エアルは毎日、ヒューガの部屋に通っている。特に何か用があるわけではないが、忙しい中、少しでも時間が空くとヒューガに会いに行くのだ。
ほんのわずかな時間、顔を見せるだけのこともあるので、ヒューガからさすがにそれは止めろと言われたのだが、エアルが大人しく従うことはなかった。
結局、ヒューガのほうが根負け。会っても仕事の話をするばかりで、意味のない時間を過ごしているわけではないこともあり、今はもう何も言わなくなった。
「ハンゾウさんたちから報告は来ているの?」
「思ったより早いペースで人が集まっている。もう少ししたら、半分くらいを連れてここに来る予定だ」
「半分だけ?」
わざわざ半分に絞る理由がエアルには分からなかった。
「信頼出来る人だけってこと」
「半分は信用できないわけね」
かなり多い数。それで問題なく計画を進められるのかエアルは不安になる。
「それは仕方ない。ハンゾウさんの報告では、このまま行けば、恐らく予定の百は超える。半分だとしても五十人以上の信用できる人が出来ることになる。そう考えれば十分だろ?」
「そういう考え方もあるのね。でも残りの半分には何をやらせるつもり?」
「奴隷商人の襲撃」
「大事な仕事じゃない?」
奴隷にされているエルフの所在を知る為の情報入手。計画の要となる大事な仕事だ。それを信用出来ない者たちに任せようとしていることにエアルは驚いた。
「そうだけど、本当の目的を隠すには丁度いい。彼らには金品目当てだと思わせる」
「なるほどね」
「実際、金品も奪うけどな」
「ちょっと、それじゃあ本当の盗賊じゃない?」
「まあ。でも理由がある。彼等への報酬ってのもあるけど、それだけじゃない。その金を使って奴隷になっているエルフを買い戻そうと考えている。さすがに全部の奴隷商人を襲うわけにはいかないだろ? 普通に取引できるなら、それに越したことはない」
「分かるけど……納得出来ない気持ちも正直ある」
穏便に事を済ますのは良いことだと思うが、仲間を奴隷として扱っている商人に金を渡すことには複雑な思いが湧いてしまう。
「これの利点はあと二つ、取引相手として信頼されることで他の奴隷商人の情報を聞き出すこと。あとは危険回避だな。大きな街はそれだけ警備も厳しい。そういう所は穏便に済ませたい」
ヒューガは救出を終わらせる為に手段を選ぶつもりはない。奴隷商人を喜ばせることになろうが、助けられればそれで良いのだ。
「肝心の奴隷商人の情報はどうなのよ?」
「それもハンゾウさんたちからの報告で何人かは判明した」
「あら、順調ね」
「まあな。盗賊だった人から他の盗賊の情報を聞き出せるってことに気付いていなかった。盗賊の間でもそれなりに繋がりがあるってことだ。それが分かったので、仲間とは関係ない盗賊にもハンゾウさんたちは接触を始めた。奴隷狙いの盗賊だけだけどな。その成果だ」
盗賊もまた重要な情報源となった。これは大きい。飴と鞭、どちらを使うにしても口の軽い盗賊は、情報の入手先として楽な相手なのだ。
「そう。計画の初期段階は上手く行きそうね?」
「ああ、順調だな。それとエルフの集落についても今のところは良い情報が入ってる」
「どういうこと?」
「思っていたよりも散らばっていない。想像だけど大森林を出た後も遠くまで行けなかったんだろうな。まだ全部を確認できたわけじゃないけど、多くのエルフたちは、それほど遠くから移動する必要はなさそうだ。それでもパルスを横断するくらいの距離にいるエルフたちもいるけどな」
「まあ、それは最初から覚悟していたことね」
大陸全土を探し回ることになる。そんな覚悟を最初はしていたのだ。それに比べれば、規模は小さくなった。
「拠点の状況は? 分かってる集落の位置からだと、二年以内にはかなり増えることになる」
受け入れ準備の状況についてはヒューガがエアルに聞くことになる。
「でも全体の数は分かってないんでしょ?」
「正確な数はな。さすがにそこまでの情報は精霊を通して得られない」
ルナたちのように明確な意思疎通が出来るわけではない。かといって多くの仕事を抱えているルナたちが各地に散らばるわけにもいかない。
「それが分からないとなんとも言えないわよ。建物の拡張は進めている。カルポの計画では、東の拠点で二百、南を使っても同じくらいね」
「東のほうが広いだろ?」
「東は畑とか色々作っちゃったから。ブロンテースの鍛冶場もね」
東の拠点は居住地として住宅以外の設備も色々と作られている。それもまた受け入れには必要な設備だ。
「そっか……そういえばあの人族は相変わらずなのか?」
ひたすら畑仕事だけに打ち込んでいる元奴隷の人族。人との接触をとにかく嫌がるので、ヒューガも会うことは滅多にないのだ。
「私はそんなに親しくないから。親しいのはカルポ、正しくはゲノムスね。カルポから聞いた話では、まあ、相変わらずね。ああいうの何て言うんだっけ?」
「オタク」
「それ。ずっと土をいじってるわ。土についてゲノムスと話し合っている姿はちょっと面白いわよ。とにかく土が、畑が大好きみたい」
「良いことだろ? そのおかげで収穫は順調なんだから。このまま畑を育ててくれたら、すごく助かる。人がかなり増える予定なんだし」
「そうね」
木の実などの自然の恵み、もしくは狩猟に頼って食料を得ていたエルフたち。畑で野菜などを作るという自給手段を得られたことは大きい。もちろん全くなかったわけではないが、細かく手を入れて畑を育てることまではやっていなかったのだ。
「あと彼女たちの様子はどうだ? 最近顔を出せてない」
「予定通りといえば予定通りね。体のほうは順調に回復している。あとは心。それについては少しずつ周りとの接触を増やすことにしたわ。引き籠っている段階は過ぎたと思うの」
「平気か?」
「どっちが? 周りのほうの心配は無用よ。私の部族は当然だけど、カルポのところも奴隷だったからって変な目で見る者はいないわ。西から移ってきた人たちも。彼らも障害があるってことで同情や憐みの目で見られた経験があるからね。そういう点では同じ経験をしているといえる。それに彼らが頑張っている姿を見てもらうってのも良いかなって思って」
「そうかもな。まあ最初に決めた通りだ。正しいと思ったことをやっていくしかない。任せるよ」
「ええ」
正解は誰も持っていない。とにかく自分たちの考えが正しいことを願って、やってみるしかない。彼女たちを使って試しているようで申し訳ないという気持ちがないわけではない。だが、より多くの心に傷を負った人たちを助けることに繋がるのであればと考えて、割り切るしかないのだ。
「じゃあ、南も少しは使えるな」
「それでも最大で四百。これで足りる?」
「無理だな。一カ所に十人としても、かなりの数なんだよな」
「かなりってどれくらい?」
「千人くらいかな?」
大森林に集める予定のエルフの数は千人を見込んでいる。ルナたち精霊からの情報に基づいた計算だ。
「そんなに?」
「でも種族全体で千人って考えれば、かなり少ない。元の世界では絶滅寸前って言われる数だ」
「人数というより集落の数よ。百カ所もあるってことでしょ? 気が遠くなってきた」
「だから何年もかかる計画だって言っただろ?」
ヒューガが話している数はそれぞれの拠点で暮らしているエルフについて。それにさらに奴隷にされているエルフたちを助けるのだ。これはどれだけの数になるか、今は見当もついていない。
「そうね。でも初めて実感が湧いたわ。とてつもなく大規模な計画だって」
「正直言えば僕も。この数を見て、自分がどんなに大それたことをしようとしてるか実感した」
「でも止めないんでしょ?」
「当然。始めたからには最後までやりきる」
どれだけ困難であっても最後までやりきる。その覚悟をもって、ヒューガは計画を皆に伝えたのだ。そして伝えることでさらに引くわけにはいかなくなる。人々の期待がそれを許さない。
「でもどうする? その千人が全部来たら、収容出来ないわよ」
「それが今一番の問題。どうしてもとなったら……気が進まないな」
「案があるの?」
「一応。エルフの都、あそこを使えば千人が二千人でも大丈夫なはず」
「ああ、そうね」
大崩壊以前は、大森林には万の単位のエルフが暮らしていたのだ。その中心地である都は千や二千くらいは余裕で収容出来る規模だ。ただし、無条件というわけにはいかない。
「結界だなんだで、ルナたちには相当な負担を掛けることになるけどな。それにルナたちは僕に付いてくるって言ってるし」
結局、結界の大きさが全てだ。それによって居住地に出来る広さが決まるのだから。
「ルナとヒューガは結んでいるんだから離れるわけないでしょ? 良いな、ルナは」
「またそれを言う。エアルは絶対無理だからな。ルナが離れてイフリートまでなんてなったら結界担当はゲノムス一人になる。それ絶対無理だから」
「二人でも大変よ。二千人でも大丈夫なんて言うくらいだから都って相当広いんでしょ?」
「そういえばまだ行ってなかったな」
「ええ、機会がなかったから」
エアルは大森林に来てから都には一度も行っていない。どれほどの規模なのか知らないのだ。
「行ってみるか?」
「良いの?」
「使うかどうかはこれからとして、一度見てみないと整備がどれくらい大変か分からないだろ? それにエルフの都だ。見ておいたほうが良い」
「じゃあ、行く」
「いつが良い? 僕は今からでも大丈夫。今のところ受け入れ準備は最優先課題だからな。早めに解決しておかないと」
「じゃあ、今」
「分かった。じゃあ、行こう」
◆◆◆
扉を抜けるとそこは前に来たのと同じ部屋。便利ではあるが、どういう仕組みなのかヒューガにはさっぱり分からない。ルナたちに聞いたこともあるが、仕組みそのものは分からないという話だった。
ルナたちが行ったことは痛んだ場所に力を与えて強化したり、途切れた場所を繋ぎ直したりといった、要は補修だ。それに少し工夫を加えて、結界と同じように限られた人だけが通れるようにしてある。
もっとも都に関していえば、今はエルフであれば誰でも自由に通れるようにしてある。エルフの都は聖地として位置づけられている。そこに行くのに自分の許可が必要というのはおかしいと、ヒューガが言い出したからだ。
「長老たちいるかな?」
「本当に二人っきりでいるの?」
長老の二人は聖地とされた都を守る役目を自ら負っている。多くの仲間は命を落とす事態となって責任を感じてのこと。償いの意味があってのことだ。
「ずっと二人っきりってわけじゃないと思う。食糧については西から運んでいるだろうからな」
「そうよね」
「とりあえず外に出てみよう」
扉のある部屋を出ると、そこは大きなテーブルが置かれた広い部屋。ヒューガが以前来た時はここで会議が行われていた。更にその部屋を抜けて、廊下に出る。
「いないな」
「西に出かけてるのかしら?」
「そうかもしれないな。一言断ってからと思っていたけど仕方ない。勝手に見させてもらおう」
そのまま二人は長い廊下を歩いていく。両側にはいくつもの扉が並んでいる。その光景を見たヒューガは自分も、ゆっくりと都の様子を見るのは初めてだと気付いた。
大森林に来たばかりのヒューガはとにかく落ち着かなかった。しかも半分くらいはベッドの上にいたのだ。
「大きな建物ね」
「エルフの都、その王の住む建物だからな。それでもパルスの王城よりはかなり小さい」
「人族とは人数が違うから」
「でも実際この建物だけでも東の拠点の全員を収容できるよな。やっぱり使うしかないか」
この建物は大森林にある他の建物とは比較にならない大きさ。残ったエルフたちがずっと暮らしていた場所なので、大きく手を入れることなく使用出来る。
「何か問題があるの? さっきから聞いているとヒューガはここを使うのを嫌がっているみたい」
「大きな問題は結界だな。ここの結界はかなり小さくなったはず。それがセレたちが西に移った理由だからな。その結界を広げる。しかも、これだけの敷地だ。イフリートとゲノムスに相当無理をさせることになる」
「そうね。でもそれだけじゃないでしょ?」
「あとは僕の気持ちの問題。エルフの都を僕の都合で使うのに、ちょっと抵抗あるんだよな。別に僕はエルフの王になったわけじゃないから」
「また、そんなこと言っている」
「実際そうだから」
エルフの都、聖地と位置づけられた場所を自分の目的の為に利用する。それをヒューガは大森林を私物化しているようにも思えてしまう。そんな権利が自分にあるのかと思うのだ。
「でも、そんなこと言っていられないでしょ? 現実問題として他に選択肢がないんだから」
「まあな。とりあえずセレに許可を得るか。セレは元王族、話は通しておかないとな。でも、これを整備するんだ」
会話をしているうちに二人は建物の出口に辿り着いた。深い緑の中にいくつもの建物が点在している。木々に隠れて全容は見えない。東の拠点に比べれば、遙かに広い敷地。これを結界で覆うのは並大抵の苦労ではないはずだ。
「……どこまで広げるの?」
エアルも実際に見て、その大変さが分かった。
「それは何人のエルフがここに来られるかによるけど、仮に千人だとして、単純計算で東の拠点の五倍と考えればいい」
「そうよね。聞くまでもなかったわ。五倍か、拠点をあと五つと同じだものね。さすがにちょっと無理かな?」
「だよな。僕もそう思う。イフリートとゲノムスにそんな無理をさせるわけにはいかない。そもそも無理しても出来るものなのか……出来る範囲で広げるしかないな」
「でも、それだと全てのエルフを呼べないわ」
「……ゆっくりとやるしかない」
だが外で暮らしているエルフたちにとって、ゆっくりなど許される状況ではない。他の部分では順調に進んでいる計画だが、肝心のところで躓きを見せている。
(手伝いましょうかぁ~)
「ん?」
間延びした、気の抜ける話し方と共にヒューガの前に現れたのは、透き通った緑の体を持つ女性。風もないのにその髪は後ろに靡いている。美人なのだとは思う。だが姿形がボヤケていてよく分からない。
(先に話さないでください。貴女の話し方では王に失礼です)
次に現れたのは透き通る青い体を持つ女性。緑の女性に比べれば、その輪郭はハッキリとしている。この人もまた美人だ。どこか冷たい感じがするのは、彼女の属性のせいだ。
「お前たちは? なんて聞くまでもないか、シルフとウンディーネで良いのかな?」
(そうなのよぉ~)
(……だから先に話さないでください。王に名を知って頂いていたとは光栄です)
現れたのは風の精霊シルフと水の精霊であるウンディーネ。
「その二人がどうして僕の前に? それに手伝うってどういう意味?」
(言葉の通りなのよぉ~)
(ちょっと……もう良いです。貴女がこれだけ饒舌なのも珍しいですからね)
「……イフリートとゲノムスの手伝いってことでいいのか?」
現れる直前に話していた内容から、彼女たちの言う手伝いは結界のことだろうとヒューガは考えた。
(王のお手伝いなのぉ~)
「でも同じことだろ?」
(そうねぇ~)
「……それはここの結界を広げるのを手伝ってくれるってことで良いのか?」
(そうよぉ~)
悩んでいた結果の問題が解決するかもしれない。そうだとすれば彼女たちの助けは是非に欲しいところだ。
「それは助かる。二人が手伝ったとして、どれくらい結界を広げられるかな?」
(元通りよぉ~)
「そうなると……確か三分の一くらいだったな。じゃあ千人は余裕だ」
結界が縮小する前、ヒューガがこの場所を訪れたばかりの頃の広さを考えたのだが。
(だからぁ~。元通りよぉ~)
「……もしかして百年前、エルフの王国が滅びる前って意味か?」
(そうよぉ~)
シルフの言う「元通り」は大崩壊前のこと。エルフの王国が存在していた時の広さを指していた。
「そんなことが出来るのか?」
(元々私達が守っていた結界だからねぇ~)
「えっと……詳しい話を聞きたくなったんだが、その口調は変わらないのかな? 一応、僕も忙しい身で」
(……仕方がないですねぇ。少しだけですよ)
「変えられるんだ?」
(疲れるのよぉ)
「ああ、悪い。じゃあ簡潔に。元々二人、いや四人だな。エレメンタルが張った結界だったとしたら、なんで今はこんななんだ? 他の二人も元気なんだろ?」
ゲノムスはノームと、イフリートはサラマンダーと会っている。エレメンタルと呼ばれる精霊は健在だ。それで何故、都の結界がこのような状況になってしまったのか。
シルフは元通りに戻せると言った。では何故、これまでそうしなかったのかをヒューガは疑問に思った。
(足りなかったのよぉ。結界の安定にはもう一人の精霊が必要なのぉ。それが誰かは言わなくても王には分かるわよねぇ)
「……月の精霊か」
火水風土の四属性以外の精霊となると月の精霊しかヒューガは知らない。
(そうなのぉ。月の精霊がいなくては大規模な結界は安定させられないのぉ。残った精霊で制御できる範囲に狭める必要があったのよぉ)
「この間のは? まさかエレメンタルの力が弱まっているのか?」
(それはねぇ。火と土の精霊たちの多くが王についたせいなのぉ。王についた精霊たちは都に興味はないわぁ)
「……本当に僕のせいだったんだ。まあ、今更か」
ヒューガには身に覚えのないことだったが、実際には裏で繋がっていた。だが今それを知ったからといって、何も変わらない。
(割り切りが早いわぁ)
「過ぎたことを今、悩んでも仕方がない。それで何で手伝う気になったんだ? 僕とも仲間とも結んでいるわけじゃないだろ?」
(……暇なのぉ)
「えっ? 暇つぶし?」
(もう、その言い方では王に失礼です。失礼しました。シルフは礼儀知らずのところがありまして)
またウンディーネが割って入ってきた。話を急ぎたいヒューガにとってはありがたいことだ。
「いや、気にしてない。それで本当に暇つぶし? 僕としては助けてくれるなら動機はなんでも良いんだけどな」
(夏と冬が現れるのを待っているつもりだったのですが、それにはまだ時間がかかりそうですので)
「ああ、僕が何をやろうとしているか知ってるんだ」
エルフの救出にはかなりの時間がかかる。そう受け取ったヒューガだが、それは勘違い。ウンディーネが言う夏と冬は、夏の部族と冬の部族ではない。
(今、知りました)
「あれ、そうなんだ? ちょっと意外。精霊だったら大森林での行動は知られてると思ってた」
(今の月の精霊は意地悪なのぉ)
「ルナが意地悪?」
(ヒューガの味方じゃないものは認めないのです!)
いきなりルナが話に割り込んできた。意地悪と言われたのが気に入らないのだ。だがルナの言葉は、シルフが言う意地悪をしていることを認めるものだ。
「でも、同じ精霊だろ?」
(同じ精霊でもなのです)
「ちょっと冷たすぎないか、それ?」
(ヒューガと同じなのです。ヒューガは仲間と認めた者以外、誰であろうと受け入れないのです。ルナたちはヒューガと同じなのです)
ルナの考えは結ばれているヒューガの影響を受けている。ルナにはしっかりとした自我があるが、どこかヒューガの思考を映している面もあるのだ。
「……僕のせいか。えっと二人は今後、味方してくれるんだよな?」
(夏と冬は王の下にあるのぉ。私たちはすでに王の味方なのぉ)
「夏の部族と冬の部族はまだいない。連れてきたいけど、もしかしたら来ないかもしれない。それでも良いのか?」
(その二つの部族はもういないのよぉ)
「……話が分からない。それなのに夏と冬は僕の下にある?」
ようやくヒューガは自分の考えがずれていることに気が付いた。
(王はもう二人を知ってるのぉ。それはエルフとは限らないのぉ)
「……夏と冬樹ね。なるほどそういうことか。何か、あれだけど……二人は夏と冬樹を待ってるのか?」
ヒューガの知り合いで夏と冬が誰かとなれば二人しか考えられない。なんだか上手く出来すぎだとヒューガは思うが、事実がそうであるのなら受け入れるしかない。
(名は知らないのよぉ。でも王がそう思うなら、その二人がそうなのねぇ)
「二人ならパルスの王都にいる。待たなくても行けば会えると思うけど?」
(それは無理なのぉ)
「どうして?」
(私たちは大森林を離れては本来の力は保てないのよぉ。特に人族の街は自然が少ないのぉ。それは私たち精霊には生きづらいことなのよぉ。大森林にあっての私たちなのよぉ)
自然は精霊たちの力の根源。自然を育むことは精霊たちにとって自分たちを育てることにもなる。大森林の豊かな自然がエレメンタルのような強力な精霊を生み出すのだ。
「……それってルナもだよな? じゃあ、ルナは外に出ないほうが良いんだ?」
(ルナはすでに王と結んでるわぁ。それなりの力は持てるのよぉ)
結ばれることでルナはヒューガの力を借りられる。他のエルフと精霊の関係も同じだ。
「それは良かった。そうか。二人が王都に行けないのは結んだ相手がいないからなんだな……でも、夏と冬樹はここに来るとは限らないぞ」
(二人は王とまた出会うわぁ。それは王も知ってるでしょぉ?)
「そういう約束だからな。でもそれがいつかは分からない」
(それでもよぉ。私たちの相手はその二人なのぉ。私たちはもう出会うのを待つしかないのよぉ)
「なんか、それも僕のせいみたいだな。悪い」
夏と冬樹をシルフとウンディーネに結びつけたのはヒューガ。自分が月の精霊であるルナと結び、さらに王になったから、そうなったのだとヒューガは考えた。
(いいのよぉ。私たちはもう百年以上待ってるのよぉ。今更なのぉ)
「そうなのか? 他にいなかったのか?」
(力を持ってしまうと却って相手は限られてしまうわぁ)
夏の部族、冬の部族の力あるエルフがいれば二人はその人と結んでいたはずだ。だが二人の前にそういう人は現れなかった。ただそれは、たまたまそうであったのか。
「そうか、結構大変だな……ルナたちはなんで僕なんだ? 元々セレに付いてたんだろ?」
(セレネに資格はないのです)
「ルナは厳しいな。でもセレは王族なんだろ? 資格は十分だと思うけど」
(セレネは逃げたのよぉ。王の使命を放棄して大森林を出たわぁ。セレネがあのまま大森林にいれば、いずれルナのような精霊が現れたはずなのぉ。でもセレネはエルフ全体よりも自分を選んだのよぉ。ルナが言うとおりなのよぉ。セレネに資格はないわぁ)
シルフのセレネに対する評価も厳しいものだ。ルナと彼女に限ったことではない。精霊たちはセレネを王として認めない。だから今があるのだ。
「……僕も逃げ続けてるような気がするけどな?」
セレネや夏にヒューガはそれを指摘されている。自分も同じではないかと、シルフの話を聞いて思った。
(全然違うのです。ヒューガは向かい合ってたのです。ヒューガが逃げたのは自分からだけなのです。ヒューガは他人の問題で逃げることをしないのです)
「ルナ……ありがとう」
(そういうことなのよぉ。王はエルフの為に頑張ろうとしてるのぉ。我等がそんな王を助けるのは当然なのぉ)
(そういうことです。直接の結びはなくても、私たち精霊は王の為に働きます。水も風も大森林の全ての精霊が王の為に働く時が来ました)
「ああ、よろしく頼む」
ヒューガはこの事態を正しく認識していない。ウンディーネは「大森林の全ての精霊がヒューガの為に働く時が来た」といったのだ。それはヒューガが真の意味で王になったということ。
(そうと決まれば早速精霊会議を始めるのです。今回は五百四回目なのです。お前たちルナに付いてくるのです)
「ルナ、調子に乗り過ぎ。先輩には敬意を払うこと」
(ごめん、なのです。じゃあ、二人とも相談をさせて下さいなのです)
(分かったわぁ~)
(ええ、よろしく。新生エレメンタルの新たなるリーダーさん)
(ルナはリーダーなのですか?)
(それが月の精霊の役目よ)
(了解なのです。不肖の身ながら精一杯頑張らせてもらうのです!)
新生エレメンタルが結成された。王であるヒューガを支える為に。この日、この時、ドュンケルハイト大森林は新しい時代を迎えた。