結界の目途が立ったことで、ヒューガは早速、都を使うことについてセレネに話を通すこととした。扉を抜けて、西の拠点に着く。この場所に来るのも久しぶりだ。
セレネとだけ話をして、すぐに東の拠点に戻るつもりだったのだが、彼女は部屋にいなかった。仕方なく建物の外に出ると、幸いにもセレネは建物を出てすぐの所にいた。長老たちも一緒だ。
「長老さんたちここにいたのか?」
「ん? おお、ヒューガ殿か? 随分と見違えたな。それにその髪は……」
長老がヒューガと気付くまでに少しの間が必要だったのは髪の色のせい。銀髪のヒューガを見るのは初めてなのだ。
「ああ、染めるのを止めたんだ」
「……なるほど、それがヒューガ殿の本来の髪の色ということか。セレネ様がヒューガ殿に肩入れしていたのは、それが理由だったのだな」
納得した様子の長老だが、これは間違い。
「私も初めて見たわよ。貴方ね、そんな大事をどうして隠してたのよ?」
「はぁ? 何だ、それ? セレと同じ髪なのがそんなに問題か?」
「問題よ! それが分かっていれば、あんなことにはならかったかも知れないのに!」
セレネが何を怒っているのかヒューガには分からない。エアルに視線を向けてみても、彼女にも心当たりがないようで、突然怒り始めたセレネを、きょとんとした顔で見ている。
「怒ってないで、説明してくれよ。こっちは全然意味がわからない」
「白銀の髪はエルフにとって王の証なの!」
「……月のエルフの部族は全員同じ髪の色じゃないのか?」
セレネの髪の色も白銀。それは月のエルフの特徴だとヒューガは思っていた。
「月のエルフなんて部族はないわ。王族に対する呼称なの。でも、王族も全員が銀髪であるわけじゃないの。他の部族から突然、銀髪の子が生まれることもあるわ」
「そうなのか。でも僕、エルフじゃないし」
「そんなことはどうでも良いのよ!」
「だから、何でそんなに怒ってるんだよ?」
銀髪は王の証などと言われても、セレネも同じ色。唯一無二でないなら、自分の髪の色がどうであっても良いではないかとヒューガは思っている。
「この世を混沌が覆う時、白銀に輝く王が現れて、この世界を導くだろう」
「……それって、パルス王国に伝わる勇者に関する伝承だな? 良く知ってるな?」
召喚された日にパルスの国王が告げた言葉。ヒューガは、もう随分と昔のことのような気がしている。それでも言葉の内容については、ほぼ覚えている。ユートとミリアだけが勇者である理由。自分自身は関係ないという口実に利用した言葉なのだ。
「エルフにも伝わってるの。少し違うけどね。違うのは勇者と王の部分だけ」
「そうなんだ……どっちが正しいんだ?」
「エルフに決まってるでしょ!」
「またぁ。エルフだから特別だなんて意識持って……」
「違うわよ。パルスではわざと歪められたのよ。白銀ってのは月のエルフ、エルフの王の特徴。人族、特にパルスにとってそれは望ましくないでしょ? エルフの中から凄い王が出るって話になるじゃないの」
「……なるほど」
確かにパルス王国にとっては都合が悪い預言だ。その白銀がエルフの王を指し示すのであれば。この前提がある限り、ヒューガは話を自分のこととして受け入れることをしない。
「だからあえて歪めた。そして月のエルフが王や勇者として崇められないように、ダークエルフと呼んで貶めた。ダークエルフと関わってはいけない。ダークエルフと親しくしてはいけない。わざわざこんな話を子供の頃から教え込むほどの念の入れようでね」
「……エルフは分かったけど、なんでわざわざそういう存在を自分たちで召喚しようとするんだ?」
パルス王国は白銀の勇者が現れたことを喜んでいた。その場にいたヒューガにはそれが良く分かる。この事実は今のセレネの話と矛盾するものだとヒューガは考えている。
「それも理由はおおよそ分かってる。召喚して殺してしまう為よ。パルスの王にとって自分の座を脅かすものを放っておけないでしょ?」
「凄いな、その考え方。でも別の理由もあるかもな。どうせ現れるならパルスの王になってもらう。今の勇者がそうだと思う」
パルスの国王と会話した時の様子が頭に浮かんだ。魔族との戦いに積極的とは思えない国王が、何故勇者を召喚したのか。国王にする為なのは分かった。だが見知らぬ異世界人によく国王を任せる気になるなというのがヒューガの疑問であったのだが、今の話で納得出来た。出来てしまった。
「そうなの?」
「少なくとも今のパルスの国王はそう考えてる。どうせ後継ぎがいないなら、いっそのことって考えだ」
「そう」
「まっ、そんなことはどうでも良い。相談があるんだ」
ヒューガにとっては伝承よりも、目の前の問題のほうが大事。本題に入ろうとした。
「どうでも良くないわよ!」
だがセレネはそれでは納得しない。
「どうでも良いだろ? 髪が白銀だからって、その伝承の王であるとは限らない。それだったらセレが王でも良いわけだ。それに勇者も白銀の印を持って現れたんだ。誰がその王かなんて決められない。それに伝承は伝承。そんなもので物事を決めつけるのは馬鹿げてる」
「どうして貴方はそうなのよ!?」
「どうしてって言われてもな。預言みたいなものに生き方を決められたくない。そういうことかな?」
「屁理屈ばっかりね」
「ちゃんと筋は通ってるつもりだけど?」
ヒューガの髪の色が白銀だからというだけで、伝承の王だと決めつけよいとするセレネのほうが余程、矛盾している。実際にそうだ。彼女の話にはヒューガを納得させるだけの理屈がない。
「別に良いわ。貴方がどう思おうと必然的にそうなるから」
「その考え方は嫌いだな。必然なんて人の生き方にあってはいけない。生き方は自分で決めるものだ」
「……ほんと、口が減らないわね」
「じゃあこの話はこの辺で。相談に入ろう」
「……相談って何よ?」
話は平行線。距離が縮まる気配はまったくない。そうなるとセレネも伝承の話に拘ってはいわれない。ヒューガからの相談事も、それはそれですごく気になる話なのだ。
「エルフの都を使わせてほしい」
「それは私に聞くことなの?」
「セレは王族。あの都を統治していた血筋だろ? セレに聞かないで誰に聞くんだよ?」
「別に好きにしなさいよ。私たちにあそこをどうこうする力はないわ。そっちは大丈夫なの?」
セレネ、そして西の拠点に暮らすエルフたちは、都に住めなくなって逃げ出してきたのだ。そこをどうしようと文句は言えない。
「結界については何とかなりそうだ」
「……貴方たちの精霊たちは、そんなに力を持ったの?」
自分たちではどうにも出来なかった結界を、ヒューガたちは何とか出来る。その事実を知って、セレネは驚いている。力を持っていることは分かっていても、都をなんとか出来る程だとは考えていなかったのだ。
「頑張ってはいるけどセレが思う程じゃないと思う。都の結界については協力してくれる精霊が現れたからな、そのおかげだ」
「協力してくれる精霊?」
「シルフとウンディーネ。イフリートとゲノムスの四人でいけばなんとかなるみたいだ。元からエレメンタルが守ってたんだってな? 都の結界は」
「……つまり四大精霊が揃ったのね?」
今度は驚きよりも呆れ顔。やや苛立ちも混じった複雑な表情をセレネは見せている。
「ウンディーネは新生エレメンタルって言ってたな。その新生エレメンタルが都の結界を張り直すことになる」
「……私も相談があるんだけど良いかしら?」
「何だ? 聞けることなら聞くぞ」
「お願いだから、私たちの王であることを認めて!」
「……何で?」
「何でじゃないわよ! 春の部族と冬の部族だけじゃなくて、四部族が揃ったってことでしょ!? それが私たちの王じゃなくて何なのよ!?」
四季の部族はエルフの王に仕える者。四季の部族は使える相手が王でなくて何なのか。セレネはこう考えている。間違ってはいないが、この思考はまだエルフの常識にとらわれている。
「部族は揃ってない。夏と冬の部族はいないって言ってた。残念だけど滅んだんだな」
「滅んだ? でも、じゃあ何故、風と水の精霊が?」
「僕の友達と結びたいらしい。それはまだ先のことになりそうだけどな。先行して協力してくれるってことだ」
「同じことでしょ!? 四大精霊が全て貴方の下に集った。しかも貴方には月の精霊であるルナがいる。これは全ての精霊が貴方の味方になったってことじゃない!?」
「……まあ、確かにそんなようなことを言われたかな?」
確かにシルフはそのようなことを言った。それをヒューガは思い出した。
「その貴方が王にならなくて誰が王になるのよ? お願いよ。私たちを認めて!」
「……でもな」
セレネが必死に頼み込んでも、ヒューガはまだ躊躇いを見せている。
「ヒューガ殿、もう諦めてくれ。ヒューガ殿はまぎれもなく我らが王。この事実は変えられん」
じっと話を聞いているだけだった長老の一人が、ここで話に入ってきた。感情的になっているセレネでは話が進まん倍。そう判断したのだ。
「長老さんはそう言うけど、僕はしばらく大森林を離れるから。王になっても何もしてやれない」
「それはまた……何故、そんなことに?」
「ちょっと! まだ何か隠してるの?」
ヒューガが大森林を離れる。その事実を知って、セレネがまた大声をあげてきた。
「隠してない。さっきから話そうとしているのに、セレが話をころころ変えるからだろ?」
「……じゃあ、説明しなさい」
「エルフの都を使いたいってのはエルフの数が増える予定だからだ」
「それは聞いてるわ。外のエルフを呼び戻してるんでしょ。でもその数は決して多くないはずよ」
こういった情報はセレネも知っている。西の拠点との窓口役であるカルポが伝えてきているのだ。
「多くないには理由があると思う。集落を離れてここに来るのはエルフたちにとって大変なことだ。移動中に狙われる可能性が高いからな」
「……そうね」
「だから、そのエルフたちを迎えにいく。安全な道を確保して護衛しながらな」
「それは……迎えに行くって、どこまで行くつもりなの?」
大森林の外の世界で生きていたセレネには、ヒューガのやろうとしていることの難しさが分かる。もともとヒューガを大森林に連れてきたのは、従属の首輪を外れるヒューガにそれをさせない為という理由もあったのだ。
「全部。大森林に来たいって言う全てのエルフを連れてくるつもりだ。当然、奴隷にされているエルフを含めてな」
「……貴方、馬鹿なの?」
「またそれ?」
「馬鹿じゃなければ何なのよ!? 貴方、自分が何をしようとしているか分かってるの?」
「分かってるつもりだ」
分かっている。情報を集め、計画を練り、それがどれほど危険なことか分かった上でヒューガは実行を決めている。決断までにヒューガもかなり悩んでいる。自分だけでなく仲間を危険な目に遭わせて良いのかと。それでもヒューガはやると決めたのだ。
「エルフの集落はいくつあるの? いえ、そんなことは問題じゃないわ。奴隷にされているエルフを救う? それも全ての。それはこの大陸の全ての貴族を敵に回すことになる! 貴方殺されるわよ!」
それがセレネには分かっていない。
「それがどうした?」
「どうした……?」
「今この瞬間にも奴隷にされているエルフがいるかもしれない。セレはそれを知りながら見て見ぬふりをしろって言うのか? 奴隷にされたエルフがどんなひどい目にあって、それによってどんなに傷ついているか、セレはそれを知らないのか? 実際のところは僕も奴隷の頃の彼女たちは知らない。でも僕は彼女たちを見てしまった! 奴隷から解放された後も苦しんでいる彼女たちを知ってしまった! 放っておけるはずがないだろ!」
「貴方が奴隷のことを知ってそういう行動に出るのは分かってたわ! だから私は貴方をここに連れてきたのよ! 力を蓄える時間を与える為に」
「……そうなのか?」
「そうよ。貴方の気持ちは分かるわ。でもそれと同時にそれがどんなに無謀なことかも。分かってるの? 貴方はエルフを救うために同じエルフを危険な目にあわせようとしてるのよ!」
セレネの言葉はヒューガの一番痛いところを突いている。ヒューガの行動が大森林に再び戦争を持ち込む可能性は否定できない。
だがそれもまた覚悟の上だ。ヒューガは止まらない。
「……それは分かってる。迷惑をかけることについては謝る。すまない。でも僕は止めるつもりはない。東の皆はそれに備えて一生懸命に鍛錬を続けている。だからセレたちにも備えを頼みたい」
「勝手なこと言わないで! いつから!? いつ大森林を出るつもりなの!?」
「もうすぐだな。準備はほぼ出来ている」
「間に合わないわよ! 今からどんなに頑張ったって、間に合うはずがないじゃない!」
「出来るだけ気付かれないようにするつもりだ。仮にばれてここに攻め込まれることになるとしても、時期はずっと先になるはずだ」
「……先ってどういうことよ?」
ここでセレネは自分が考えていることとヒューガの話にズレがあることに気が付いた。
「いきなり貴族のところに行くわけじゃない。大森林までの移動経路の確保が先だ。それに情報収集も。大きな行動を起こすのはその後だ。仮にそれでバレても、大森林まで攻め込んでくるには時間がかかるだろう。それまでに備えを固めておいて欲しい」
「……話が見えない。なんでそんな先の話なの? もうすぐ大森林を出るんでしょ?」
「こっちこそ、セレが何を分からないのか分からないい」
「……もしかして、私たちは攻めてくるのに備えれば良いの?」
「そう言ってる」
セレネはヒューガは自分たちにも大森林を出て、外にいるエルフの救出を手伝えと言っているのだと考えていた。それが大きな認識のズレだ。
「エルフを助け出すのは東の拠点だけでやるってこと?」
「ああ」
「そう……じゃあ、時間はあるわね。でも、百人で守れると思う?」
そうであれば戦いになるとしても、ずっと先の話。それが分かったセレネはホッとした様子を見せている。
「難しければ逃げればいい。大森林中を追いかけることは相手には出来ないだろ?」
「そうね……東の拠点への道は開けてくれるのね?」
「そうだな。確かにそれは必要だ。開けておこう」
西の拠点まではなんとかなっても、東の拠点まで辿り着けることはまずない。あるとすればレンベルク帝国側からの侵入であるが、その可能性は今のところ少ない。レンベルク帝国には救出すべき奴隷にされたエルフはいないのだ。
「わかったわ。まだ納得していないけど、聞く気はないんでしょ?」
「ああ、もう決めたことだ」
「そう。気を付けてね」
「ああ」
「エアル、貴方も」
「……その心配は無用です。私はここに残りますから」
セレネに声をかけられたエアルの口調にはとげがある。口調だけではない。彼女の目元には知る人が見れば、すぐに分かる怒りが浮かんでいた。
「そうなの? 貴方のことだからてっきり付いて行くものだと思ってたわ」
だがセレネはその知る人ではない。
「それはヒューガに断られました。エルフは連れていけないって」
「……今、何て言ったの?」
「セレネ様は恐らく勘違いしていますね。大森林の外に出てエルフの救出を行うのは、ヒューガと人族の人たちだけです」
「人族だけ? 何人いたのかしら?」
エアルの話を聞いても、セレネには彼女の怒りが伝わらない。
「今。仲間を増やしています。おそらく百人くらいになると思います」
「そう。そんなに増えるの」
「……何とも思わないのですね? セレネ様が何故王になれなかったか分かりました」
「なっ!?」「エアル!」
ついにエアルははっきりとセレネへの批判を口にした。我慢が出来なくなったのだ。
「ヒューガ、これは教えておいたほうがセレネ様の為よ。セレネ様は東の拠点だけで事を行うと聞いた途端に反対の気持ちが萎みました」
「何を言っても気持ちは変わらないと思って」
「そうですか。でも、人族だけでエルフを救うと聞いても何も感じていませんね?」
「それは……」
エアルの指摘を受けて、ようやくセレネの表情に動揺が浮かんだ。他人事のような態度を見せたことが間違いだったと気付いた。
だが、それでもまだセレネの認識は甘い。
「ハンゾウさんたちは仲間が増える前から、たった十人の時からヒューガに付いて行くと決めたのです。ヒューガの為に、そして外で苦しんでいるエルフの為に命を捨てると決めたのです。私たちは、東の拠点の皆は悔しいのです。彼等が命を危険にさらして行動しようとしているのに、自分たちが安全な場所でただ待っているしか出来ないことが」
「…………」
「だから一生懸命に鍛錬をしています。自分たちが弱いからヒューガについていけない。なら少しでも強くなろうと。今回は無理でも次の為に。いえ、間に合うならば途中からでも参加したいと」
だがセレネはそう思ってくれなかった。自分たちと同じ想いを抱かなかった。それがエアルは許せない。
「私も東と西で壁を作りたくはありません。でも今の貴女たちとは一緒に戦いたくありません。仮に攻め込まれることになっても戦いは私たちだけでやります。貴女たちの力を借りるつもりはありませんので安心してください」
仲間の想いを理解出来ない人たちとは共に行動出来ない。今のエアルは同じエルフというだけで相手を仲間と思うことは出来ない。
「エアル……」
「ごめんね。でも東の、そして南の拠点の仲間たちの気持ちを考えたらどうしても黙っていられなくて。それとハンゾウさんたちの為にも」
「そっか。じゃあ戻るか、仲間の元に」
「ええ」
エアルの気持ちはヒューガにも良く分かる。エアルの怒りは仲間たちを大切に思うからこその怒り。その向け先がセレネであろうとも、それを否定することは決して出来ない。ヒューガが大切に思う相手も、仲間だけなのだ。
◆◆◆
ヒューガの様子はヒューガと繋がっているルナには良く分かるのです。全く西はどうしようもないのです。またヒューガを困らせているのです。
「うーん」
「どうしたのかしら? 精霊会議を始めるんじゃなかったの?」
ウンディーネ先輩が声を掛けてきたのです。今日はウンディーネ先輩とシルフ先輩が参加しての初めての精霊会議なのです。でもやっぱりルナたちはヒューガのことが気になるのです。
「セレネは相変わらず、おバカなのです」
「何かあったのかしら?」
「西の拠点でちょっと揉めたのです。エアルが怒ったのです」
「そう。でも仕方ないと思うわよ」
「どうしてなのですか?」
「セレネは気付いていないの。王に自分たちの王になれと言っているけど、それは単に自分が背負いたくないからだって。セレネは何も背負おうとしない。その覚悟が出来ていないのね? それが出来ない間は王の近くにいられないわ」
「なるほどなのです」
ウンディーネ先輩の説明は分かり易いのです。セレネは逃げていたのですね。ヒューガに逃げているように言っていて、自分がそうだったとは、やっぱりセレネはおバカなのです。
「放っておきましょう。それは自分で気付かなければならないこと」
「……了解なのです。では始めるのです」
やっぱり頭がいいのです。セレネをとっちめてやろうとルナたちは考えたのに。これは釘を差すというやつに違いないのです。
ヒューガは先輩には敬意を払えと言ったのです。ここは先輩の言うとおり放っておいてやるのです。
「イフリートがいないわよ」
「イフリートは取り込み中なのです。今は大事な用を済ましているのです」
「それが何か聞いても良い?」
「先輩との最終決戦なのです」
イフリートはサラマンダー先輩との戦いなのです。サラマンダー先輩は自分を超えて行けとイフリートに言ったそうなのです。中々恰好良い台詞なのです。
イフリートは先輩を超える為に今日は頑張るのです。
「サラマンダーとね。そう、最終決戦なのね。大丈夫かしらイフリートは?」
「勝って帰ってくる。イフリートはそう言ったのです。だからルナはそれを信じるのです」
「もしサラマンダーが勝ったら?」
「それは考えていないのです」
「そう。じゃあ始めましょか? イフリートもそのうち来るでしょ」
「分かったのです。まずは都の結界のことなのです。というよりそれ以外は急ぎの議題はないのです」
「それについては問題ないわよ。私たち四人でやれば結界を広げる事は十分に可能。それだけの力も蓄えてあるわ」
「でも問題がひとつあるのです」
「それはルナ自身の事でしょ?」
やっぱり先輩は頭が良いのです。ルナの悩みに気付いているのです。
「そうなのです。ルナたちは大森林を出るのです。そうなると結界に関われなくなるのです」
「その解決策は知っているはずよ」
「そこまで気付いていたのですか? でもそれをして良いのですか?」
「ルナにとって一番大切なのは?」
「ヒューガなのです」
「私たちの力は限られている。それを忘れてはいけないわよ。限られた力を誰の為に使うのか。それも間違えてはいけないわ」
「それは分かっているのです」
「じゃあ、自分が為すべきことをやりなさい」
「先輩は厳しいのです。でも分かったのです」
ルナたちの悩みはディアのこと。ディアの側にも今、ルナたちはいるのです。エルフの都の結界の維持にはルナたちが必要。でもルナたちは大森林を出る。
その解決策はディアのところにいるルナたちが戻ることなのです。そのルナたちの力があれば、ルナたちがいなくても結界の維持は可能なのです。
でも、そうするとディアを守るルナたちはいなくなる。
ルナたちが大切なのはヒューガ。ヒューガの為には辛い決断もしなくてはならないのです。
「都の結界の件は解決ね」
「そうなのです。あとは実際に行動するだけなのです」
「それはイフリートが戻って……戻ったわね。イフリートが」
「遅くなった」
「勝ったのですか?」
これは念のために聞いているだけなのです。イフリートは戻ってきた。それが結果を示しているはずなのです。
「ああ、なんとかな」
「イフリートは少し男らしくなったのです」
「先輩と一緒だからな」
「そう。サラマンダーはそういう決断をしたのね」
「どういうことなのですか?」
イフリートの言う「先輩と一緒」の意味をウンディーネ先輩は分かっているのです。やっぱり、先輩は賢いのです。
「イフリートの中にサラマンダーがいるのよ。といってもサラマンダーの意思はないわ。あくまでもイフリートはイフリート。でもサラマンダーらしいわね? 自分を消してでもイフリートに全てを渡す選択をするなんて」
「おお、先輩はすごい精霊だ。俺は先輩を超えなければならない」
「超えたのでしょう? だからサラマンダーの力を手に入れた」
「力だけだ。俺は志も強くならなければならない」
「そう……サラマンダーは幸せね。自分を超えて、更に上を目指そうとする後継者に出会えたのだから」
「……そうねぇ」
ずっと黙っていたシルフ先輩がポツリとつぶやいたのです。先輩たち二人はなんだか少し悲しそうなのです。サラマンダー先輩のことを思っているに違いないのです。
「ごめんなさいね。長年一緒にいたサラマンダーのことを思うとね」
「……かまわないのです」
「そう言えばノームはどうしているかしら。隠居って言っていたから引き籠ったまま?」
ウンディーネ先輩はもう一人の先輩。ノーム先輩のことが気になったようなのです。
「違う。ノーム先輩は東にいる」
「東の拠点? どうしてそんな所にいるのかしら?」
「仲良しの人族がいる」
「ノームが人族と仲良し? 嘘でしょう? エルフも含めて根底では人嫌いなノームに仲良しが出来たの?」
「もとはゲノムスたちが仲良かった。でもノーム先輩のほうが土に詳しい。その人族も土に詳しい。二人は気が合う」
実はゲノムスはそれが少し不満なのです。自分はまだまだ先輩に劣る。それが悔しいのです。
「土馬鹿同士ってわけね。そう、焼けるわね。ノームはそんな相手を見つけたのね?」
「うらやましいのねぇ~」
「私たち二人は待つしかないのよね。それまではせいぜい頑張りましょう」
「そうねぇ~」
先輩たち二人がやる気を出しているのです。そうなったら、若いルナたちはもっと頑張らなくてはならないのです。
「皆も頑張るのです!」
「ん!」「おお!」