵役の騎士。リリエンベルク公爵家の騎士たちだ。衝撃を吸収する為の布を詰め込んだ大きな袋を持って、騎士たちは盾に向かって体当たりを仕掛ける。
 その衝撃に耐えながら前衛は後ろに下がるのだ。それが出来るだけの筋力も身についてきている。

「停止! ……散開!」

 盾を地面に突き立てて、その場を離れる前衛。敵役の騎士たちもジグルスの号令を聞いて、左右に散っていく。その騎士が散った後の場所に降り注いだのは、後衛が放った魔法だ。

「休憩! 一度、確認に入ります!」

 そこで訓練は一旦停止。後衛の生徒たちが集まってくる。盾の周りを確認する生徒たち。

「……どうかしら?」

 リーゼロッテが状況を尋ねてきた。

「盾の後ろ側に着弾した魔法はありません。前のほうは……まだ少し散っているでしょうか?」

 後衛の攻撃目標は盾のすぐ前。敵の最前線を狙って放たれている。だが実際には目標から外れ、盾から離れた場所にも魔法が着弾した跡が見られる。

「……味方に当ててはいけないと思うと、どうしてもね」

 味方の頭上に落としてはいけないと思うと、つい先の方に魔法が向けられてしまう。心理的には理解出来ることなのだが。

「その恐怖に負けず、正確に魔法を放つ訓練です」

 そのプレッシャーの中で、正確に目標に魔法を当てる訓練を行っているのだ。
 実際の戦闘ではここまでギリギリを狙うことはない。だが訓練で出来ることが本番でもそのまま出来るとは限らない。本番ではもっと緊張するはずなのだ。だからこそ訓練ではより厳しい目標を立てるべき。そうジグルスは考えている。

「そうね……ウッドストックくんの為にも、もっと頑張らないとね」

「はい」

 この訓練はウッドストックが単独で前衛に出た場合のことも想定されている。ウッドストックに当てることのないように魔法で周囲の敵を討つ。より近い敵に当てられるようになれば、それだけウッドストックの助けになるはずだ。

「じゃあ、もう一度……前衛は平気?」

「これくらいで動けなくなるような鍛え方はしていません」

「そうね。ではすぐに始めましょう」

 そしてまた同じ訓練が繰り返される。まったく同じ訓練を繰り返すばかりではない。敷地内にある林を利用しての奇襲対応訓練、撤退時の訓練など様々なケースを想定し、それに適した場所で訓練が行われているのだ。
 そして、リリエンベルク公爵家の屋敷で訓練を行う利点は敷地の広さだけではない。公爵家の騎士の全面協力を得られることがジグルスにとっては最大の利点だった。

「……撤退時の動きは悪いものではなかった。一部を除いてだ」

 訓練を終えたあとに、こうして評価を与えてもらえる。独学で始めたジグルスにとって、専門家の意見を聞けるのはありがたいことだ。

「そうですか……同じ訓練を行っても差が出てしまいますね」

「それは仕方がないことだ。問題は、その一部に動きを合わせないこと」

「えっ?」

 動きの悪い生徒に合わせないことが悪いと言われ、ジグルスは戸惑っている。

「目標を高くとるのは良いことだ。だが実戦では一番低いところに合わせなければならない。一つの穴が全体の崩壊に繋がるからな」

「……ああ、一番弱い兵士を基準に考えろというやつですか。忘れていました」

 戦術はもっとも弱い兵士を基準に考えるべき。軍事に関する書物を読み漁っている中で、得ていたはずの知識を活かせていなかったことにジグルスは気が付いた。

「そうだ。まあ、今回は訓練であるので上を目指したのは悪いことではない。だが今の実力をきちんと把握しておくことも必要なことだ。今日の訓練では一度もそれが為されなかったと私は見ている」

「その通りです。次回からは気をつけます」

「あと確認したいのは魔法だ。何故、あのような魔法攻撃を試みる? リーゼロッテ様であれば、盾の前の敵を一掃するくらいは軽く出来ると思うのだが?」

「魔力を節約する為です。一の魔法を十回使うのと、十の魔法を一回では、前者のほうが魔力の消費量が少ない。正確には測れませんが、感覚ではそうだと聞きました」

 攻撃をほぼ魔法に頼るリーゼロッテのチーム。攻撃持続力を高める為に考えられたものだ。

「……しかし、一の魔法では敵に与えるダメージが弱くないか?」

「十発当てれば良いと考えました」

「いや、しかし……そうなのか?」

 こんな考えを持ったことが騎士にはなかった。当然、実際にそうなるのかも分からない。

「厳密にはそうはなりません。でも、魔物相手であればそれで十分。直撃させれば初級魔法でもそれなりのダメージを与えられます。その上でトドメが必要であれば前衛が行えば良いと考えています」

 これは前回の戦いを参考にしている。リーゼロッテの魔法で弱った魔物は前衛にとって脅威ではなかったのだ。さらに魔法も発想はここからだ。一度に複数の魔物を攻撃したリーゼロッテの魔法。だがそれは十人が十人、きちんと魔物に命中させれば結果は同じで、魔力は節約出来る。

「……なるほど。初級魔法でも数が揃えば、か」

「もちろん、初級魔法ではまったくダメージを与えられない敵には通用しません。そんな敵が現れた時は、別の方法を考えなければなりません」

「それはそうだな……そういう魔物もいるのか?」

「いるのかしれませんが、そこまでの知識はありません。ただ魔人に通用しないのは間違いありません」

「魔人か……それはそうなのだろうな」

 初級魔法程度で倒せる魔人であれば恐れる必要はない。そうでないから軍事に携わるものは魔人の出現に怯えているのだ。

「魔人には上位の魔法しか通用しない。そうであればそこに辿り着く前に、魔物で魔力を消耗するわけにはいきません」

「……まさか」

「あっ、いえ、今の話は合宿とは関係ありません。少しだけ魔人について知る機会があったので、どうやって戦えば良いのか考えたのです。今のところ、まったく勝てる気がしませんが」

「魔人について知る機会?」

「お城でちょっと。たいした情報ではありません」

 ワルター副団長が揃えてくれた資料によって得た知識。たいした情報ではない、なんて言えない。恐らくはローゼンガルテン王国でもっとも魔人について詳しく書かれている資料のはずだ。
 それをジグルスは読み、魔人との戦いについて考えてみたのだが、答えは見つかっていない。もっとも詳しい資料だからといって、十分な情報量であるとは限らない。王国でさえ、この程度の情報しか持っていないのかとジグルスが失望したくらいの薄い内容だった。

「ふむ……魔人は別にして、魔物であれば有効か」

「本当に有効かの判断は、合宿の結果を待たなければなりません」

「それはそうだな」

 口ではこう言っているがジグルスには自信がある。そう騎士は受け取った。

「他に何か改善すべき点はないのかしら?」

 やや話が逸れている。そう考えてリーゼロッテが会話に入ってきた。

「これというものは見つかりません。この先、訓練を続けていけばさらに完成度は高くなるでしょう」

「そう。では今のまま続けていけば良いのね?」

「そう思います」

 お世辞ではない。実際に騎士はこう思っている。少し統制が強すぎるという思いがないわけではないが、それは騎士である彼だから。一般兵であれば、統制のとれた動きが出来るほうが良い。
 それでもジグルスに対して厳しいことを言うのは、騎士の好意だ。ジグルスは褒めるよりも色々と課題を与えたほうが成長出来る。何度か話し合いを行う中で、騎士はそう考えるようになったのだ。

「……では今日の」

「お邪魔いたします」

 訓練の終了を告げようとしたリーゼロッテを遮る声。

「……早いわね。でも丁度良かったわ。皆にお茶を用意してもらえる?」

 現れたのリリエンベルク公爵家の執事。訓練後のお茶を振る舞うのに、丁度良いタイミングで現れたとリーゼロッテは考えたのだが、これは間違い。

「承知致しました。すぐに用意させます。それとは別にジグルス・クロニクス殿」

「あ、はい」

「旦那様がお呼びです」

「「えっ?」」

 ジグルスとリーゼロッテの驚きの声が重なる。旦那様と呼ばれる人物は、当主であるリリエンベルク公爵。その公爵からの呼び出しなのだ。驚きもする。

「ご案内しますので、こちらに」

 二人の驚きを気にすることなく、執事はジグルスを案内しようとする。

「私も行くわ」

 ジグルス一人では行かせない。そう思って、同行を申し出たリーゼロッテだったが。

「お嬢様がこの場を離れて、誰がお客様をおもてなしするのですか?」

「それは……」

「お嬢様はお嬢様のお役目を果たしてください。旦那様もそれを望まれております」

 遠回しにリリエンベルク公爵は同席を許さないと言っている。リーゼロッテにとっては家臣となる執事だが、今はリリエンベルク公爵の使い、代理ともいえる立場だ。

「……分かったわ」

 リーゼロッテもゴリ押しは出来ない。

「では、こちらに」

「……はい」

 改めてジグルスに声を掛け、執事は歩き始める。その後ろに続くシグルス。彼の背中をリーゼロッテは、彼女だけでなく二人の仲を知る全員が、心配そうに見つめていた。

◆◆◆

 執事の案内で建物の中に入ったジグルス。実家とは異なるその荘厳さに驚きながら廊下を歩いている。たかが廊下をここまで立派に造る必要があるのか、なんてことまで考えながら。
 向かう先は玄関近くの客を迎える間、なのだが訓練を行っている中庭、というには広大だが、に面する部屋以外を初めて見るジグルスには、どこは歩いているのかさっぱり分からない。とにかく執事の後ろについて歩くだけだ。
 やがて辿り着いたのは大きな扉の前。
 執事がその扉を開けると、一段と豪奢な内装が施された部屋だった。客を迎える部屋であるので、屋敷全体の中でも特別豪華に造られた部屋なのだが、それはジグルスには分からない。

「どうぞ。こちらにお掛けください」

「……はい」

 勧められたソファに腰掛けるジグルス。柔らかすぎて、後ろにひっくり返りそうになったのは、なんとか堪えた。

「旦那様はすぐに参られますので」

 この言葉を残して執事は部屋を出て行く。一人残されたジグルスは、落ち着かない。自分を呼び出したリリエンベルク公爵の意図が分からないのだ。
 いくつか心当たりはある。だがそれはわざわざこうして呼び出して、話さなければならないものかという思いもある。
 そんなことを考えている間に時は過ぎ、奥の扉からリリエンベルク公爵が姿を現した。それを見て、慌てて立ち上がるジグルス。

「良い。座れ」

 そのジグルスにリリエンベルク公爵は低い声で座るように伝えてきた。

「……はい」

 言われた通りにソファに腰掛けるジグルス。その目の前に座ったリリエンベルク公爵は、公爵家の当主、公国の王に相応しい威厳を備えていた。ローゼンガルテン王国の国王に優る、年齢のせいもあると思うが、威厳だとジグルスは感じた。

「さて、ずいぶんと頑張っているようだな」

「合宿までもう一ヶ月を切っています。最後の追い込みというところです」

「それもそうだが、頑張っていると言ったのはそれ以前からの話だ。リズの為にかなり尽力していると聞いている」

「それほどのことは……」

 話が望まない方向に向かおうとしている。そうジグルスは感じ取った。

「何故だ? クロニクス男爵の息子が何故、そこまでリズの為に動く?」

「……従属貴族家の者として当然の務め」

「そんなことは聞いていない」

「えっと……」

 リリエンベルク公爵の求めている答えは何なのか。頭に浮かんでいる答えだとしても、口にすることは出来ない。

「……両親の言いつけではないのだろ?」

「はい……」

 何故、この流れで両親が出てくるのか。ジグルスには分からない。

「そうなるとお主自身の考えか……そしてその考えは忠誠心からではない」

「…………」

「丸一年、ほぼ存在を消していたお主が何故、動こうと思ったのだ?」

「それは……」

 リリエンベルク公爵はジグルスが一年生の間、その存在さえ、最低限しか認識されないようにしていたことを知っていた。それにジグルスは驚いている。

「何を聞いてもこの場限りのことと約束しよう。正直に話せ」

「……世界の理不尽さに抵抗してみたくなった……でしょうか?」

 少し考えて、ジグルスはこれを口にした。
 リーゼロッテに課せられた理不尽な役割。悪党でありながら世界に守られている主人公。何者でもない自分。それを定めた世界に抗ってみたいと思った。ただ大人しく、決められた役割を演じるのは嫌だと思った。そんな理由だ。

「理不尽さに抵抗か……なるほどな」

 ジグルスが、決して理解されないと思いながら口にした理由に、何故かリリエンベルク公爵は納得した様子だ。

「……それを選ぶのはお主の勝手だ。だがリズを巻き込むことは止めろ」

「巻き込む、ですか?」

 何故、リーゼロッテを巻き込んでいることになるのか分からない。リーゼロッテがあって、自分の行動があると本人は思っているのだ。

「お主の気持ちは知らない。だがリズがお主をどう想っているかは知っているつもりだ」

「…………」

「公爵家に生まれたリズが、男爵家のお前と結ばれることはない。当主として、それを認めるわけにはいかない」

「……はい。分かっています」

 やはり目的は自分に釘をさす為。リーゼロッテとの関係をこれ以上、深めることは許せないというものだった。

「……今のは公爵としての言葉だ。そしてこれは可愛い孫娘を大切に想う祖父としての言葉。リズに辛い思いをさせたくない。お主の運命に孫娘を巻き込むような真似は止めてもらいたい」

「それは……はい。もちろんです」

 リリエンベルク公爵の言葉の意味。それを尋ねようと思ったジグルスだが、言葉に出すことなく、了承だけを口にした。答えは得られないだろうという思い。それだけでなく聞くのが少し怖かったのだ。

「用件は以上だ。これまでの働きについては感謝している。よくやってくれた」

「いえ。たいした働きはしておりません。では……いえ、一つだけお聞きしても良いですか?」

 部屋を出ようと立ち上がったジグルスであったが、思い直して、リリエンベルク公爵に質問の許しを求めた。

「……かまわない」

「俺の父親は、何者ですか?」

 リリエンベルク公爵は真実を知っているはず。ジグルスはそう考えて、この問いを発した。

「……息子が父を何者だと聞くか……色々と言われているからな」

「はい」

「ふむ……英雄と呼ばれるような人物ではない。私が伝えられるのはこれだけだ」

「その英雄というのは先の魔人との戦いにおいて活躍した人で合っていますか?」

「ああ、お前の父親は英雄ではない。これは断言出来る」

「……分かりました。ありがとうございます」

 御礼の言葉と共にジグルスは深く頭を下げる。あとは振り返って扉を抜けて、廊下に出る。その場にはここまで案内してきた執事が控えていた。
 その執事に先導されて、元いた場所に戻るジグルス。
 リリエンベルク公爵は「断言出来る」と言った。嘘ではないだろうとジグルスは思う。だが彼が否定したのは英雄であることだけにも受け取れた。たまたまそう受け取られるような答えになったのか、それとも意識してのことか。
 答えは分かっている。分からないのは父親が何者であるかということ。そして、自分は何者であるのかということ。