臨時強化合宿は学院の行事という形になっているが、企画したのはローゼンガルテン王国。そしてその運営はローゼンガルテン王国騎士団が行うことになっている。魔人との戦いに備えての新戦力の発掘。これが本当の、王国騎士団が聞かされている臨時強化合宿の目的なのだ。
その合宿を間近に控えて、王国騎士団でも最後の確認が行われていた。
「個人の力量ではやはりユリアーナという平民の女子生徒が一番です。剣と魔法の両方で飛び抜けた才能を発揮しております」
今、確認を行っているのは合宿の段取りではない。新戦力候補である学生たちの実力だ。それも王国騎士団内ではなく、国王に説明する為の会議だ。
「それに続くのがキルシュバオム公爵家のエカード。剣ではユリアーナと互角ですが魔法は、これは遠距離攻撃魔法を指しておりますが、得手でない分、ユリアーナより劣るという判断です」
この評価をジグルスが聞けば、間違っていると思うだろう。エカードは接近戦に特化しているのだ。近接戦闘において有効な身体強化魔法や魔法剣のような近接攻撃魔法においてはユリアーナより優っている。騎士団の評価は、エカードが授業中に見せた技量だけに基づいているのだ。
「それに続くのがラヴェンデル公爵家のタバート。剣術においてエカードに並ぶ力を持ちます。さらにミレー伯爵家のレオポルド。こちらは剣と魔法のバランスが良いです。魔法に特化するとロイス子爵家のマリアンネ、次がマジソン子爵家のロッドいうところでしょうか」
「……リリエンベルク公爵家から名前が出ないな」
国王の手元には合宿に参加するチーム、そしてそのチームメンバーの名前が記されたリストがある。これまでの騎士の報告に、リーゼロッテ本人もチームメンバーの名も出ていなかった。
「リリエンベルク公爵家のチームは……その、評価が出来ておりません」
「何故だ?」
合宿の実施が発表されてから三ヶ月近い時間があった。それだけの時間がありながら評価が出来ていないという騎士に、国王は不満顔を見せている。
「授業中の対抗戦においてリリエンベルク公爵家のチームは全敗を喫しています」
「……ろくな生徒がいないということか?」
「目立つ生徒はおりません。ただそれ以前にまともに戦っておりません」
「どういうことだ?」
騎士の報告が国王には理解出来ない。ここまでの報告ではそうだろう。授業中のリーゼロッテたちの様子など想像出来るはずがない。
「授業中、彼等はひたすら体力作りに勤しんでおります。他チームとの対戦を行う時には疲れ切っていて、まともに戦えません」
「……いくらなんでも、そこまでではないだろう?」
対戦が出来なくなるまでの体力作りというものが、国王にはイメージ出来ない。余力がなくなるまで鍛えるなど、主に気持ちの面で、簡単ではないと思っているのだ。
「かなり辛そうな体力作りを行っております。それに、対戦において勝つつもりはないのではないかと」
「手を抜いていると?」
「手を抜いているというか、何か意図を持って行動しているのだと思います。敵チームの動きに合わせて、隊形を変えるなどしております。恐らくは何かを試しているのではないかと」
「その何かを知りたいのだがな」
「申し訳ありません。一般兵士の訓練に似たものと考えて頂ければ。彼等のほうがより複雑に思えますが」
「……それをリリエンベルク公の孫娘が」
貴族家の令嬢が、一般兵士のような戦い方を行おうとしている。それを国王は意外に思った。
「実際に指揮しているのは従属貴族家のジグルスという生徒です」
「なんだと……?」
「まず間違いはございません。以前、彼が兵士の訓練の様子を見学していることも把握しております」
「カロリーネか……騎士団の図書室を使わせるだけでなく、そんなことも許可していたのか」
ジグルスに図書室を使わせていることを国王は当然、知っている。その様子も定期的に見張らせているのだ。
「兵士の訓練は公式の見学会の時です。彼だけが王女殿下と共に兵士の訓練場におりました」
「それはつまり……最初から兵士のような戦い方をしようと考えていたということか?」
「恐らくは」
「それが必要だと彼が判断した理由は分かっているか?」
この段階で国王は、ジグルスはやはり魔人について知っている、父親から話を聞いているのだと考えている。
「はっきりとしたことは分かっておりません。ただリリエンベルク公爵家のチームは人数が少なく、飛び抜けた実力を持つ生徒もおりません、その状況を何とかする為に色々考えているという話は聞いております」
「それは……」
ジグルス自身が考えたことであれば、それはそれで驚きだ。
「図書室に通っているのもその為と聞いておりますが?」
「……どのような戦い方を行おうとしているかは見ているのか?」
確かにジグルスが図書室に通っているのはそれが理由だった。そして実際にジグルスが戦術について学ぼうとしていることも報告を受けている。
そうなるとジグルスはどのような戦術をとろうとしているのかが気になる。
「いえ、先ほど申し上げた通り、授業中はまともに戦いません。本格的な訓練は、恐らくはリリエンベルク公爵家の屋敷内で行われているものと考えております。頻繁にチームメンバーが集まっておりますので」
「……何の為の秘密主義なのだ。あの小僧は」
予想外に事を行っているジグルスに、それもその中身がほとんど分からないことで、国王は少し苛立ってきた。
「説明させましょうか? 命令となれば拒否出来ないはずです」
「いや、もう良い。本番は間近。その時が来れば分かることだ」
ジグルスが考えた戦術を命令して説明させる。それが国王は何となく癪だった。中身がどれほどのものか知らないが、軍事は素人である学生が考えた戦術なのだ。
「そうですか……今日も図書室に来ているようですので、すぐに話が聞けるかと思ったのですが」
「……直前まで必死に何かを得ようとしているのだ。それを邪魔するのは可哀想だ」
「……承知しました」
大人な対応を見せようとする国王。だがそう考えている時点で、もう大人な対応ではない。ただ意地を張っているだけだ。それが分かっても騎士たちは何も言えなかった。
◆◆◆
合宿直前まで図書室に来ているジグルス。必死に勉強しているのではない。ワルター副団長と話をする為に来ているのだ。色々と情報を提供してくれているので、その恩返し。父親の件がはっきりしていないので、あまり長く貸しを残しておきたくないだけだが。
「魔人というくらいですから魔力は我々が及ぶものではありません。魔法耐性はかなり強いと考えて、戦う必要があります」
「……良くあの資料から読み取れたな」
ワルター副団長がジグルスに提供したのは討伐部隊が残した戦闘記録。だが詳細が書かれたものではなく、どのような戦い方を行ったかまでは良く分からないはずだ。
「……ここだけの話にしていただきたいのですが、公爵家からも情報を得られています」
「ああ、そういうことか」
「いえ、恐らくそれは勘違いです。リリエンベルク公爵家だけでなく、他の二家からの情報も元にしています」
ワルター副団長はジグルスの父親が情報源だと受け取った。そう判断したジグルスはすぐにそれを否定する。
「そうか……さすがは公爵家というところか」
王国騎士団が持たない情報を公爵家が持っている。これは副団長であるワルターには少し悔しいことだ。ただ実際には、公爵家はそれほどの情報を持っていない。ジグルスが話しているのはゲーム知識。実戦での魔人の実力は分からなくても、ゲーム設定でのスペックは少し知っているのだ。
「俺が説明するまでもないことですが、魔法には属性があり、魔人もそれに縛られます」
「つまり、弱点となる属性がある」
「はい。全ての魔人がそうとは言えませんが、魔法の能力が高ければ高いほど、そういうことになります」
ジグルスはゲーム知識をあまり出し惜しみしないことに決めた。主人公の実力に信頼が置けなくなった今、王国騎士団にも頑張ってもらう必要があるからだ。
「……だがそれは初見では分からないな」
「そうです。それが問題です」
どの魔人がどのような特性を持っているかなど見ただけでは分からない。初めて戦う場面では弱点など分からないのだ。それどころか魔人に攻撃を受けなければ分からない場合もある。先手を許すなど、ワルター副団長には戦術として正しいことだと思えない。
「君ならどうする?」
「はっ? 俺ですか?」
「君は合宿に備えて、戦術を研究していた。魔人が現れた場合のことも考えているのではないか?」
「そこまでは……ただ俺たちのチームの戦術は守りを重視したものです。結果そうなっただけですが」
人数の不足を補う為に防御重視を選択したのだが、それは間違いではなかったとジグルスは考えている。魔物だって幾種類もいる。相手の出方を伺わなければならない状況はあり得るのだ。
「……初撃を耐える守りの堅さか。確かにそれは必要だな。騎士団でいうと重装歩兵がそれに当たるが、どう思う?」
「はい?」
「参考にしたのではないか?」
「……装備については参考にさせてもらいました。ただ、重装歩兵は重装というくらいですから装備が重すぎます。機動力は無に等しい」
盾などは参考にしたが、ジグルスはそのままでは使えないと判断した。費用をかけて軽い物を作って貰っている。
「機動力は無か……そこまでの判断なのだな」
「あの……合宿は山の中で行われますから」
何故かジグルスの意見を参考にしようとするワルター副団長。そんなことをされてもジグルスは困るのだ。
「ああ、そうだった……そうなのだ。王国騎士団は平地での戦いを得意としている。山中ではその能力を十分に発揮出来ない。魔人との戦いにおいては問題になるな」
騎馬と重装歩兵。王国騎士団の主戦力は平地においてこそ、その能力を最大限に発揮する。逆にいえば山中などは苦手なのだ。他国との戦いにおいては相手国も同じなので問題にはならないが、魔人との戦いとなるとそうはいかない。
「……通常はどうしているのですか?」
「歩兵に頑張ってもらうことになる。ただ、そもそも戦場として選ぶことがない。山や森の中では乱戦になる可能性が高いからな」
国と国の戦いでは戦場は適切な場所が選ばれる。城塞など拠点での攻防戦か、平原などでの正面からの戦い。山中や森の中での戦いは、不利な側が奇襲戦を挑む場所として選ぶくらいなのだ。
「……そうですか。では歩兵を鍛えるしかありません」
騎士道精神なんてものがこの世界にもあるのかはジグルスも良く分かっていないが、元の世界において昔の戦いがそうであったように、お互いに一定のルールの上で戦っているのだと理解した。
だがそれが魔人との戦いにおいても通用するとは思えない。騎士団が無理であれば歩兵を鍛えるしかないとジグルスは考えた。
「歩兵か……軍制を変えないと無理だな」
「はっ?」
「分かっているだろ? 歩兵は徴兵された者たちだ。もちろん鍛えてはいるが、騎士のようにはいかない」
「そうか……」
騎士以外に職業軍人はいない。戦争があればその都度、徴兵が行われ、ある程度、鍛錬を行ったところで実戦に送り込まれる。戦争が頻繁にあるのであれば、戦いに慣れた兵士もいるだろう。だが、その程度で魔人に通用するのかとなればそうではないとジグルスは思う。
「せめて魔物相手には余裕で戦えるようにしないとな」
「そうですね……」
魔人との戦いの前哨戦となる魔物との戦い。それは歩兵だけで対処して、騎士団の力は魔人戦に温存する。ワルター副団長が考えているのは、そういう戦術だ。
間違いではない。だが、それは人間同士の戦いとどこが違うのだろうとジグルスは思ってしまう。
「不満そうだな」
「不満なんて……ただ魔人は戦術を考えないのだろうかと思いました」
「魔人が戦術……その可能性は考えていなかった。そうだな。考える頭を持っているのであれば、戦い方も考えるか」
当たり前のこと。だがワルター副団長は魔人という存在が今ひとつ理解しきれていない。現実に戦う相手としてのイメージが湧かないのだ。
「やはり、今持っている程度の情報ではどうにもなりません」
それはジグルスも同じ。ゲームでの戦いと実戦は違う。ゲーム画面には何百もの敵は現れない。現実の戦いでは駒のように部隊を動かせばそれで戦えるわけでもない。魔人が現実の世界でどういう戦いを行うのか、まったく分からないのだ。
「かといって情報を集める手段もない」
「本当にそうなのですか?」
「……嘘は言っていないが、何故そう考えるのだ?」
「魔人との戦いが起こる前提で物事が進んでいます。実際に起こるのでしょう。でも何故、そう思えるのでしょうか? もうすでに魔人との戦いが始まっているなんてことはないのですか?」
ジグルスはゲームシナリオがそうだから魔人との戦いは起こると思っている。だが、そうでない人たちは何故、戦いが起こることが分かっているのか。隠されている情報があるはずだとジグルスは考えている。
「……魔人もまた生き残っているからだ」
「そっちですか。前回の戦いは引き分けだったということですか?」
ワルター副団長は隠していた事実を告げてきた。ジグルスに驚きはない。前回の戦いが勝利で終わっていないことは、ワルター副団長が匂わせていた。討伐に向かった部隊が勝てていないというのは、そういうことだ。
「引き分けと言って良いのか……何故、魔人側が引いたのかは良く分かっていない」
「そうであるのに勝ったことにした。何故ですか?」
「混乱を避ける為だ。討伐が失敗したなんて知ったら、民衆は大騒ぎだ。そういう事態が起きないようにしたのだ」
「そうですか……」
問題の先送りに過ぎない。だがそれを責めても意味はない。ワルター副団長だけの責任ではない、というだけでなく、ゲームストーリーがそうなのだから仕方がないという思いもジグルスにはある。
「次の戦いに備えて、それなりの準備はしてきたつもりだ。だが……時間が足りない。それに何をもって準備万端と言えるのかが、そもそも分からない」
「魔人の居場所が分かっていたりしないのですか?」
魔人が生存していることは分かっている。そうであれば、その拠点も知っているのではないかとジグルスは考えた。
「怪しい場所はいくつかある。だが今はまだ、こちらから攻め込む自信はないのだ」
ローゼンガルテン王国が攻め込めば、当然、魔人の側も反撃に出る。中断していた戦いがその時点で再開されることになる。そうなった場合に、必ず勝てるという自信が今のローゼンガルテン王国にはない。
「……十年以上の時がありました」
その間、何をしていたのだとジグルスは思った。主人公が登場するまで物語は始められないとしても、少しは何か行われていても良かったのではないかと思う。
「騎士の力量はその十年でかなり上がっている」
「それでも過去の英雄を求めるのですか?」
「天才なんてものは、そう簡単に見つかるものではない。それも凡才がどれだけ努力しても届かないような本当の天才はな」
「たった十年では、ですか」
ワルター副団長が言っているのは百年に一人の天才のこと。そうであれば、たかが十年と少しで同じような天才が現れるはずがない。
「そういうことだ。実力だけではない。我々には必ず勝てると思える根拠が必要なのだ。戦いを始められると決断出来る根拠が」
王国や軍全体の意思は別として、ワルター副団長は個人的には戦いの先延ばしには懸念を抱いている。時間が経てば経つほど、魔物はその数を増す。敵もまた強くなっていくのではないかと考えているのだ。
「……ワルター副団長から見て、俺の同学年の人たちはその天才ではないのですか?」
「いや、天才だと思う。このまま順調に成長していけば重要な戦力になる」
「では彼等の成長を待って、事を起こせば良いではないですか?」
「そうなるだろう。そういう方向で動いている」
今回の合宿もその流れの中で考えられたもの。王国は主人公たちの成長に大いに期待しているのだ。
「……でもワルター副団長は納得していない?」
ゲームストーリー通りで何が問題なのか。それを言葉を換えてジグルスは尋ねた。ストーリー通りであれば主人公が魔人を倒してくれる。悪いことはないはずなのだ。
「納得していないのではない。安心していないのだ。彼等は強くなる。これは間違いない。だが彼等は軍全体の精神的支柱になれるのか。これについては疑問を持っている」
「精神的支柱ですか?」
「何故、前回の戦いで英雄が生まれたのか。君ならこれだけで分かるだろう?」
「……そうですね」
こうは言ったものの、ジグルスは完全には理解していない。ワルター副団長が言いたいことは分かる。この人がいれば大丈夫。そう騎士や兵士に思わせる存在、軍全体の士気を高めてくれる存在が必要だと言っているのだと。
だがそういった存在が実際のところ、どこまで戦況を左右するのかまでは、戦争を知らないジグルスには分からないのだ。
「私は彼等よりも……いや、これは言っても意味はないか」
「そうですね」
彼等よりも過去の英雄に、ジグルスの父親を求めている。ワルター副団長はこう言いたかったのだとジグルスは理解した。それを自分に言われても困ると。
「軍制の変更は恐らく実現出来ない。私が出来るのは、数は少ないが今、徴兵されている兵士たちを鍛えるくらいだな」
戦時徴集が基本だが、平時にもまったく徴兵がいないわけではない。税を納められない貧しい家は、税代わりに兵役を課せられることがある。強制労働のようなものだ。実際に兵役といいながら、やらされているのは土木工事がほとんどだったりする。
そういう兵士をワルター副団長は厳しく鍛え直そうと考えたのだ。何も出来ないがせめて、といったところだ。
「では、今日はこれで失礼する。勉強の邪魔をしたな」
「いえ、為になりました」
それはこちらの台詞だ、は言葉にすることなく、ワルター副団長は席を立って図書室を出て行く。彼が飲み込んだ言葉はこれだけではない。
ジグルスがやたらと推すユリアーナたちよりも、ジグルス本人に期待をしたい。ワルター副団長はこう言いたかったのだ。だが言葉にすることはしなかった。
ジグルスが一軍の将になる可能性は限りなく低い。若すぎる上に実家はリリエンベルク公爵家に仕える男爵家だ。王国騎士団で高い地位に就くことは出来ない。出来ないことが分かっていて求めるのは、身勝手だと考えたからだ。
ただ一つだけ実現する方法はある。戦いで活躍し、英雄になることだ。ただそれもワルター副団長が望んで、実現することではない。ジグルスにそれに相応しい実力と運があれば、自然とそうなるものだ、