月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

異伝ブルーメンリッター戦記 #14 主要キャラの葛藤

異世界ファンタジー小説 異伝ブルーメンリッター戦記

 今は二年生の合同授業の時間。これまで何度も行われている授業であるが、訓練場に漂う雰囲気はいつもとは異なっている。多くの生徒たちが、授業に集中出来ていないのだ。
 そうなっている原因はリーゼロッテとジグルスを含む取り巻き所生徒たち。そして、その彼等相手に剣の訓練を行っているタバートのせいだ。
 前回タバートがジグルスと立ち合いを行った時も周囲は驚いた。だが、それはタバートが自ら口にした通り、魔物と戦ったという事実に興味を引かれてのこと。一度だけの試しだとほとんどの生徒が思っていた。しかも、その試しの結果、ジグルスの実力はタバートを落胆させるものだったと。
 だがタバートはまた、しかもジグルスだけでなく、他の生徒とも立ち合いを行っている。これが意味することは何なのか。生徒たちは勝手な推測をしているのだ。
 タバートはリーゼロッテに付いたという推測だ。
 公爵家のエカードと伯爵家のレオポルドという影響力のある二人を敵に回して、リーゼロッテはかつての力を失った。だが、そこにタバートが味方したらどうなるか。タバートの実家も公爵家。実家の格という点では、二公爵家がまとまったリーゼロッテ派のほうが上になる。力関係は逆転する可能性が出てきた。
 リーゼロッテに対して、手の平返しを行った生徒の顔は真っ青だ。剣の授業どころではない。
 
「……なんだか、面倒くさいことになりそうですよ?」

 周囲の雰囲気を感じ取ったジグルスも、授業に集中出来ないでいる。この状況はジグルスの望むところではない。もう主人公とその取り巻きには関わり合いたくないのだ。

「気にするな」

 この雰囲気を生むきっかけを作ったタバートには、あまり気にした様子はない。

「タバート様だって困るでしょう?」

「いや。こういうことは俺やリーゼロッテには常に付いて回る。いちいち気にしていられない」

 公爵家に生まれたタバートやリーゼロッテは、常にこういった見方をされてしまう。学生のうちから勢力争いなど行うつもりはないのだが、周りが勝手にそういう思惑があると決めつけてしまうのだ。

「……大変ですね?」

 二人には自分の知らない苦労がある。この言葉はジグルスの正直な思いだ。

「別に……と言いたいところだが、正直言えば煩わしい。思うがままに人と話も出来ないからな」

 そしてタバートも正直な気持ちを語った。意識して雑音を排除しているだけで、まったく気にならないわけではないのだ。

「それはエカード様ともですか?」

「なに?」

「いえ、立ち合いをしたい本当の相手はエカード様ではないかと思いまして」

「……何故、そう思う?」

 タバートの視線に厳しさが加わる。内心の思いを見透かされたのかと思って、警戒しているのだ。

「強くなりたいのであれば、実力が拮抗している相手と立ち会うべきです。それが誰かとなるとエカード様しか思い付きません」

 ジグルスはジグルスで余計なことを口にしてしまったと考えて、なんとか取り繕おうとしている。まさかゲームの設定ではそうでしたとは言えない。言っても通じない。

「……そうだな」

「余計なお世話かもしれませんが、頼んでみましょうか?」

「なんだと?」

「こういうことは仲介者がいたほうが良いかと思いまして。俺が適任かと言われると、違うと思いますけど、俺だから断られても角は立たないかなと」

 まずあり得ないが、タバートから申し込んで、エカードに断られるようなことになれば恥をかくことになる。そうなればタバートとエカードの仲を修復することはさらに難しくなる。

「何故、そんなことを考える?」

 ジグルスにとってエカードは敵。自分の為に、その敵に頼み事をしようとするジグルスの気持ちが分からない。
 勘違いだ。ジグルスはタバートの為に動こうとしているのではない。

「実力は天と地ですけど、強くなりたいという気持ちは俺も同じように持っています。果たすべき目的と一時の感情。どちらを優先すべきかは明らかです」

 タバートとの関係を深めることは、主人公勢力との対立を深めることになるかもしれない。ジグルスとしてはそのような事態は何としても避けたいのだ。

「……大切なのは何か。君は常にこう考えているのだな?」

 そしてジグルスが大切にしているのはリーゼロッテ。彼女の為に、ジグルスは自分の気持ちを殺して、誠心誠意仕えている。タバートはこう考えている。

「……そうですね」

 目的の為には手段を選んでいられない。弱者が勝つ、は無理でも負けない為には、何でもやらないといけないのだ。

「……では頼もうかな。一度だけで良い。今の自分の実力を試す機会にしたい」

「そうですか……分かりました。では行ってきます」

 一度だけ、というのはジグルスの思惑とは異なるのだが、自分から言い出したことだ。頼まれたからにはお願いに行くしかない。
 ジグルスはその場を離れて、エカードがいる場所に向かった。

「……良い臣だな?」

 ジグルスが離れたところで、タバートは独り言のように呟いた。もちろん、独り言ではない。リーゼロッテに向けた言葉だ。

「ジークは」

「臣下だ。これは……友人ではなく、同じ公爵家に生まれた人間としての言葉として聞いてくれ」

 リーゼロッテの気持ちは分かっている。だからこそ、タバートはこれを伝えるべきだと考えた。これ以上、深入りするなと言うべきだと思ったのだ。

「……ありがとう。友人の言葉として聞いておくわ」

 自分を思っての言葉だ。リーゼロッテは友人からの言葉として受け取ることにした。

「そうか……」

 

 ――タバートとリーゼロッテの間で、そんな会話がなされているなど知ることなく、ジグルスはエカードの下に向かった。
 躊躇う気持ちがないわけではない。その場にいるのはエカードだけではない。レオポルドも主人公も、そして取り巻きの生徒たちもいる。ジグルスにとっては完全なアウェーなのだ。
 予想通り、ジグルスが近づくと冷たい視線が向けられた。だがそのような状況になれば逆にジグルスの覚悟も定まる。心の中に湧く怒りが、勇気を与えるのだ。

「……何か用か?」

 ジグルスの前に立ち塞がったのはエカードの取り巻きの生徒。男爵家の身で直接話すなど無礼だ、というところだ。

「エカード様にお願いがあって参りました」

 この程度の対応は、ジグルスは気にしない。すでに怒っているのだ。

「お願いだと?」

「お取り次ぎ願えますか?」

「……聞こう」

 自ら仕掛けたことにジグルスはきちんと対応している。そうなるとこの生徒もきちんとした応対をせざるを得ない。彼の無礼はエカードの無礼となってしまうからだ。

「タバート様との立ち合いをお受け頂きたく、お願いにあがりました」

「なんだと!?」

 驚きの声はエカードのもの。まさかのことに、それもタバートのこととあって、思わず反応してしまったのだ。

「……お返事を伺って頂けますか?」

 ジグルスの視線は、あくまでも目の前に立つ生徒に向いたままだ。ここで礼儀を失するような真似をしては、相手に付き合った意味がないと考えてのことだ。

「……エカード様?」

 ジグルスに頼まれた通り、エカードに返事を求める生徒。ただこの問いかけは礼に叶ったものではない。

「……立ち合いを求める理由を聞こう」

 エカードはすぐに返事をすることなく、理由を尋ねてきた。

「…………」

「…………」

「…………」

「……俺は理由を聞いているのだ」

「あっ、失礼いたしました。直答の許可を得ておりませんので」

 これは嫌味。茶番に付き合ったのだ。これくらいのお返しはジグルスもしたかった。

「……許す」

「では。タバート様のお相手を出来る生徒は我々の中におりません。実力差があり過ぎる同士で鍛錬を行っても、お互いに良いことはないというのが一つ」

「……他には?」

「ではタバート様のお相手が出来るのは誰かとなった時、エカード様の他にはいないと考えたのがもう一つ」

「……それだけか?」

 ここまでの理由はエカードにも納得出来るもの。納得いかないのは、これをジグルスが伝えに来たということだ。

「いえ、最後に一つ。お互いに競い合うことを求めているのに、意地を張ってその機会を持とうとしないのは愚かなこと」

「なんだと!?」

「貴様! エカード様を愚か者呼ばわりするとは!」
「無礼ではないか!?」

 ジグルスの言葉を受けて、一斉に怒声が飛び交う。それを浴びせられているジグルスが涼しい顔だ。予想していた事態に動揺することなどない。

「タバート様は意地を捨て! 立ち合いをお求めになられました! それに対して! エカード様はどうお応えになられるのか、お聞きしたい!」

「…………」

 怒声はジグルスの問いによって止むことになった。ジグルスはエカードの覚悟を求めている。大袈裟に言うと、こういうことなのだ。

「……お答えを頂けますか?」

 これを問うジグルスの視線は、まっすぐにエカードに向いている。礼儀など関係ない。これはタバートの気持ちにどう応えるのかを求める問い。諾以外を返されることは許されない。

「……分かった。受ける」

 エカードもタバートとの立ち合いについては望むところだ。ジグルスが求める通り、承諾を返してきた。

「ありがとうございます。では、タバート様にお伝えします」

 承諾の言葉を貰ったジグルスは、頭を下げて礼を告げ、この場を去ろうとする。

「ま、待て!」

 だがそのジグルスをエカードが呼び止めてきた。

「……何か?」

 エカードが呼び止める声に、怪訝そうな顔をして振り返るジグルス。表情は意識して作っている。用事が済んだ今、ジグルスは一秒でも早くこの場を離れたいのだ。

「何故、お前がタバートとの仲を取り持つ?」

「……たまたまです。たまたまタバート様とこういう話になったので、それを伝えに来ただけですが?」

「しかし、お前は……俺に頭を下げるのをなんとも思わないのか?」

 ことごとく自分に楯突いてきたジグルスが何故、平気な顔で、これはそう取り繕っているだけだが、頼み事をし、受け入れたことに頭を下げて御礼出来るのか。エカードには理解出来ないのだ。

「……何か勘違いをされているようです。私はリーゼロッテ様の盾であって、剣ではありません。リーゼロッテ様に向けて振り下ろされる刃には立ち向かいますが、こちらから攻撃することはないのです」

「それは……」

 お前たちがリーゼロッテを傷つけようとするから、自分は立ち塞がるのだ。ジグルスの言葉の意味をエカードは正しく理解した。ただ、この言葉はエカードではなく、主人公、ユリアーナに向けたものだ。

「今のリーゼロッテ様は剣を必要とされていません。これも私がここにいる理由ですね。では、失礼します」

 タバートを味方に引き込んで、そちらに対抗するつもりはない。ジグルスが伝えたいのはこれだ。予定にはなかったが、伝えるべきことは伝えた。
 ジグルスはエカードに背中を向けて、戻っていった。

「あの男……」

 エカードが持っていたジグルスへの印象を変えて。

「危険だね」

 ジグルスへの印象を変えたのはレオポルドも同じ。だがその方向はエカードとは違っている。

「危険?」

「思っていたよりも優秀みたいだ。あんな部下がリーゼロッテの下にいることは危険だと思わないか?」

「……何に危険を感じるというのだ?」

 考えていたよりも優秀だという評価は同じ。だがエカードはジグルスに危険など感じない。

「彼の言葉が真実であれば良い。でもはたしてそうかな?」

「何について嘘をついていると言うのだ?」

「リーゼロッテが剣を必要としない? そんなのあり得ないよ。あの、リーゼロッテだよ?」

「それは……」

 リーゼロッテの性格を、幼馴染みであるエカードは良く知っている。知っているつもりになっている。リーゼロッテが変わったことをエカードは、レオポルドも知らないのだ。

「ああいう人がいるから、リーゼロッテ様も変なことを考えるのかもしれないわ」

 さらにユリアーナもジグルスの危険性を訴えてくる。ユリアーナにとって今もっとも目障りなのはリーゼロッテではなく、ジグルスなのだ。

「あの男がリーゼロッテに余計なことを吹き込んでいるというのか?」

「その可能性があると言っているの」

「何故、あの男がそんな真似をする?」

 エカードは素直にレオポルドとユリアーナの言葉を受け入れられない。今回のジグルスの行動と二人の話にはズレがあると感じているのだ。

「彼は一気にリーゼロッテ派の中での地位を上げたわ。今や右腕とまで称されている。実家は男爵家なのに」

「…………」

 確かにジグルスは成り上がったかもしれない。だがそれの何が問題なのかエカードには分からない。部下が地位を上げようとするのは当然のこと。人の上に立つ身であるエカードにはそういう思いがある。
 それだけではない。いくら今、リーゼロッテの信頼を勝ち得ても、それは学生時代だけの話。実家の男爵家が取り立てられることはない。そういうものではないと分かっているのだ。

「なんとかしたほうが良い」

「なんとかとは?」

「彼をリーゼロッテから引き離す。これを考えるべきだ」

「引き離すって、どうやって?」

「こちらに引き込むのも一つの方法だ」

「なんだって?」

 まさかの言葉。レオポルドがジグルスを味方に引き込めなどと言ってくるとは思っていなかった。レオポルドはジグルスを嫌っている。これは間違いないのだ。

「案外、タバートも同じ目的かもしれない。彼のところには目立った部下がいないからね」

「タバートが……」

「方法は僕とユリアーナに任せてくれるかな? 成功は約束出来ないけど、なんとかやってみる」

「…………」

 任せる、とはエカードは口に出来ない。なんとなく腑に落ちないものを感じているのだ。

「私を信じて。お願い」

 さらにユリアーナが了承を求めてくる。

「……あ、ああ。じゃあ」

「下らん」

 了承を口にしようとしたエカードを遮る声。

「……タバート」

 声の主はいつの間にか近くに来ていたタバートだった。ジグルスからエカードが立ち合いを了承したと聞き、早速対戦しようとやってきたのだが、喜びの気持ちは綺麗さっぱり消え失せている。

「ジグルスをリーゼロッテから引き離すだと?」

「いや、それは」

「やれるものならやってみろ。俺は邪魔しない」

「そうなのか?」

 レオポルドが考えていた通り。タバートもジグルスを引き抜こうとしているエカードは考えたが。

「二人の関係は学生の間だけだ。いずれくる別れの痛みを避けられるというならやってみせてくれ。その為であれば俺も協力を考えても良い」

 タバートが望むのはこれ以上、リーゼロッテがジグルスへの想いを強くしないこと。公爵家のリーゼロッテが男爵家のジグルスと結ばれることはまずあり得ないのだ。

「……そうだな」

 エカードにもタバートの考えは良く分かる。自分だって同じなのだ。結婚する相手はまず間違いなく自家に利をもたらす貴族家から。自分で選ぶことなど許されるはずがない。

「だが君たちが行おうとしているのは政争の真似事だ。俺の求めるものとは違う。邪魔はしないが協力は出来ない」

「……邪魔はしないのか?」

「する必要がない。成功する可能性は皆無だからな」

「そうか……」

 下らない企みにジグルスがのるはずがない。利害関係で動くジグルスであれば、とっくの昔にリーゼロッテから離れているはずだ。タバートはこう考えている。

「それと、こちらから申し込んでおいて悪いが、立ち合いの話はなかったことにしてくれ」

「……どうしてだ?」

「それを聞く必要があるか? 君は俺よりも剣の実力は上かもしれない。だが、今の君を俺は競争相手として認められない。お互いに高め合える相手とは思えない」

「…………」

 タバートの厳しい言葉に言葉を失うエカード。タバートは反発しながらも認めていた相手。その彼から自分はライバルに相応しくないと言われてしまったのだ。

「政争なんて考える前に、剣の腕を磨く前に、人を見る目を養うのだな。これに関しては、俺は君に優ると自信を持って言える」

「…………」

 この言葉にもエカードは何も返せない。タバートは今自分の周りにいる人々を否定しているのだ。その彼等の前で返す言葉が、否定するべきだと頭では分かっていても、エカードには見つからなかった。

「それでも……待っているからな」

「えっ?」

「いつか来る、その時を待っている。じゃあな」

 さきほどのジグルスと同じように、背中を向けて去って行くタバート。その背中にかける言葉をエカードは懸命に考えている。だが、それが見つかることはないことも分かっている。
 今ではないのだ。今の自分に何が足りないのか、エカードには分からない。この先、どうすれ良いのかも分かっていない。分かるのは今ではないこと、今の自分にはタバートを引き止める資格はないということだ。