「残念。今日は貴方の騎士はいないのね?」
部室に入ってきたマリアンネの第一声はこれだった。リーゼロッテと仲が良い彼女ではあるが、この部室を訪れるのは初めてのこと。「くだらない取り巻きの顔なんて見たくない」、こう言って部室に近づこうともしなかったマリアンネが、どういった心境の変化なのか。
確かに今はくだらないと思うような取り巻きはいない。
「マリアンネ……あっ、ジークは、今日は予定があると言っていましたわ」
意外な訪問者に少し驚きながらも、リーゼロッテはマリアンネにジグルスに予定があることを告げた。
「あら? 浮気かしら?」
「浮気って……ジークと私の関係は」
ジグルスのことでからかわれると、すぐにリーゼロッテの真っ赤になってします。今もアッという間に、頬が赤く染まっていった。それに気付いて、リーゼロッテは恥ずかしそうに俯いてしまう。
「もう、最近のリーゼロッテは可愛いわ。思わず抱きしめたくなっちゃう」
こう言って、実際にマリアンネはリーゼロッテをきつく抱きしめてきた。
「ち、ちょっと、マリアンネ?」
「ん、嫌だ。本当に可愛い。どうしましょう? 浮気男なんて忘れて、リーゼロッテに鞍替えしようかな?」
「ど、どういう意味?」
「ふふふ。貴女の貞操は私が頂く。こういう意味よ」
「……マリアンネ、性格変わった?」
リーゼロッテの知るマリアンネは、こんな軽口を叩くような女性ではなかった。レオポルドが浮気したせいで、おかしくなってしまったのかとリーゼロッテは思った。
「変わったのは貴女。私は元々こんなのよ。でも以前のリーゼロッテにこんな私を見せたら嫌われるでしょ?」
「……そうかもしれないわね?」
生真面目で貞操意識の強いリーゼロッテだ。「貴族として恥ずかしくないのか」なんてことを言ってマリアンネを責め立てたに違いない。今もリーゼロッテの意識は変わっていない。自分とは異なるものを受け入れる心の柔軟さが生まれているのだ。
「私は今の貴女が好きよ。張りつめたものが消えて自然な感じで。以前の貴方は触れるのが怖かった。今みたいに体ということじゃなくて、心にね」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」
仲が良いと思っていたマリアンネがそんな風に思っていた。それは少しショックだが、マリアンネがそれを正直に話せるようになった自分の変化は嬉しかった。
「それも彼のお陰ね?」
「ええ、その通りよ」
「好きなの? 彼のことが」
「……ええ」
少し躊躇いながらも、リーゼロッテははっきりとそれを認めた。自分の気持ちを言葉だけでも否定したくないのだ。相手が友人だと思っているマリアンネであれば尚更だ。
「ああ、認めちゃった。そう、否定出来ないくらいなのね?」
リーゼロッテの気持ちを見通したようなマリアンネ。自分の気持ちをこんな風に理解してくれるマリアンネのことをリーゼロッテは嬉しく思った。
「あの……ジークには言わないでね?」
「当たり前でしょ。それどころか、私は今日、貴女にひどいことを言いに来たの」
「えっ?」
「彼のことは忘れなさい。理由は言わなくても分かっているわよね?」
「……分かるわ」
公爵家令嬢であるリーゼロッテには、自由な恋愛なんて許されない。親が決めた相手の元に嫁ぐことになる。学院を卒業すれば、すぐに具体的な話が進むはずだ。
騎士になることも魔法士になることも許されない。学院生活が終われば、リーゼロッテに自由はない。
「深入りすればするだけ、あとで辛い思いをすることになるわ。だから今のうちに気持ちを止めて」
「分かって……」
了承の言葉が途切れる。これ以上の深入りがあるのか。リーゼロッテはもうこれ以上ないほどにジークのことが好きになってしまっているのだ。
リーゼロッテの視界が涙で滲んでいく。本来は強気な性格のリーゼロッテも、思うようにならないジークとの関係となると、途端に弱くなってしまう。
「……手遅れか。失敗したわ。もっと早く忠告するべきだったわね?」
「それは無理よ。ジークがいなければ私は……」
「それはそれで辛い思いをしていたか……そうね、彼がいたから今の貴女がある。失敗と言ってはいけないわね」
失った分、新たに得るものがある。前にジークが慰めてくれた時の言葉をリーゼロッテは思い出した。
マリアンネの優しさに、初めてリーゼロッテは気づくことが出来た。マリアンネとの間にあったエカードやレオポルドという存在を失ったからこそ、マリアンネの本当の姿が見えてきたのだと思えたのだ。
「ごめんなさい」
それに今まで気づけなかったことを謝罪したリーゼロッテだったのだが、マリアンネはさすがにそれには気付けなかった。
「謝らないで。別に人を好きになるのは悪いことではないわ。でも、そうね。いずれ来る、その時の為に覚悟だけはしておいてね?」
「ええ、それは分かっているわ」
マリアンネに言われるまでもなく、リーゼロッテは覚悟を決めている。別れが辛くならない為ではなく、傷ついてもかまわないという覚悟だ。
「ああ、でも近いうちに嫌な思いをするかも?」
「えっ? 何かあったかしら?」
「彼ね……人気急上昇中だから」
「ジークが?」
「自分が好きになっておいて、他の女子がそうならないと思っているの? それって勝手……ああ、鈍感なだけか。そこは似た者同士ね?」
「そんなにジークを好きな女子生徒がいるの?」
この可能性をリーゼロッテは考えたことがなかった。ジグルスはいつも側にいて、いつも自分を支えてくれている。ジグルスへの信頼が安心感を生んでいたのだ。
「あら、ヤキモチ? このていどでヤキモチは問題ね」
「だって……」
「実際のところは分からない。彼を好きと公言する女子生徒はいないからね」
「あら、だったら」
「でもそれはリーゼロッテのせいよ。周りから見れば、彼のほうが貴女にべた惚れって感じだものね? それを見て割り込もうなんて女子生徒はよっぽどの自信家よ。リーゼロッテに対抗するっていう点では勇気も必要ね」
「そんなことはないわ。でも、もしそうなら、どうして私が嫌な思いをするのかしら?」
二人の関係を邪魔しようとする女子生徒がいなのであれば、何の問題もないはず。それで何故、自分が嫌な思いをするのか分からない。
「やっぱり忘れている。学院の行事が近々あるわよね? 恒例のお祭りよ」
「あっ? えっ? そういうこと? でもエカードもレオポルドも、それに他にもたくさん……」
「どうかしらね? 私の感触では今年は面白い結果になりそうよ。まあ、貴女には可哀想だけどね。今年は貴女には目がないわ」
「……そうね」
「今の貴女をよく知れば、去年以上でしょうけどね。そんな出来た男はそうそういない。貴女にも必要ないでしょ? 貴女は彼さえ自分のほうを向いてくれれば、それで満足」
「意地悪だわ。忘れろと言ったのに、そんな風にからかうなんて」
赤く染まった頬を膨らませるリーゼロッテ。愛らしいその仕草に、かつての近寄りづらい雰囲気はまったくない。マリアンネの言う通り、今の彼女を知れば、以前とは異なる人気を集めるはずだ。
「だって、彼のことで恥じらう貴女は最高に可愛いもの。ああ、マズイわ。本気で女に目覚めてしまいそう」
マリアンネは抱きつくどころか服の下にまで手を伸ばそうとしている。
「ち、ちょっと、マリアンネ、止めて」
「止めない! 私が彼を忘れさせて、あ・げ・る」
「……怒るわよ」
「ごめんなさい」
◆◆◆
マリアンネがリーゼロッテに教えた学院の行事。アッという間にその日がやってきた。
学院の行事の中では、卒業パーティーを除けば、唯一と言っても良い純粋な娯楽。マリアンネの言葉を借りれば、年に一度のお祭りの日だ。
卒業パーティーは卒業生だけ、それ以外の行事も学年ごとの開催であるので、全校生徒が参加するこの行事は学院最大のイベントでもある。
「さて皆様。大変お待たせしました! いよいよ結果の発表です!」
「「「おおおっ!」」」
壇上で生徒会の役員が、普段の生真面目さをかなぐり捨てて、おどけた調子で司会を務めている。生徒会にとっての一大イベント。これが成功に終わるかどうかで生徒会の評価が全て決まると言っても良いくらいなのだ。
つまり、それだけ普段の生徒会は存在感がない。
「それでは、まずは男子部門の第三位から。今年度の学院人気投票の第三位の発表です!」
今日は生徒たちの人気投票によるミス・ミスター王立学院を決める日。人気投票の結果発表のあとには、ダンスパーティーが待っている。人気投票も生徒たちの楽しみではあるが、このダンスパーティーのほうがどちらかと言うとメインだ。
日頃の思いを伝えるには絶好の機会。ファーストダンスの相手を誰にするか。申し込む側も申し込まれる側も今から期待に胸をふくらませている。
だが、リーゼロッテの気持ちは重い。マリアンネが教えてくれた話が事実になれば、リーゼロッテはジグルスと踊ることが出来なくなるのだ。
「それでは発表します! 第三位は……二年A組! レオポルド・ヒューローさん!」
「「「おおお!」」」
会場がどよめきに包まれる。
「レオポルドさん、壇上にどうぞ!」
司会の呼びかけでレオポルドが壇上に登っていった。あまり嬉しそうではない。理由は明らか。去年、レオポルドは二位だった。今年はひとつ順位を落としてしまったのだ。
それはつまり順位を上げた生徒がいるということ。隣にいるジグルスにリーゼロッテが視線を向けると、彼はその視線の意味を誤解して口を開いてきた。
「レオポルド様が三位ですか。一つ順位落としましたね。となるとタバート様の逆転ですね?」
「そうかもしれないわね」
(鈍感)
心の中でリーゼロッテは呟く。
「レオポルドさん。一言、感想を!」
「ありがとう」
不機嫌さを思いっきり顔に出しているレオポルド。その態度に司会の生徒は少し困っている。
(あんな風ではなかったのに。以前のレオポルドは、もっと周りに気を使っていたわ)
その様子を見て、リーゼロッテはレオポルドが変わってしまったことを改めて実感した。
「で、では続いて、女性部門の第三位の発表です! 発表はレオポルドさん、お願いします!」
司会がレオポルドに紙を渡した。このあとは壇上にあがった生徒が順番に発表を担当していく段取になっている。毎回の決まり事だ。
「女性部門の第三位は……へえ」
「レオポルドさん、一人で納得していないで発表を!」
「ああ、すまん。第三位は、一年C組のクラーラさん!」
「「「おおおっ!?」」」
さきほどのレオポルドの時とはまた違ったどよめき。レオポルドの時はその順位が、今回は彼女の入賞が予想外だったのだ。
(クラーラさん……知らない方ですわね。姓を言わなかったということ平民の方かしら?)
「なるほど、そう来るか」
リーゼロッテが知らないクラーラという女子生徒を、ジークは知っている口振りだ。
「知っているのですか?」
「ええ。リーゼロッテ様もお会いになったことがありますよ? 合宿所で同じグループだった。一緒に戦うと言ってくれた女子生徒です」
「ああ、あの時の……私、彼女の名前を聞いていなかったわ」
「それどころではなかったですから」
「……でもジークは聞いている」
ジグルスに出来た気遣いが、自分には足りなかった。そう思ってリーゼロッテは少し落ち込んでいる。
「俺は前から知っているので。入学したばかりの頃、図書館に行きたかったのですが場所を知らなくて、うろうろしていたので声を掛けました」
「それで……?」
「口で説明しても分からないだろうと思って図書館まで案内しました。その時に少しだけ話したのです」
「あら、そう」
マリアンネに言われた通り、嫌な思いをすることになったリーゼロッテ。だがこれはまだ序の口であることをリーゼロッテは知らない。
壇上にのぼったクラーラは緊張した様子だ。彼女は一年生。それでいきなり壇上にあげられては緊張もする。
「それでは、クラーラさん! 感想をどうぞ!」
「えっと、あの、私……ごめんなさい!」
「……謝られても」
司会は全く思うように行かなくて困っている。
(可哀想に。このままでは、あの司会の生徒はあとで責められしまうわね)
唯一の見せ場で失敗。それもほぼ自分の責任ではない。さすがに可哀想だとリーゼロッテは思う。
「えっと、気を取り直して! 男子部門の第二位です。クラーラさん! お願い!」
「あ、はい。えっと、男子部門の第二位です。二年A組のエカード・イーゼンベルク様」
「「「ええっ!!」」」
生徒たちの驚きの声。昨年度一位のエカードがまさかの二位。ますますマリアンネが言っていたことが現実味を帯びてきた。リーゼロッテとしては気が気でない状況だ。
「あれ、エカード様が二位? これは番狂わせだ」
「……そうね」
一方でジグルスは他人事。それに少しイラっとくるリーゼロッテだった。
「エカードさん! 壇上へお願いします!」
壇上に登ったエカードは明らかに動揺している。当然、自分が一位になるものだと思っていたことがバレバレだ。
「エカードさん。連覇ならず! 残念でした! 悔しいでしょうけど、感想をどうぞ!」
「……いや。二位になれて光栄です。投票してくれた皆さん。ありがとう」
「嫌っ!」「エカード様ぁああああっ!」「落ち込まないでぇっ!」「元気だしてっ!」
自称エカード親衛隊の女生徒たちの声。
(……こうして客観的に見ると恥ずかしいわね)
エカードの隣にいた時には感じなかった気持ち。どちらかというと優越感を抱いていた自分をリーゼロッテは恥ずかしく思う。
「さあ! 男子部門は思わぬ番狂わせ! 女子部門はどうか!」
司会は一生懸命に盛り上げようとしているけど、会場の反応は今一つだ。
「なんだか盛り上がらないわね? こんな番狂わせがあったのに」
それはリーゼロッテも感じている。去年はもっと盛り上がっていたはずなのだ。
「ああ、まあ、そうでしょうね」
「ジグルスは理由を知っているの?」
「多分ですけど、多くの生徒たちは無理やり盛り上げていたのだと思います」
去年のイベントを冷めた目で見ていたジグルス。盛り上がっている風な生徒たちも、よく見ればその笑みが作り物であることが分かった。声と拍手は大きくてもほとんど表情のない生徒もいた。
「無理やり?」
「だって壇上に登っていたのは、有力貴族の方たちばかりですから」
「気を使っていたの? 嫌だ、恥ずかしいわ。私はそんなことも分からずに、壇上で舞い上がっていたのね」
去年、ミス王立学院だったのはリーゼロッテだったのだ。こうなるとリーゼロッテとしては投票もかなり怪しく感じてしまう。公爵家である自分に気を使って投票されていた。その可能性があるのだ。
「リーゼロッテ様が悪いわけではなく、周りが勝手にしていたことです」
「でも、今年はそれがない」
「今のところは。女子生徒は一年生の平民ですから」
「でもエカードとレオポルドは」
とくにエカードの実家は公爵家。生徒が気を使うであろう相手だ。そこは去年と変わらないはずだとリーゼロッテは思う。
「ああ、それについては、半分は俺のせいです」
「ジークの?」
「レオポルド様については爵位が下の人を馬鹿にしてるみたいなことを暴露というか、匂わせてしまったでしょ? あれ、思った以上に広まったようで。平民の人気がガタ落ちになったみたいです。一方でエカード様は平民のあの女に迎合しすぎて、貴族の反感を買っています」
リーゼロッテに対する周囲の評価を改善する為に行動している中で知った事実。ジグルス本人が思ってもいなかった状況になっている。
「自業自得ね」
「まあ、そうです」
きっかけはジグルスであっても、問題はレオポルド本人にある。エカードにおいては、ジグルスはまったく関係ない。本人の言動による結果だ。
「では女子部門の第二位を! エカードさん! お願いします!」
「ああ。女子部門の第二位は、ああ、マリアンネか」
「ちょっとお願いしますよ。もう少し盛り上げて発表を」
「悪い」
「……もう。ではマリアンネさん! どうぞ、壇上に! さあ、皆さん! 拍手でお迎え下さい!」
心が折れそうになるのをなんとか堪えて、司会は大声を張り上げる。やけになったとも言える。
「ここは順当ですね」
「ええ、そうね」
壇上に向かうマリアンネは素直に喜びを表している。リーゼロッテが恥ずかしいと思うくらいに。
「ありがとう! 皆、ありがとう!」
大きく手を振って周りにアピールしながら、壇上に登るマリアンネ。
「マリアンネ様って、あんな性格でしたっけ?」
ジグルスもその様子に呆気にとられている。彼があんなマリアンネを見たのは初めて。親しいリーゼロッテにとっても、まだ二度目だ。
「ちょっと素を出すようにしたみたい」
「あれが素ですか……面白い人ですね」
「では、マリアンネさん! 感想をどうぞ!」
「ええ。今年も壇上に登れて嬉しいわ! この勢いで、素敵な男性をゲットしたいわね! 只今、彼氏募集中! よろしく!」
「「「おおおっ!!」」」
今回のイベントで初めて本当の意味でのどよめき声があがった。男子生徒の声がほとんどであるが。
「えっと、本当にあれが素?」
「……そうみたい」
呆れ顔のリーゼロッテ。
「マリアンネさんのおかげで盛り上がってきた所で! いよいよ、ミスター王立学院! 男子部門の第一位の発表です!」
一方で司会を大喜びだ。ようやくイベントを一緒に盛り上げてくれる協力者が現れた。この勢いを殺さないうちにと、第一位の発表に移る。
「「「おおお!!」」」
司会の言うとおり、確かに少し会場は盛り上がってきた。次はいよいよ男子の第一位。誰になるのか予想がつかないのも影響している。
(本当にそうなるのかしら?)
リーゼロッテも緊張してきた。
「マリアンネさん! よろしくっ!」
「任せてっ! では、今年度のミスター王立学院の発表よ! 今年のミスター王立学院は……」
紙を広げたマリアンネの口元に笑みが浮かんだ。それを見たリーゼロッテには、もう結果が分かった。
(やっぱり、そうなのね)
「二年B組! ジーグルースッ! クローニクスッ!!」
「「「ええっっ!!」」 「「「きゃあぁああああっ!!」」」
男子生徒の驚きの声と女子生徒の嬌声が同時に会場に響き渡った。
「……はい?」
男子生徒で一番驚いているのは本人のジグルスだ。
「ジグルス! 早く来なさい!」
壇上でマリアンネがジグルスを呼んでいる。
「ほら、ジーク。呼んでいるわよ」
「俺ですか? 本当に俺?」
「そうよ。良かったわね? 私も嬉しいわ」
「でも」
「早く行きなさい!」
「はい……」
かなり渋々という感じで、檀上に向かうジーク。
(もう、あれではまた盛り上がらないじゃない。駄目よね)
リーゼロッテは寂しさを紛らわす為に、無理に別のことを心の中で呟いてみる。
「では、ジグルスさん! 第一位の感想を!」
司会はなんとか盛り上げようとしているが、ジークの反応は今ひとつ。
「……なんで俺? ちょっと皆さん、趣味悪すぎ。馬鹿じゃ、痛っ!」
「「「へっ?!」」」
ふてくされたように感想を話すジグルスだったが、その言葉はマリアンネに後ろから思いっきり引っ叩かれたところで中断された。
「ええっ? 頭叩くか、普通!?」
いきなりのことで、ジークは普段の丁寧な言葉遣いを忘れて、マリアンネに文句を言っている。
「喜びの感想を述べなさい! 私みたいにね!」
「マリアンネ様、性格変わり過ぎだろ!? そんな性格だと最初から知っていたら、絶対に選ばれな、痛っ!」
更にマリアンネの平手が飛ぶ。
「失礼なこと言わないの! これは個性よ、個性! それに絶対にこんな私でも良いと言ってくれる人が」
「いない! 絶対にいない! あっ、痛い! 三発目! 暴力反対!」
「言葉の暴力反対!」
「断固投票のやり直しを要求する! これは不正だ!」
「うるさい! 二年連続、檀上に登った私の名誉を無にする気!?」
「ほら、やり直したら選ばれない自覚があるんだ! 生徒会、やり直しだ! 一から選び直しましょう!」
「いや、ちょっと。そんなこと出来るわけないだろ!」
「いやいや、生徒会ともあろう者が、諦めてはいけない! 頑張れ!」
二人、途中から司会も入って三人のやり取りに呆気に取られていた生徒達。だが少しずつ、忍び笑いが漏れてくる。一人が吹き出してしまうと、あとはなし崩し。笑いは会場全体に広がっていった。
「そこまで言うなら、私がやってあげるわ!」
「いや、マリアンネさん、どうやって!?」
「見ていなさい! さあ、女子生徒の皆! ジグルスがミスター王立学院に相応しいと思う子は手を上げて!」
「「「はぁい!!」」」「はいっ! こっちよ!」「ジークくん、こっち向いて!」「ジークくん、可愛い!」「私を見て!」
会場のあちこちから上がる手。マリアンネに釣られたように、女子生徒たちは好き勝手を言い出している。
(もう、最悪。私の競争相手はこんなにいるの? しかも、ジークくんですって? ジークをジークと呼べるのは私だけよ! 貴女たち、あとで覚えていなさい!)
口に出さないだけまだマシだが、リーゼロッテの頭の中もやや嘗てのリーゼロッテの思考が出てきてしまっていた。
「ほうら、見なさい! 貴方はね、文句なしの一位なの」
「……嘘だ?」
「はい! じゃあ、挨拶のやり直しでーす! ジグルスくん、優勝の感想を!」
「……ええっと。今もまだ信じられません。こんな俺に投票してくれた女子生徒の皆さんに感謝します。そして、これからも選んでくれた人達の気持ちを裏切らないように頑張って……って、俺は何を頑張るんだ!?」
「「「わっ!!!」」」
「はい! よく出来ました! じゃあ、司会者、次をよろしく!」
「は、はい! では、いよいよです! 今年のミス王立学院の発表です! ではジグルスさん、発表をお願いします」
「あっ、はい。では発表します。今年のミス王立学院は……」
紙を広げたジークの顔が曇った。
(そういう事なのね)
「どうぞ!」
中々、発表しないジークに司会が続きを促してきたが、
「ミスは……」
それでも中々、ジークは名前を発表しない。
「……あの、そんなに溜めなくても」
「あ、ああ。えっと、リーゼロッテ様でお願いします!!」
「「「はあっ!?」」」
「お前は、「馬鹿か!」」
深く頭を下げてリーゼロッテの名を叫んだジークにマリアンネと司会者のケリが同時に飛ぶ。
(二人ツッコミ。マリアンネと司会者、息が合ってきたわね。しかし、ジークったら)
「駄目?」
「駄目に決まっているでしょ! お願いしてどうする?!」
「仕方ないな。二年A組 ユリアーナさん」
「「「おおお!」」」 「「「えー!」」」
今度は男子生徒のどよめきと、女生徒のブーイング。見事に男子と女子の評価が分かれているのがはっきりと分かる反応だ。
「はあ、やっと発表が終わった。ではユリアーナさん、あっ、居ましたね。では感想を」
しっかりと檀上に登っていた主人公。最初から自分の名が呼ばれるのが分かっていたようだ。
「はい! えっと! こんな私に投票してくれた皆さんに感謝します」
「あっ、俺の真似だ」
にこやかに感想を述べる主人公に横からジークが突っ込んだ。ジークもヤケになっている。とにかく檀上で、適当に盛り上げることに決めたのだ。
「真似って?」
「だって、さっきの俺の感想と同じ」
「そういえばそうね」
マリアンネも同調してきた。そもそもマリアンネは主人公に良い印象なんて持っていない。
「違います。これはちゃんと前から」
「おお? 前から? すごい、選ばれる自信があったんだ?」
揚げ足を取ることにかけては、ジークの右に出るものはいない。
「ち、違います。そんな事ありません」
「だって、ねえ?」
今度はジークの視線は司会に向いた。
「ちょっと僕に振らないでよ」
「そう言えば司会の人も投票したの?」
「投票? したよ」
「おお? この人に?」
「違うよ! 僕が入れたのは……危ない」
「惜しい。もう少しで檀上から告白だったのに」
「ちょっと? 私の挨拶まだ終わっていません」
「今更? そんな挨拶よりも、にこやかに男子生徒に手を振って上げたほうが良いと思うけど。いっその事、握手会でもする?」
「握手会? えっ、なんで握手会なんて」
「……偉い人ってするよね? あれ? しない?」
これはジークとしてはかなり苦しい言い訳だ。思わずノリでアイドルの握手会を口にしてしまった事に内心はかなり焦っている。
「そうなのですか? へえ、このせか……もう、良いです」
幸いにも主人公はこの世界の知識に乏しい。そして主人公も思わず、「この世界」と口走ってしまいそうになって、慌てて話すのをやめた。
「挨拶しないの?」
「もう良いです」
「すれば?」
「貴方が邪魔したのですよ!」
「あの、もうちょっと仲良くして下さいよ。この後は、ミスとミスターの二人でダンスですよ」
「「あっ、ああっ!?」」
檀上に登った三人は同じ順位の相手をパートナーとして、このあとのダンスパーティーを過ごすことになっている。ジークと主人公がパートナーなのだ。
まさかの事態に呆然とする二人。二人の気持ちが合ったのは、これが最初、そして最後になる。