全員が一同に会するのは久しぶりだ。とくにヒューガが何か指示を出したわけではないが、とにかく皆忙しいのだ。中でもハンゾウたち。毎日毎日、ぼろぼろになるまで鍛錬を続けている。先生は彼等に告げた通り、限界を超える鍛錬を行っていた。
エアルもカルポもそれに負けないようにと頑張っている。魔獣の襲撃によるショックが影響しているのだ。勝ったとはいえ、それはヒューガの戦術によるもの。自分たちの力不足を思い知ることになった。力不足を強く感じているのはヒューガも同じだが。
「それで、どうするのよ?」
「どうするって言われてもな……カルポ、頼んでいた件の状況は?」
「ふぁい」
ヒューガに呼ばれたカルポは気の抜けたような返事をしてきた。
「ちょっと貴方、大丈夫? しゃんとしなさいよ」
「あまり大丈夫じゃないです。あの、ヒューガ様、いつまで続けるのですか?」
カルポがこんな状態になるには理由がある。ヒューガの命令のせいだ。
「いつまでって言われてもな……それはカルポ、いやゲノムスか、ゲノムス次第だろ? それを聞きたいのだけど」
「会話は出来ません。それでもゲノムスはなんとなく通じるものがあるようです。これはヒューガ様の推測があたっているということですね?」
「それがどんなものかカルポには分からないのか? ゲノムスの感覚はカルポにも通じるだろ?」
「なんとなくです。ゲノムスの感覚が曖昧なので、さらにそれを感じようとしてもはっきりとしたことは分からなくて」
いくら通じているとはいえ、相手の感覚が曖昧では詳しいことは感じ取れない。
「そうか……」
「やはり殺してしまうのが良いのではないでしょうか?」
「どうやって?」
倒した魔獣はまだ生きている。とどめをさそうとしたのだが、ヒューガたちが持っている剣はまったく歯が立たなかったのだ。魔法も駄目、火も風も水もせいぜいかすり傷程度。土にいたっては逆に魔獣に力を与えてしまい、慌てて囲んでいた土の壁を強化することになった。
幸いだったのは魔獣が大人しくしていること。本気になれば土の壁を壊すことなど簡単なはずなのだ。
気安めに過ぎないと分かっているが、ゲノムスに土の壁の維持を頼んでいた。カルポが疲れているのはそのせいだ。魔力切れに近い状態がずっと続いているのだ。
「でもこのままでは。何度も繰り返せば何とかなるのではないですか?」
「……それ、カルポ出来るか?」
「私ですか? それはちょっと……」
「じゃあ」
「私も嫌よ。こちらを攻撃してくれれば戦う気にもなるけど、あれじゃあね」
土の壁の中にいる魔獣は、壁のすみっこのほうで、どれだけイジケキャラなんだと思うくらいに膝を抱えたまま動かないでいる。さすがにその状態の相手を攻撃する気には皆なれない。
「だよな。僕も無理」
「飛ばすしかないんじゃない?」
「ルナたちが疲れている」
「仮病じゃなくて?」
「疲れているのは本当みたいだ。ここに魔獣を飛ばした時に相当無理をしたらしい。まあ、分かる気がする。あんな強い存在を飛ばしたんだからな」
転移は転移させる対象によって、必要とされる力が変わってくる。相手の意思によっても。今回は強い存在を無理やりに飛ばしたことで、ルナたちが長く疲弊してしまうくらいの力を必要とした。
「ヒューガの力を渡せば?」
「それはルナが拒否してる」
「なんで?」
「看病されたいみたいだ。今もベッドで寝てる」
「……それ意味ないわよね?」
精霊がベッドに寝てても回復するはずがない。それよりも外に出て、自然に触れていたほうが良いはずなのだ。
「そうなんだけど、ちょっと怒らせたみたいで。それを許してほしければ頑張って看病しろってさ。要は僕にかまってほしいみたいだ」
結局のところ、仮病なのだ。
「もう、ルナは我が儘なんだから」
「ということで飛ばすにもしても直ぐには無理だから、その間は別の試みをしようと思った」
外に飛ばすという最終手段はある。その上でヒューガは何か出来ないかと考えているのだ。
「それが意思を通じること? なんでそんなことを思いついたの?」
「それはあの魔獣が何者かって話になる。先生はあの魔獣をサイクロプスだろうと言った。だよな?」
「ええ、そうですね」
ヒューガに問われて、ずっと黙って話を聞いているだけだった先生が同意を返してきた。
「何か大人しくない? いつもなら自分から話に加わってくるのに」
「ちょっと疲れていましてね」
「体調悪いの? だったらルナの隣で寝てたら?」
「私にそんな趣味はありません。いや、でもルナちゃんですか……」
考える素振りを見せる先生。
「……冗談だから」
「私も冗談ですよ。ただ疲れているだけですから問題ありません」
「それが珍しいじゃない?」
「先生は我等と共に鍛錬をされているのです。共にと言うのは正しくありませんな。我等よりもはるかに厳しいものですので」
「えっ?」
先生もまた鍛錬を行っていた。これにはヒューガは驚いた。これまでは人に教えるだけで、自らを鍛えることはなかったはずなのだ。
「どういう風の吹き回しよ?」
エアルもそれを不思議に思った。
「そんなことはどうでも良いでしょう。ヒューガくん、魔獣の話に戻してくださいませんかね?」
「……分かった。サイクロプスという名は僕も知っている。僕の知識ではサイクロプスには二つの見方がある。怪物、まあ魔獣と同じようなものだな、という考え方ともうひとつ。神族、神に属する種族という考えだ。神といってもこの世界の月の女神といった……あれ……?」
「どうしたのよ? 続けてよ」
「あっ、ああ、神といっても人間に近しい存在。当然、人間よりも優れた能力を持っているけどな」
「魔獣を神って、すごい発想よ?」
「あくまでも僕の生まれた世界での、それも想像上の存在だ。ただ先生から聞く限り、かなり似たような話になっている。魔獣と分類されているけど、神獣に近いものだと」
「まあ、正確ではないですけどね。そもそも魔獣というくくりがいい加減なのですよ。魔族、エルフ族、ドワーフ族、人族が人。それ以外は動物か魔獣ですからね? 魔獣の中には亜人といって良いような姿形、風俗を持つもの、人の常識をはるかに外れた人から見れば神と呼んでもおかしくないような存在も混ざってます」
この世界での魔獣の定義は曖昧だ。それを研究する者がほとんどいない、いても能力や素材としての価値を研究するくらいで、細かく分類しようと考える研究者がいないのだ。
「まあそういうことだ。サイクロプスが僕の言う後者の存在であるなら、意思疎通は十分に可能。そもそも殺すなんて考えて良い存在じゃない」
「なんでそれをゲノムスにやらせるの?」
「鍛冶とか鉄とかに関係していたような記憶があって。そうなると土の精霊であるゲノムスなら意思疎通できるかと思って」
「でも、それが出来そうもありません」
「どんなことをしてるんだ? ゲノムスは?」
具体的な方法までヒューガは指示していない。正解を知らないのでゲノムスに任せているのだ。だがそれが上手くいっていないと知って、自分でも考えてみることにした。
「名前を呼んでみたり、挨拶をしたり」
「名前なんて無いだろ? サイクロプス……じゃあさ、ゲノムスに伝えて見てくれるか?」
「何をですか?」
「キュクロプスって呼んでみてって。さすがに名前までは覚えてないから……」
とりあえずは自分の記憶にある知識。それを試してみることにした。
「それで何が変わるのですか?」
「さあ? 何も変わらないかもしれない。でも試すぐらいはいいだろ? あとくれぐれも失礼のないように」
「……わかりました。ゲノムス、お願い」
ゲノムスに頼むのはこれで済む。どこにいてもカルポの声、意思は伝わるのだ。あとは結果を待つだけで、その結果は。
「……反応があったみたいです」
上々だったようだ。
「じゃあ、行こう」
「どこへ?」
「キュクロプスの所」
ヒューガたちは建物を出て、キュクロプスを捕えている場所に向かった。
その場に辿り着いたヒューがは、迷うことなく土の壁を乗り越えて中に降りていく。
「ヒューガ!」「「「ヒューガ様!」」」
周りが焦った声を出すが。
「カルポ、ちょっとゲノムスを借りるぞ!」
ヒューガはまったく気にしていない。
「それは良いですが、危険です。戻ってください!」
「大丈夫だから」
キュクロプスは突然現れたヒューガをじっと見つめている。襲ってくる様子はない。危険はなさそうと判断して、ヒューガは考えていることを試すことにした。
(ゲノムス、聞こえてるか?)
(ん)
(通訳……僕の言葉を伝えてほしい)
(ん)
(貴方はキュクロプスという種族の方で間違いないか?)
(ん。…………)
キュクロプスの目が驚きに見開かれた、と思うのはヒューガの気のせいか。とにかく反応があったようなので、先を続けることにした。
(まずは、貴方を傷つけたことを許して欲しい。その前に勝手にここに呼んでしまったこともか)
(ん。…………)
(神である貴方への非礼は謝って済むことではないかもしれない。それでも許して欲しい。こちらにはもう貴方に対して、危害を加えるつもりはない)
(ん。…………)
(信じてもらえないだろうか?)
(ん。…………)
反応はない。さすがに考えが甘かったと思い始めたヒューガだが、もう少し続けてみることにした。伝えたいことはまだ残っているのだ。
(出来れば大人しくここを去ってもらえないだろうか?)
(ん。……ん?)
(我に行き場はない)
(……ゲノムスじゃないよな?)
頭に聞こえてきた声はゲノムスのものではない。
(その精霊を通すことに意味はない。汝の言葉は直接伝わっている)
(そうか。ゲノムスありがとう。もう大丈夫みたいだ)
(ん)
(汝に問う。ここはどこだ?)
(ドュンケルハイト大森林。知らないのか?)
(我は長く囚われていた。今この時のようにな)
(……すまない。貴方が暴れないと約束してくれるなら、今すぐ囲いを外そう)
直接、声が届いていることで、相手の感情らしきものも感じ取れるようになっている。ルナ相手のそれとは異なり微妙なものだが、それでも今の相手の感情に悲しみが含まれているのは分かった。
(そうしてもらいたい。周りを囲まれるのは……)
(わかった。ゲノムス)
(ん)
ゲノムスの返事と共に崩れ去る土の壁。
「きゃっ」「うわ」
あがった声は足下が崩れることに驚いたエアルとカルポの声だ。ヒューガは二人の存在を忘れて、壁を崩すようにゲノムスにお願いしてしまっていた。
「ちょっと何が起こったの? ゲノムス!」
「大丈夫! 話は通じてる!」
「嘘でしょ?」
「いいからちょっと黙ってろ」
話し合いはまだ終わっていない。ヒューガはエアルを黙らせて、またキュクロプスに向き直った。
(騒がしくてすまない)
(いや、騒がしいのは懐かしい)
(……これで貴方は自由だ。どこにでも好きな所に行ってくれ)
(…………)
ヒューガの言葉にキュクロプスは応えを返してこない。
(危害を加えるつもりはないと言った)
(そうではない)
(貴方ほどの強さであれば、周辺の魔獣も気にならないと思うが?)
(そうではない)
(では?)
(行き場がない)
居場所がないキュクロプスは、好きな所に行ってくれと言われても困ってしまうのだ。それが沈黙で応えた理由。
(それは僕が聞いても良いことなのか?)
(隠すことではない。我は長く地底深くに囚われていた。いつからかは分からん。今がいつかも分かっておらん)
(しかし貴方には兄弟、もしくは同族がいるのでは?)
キュクロプスには同族がいるはず。これは元の世界での知識だ。
(嘗ては。今もいるかもしれん、いないかもしれん。それも我には分からん)
(……そうか。なぜ自由になれたのだろう?)
(それも分からん。大きな揺れを感じ、炎というには激しい何かとともに持ち上げられた。気が付いた時には地表にいた)
(地震、いや噴火かな?)
キュクロプスの話からヒューガは噴火により地表に押し出された可能性を考えた。マグマに押し出されても無事でいられるものか、という疑問はあるが。
(それがどういうものか、我には分からん)
(とにかく貴方は仲間が何処にいるか知らない。元々何処にいたかも知らない、そういうこと?)
(そうだ)
(……それで貴方はどうしたい?)
これを聞くと面倒なことになるような気がしているが、この流れでは聞かないわけにはいかない。
(しばらくここに置いてもらいたい)
これはヒューガが予想していた通りの答えだ。
(仲間が見つかるまで?)
(そうだ)
(……神である貴方を住まわせるような場所じゃない。他にもっと良い場所がないか、こちらで探そう)
(我を敬う必要はない。敬われる覚えもない。我はキュクロプス族のブロンテース。ただそれだけの存在だ)
(それが貴方の名か。その名を僕が、いや皆が呼んでも?)
(わざわざ聞くことではない。名とは呼ぶ為にあるのだ)
キュクロプス族にとっては名を交わすことは特別なことではなかった。
(ではブロンテース、住む場所の選定は……)
(さきほども言ったように、ここに置いてほしい……孤独はもうこりごりだ)
(貴方を神として奉ることは出来ないが?)
(それも先ほど伝えた。そんなことは無用。我はただ我としているだけだ)
(……働いてもらうこともあるかも?)
同居すると決まれば、神のような存在であろうとただ飯を食わすつもりはない。なんてストレートには言えるはずがなく、ヒューガは恐る恐る尋ねてみた。
(それこそ我の望むこと。鍛冶は好きだ。もっとも長く行っていないので腕は保証できない)
(かまわない。ここには鍛冶が出来る人がいない。それはすごく助かる)
(我は役にたつか?)
(ものすごく)
ブロンテースの一つ目がにやりと笑った、気がした。
(あっ、ブロンテース。貴方は何を食べるのだ?)
(汝らと変わらぬと思うが?)
(じゃあ腹が減ってるな。用意しよう……よく生きられたな?)
食事を必要とするプロンテースが何故、想像も出来ないくらいに長い間、監禁されていて無事でいられたのか。ヒューガ疑問に思って、尋ねてみた。
(土を食していた。かろうじて生きられる程度の栄養は取れる)
(……それであの強さ?)
(我は汝らに負けたはずだが?)
かろうじて勝てたのだ。実は運が良かったのだとヒューガは思った。
(……とにかく食事は用意する。部屋は……ブロンテースに合う大きな部屋はないな)
(それは我が自ら作る。鍛冶場も作ろう。我が壊した建物は?)
(直してもらえるとありがたいな)
(ではそれもだ。楽しみだ)
(ああ、頼む)
結果として貴重な労働力が手に入った。やはり運が良かったのだ。
「カルポ! 食事を用意してくれ!」
「食堂にありますよ。冷めてしまったと思いますが」
「違う。ブロンテースの分だ」
「ブロンテース?」
「この人」
ブロンテースを指差すと、カルポは一瞬ポカンとした顔を見せたが、それもすぐに呆れ顔に変わる。そのまま文句も言わず、食堂に走っていくカルポ。
「なんだ、あの顔?」
「ほんとヒューガは人ったらしなんだから。違うわね、魔獣たらし、それとも神たらし?」
エアルもカルポの同じように呆れ顔だ。
「なんだよ、それ?」
「だってそうでしょ? 言葉を話せない相手を説得しちゃったのよヒューガは。それにしても食事を出すなんて気を使うのね。一応、神だからかしら? どうせだったらお弁当も用意してあげたら?」
弁当の用意なんて冗談を言うエアルはまだ分かっていないのだ。
「その必要はない。ここに住むことになったからな。反対は認めない。王の命令だ。ブロンテースはここで暮らす。鍛冶の仕事をしてくれるから助かるだろ?」
「「「「…………」」」
ヒューガの説明を聞いて、エアルだけでなく、この場の全員が唖然としている。
(汝は王だったのか?)
(まあ、そういうことになってる)
(では我も王に忠誠を誓おう。仮初の住処のつもりだが世話になるのだ。礼は尽くさねばならん)
(……いえ、それは結構です)
神のごとき存在に臣従を誓われては、自分は何になってしまうのか。ヒューガはプロンテースの申し出を丁重にお断りした。慣れない敬語を使って。
◆◆◆
セレネは長老の二人との話し合いの場を設けた。最近はなかなか自由にこういう機会をもてないでいる。とにかく様々な調整、対応に追われる毎日だった。
「時間がないからすぐに始めるわ。それで今の状況は?」
「状況は悪化しています」
「詳しく」
「はい。まずは突然起こった結界の縮小。原因は未だに分かっておりません。実際には今までも徐々に狭まってはいたのですが、この様にはっきりと認識できるほどの縮小を我等は知りません」
エルフの都を守る結界が急激に縮小している。エルフたちにとっては死活問題だ。
「そう……それで彼らはどうしているの?」
「さらに態度を硬化させています」
「どうして? 彼らにもこの状況は分かってるでしょ? もしこれ以上、結界が狭まれば都は終わりよ」
エルフの都が都としてあるのは結果が存在するから。それを失えば都は安全な場所ではなくなり、住むことが出来なくなる。
「それが原因です。彼らの主張はこうです。これはヒューガ殿の陰謀だと」
「ヒューガがこんな真似するはずないでしょ!? 仮にそうだとしたら尚更ヒューガとの和解を急がなくちゃでしょ!?」
「……こういう主張もあります。エルフ以外に大森林を明け渡すから神がお怒りなのだと」
さらに問題を複雑にしているのはヒューガに反感を持つエルフたちの存在。強硬派である彼等によってセレネたちは自由な動きを奪われているのだ。
「……それは神への冒涜よ。 女神様のご意志を勝手に語るなんて……」
「申し訳ありません。エルフの秩序はすでに失われたようです」
「謝って済む問題じゃないわ。それで女神様が万一お怒りになったらエルフは……どうしてこんなことも分からないのよ!?」
自分たちの主張を正当化する為に、女神を利用する。それこそ怒らせることだとセレネは考えている。女神に背かれてはエルフはもう大森林では生きていけないと。
「大崩壊が起こってより今まで、生きるのに精一杯でした。エルフとしての正しいあり方など教える余裕もなく、そして教えられる者も残っておらず……長老である我らにしても……申し訳ございません」
「……今更ね。彼らはヒューガの居場所を探しているのよね?」
「はい、総力をあげて」
「そんなことに力を注ぐなら……いえ、ヒューガの居場所を知ることは必要ね」
「ええ、それでなくては話が始まりません。和解するにしても相手が見つからなくては」
ヒューガと連絡する術をセレネは持たない。
セレネは最後に会った日のことを思い出すと鳥肌が立つ。ルナの最後の言葉、「終わりだ」と告げられた。「ヒューガは精霊に愛される者、そのヒューガに見放されたお前たちは……」、この続きが気になると同時に、知りたくないという思いもある。
想像はつく。今の状況がそれを示している。ヒューガを拒絶したエルフは精霊に見放されようとしている。ヒューガの意思など関係ない。精霊たちが決めたことなのだ。
だからといって諦めるわけにはいかない。正直、馬鹿騒ぎを引き起こしている奴らなど、どうにでもなれとセレネは思っている。自業自得なのだ。
だがそういったエルフばかりではない。中にはこの事実を心底恐れ、精霊と語り合い、なんとかしようとしているエルフたちもいる。彼等は何とかして助けてあげたい。セレネはこう考えている。それが出来るのは自分ではなく、ヒューガ。これも分かっている。
なんとしてもヒューガを見つけ出さなければならないのだ。
「人選はどうなっているの?」
「幸いにといってはあれですが、十分な時間がとれたことで、ほぼ完了しています」
「問題のあるエルフはいないわね?」
「そのはずです」
「はずじゃ駄目よ。失敗は許されないのよ? これで又、ヒューガを怒らすようなことになれば都のエルフは全滅。そうなると考えて」
ヒューガに批判的なエルフよりも先に彼を見つけ出し、話し合いを行わなければならない。残された時間はそう長くない。最後の機会としてセレネは事に臨んでいる。
「その覚悟でいます。餌をまき、それに引っかかったエルフは絞り込んでいます。信頼できるものは特定出来たかと」
「そう。じゃあ、あとはどうやってヒューガと接触させるかね。でも居場所が見つからない」
ヒューガに、ヒューガを守ろうという精霊に拒絶された彼女たちに、彼を探し出すことが出来るのか。広大な大森林の中を、闇雲に探しても見つけることは出来ない。だが精霊を頼ることも出来ない。
「ひとつ考えがあります。最悪の手ですが」
「何?」
「外縁付近の結界のない場所に少数のエルフを送ります」
「……何を言っているの? そんなことをすれば魔獣に襲われて全滅よ? いえ、外縁であれば……やっぱり危険よ、そもそも、それにどんな意味があるの?」
獣を狩ることは出来ても強い魔獣に抗う力はない。外縁だからといって弱いとは限らないのだ。
「ヒューガ殿であれば助けてくれるのではないでしょうか?」
「えっ?」
長老の口から出たとは思えないような大胆な賭け。そこまで気持ちが追い詰められているということだ。
「恐らく彼の精霊は大森林のかなり広い範囲の出来事を把握しています。それによってヒューガ殿が存在を知り、危険に晒されていることを知ってもらえれば」
「……それは賭けよ。ヒューガは助けると思うわ。でもそれはヒューガがその場にいればよ。ヒューガは見知らぬ者の為にわざわざ出向いて助けるような真似は恐らくしない。ヒューガは人が嫌いだから」
「……そうは思えませんが」
「仲間とそれ以外がはっきりしてるの。仲間と認めた者に対してはお人好しと言えるくらいに優しい。でもそれ以外には関心を滅多に持たないわ。持つとすればそれは……」
「それは?」
「虐げられた者、弱い者も含まれるかもしれない、そう言った境遇の人に対しては、ヒューガは何かしようとするかも……」
パルス王国の都におけるヒューガの動向について、セレネは把握している。ヒューガが側にいることを許した相手、何か行動を起こした相手はそういう存在なのだ。
「今の我々がそうですね。我等は弱い者です」
「でも、ヒューガはそれを知らない。私たちがヒューガを拒んだから」
「自業自得ですか」
「私と貴方たち二人、それと騒いでいる奴らはそれでいい。でも関係のないエルフを巻き込むわけにはいかない」
「その通りです」
この事態を招いたのはヒューガに反感を持つエルフたちとそれを止められない自分たち。他のエルフたちを巻き込むわけにはいかない。
「分かったわ。どうしようもない時がきたら、その手でいきましょう」
「それは?」
「結界が更に狭まった時、あとは私が襲われた時」
「……それがあると考えているのですね」
「普通なら考えられないわ。でもエルフの秩序は失われたのでしょ? 私は元王族、権力闘争をしているつもりの彼らには邪魔な存在よ。それに追い詰められているのは彼らも同じ」
クーデターが起こる可能性をセレネは考えている。正式な王ではないセレネを害することで権力を奪えるという考えがそもそも間違いなのだが、そういう馬鹿を相手にしているのだ。
「分かりました。信頼出来る者の中から更に選んで伝えておきます。何かあれば、直ぐに実行せよと」
「貴方たちは?」
「我等にはこの事態を招いた責任があります。最後までお供する責任も」
「……ありがとう」